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ガラスの仮面⑤

2010.04.30
 「私達はガラスのようにもろくて壊れやすい仮面を被って演技しているんだ。どんなに悲しいことや苦しい事があってもその仮面を外しちゃならない。この『ガラスの仮面』を被り続けられるかどうかで役者の才能が決まる…そんな気がする。」という麗の言葉よりタイトルの所以も分かる文庫版5巻です。表紙は後半マヤが演じる事になる人形エリザベス(リズと呼ばれていると月影先生は言うが劇中誰もその名称で呼んでいない。)が描かれており話がどの辺りなのかも分かりやすい作りでした。

 「嵐が丘」…真島良「かつて色々な女の子を好きになったし色々な女の子と付き合ってきた。けれど、これほどまでに激しく愛されたことがあったろうか…?」

激しく「たった一つしかない玩具として」愛されているに過ぎないのですが…ゲフッ!(今までの女の子達は玩具としてでなくちゃんと男として尊重してくれていたという話でしょう。)そして大人になったキャサリンは「私がお金持ちと結婚すればヒースクリフがどこかに(金稼ぎに)行く必要もないし豊かに暮らせるじゃない。」と他の男と結婚する事実(「行かないで、ヒースクリフ。この荒野から出ては嫌。」「悪い。俺3年位ここを出るわ。」)を考えるとあんまり嬉しくもない愛され方(「キャサリンは情熱的で激しい反面、非常にワガママで自分勝手な一面があります。」by由紀)だと思うのですが、ひたすら子供の思考回路を再現する事しかなかったマヤのキャサリンはひたむきさだけが突っ走って打算や勝手さが出てきた大人時代への違和感にもつながってしまったようです。(大人時代も子供時代も「激しく」身勝手という点においては共通してるんだけどね、キャサリンさんは…ゴフッ!)マヤのキャシーの激しさに惹かれて相手役の良くんも恋し始める始末でしたが連日「石の微笑」の舞台を見続けるうちに全然自分(ヒースクリフ)を気にしないマヤの姿にキャシーは彼女の仮面の一つという幻に過ぎず自分1人で舞い上がっていただけだったんだと悟り始めた様子です。(もしもマヤが真島君に惚れたら彼に好かれたい一心でモロ好みのタイプであるキャシーを演じながら付き合ってくれる可能性はあったが告白も玉砕した今、キャシーは永遠に復活の機会を失った。)結局これが「恋」ではなく「子供のワガママ」に過ぎないと見抜いていたのは男の中では真澄様だけだったこの舞台(「まだあの子は本当の恋など知らない…。」「真澄様、あなた人の事言えるんですか…。」)はこうして関係者一同に波乱を残しまくって終わるのでした…ガフッ!

 桜小路優…「他の男とラブシーンをする君を見るのが僕にとってどんなに苦痛かってこと、君は考えてもくれなかったんだろうか…。僕にはそれが悲しい…!」

彼女の為にアルバイトの口まで探したのに(自分で探せ、マヤ!)当のマヤはそのバイトをおじゃんにし(紹介した桜小路くんの面子は丸潰れ。クビの原因もまた彼女の「演劇」(白雪姫)だったと知った時にはやりきれない気持ちになった事だろう。)わずかなデートでもハンバーガーのセットを奢った彼へのお礼も中途半端にヒースクリフの代役として体良く使い始める辺り「もうごめんだ!演劇にかまけて僕を都合の良い男扱いするのもいい加減にしろよ!(僕はヒースクリフなんかじゃない!)」と彼が怒る理由も分かる気がしました。(他人(麗)のおごりであるのを良い事にカフェ・オレをドンブリで8杯も飲んだり、アンタちょっと図々しいと自分でも思わない?と4巻からのマヤには私もツッコミ所が多かったです。)ヒースクリフに対して(「真島君に対して」ではないにしても)スカートを破ってまで血を拭う彼女の姿に未だかつてそんな「思いやり」を1度もマヤから受けたことが無い彼が嫉妬するのも思えば当然の心理であり、どこまでも自分が「都合のいい男」扱い(「たった一つの玩具」以下の立ち位置)であることを自覚する羽目になるこの舞台が辛いのも…本当に、もう、分かリ過ぎて同情してしまったり…ゲフッ!(そりゃ、内容が違うにしても「次の舞台」を見る気は失せますって…ゴフッ!)マヤがやったのは演出(演出家に命じられて仕方なくせざるを得ない行動)と違い自発的にやった行動ではあっても役柄に合わせた「演技」に過ぎず本当の思いやりでも恋心でもなかったけれどそういう演技ほどの配慮すらなされない彼氏としては悲しい気持ちになるでしょうと疑問符が出ている(相手の気持ちをまるで分かっていない)彼女に思わずツッコミを入れてしまいました…ガフッ!

 「石の微笑」…真澄「どうしたんだ、服を脱いでみろ!」
マヤ「いやあ!やめてこのロリコン!」

腕から血が流れるほどの怪我をしたとはいえ女子中学生の服を脱がせるのはマズイだろ!(あなたは若社長であって医者でも看護師でもないじゃないですか!軽く犯罪ですよ!)と思わず真澄様にツッコミを入れてしまったものです。(「体中に竹の物干し竿を巻き付けて怪我をするなんて、あなたもこの子も正気じゃない、まったく…。」「いきなり女の子の服を脱がすアンタに正気を語られたくないわ!」)「嵐が丘」の舞台に置いてマヤを出演させてくれる数少ない貴重な劇場からまたも締め出しを喰らってしまった為にいい加減、本当に「人に合わせる」ことを学んだ方が良いと自発的に動く事を禁じられた役(否が応でも「周りに合わせて」しか動けない人形の役)を与えられた主人公。おかげで初めて周りに溶け込むことの大切さを悟ったマヤでしたが、惜しむらくはその空気を読んで呼吸を合わせる(人に気を遣う)大切さを周りの人間に対しては気づけなかった点でしょうか?窓ガラスにヒビを入れ廊下にゴミを掃き出し机をビショビショにする(そして先生が来る前にサッサとずらかる)掃除の仕方といい演劇以外にも真剣に考えるべき点がある(ギャグとして描かれているけれど、私も思わず失笑してしまったけれど割りを食って怒られる同じ掃除当番の人達はいい迷惑だよね…ゲフッ!)と振り返って改めて彼女の無神経ぶりを実感してしまったものです…ゴフッ!

 北島春…「マヤ、お前の事を忘れた日は無いよ。それでもどうせお前は母さんを忘れちまったんだろうね…。」

ハイ、本当に演劇にかまけて放ったらかしにして忘れ去っていました…ゲフッ!と杉子さんから連絡を貰って初めて存在を思い出して慌てている、それでも母親よりも舞台の方が大事で千万分の一の奇跡的に遭遇した出会いも開演の為にスルーしている(「開演だよ!マヤ!」「それどこじゃないの!母さん!」ドカッ!「ギャフン!」という展開にはならない。演技の為なら人に本気で殴りかかったり噛みついたりまでできる(by嵐が丘)のに『人』に対しての情熱は無いのね…。)彼女の姿に「…。」と思ってしまったものでした。母親の方は送った手紙や小包みは順次月影先生の手で燃やされてしまい、劇団つきかげが潰れてからはどこへ行ったか全く分からなかった(by杉子さん)マヤに連絡のつけようがなかった事情は分かるのですが確実に住所を知っているマヤが手紙一枚出さなかったのはいくらなんでも冷た過ぎると今回改めて実感もしてしまったものです。(「2年ぶり、杉子さん。あの…母さん、あたしが家出したことまだ怒ってる?」「うん、家出以上に2年も音沙汰がなく謝罪もないまま体良く許して貰おうとしている事を怒っているわよ。」)お母さんには巡り合えなくても真澄様(金も力もある人間)とは都合良く遭遇したんですし藁にもすがる思いで彼に頼みごとをすればその後の展開も多少は変わったのでは?(「君に話がある。」「あたしは無いわ!…いや、あるわ!あたしは個人的な恨みだけで母さん探しを頼めないほどのちっぽけな人間じゃないわ!」という思考回路には到らないのか…。)とも思えて微妙に思えてしまった伏線エピソードでした。人の雑誌を盗み読みした挙句に寝ている人を叩き起こして娘自慢を始め、他人が買った雑誌のページをねだる母親も微妙(「このページ、頂いて良いですか?」「良くねえよ!俺が買った雑誌だ!」)でしたが母娘揃って自分の事しか考えていないちゃっかり者という性格は共通してるな~(やっぱり親子だな。)とも読み返して改めて思ってしまったものです…ゴフッ!
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アバター

2010.04.29
 ちょうど弟が自転車ですっ転んで肘の骨を折りギプスを巻いていた時に見た映画であり、下半身不自由で棒のような足の主人公の姿に「弟もギプスが取れる頃にはあんな腕になっているのか…!」「ならないよ!1ヶ月でギプスも取れるし動かせますから!」と語り合ったのが記憶に残っています。「観るのではない。そこにいるのだ。」というキャッチコピーの元にデジタル3D映画の魅力を謳った3D映画の先駆けとも言える映画ですが正直、画質が綺麗という事の他には特に見所の無い映画だよなとしか感じなかった作品でした。(ツッコミ所は多かったですけどね…。)

 ジェイク・サリー(サム・ワーシントン)…「時々どちらが現実なのか分からなくなる。」

何の訓練も受けていないのに一卵性双生児の兄の死亡で急遽同じDNAを持つからとアバター計画に選ばれた主人公です。(思えばこの遺伝子に合わせて作っているオーダーメイドボディだから使用者が死ぬとボディは再利用することもできずに丸損というシステム自体に問題があるような気がするが。)それにしたって交渉するのにわざわざ肉体を作ることは無いだろう(かの岩倉具視はアメリカで自分の日本風の髪形・服装が蔑視(大ウケ)されているのを知ってついに信念を曲げてちょんまげ断髪・西洋の服装に身を包んだそうですが…それでも整形手術はしてませんよ。)と話の筋からしてツッコミを入れさせて貰った内容でした。このアバターを使うのも意識を飛ばして眠っている「本体」で食事して栄養を補給しないと身が持たないという非常に非効率な設定ですし、色々問題があり過ぎやしないか(そもそもアバターをわざわざ使う意味ってあるの?)と疑問ばかりが出た映画でした…ゲフッ!

 グレイス・オーガスティン博士(シガニー・ウィーバー)…「見えるわ。エイワが見える。」

「エイリアン」シリーズで一躍スター女優となったシガニー・ウィーバーが演じるという事もあり、この博士は最初は「シプリー博士」という名前(主人公リプリーのパクリですか…。)だったそうです。あと1分という所でアバターへの意識移行に間に合わず肉体も意識も共に死んでしまった(間に合っていれば永遠にアバターの青い体で生き続けなければいけないとはいえ、取りあえず生きてはいられた。)様にはラストで意味が分かっただけに余計に悲しくなった終わり方でした。15年も(荒廃した地球に見切りをつけて←オイ!)頑張ってきた女性だったのにね…。

 ネイティリ(ゾーイ・サルダナ)…ジェイク「俺はもう選んだ。相手は俺を選ぶかな?」
ネイティリ「選んだわ。」

いくら人間に似ているとはいえ、あの青い体と猫のような顔の異星人相手に「その気」になって、あまつさえ最後まで事を成し遂げられるのが凄い(ていうか人造生命体(所詮は作られた体)であるアバターにはそういう「機能」までついていたんだ。部族との交渉においては明らかにいらないオプションパーツだったでしょうに。)と別の所で驚かされたシーンでした。おかげで案の定、合意の上だったとはいえ「婚約者付きの族長の娘」と懇ろになってしまったせいで唯一交流が持てていたオマティカヤ族との間にまでヒビが入っている体たらく(だから始めからそんな「機能」つけるなっての!)に思えば制作段階からして問題があったよな、と納得してしまった展開でした…。

 ツーテイ(ラズ・アロンソ)…実はこの人(人と言っても異星人ですが)「ネイティリに片想いしている」のではなく「正式な婚約者」だったそうで、他の男(ジェイク)が傍をうろつくようになるだけでも気分の良いものではなかった(それこそ泥の中に蹴り倒す程に)でしょうに完全に寝取られて、挙句に戦いの最中でアッサリと殺されてしまった最後には同情しかできませんでした…。立場的には次期部族長にも目されていた(次の支店長「候補」という所か。)そうですが、ジェイクが上空からの着陸(実は物凄く簡単な方法)でトルーク・マクト(全ての部族を統合する指導者。いわば「社長」。)にまで出世した以上、出世街道的にも惨敗した訳で、何もかもがジェイクに負けた結果には哀れにすら思えたものです。当て馬役とはいえ(禁句)こんな生き様、死に様って…ゲフッ!

ニーベルンクの指輪

2010.04.28
 神話(正確にはリヒャルト・ワグナーの楽劇で有名なゲルマン民族に伝わる英雄伝説「ニーベルンクの指輪」。第1部「ラインの黄金」第2部「ワルキューレ」第3部「ジークフリート」第4部「神々の黄昏」とに別れ長大な全編を上演するには4日間かかる。)に名を借りた歴史物という驚くべきラストで締めくくられている作品。「天の涯まで~ポーランド秘史~」といい池田先生は史実を歪曲した歴史物がお好みのようです…ゲフッ!

 ジークムント&ジークリンデ…同じ部族どころか実はこの2人は正真正銘の兄妹だったという事実はこの話ではきれいにスルーされています。(そう、婚姻の女神フリッカが怒っていたのは不倫の事実だけではなかったのです…。)原典では「兄にして夫のあなた。」「妹にして花嫁の君に勝利を祝福を捧げよう。」と却ってその事実で盛り上がっていたお二人でしたが(お静まりなさい、お二人共!)知らなかったけれど実は兄妹で子供まで出来ちゃったというのはむしろ原典より不幸に思えてならないのですが…。生まれたジークフリートが奇跡的に奇形児でなく健常児として生まれたのが唯一の救いでしょうか?「それがそんなにいけないことかね?」とすっとぼけている大神ヴォーダンにいけないことに決まってるでしょうが!と心の底からツッコミを入れてしまいました…ゲフッ!

 ジークフリート(勝利を喜ぶ者)…パツ金なのに眉毛だけ黒髪なのね…とビジュアルに違和感を感じたのはさておいて、どうやら「最初に見た女性」にすぐに燃え上がるのは彼の特質のようです。記憶を失った人間は記憶が戻った時に今度は「記憶喪失の間の出来事」をきれいさっぱり忘れてしまうという話を聞いたことがありますが、どうやら彼はその典型例だったようです。目の前に情事を交わしたばかりの妻(クリームヒルト)がいながら前妻ブリュンヒルデへの愛を語る最後のシーンでは少しは気まずさを感じて下さいよ!(どちらの女性に対しても失礼な応対に見えてならない…!ブリュンヒルデにしたって「ヤることヤッた女の横で私への愛を語ってんじゃねえよ!」とツッコミを入れたいシーンでしょうし。)と物凄く焦ってしまいました。記憶喪失にしたってもうちょっと失った記憶を取り戻そうと努力すべきだったのではないでしょうか?あれでは誤解を招いて当然…ゲフッ!

 戦乙女ブリュンヒルデ…彼女以外の戦乙女姉妹の存在は始めから無かったことにしている事実にちょっとショックを受けてしまいました。(たった一人しかいない戦乙女なら解任して眠らせてしまったが最後、英雄の魂を導く役目を果たす神がいなくなってしまうではないですか…。)行き当たりばったりな性格はどうやら遺伝のようです。(設定上そこにツッコミを入れれば娘は神界に居れたはずですよ、父ちゃん?)「人間の妻になる」という罰にはその場で卒倒するほど嫌がっていたのに実際にパツ金のイケメン(ジークフリート)に出会ってしまうとあっさりメロメロになっている辺りは戦乙女(神)としての誇りはどこに行ってしまったんですか!?と思わずツッコミを入れてしまいました。さらにその日のうちに関係を結ぶ辺りはもうダルビッシュサ○コのようです…ゲフッ!でもね、実際のサエ○さんといいこういう人は思い入れが激しい分こじれる時は物凄くこじれるタイプ(決して自分を曲げないタイプ)なので修羅場になった時には地獄を見る羽目になるんですよね。全てが終わった後に記憶が戻ったあのタイミングはまさしく悲劇と言えましょう。その後自暴自棄になって焼身自殺をしながら神界を巻き込んでいる辺りは本当に彼女らしいというか迷惑極まりないというか何というか…。うん、個性的なキャラですよね、彼女は。

 クリームヒルト姫…この話ではヒトラーの愛人エヴァ→イヴという新解釈が加わっています。しかしそれはそれとして彼女を現代に連れて行く意味というか理由はあったのでしょうか…?(一方的な恋心を抱いていた宰相ハーゲンならともかく、権力主義で話中でも物凄く愛を馬鹿にしていたアドルフが何故厄介者以外の何物にもなれない女を連れて行って生活の面倒を見てやるのか、凄く理解に苦しみます。)話中ではおしとやかに見せかけて実は物凄く発情していた彼女の性格ブリュンヒルデの妄想した2人の絡みは決して想像で済んだものではないだろう…「無理強いはしない」グンテル王と違って2人にとっては「初夜」だったわけですし。)にドン引きしていた私にはもう彼女の不幸はどうでもいい事象ではあった(オイ!)のですが結果として故郷から引き離されて好きでもない男に嫁がなければならない事実は同情に値するべきでしょうかね…?でももうすぐ戦争が始まるので騒乱の中で再び時空の扉が開いて元の時代には戻れるはずですよとも慰めを入れて気にしないことにしています。どちらかというと私はブリュンヒルデ派なので…ゲフッ!

 アドルフ・ヒトラー…あのラストになんだそりゃ!?と度肝を抜かれたのは私だけではありますまい…。どうやらミュンヘン一揆の時に時空を超えて神話の世界に迷い込んだようですが彼が地位を確立したのは全てが指輪のおかげだったというのは…逮捕後の裁判時にマスコミの力を借りて「私は国民の権利を主張した為に有罪なのだ!」と民衆(ドイツ人限定。)の心を掴み自力で返り咲きに成功した彼に対して失礼なのではないかと思えてなりません。(彼がユダヤ人を大量虐殺した嫌な奴なのは十二分に分かっていますがゼロから高みまで上り詰めた政治的手腕については一応評価はしているんです、私…。)戦争にも負けて事実上世界を手に入れたわけではないですし(世界的に被害を出した迷惑野郎ではありますが。)指輪の効果的にもかえって眉唾物になってしまってはいまいかと疑問を感じる私です。むしろ無理に登場させるべきではなかったのではないでしょうか…ゲフッ!

僕は妹に恋をする

2010.04.27
 ドラマCD化もしてOVA化もして実写映画にもなった青木琴美先生の有名漫画ですが先輩には「この話、エロいよ。」とスパっと言われており、それで逆に「少女コミックなのにエロいなんて!?」(それを「少女」を対象に発売してしまっていいの!?教育委員会とかで問題にならないの!?)と手に取ったのがきっかけでした。先輩の言葉は真実でした。この話を実写で映画にしたなんて一体どんな内容になっているのだろうと怖くて映画は見ていません…ゲフッ!(やっぱりエロいのだろうか…再現してしまったのだろうか…?)

