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江~姫達の戦国~

2011.12.05
 小和田先生があれだけの事を調べ上げて本にまとめたことですし(ドラマ放映は終わってしまったが)本編のドラマに対しても語っておこう…と強引にカテゴリは一緒くたにしてしまいました。巷では「妄想電波系の新感覚大河ドラマ」「噴飯もののあり得ない話展開」などなどの酷評に晒され視聴率もどんどん右下がりになってしまったという悲しき大河ドラマです。(龍馬伝や篤姫の後に放送されたタイミングも痛かったかもね…。)読売新聞にさえ「あったかもしれない可能性と絶対にあり得ない絵空事は違う。登場人物描写も主人公を引き立たせる為に描かれていることが多くご都合主義としか言いようが無い。」と誌上初の酷評が載せられており我々もプッシュしていた秀吉(岸谷五郎)が死んで以来見るのを辞めてしまっていたりもします…ゲフッ!

 江(上野樹里24歳)…果てしなく受け身に生きてきた姫(野心の無い文化系の女)とはかけ離れたキャラクター性格に家族一同絶句してしまいました。(コメディチックで行動派な言動に父からはあんみつ姫と呼ばれていました。)信長との絡みではいくら身内だからって天下人間近な時の将軍様にそんな簡単に会えるわけないだろ(そしていくら信長だって6歳の姪っ子の言うことは笑って聞き流すというか相手にしないと思う…ゲフッ!)とツッコミの連発でした。おかげで上野樹里は「役に合っていない。」とか「他のもっと適切な女優がいくらでもいる。」とか女優として最も言われたくない意見のオンパレードを頂いたそうですが、これは役柄というより信長と絡ませるというダメシナリオを書いた脚本家のせいではないかと思うのですが…ゴフッ!

 初(水川あさみ27歳)…江にも当てはまることですが「だって」「すごーい」「やったー」などのセリフに時代考証的にも言葉遣いがおかしいだろ!とツッコミを多々入れてしまったものです。江にぐちぐち嫌味を言う3姉妹1の品の無い言動には(いくら子供時代だからといっても)とうてい姫君の言動には思えず「頼むからもっと落ち着いてちょうだい…!」とここでも脚本家の腕の無さを痛感しました。初は実力の無い夫(…ゲフッ!)の出世を盛り立てる為東奔西走した相手に尽くす女性なのでこの性格設定も大いに間違っていると思うのですが…ゴフッ!(江を「引き立てる為」にこんな性格に変えたんなら酷すぎます…。)

 茶々(宮沢りえ37歳)…3姉妹全員に言えることですが子供時代は子役を使って欲しかったです。6歳の江、9歳の初、10歳の茶々に大人を当てはめた無理過ぎるキャストはこの作品の1番の失敗だった(子供だと強調する為に丈の短い衣装を着ていますが天才バカボンの服みたいでむしろ見てて痛かったです…ゲフッ!)と強く感じてしまいました…ゴフッ!(江生誕時には子役を使っていたのに…何故?)おかげで10歳の茶々が母のお市様(鈴木保奈美)より老けて見えるという悲劇まで見られています…ゴフッ!(特に子供用布団に入った宮沢りえを鈴木保奈美が寝かしつけるシーンに凄い違和感が…ガフッ!)大人役とキャストの年齢が合っていないのは許せるとしてもこれは許容範囲外だなあと実感してしまいました…。

 お市様(鈴木保奈美)…雑誌で(着衣でですが)彼女のグラビアが載っておりとても40代に見えないその体つきに驚いた覚えがあります。ドラマでは陣中見舞いの小豆をねずみ型の袋(訳・袋の鼠)に入れて信長に送ってはどうかとばあやに言われていますが市はこれを拒否。そんなあからさまな袋じゃ浅井側に気づかれて当然じゃないですか!(脚本家さん、もうちょっと考えて下さい!)と私もツッコミを入れてしまいました。挙句の果てには何の報告もしなかったこと(織田家への裏切り)を後悔していないと信長に堂々という始末で、本当にこんなことを言っていたら間違いなく彼女はその場で斬られていたなと実感してしまいました。展開的に「?」と思ってしまったお市様です。

 織田信長(豊川悦司)…「そなた男に生まれていたら面白き武将になったかもしれん。」

アンタ、江が男に生まれていたら殺すか寺に入れるかのどちらかしかしないはずでしょうが!お市様に対して言っていた評価を抹消して江に持っていった無理具合にツッコミを入れてしまいました。本能寺の変での最期では自身のピンチに、一緒にいる愛人(蘭丸)を差し置いてたかが姪っ子に過ぎない江の事を思っていたというあり得ない展開以上に幽体となって江と馬の2人乗りを果たすという話の広がりぶりに異常さを感じてしまいました。(ガンダムのニュータイプですか、信長は!?)徒歩で一生懸命馬を追いかけている部下達の悲壮さも見えて1番爆笑してしまった回です…ゲフッ!

 明智光秀(市村正親)…信長から受けた屈辱に手が震える演技では異常な震えぶりに麻痺か痙攣の発作かと思ってしまったほどです。(やり過ぎは禁物です、市村さん。)ドラマでは江は山族に光秀の元まで連れ攫われた挙句に(噛みつかないで下さい、お姫様…。)家康に清州城まで送ってもらったと言う絶対にあり得ない展開が繰り広げられています。(そして6歳ちょっとの子供に真剣に人生論を語る光秀。他に友達いないんですか?)そして光秀が最後に思い浮かべたのも何故かやっぱり江です。実の娘(ガラシャ)はその頃離縁された挙句に幽閉されたというのに他人の子供より他に思う所がいっぱいあったはずではないのかとツッコミを入れてしまいました。

 豊臣秀吉(岸谷五郎)…6歳の子供(江)にボコボコ殴られる扱いはやり過ぎではないかと…(ピエロじゃないんだからさ…。)と、ここでも秀吉の位置づけ(というか全てのキャラが江中心に動くと言う人物設定)に疑問が出てしまいました。とはいえ岸谷五郎さんの演技力もあって物語中では1番のいい味を出していたキャラクターです。(我々的に。)茶々ゲット時の押して押して押して引く(それで女は「あれだけ自分に尽くしていたのに、ちょっと待て!」と焦る。)という絶妙なやりとりに家族1同日本の男が何故モテないかを大いに語り合う(今の男は「尽くす努力」を何一つしないまま「最後」の女が自分に気を向けて尽くされる美味しい部分しか味わおうとしていない。秀吉と逆なのだ。)と共にその後は見どころが無くなってしまい徐々にテレビから離れてしまったのでした…。(秀吉死亡で決定打。)
 ちなみに秀吉×茶々のカップルについて、茶々の実年齢を知った弟(子役を使わなかったせいで柴田勝家死亡時には10歳でなく37歳だと本気で誤解していたらしい。)が「何十歳年下の女を狙ってんの!?」とドン引きしていました…ゲフッ!

 余談…まとめとして、所詮はフィクションなのは分かっているのですが、もうちょっと世界観と話の展開に説得力を持たせてほしかったです…。上野樹里を無理に使う為だけに整合性を欠いてしまったような…ゲフッ!
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もっと知りたい!お江と戦国の女達

2011.11.16
 今朝の新聞の1面にイレッサ副作用死で死んだ患者の遺族が国と製薬会社に損害賠償7700万円を求めた請求が棄却されるという逆転敗訴の記事が載っていました。イレッサというのはがんの治療薬として世界に先駆けて輸入を承認した(というと聞こえはいいが実際は「新薬を早く使えるようにしろ!承認しろ!」という人権団体にいい所を見せようとろくに薬を調べないまま承認してしまったというのが真相のような気がする。普通は承認要請から数年かかって輸入にこぎつける所をわずか5カ月余りで輸入承認されたのは異例。)薬なのですが他のがん治療薬と同じく髪が抜ける、強烈な吐き気、手足症候群などの「副作用」はやっぱり健在で恒例の副作用死の一つ、間質性肺炎→肺線維症が原因で患者さんがお亡くなりになってしまったことに遺族が納得できずに裁判沙汰になってしまったという事件です。

 怪我をしてそれが治る時皮膚がケロイド状になるというか固くなりますよね。これが肺で起こるのが間質性肺炎です。それが肺全域にまで広がってしまったのが肺線維症といいます。肺のほとんどが固くなってしまったら空気を吸い込む為に「動く」臓器である肺は上手く動きません。当然呼吸困難で死んでしまいます…と、これが副作用死・肺線維症の経緯です。イレッサを使うと(というか他のがん治療薬でも同じことが言えるのですが)これが起きやすくなります。なのでアメリカでは毎週肺の写真を撮り、少しでも異常があったら直ちに薬を使うのを辞めているそうです。(初期の間質性肺炎だったら充分助かるので。効果が無い薬ではないので現在でも世界各国で使われている。問題は使い方なのだ。)しかし日本では写真など取らずに文字通り死ぬまで投薬しているのですから異常に副作用死の死亡率が高いという現象が起きてしまっています。

 それというのもイレッサは1mg6万4千円。(1回分2mgで12万8千円。)1周目、2週目打って3週目お休みというクールで繰り返すのですが、それでも1か月38万4千円という病院側にとっては非常に美味しい収入源となっているからです。(患者さんにしたって3割負担とはいえ毎11万5千2百円という出費が出る。)患者さんが何も知らないのをいいことに死ぬまで搾り取る体制を作っている病院がほとんどで、これは薬の問題(国と製薬会社の問題)というより投薬方式を何も考えずに与えている医者に問題があると思うのですが…。

 とはいえネットも普及したこの情報社会で、近藤勇先生が(自身の医者としての出世を棒に振ってまで)書いた「患者よ、がんと闘うな」シリーズまで出版されたこの日本で調べようと思えばいくらでも調べられるこの現代新薬という美味しい話に飛び付いて何も調べようとしなかった遺族にも問題はあったとは思うのですが…。(個人的にはね文字通り命がかかった問題なのに何故他力本願にできるのかなという積極性の無さが引っかかるんです。大切な人が病気で救いたいと願うなら医者や薬任せにするだけじゃなく自分でも病気や薬に関して可能な限り調べるものではないんですか?)

 2面に「『添付文書に基づいて投与を決定するのはがんの専門医だ。』と医師の責任の重さを強調した。」と問題は医者にあったという真理が書かれていましたが(それ、1面で書いて下さい。)そもそも日本にはがんの専門医がいない(手術をした外科医や、外来をやっている内科医が診ている。彼らは「専門医」ではないのです。)ので、それではどこにも責任の持っていきようが無いじゃないか、とげんなりしてしまいました…ゲフッ!(製薬会社の皆さんも説明文に一言「副作用によって死亡する危険性がある」とさえ書いていれば「予め了承していたはずだ。」と訴えられることは無かったと思われるので。1番の問題は医者の投与の仕方だったんだし。)

 がん治療薬の副作用その他については15日の記事にて、という事で今から書いてきます。(今からかい!)



 大河ドラマ「江」の関連本です。以前にもまとめたのですがまとめきれなかったので今回は江と同世代の方々を中心にまとめてみました。そんな訳で娘世代編です。(正確には娘達の結婚とその相手編です。1部同世代どころか親子並に年の離れたカップルもいますが、関連人物ということで…。)

 江…17歳・初婚の秀忠に嫁ぐ時、彼女は23歳となっており上手くいけば姉さん女房として秀忠を御すること、ゆくゆくは徳川家を上手く支配することも可能なのではないかという秀吉の計算はともかく、彼女は流されるままに受け身に生きる女性なので(同じく真面目君の秀忠とはウマが合ったらしく、将軍職という最高位の地位にありながら側室は2人しか入らなかった。家康の妻の数、後の大奥に連なる将軍達の妻の数を思うと驚嘆すべき数字である。)そうそう上手くは進みませんでした。(これが気の強い茶々だったら話は違ったかもしれないけどね…。)関ヶ原の戦いでも彼女は何もしてません。(夫の秀忠は上田城を陥落せんと真田昌幸と対決し大変な目にあっていたのだが、それと彼女とは無関係。)秀忠との夫婦関係は良好で子宝(2男5女)にも恵まれ、徳川の天下になったことで国のトップレディーにもなり…子供に恵まれなかった初やトップの座から転げ落ちた茶々を見ると3姉妹中1番苦労知らずに幸せに生きた女性のような気がしてなりません。ドラマ要素は確かに少ないけれどそんなもの無い方が幸せな人生ではあるのかもね…ゲフッ!