 結城頼…「俺の物になるか今日のことを一生悩んで他の男の物になるか選べよ。」

それでもし郁が兄貴を選ばなかったら絶対ヤッテいた(1巻カバー裏質問コーナーより。確かに一生悩む展開だ…ゲフッ!)そうなので選択としては間違えずに済んだと言えるでしょうか?(いや、一瞬で食われるかジワジワ時間をかけて食われるかだけの違いか?)この話は頼→裕吾似、郁→咲似に生まれてしまったが故の悲劇に見えるので、そんな2人をいつまでも同じ部屋で寝かせてしまったが故の母親のミスではあったでしょうね。天然・おバカ・童顔な妹に対してクール・秀才・美形の兄という近親相姦ネタとしては王道の萌え設定ではあるもののあまりにエロい言動の連発(「セックス以外で汗を流したくない。」という問題発言等々…お前は一体何者だよ!?)に私の中ではムッツリスケベキャラとして萌えからは外れてしまったり…ゲフッ!一応彼が主人公(郁じゃないのね。少女マンガなのに主人公は男なのね。)だそうで行方をくらましてからの10年間は一気に省略されてしまっていますが(10年って長いよ!)主人公がいないと作者さん的に物語が描けない…なら描けないで頼がどこでどうやって暮らすことができたのかちゃんと消化してほしかったです…。長~く2人の高校生活を描かれてきただけにその省略ぶりは無いだろ!とツッコミを入れてしまいました。

 結城郁…満員電車のシーンについて、それは「こんなあたし達を上手に隠してくれている。」のではなくて全員が全員見て見ぬふりをしているのだと思いますが…。(次の駅で一斉に乗客が降りていったのも「関わり合いになりたくないから。」だったりして…ゲフッ!)ファンブックによると太めだの頭悪過ぎだの色々言われたりもしています(頼に共感して読んでいくと「頼の気持ちも知らずに無神経発言連発で苦しめて、酷いよアンタ。」という部分があるらしい。)が、もし頼が何もしなかったらこの子は一生何も気づかずに平穏無事な(性)生活を過ごすはずだったわけで近親相姦から人生を狂わされてしまったという点においてやはり嫌いにはなれない(見捨てられない)キャラです。テストで1点とか2点とかとっていた郁が英語ペラペラのビジネスウーマンになれたのはまさしく恋のマジックというか凄い変貌ぶりですが(成長したねぇ、郁ちい。)そこまでして頼を追いかけて行ってしまって本当にいいのか、くっついてしまっていいのか、ラストには大焦りしてしまいました。本人達は幸せでも親は泣いてますよね、きっと…ゴフッ!再会した場所も世界のどこなんでしょう…?

 楠友華…通称僕妹界の貞子。しかし彼女がこうなったのはヤルことヤッテ期待を持たせた頼のせいであり、親友のくせに彼氏を取った郁のせいでもあるとは思うのです…。(挙句に郁と上手くいく為の当て馬役にまでされて女としてのプライドはボロボロではないかと…。)邪魔者(矢野君)をストーカー扱いして強制退場させたり男数人を言い含めて郁を襲わせたりパソコンにキス写メを転送して脅しつけたり計算高い行動を見せるもその全てがよけい頼に嫌われる要因になっている(頭いいんだか悪いんだか…。)辺りは「…。」と思えてならず憐れみの目で見てしまいました。転校までしたのに当の頼が退学になってしまった(策士、策に溺れる。)のは彼女にとっても誤算だったでしょうね。でもねどんなに脅しをかけてもそれで人の心は動かないもの(むしろドン引きされるばっかりです。)なんですよ、ユカリン。

 矢野立芳…「だってだって、頼に会いたかったんだもん。」
頼「死ねよ。」

妹ちゃんも好きだけどそれ以上に頼が好き(そして顔を近づける。怪しいよ君達!と大焦りしたのは私だけではないはず。)だそうで、頼本人がいない間に郁に手を出すのは卑劣だと自己嫌悪に陥る反面(だからキスしたことについてもわざわざ頼に報告している。本当はいちいち言わなくてもいいことなのにね。)2人を会わせたら自分の入る隙間もない現実が痛いと本人なりにジレンマはあったようです。郁と一緒に頼の学校に忍び込んだら友華ちゃんにストーカー扱いされて追い出されたり、2人の為に別荘を提供したり最後は完全に便利男として使われていた様にはさすがに哀れに思えてしまったり…。頼がいなくなった後10年以上も郁のことを想い続けていた彼にとってあのラストは悲劇だったでしょうね。立芳(はるか)としゃれた名前なのに考えてみると哀れなキャラクターだなあと同情してしまいました…。友華に対してもそうですがお二人さんの禁忌の恋は分かったから他人を巻き込まないで下さいと切に思ってしまいました。

 結城咲…「裕吾のせいで俊平への罪悪感で結婚指輪ができない。」についていや罪悪感があるなら、だからこそ堂々と指輪をつけて当てつけるべきでその考え方は違うと思うのですが…。(挙句に抱きついて期待を持たせないで下さい。残酷ですよ。)母子手帳白紙についてもどちらかと言えば血液型の違う頼の方になるべく書きこまないようにする方が普通(詳しく書けば書くほど血の繋がらない父子関係ということがバレやすくなると思うのですが…。差別する意味はあったのでしょうか?)でありむしろ俊平に対してどちらも失礼と思えてなりませんでした。「幸せになります。」と宣言したのはカッコ良かったのにその直後に裕吾とヤッていたり(時間的早さを考えても拒まなかったんでしょうね、きっと。)17年間も未練たらたらだった辺りは微妙に思えて今一つ共感できなかった女性です。子供達がヤッている最中に部屋に飛び込んで止めたのは母として偉い(しかし事が始まる前に飛び込んでほしかった…。よりによって真っ最中に飛び込まなくても…ゲフッ!)と思いますが妻としては微妙な女だなと思えてならないお母さんです…ゴフッ!あらすじを聞いた弟にも「レイプされたら普通はその相手への気持ちは終わるだろ!?」とかなり驚かれていました…ガフッ!

 結城俊平…アルバム確認のシーンにて頼が「…何だ!?どうしてこんなに僕と森さんがそっくりなのに誰も気づかないんだ!?」と慌てていますがあれは郁→鈍いせい、俊平→見て見ぬふりという裏があったんでしょうね…。咲と裕吾の関係についても、頼が自分の子供じゃないことについても全部知っていた、とありましたが知っていながら頼×杏沙(異母妹)との縁談の話を妻にしてた辺りはイヤミだったのか?と私はむしろ彼の黒い部分が見えてドン引きしてしまいました。(日だまりどころか漆黒の男ですよ、これ!)そんな腹黒さが見えた後だったので「今もそばにいてくれているじゃないか、咲ちゃん。」という感動的展開(のはず)にも「嬉しくねえんだよ、この野郎!」と郁と共に退場する頼の気持ちは良く分かってしまったり…ゲフッ!本当に無邪気な性格だったのか計算しつくした罠だったのか彼の性格(過去)には疑問が残る所です。頼に対しても「大切な息子」と口では言っておきながら1度めの家出の時も2度目の家出の時も行方を突き止めようとはしなかった(わずか16歳の高校も出ていない男の子が行方をくらましてマトモに生きていけるとでも思うのですか?放置していい状況じゃないよ?)辺り本当に大切に思ってたのかは疑念が残って正直微妙な所です。やっぱり「何も知らない純情な夫」を演じていた腹黒い男だったのではないかと思えてならなかったり…ゲフッ!

 森裕吾…彼担当の声優さんは中田譲治さん、咲役は玉川紗己子さんが担当しており「手を放して下さい…っ。」「咲…。」という例のラブシーンではドアの外にいた声優さん達から歓声が上がったそうです。(青木先生も萌え死ぬかと思ったんだとか…凄いことになってるらしいです。)親の決めた婚約者との結婚について、よく「いざ一緒に暮らし始めればそれなりにうまくいくもの。相手がいないよりは幸せ。」「子供さえいれば何とかなる。」(「子はかすがい」とは言うけれど…夫婦関係を繋ぎ止める為の切り札というか道具扱いされている子供は哀れだと思う。)などなどの神話(に、縋った部分もあったのでしょうが。)をよく耳にしますが人の心ってそんな単純なものじゃないんですよね…。(努力でどうにもならない気持ちってあるんです。)杏沙が「恋愛なんて所詮性欲の言い訳でしょ。」(つまり子供の目からはそういう関係に見えたのでしょう。)と言っている辺りいかに夫婦的に終わった関係だったか透けて見えて過去編を読んでさらに納得してしまいました。しかし話的に彼が咲と上手くいくことはこれからもあり得ない訳で…一途なだけに(ヤり方は大いに間違っていますが。)考えてみると可哀想なキャラだなあと同情してしまいました。
 余談ですが「幸せになんか、させない。」のシーンでは俊平の言う「最後の打ち合わせ」が終わって戻ってくるまでに事が終了し、さらに服その他を整えて裕吾が出ていくだけの時間的余裕があった(でなければその場でバレていただろう…。)ことからいくらなんでも早すぎやしませんか裕吾さん?とツッコミを入れてしまったりもしました…ゲフッ!

 余談・HS(heteropaternal superfecundeation)こと異父重複受精について…
そもそも双子が生まれるケース自体が珍しく(通常1個ずつしか排卵されない卵子が複数排卵される必要がある。しかも精子は胎内で数日間生きることができるが卵子は約24時間以内に受精しないと死んでしまうので条件が揃うだけでも相当な高確率である。)「相次いで」ヤルことヤるケースよりも体外受精(IVF)でのミスの方が多い(父親の精子に別の誰かの精子が混じってしまった。1993年、ウィルマ・ステュアートという女性が別の男の精子を採取したピペットを再使用されたことが原因で異父兄弟を産んでいる。)らしいです。しかも今までの確認例はほとんど全てが肌の色の違いから疑いを持たれた結果なので日本ではたとえ異父兄弟が生まれても(話のように両親の間に生まれるはずの無い血液型でもない限り)疑いをもたれる可能性自体が少ないらしいです…ゲフッ!最も双子に限らず血液型の合わない子は意外と多いらしくまた日本ではA型とO型が多いのでDNA鑑定をすれば相当数の不倫の結果の子供が見つかるだろうと言われてはいますが…ゴフッ!どの道、実の子だと思っていた子が実は他の男の子供だったなんて父親にしてはど青天の霹靂、体外受精ミスなら母親も等しくショックを受ける(そうでないパターンならこの話の通り…までの濃い展開になるかは別として修羅場になることは間違いないでしょう。)事ですし医学に頼るのも考えものだなあと思ってしまいました。ともあれ物凄い確率をクリアしてあの二人が生まれたことは確かでいくらなんでも話ができすぎだろと思ってしまいましたよ…ガフッ!

ベルサイユのばら外伝

2010.04.26
 オスカル達がまだ死ぬ前の話です。(死ぬ前ってお前…。)本編に多大な人気があったために物語終了後も読者達から「この人達の姿が見たい!」と番外編の話が持ち上がったようです。(類「BASARA」「天は赤い河のほとり」既に終わった物語に話を付け加えるのは蛇足だったというか番外編が本編より落ちてしまうのは致し方ない所だろうか?)番外編なのに物語を積極的に進めているのは姪っ子のル・ルーで主人公達はもっぱら事件の事後処理等に回っている様にはそれでいいのか主人公!?と思わずツッコミを入れてしまいました。本編の粛々とした雰囲気に慣れていた私としては「…。」と思ってしまった短編集でした。

 オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ…女だということは分かっているのに、ロン毛なのに、下まつ毛だってバシバシにあるのに、ビジュアル的には男にしか見えない悲しき女性。パーティーにお忍びで女装してフェルゼンの前に出てきたとき相手にまったく気づかれないままダンスのパートナーに誘われた(それも悲しい話だが…。)事もあり始めから「女性の姿」で相手に接することができていたら、と悔やむことは多いようです。(挙句フェルゼンからも「お前と恋が出来ていたら自分は幸せだったろう。でも、もう遅い。」と言われている。悲しい。)振られたことをきっかけにフェルゼンのことはきっぱり諦め仕事に生きていたので、これはまだ振られる前なんでしょうね。そこで父親の隠し子(女として生きる可能性)が出てきたり、姪っ子が初めから(自分と違って)女の姿で恋をしていたり、という展開は彼女にとっては残酷すぎるのでは…と思ってしまうのは私だけでしょうか?外伝という番外編に至っても苦労人なんだなあ、この人、と読んでて悲しくなってしまいました…ゲフッ!

 レニエ・ド・ジャルジェ…オスカルの父親。奥様とは終生ラブラブだったようですが、貴族の結婚というのは「家名を絶やしませんと親同士が決めた約束事であって真実の愛とは関係ない。」(by「ラファエロその愛」)そうなので彼らのように互いに愛が芽生えることは珍しいことだったようです。(マリー・アントワネットがルイ16世に何のときめきも感じず「結婚ってこんなものなの?」と不満そうにしていますが実際「そんなもの」だというのが当時の「貴族以上の人間」の現実だったらしい。)逆に他に恋人や愛人を持たない人間は自分の力で恋の相手も見つけられないレベルの低い人間(親の言うなりに結婚することしかできない意志の無い人間。)と見られ「無粋」と一方的に判断されてしまうこともあったようで、レニエ夫妻はまさにそう見られてしまっているパターンのようです。とはいえあくまでもその「恋」は自分の社会的立場をわきまえてする物(溺れ切ってはいけないもの)でありマリー・アントワネットやアンナ・カレーニナ(こちらはフィクション上の人物)のように「夫や子供の立場を忘れている」状態は単純に軽蔑されたようです。あくまでも「粋」に「さっぱりとして色気がある垢抜けた様」が評価されるのであって好き勝手すればいいわけではないという難しい状態だったそうです。父ちゃんのような「堅物」は経験が無い分絶対に失敗しそうなので手を出さなくて正解だと思ってしまいました。道を外れないのも一つの生き方ですよ、父ちゃん。

 アンドレ・グランディエ…フェルゼンに振られた傷心のオスカルに(身分もわきまえずに)襲いかかった彼の身勝手さが忘れられずに、読者の皆さまからの人気とは裏腹に個人的にどうしても好きになれない男です。オスカルが話中フェルゼンを思っている辺り、この段階ではまだ襲いかかる前なんでしょうが「モーリスが本当にお前の弟であってくれれば(お前は女に戻れて自分には都合いいのに)と俺はそう思う。」としつこく頑張っている様には(こういう自分では何も言わないくせに見返りを期待しているというか、笑顔の裏に切実な飢えを感じる人間って男女関係なく重苦しく感じる。個人的に。)お前もうどっか行け、侍従の分際で、と追い払いたい気持ちでいっぱいになってしまいました。「実らない恋ほど美しく思える」(そして応援したいと思う読者の心理)というのは分かりますが恋の名の元に何をしても許されるわけではないと思いますし微妙に思えて仕方ないキャラでした。剣の腕でもオスカル(女)に劣るし本当に微妙な男だな、と改めて幻滅してしまったり…ゲフッ!

 マリー・アントワネット…本編1巻の頃は眼のクリっとしたまさしく「可愛さ余って憎さ100倍」を見事に体現してしまった少女という感じだったのに、まだ22歳のはずなのに、えらく老けたなあと感じてしまうのは私だけではないでしょうね。(30前後の婦人に見える。とてもオスカルと同じ年には…ゲフッ!)外伝ストーリーその1では頭にシュークリームを乗せたかのような例の奇妙なヘアスタイルをしていましたが、イメージアップの為か回を追うごとに髪形がぺチャンと落ち着いてきました。(しかし巨大な髪飾りというか羽飾りはいまだ健在。)おかげでますますおばさん臭く見えるのは禁句です。外伝のストーリー展開には全くと言っていいほど関係ないのに(禁句)ちょこちょこ登場させている辺り作者の彼女への好感度の高さが伺えます。があれだけ立場をわきまえずに恋(不倫)と贅沢に溺れていた彼女を私はやはり好意的に捕えることはできない(なにより夫であるルイ16世が哀れで仕方ない…!)ので正直微妙に思えてしまったり…ゲフッ!後半生は(自分がいかに嫌われているかに気づいて)性格も落ち着いてきたそうですが、自覚があるなら贅沢した分返せよ、償えよ、と人として当たり前のギブアンドテイクさえしようとしていない彼女に、やはり幻滅してしまう私です。嫌われる人間ってやっぱり本人になにがしかの原因がある(嫌われるだけの恨まれる理由がある。)よね、と改めて納得してしまいました…ゴフッ!

 ル・ルー・ド・ラ・ローランシー…本人の到着ギリギリに手紙が届いている(下手したら間に合っていない。)辺り母親のオルタンスも相当非常識な女だということが分かります。(そもそも「そういう訳でお願いします。」と押し付ける前に預けていいかどうか許可を求めるのが先ではなかろうか?)とても貴族の令嬢とは思えないル・ルーの性格といい母親の育児能力に疑いを抱きたくなるのは私だけではないでしょうね。細い糸1本で全体重を吊り下げられても糸が切れない所といい(いくら子供でも体重は20キロを超えるはずです。)人形のスカートを傘代わりに落下速度を落とせたり(パラシュート並の大きさが無ければ速度は落ちません、普通は。)完全に原理を無視している展開にはもうツッコミを入れる気力もありませんでした。性格は好き嫌いハッキリ別れそうな所ですが、正直私はウサギの動物実験をして骨と皮ばかりにやせ衰えて死んでいく様を観察していたこの子が不気味に思えて仕方なくドン引きしてしまいました。(しかも実験が成功していることに、つまりウサギが死んでいることに「くふ…。」と笑っている。こんな子供いたら怖い。)その後取ってつけたように「うさぎさん達ごめんね…。」と涙を見せていますが、その涙のどこまでが本当の涙なのか、笑っていた直後だけに信じられなくなりました。大人の嘘を見破ったり、恐るべき聡明さで事態を進展させたり、頭が良いことは分かりますが性格的に破天荒すぎてついて行けないと思ってしまったキャラでした。いくら頭脳明晰でもこの性格では彼女が宮廷に出して恥ずかしくないレディになれる日は遠そうだな、とも思ってしまったり…ゲフッ!

NANA19~21

2010.04.25
 これ以外の矢沢先生の作品を読む予定は無いしなあ…(NANA自体も最近はつまらなくなってきたし←禁句)という訳でカテゴリを不特定多数に移動しました。以前の巻に関しては2009年の11月、7月カテゴリを探してみて下さい。

  作品の内容と同時にモバイルNANAbookの内容も含んでいます。解説書としては読者の声が満載で、今まで読んできた数多くの解説書の中で1番面白いと感じた本でした。今までジャンプ系その他数多くの作者監修の解説書は出ていますが、ほとんどがそれまでの話のまとめばっかり(そんなのは今までのコミックス読んでもう知ってるんです!)で、短いオマケ漫画はあるものの普通コミックスより値段は高いし正直損した気分…ばかりだったので、この監修の仕方は新鮮でした。(他の漫画でも読者投稿の手紙の意見が凄く楽しく感じてしまう私なので、この作り方はツボだったのです。)
 18巻まで内容がだんだんだれてきていた(序盤は面白かったんだけどね…。)所を暗い展開も通して濃くなってきましたが最近すっかり昔の漫画(文庫版として復刻されてきてねぇ…。)にハマってきてしまっている私としてはそれでも内容薄いなあと感じてしまうのを否めませんでした。(そしてナナに比べてハチが恵まれ過ぎている状況がどうしても納得できなくて共感できない。扱いに差があり過ぎませんか?)そんな訳で当分は話の続きより文庫達の方を愛読しそうです…ゴフッ!

 ノブ(寺島伸夫)…ネクタイが豹柄だ(さすがパンク系…どこで売ってたの、そのネクタイ?)ということに今さら気づいて凄いファッションセンスだと驚きました。
抱かれたい男ランキング(「いい男」勝負だと解釈しています。)でタクミを押さえて1位に輝いていたのが意外な反面(いや、善良すぎて「いい人」止まりで終わりそうな人なので。)物凄く嬉しかったものでした。(タクミに勝った…!)しかし、百合さんとデキてからのノブはお互い相手にすがり過ぎてて(最初、ハチへの想いを断ち切る為利用するように百合さんとヤッたのには引いた。その後正式に恋人同士になったとはいえ体から始まった関係っていうのも…。)微妙な存在になってもいる彼です。(連載当時も「ハチと付き合ってた頃のノブの性格が好きだった。今のノブは微妙。」とまことしやかにささやかれていた。)ともあれあんな形でタクミを選んだハチ(完全なる裏切りに見えるのですが…むしろナナやノブが彼女を殴らないのが不思議。一言も謝っていないのに友情が復活しているのも不思議。)との復縁は心の底からしてほしくないので個人的にはそのまま百合と付き合っていってほしいのですが、抱えている問題(借金とAVの仕事)が問題だけに紆余曲折はありそうです。百合さんについて「女優」の仕事に憧れるのは分かるけどAVから女優になれた人間は未だかつて存在しないし仕事に情熱を燃やしても今更正当な女優の道は絶対に歩めない(そもそも脱いでしまった時点で大手・NHKからのお声は絶対にかからない→結果としてポルノ絡み以外の仕事はバラエティーのトーク番組も含めて確実に入らない。)という現実が見えていない所もあるので先行き不安な2人でもあります。百合さんが夢を見る気持ちは分かるけれどもとっとと現実を見て欲しいと切に感じてしまう現状でした…ゲフッ!

 ハチ(小松奈々)…奈々と幸子のどっちを選ぶかについて、奈々の方が優勢だという事には驚きました。(ぶっちゃけハチは疲れる女としか思えないので。その後タクミ、ノブ夫と次々に別の男とヤッてるにも関わらず、ジャクソンホールでの再会まで章司を許せなかったという人が多かったのにもビックリでした。)
尽くされたいと評判とのことですが、どっちかと言うと料理が得意なだけ(そして家庭料理って案外簡単に作れる物だし、大したことないのでは?)で尽くす側と言うより(タクミに)貢がせてる側(誕生日プレゼントとはいえ一式10万以上の服を買ってもらってたし、マンションだって月70万のペントハウスである。「尽くされてる側」の間違いでは?)のような気がするのは私だけでしょうか?(今までの女達と何が違うのか良く分からない…そこが親近感を湧かせようとするポイントなのだろうか?)
なので、少数派とはいえ、タクミに選ばれたのに納得いかない人がいるという事に秘かに安心もしました。久々に会いに言ったら「あんたなんか知らない!」呼ばわりした女(ハチも少し思うように会えない位であっさり「さようなら!」発言をしていたしな。)や子供ができたら堕ろす発言をする女(ハチも確か最初の一言は「産んだりしないから安心して!」だったような…。)とあまり変わらない(違うのは顔位?)ように思えるので、私も選ばれた理由が分からないです。「ナナが戻ったら離婚して家を引き払う。」発言(モノローグ)もナナ探索に散々タクミの(人脈含めた)力を利用しておきながら、見つかったとたんポイ捨てか?と思えてあざとい女だなあ~と共感はできませんでした。人への気配りが少しずつできるようになってきたけれどもノブ達への「裏切り」がどうしても忘れられずに好きにはなれないキャラです。登場人物の皆さんは心が広すぎです。

 タクミ(一之瀬巧)…彼のような芸能人に誘われたらついて行く発言をした人が8割を超えていた(危ないよ皆…トランクに詰め込まれる結果になったらどうするのさ?)のには愕然としてしまいました。(だから「日本人は世界で1番尻の軽い人種」だって言われてるんだよ…。)
ドライブ→ホテルまでが映画の1シーンのようで憧れる、との意見がありましたが随分と手慣れたやり口にむしろ犯罪の匂いが伺えてしまう(あの落ち着き様は常習犯と見た。)のは私だけでしょうか?とはいえ現代日本人男性には珍しくハッキリとした、責任を取る男なので好感度は高いです。(ノブにはかないませんが。)未来編で出てくるハチの娘の皐があまりにも彼に似てるので「あのルックスは絶対タクミの子だよね。」と連載当時一安心されていたのも懐かしい思い出です。(おかげで「いったいどっちの子が!?」疑惑が消え、「もう、分かってるから。」とドキドキ感が1つ無くなってしまったのも確かでしたが…ゲフッ!)奈々との結婚については何かの雑誌で「普通こんな形で芸能人と結婚できることはあり得ない。」と芸能関係の人からコメントされていた事に凄く納得してしまっています。(現在もね。)未来編で「奈々が俺についてこれないのは当然だ。」(つまりついて来てくれてないのね。)と徐々に冷めてきている夫婦像にもげんなりしてしまったり…ゲフッ!(それまで奈々が彼を選んだが為に袖にされ続けてきたナナの悲しい気持ちは何だったんだか…ゴフッ!)彼は確かに浮気者だけど浅野さん→章二→ノブ→タクミと次々と4人もの男と関係した奈々(しかもノブとタクミの時期がかぶっている。)も偉いことは言えない人間だし彼女に悪く言われるいわれはないと思うのですが…何故奈々にあんなにも惚れることができるのか今もって謎だったりします。(恋に理屈はいらない、というやつだろうか?)

 ナナ(大崎ナナ)…「モテモテで憧れる。」という意見に「…そんなにモテてたっけ?」としばらく考えてから女にモテてる事を言ってることに気がつきました。(でもね、詩音さんやクララなど、その中で信頼できる人はごく1握りしかいないのよ。取り巻きと友達は違うのだ。)
レンとは恋というより「初めて会った同じ空洞を持つ仲間」に強く魅かれたというような感じがします。(だから愛し合ってはいるのに、どこか2人にはズレがある。ナナもレン当てはまるけれども幼児期に家庭的な愛情に恵まれなかった人って強く愛情を求めはするものの本来求めなければいけないものと違うものを相手に求める(「お父さん」「お母さん」からの無上の愛情。)ので上手くいかない場合が多いんですよね。)性格的にいえばナナは辛いくせに意地を張り過ぎるので(そこが可愛い所でもあるのだが。)ヤスのように大きく包み込んで親のように甘えられる人の方が相性がいい(でもヤスじゃ途中で手を離すから無理だな。)んでしょうね。女なのに男前でかっこいい主人公ですが、過呼吸になったりと自分で自分の限界を認識していない(ハチだったら泣き落して周りに縋るんだろうけどね。)部分があるのでやっぱり弱い側面はあるんでしょうね。(「ナナは強いから。」という周りからの勝手な思い込みでほとんどケアされてないが。)母に捨てられ(挙句その母は「自分の都合で捨てた。」ことを肯定している。)恋人に死なれて、どこまで不幸なんでしょう。また「インタビューは私が受けるからナナには何も聞かないで!」というハチの庇い方にも違和感を覚えてしまったり…ゲフッ!(「当事者」でもない君の話なんか聞いても何にもならないよ。自分のことどれだけビップだと思ってるんですか…ゴフッ!)

 レン(本城蓮)…未来ではタクミの住むイギリスに居るということでハチが困ったような笑顔を浮かべていたのに2人がホモに目覚めて、妻のいない愛の巣で暮らしている(そりゃ、ナナも失踪するわな。)のかと一瞬誤解してしまった私でしたが、あまりに予測がついてしまったが為に路線は変更されたようです。
ナナ編第1話でナナと別れたあと電車内でボロボロ泣いていた辺りに彼の弱さを感じました。が、再会した後も彼女の前では弱さを見せきれない所ナナがトラネスをライバル視している所もあり完全には打ち解けてくれてない(自分と一緒にいることはナナの幸せには繋がらない。)ところもあってストレス(不安含む。)は極度の域に達していたようです。(それもあって薬に逃げているんでしょうねぇ。)死亡シーンは自殺説、事故説と登場人物の中でも意見が分かれていましたが雪の日に車の運転をしたことのある人間なら分かります。あれは事故です。(私も雪がちらつく中駐車場から車を発進させたところクリープ現象にもかかわらずタイヤが止まらず危うく前の車にゆっくり追突しそうになったことがあり、肝が冷えました。クリープ現象でも止まらないのです。スピード出していたら…そりゃ事故るでしょう。)つまり追って来てたサーチとのカーチェイスが原因です。とはいえ…死んだ人間はファンタジー以外の漫画では生き帰らないのがセオリーです。やり直しが効かないのは分かるものの…あんまりな結末にどう言葉をかけていいのかわからなくなりました。いくらネタが尽きていたからって(禁句)あんまりですよ、矢沢先生!

 レイラ(芹沢レイラ)…タクミへの気持ちはシンと会えない事もあって欲求不満の延長上にあったのも強かった(また義理だけで女を抱けるタクミに触れて幻滅した気持ちもあるのだろう。離れている仲だと美化しすぎてしまう面ってあるんです。)らしく1回ヤルことやったらすっかり冷静になっていました。本人も幼い面もあるものの真の意味でいい女(「強姦で気がまぎれるならそうすればいいよ!」発言にはビックリしました。仲間の為にそこまで…。)で正直タクミが(あの歌姫を毎日見ているにも関わらず、綺麗所の揃った芸能界にいるにも関わらず。)何故奈々ごときで満足できるのか改めて不思議に感じてしまいました。そんな彼女の魅力はちゃんと伝わっていてタクミにもレンにも憎からず思われているのに決してナンバーワンにはなれない辺りが彼女の悲劇と言えるでしょうか?シンちゃんともタクミとの仲を誤解されて完全に終わっている感じでしたし、未来編でタクミの息子とされているレン(子供)は母親がどっちなのか分からないし(レイラなのか、ハチなのか?しかし皐が「お兄ちゃん」がいるという発言をしていたことからアレが原因で妊娠した場合、現在臨月の皐より早く生まれることはあり得ない。今ハチのお腹の中にいるのは子供レンで皐は2番目の子供という考え方もできる。顔のつくりはやっぱりタクミに似てるし。)これから大変そうと感じてしまいました。安達祐美もそうですが有名になってしまった実力派は「高根の花」として男達から中々声が(逆に)かからず婚期を逃すことが多いとされているのでやっぱり一人で頑張らなきゃならないのでしょう…ね。

時をかけた少女たち~幕末・新撰組編~

2010.04.24
 前回「浅黄色の風」(沖田総司主人公の話。)でコメントを頂いたのでその関連図書としてお貸しした本。その時代に生きたカップルの話(ということは沖田さんや土方さんの話は描いて頂けない…と。(悲)。)中心で「いい人」の山南さんの話も載っていたので思わず嬉しくなって買ってしまったという経緯があります。(「浅黄色の風」を読んだおかげで沖田さん山南さんの2人の評価は私的に高い。)現在の大河ドラマの主人公が同じ時代に生きた坂本龍馬なのでそれも合わせて見てみると楽しいかと思います。

 1863年のランデブー(幾松)…「故郷に奥さんがいるくせにこんな所で遊んで。」と人気の名妓ならではの傲慢な物言いから物語は始まりますが、その例にもれず桂小五郎もまた結婚済みでした。尊王攘夷派の志士達の中で最もモテたという長州志士、しかも顔良し、仕事能力良し(「維新の三傑」の一人ですから!)剣も達者(名門・斉藤道場の塾頭まで勤めました。)という3拍子揃った色男だったので女選びには不自由しなかったようです。なので最初の妻は防長1(防州・長州の中で1番)の美人と言われた宍戸富子(長州藩士宍戸平五郎の娘。)でした。しかし、元々裕福な家で育った富子は貧しい生活に耐えられず、また小五郎の姉(小姑)とも仲が悪く(肝心の桂小五郎は仕事であちこち飛び回り家にいること自体が少なかった。)新婚数か月で「ちょっと実家に(永遠に)行ってきます。」と出て行ったきり2度と戻ってきませんでした。(離婚成立です。)その後彼が選んだのが京都三本木の名妓、幾松です。彼女は物乞いに扮装した桂に握り飯を届けたり、新撰組の探索から桂を逃がしたり、陰に日向に尽くしてくれたのです(話のエピソードは全て本当。)…が、正式に木戸孝允夫人・松子となってからは役者にうつつをぬかし派手に遊んだ為(話で描かれていた「すれ違い」とはこのことだろう…ゲフッ!)桂は今わの際に「お前、お願いだからあまり目立つことはしないでくれ…。」と彼女に言い残したそうです。(最後の言葉がそれって…。)
 もしかして「嫌われ松子の一生」や「洗礼」(脳移植を望んだ主人公の母親の本名。)に出てくる松子は「時が経つにつれ暴走する女」として彼女から取ったのでしょうか?(いや、考えすぎだろ!)

 1865年のプリティシスターズ(近藤勇の略奪愛)…話的には近藤勇の略奪というよりお孝が近藤勇を略奪という方が正解な気がしますが…ゴフッ!あまりにもコロッと妹の方にいってしまった近藤には「ちょっとここにお座り下さい局長!」と説教したくなりました。
 さて、近藤勇と言えば小説「鞍馬天狗」での剣を掲げての「今宵の虎徹は血に飢えている…。」という名台詞で有名な鬼の局長です。(考えてみれば新撰組の厳しい掟を作ったのは土方でもそれに全部OKサイン出したのはこの人なんだよな…。)話では「あなたのような人を探していた。」と言っていた近藤でしたがその五年前既に彼は清水家家臣松井八十五郎の娘つねと結婚しており、たまという娘までもうけておられやがりました。正妻のつねは不細工な女だったらしく「だからこそ尽くしてくれるだろう。」と足元を見た理由で選んだ女性らしいです。(この野郎、女を何だと思っているんだ!)ブスフェチではない証拠に愛人の深雪太夫、金太夫、駒野、およし等々の女性達(多すぎです!)はどれも綺麗所として評判だったという悲しい事実があります。そんな最低男なのに勇処刑後も再婚話を断り続け何度か後追い自殺まで図った奥様の方がむしろ私的には哀れだったり…。(そこまでする程のいい男では絶対にないと思うよ…。)
 では話についてツッコミを、取りあえず深雪太夫はリューマチ(関節や筋肉などが痛むだけの早死にとは程遠い病気。)で死んでなんかおりません。その後勇の研究をした鹿島叔男が71歳で存命中の彼女に会って話を聞いてます。お孝についても娘のお勇を育て上げたどころかとっとと養子に出してしまい(所詮そんな女だったか、お孝。)お勇本人が真実を知ったのも再会した叔母、深雪太夫の口からでした。(お孝はどうした?)そんな事実をふまえるとますますお孝に幻滅してしまう私だったり…します。姉という身近な人間の恋人を寝取る神経もどうかと思うの…ガフッ!

 1865年のコケティッシュガール(明里)…身抜け(見受けより安い金で親類が遊女を引き取る。)の制度はこの話で初めて知りました。山南さんの隣にいる沖田さんがやっぱり美形風に描かれていて思わず笑ってしまった話です。(本当はヒラメな色黒…ゲフッ!)男達のプレゼントを質に入れたり、自分は金目当ての女だからと割り切っている明里さん(だから体面の方が大事な相手がそのままの自分を受け入れてくれなくても仕方ない、自分は所詮その程度の女だ、とプライドを捨て去ってる辺りに覚悟を感じる。)のしたたかさが妙にリアルで切なかったです。「ぼやぼやしてると一生この苦界から出られない。」その「一生」が平均20歳だという島原の環境を考えると余計に切ないではないですか。格子戸の別れでは「浅黄色の風」と同じく自分の感情をぶつけるも人格否定をしていない(単純に山南さんと死に別れるのが嫌だという幼くも必死な思いが伝わってきました。「浅黄色の風」では死んだ後まで悪く言っていて正直酷い女だと思ったので。)と逆に感動したものでした。同じ場面でも描き方の違いで印象は大きく違うんですね。

 1866年のBurninngLove(おりょう)…2010年現在の大河ドラマでもおなじみの坂本龍馬の話です。というよりそのパートナーのおりょうさんの話です。(4月現在大河ドラマ自体にはまだおりょうは登場もしてはおりませんが…ゴフッ!)おりょうこと楢崎龍(ならさきりょう)さんは安政の大獄で父を失い4人の弟妹を抱えて金の為に天誅組残党達の賄いさんをしていたのですが幕府の浪士組の追討に伴い各地を放浪していた所で龍馬と出会いました。女にしては自由奔放な所が珍しく(龍馬自身も姉への手紙で「面白い女」だと彼女の事を評している。)2人は強烈に惹かれあったようです。その後は龍馬のなじみの寺田屋で奉公することに決め仲は深まっていきました。寺田屋事件にて包囲されたことを全裸で龍馬に知らせたエピソード(注・本当は浴衣を着ていたそうです。素っ裸ではありません!まあ、どちらにせよ当時としてはハレンチな恰好に違いはないようですが…ゲフッ!)はあまりにも有名です。(その時の傷の湯治の為の温泉旅行が日本初の新婚旅行だと言われている。ラブラブです。)しかし、その後龍馬は1867年11月15日京都の近江屋で刀を抜く間もなく頭をかち割られて死亡してしまいました。(何者かの手による暗殺。1説には龍馬は千葉道場で北辰一刀流免許皆伝を得たがそれは1番低い「長刀」の初目録であり剣士的には弱かったとも言われている。)その後おりょうは龍馬の姉の乙女(すごい名前だ。)の元に身を寄せるもそりが合わずに出奔。30歳で西村松兵衛と再婚し西村ツルとなり、それとは別の愛人(妹の前夫。)の子を産み(オイ!)酒を飲んでは「私は龍馬の妻だったのに。」旦那に愚痴る(男としてそれでいいのか、旦那さんよ。)慢性アルコール依存症となりそれが原因で66歳で死亡したそうです。そんな後半生を知るとあまり共感はできない女性でもあったりします。

 1868年のナイチンゲール…色々調べたのですが松平容保×照姫のエピソードはとうとう見つけられなかったので恋話としてはあまり信じてはならない話です。(砲撃が降り注いでる中キスしてる場合じゃないよ、お二人さん。)
話に出てくる松平容保は細面の貴公子で宮中に参内したとたん女官達がそわそわしたという逸話が残っているほど色男だったそうです。(なるほど、敏姫が躍起になるわけだ。)正室となった敏姫はその当時14、病死した時19歳、で死亡後とっとと継室として浦乃局が入りました。(ちょっと待て、コラ!)彼には他に側室が2人、お子様が5人いるので照姫とのラブ話は…もしあったとしてもこの話のような純愛とはとても言い難いものになるかと、思い、ます…ゴフッ!あの時代の流れの中で幕府側に着いたこと自体が貧乏くじでもあり会津の悲劇ともいえますがその生真面目加減に信念を感じて私は結構好きだったりします。

 ちょうど明治維新の変革期だったこともあり様々なドラマのあるこの時代。調べると色々なことが分かってやっぱり歴史物は2度美味しいことを改めて実感した私でした。

クレオパトラ

2010.04.23
 事実をものすごく歪曲した歴史物。よしみつさんに進呈した「漫画・世界の歴史」しか知識の無かった私でも「絨毯の中から登場してシーザーと出会った」ことや(当時エジプト国王の反感を買い辺境に追いやられていた彼女があんなに堂々と宮中を歩くのは不可能。ましてや廊下で愛について部下と語らっている場合ではない。)「生毒蛇に胸を噛ませて死んだ」こと(あんないかにも何か入っていそうな怪しげな指輪してたら誰だって気づくのではないだろうか?)位は知っていたので、何も知らない人が読んで信じてしまったら歴史のテストは0点だな、と事実の歪曲具合に驚きました。(適役のエウロペ、アレス、味方のレイ、エイラスなどオリジナルキャラも多すぎです。せめて名前位エジプト風にしてほしかったです…。)そんな訳で信じてはなりません。