 徳川秀忠…家康の長男・松平信康が信長の命で母共々切腹させられ、次男・秀康が秀吉の養子に出された(そして後に結城家の養子に出される。)為に3男にも関わらず「嫡男」となった数奇な運命を持った人。関ヶ原の戦いでは真田昌幸に翻弄され上田城を陥落できないまま放置して家康の元に駆けつけた(しかも戦が始まった後になってからの遅参。)という大失態を犯し将軍就任後も実権は父・家康が握ったままという何とも情けない有様でしたが、そんな地味系・文化系のおとなしい人柄だったからこそ家康とは上手くいったとも言えるでしょうか?(これが松平信康とかのアクティブ系だったら家康と衝突しそうな気がする。)また一生何もしなかったわけでもなく3人の弟達を尾張、紀州、水戸に配置して徳川御三家を作ったり娘の和子(まさこ)を天皇に嫁がせて朝廷と縁を結んだり大名統制を強化して福島正則、本多正純といった有力者を改易させたり(反乱の芽を摘んだ。)真面目ならではの着実な政策で徳川の権力基盤を築いた人ではあります。父の家康と比べるとどうしても地味というか見劣リしてしまう人物ではありますが…ゲフッ!

 初…姉は秀吉の側室、妹は家康の嫡男の正室という絶大な権力者を身内に持った女性。京極高次の急速な出世の裏には秀吉の寵愛を独占していた姉・茶々への彼女の働きかけがあったおかげと言われています。高次との間には子供は生まれず側室の子・忠高と、養女に貰いうけた江の娘・初姫を結婚させて繁栄を狙いましたが、時代が徳川の世に変わったおかげでこの作戦が大ヒット。徳川家の姻戚となった京極家はさらなる信頼を受けて大阪冬の陣では講和仲介や工事奉行など重要な役割を任されたのでした。それもこれも初が血縁関係を利用して夫の出世を盛り立ててくれたおかげ…考えてみると高次はいい奥さんを貰ったなあと実感してしまいました。

 京極高次…母親が浅井久政の娘(長政の姉か妹)で初の父方の従姉弟に当たる人です。京極家は宇多天皇の子孫・宇多源氏の一派、佐々木氏の末裔という名門なのですが、高次誕生当時は浅井氏の下克上によって領地・近江の支配権を奪われており没落状態という有様でした。少年時代は織田家への人質として送られ信長に仕えていましたが(信長に従ったことで京極家は何とか滅亡だけは免れた。)本能寺の変で謀反の首謀者・明智光秀についてしまった為に追われる身に。(名門再興の志はあったものの時勢を読む能力には欠けていた人らしい。)柴田勝家に匿われるもその勝家も秀吉に敗北しこれで人生終わりかと思いきや妹・竜子(秀吉が遠征時に必ず連れ歩いた程のお気に入りの側室。)の助命嘆願により許されてしまいました。妻にした初も秀吉の寵愛を欲しいままにした茶々の妹だった為に出世に出世を重ねて6万石の大名に。(九州攻め、小田原攻めなどで活躍はしたがこの出世ぶりは明らかに軍功を超えている。)厳しい戦国を生き抜いた苦労人であることは間違いないのですが女運だけは物凄く良かった人のようです。(おかげで影では蛍大名と呼ばれバカにされている。)こうして没落した京極家は彼のおかげで華麗な復活を果たしたのでした…ゲフッ!

 茶々(淀殿)…戦国一と言われたお市の美貌を受け継いでおり、秀吉の彼女への寵愛ぶりは正室のおねすらも凌ぐほどだったと言われています。そんな相手に子供が生まれたらもうメロメロ…となるのは分かるのですが実は秀吉は子供の頃にかかった熱病のせいで子種が無かったという説があり(考えてみれば何人も側室がいるのに、他の妻達が誰一人として子供ができなかったのはおかしい話である。)鶴松も秀頼も他の男と密通して作った子供らしいとか…ゲフッ!(大野治長との密通説が当時から流れている。)真相は藪の中ですが父母と兄を殺した年増の不細工男に対して真実愛情が芽生えるかはかなり微妙な話であり、権力志向の強い彼女の体を張った復讐だったとしても納得はいってしまうような…ゴフッ!ともあれ秀吉は最後まで「疑い」を持つことはなく、鶴松を懐妊した時には城(淀城)を一つ贈る程の浮かれぶりを発揮していました。それでいいんでしょうか、男として…ガフッ!

 豊臣秀吉…人たらしとして有名な戦国武将。豊臣性になる前の苗字「羽柴」というのは織田家家中の丹羽長秀と柴田勝家の活躍にあやかろうとしてつけた苗字(つまり2人は自分の憧れの人だとヨイショしている。)だそうで宿老達に対しても気配りを忘れない彼なりの処世術が伺えます。うっかり空気を読まずに信長に意見して殴られて泣き寝入りしていた他の部下達(典型例・明智光秀。)と違い、彼は空気を読むことに長けており(そして何度殴られても気にしない図太さも兼ね備えていた。)参内する自分に上から立ち小便を掛けた信長に対してツカツカと歩み寄り「これは酷いと思います、殿。」と時にはしっかり自分の意見を言ったという逸話(注・信長の虫の居所が悪ければその場で斬り捨てられているシーンでありその辺の絶妙な機微を見極められる辺りが秀吉の凄い所である。)もある程でした。他の自分にひれ伏すだけの部下(恐怖だけで相手に従っているロボット。)と違い見所があると信長にも目を掛けられたそうです。そんな状況を読むことに非常に長けている彼なので仇打ちを果たした後は信長の遺児をないがしろにして盗むように見事に天下統一を果たしていました。晩年に実子・秀頼が誕生した後は邪魔者となった養子・秀次を妻子共々処刑するなど我が子可愛さに暴走し、朝鮮出兵の不満(外国相手の戦いなので恩賞としての領地が与えられなかった。)も蓄積したせいで彼の死後(後継者・秀頼がたった6歳だということもあり)天下は再び乱れることになったのでした…。

 おね(北政所)…まだ秀吉が苗字を持っていなかった頃、おねの方が身分が上だったという障害もなんのそのと恋愛結婚で結ばれ、ずっと彼を支えてきてくれた妻です。秀吉もしっかり者の彼女を信頼していたのですが、いかんせん彼はとんでもなく好色でありおねがたまりかねて信長にまで愚痴の手紙を書き送ったこともあったんだとか…若い頃から苦労していたんですね、おねさん。(ちなみにこの返事として信長は「あなたはあのハゲネズミ(秀吉)にもったいないくらい素晴らしい女性なのだから他のつまらない女のことで目くじらを立てずに正妻らしく堂々としていればいい。」と書き、プライドが満たされたのか以後おねは浮気に寛容になったんだとか。)豊臣家を天下として息子の地位に固執した茶々と違い、家康の臣下になってでも1大名として豊臣家が残ればいいと考えていた彼女は茶々とは確執があったようですが秀頼の後見では協力し合っており、決して豊臣家を見捨てたわけではなかったらしいです。

小保方晴子STAP細胞記者会見

2011.10.26
 これ、プロの詐欺師の技術だ…と「不器用ながら一生懸命釈明する姿」を美しく表現している彼女に脱帽したものでした。一般の人には半泣きになっていっぱいいっぱいな状況の美女の姿に庇護欲をそそられ彼女を責める気持ちを薄れさせてしまったり、弁護士のいう「人権侵害」の名の元にうやむやにしてもいいと思う部分も多いのでしょうが同じ女の私から見ると見透す事のできる彼女の計算も多く見られ記者会見において重要な「印象付け」(当人のイメージ)というメディアの本分で大勝利している内容でもこの女、信用ならないなという思いは余計に深まってしまったものでした。理研が呼び出して締め上げようとしたところ弁護士2人を連れてきたのですくんじゃって何も言えなくなった→メールでの遣り取りになった経緯といい(論文に一緒に名を連ねた14人が揃って手の平返しをして小保方一人が「すみませんでした!」と当然の責任を取って辞めるというシナリオを描いていた理研が猛烈な反撃に合った。論点が「STAP細胞があるかどうか」でなく「処分が不当かどうか」に移りつつある今「騙すつもりは無かった」という一言ですべて許されてしまいそうな様子です。)下世話な言い方をすれば「この女、大したタマだ。」と感服してしまいました。という訳でこの場を借りて私が不信感を感じた根拠を語っていきたいと思います。(2014.4.9)

 顔…カメラが引いて弁護士と並んで映った時などに分かる事ですが彼女の顔だけスポットライトを浴びているかのように白く輝いて見えるのにお気づきになったでしょうか?まるで弁護士2人だけが相当日焼けでもしているかのような存在感の大きさです。この目の周りを白くし頬をチークで赤く塗る手法は顔を「立体的」にし、平たい顔の日本人の風貌を彫り深く引き立たせて見せるプロの技術であり、以前テレビでも紹介された芸能人御用達のプロのメイクさん(職人)の技でもあるカメラ映えする顔の作り方です。そんな意識を元に化粧をしている辺り、たとえ毎日そういうメイクをしていると言い訳をした所で少なくとも記者会見に当たって全然動転していない(取りあえず冷静に美しく化粧できるほどの余裕はあった)のは丸分かりで美しい外見に反して違和感を感じたものでした。入院するほど体調を崩した(と自分で言っている)割には何故か完璧にセットされている巻き髪といい、長時間元気にお話しできる点(アンタ、具合が悪いんじゃ…?)といい、この人ピンピンしているじゃないかとツッコミも入れてしまいました。ちなみに化粧についてのツッコミはまだ有り、以下に続きます。

 アイシャドー…涙は流れてもアイシャドーは流れない…何故ならばアイシャドーは目の上だけに塗って目の下には塗っていないからです。これは泣く事を予定している人間が涙を美しく見せる事を意識して行う化粧の仕方でもあります。(かつて沢尻エリカが「別に」発言の謝罪会見で黒いスジをつけながら泣いた「失敗談」は有名。)目の上下両方にアイシャドーを塗るのも顔を立体的に見せるテクニックの一つなのに顔全体は↑の手法を使うほど自分の顔を美しく魅せる事にこだわっているのに何故わざわざ目だけは「無難な化粧」をしているのか…というより絶対に魅せ方を意識して意図的に顔を作っているだろうという事が伺え、技術面の高さと共にその裏に隠された真意も読み取れて悪感を感じたものでした。彼女がカメラ映りを意図している根拠はまだ有り、以下に続きます。

 まばたき…「フラッシュの点滅にご注意ください」

人はカメラのフラッシュという「強い光」を向けられると反射的に目を閉じてしまう習性があります。強い光を直接見ると網膜を痛めるからです。テレビという反射された光にさえ視聴者に対して上記のような注意書きが出ているのにその光を真正面から受け止めているはずの彼女は何故か異常にまばたきが少なくパッチリした目でカメラを向いています。これは本人の意志で網膜を痛めるのを覚悟で目を閉じない自分の一番美しい顔を長く画面に流す為のテレビ映え・カメラ映りを意識した芸能人(プロ)の技(目を瞑った顔より目を開いている顔の方が存在感があるのは当然)であり2時間半の長きに渡ってそれができる辺りお涙頂戴の弱々しいアピールに反してお強い意志(ご性格の強さ)を感じました。話している内容も結構矛盾だらけですし、もはや女の涙で許される範囲は超越していると思うのですが…ね。