 クレオパトラ7世フィロパトル…ギリシャ語で「父の栄光」という意味の名を持つエジプト最後の女王。話では「弟の死を嘆く家族思いの女性」として描かれていましたが、真実は弟プトレマイオス13世と結婚して王位を継ぐも政治的見解から対立し和解に入ったシーザーと結託して弟を殺したしたたかな女です。この後はもう一人の弟プトレマイオス14世と結婚し(シーザーとは愛人関係とはいえ常にW不倫の状態だった。)共同政治という名目の単独統治を行って実権を握りました。凱旋式をきっかけにローマに滞在するもシーザー暗殺後息子シーザリオンが後継者に任命されていないと分かると、とっととエジプトに帰り都合よく死んでいた弟プトレマイオス14世(あんまりタイミングが良いのでクレオパトラに毒殺されたとの説もある。)の代わりにシーザリオンをプトレマイオス15世として即位させました。その後マルクスに政治方針について出頭を命じられるも彼女は女神アプロディテのように着飾ってマルクスを魅了。1度は子供ができたことをきっかけに逃げられるも(双子が生まれました。)おとなしいだけの新妻オクタヴィアに飽きたマルクスは刺激的なクレオパトラの魅力を再認識し溺愛してしまいました。これにより義弟オクタヴィアヌスに開戦の格好の理由を与えてしまい、惨敗。「こうなったのも皆クレオパトラのせいだ!」と逆恨みしたマルクスに「冷静になるまで様子を見ましょう。」と部下に「クレオパトラ様は自殺してお亡くなりになったのでお話しできません。」と嘘の報告をさせた所信じてしまったマルクスは自殺してしまいました。(冷静を通り越して冷たくなっちゃいました。)逃亡を図った息子シーザリオンも捕らえて殺され(これによりプトレマイオス王朝は滅亡した。)頼れる人間のいなくなったクレオパトラは贈答品のイチジクに潜ませたコブラに胸を噛ませて自殺した…というのが史実です。複数の外国語を駆使する知的な女性で肉体的魅力というよりまろやかな声やこぼれるような笑顔など人間的魅力が勝っていたという説が有力ですが、それはそれとして歴史に比類なき悪女という評価もまた否定はできないなあ、と思ってしまった私です。話とはイメージが違いますよね。

 ジュリアス・シーザー(ユリウス・カエサル)…女へのプレゼント代の為に借金をしてまで貢ぐ上(お、奥様の立場って…ゲフッ!)センスは1流、話も面白いダンディなおじ様です。(その上時の独裁官という権力者なので、これでモテナイ方がおかしいかもしれない。)話ではとっととローマに帰ってしまいましたが実際はクレオパトラが出産終了するまで滞在を伸ばしたり、女関係の事で責められ(モテ男ですから「過去」はいっぱいあります。)殴られようが笑って許す大人の余裕があったりと結構優しい人です。(愛人としては理想的なタイプなのかもしれない。)クレオパトラには兵を貸しただけで滞在費、軍事費、体の提供など珍しく貢がれる側でしたが、個人的にはそこまでして実の弟妹を討ち滅ぼすクレオパトラの方が怖いです。(弟側に着いた妹アルシノエはローマでの凱旋式の際、敗者として晒し者になっている。酷い。)

 シーザリオン(プトレマイオス15世)…クレオパトラとシーザーの間の庶子…ということになってますが、当時シーザーは56歳の精力が衰え始めたオッサンであり、それまで沢山の「過去」があったにも関わらず子供は前妻の間にできたユリア(その当時既に病没。)1人だけしかできなかった(子供を作る能力が低い。)ことから父親は違う人間(「これだけピンポイントにできるのはおかしい!」と当時既にローマ国民からツッコミを入れられていた。)との説も唱えられています。(そう考えると後継ぎに選ばれなかったのは当然の結果ともいえる。)シーザーの前もクレオパトラは小ポンペイウスの愛人でしたし(別にシーザーが初めてというわけでもなかったのです…。)そもそもアトンの娘しかりそっち方面が物凄くアバウトな当時のエジプトの国風で女性の貞操を信じていいのかと聞かれると答えに困ってしまうのもまた事実です。(そもそも他の男と関係を持つことに対する禁忌自体がないのかもしれないし…。)ともあれプトレマイオス15世としてエジプトの権力者にされたこと、シーザーの実子だとクレオパトラが強くいい張ったせいで(シーザーの後継ぎのオクタヴィアヌスにはWの意味で邪魔になってしまった。)戦争の際には真っ先に殺されてしまいました。考えてみると色々な意味で哀れな子です。

 マルクス・アントニウス(マーク・アントニー)…
マルクス「どんなに愛していると言ってもシーザーは妻と離婚しなかったじゃないか!」
クレオパトラ「いや、私もプトレマイオス13世と結婚していたしその点はお互い様よ?」
マルクス「大人って、大人って…。」

そんなマルクスもオクタヴィアとの結婚ですでに4回目の結婚でした。(大人って、大人って…。)クレオパトラが妊娠を告げたとたん「そ、そうだ、そろそろローマでの仕事に帰らなくちゃ。」とそそくさと逃げだした挙句、オクタヴィアヌスから持ちかけられた美人姉との結婚に1も2もなくうなずいたという最低男です。美人は3日で見飽きるという言葉通りにクレオパトラの元に帰った時にはオクタヴィアのお腹にはマルクスとの2人目の子供が宿ったままでした。(口づけ一つ交わさないどころか2人はとっくに大人の階段を上がっておられやがりました。)その後クレオパトラとの間に3人目の子も作り(作り過ぎ!自重しろよ!)そんな目に合されてもけなげに待っていたオクタヴィアには一方的に離婚届を突き付けました。このことによりローマ市民の彼に対する評価は「エジプト女王に骨抜きにされローマ人としての誇りを失った男」と急降下(それによりオクタヴィアヌスへの支持がより上昇。)戦争に負けて逃走すると「部下を見捨てて女を追って戦場を後にした。」と笑いものになったそうです。(そしてクレオパトラを逆恨みする。)話では史実を捻じ曲げに捻じ曲げて美しく脚色してありますが、真実を知れば知る程まだシーザーの方が付き合うにはマシな男に思えました。美しく描きすぎです、里中先生。

 ガイアス・オクタヴィアヌス(アウグストゥス皇帝)…後の初代ローマ皇帝。シーザーのまさかの後継者指名により18歳の無名な青年は一躍有名になりました。その後、話では姉を捨てた夫の愛人で(離婚の原因の張本人で。)1ダース近く年上のほとんど口をきいたことも無い女性に惚れるという物凄く無理がある展開がなされていますが、史実ではこの時既に彼は別の女性と結婚済みでした。2度の政略婚を失敗(離婚)した彼はリウィア・ドルシッラというローマ共和政初期から続く名門クラディウス氏族の女性と惹かれあい、純粋に愛情から結婚したばかりでした。(偶然の結果だがこの結婚によりシーザー時代から続いていた伝統的貴族との対立が解消し、オクタヴィアヌスの権力はより強まった。)最もリウィアは前夫がオクタヴィアヌスと敵対関係にあったことや(和議としてミケナイ協定を結んだことでローマに戻ってこれた。)子供がいたにも関わらず口説かれた(出会った当時彼女のお腹には前夫との第2子がいた。妊娠中の女性と結婚するのは神の掟に背く為、出産後直ちに離婚しオクタヴィアヌスと再婚している。)などクレオパトラの状況と被る点も多いのでわざとダブらせたという解釈もありですが、それにしたって存在を抹消するのはリウィアに対して失礼だと思うんですけどね…。そんなわけで、信じてはいけない話です。

四谷怪談

2010.04.22
 タイトルにある四谷怪談とは別に話はほとんど洋モノばかりでその中にエジプト最後の女王クレオパトラについての読み切りもあり個人的には今まで読んだ彼女絡みの小説・習った史実も思い出しながら楽しめた話でした。クレオパトラに関してはかの里中満智子先生も美しく漫画化しており比べながら読むのも楽しかったものです。歴史物は「登場人物の行動」は同じでも解釈した作者の描き方の違いによって人物像が全然変わってくるのが面白い所です。せっかくなので再度改めて人物ごとに語っていく事にしました。

 四谷怪談…伊右衛門「体を壊したお前を充分に養生させてやる金も無い。抱えてくれる主君も無くこんなあばら家で浪人暮らし。…すまない、お岩。」
岩「そんなこと、分かっているなら体を壊した女相手にセックスして体力消耗させるのは辞めて貰えませんか?」

原典では御用金を持ち逃げした挙句に結婚を反対したお岩の父親を殺害し、お岩と結婚した後は博打三昧、挙句に名家の娘のお梅と不倫し、産後の肥立ちが悪いお岩に毒薬を盛って捨てた最低のクズのような男「極悪非道の伊右衛門…この恨み、はらさでおくものか…!」byお岩)だったのですがこの話ではわずかな猜疑心からお岩を信じきれなかった(そのせいで悲劇が起こっている)優柔不断で優しい男であり最後はお岩と添い遂げたという理想的な有様に変貌していました。だったら始めから揺らがずお岩一筋に信じれば良かったものをおかげで巻き込まれて死ぬ羽目になったお梅一派はいい迷惑で始末に負えない夫婦だともツッコミを入れたものです…ゲフッ!

 じゃじゃ馬ならし…ぺトルーチォー「妻がワガママで気が強かったらこっちはその上をいけばいいんだ。」
キャサリン「あの人は何でもハイハイと言う事を聞いていれば機嫌が良いのよ。頼み方さえ間違わなければどんなことでも聞いてくれるし単純で簡単な男だわ。」

普通だったらいくらイケメンでもこんなモラ男が夫ではノイローゼになってしまうでしょうに上手く割り切って相手をしているキャサリンは確かに賢くてしたたかだと感心したものでした。とはいえ賭け事で儲けた金を全て妻に渡したり(おかげで物凄い帽子を買っています)「あの人は私に夢中」(それほどまで自分は愛されている)という自負に嘘は無い(ぺトルーチォーは自分が王様の立場にいようとはしながらも彼女を豪華に着飾らせ最高の物を望むままに与える程には愛している)のでしょうね。全てを見通して従順な妻という体裁を整えているキャサリンに拍手を送った話でした。

<クレオパトラ>
 ジュリアス・シーザー…「シザリオンはローマ皇帝のわしとエジプト女王の息子だ。ゆくゆくは世界皇帝の座につくだろう。」

…と言っただけで別に彼を後継者に指名した訳ではなかったというオチがありました。(わざわざ甥っ子のオクタビアヌスを指名した辺り実子ではないという確証・実感があったのでしょうね…ゲフッ!)おかげでシーザーの死後、当てにしていたローマの権力はクレオパトラの元には入らず仕方が無いのでアントニウスを懐柔するという打開策に走った彼女。(既に死んだ愛人とはいえシーザーの立場は…?)「玉座に就く為に利用できる者は利用するだけでそこに愛は無い」と話の中で語っている通り2人の間にあったのはお互い「打算」だけだったのだろうなあと改めて実感した大人の関係でした…ゴフッ!

 クレオパトラ7世フィロパトル…「玉座を守る為にはたとえ身内でも情けは無用よ。」

一千万セルティウスもの真珠の耳飾りを酢に溶かして飲んだエピソードはあまりにも有名なエジプト最後の女王です。政略の為とはいえプトレマイオス14世(クレオパトラの夫。政治的対立から彼女に抹殺された。)やアルシノエ(弟側につき共に反乱を起こしたクレオパトラの妹。ローマ凱旋の時には市中引き回しで晒し物にされている。)への血を分けた弟妹に対する処遇はあまりにも残酷彼女絡みの小説や映画に描かれているような「愛情深い女性」には今一つ思えなかった「シーザー様、その女はローマを食い物にするエジプトの犬です!」by重臣。)ものでしたがまさしく私が感じたイメージ通りのクレオパトラだと悪女風に描かれている彼女に思わず共感したものでした。綺麗事だけで玉座を手にできる訳もありませんし(実際シーザーやアントニウスとの関係は綺麗事とは程遠い「不倫」でしたし)現実はきっとこんな感じだったのだろうと思います…ゲフッ!

 マルクス・アントニウス…「夢のようだ。何より俺の隣にあなたがいる。」

話では(オクタビアヌスの姉オクタヴィアと結婚して子供を2人も作った事などまるっと省略されて)ひたすらクレオパトラへの愛に生きたのにクレオパトラの方は彼の権力を利用するだけでアントニウスの限界を見るやもはや用済みとばかりに殺された哀れな生き様(史実ではクレオパトラの死の報告を嘆いて自決したとなっていますがどの道「クレオパトラが原因で死ぬ羽目になった」事に変わりは無いでしょうね。)が描かれていました。クレオパトラとの間に成した子供達も歴史の中で消され血筋は全く絶えてしまったそうですし2股かけていたとはいえ(一応ちゃんと離婚はしましたし)真実彼女を愛していたのに報われなかった彼もまたクレオパトラの犠牲者であり被害者であったのかもしれません…。(最も1番迷惑を被った被害者は権力者を食い物にされたローマ国民の皆さんだったでしょうが…ゲフッ!)

 醜いあひるの子…アクシア「どう?私、痩せて綺麗になったでしょ?」
領主「この村の娘達はどうかしている。細くて軽い娘が美しいという領主の言葉に惑わされて皆されこうべのようだ。ちっとも美しくなんかない。」

領主といい、フードの男といい、その骸骨のような娘相手に事を成し遂げられるのが凄いと変な所で感心してしまったものでした。(ヤルだけヤッてハイそれまでよと捨てられたアクシアは不満でしょうが)原典では成長するにつれて白鳥という美しい姿になったアヒルの子でしたが話ではダイエットの為に美しくなるどころか逆に見られたものじゃない姿になっていく娘達に(何事にも限度という物があるんですってぱ…。)ドン引きしてした話です。領主様も領主様で太った娘にも「こりごり」になった後は何を基準に美しいと言うつもりなのかともあれ彼の気まぐれに振り回される娘達は良い迷惑だろうなと同情した話でした…ゲフッ!

 ジキルとハイド…アリス「私はヘンリー・ジキルといる時はこの上なく貞淑な妻を演じ、そしてもう一人の人格のハイドといる時はこの上なく淫らな女になった。」

口先(だけ)ではいけないと自戒しつつも夫のヘンリーと肉体は同じだし夜の生活は大満足させてくれるし物理的・DNA的には裏切ってはいないとハイドとの関係を続けていた彼女でしたが、それでもさすがに恋人を失くした青年との3Pは(そこにハイドが加わっていて浮気公認だったとはいえ)許容範囲外だったらしくもう一人の夫のヘンリーを(人格的には)裏切り続けていた自責の念と合わせて自害なさってしまわれました。理想の人格ジキルが次第にハイドに浸食され、ついにはハイドの姿のまま破滅(自殺)の道を辿った(by原典)のと「同じ結末」とはいえ後味の悪い終わり方です。夫のヘンリーともう一人の人格のハイドが互いに存在を知っていて合意の上で楽しんでいた(そこまで性格が似て気が合うのに何故人格が統合されないのか逆に不思議ですが)事も合わせて残念な終わり方でした。外面だけは良い彼らのせいで犠牲者は今後も後を絶たないようですが妻達がいつも1人で自滅してくれるとも限りませんし「あなたを殺して私も死ぬわ!」という展開になる事を期待しながら話を終える事にします…ゲフッ!

椿姫

2010.04.21
 生まれて初めて見たオペラがこの「椿姫」でした。(とはいえその時既に22歳でしたが。)椿の花を差し出し「この花がしおれる頃にまた会いましょう。」という有名な第1幕はカットされ、第二幕の愛の巣で「彼女は僕の為に華やかな社交界の生活を捨ててくれた。」とアルフレードに妙に説明的なセリフ(独り言。暗いよ、アルフレード君。)を言わせることで話を進めていました。おかげで最後まで椿の花が出てくることはなく、話が終わった後で「…え?椿は?タイトルの意味は?」と疑問符が出て来たのもいい思い出です。また、イタリア語のままのオペラで横に電光掲示板による日本語訳を出してくれていたおかげで何の事前準備もしてなかった私にもあらすじが分かりました。先生方に感謝です。

 椿姫…アレクサンドル・デュマ・フュスの小説「椿の花の貴婦人」(日本ではこの原題から「椿姫」と訳されている。)が原作で、パリで上演された戯曲を見たヴェルディが感激してオペラ化となりました。オペラ化にあたってタイトルは「堕落した女」(ラ・トラヴィアータ。酷い変更だ。)と改題され、ヒロインの名前も「スミレ」を意味するヴィオレッタ(原作での名前はマルグリット。)、相手役の名前も語感がいいアルフレード・ジェルモン(原作での名はアルマン・デュヴァル。)に変更されました。また、この小説はデュマ・フュスの実体験(高級娼婦マリー・デュプレシとの交際。)を元にして作られたもので、相手役のアルマン・デュヴァルのイニシャルA・Dがアレクサンドル・デュマと同じという隠れた面白要素も読み取れます。
 舞台は19世紀中ごろのパリ。月のうち25日は白椿をつけ、生理中の5日だけは赤椿をつけている(生々しい話だな~。)ことから「椿姫」と呼ばれている高級娼婦マルグリットの悲恋物語です。
 娼婦を主役にした物語ということでイタリア統治国家側の検閲より道徳的観点を問題視されましたが最後にヒロインが死ぬということからOKを貰い(OKの理由がそれって…。)上演されました。が、準備不足に加え結核で死ぬはずのヒロイン歌手の体格がそれにふさわしくなかった(つまり、デブだったんですね。)ことから初演は大失敗。「カルメン」「蝶々夫人」(文化の異なる日本に客が違和感を感じたうえ上演時間が長すぎた。)と並んで有名オペラの3大失敗という風評を貰うまでに至りました。その後入念な改訂を元に成功をおさめ、現在の地位を獲得しています。
 話について、お手伝いさんがヴィオレッタが財産を手放しながら生活費に当てていることを話し「生活にお金がかかるなんて…なんてうかつだったんだ!」と自分を責めているアルフレードですがそんな当たり前のこと顔面蒼白になる前に早く気づいて下さいよ!とツッコミを入れたのは私だけではないはずです。原作で一人寂しく死んでいったマルグリットと違いヴィオレッタはジェルモン親子に看取られながら死ぬ(でも希望を持った所で死んでしまうのもあんまりな気がしますが…。)辺りヴェルディの愛を感じました。この結末の違いからジェルモン親子は死に際のヴィオレッタの見た幻覚だという表現をした舞台もあるそうです。会えて良かったね、ヴィオレッタ。

 アイーダ…珍しくエジプトが舞台の物語だと思ったらそれもそのはず「ヨーロッパの大作曲家による豪快なオペラの初演をカイロでやりたい!」と時のエジプト総督イスマール・パシャが依頼した物だったそうです。(だから物語の舞台は当然地元のエジプトで、という注文でした。)パシャは「ヨーロッパの大作曲家」だったら誰でも良かったらしく「ヴェルディがダメだったらワーグナーに頼んでね。」と言っており、仲介人がその言葉をそのまま伝えてしまった為「俺を差し置いてライバルなんかに仕事をやれるか!」とヴェルディは俄然やる気を見せてくれたそうです。原作は考古学者オーギュスト・マリエットがフランス語で書いた23Pの「原案」(ストーリーの骨格はこれでほぼ完成している。)でヴェルディ夫妻がイタリア語に翻訳しました。また、台本作家アントニオ・デスランツォー二も手伝っており初演時の台本作者の名は彼の名になっていたそうです。(名前を消されたマリエットが哀れ。)
 舞台はそんなわけでエジプト。ファラオ時代に2つの国に引き裂かれた男女の悲恋が描かれています。
 話について、「この岩が動けば君を助けられるのに。」と現実を見ているラダメスと反対に「私たちの死を祝福している声が聞こえるわ。」と完全に自分の世界に浸っている電波なアイーダが苦手でした。軍事機密漏洩の件に関しても「私は真実ラダメスと逃げるつもりで裏切っていない。」(つまり素で父親を裏切るつもりだったんですね。)と被害者顔をしながらその実自分のことしか考えていない身勝手ぶりが共感できません…でした。どっちかというと王女という立場を持ちながら愛した人間1人救えず、相手のことを思って涙する(その下で当の本人は恋人とラブラブしているという痛い状況に陥っている。)アムネリス姫の方が哀れに感じたり…ゲフッ!