 ノートは4冊…当のノートはどこにあるのか以前の問題で普通、研究にかかるノートの冊数は段ボール2箱を超える(100冊以上は「当たり前」。一桁という時点で冊数としておかしい。)そうです。あるいは彼女のノートは2冊で段ボール一箱に達するほど、例えば中世の本のように羊の革でできていて異常に分厚いのか(そうだとしてもページ数が異常に少ない事実は変わらないか。)色々考えてしまいました。写真も何千枚もある(「何百枚もある」とケタ単位で言う事が変わったり、ここでも発言が曖昧。)と言う割には何故そこまで写真があるのに博士論文の画像を流用するのか謎で(「証拠写真」も提示しない辺り本当は1枚も無いんじゃないですか?)割烹着を着て実験に挑んでいる姿(首元が大きく開いている事から衣服の繊維や何らかの菌などが実験対象に紛れる恐れがあり医学や研究の現場ではありえない格好である。もしも自分が何かの病気になって手術を執刀する先生が白衣でなく割烹着を着ていたら…嫌だなあ、やっぱり。)といい本職の人間から見ればこの人が研究者としておかしい事は一目で見てとれるそうです。最も医者や研究者には見破れても一般的大多数の人間にそんな知識は無いという現実が増長の元でもありましたかね…?「悪意は無かった(わざとじゃなかった)」と彼女は言いますがマウスを差し替えたりデータ改ざんをした時点でそれは明らかな悪意(故意)だろうと中村うさぎ先生の発言と同じくツッコミを入れてしまったものでした。

 200回の成功例…かの山中教授が作成した、IPS細胞さえ最初は500回に1回しか作れず技術水準を上げた今でさえ5回に1回(つまり80%は失敗している)という成功率の低さです。週に1回、年にして50回、4年だから200回の実験機会の回数は合っているものの、100%の成功率というのはそれだけで異常だという事実がここで分かるかと思います。(言ってみれば10割打者の野球選手がこの世にいないのと同じくあり得ない現象である。)彼女曰く「STAP細胞は存在するけれども作成にはちょっとしたコツというかレシピが必要」(「レシピ」って…カレーにリンゴや蜂蜜を入れるのとは訳が違うんだからそういう言い方もどうなのか?あるいはこれは割烹着とかけた洒落の一種なのか?微妙な発言です。)だそうですが当のレシピとやらを公表せずに「次の研究にも使うから」とグジグジ問題を先延ばしにしようと(うやむやにして終わらせようと)している辺り信憑性は非常に低い発言である事も確かで不審を感じたものでした…。

 第3者がSTAP細胞の作成に成功…「個人名なのであまりにも公の場であるここでは名前を伏せさせて貰います。」

自分の研究者生命が尽きようとしている時に他人のプライバシーの保護もへったくれも無いだろう(むしろ研究者としての人生が終わるよりは個人保護法違反という「軽い罪」で訴えられる方が遙かにダメージが少ないだろう。)とツッコミを入れてしまいました。(言ってみれば無実の罪で訴えられた人間がアリバイを証明するのに「個人名なので一緒にいた相手の名前は言えません。」と言うのと等しく自分の立場をわざわざ不利にする不自然な状況である。)「本当は誰一人いないのでその人の名前は挙げる事ができません。」の間違いでないといいですけどね…。記者からの「その人に名乗りを上げて貰えば信憑性が出るのではないですか?」という発言に彼女が「なるほど」と頷いたその時「余計な事を言ったらバレちまうだろ!自分で自分の首を絞める気か!?」と言わんばかりに、それまでは自分には非が無くテレビという全国ネットで顔を売れる機会に笑みまじりで対応していた弁護士2人が初めて慌てた態度を見せたのと合わせて印象に残ったシーンでした。彼女を信じて弁護する立場の人間すら、この点に関しては必死になって触れられないようにしている辺り(彼女を擁護する為にしている行動がそれという辺りで、もう…。)やはり非常にウソ臭いというか眉唾的なものを感じたものです…。

 結論…契約も1年更新されたそうですし結局小保方本人は理研を辞めず、最高責任者である野瀬が辞任、佐々井が窓際族になる事で事態が収拾しそうな気がします。(色々と言動が穴だらけとはいえ、これだけしたたかな女相手に理研が勝利する事は難しいだろう。)危険運転致死罪も署名運動や法律改正を経てあれだけ重い罪になった(そして当のきっかけである酔っ払い運転で追突し家族4人を殺した犯人は改正前の罰則に基づいて2、3年で刑務所から出てきてしまっている)訳であって今後「理研に著しい迷惑をかけた人間は悪意の有無に関わらず免職にする」と新しい規定を作るなどこれからの予防に繋げることはできても「第1例」である彼女は軽い処分で終わるんでしょうね…。詐欺罪悪意の有無に関わらず世界的雑誌に論文を載せて皆を「騙した」事に変わりは無い。かつてヤクザが誰にも迷惑をかけずゴルフをしただけなのに「(ヤクザだという)肝心な事を黙っていたから」と訴えられた(法律が適用された)事例は有名。)偽証罪(論文の通り行っても誰も作れない以上、個人的都合でコツとやらと隠蔽しているにしても「発表した作り方」に関して嘘がある事実は変わらない。)著作権違反(博士論文からの無断複製・転載は立派な盗作であり、それに関して本人に了承を貰ったという話も聞かない。)など法律違反はてんこ盛りにしている女性なんですけどね…。(高校などの簡単な組織なら「学校の品位を傷つけた事で退学は当然」とできるんですけどね…。)

 余談…擁護派の方々はノート全てを出してしまえば世界各国でSTAP細胞が作られてしまい日本の利益にならなくなる(そしてこれは億単位の利益になる)から隠すのは当然と言っているようですが、だったら発表と同時に特許を取ればいい話で世界的雑誌に発表しなくても特許を取った例はいくらでもある事からも、この女性は行動がおかしいとしか思えませんでした。コピペ(写真流用という犯罪)に関して弁護士達は「全ては不注意だった。」で済ませようとしているみたいですが、それはもう中国産のウナギを鹿児島産だと産地偽装して「不注意で間違えちゃいました。わざとじゃありません。」で通るかどうかというレベルの問題で責任を取らされて倒産に到った会社の数々を考えてもこの女性は許されるべきではない事をした(むしろお咎め無しにする事は同じ事をして社会的制裁を喰らった人々に対しても失礼。)と思うのですが、ね…。

もっと知りたい!お江と戦国の女達

2011.10.02
 大河ドラマ「江」の関連本です。北海道旅行の際にホテルでごろ寝しながら読書用(目が悪くなるので良い子は真似しないでね。)として現地コンビニで買ったものでした。ところが予想に反してあんまり面白かったので10月現在すでに登場終了した人物を中心にまとめてみました。というわけで取りあえず「終わった人編」です。(終わった人ってお前…。)

 お市の方…「浅井・織田の血を絶やさぬように。」

2番目の夫・柴田勝家と死を覚悟した際、お市は「自分も運命を共にさせて欲しい。」と懇願した娘・茶々にこう言い残して心中を許さなかったといわれています。ちなみにその娘達、茶々の息子・秀頼は徳川家に攻め滅ぼされ、次女・初は子供ができないまま天寿を迎えてしまう運命を辿ったので結果としてこの遺言を守れたのは末妹の江だけでした。(大河ドラマの主人公に3姉妹中最も何もしていない彼女が選ばれたのはその辺が所以でしょうか?)
 実は秀吉が実権を握った後は彼女を側室にしたいと狙っていたらしいですが(後に娘の茶々を側室にした理由は3姉妹の中で彼女が1番お市様に似てたかららしい。)近江攻略(浅井家攻略)の陣頭指揮を取った男であり長男・万福丸を殺害した(らしい)男をお市自身は完全に拒絶しており、また織田家の為に長年身を粉にして働く柴田勝家を憎からず思っていたらしく徹頭徹尾秀吉の出番はありませんでした。(一説には勝家と共に自害したのは秀吉の元に庇護されたくなかったからもあったんだとか…。)勝家自身は浅井長政のように母と3姉妹セットで脱出させたかったらしいですが「浅井落城してまたもや。」とお市自身の意志でその場に留まった辺り政略結婚に翻弄されながらも最後は自分の意志を通したのでしょうね。茶々の気丈さはお母さん譲りなんだろうなあ~と感じる戦国1の悲劇の美女です。

 浅井長政…江の実父。末娘の江が織田と敵対関係になってから生まれている辺り、いかにお市との夫婦関係が良好だったかが伺えます。
 長政達浅井家が支配していた近江(滋賀県江州)は尾張(愛知県西部)を支配していた織田家にとっては中央進出に欠かせない要所であり同盟を結ぶことで共闘関係を築きました。が浅井家と古くから懇意にしている越前(福井県北部)の朝倉家を攻めないことを条件として同盟を結んだのに足利義昭との戦いの際浅井家にも無断で朝倉家(足利側)を攻めたことで事で同盟は決裂。(つまり、悪いのは信長の方でした。)浅井家は朝倉家に味方することにしたものの、兵力で劣っていた為に朝倉家共々敗北してしまいました。さすがに信長も悪いと思ったのか長政の武勇を惜しんで幾度も降伏勧告をしたのですが長政自身が拒否した為交渉は決裂し(許せなかったんですね。)お市と3姉妹を織田陣営に送り出した後、長政は自決してしまいました。ドラマでは存在自体抹消されていますが長男の万福丸は串刺し刑(磔とも言われている。どっちにしろ10歳の子供に対しては酷すぎる処刑方法である。)により殺され長政の実母の小野殿は数日に分けて10指を切断された後、殺されたという酷いエピソードもあります。親兄弟がそんな目に合わされたのに江が信長と仲良くできるとはやはり考え辛いのですが…ゲフッ!

 織田信長…江の叔父。「天下を治める者には徳が必要だ。」(by天地人)よりじゃあ人徳の無い(挙句に最後は家臣の裏切りで滅ぼされることになる。)お前はダメじゃんとツッコミを入れたこともある超有名な戦国武将です。江の父親・浅井長政達の頭蓋骨を金箔で塗り固め祝いの席に並べた件については「武将に対して敬意を表した。」と言っていましたが(嘘つけよ。)何にせよ酒の肴にして愉しんだことには違いないじゃないか!とポワ~ンと何でもかんでも良いように解釈するお江にちょっと待て!とツッコミを入れてしまいました。(頭蓋骨に金箔を塗って人前に出した「事実」だけで普通はドン引きものですが…。)ドラマ版では江と大層仲良くしていましたが死体を人前にさらしものにする程に浅井の裏切りを憎んでいた人間が、その娘にそこまで愛情を持って接することができるかは疑問(裏切りをいち早く知らせてくれた妹・お市本人ならともかく。)であり、自身に娘も何人かおり、その娘達に対してちゃんと愛情があった(娘の徳姫が父の信長に告発状を送り夫・松平信康を切腹に追い込んだ話は有名。娘のストレス排除の為にそこまで…は、やり過ぎだとも思うが…ゲフッ!)ようなので親戚とはいえよその家の子供にそこまで親しくしていたかは大いに疑わしかったり…ゴフッ!(娘に恵まれなかったオジサンがよその女の子を可愛がる傾向はありますが信長さん、娘いましたから…。)またそこまで仲良くしておきながら仇の明智光秀にも情を寄せる江の様子にはお前はどっちの味方なんだよ!?とここでもツッコミを入れてしまいました。移り気過ぎです、江さん。

 柴田勝家…江の義父。秀でた武勇から「鬼柴田」とも呼ばれ戦場における突進力は随一という意味で「かかれ柴田」と評された織田家の家臣ナンバー2です。元々は信長の弟信勝の家臣で織田家後継者争いの際には信長と敵対しましたが(信勝が破れた後、剃髪して信長に許してもらいました。)能力があれば過去に敵対した人間であっても重用する信長の元で活躍し、名実ともに織田家の筆頭武将に目されるようになりました。が、本能寺の変で信長が死亡して後は仇を取った秀吉と立場が逆転。(その時勝家は上杉家と対峙していた為に京都に向かうことができなかった。)勝家は織田信孝や滝川一益、前田利家と手を結び秀吉と対決するも彼の本拠地は北陸地方、動きが取れない冬の間に同盟勢力は次々と攻略されてしまいました。勝家本隊も「賤ヶ岳の戦い」で秀吉に完敗し、お市と共に天守の5層目にて自決することになります。尚この自決「修理が腹の切り様見申して後学にし候へ!」(自分の腹の切り様を見て後学にして欲しい!)と叫んでお市と侍女達を一突きで突き殺した後、自分は十文字に腹を割いての壮絶な死に様だったそうで、よく娘達はトラウマにならなかったなぁ~と人知れず痛い思いを感じてしまいました。こうして秀吉に対抗する最大勢力であった柴田氏は滅亡し、正式に秀吉の時代となったのでした。