 リゴレット…原作はヴィクトル・ユーゴー(「アロエッテの歌」の原作「ああ無情」(レ・ミゼラブル)を書いたあの人です!)作の「王は愉しむ」という戯曲です。フランソワ1世の尽くした享楽より、特級階級の腐敗ぶりとそれに対する批判を書いたという当時としてはかなり過激な内容(7月王政下のフランスには衝撃的すぎです。)で、上演した次の日にはもう中止が決まった(早!)というエピソードもあるそうです。おかげでフランソワ一世はその時代の単なる1領主(マントヴァ公爵。おかげで実在のマントヴァ公爵ヴィンチェンゾ・ゴンサーガは話の好色で放蕩な「公爵」と同列に見られるという悲劇を生みました。)に変更され他のキャラも道化師トリブレ→トゥリボレット(イタリア語)→リゴレット(語感が似てるから。)、娘ブランシュ→ジルダに名前が変わっています。原作をイタリア語化しただけで話は全く同じなのにユーゴーには著作権に相当する金が払われなかったそうでフランスで訴訟まで起きたそうです。(しかし何故かユーゴーが負けている。何故だ!?)
 という訳で舞台はイタリアのマントヴァ。「俺はこの舌で人を殺し、殺し屋は探検で殺す。」という名セリフで有名な不具で毒舌な道化師リゴレットの話です。原作では百戦錬磨の公爵に恋するも、正体を知って「冗談じゃないわよ!」と部屋に逃げ込んだジルダ(そしてポケットから合鍵を取り出しほくそ笑む公爵の手で…そういうシーンは免れないのか…ゴフッ!)のシーンはカットされてしまっています。(うん、見せない方がいいと思うよ…。)ちなみに序盤で怒鳴り込んできた親父さんの娘とはその直前に公爵と部屋に消えた奥様(見た感じ合意っぽい2人なんですけど…親父さんが哀れ。)とのことです。解説読むまで気づきませんでした。
 話について、リゴレットが言うには「俺が人の悪口を言うのは公爵に命令されているからで自分の責任じゃない。」みたいなことを言ってますが、それで金を貰っている人間が言うセリフではないような気がします。(しかもあれだけの豪邸を召使い付きで持っている辺り相当な額の金を貰っているのだろう。ジルダが掃除洗濯をしているようにも見えないし。)ジルダが汚されたことによる復讐と言ってますがそれこそ序盤で「よくも娘を酷い目にあわせたな!」と怒鳴り込んできた親父さんと同じ状況に陥った(これこそ、呪いなのでしょう。)だけで、相手がどういう人間であれ自分がどういう目に合ってきたのであれ、真面目な人間が悪事を考えてもろくなことにはならないという教訓話にもなっています。(逆に不真面目な人間は誰に何と言われても聞く耳を持たず、無神経な分自分も含めて人が傷つくことにも鈍感なので最悪の事態になってもケロッとしていたり。持ち前の性格の違いですね。合わない事はするもんじゃないよ、リゴレット。)

 マクベス…かの「ロミオとジュリエット」で有名なウィリアム・シェイクスピアの4大悲劇の1つです。(ちなみに後の3つは、父の復讐に燃える「ハムレット」父と娘のすれ違いを描いた「リア王」さいとうちほ先生の「ブロンズの天使」でも紹介されていた、誤解による心変わりを描いた「オセロ」。)スコットランドの実在の王マクベス(1040~1057。17年と結構長く王座に就いている。)をモデルにした話で、オペラ化によって歴史上よくある家督争いは一気にメジャーとなりました。ある意味良かったですね、マクベス王。
 さて、このマクベスですが殺したダンカン王とは従兄に当り(前王マルカム王の次女ドナウダとマリ領主フィンレックの間の子がマクベス。長男の息子がダンカン王。)元々王家の血筋ではありました。(トントン拍子に王になれたのはその為。)その後アルピン王家の血を引くバンクォーを筆頭に反対勢力や王位継承の可能性のある者を次々と殺していったとありますが、この「王の父となる。」と予言されたバンクォーは実際の歴史上には存在しません。マクベス亡き後王位を継いだのも継子のルーラッハ(奥様自殺後マクベスはとっととケネス3世の孫娘グロッホと再婚している。グロッホの連れ子がルーラッハ。)その次はダンカン王が殺された時国外に逃げたマルカム王子とまるで関係ない人々なのでこの予言に関してはノストラダムスの予言「1999年7月の恐怖の大王」のようにハズレたようです。(予言なんて不確かなものを信じちゃいけません。) 
 舞台はスコットランド。「万歳、コーダーの領主。万歳、いずれ王になるお方。」という3人の魔女(その3人の区別がつかないのは私だけではないはず…。)の予言により道を誤った1人の男の話です。ちなみにマクベス王を討ったマクダフに関しては「いずれ裏切る。」という予言は無く、国外に逃げたマルカム王子の元へ行ったことにより「俺を差し置いて他の王位継承者の元へ行くとは裏切り者!」と城を奇襲攻撃されたのが真実です。(マクダフ1人だけが無事だったのは単純に彼が現場にいなかったため。国外ですもん。)オペラでの最後はマクベスの首を掲げ1同がマルカム新王の誕生をたたえるという終わり方(グロイ終わり方だなあ…。)で話が終了しているそうです。
 話について、「だから予言なんて不確かな物を信じずにコーダーの領主で満足していれば早死にすることも無かったのに…。」(またその予言が100%当たる絶対の物ならダンカン王を殺したりしなくてもいずれ王になれた…のでは?)と平和主義な草食系の私としてはツッコミが絶えませんでした。主人公が必ず死ぬシェイクスピアの話でハッピーエンドなどあり得ない(4大悲劇しかり「ロミオとジュリエット」しかり、彼が描く話はとにかく主要人物が死にます。もっともこの話の場合、最後はマクベスが報いを受けて死なないと話としてダメな気はしますが…。)のですが運命に流されるままに終焉を迎えた彼の姿が見ていて悲しかったです。ネットで見た彼の肖像よりヒゲ度が低くて個人的なイメージと違ったのが新鮮でした。(ネット画ではサンタクロース並にヒゲが長く、茶髪の一筋縄ではいかないおっさん風でした。)

 余談…長いこと考えたんですが、どうしても「セリフ入れ替えネタ」が思いつかなかったので今回もそのまま更新します…ゲフッ!

トゥーランドット

2010.04.20
 作曲家プッチーニの手がけたオペラ作品のあらすじ紹介本です。(作品を書いた作者とプッチーニはまた別人です。間違えないで下さい。…ていうか作品の作者もまた紹介してほしかったです。)「蝶々夫人」については名前だけ知っていたもののどんな話かは全く知らなかった(ちなみに他の2作品については名前さえ知りませんでしたので、いい勉強になりました…ゲフッ!)のでテニスの得意な勝気な女性(それはお蝶夫人です。)というイメージばかりが先立ってました。おかげで知ったり調べたりする楽しさもまたひとしおでした。ええ、後書きにも書いてあった通りいい「入門編」になってます、里中先生。

 蝶々夫人…プッチーニの「ご当地3部作」(その地方の民謡などを巧みに引用した作品。)の最初の作品です。(ちなみに後の2つは「トゥーランドット」と「西部の娘」。)ヴェルデイの「椿姫」ビゼーの「カルメン」と並んで「蝶々夫人」を世界3大オペラに数える説もあり、蝶々役は終始出ずっぱりな上、歌のパートも長く多く難しく「ソプラノ殺し」という異名を持つ作品としても有名だそうです。原作は外人弁護士ジョン・ルーサー・ロングが書いた「マダム・バタフライ」という短編で、没落士族の娘蝶々さんと海軍士官ピンカートン(「晴天」を意味する隠語。蝶々さんのアリア「ある晴れた日に」とかけたらしい。)との破局を描いた話です。外国の方が書いたせいもあり「神道と仏道がごっちゃになっている!」「芸者(女)を都合よく解釈しすぎ!」等々日本人読者からはツッコミの嵐が舞い上がったらしいですが、まあ、日本は長年鎖国の続いた国でもあったし手に入れられる情報には限りがあったんですよ、ということで温かい目で見ていきましょうよ、皆さん。(誰に言ってるのさ。)
 舞台は長崎。鎖国から開国を経て混乱期に合った日本です。
この時代長崎には洋妾(ラシャメン)と呼ばれる外国軍人・商人達の現地妻が多く存在しました。(皇太子時代のニコライ2世、ドイツ医師シーボルトにも駐留中のみの日本人妻がいます。)下級軍人達は売春宿で発散していたものの、金にも余裕のある高級将校たちは居宅に女性と暮らしたそうです。その「同棲」からくる問題を管理しようとして長崎奉行が婚姻届を公認していた、というのが話にも出てくる「外人との結婚」です。しかしこの婚姻はあくまでも1時的なもので女の側も農家から出稼ぎに来ていた貧しい境遇から生活の為に一緒に暮らすという完全に割り切ったもので、まして夫に裏切られたからと自殺した女性の記録など皆無(だから蝶々夫人の「本気」をまるで信じていないピンカートンの反応は至極当然ともいえる。)なので蝶々夫人は特別なモデルの無い創作上の人物のようです。
 話について、自分の喉に刀を刺した後も子供に手を伸ばす蝶々さんが哀れで胸に迫りましたがその時子供が振り返っていたら「キャー!お母さんがー!!」幼児期にとんでもないトラウマをしょいこむ羽目になってしまうではないか、と滅茶苦茶あせりながら読んでました。本式の話(原作)では子供に目隠しをさせてから(それで旗を振れるか見てる、という遊び。ナイスな配慮です。)喉に刀を突き立てていたのでそれなら少なくとも残酷な光景は見なくて済むな、と安心しました。(それにしたって自殺しないって選択肢はないのですか、蝶々さん…。)外国から見た日本の女ってこんな感じだった(過去形。)んでしょうね。日本人女性はイエローキャブ(誰でも乗せてくれる黄色塗のタクシー。黄色人種イエローモンキーとの掛け言葉も入っている。)だと言われている現在、なんだか悲しい気持にもなりました。
 余談ですがトリノオリンピックで安藤美樹選手がフリーの曲目で使ったのがこの「ある晴れた日に」(フィーチャー版)だそうです。

 トゥーランドット…プッチーニの最後の作品にして未完のオペラです。彼は瀕死のリュウのアリアを作曲している最中にお亡くなりになってしまい、弟子が「こんな感じでいいっすかね?」と後を引き継いで完成させたというエピソードも有名です。(初演では「ここまででプッチーニは筆を置かれました。」と結末にたどりつかずに幕を閉めてしまったそうです。オペラはあらかじめ原作を学んでから堪能するものであってそれでも問題ないんだとか。…いいのか、それで?)蝶々夫人で「宮さん宮さん」等々の民謡を引用したのと同じ手法で民謡「茉莉花」「清国国歌」が使われています。(いや、聞いたことはないんですけどね。)原作はぺティ・ド・ラ・クロワが出版した「千1日物語」の中の「カラフ王子と中国の王女の物語」でアラビアからペルシャにかけて見られる「謎かけ姫物語」の1類型だそうです。
 舞台はいつともしれない伝説時代の北京。(いつですか!?)
場所は中国のはずなのに王様や姫様の名前は思いっきり横文字で設定自体がファンタジー(というより、ありえない。)となっています。ちなみに3つの謎かけの答えは「年」「希望」「アドリアの獅子」など原典によって違うそうです。
 話について、姫の電波な妄想でなくて本当にロウ・リン姫の霊魂が取り付いていたのに驚きました。しかし、それはそれとして物語のヒロインであるトゥーランドット姫にどうしても共感できなかったです…。(召使のリュウの犠牲を考えると余計に。)あの性格はロウ・リン姫の霊魂が取り付いていた故なのでしょうか?しかし、王子は取りつかれていた頃の彼女に魅せられていたはず、きれいだったら性格は無視ですか、カラフ王子?むしろ王子に献身的に尽くすも自殺することでしかその愛を表現できなかったリュウの方が私的には痛々しくも魅力的に見えるのですが…。あれでめでたしめでたし、とはどうにも思えない私でありました。

 ラ・ボエーム…曲自体は聞いたことはありませんが、村上春樹作の小説「海辺のカフカ」でも「我が名はミミ」という曲から猫(ミミ)の名前をつけたというように引用されていたので一人の小説家の脳裏に刻まれる程多くの人に深い印象を与える力を持った名作オペラだということが伺えます。原作はアンリ・ミュルジュールの小説「ボヘミアン生活の情景」で落ちぶれた一般の人々の人間模様を描いた身近なドラマで、現在最も多く演奏されるイタリアオペラの1つです。
 舞台は1830年代のパリ。互いをいたわりながらも心ならずも別れの道を選ぶミミ(ルチア)とロドルフォのカップルと、ケンカ別れを繰り返しながらも復活愛を繰り返すマルチェロとムゼッタの傍迷惑カップル(カフェで再会し、しきりにマルチェロの気を引こうとするも意地でも無視されてることに業を煮やし「靴が痛い!」と騒ぎたててパトロンを追い払ってしまうムゼッタ。邪魔者がいなくなったのをいいことに抱き合う2人(オイ!)。しかしその後友達の目の前でも構わずに「このヒキガエル男!」「男好きの魔女!」と大騒ぎをして別れ(友達たちがまるで気にせず会話を続けている辺り慣れを感じました。)…以下エンドレスでこのパターンが続いているみたいです。)を中心に話が進みます。
 話について、最後はミミとロドルフォが昔の事を語り合い懐かしんで終わる(歌う。)という物だったので昔と似たシーンになったことでブワッと思い出が噴き出したというオペラ版と違う構成が上手いと思いました。あとはマルチェロとムゼッタのカップルとの対比表現をもう少し上手く出してほしかったな(ミミ×ロドルフォの純愛カップルが盛り上がってる反面、完全に背景と化している2人…。オペラでは笑い所でもあったシーンもなんだか薄っぺらくなってしまって物足りないなあ、と感じるのは私だけでしょうか?)というのがちょっと不満でした。前2作と比べると薄い話で終わってしまってるのが残念です。まあ、元の話が結構地味だししょうがない部分もあるんでしょうかね…。

 余談…色々考えたんですが、とうとう「セリフ入れ替えネタ」が思いつかないままだったのでそのまま更新しちゃいます。(いや、結果として名作を汚さなくて済んだのだからこれでよかったのかな…?)

デビルマンレディ④~⑪

2010.04.19
 よしみつさんの「そういうシーンがあっても全然大丈夫だよ!」(そりゃ、そうだろうね。)という言葉に変な勇気を持ってしまい、懲りずにまた貸してしまった大人向けの話です。話の中にまさにそういうシーン(み、道端で…ゲッフン!)があって貸すのを見合わせようか滅茶苦茶悩んでしまったものですが、物語りの核心に触れている場面(破廉恥な格好での儀式は別として地獄編は始まるし…。)もあるので悩んだ末に結局貸すことを決意してしまいました。覚悟はいいですよね、よしみつさん?

 おみつ…アスカ「最後の言葉が『ジュリアーノ』?ではこの人は、おみつ?だとしたら…一体何歳?」

ジュリアーノが生きていたんなら何故、今ここにいないのか?普通の人間だったおみつの方が何故デビルマンになっているのか?という疑問から考えるに、あの昔話は伝われるうちに歪められた話で本当はジュリアーノは甦ることなく殺されてしまい子供を身ごもっていたおみつが夫を亡くしたショックでデビルマン化して現在に至る…様子です。そう考えるとずっと一人で生きてきたうえ(村の皆の生き血をすすったのはもちろんおみつである。そもそも語り伝えたのは彼女の子供達以外いないのだから父親が無残に殺されて終わったという悲しい結末を修正したいという好意的解釈もあったのでしょう。)残した子孫もH.Aによって全滅させられてしまい、彼女が哀れでなりませんでした。シスターの格好をして喪に服していた(何百年間喪に服していたのだろうか?)事から察するに、その後不老不死の存在として生き続けるも彼女の中でジュリアーノ以上に存在が重い人間はついぞ現われることがなく子孫への責任感だけで寂しさを抱えて生きて来たのでしょう。(しかも話から察するに子孫たちは力が弱いのか、彼女のように生き続けることは不可能でいずれ最期を看取らなければいけない辛い存在でもある。)殺されていたのを喜んでいた彼女(どうやら自分では死ねないらしい。八百比丘尼のようだ。)が、ただ、ただ哀れでした。

 アスカ・ランジュリン…吸血鬼事件にて、あんなに間近で無差別的な銃撃や爆撃が起きたのに何故彼女だけかすり傷1つ負わずに無事なのか?というツッコミはしてはいけないみたいです…ゲフッ!さて、今回彼女の机から何故かジュンの母親の若い頃の写真が出てきましたが、何を隠そう彼女こそがアスカの母親でもあります。(なのでアスカとジュンとは異父姉妹に当たる。)あの写真は「ジュンの研究資料」ではなく写真でしか知らない母親の肖像だったのです。ここからこの巻でアスカが母親に向ける敵意も理解できるというものです。パーティー会場でもちろん彼女は母親のことも全て知っていて、だからわざと何も知らない振りをして様子を伺いに行きました。そして母親と同じ金髪碧眼を受け継いだ同じ年頃の子供(自分)を見ても動揺すらせず、自分の名前が偽名で本名が他にあることを告げても、かつて捨てた子供である可能性を考えもしない母親の姿に深く幻滅してしまったのでしょう。(そして、持ち前の超能力の過去視から今まで連絡をするどころかアスカの事を思い出しもしなかったことまで全て知ってしまったのでしょう。そりゃ、やけ酒をしたくもなします。)また、ジュンへの対応にも愛情を感じられない母親(普通は娘本人に電話をかけてアスカが信用できる人なのか聞く所…のはずなんですが。)への対抗心もあるのか、この後もこの姉妹の怪しい仲(というよりアスカのジュンへの異常な執着。)は深まっていきます…ゴフッ!

 不動ジュン…ウラヴァ信者「お前は我々の為の道具だ!道具になれ~っ!」

どうやら今までの生贄達は十字架になりつけになって食われるその時まで意識を失っており禊の間も男達に犯されるという儀式の前段階も覚えてはいなかったようです。(最初の犠牲者など「これは一体何の真似?」と何のショックを受けた様子も無く正気で信者達に質問してるしね。最もこの人の場合、ペラペラと喋ったり首をひねって目を背けたり出来る辺りまで麻痺が抜けているので、食われる時は相当辛かったでしょうが…。)意識・感覚があったまま体だけは痺れて動けなかったというジュンの状態は今までの中で最悪だったと言えるのでしょう。その後地獄で明と会った際、懐かしさと嬉しさで涙が止まらなくなっている辺りはアスカ(了?)の遺伝子がなせる技なのでしょうか?一目で明に恋をして、一日で肉体関係を持っている辺りは「儀式」を忘れられて良かったものの、尻の軽い女だなとツッコミは入れてしまいましたが…ゲフッ!

 バンデール大使…「だから逃げろと言ったのに…。」

忠告をした事で善人ぶっているけれど本気で嘆いているのならヤルことやるな!知っていて一緒になって協力しているのなら、お前だって同じ穴のムジナじゃないか!)と私なんかはツッコミを入れてしまいました。あまりに地味系なので忘れそうですが、いつもウラヴァ神に変身して女を食っているのもこの爺さんです。(むしろ他の信者より罪深くない?)予見能力を持った息子ドルフ(知恵遅れの割にペラペラ「日本語」を話してるのにビックリしました。)といい、超能力者が生まれる家系の男として悪魔の寄代には最適だったのでしょうがウラヴァ神の完全復活に際して元の爺さんの人格は完全に消えて無くなったようです。(最も微塵も同情できず、ざまあみろとしか思えませんが。)それまで儀式の名目で人を食い続けていた信者達が、今度は自分達がケルベロスに食われ続けるという罰を受けているのにも因果応報としか思えなかったり…ゲフッ!