 佐治一成…江の夫その1。(最もこの縁談は婚約のみで破談になり正式な「初婚」は秀勝だったという説もありますが…。)立場的には佐治家は独立した大名家でもなくただの織田家次男・信雄の1家臣でしかないので「時の権力者・秀吉が庇護する姫」の婿にしては随分と不釣り合いなのですが、大野(伊勢(三重県)と桑名、三河(愛知県東部)を結ぶ海上の流通経路の拠点。)を拠点として海賊集団を鍛え知多半島のほとんどを支配していた豪族にして信長が織田一門と同格に扱っていた一門(だからこそ信長もお市の姉・犬姫を嫁がせている。一成は犬姫の息子で江とは母方の従兄妹。)として評価も高く縁談がまとまりました。しかし織田信雄(家康)vs秀吉の「小牧・長久手の戦い」で家康側に着いたこと、更には家康が大野川を渡る時に船を調達して三河に無事に帰した張本人だということで秀吉は激怒。江はドラマ通り「茶々が病気」との知らせに騙されて城に呼び出された後そのまま2度と一成の元へは帰してもらえませんでした。(怒って雪玉を投げつけたかどうかは不明ですが、流されるままに生きた彼女の性格から考えて多分脚色。)これにて秀吉の勝手から始まり勝手から終わった縁談は終局を迎えたのでした…。

 羽柴秀勝…江の夫その2。当時の秀吉の後継者・実子の鶴松(捨)の叔父と叔母が結婚すれば身内の結束が強まり、ひいては我が子の大きな後ろ盾になるだろうとの打算100%の縁組でしたが、戦乱の世をただ流されるまま唯々諾々と生きてきた受身な性格の江にとって、秀吉に「九州攻めの報奨が不満」だと言ったせいで秀吉に勘当までされた秀勝(その後小田原攻めで軍功を挙げ実力で返り咲きに成功。)はグイグイ引っ張ってくれるまさに夫としてうってつけの人物ではあったようです。(カップル的な相性としてはバッチリ。)結婚後すぐに娘の完子(さだこ)も授かり(つまりそうなる程いい関係を築けていた、と解釈していいでしょうね。あの豊臣家の男が奥さん一人だけで他に妻を持たなかったのも個人的には驚きですし。)これにてハッピーエンド…と思いきや朝鮮出兵後に蔓延した疫病に彼もかかってしまい、我が子の顔も見れないまま遠い異国の地で永遠の眠りについてしまいました。(江とは1か月足らずしか過ごせなかったというのも本当。)
 実はこの「秀勝」という名前を名乗った「秀吉の息子」(養子含む)は彼の他にも二人いたのですが実子・秀勝は早世、織田家からの養子・秀勝は18で死亡と次々に早死にしており、甥っ子・秀勝も「2度あることは3度ある」パターンで(「3度目の正直」にはならなかったようです…。)後を追うようにお亡くなりになってしまわれました。「秀勝」という名前には呪いでもかかっていたのでしょうか?その後、さすがの秀吉も懲りたのか次に生まれた実子(拾)には「秀頼」という名前をつけていました。

 豊臣秀次…秀吉の甥っ子にして秀勝の兄。(江には義兄。)秀吉の後継者として関白になりましたが実子・秀頼(拾)が生まれた以上は「邪魔者」になってしまい、難癖を付けられて高野山に追放されてしまった哀れな男です。そこで時勢を見極めて位を捨てて出家でもしていれば助かっていたのに「納得いかない!」とクーデターを起こそうとしたために(ちなみに決行前にバレて捕まった。)妻子共々死罪(切腹)の沙汰となってしまいました。女好きというのは豊臣家の血に根ざした物なのか側室の数は40人という秀吉以上の最多記録を樹立した男(それも13歳の少女から60歳の老婆まで守備範囲はと~っても広かったらしい。絶倫にも程があるだろ、秀次!)で、処刑時それだけの数の妻子達が巻き添えに殺された様には悲劇というより他はないです…。中でも最上義明の娘・駒姫は側室として入った直後にこの事件が起こったせいで夫の顔さえ見ていないのに殺される羽目になったのだとか…。(茶々といい天下人の妻となった女性なのに人生とは分からないものです。)秀次本人には申し訳ないですが死ぬなら一人で死んで下さいとツッコミを入れてしまった男です…ゲフッ!

日本人なら知っておきたい日本文学

2011.08.26
 平安時代の古典作品を中心に「その『作者』がどんな人だったのか」が分かりやすく描かれている(もちろん書いた作品についても言及されており、作品の中から人物像を見出しているけれども)本です。平安時代は男同士の恋愛は珍しい事ではなかった(日本はキリスト教伝来が遅かったせいか中世までボーイズラブが盛んだった。ノンケの男は秀吉くらいだろうか?)事などトリビアも満載で面白かったのですが「自分が思っていたのとイメージが違う~。」という人物もいるのでこの場を借りて語っていこうと思います。

 紫式部…「私、漢字の『一』の字も書けないフリをして暮らしているのに…。」

知識と文才を投入して趣味に生きる(源氏物語を書く)事と、頭の悪い可愛い女になる(フリをする)事とどっちの良い所も取ろうとしているのに上手くいかない自分は何て可哀想なんだろうと自己憐憫に浸っている事に胸を張られても読者の私はドン引きするだけなんですが…ゲフッ!女房仲間の弁の宰相の君を無理矢理起こして「物語に出てくる女君みたいよ。」と相手の迷惑も全く省みず「上手い事を言った自分」に大喜びしているエピソードといい結局この人は周りから言われる「自分の」評判を気にしているだけで本当の意味で周りの人の事を考えている訳ではない(ていうか自分の事しか考えていない。)事が分かり、「文才(だけ)は確かに優れているが大した身分でもないじゃないか。(なのに何様のつもりなのか?)」と「身分が低いのに重用されている」事や「牛車の同乗を拒否された」(会った事の無い人間にまで悪口の嵐を書くような人と一緒にドライブするのなんて…嫌だよなあ。)事など数々のイジメに遭った事には嫌われても仕方のない性格の悪さだろと思わず納得もしてしまったものです。全ては「教養のある女性が良くない事とされた時代背景のせい」みたいな風に描かれていますが一条天皇が寵愛を注いだ定子様が教養美人だった(頭が良い事を理由に敬遠などされなかった。)事といい最後に物を言うのは(いつの時代も変わらず)頭の良し悪しでなく性格の良し悪しだという事が分かり全ては自業自得ではないの?と苛められた割に全く同情できなかった女性でした。(人々に嫌がられて誰も庇う気も起こさせないほど嫌われるだけの事をしてきたでしょう、貴女は。)「清少納言のように割り切れたらこんな苦労はしてないわ!」とこの本の紫式部は言っていますが、そもそもアンタが言っているのは「苦労」でも何でもない、ただのガキのワガママだ自分が他人の目にどう映るかだけを人生の目標にしているなんて、なんてさもしい根性だろう。)とツッコミを入れてしまったものでした。「源氏物語の新刊を一番早く読める」事(彼女の文才)を評価している(そしてそれを売りに天皇を釣ろうとしている)彰子様とは上手く行くでしょうが「同じ立場」の女房達(性格で付き合う仲間達)には、そりゃ嫌われたろうなあ~と改めてこの人の人格を苦手に感じた私でした…。(人間を「描写する」力がある割に自分を客観的に見る事は出来てないよね、この人…。)

 清少納言…紫式部「こんな人の行く末はどうして良い物になるでしょう。」(紫式部日記より)

「行く末」(将来)どころか「今」(当時)既に皆に嫌われまくっていたアンタに言われたかないだろうと思わず紫式部にツッコミを入れてしまったものです。自分が褒められるだけでなく周りの人の知的レベルが高い事も「をかしかりしか(面白かった)」と喜んでいる清少納言と違って「得意げに真名(漢字)を書き散らしているけれど、良く見ると間違いも多いし大したことは無い」とこき下ろす(もはや辛辣な批評を通りこした陰口に近い。)評価を下す辺り、紫式部は周りの人が優れている事を決して認めようとはしなかった「粗探しをする女」だったようです。(和泉式部に関しても「歌は素晴らしいが素行は良くない」と褒めている中でも悪口が入っている。好感を持っている相手に対してさえこんな評価を残すんですか、紫式部さん。)これはライバルの妃に仕えたという政治的立場が言わせた悪口(定子様一派を一条天皇に追懐させない為にわざと酷い評価を下し嫌気が差すように仕向けた。…それだけでも充分に性格の悪い行動だと思いますが。)であり立場が違ったらここまで言わなかった(かもしれない)という意見もあるそうですが頭の悪い可愛い女の立場を「羨んで」そうなれない「自分の事を可哀想だ」と思っている(自分の事ばかり気にしている)紫式部は清少納言の言う「にくきもの」の中にバッチリ入ってしまうし「枕草子」によると「自分の事は棚に上げて人を批判する人」(悪口を言う人を正義感顔して悪く言う人)も嫌いだそうなので、どんな立場であったとしてもこの2人が仲良くなることは無かったでしょうね。(紫式部擁護派の人も「類稀な文才のある女性が嫌われ者になっていた」事を庇っているだけで「性格の良い女性なのに酷い扱いを受けている」とは誰も思っていない事に最近気が付きました。結局、紫式部の評価って「源氏物語」という「高評価の作品」の上に根差したもので性格の悪さに関しては皆薄々認めてはいるんですね…。)

 藤原道長…「この世をば我が世とぞ思ふ望月の欠けたることもなしと思へば」

「この世は自分の為にあり満月も欠けることは無い」という図々しさこの上ない意味合いの有名な彼の歌は作った時は酔っ払っており記録に残さなかった内輪の席での話(さすがに公の場でこんな歌を詠むほど空気の読めない人物ではなかった。)だそうですがいくら冗談でも言って良い冗談と悪い冗談があるという話で藤原実資が日記に残した記録(この歌)に後世の人がドン引きした(思わず取り上げずにはいられない程の問題発言となってしまった。)事もあり教科書にも載せられ皆が知っている有名な歌となってしまったのでした。現代でも某政治家が「レイプする時に相手に許可を求めたりはしないでしょ?」という「冗談発言」に記者がドン引きし「内輪の席で記事にはしない」約束だったにも関わらず記事にされてしまった(あまりに酷い内容の為に黙っていられなくなってしまった。)事例がありますが、その通り「昔からあった」(今もあるある、そういう事という)エピソードだったんだなあ~と感慨深くなったものでした。結局「言いふらされたらマズイ内容」と自覚のある(常識で判断できる)発言は内輪の仲間だけの間でコソコソ言うのではなく黙って墓まで持って行くのが正解のようです。

 ヤマトタケル…景行天皇「息子のオウスよ。そなたの兄はどうして食事に出てこないのだ?」
オウス「そりゃ父上のお妃候補を横取りして気まずいからでしょう。」

80人もの子供を作っておいてまだ妻を娶る気だったんですか、お父様…ゲフッ!(80人とは「数が多い」というイメージ数で具体的数値ではないという説もありますが、ともかく子供の数が「多い」事は確か。)と、しょっぱなからツッコミ満載の古事記伝です。手塚治虫が描いた「火の鳥・ヤマト編」のアニメ版ヤマトタケルはこちらの影響を多く受けているのかクマソタケル討伐(やっぱり女装して刺殺している。)の後、国に帰ってみたら褒め言葉を期待していた父親は既に亡くなっており兄貴達に「お前、討伐に失敗してクマソに殺される事を期待されていたのに気づいてなかったのか…?」と辛辣なツッコミを入れられて落ち込んでいる姿が拝めるので、この本で「ああ、そういう事だったのか。」と初めて納得したものでした。(漫画版の方は無事に帰った息子をベタ褒めして地位まで与えてしまう親バカぶりだったので「何でここまで違う話になり果ててるの!?」と子供心にビックリした思い出があったので…手塚先生はきっと「お父さん!タケルを愛してあげて!」と願っていたのでしょうね。)そんな「火の鳥」でも恋人と幸せに暮らすことでなく「故郷に帰る」事を選んだヤマトタケル。どんなに煮え湯を飲まされても親を捨てきれなかった子供の気持ちは昔から健在だったようです。
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