 サチ(さっちゃん)…「あはは!痛いでしょ!?でもサチはもっと痛かったんだよ!なんたって明兄ちゃんに顔を潰されたんだもん!」

旧作・デビルマンでは顔だけだったのに腰の辺りまで体が抜け出て甲羅から生えていた(むしろ引っ張ればそのまま抜けそう。)という形態の変化に地味に驚きました。この子は何も悪いことをしていないのにジンメンに引きずられて地獄に落ちていた辺り、相変わらず幸の薄い子です。が、「罪人」でないおかげかジンメンが明に負けて後は他の霊達と揃って天国に行っていました。(その点デビルビースト達(元人間)を多数殺してきたジュンや、悪魔軍団との戦争を起こした明はアウトだったんだろうな…。)↑の悪意に満ちたセリフの数々は「ジンメンの悪影響」だった(いつまで経っても上の階でフラフラしていて助けに来なかった明に「いい加減にしろ!」と本気で怒っていた可能性もあるが…ゲフッ!)だけで彼女の本意ではなかったと…し、信じて、ます…。

 不動明…「了は俺の全てを奪い、戦いに駆り立てた『親友』なんだ。そしてなお、奴が好きだ。出来ることなら…理解したい。」

了に対しては争って死んだ後も憎しみだけが残っていた訳じゃなかったのね(で、過去回想に全く「美樹ちゃん」が出てこなかった挙句に、さっさとジュンと「関係」を持っている辺りは、彼女の事は完全に忘れ去ったと解釈して良いですかね…?)と個人的には嬉しかったセリフでもありました。どうやら彼はデビルマン時代に戦った悪魔達と共に地獄に落とされたものの、同じく地獄にいる了とは顔を合わせるのが気まずくてずーっと上の方の階でフラフラしていたようです。(ちなみに了(サタン)がいるのは最下層。)おかげで地獄の下の方の階にいるジンメンその他の悪魔達とも顔を合わさずに済んだ(そのせいで、ず~っとジンメンに縛り付けられていたさっちゃんはいい迷惑。)のか、これからジュンと共に下りていくに従って懐かしのキャラクター大集合と相なる展開には思わず狂喜してしまったものでした。

 シレーヌ…「私はアモンへの恋情の為にカイムの愛を裏切った!醜い!天使よりも美しいと言われた悪魔シレーヌが醜い!」

ネオ・デビルマンの読み切りを読んだ時からもしやとは思っていましたが、やっぱりアモンが好きだったんですね、この人。(悪魔だけど。)生前は美樹ちゃんとラブラブで、現在はジュンとイイ仲になっている明(何気にリア充な恋愛関係を送っている男)には、カイム(男)の恋する気持ちも、シレーヌが現在「戦いの建前」としてその肉体を利用している事も見て取れた…んでしょうね。おかげで自分の本当の気持ちもそれがカイムを含め回りの皆さんにバレバレだった事も、全てがショックと共に分かってしまった彼女。(プライドが高いだけに「人前で好きな人をバラされた」傷心と合わせて耐えられなかったんだろうな。)地獄なので傷ついても自殺する事も出来ない事情から通りすがりのメドゥーサに頼んで石像になった辺りは…どうにもこうにもこの人は最後には彫像になる運命にあるんだなあ、と改めて立ち位置に納得してしまったものでした…ゲフッ!

 カイム…「何故だ、シレーヌ!俺の無償の愛をも拒むのか?俺には勝利に喜ぶ顔すらも見せられないと言うのか!?」

ようやく読み切り版の全自動タクシー状態から自分を取り戻したようです。デビルマン(明)を溶岩壁に押し付けて貫いた後、彼女の気持ちも全てを知りながら「お前を愛する者は俺だけだ!」と情熱的な告白をした…もののマグマを刺激したせいで噴火の直撃を受けたシレーヌには届いていない状況が痛かったです。(あの、愛してるんなら被害状況を予測することも大切なことかと思うんですが…痛いギャグですか、この展開?)彼女に愛されていなくても自分が愛していればそれで良いというのは非常に犠牲的な愛し方ですがそんな性格だからこそ「都合の良い男」で終わっているのにカイムは気づいていません。まあ、彼女の思い人のアモンにはニケという立派な恋人がいて「片想い以上に悪化しない状況」(シレーヌとアモンがデキ上がることだけは確実に無い状態)だからこそまだ救われていたのでしょうが…しかし、それだけに「とうとう彼女の笑顔すら見れなくなった」のは辛い展開だったと言えるでしょうね。どこまでも報われていない彼に思わず涙してしまった結末でした…。

北回帰線①~④

2010.04.19
 映画「沈まぬ太陽」(御巣鷹山事件を中心としたある労働組合員の物語。)が注目を浴びたことや、航空会社がらみの不正が明らかになり日航が存亡の危機に陥ってる今だからこそ情報が豊富で色々語れるので思わず貸してしまった本です。週刊誌を読んだだけでなく「JAL崩壊」(自分の実名は伏せているくせに他人の悪事はズラズラと載せているという卑怯なスチュワーデスが明かすJALの実態暴露本。自分の会社をあそこまで悪く言っておきながらそれでも平然と勤め続ける作者に思わず家族全員が嫌悪感を抱きました。)を読んだことにより色々な事情が分かったのでそれらも踏まえて読むと楽しさ倍増です。(…楽しいの!?)
 諸事情(本屋に無かったのです。)により2巻がなかったのでその内容紹介も多く盛り込んでいます。

 仲緒 郷…これで「さとる」って読むのかとちょっと微妙に思ってしまったキャラ。五月(めい)といい愛海(めぐみ)といい、里中先生は独特のセンスをしてますよね…。
さて、作中ではあまり触れられてませんが、彼らパイロット達はその待遇の良さからスチュワーデス達の妬みの対象となり蛇蝎のごとく嫌われているそうです。(この話のように仲良く酒を飲むなんてまずあり得ません。)住まいが東京でも空港入り口まで毎日タクシー通勤していること(しかも費用は会社持ち。…最もスチュワーデス達も最近までタクシー通勤をしていたのですが、それでも他のスッチーと相乗りなこと、成田までしか送ってもらえない事で根深い嫉妬の対象になったようです。毎日電車通勤しているほとんどの会社員達が聞くと両方とも怒りの対象になるでしょうね。)飛行中スッチー達が立ちっぱなしで客サービスをしている時にコックピットで居眠りをしている(あるいは週刊誌を読みふけっている。作中クレウスが言っているように離着陸以外はほとんどコンピューターが操縦してくれるのでぶっちゃけパイロットがいなくても正確に飛行するのです。)挙句に「俺コーヒーにミルクね。」などという注文をつけてくるので「このクソ忙しい時に…!」と恨みの対象になっているのです。しかしそんなパイロットとスチュワーデスとの不倫は(作中にもありましたが。)実はよくある話で奥さまの眼が届かない事(興信所の探偵も外国まで追いかけていくのは至難の業です。)をいいことに日常茶飯事になってしまっています。(また、パイロットがスチュワーデスのスケジュールに合わせて乗務をすることは可能らしい。的場さんが「君達一緒のフライトが多いね。」とツッコミを入れていましたがもちろん「偶然」なんかではありません。)そして奇跡的に嫌われなかったパイロットも不倫をしたことでストレートに女性達からは嫌われる…はずなんですが、彼の場合は周りに底抜けのお人好ししかいないようです。会長(筆頭株主)の娘を妻にして、しかもあんな扱いをしておきながらよくクビにならなかったな、と今更ながら驚きました。

 仲緒 和美…和美「最後に1度だけ抱いてくれれば全て納得して離婚に応じるわ。」
郷「もう愛してもいない女は抱けない。それは人として当たり前の権利だろう。」
和美「権利ですって…。勝手なことをしておきながらそんな言葉で納得できると思っているの!?」
郷「フー…。」(タバコ1本目)
和美「ちゃんと聞けよ!
…冷たい人ね、最後に思いやりを示してくれてもいいじゃないのよ。」
郷「フー…。」(タバコ2本目)
和美「ちゃんと聞けって言ってるでしょうが!」
2巻での話し合い(修羅場)の様子を再現してみました。(取りあえずタバコはやめて下さい郷さん。)とうとうプライドをかなぐり捨てて「私はまだあなたを愛してる!」と告白した奥様でしたが、「今更もう遅いよ。」と飛鳥の所に行こうとした旦那に逆上し「別れるくらいなら死ぬわ!」と自分の手首に包丁を突き立てました。発見が早かった(ていうか目の前)ので一命は取り留めましたが、そのことで周りはありふれた不倫の事よりも一人の女をそこまでさせるほど追い詰めたことに露骨に軽蔑の視線を向け、またフライト先のホテルごとにバラの花を送りつけてくる飛鳥(普通、花束を贈られて嬉しい男がいるだろうか?そしてその花はもちろん彼女名義で送られており噂には拍車がかかった。)の少女趣味思考にも疲れていた郷はほとぼりが冷めるまで家庭に逃げ込むことにしたのでした。離婚はしなかったものの、「こいつが余計なことをしなければ今頃俺は飛鳥と…。」という苦々しい気持から奥様には義務以外で接することはなく、結局二人の仲は冷めたまま現在に至ります。(そして愛人騒動へ。その後は読んでの通りです。)

 竹之内 飛鳥…こんなに発情した処女は初めて見ました…というのが第一印象です。自分のことを空の天使だと言っておられやがりながら「足がむくんで大変。」(天使が文句を…。)だの「仕事がきつくて休めない。」(貴女方の仕事は月約80時間で1日8時間計算で換算しても10日ほどにしかならないんですが?)だの不満だけはものすごく饒舌な人でそこが好きになれませんでした。当然のような顔をしてクレウスにハイヤーで送ってもらっている(大富豪の奥様という立場に甘えない女性が何故彼の車を利用しているのですか?)ことから普段当然のようにタクシー通勤をしているスチュワーデスの恵まれた仕事環境が伺えます。妊娠するまでは仕事を続けるという姿勢を取っていましたが本当に仕事が好きなら子供が出来ても頃合いを見て職場復帰すれば良いのでこの人の言う仕事への情熱にはなんだか嘘臭さを感じてしまう私です。むしろ婚約時に「どんな状況でも仕事に燃えるキャリアウーマン」の立場を失いたくないというええかっこしさからやめるきっかけを逃してしまったので赤ちゃんという他人を利用して(自分の意思ではない形で)専業主婦に収まろうとしただけではないかと考えた方がピンと来てしまったり…ゲフッ!(むしろ妊娠なんていつ起こるか分からない不確かなものを退職のきっかけにされたら会社だって迷惑でしょう。契約社員だって年次ごとなんだし、辞めるなら計画的に辞めるのが仕事仲間への思いやりではないのでしょうか?)JALでは3年間という破格に長い育児休暇が認められている(普通の職場では3ケ月が限度。保育園に入れられる最低年齢が0歳3ケ月だからでしょう。)ので、子供と接することは十分にできるし(その後はあまりかかりきりになるのも良くない。依存心を少しずつなくしていくためにも幼稚園か保育園に入れて集団生活は学んだ方がいい。)やっぱりこの人仕事を辞めたい理由の為に子供を建前にしていただけじゃないかな~と(むしろそんな犠牲者として生まれてくる子供が哀れ。)全然共感できなかったキャラでした。「後の人に迷惑をかけたくないから。」と言っておきながら機内で倒れる(結局1番迷惑な場面を作ってしまっています。)仕事ぶりもどうかと思いました。本当に仕事に情熱を注いでいるキャリアウーマンとは絶対に違いますよね、この人。

 クレウス・ミロン・ゾルタフ…クレウス「働きたいなら僕が買い取った航空会社でスチュワーデスをやっても問題ないじゃないか。」
飛鳥「私が言っている働くっていうのと意味が違うわ。私が言っているのは月80時間労働(1日8時間計算しても10日程度)で年収1000万を超え、生理休暇付きお迎えタクシー付きの優雅な職場の事よ。」
クレウス「働きたいんだか働きたくないんだかドッチデスカ!?」

以上、JALの職場環境を元にセリフを入れ替えてみました。
嫉妬心の深さを不満の種に挙げられている飛鳥の夫です。仲緒さんとの不倫が破局を迎えた時に偶然再会し、酔った勢いでベッドに連れ込まれたことから(飛鳥、ガードゆる過ぎ!)二人の関係が始まりました。「なぜ信じてくれないの?」と飛鳥は嘆いていますが、彼女は仲緒さんには行く先々にバラの花を贈り自分で作った夕食をごちそうしていたのに対してクレウスには何一つしていない(食事さえメイド任せです。)のです。この状況で「…もしかして俺ってミツグ君?」と思わない男は天使か聖者かあるいはただの馬鹿でしょう。それより仲緒さんとの事を疑われたまま出発したにも関わらず当の本人との飲み会に当然のように出席している飛鳥の無神経さ(普通はこういう状況になったら仕事以外の接触は極力避けるものではないでしょうか?)の方が遙かに気になりました。子供を流産してしまった時も「僕の子なんだよ。君一人の勝手で振り回していい子供じゃないんだ。」とお腹の子を案じていた彼の方が十分親らしいと感動しましたし(根拠もなく「平気平気。」と飛び回っていた飛鳥とは違います。)不満を持つほど問題ある人間にはとても思えない…のですが。むしろ気まずくなっても旦那の金でファーストクラス(一般があれだけ少ない人数だったらその航空会社は滅亡寸前と言えるだろう。)に乗って里帰りをし、電話さえコレクトコール(料金相手持ちの電話。)にする飛鳥の図々しさの方がよっぽど気になりました。信じてほしいのなら、まず人として信頼できる行動を取って下さい、飛鳥。

 バーバラ…「日本人スチュワーデスより私の方がよく働いているわ。」という名台詞を残した外人スチュワーデスです。彼女達は日本人スチュワーデスがあまりに給料が高く(年収1000万を超える世界一高給な一般職です。)その割に働かない(育児休暇を取っている人なんて3年間1度も職場に来ていないのに給料だけは貰っています。)ので、契約社員として薄給で雇ったという経緯があります。(この人達の給料は月12、3万という貧しいものです。金で換算すると確かに彼女達外人スチュワーデスの方がはるかに働いてるのです。)しかしその理由として(お前達に払い過ぎているせいだとは怖くて言えずに。)「職員に外人を入れることで言語への多様化に対応し、いろんな人種のお客様に乗っていただけるようにする為。」としてしまったせいで「言葉を基準に航空会社を選んでいる客はいない!」「外人が自国の航空会社を使って何が悪い!」と正社員スチュワーデス達から猛烈な非難を浴び、結果彼女達外人スチュワーデスは姿を消す(ほとんど雇わない。)ことになってしまいました。(この話でも以後外人スチュワーデスは登場しない。)それを踏まえて読むと面白い…というか物悲しい気分になるかと思います…ゲフッ!

井河さん…飛鳥の先輩のおばさんスチュワーデス。鬼軍曹タイプの怖い先輩かと思いきや、不倫してる二人のキスシーンを目撃しながら黙っていたり周りのスッチー仲間達まで抑えてくれたという実は優しい人です。(スチュワーデスにとってパイロットは憎しみの対象なので、その「敵」相手に不倫していることを嗅ぎつけたが最後、厳しい視線を向け、とことん冷酷な扱いをし退職にまで追い込むそうです。怖い。)仲緒さんが彼女をさして「スチュワーデスはいい奥さんになれる。」と言っていましたが、別に「いい奥さん=家事能力の上手さ」というわけではないし、「口は悪いが性格はいい。」(性格がいい人は悪口など言いません。)と矛盾したことを掲げて自分が善人だと思い込んでいる勘違い女も多い(暴露本参照。)そうなのでいい奥さんに向いてるかどうかは正直疑問の余地が多いです。(お客様のハンドサイズの荷物の上げ下ろしでさえ腰に悪いからレディに頼まず自分でやって下さいと書いてありました。自分たちの仕事の範疇でさえ尽くす気ゼロの人間が多いみたいです。)またスチュワーデスは「代議士先生枠」というコネで入ったキャバ嬢出身の女性も多い(たいてい先生の秘書と関係し、秘書同士で「先生枠」を貸し合って融通を利かせたことで多くの女性が入社したそうです。)ので、性格のいい人は本当に一握りのようです。それを考えると人間のできたいい人ですよね、彼女は。結婚してない(いい人に巡り合ってない)のが残念ですがスチュワーデスの80%近くは独身という伝説に負けずに頑張って下さい。

ガラスの仮面④

2010.04.18
 この巻より「ただのファン」(バラとカードを贈るだけ)に過ぎなかった紫のバラの人が月影先生の手術代・入院費を全額負担してくれたり「滅茶苦茶経済力のあるパトロン」にランクアップしています。主人公の「足長おじさん」といえば聞こえはいいですが自分の居場所を探り当てられたり生活の状況まで知って援助されるのは桁違いの経済的余裕への感動を通り越して怖い(実際にこんなことをされたら感謝以前に金と力のあるストーカーにつけ狙われていることを確信して恐怖に震えることだろう。)とも思ってしまった新展開でした…。

 田渕エミ…「甘かった。真剣に演劇を学んでいるあの子に比べて私の演技はまるで芝居ごっこ…。演技するってもっと真剣でもっと厳しい物なんだわ…。」

昔は歌(主に演歌)がヒットするとすぐそれに合わせて映画が作られた(で映画の中でやっぱりヒット曲を歌っている)ので女優ではない「歌手」の彼女が主役を演じているのもこの時代納得の流れではありますが、テレビと違って大画面で映る映画は役者の表情や動きを大きく映す為に「シナリオが良い作品に出ているだけ」なのか「本当に演技力がある」のか分かりやすい(少なくともちゃんと見る目がある人にはバレる。)とも言われています。メインはやっぱり歌を歌うのが仕事(彼女の本分はあくまでも歌手)とはいえたかが2シーンしかない出番の為に毎日2時間も片足を縛って練習するマヤの姿に「自分は仕事に対して全然真剣さが足りなかった」と反省もした様子です。とはいえ結局その後彼女が演劇と真剣に関わる機会は無かったのか、その後の出番はありませんでした…ゲフッ!

 結城麻江…麻江「これじゃあ私が目立たなくなってしまいます。こんな役だからせめてもっと前に出たいんです!」
原田先生「マイナーキャラだって物語の大切な土台なんですよ!それが分からない人間にメインキャラを任せられますか!」

たとえ端役でも舞台の上ではなくてはならない貴重な存在だと言う(↑のようにハッキリ言わずに上手いこと言うなと思った。)原田先生とは裏腹に目立つ為に筋書きを変えることばかり考えている麻江さんを役から降ろしたのは思えば賢明な判断でしたが代役として舞台に立ったマヤも自分が目立って話の主軸を持って行ってしまう点には変わりが無かった(むしろ才能があるだけに麻江さんよりもタチが悪い)というオチがつきました…ゲフッ!麻江さんをクビにせずにマヤを見限った辺りは目立とうと画策している「自覚」がある分だけ麻江さんの方が更生しやすいと感じた故ではないかな(無自覚な奴に一から百まで説明するより自覚がある奴に一言ツッコミを入れる方がはるかに話が簡単である。)とも思ったものです。舞台中に人形の首が落ちるように細工したのは他ならぬこの女性なのですが全く相手に通じていない点も併せて色々行動している割には損をしている女性だなあ(目立とうとした為に役を失い、嫌がらせを画策したら相手の株を挙げる結果になり、行動が全部裏目に出てる)と思わず生温かい目で見守ってしまったものでした…ゴフッ!

 「王子とこじき」…亜弓「右や左の旦那様~!毎度おなじみ、ちり紙交換!…じゃなくて哀れな乞食にお恵みを~。」
モブ「呆れたわ、亜弓さんたら。舞台からお客さんに物をあげるってのは聞いたことあるけど客席を回って物を貰うってのは初めてだわ、なんて人!」

マヤのたず役でのピンチの切り抜け方(赤子の頭が落ちたのを「ほんに子守りも楽じゃねえ。」とそのまま拾って切り抜けた。)といい、これは2人の「とっさのアドリブで事態を切り抜ける舞台度胸」をもって「観客に受け入れられる」様を描いた巻なんだなと納得しました。どんな役でもこなせるバリエーションの多さ(経験値)が紅天女を演じるに当たって必要と聞いて3枚目の端役をやったり今回グッとイメージチェンジを果たした亜弓さん。他人が仕組んだ事態(ワンシーン)だけを切り抜けているマヤ(本来だったらアドリブの必要も無く「事故」が無ければ何もしなかったはずの人)と比べれば成功の為に自分から道を外れている(客席を意識して「ストーリーの進行上」は何も問題が無いのに劇を中断してウケを取った)彼女の方が凄いのではないかと読み返してふと思ってしまいました。舞台回りをするマヤの行動力も大胆でしたがそれ以上に役作りの為に街頭で本当に乞食の真似までする彼女の努力の仕方の方が遙かに常識を超えている(少なくとも知人とバッタリ会ってしまった時、より恥ずかしい思いをするのは後者である)ように思えそこまでの情熱のかけぶりに舞台の面白さと合わせて見直したものでした。(ここに置いて「悪役」から「ライバル」に格上げされました、私的に。)そんな魅力的な仇役です。

 絵川由紀…由紀「理由を教えて下さい。私達をさておいて全く演技ができてなかったあの人が選ばれた理由は何ですか?」
審査員「一言で言って…まあ…ここの会長があの少女をかっているという『コネ』かな…。」
由紀「ばかな…。このオーディションは形だけの出来レースだったんかい!」

演技がどんなに役に合っていても最後はエライ人の鶴の一声だけで決まってしまう(「演技ができてなかろうが北島マヤがいいって…会長、ではこのオーデイションの意味は?」「へー、今の若い人はこんな演技するんだな~って分かったじゃろ?北島マヤで決定ね。」「…分かりました。」)そんな大人達の汚い価値観の元に決定された配役でしたが、結果、マヤ(子供時代キャサリン)1人が浮いた演技をして大人キャサリン役とのギャップを激しくしてしまったせいで本筋(大人時代)に共感し辛くさせた(マヤの人気に関してだけいえば成功と言えるがこれは「マヤのマヤによるマヤの為の舞台」でない以上いくら演技が上手くともこんな自分1人で突っ走るやり方はアウトである。)点を考えるとこの舞台は完全に配役を間違えたと言えるでしょうね。(「この舞台は失敗だ…。あの子は役者としては未熟で今はまだ舞台に出すべき人物ではない。」「会長、アンタ自分でこの配役を勧めたんでしょうが。」)マヤ演じるキャサリンに惚れてしまったが為に真島良くんと由紀さんの間にも亀裂が入る羽目になるし配役のせいで迷惑千番の舞台になったなと実感してしまったものでした…ゲフッ!(無難に由紀さんを選んでおけば皆幸せだったのにね…ゴフッ!)えこひいきで人を選ぶとロクな事にならないという良い実例です。思えば劇団つきかげだってマヤへのえこひいきが遠因となって内部崩壊を起こしたんですし、やっぱり特別扱いは皆の為にならないと再度思ってしまいました…ゲッフン!

ガラスの仮面③

2010.04.17
 表紙に描かれているのはファンならおそらく永遠に忘れられない主人公の初独り舞台(いつもマヤを見守っているはずの紫のバラの人もこの時ばかりはバラを贈り忘れており(オイ!)本当に一人ぼっち。)「ジーナと5つの青い壺」の絵ですが実はこの話、昔から語り継がれている童話でも何でもなく作者のオリジナルの話です。おかげで「そんな話を創作してまでマヤを主人公にしたいんですか、先生!」と他の劇団員がやっかんで内部崩壊にもつながっていきます。思えば劇団つきかげの劇って「若草物語」とか「たけくらべ」とか主人公が女性の物ばっかりだな(マヤに役を与えたいが為の出来レースか?)と改めて嫉妬される理由に納得もしてしまったものでした。

 桜小路優…「マヤちゃん、僕は変わってないよ。君と初めて会った時からちっとも。ずっと以前から君が好きだよ。」

今回初めて彼と他の女の子との間を「嫉妬」する様子を見せるマヤに「やっと僕の事を男(恋人)として見始めるようになったのか!嬉しいよ!」と大喜びで↑のセリフで(公衆の面前で)告白までしている桜小路くんでしたが、その「嫉妬」の内容は自分に時間や思いやりを割いて貰えなくなることに対する不安でしかなく(要するに仲の良い女友達に恋人が出来たのと同じ「友情」(という名の特別扱い)を失う事への不安であって彼に対する愛情では無い)「特別扱い」を確定された事で安心したマヤは以後も彼を思い出したようにしか相手にしない粗雑な扱いを続けるのでした…ゲフッ!とはいえ「告白してきた男子」に対して「喜ぶ女子」の姿はどう見ても「カップル成立」にしか見えず(実際、私も妹も2人を恋人同士としてしか見てなかった。)その後マヤがあっさりと他の男にときめいて彼を忘れ去った展開には目も当てられませんでした。相手からの特別扱いに喜んではいるけれどマヤ本人の方は別に彼を特別に大切に扱ってはいなかったな(立場としても「特別な恋人」どころか「つきかげ」の仲間達以下の存在で一緒に舞台に立つのも「つきかげの皆の方が好きだから」とオンディーヌへの入団を断っているしね。)と読み返して改めて気づいてしまったものです…ゴフッ!

 小野寺理事長…小野寺「たとえば大道具小道具が壊れる、それに役者陣が全員出られない事態にでもして劇団『つきかげ』を棄権させてくれれば夏の大作『風と共にきたりぬ』にも大事な役で出演して貰いたいと思うね。」
モブ「『風と共にきたりぬ』…大作『風と共に去りぬ』とは似て非なる芝居じゃないですか!騙されませんよ!」

「何も本当にやれとは言っていない」(命令はしていない)「出演して貰いたいと思う」(思うだけ)という非常に怪しい念押しの上での口先だけの約束(で約束はするけれど約束を守るという約束はしていないと…ゲフッ!)だったとはいえ劇団つきかげは大道具小道具を修復し、役者(マヤ1人)も舞台に出ていた以上この約束はモブ側が果たさなかったと見られても仕方ないでしょうね。(「小野寺さん!俺達は言われた通りに妨害しましたよ!」「立派に『出演』はして棄権はしていなかったじゃないか。取引不成立だよ。」「そんな!」という会話が交わされたのだろう、きっと。)結果として「出演者の欠席」と「台本の変更」という状況を利用して「審査対象から外す」という裏技で1人勝ちに到った小野寺さん。(亜弓さん曰く「たった一人で1時間45分もの舞台を演じぬき一般投票で最高得票を獲得したマヤの舞台はこの演劇大会の伝説となって残る」そうですが負けは負け。)こんなに卑怯な事をしている汚い大人が「紅天女」演出家候補にまで残っているなんて世の中は腐っているとも実感できる名(?)エピソードです…ゲフッ!

 青木麗…「大学は親が行かせる予定だったのさ。わたしゃ自分の好きな道を行く。」

ここは東京。東京出身で思いっきり地元なのにわざわざ寄宿生になって、劇団が潰れて寄宿舎自体が無くなっても実家には帰ろうとしない(本来なら真っ先に家に居候をし大学に行きながら演劇を続けられる1番恵まれた立場にいるはずの人間である)彼女にもマヤのように何か家庭の事情がある様子です。が主人公が織りなす話の濃さに誰もそんな事を注目してくれなかったので劇団の他のメンバー共々そんな彼女の事情はサラッとスルーされて話は進んでしまいました。そのまま話が紅天女編まで辿りついてしまった以上これからもその脇役の家庭の事情という瑣末な問題が描かれる事は無いんでしょうね…。主要登場人物に存在感があり過ぎてスポットを浴び損ねた感を感じる脇役でした…ゲフッ!その後、家庭での過去が描かれるのも亜弓さん、真澄様、月影先生のみ、桜小路くんも家族の姿が出てきてはいる(けれどその「彼女」の舞の家族は出てこない)辺りやっぱりこういう事は人気に左右されるんだなあと実感したものでした。それでもマヤの元彼氏の里美さん、ヘレン・ケラーでのライバルだった金谷さん、マヤからテレビ界の役を奪ったのりさんなど人気が低すぎて2度と登場できない登場人物達に比べれば脇役としてでも、今でもまだ出番があるだけマシですけどね…ゴフッ!

 源造…「奥様、生活の事は心配なさらないで下さい。奥様お一人の生活の面倒位この源造が働いて何とか致します。」

夫でもないのに何でそこまでするの!?(「昔、付き人だっただけのお前にそこまで甘えていいのでしょうかねえ…?」と口先では殊勝な顔をしながら、しっかり金を貰っている千草も千草)と働いてその金を全部彼女に貢いでいる彼に驚かされてしまいました。そんな事をさせるから「パトロン疑惑」だの「秘密の関係」だの色々言われてしまうのではないかと過去に書かれた週刊誌の記事の内容(「なんていかがわしい書き方をなさるの!?」「金を援助して貰っているのは事実で根も葉もある噂じゃないか!」)と合わせて千草にツッコミも入れてしまったものです。昔は政治家も愛人に対して家を与えたり「最後まで面倒を見る」という姿勢を取っていた(本妻は別にいて「結婚はしない日陰者」という立場ではあってもあくまでも第2「夫人」として一緒に年を取る、面倒を見るスタイルを貫いていた。飽きたらポイ捨てという人情味の無い形式になったのは実は最近の話。)ので人情に厚い時代背景を考えるとこういう関係も有ったのでしょうか?ともあれ、まずはあなたが働けよ(劇団のメンバーだって全員バイトして自活しているというのに。)と男の世話になるだけでちっとも自分で働いていない月影先生に「…。」と思ってしまいました…ゲフッ!(その後、入院費その他を出してくれたのも紫のバラの人こと速水真澄という「男」ですしね…ゴフッ!)

アナスタシア倶楽部③

2010.04.16
 ①②巻の、今でもなお支持されている「アナスタシア皇女=アンダーソン夫人」説(あんまりその数が多いので、危うく私も信じそうになりました。「いやいや、廊下に出るのにも許可がいるあの状況の中でどうやって脱走が可能なのさ!」と思い留まりましたが。)とは反対にいくら調べても支持する人達が見つけられない(すなわち歴史的根拠は極めて低いということでは…ゲフッ!)チャイコフスキー×妹アレクサンドラ(カップリングにするなっての!)のお話です。そんなわけなので、信じてはなりません。

 ③巻~チャイコフスキー編~
 ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー…コレラ(米のとぎ汁のような下痢を数十回繰り返し、主に脱水症状で死ぬ。)生水入りの水を夕食に飲んで4日後に死んだとありますが潜伏期間1日を差っぴいても2日半で死ぬのは早すぎる…とは思いませんか?挙句、彼の葬式では手や顔に触ったりキスしたりという伝染病患者の死体にしては危険すぎる接触行動をした参列者が大勢いたそうです。(危ないよ!皆!)このことから彼の死因はコレラでは無い(しかしコレラ流行に乗じて死んでもらう必要があった。)と推測することができます。
実はチャイコフスキーは奥様がいた(しかし新婚旅行後すぐに別居し、2度と会う事は無かった)くせにホモを直すことができずに甥っ子のウラジミール(ボビークと呼んで神格化するほど、お気に入りだったらしい。)従者等々次々に手を出していたそうです。そしてある貴族の甥にまで触手を伸ばしてしまい、怒った貴族が「訴えてやる!」と公にしようとしたのをチャイコの友人が極秘会議を開き「事前に自殺して秘密を封印してくれ。」(死んだ人間の恥は黙っててくれるようにと貴族の情に訴えるから。)と決断を下した…のが真相らしいです。死因は砒素による毒死。4日前にウラジミールと一緒に居たのも生水を使ったワインを飲んだだけで、他数人の美青年と一緒に(ハーレムかよ!)最後の晩餐を味わっていただけのようです。
もちろん、「解釈の一つ」(一応、「他の女に見向きもせずに一生子供を残さないで死んでしまった」のは確かなので。)としてチャイコフスキー×妹の禁断愛もありだとは思うのですが…それにしたってコレラの症状(死ぬまで何日持つか、死体はどう扱われたのか等々。)位しっかり調べておくべきでしたよ!さいとう先生!

 妹・アレクサンドラ…チャイコフスキーが「くるみ割り人形」を作曲してる時に死にました。それだけです。(それだけってお前…。)

 婚約者・デジレ・アルトー…有名なソプラノ歌手。チャイコフスキーとは婚約までした(彼女にピアノ曲「ロマンス」を捧げたりと、すっかり魅せられていた。)仲でしたが、周りからの猛反発に合い(おとなしく家庭生活に収まる女性では無い→チャイコフスキーが髪結いの亭主のようにあれもこれもするようになる→作曲活動に支障!…と彼女の母親まで賛成しなかった。)デジレの方から身を引いたそうです。(そしてデジレは一緒に公演を回ったバス歌手と電撃結婚。)その後、チャイコが彼女の公演を見に行き、聴きながら涙を流していたという逸話まであります。…が、この話には影も形も出て来ませんでした…ゴフッ!

 妻・アントニーナ・イヴァノーヴァ・ミリュコーヴァ…チャイコフスキーに「お会いしてくださらなければ自殺します。」という熱烈なラブレターを送り、チャイコが「君の気持に応えることはできない。」と断りの宣言をしたことがきっかけで付き合い始め(ええぇ!?)彼女の一途さに「ホモの苦しみから逃れるには結婚しかないのかもしれない。」と式を挙げたそうです。(結婚の理由がそれというのもどうかと思うが…ガフッ!)しかし、彼女は「高名な音楽家」の肩書きに魅かれただけでチャイコフスキーにも音楽にもまるで関心のないふしだらな娘(要するに有名人とすぐ関係したがる尻の軽い女に近い。)で、新婚旅行直後チャイコフスキーがモスクワ川で入水自殺未遂までしてしまうほど2人の仲は上手くいかず、周りの人間が心配して引き離し、その後別居状態のまま2度と会うことはありませんでした。(しかしアントニーナが自分は他の男の子供を3人も産み捨てて孤児院に入れてるにも関わらず、頑として離婚を認めず、結局一生籍は抜けなかった。)
さて、そんな奥様ですが、やっぱりこの話には影も形も出てきませんでした…ゲフッ!

 現代版・ウラジミール…甥っ子ウラジミールの子孫なのか、はたまた他の目立たない6人兄弟のうちの誰かの子孫なのかは不明なチャイコフスキーの親戚。(注・この話はフィクションです!)音楽家という文化系のイメージな先祖に反して体育会系のバレエダンサーになってました。(個人的にはわずか数代でバレエ界のトップに立てるほどの遺伝子を築けるかが大いに疑問。いくら頑張ってもその世界の頂点というのは生まれ持った素質も無ければ無理だと思うんですが…我々一般人がオリンピックに出るのに無理があるように。)
主人公のカムイちゃんにも男のタクトにも手を出している辺りどうやら彼は両刀使いらしいです…ゴフッ!(しかも本命は2巻で死んだ皇女の息子らしい。そう考えると皇女の養子になりたがってたのは単に金の問題だけでもなかったのかもしれない…ガフッ!)人前でも堂々とキスしてる辺り、パパラッチが彼の選手生命を終わらせるのもそう遠い日ではないでしょうね。(遠い目…。)

花音

2010.04.15
 聞いた所によるとストラディバリウスはやわらかい音が、ガダニーニは激しい音が出るそうです。(なのでメンデルスゾーンなどの優しい曲はストラディバリウスの方が適しているんだとか。)これらのバイオリン名はどっちも作った人の名前であり(なので「新しいストラディバリウス」が出てくることはあり得ない。ブランド名ではないのです。)作った年によって数千万~億の単位で値段が違うそうです。(電子顕微鏡で見るとバイオリンを作った木に空いている細かい穴の数が違い、それによって音色が変わるんだとか。)また楽器は弾いたり手入れしたりしていないと劣化する物なので作中のようにガラスケースに入れて飾っておくだけというのは最悪の扱い方に当たります。作者さんはその辺を分かっていなかったのか、分かっていてのイヤミだった(三神のひねくれた心を表現した)のかどっちだろうとちょっと考えてしまった私でした。
 ちなみにこのストラディバリウス、ガダニーニ達は持っている人が全部登録されており、欲しい人はその相手に交渉して売ってもらうしか手に入れる道はないそうです。

 林花音…天童「三神も花音のお母さんも、皆がお前を愛してて精一杯の真実を見せたんだ。それだけじゃ不服なのか!?」

不服です。問題は三神が花音を女として愛していた真実、お母さんのお相手(実の父親)が14才だった三神当人だったという真実をそれぞれ最悪のタイミングで見せてしまったことだったんですから。(真実だから必ずしも勝っているとは限らない。)という訳で本作品の主人公でもある天才的なバイオリンの才能を持つ少女…ですが「自分はバイオリンで大成するんだ!」という音楽業界で生きていくのに必要不可欠な野心が決定的に欠けている(そりゃ才能の限界を感じて上へあがれないと苦しむ天童の気持ちは理解できないでしょうね。)ので、ジャンルは音楽系なのに「ピアノの森」のような音楽家物(コンクール物)とは違ってしまっている作品です…ゲフッ!目立ったコンクールや表舞台に立つのも「父親探しの為」という餌に釣られての話(なので探す為に勝手な外出行動を取ること多数。フォローする三神はいつも大変です。)であって、それで才能だけはあるのだから、本職のバイオリニスト達には恨まれそうな女だなあと思ってしまったり…ゴフッ!バイオリンの才能以前に表舞台に立つことに興味がない子なのだから世界に出ずにモンゴルの片隅で好きな音楽を弾いていた方が本人にとっては幸せだったように思えてなりません…。(その後の父子相姦の悲劇を思うと特に。)

 三神弦(GEN)…三神「俺の魂まで表現しきれる人間は花音しかいない。その為の出会いだったのだと思いたい。」

それは普通に親子として出会っても達成できるはずの事象であって、ちゃんと知らせなかった母親の罪ここに極まれりという感じを受けてしまいました。(むしろ親子として出会っていれば2人は今も笑って過ごせていたはずで音楽以外に受け入れてくれる場所が無い所まで実の親子を追い詰めてしまった雅楽さんの身勝手な生き様が憎いです…。)妾の子として生まれ、音楽の才能以外の物(人格)を認められなかった事で性格が歪み、初恋を父親が引き裂いたことで「暖かい家族なんて所詮幻想。自分には無縁だ。」とますます人間不信が進行してしまっていましたが…14才の息子を毒牙にかける女がいたら父として遠ざけて当然だと思うのですが…ゲフッ!(むしろ遠ざけない方が問題有りだろう。)この物語の悲劇って全部雅楽さんが原因ですよね…ゴフッ!

 川原天童…物語的には花音と天童のラブロマンス…なのですが天童のキャラクター的魅力が(花音の中で)全く三神に匹敵していないという致命的欠陥から話の構成上完全に失敗しているような気がします…ゲフッ!三神や花音の才能の前に所詮自分は凡才止まりだといじけて逃げてばかりで、花音にプッシュし出したのも三神が父親で2人が結ばれない仲だと分かってから…この経緯を見てもいい奴なんだけど正直しょうもない男だなあとも思えてならなかったり…ゴフッ!最後も花音は相変わらず三神にかなりよろめいている状態で(そして天童のプロポーズも断っている。)三神×花音の芸術的官能美の前に天童はますます旗色が悪い様子で(そしてまた会場から逃げ出す。変わらない男だ。)正直微妙なラストだと感じてしまいました。あの後花音が天童と結婚まで進むかも未知数ですし(ここまでズルズル来たら一生「いい友人」で終わってしまう可能性もあると思う。)側にいるだけの男で終わってしまっていませんか?

 マリア・フォン・ローエ…マリア「お母様を抱いているその汚い手で私に触れないでよ!」
三神「体の弱い君をいたわりたい。優しくしたいんだ。」
マリア「触るな、ボブカット野郎。」

下僕を自称しながら主人に襲いかかっちゃダメでしょ(耳に他の女の噛み跡つけて言い寄っても説得力無いよ。)と思わずツッコミを入れてしまいました。ほとんど政略婚状態で三神の妻となったマリア(思えば三神×花音のカップリングは父子相姦の上に不倫の要素があるんですね…ゲフッ!)でしたが三神に対しては元々好意を持っており(しかし娘らしい潔癖さで親子丼になるのは嫌だった。)潔癖さから夫を遠ざけているうちに三神は花音とデキ上がってしまっていました。母親と別れた後は歩み寄ろうとしていただけあり、正直単なる悪役で終わらせたのはもったいないキャラクターだったなぁと思ってしまったり…。三神と花音の関係は音楽の中だけで昇華できるもの(だから互いが特別な存在でありながらも、地上での恋はそれぞれ別のパートナーと紡いでいく。)というテーマがメインなら、むしろ別れさせないで上手く立ち回らせた方が説得力があったと思うのですがね…。

 林由布子(雅楽)…三神×花音の父子相姦より花音と母親の親子丼(雅楽×14才三神の犯罪恋愛。)の方が生理的に遙かに気持ち悪いのは何故でしょうか…?花音の父親探しの苦労(と、そうとは知らずにいたせいで実の父親とデキてしまった悲劇。)はそもそもこの人がさっさと父親の正体を伝えていれば起こらなかったはずの出来事で(死亡時も「あたしは父さんとの事を反対されてこの国に逃げてきた…。」と長々と自分の苦労話を語らずに父親の名前という本題から入ればいいものを…どこまで自分の事しか考えていないんでしょう?)この人のせいで苦労した周りの人々の迷惑を考えると母としても女としても共感はできないなと思ってしまったり…ゲフッ!(国に残された妹も色々言われてて可哀想。)父(三神)とは真剣に愛し合ったと言っていました(花音談。)が1夜限りの関係の後、本名も教えないまま行方を眩ませたら誰だって「遊ばれた。」と思うでしょうし、子供ができても知らせずにズルズル19年も放置していた(父親の三神が当時子供だったのがその理由なら、20過ぎて大人になってからちゃんと知らせればいい話です。)のもだらしなさ過ぎるように思えてなりません。外国に逃げたこの人は何も言われずに済んで楽でいいでしょうけど登場人物の皆が必死で真実と向き合って乗り越えている様を見るとズルイ生き方だなと思えてならなかったり…ゴフッ!実の娘を男と同じ部屋に鍵かけて閉じ込めるのも貞操観念的にどうなのかと思いました…ガフッ!

 余談…寒い冬の高原ではモンゴル人は体を温める為に一晩中強い酒を飲み明かす(だから飲み屋の娘である自分はアルコールに耐性がある。)と主人公が言っていましたがこの主人公、まだ19歳です。一体いくつから酒を飲ませていたんだと母親の育て方に再度疑問を持ってしまいました…ゲフッ!(先祖代々酒に強い人種と違い日本人は遺伝的に酒に弱い人が多いです。少なくとも日常的に酒を飲んでいる世界レベルには達していません。)

魔王ダンテ

2010.04.13
 デビルマンの前身となった作品だそうです。雑誌が廃刊になったことで人気と関係なく強制終了となった話なのでファンの私としては残念でたまりません。(何故か兄貴の居場所を確信してしかも当たっている妹の不思議な能力や、倒したゼノンが警戒を促した「アダムとイブ」の存在、父・宇津木康介が神と呼ばれる所以など、未処理の伏線が山ほど残ってますよ~、永井先生。)続編「デビルマンレディ」にもチラッと彼は出てくるそうなのでどんな登場になるのか今から楽しみです。

 ダンテ…封印を解いて助けてあげたのにその相手を殺して食おうとするなんて嫌な奴…と思いましたがあれは本来のダンテの性格でなく紀元前に「体を預けた」ユダの性格らしいです。(その時ダンテの魂は涼として未来に転生している。)なので体の元々の持ち主である涼(ダンテ)が消え去らずに(ただの拝借人であるユダの精神を消し去って)怪物体と同化するのは当然の結果でもあった…んでしょうね。それまでの夢を通したテレパシーもユダが呼んだからというより体と魂がシンクロしていたのが大きかったのではないでしょうか?(滅茶苦茶ピンポイントにテレポートに成功してるしね。その時点でユダは「今までの人間とは違う。」と疑問を持つべきだったよ…。)前世版(合体前)では近未来風の服(恥ずかしい全身フィット服。)が妙に似合っていたのが印象的でした。同じ家にいた辺りメドッサは同棲(以上?)の相手だったんだなあと勝手に含み笑いをしながら読んでました。

 宇津木 涼…リョウという名前からデビルマンの某メインキャラを連想してしまう主人公。前世の記憶を無くしただけで性格は以前と同じというダンテの魂の持主です。(ということはデビルマンの主人公と違って人格の消滅はしなかったんですね。)アニメ版では悪魔の血を引く夫婦の遺児で宇津木夫妻とは血の繋がりは無かったという設定(そして「神の為」というお題目の元に凶行に手を染める宇津木父に嫌気がさして家出したとか。)でした。(と、ネットに載ってました。アニメ自体は見てません…ゲフッ!)ダンテ(ユダ)に半身をちぎられ殺されかけても「死ぬもんか…!」とど根性を見せていた辺り前世と同じパターン(前世でもここで驚異の合体パワーを発揮している。)だなあと性格の一致に妙に納得してしまいました。残って良かったね、涼君。

 メドッサ…ギリシャ神話に出てくるゴルゴン三姉妹の1人メデューサから取ったと思われるヒロイン。神話のメデューサは元々は美しい少女だったのですが、神殿で海神ポセイドンといけない事をしたせいで女神アテナから呪いを受け髪が蛇の恐ろしい顔をした醜女に変えられてしまいました。挙句の果てにその顔を見て恐怖を感じた者は石に変えられてしまうというおまけつきです。(なので「愛してるから平気よ。」と言う彼女の姉さん達は見ても無事でした。)この話のメドッサも蛇を思わせる髪といい、相手を固形物(話では石でなく氷でしたが。)に変える力といいやっぱり神話から取ったんだなあと同調具合に面白さを感じていました。2千年生きてきた割には全く老けていない(秘訣はなんですか?)彼女が凄いです。

 サタン…言葉だけとはいえ「了」の存在があって嬉しかったです…!
話ではサタニストの生贄の儀式としてニワトリの血を全身にかけた女性の心臓を取り出す(ベルセルクでも邪教徒にポワポワの髪の娼婦のお嬢ちゃんが心臓を取り出されそうになってましたよね。アレです。)というのがありましたが、幼児虐待で数多くの本を書いているトリイ・ヘイデンの本(悪魔信仰に熱心な夫婦の元で育った少女の記録を書いた本もあったのです。)によると黒猫の血を全身に掛けられて輪姦されるものであったり、殺す人間にしても出生届を出さずに戸籍上は存在しない人間を用意した(で、その少女の目の前で殺されたそうです…。)など知恵を使ったやり方も(その知恵はそんなおぞましいことに使わずに他の所で役立てて下さい。)用いていたそうです。ともあれ話の生贄に選ばれた女性が無事(…だよね?)でホッしました。人間体の涼がダンテ復活の生贄になってしまった(喰われたってことは、そういうことなのでしょう。)ことで女性の方は必要なくなったみたいです。

けっこう仮面

2010.04.12
 月光仮面の大ファンだった永井先生が川内康範先生に許可を貰いに行ったところ快諾してもらった(川内先生、太っ腹すぎ!)為に読み切り掲載→「月刊ジャンプがまた載せてくれるなら次こそはけっこう仮面の正体を暴いてくれる!」というサタンの足の爪の言葉から(?)連載開始→実写映画化(映画化していい内容なの!?しかも実写で!?と事実を知った時は驚いた。しかもシリーズ化してる事を知ってさらに驚いた。ちなみに当たり前の話だがR指定映画である。)にまで至ったパロディ作品。(タイトルだけね。)私はツボにはまって大笑いした話でしたが、読んだ人間は笑うか激怒するか評価は2極分化するだろうことは察せられ(永井豪作品って良くも悪くもいつも評価は真っ二つに分かれますよね…。)不買運動まで起きた経緯が分かる気がしてしまいました…ゲフッ!

 けっこう仮面…確かに正体がバレたら終わってしまうな…別の意味で(人生とか社会性とかその他諸々が。)と思ってしまった顔を隠して肉体は隠さない本作品のキーパーソン。普通は隠すべき所が逆だろ!とその格好からしてツッコミを入れてしまいました。結局の所結花千草、夏綿けい子先生、面光一、若月香織先生、紅恵全員がその正体で(姉妹で体つきが同じという事を利用して)時と場合に応じて交代していた事が分かりましたが…分かったから顔をさらしたままその格好はお辞めなさいとラストシーンに再度ツッコミを入れてしまいました。映画ではすっぽんぽん戦隊と銘打ってあり、第1作目ではクライマックス時にマントまで脱ぎ捨ててしまった(それ以上脱いでどうするの!?)そんな大胆な主人公です…ゲフッ!

 高橋真弓…有名高校進学率100%の寄宿制中学校・スパルタ学園(ネーミングも設定もごっついなあ…。)に籍を置く中学1年生。日夜過剰な体罰(という名のセクハラ)が多い学校ではあったものの、彼女のピンチには必ずけっこう仮面が登場することから目をつけられ事あるごとに仕置き教師達から辱めを受ける羽目になっている思えば損な登場人物。女子中学生にこんなことしてる漫画じゃ顰蹙は買ってしまうよね、と不買運動が起きる理由が分かる気もしました。(最ももっとエグイ漫画だってこの世には存在するわけで、永井先生作品だけ不買運動を起こすのは間違っていると思うけど。)有名高校に入れれば娘の貞操や恥の概念はどうでもいいのか親御さん!?と教育ママの、自分の自慢の為に子供の人生を犠牲にしている現実を皮肉った作品…とは違うな、この話は…ゲフッ!

 悪役…下下下の下太郎など有名作品のパロディが多く力尽きる際には「●●先生ごめんなさい。」とちゃんと原作者に断りを入れてから事切れる、思えば礼儀正しい悪役達です。(…礼儀正しいのか?)色々芸が細かいな、永井先生と登場ごとに笑いながら読んでいました。

 サタンの足の爪…それ、本名?と親のセンスに言葉を失ってしまいそうなスパルタ学園の学園長。そういえば昔「化け物みたいに強い子になってほしいから」と「悪魔くん」と名前をつけようとしたトンチキな親がいたなあ~と、どうでもいい記憶までフラッシュバックしてしまいました。けっこう仮面達が恥ずかしい思いを我慢して頑張ってくれたおかげで(しかしあの格好の他に方法は無かったものだろうか…。)スパルタ学園は見事取り潰しになったそうですが有名高校進学率100%ということはやはり魅力なのか、その後再興したらしいです。(ダメじゃん!)

キューティーハ二ー

2010.04.11
 アニメ化、リメイク化もした有名作品。(特に主題歌はアニメ史上最も有名な主題歌の一つで見たことのない人も知っているほど。)アニメ放映翌日に女王様になりきった女友達に「ゴム縄でぶたせなさい!」と苛められた事があると大槻ケンヂが自著の中で書いていました。(それがトラウマになったのかどうなのかはともかく忘れ難い経験には違いないようで「あの作品に影響されてボンデージスタイルに目覚めてしまった女性もいるだろう。」と著作の中でしばしば語られている。)そんな訳で30年後の「Cutieハ二ー」の内容も交じえつつ語っていくことにします。

 如月ハ二ー…「ある時は●●、またある時は●●、しかしその正体は…。」

というセリフで有名な空中元素固定装置が搭載されたアンドロイド。(なのであのハートのボタンだけ奪ってもダメらしい。)リメイク版アニメではシルエットだけ(服を破かれても肝心な部分は隠されている。)で済んでいますが漫画では思いっきりすっぽんぽんで、相変わらず賛否両論キッパリ分かれる作風だなあと改めて実感してしまいました…ゲフッ!エネルギー切れの際には公園で弁当を食べようとした人の前に全裸で登場し、驚いた相手(そりゃ、驚いたでしょうねぇ…。)を気絶させて弁当を奪った経緯がありそれでもあなたは正義の味方なんですか?と思わずツッコミを入れてしまった主人公です。アンドロイドという体組織のおかげで30年後もそのままの姿でしたが30年以上決着がついていなかったことにいくらなんでも話が長すぎだろ!とそこでもツッコミを入れてしまいました…ゴフッ!

 早見青児…リメイク版アニメではハ二ーの夫にまで格上げされ(過ぎ)ているものの原作ではただのパートナーで終わっているしょぼいエロ青年。ハ二ーに子供まで産ませた挙句に結婚したという美味しい展開はアニメ版のみのものでした。最も30年後に轟刑事に役どころを奪われる身としてはその方が良かったのかもしれませんが…ゲフッ!

 轟わたる…2代目の若手男協力者。早見君もそうですがハ二ーの胸を触ったりとセクハラをよく行っており、そのせいか人前で自ら進んで全裸になるハ二ーの性格破綻の原因(…サービスか?)が分かる気がしました…ゲフッ!(ああすれば男は喜ぶと学習してしまったんでしょうね。喜ぶことには違いないでしょうが女性として大切な物は無くしてしまっているような気がします…ゴフッ!)社長自らそんな恰好をして世間で叩かれたりしないのかなとも心配になってしまいました。喜んでばかりいないで一般女性に必要な羞恥心もちゃんと教えてあげてください、轟君。ラストシーンまですっぽんぽんじゃないですか!

 パンサークロー(シスタージル)…30年後に至っては瞬時にダイヤモンドや拳銃、パラシュートまで生成していたハ二ーの能力からも分かるとおり彼らにとって空中元素固定装置は「あらゆる物質を生み出せる宝の山」であり財閥を築きあげるほどの利益を生み出せた実績からもつけ狙う理由が分かります。だったらハ二ーに取り入ってねだる方が確実と思われるのに黙って言う事を聞いてくれない人格が邪魔だから殺してしまえという勝手な考えに至るからファンだけでなく命まで失ってしまうんだよとツッコミを入れてしまいました。そんなわけで今度こそ本当に死んでしまった敵役です…ゲフッ!

 余談…敵役としてけっこう仮面まで登場しており(読んだその時はまだけっこう仮面の存在を知りませんでした。)その格好にこんな登場人物がメインキャラの映画撮影はありえないだろと笑ってしまったので…現実に映画化されており、しかもシリーズ化していた事実を知った日には度肝を抜かれた思い出があります…ゲフッ!

池田理代子短編集③

2010.04.10
 相も変わらず悲劇の連続の短編集です。恋愛および結婚に後悔している女性(セイリング)や仕事一筋で婚期を逃してしまった寂しい女性(ウエディングドレス)が描かれていますが、これは離婚したり仕事に生きて男っ気が無かったご自身のご経験と重ね合わせた部分もあるのでしょうか?(不倫する位だから男っ気はあったかもしれないが。)と池田先生本人の人生を知ると色々微妙に感じるお話陣です。才能があることは認めるけれども人格・性格面は難ありに思えてならないお方なのであんまり共感はできませんでした…ゲフッ!

 雨あがり…殺人犯の母親(お手伝いさん)と暮らすことになった少女の成長物語です。いくら殺人犯でもそれをしたのは息子という別人で20歳を過ぎていたらもう親が影響を及ぼすという年でもないだろう(いい年をした人間がなにもかもを親の教育のせいにして責任逃れするのは間違っている。)という理屈は偏見の前には無力です。そこを乗り越えて心を通わせたお手伝いの絹さんが亡くなったきっかけが芹子の不注意(好意から作った腐ったメロン入りのフルーツポンチ)と知ったら芹子はきっと悲しむ…どころかトラウマになりそうな気がして思わず言葉を失ってしまいました…。しかし元々風邪で寝込むほど体調を崩していた所に追い打ちを掛けられた形だから原因はフルーツポンチだけじゃないよと言いかけてそもそも風邪をひいたのは失恋した芹子に付き合って雨の中長いこと立っていたせいだったと気づき死因の全ては芹子にあったことに絶句してしまいました。「それも人間の運命なんでございましょうね。分かってはいても胸が潰れそうですよ…。」という絹さんの象徴的なセリフも合わせて思わず涙してしまう、そんな切ないお話でした…。

 セイリング…典子「あの頃の私にあと少しの勇気さえあったら…。」

と雑誌で元・恋人を見つけて「惜しいことしたなあ。」と後悔に明け暮れる典子さんですが、それは今の「その後成功した彼」を見て初めて言えることであって将来の展望の分からないあの頃の(もしかしたらプイっと自殺してしまうかもしれない)香山さんの事は多分何十回やり直しても選ばないだろう事は目に見えています。結婚に関して「誰かの元に嫁ぐ事は束縛されに行くって事だわ。」と男尊女卑を体現した婚約者の犠牲になる自分に同情していますが、その後他の男と関係して婚約者を裏切ったこの人はもはや被害者とは言えないですよね…。好きな男とヤルだけヤッて結婚は人生が約束された公務員とするというしたたかさに「その時の最高の条件」を選ぶだけ選んで味わったでしょ、貴女は!と思わずツッコミを入れてしまったものです。「あの時頑張っていれば今よりも美味しい思いができたのに…!」と悔し涙を流しても全ては後の祭り…ですよね。

 クローディーヌ…!…ローズマリー「あなたが大西洋を渡って逃げていくというのなら私は泳いででも追うわ。」
クローディーヌ「大西洋じゃ数分と持たずに凍死しますから!残念!」

最もこれは北大西洋航路に限った話ではありますが…。(かのタイタニック号が沈没して大量の凍死者が出た事件は有名。)
まるで現実にあった話のように随分緻密でしっかりした作りとなっている話だなあと思ったら精神科医メダルト・ボスの書いた「クローディーヌの場合」という実例そのままに漫画化しただけ(エピソードも医者の述懐もそのまんま引用している。)というオチがありました。(池田先生自身は解釈はオリジナルなので自分の作品だと言い張っているそうですが…。)恋人関係になりながらも兄の方に魅かれていくシレーヌに結局恋愛は肉体を超越できないのかと悩んだクローディーヌは彼女に心中を提案したそうですが、ご承知のように彼女は兄貴の方を選んでしまいクローディーヌは一人寂しくピストル自殺をして果てました。つまりクローディーヌはやり直すつもりなど無く愛していると言うなら自分の為に死んでくれと彼女に持ちかけていた訳で原作を知って生きる道を選ぶ為に裏切ったシレーヌが初めて少しだけ許せた覚えがあります。遺書には「愛する人よ、幸福であれ。死は私に貴女を永遠の世界の中で見出す道を教えてくれるでしょう。」と残してあり、真の男性でさえかくは深く1人の女性を愛せないだろうという医者の言葉通り漢らしく潔い人間だったんだなあ、と改めて感じました。原作があるだけあって傑作と言える話です。

 ウエディング・ドレス…徳子「5年も一緒に暮らしたって結局は親友より身内なんだね。」

そんな性格じゃ彼氏や親友に振られても仕方ないよ(むしろ美也子は5年間もよく耐えてきたと思う。)とツッコミを入れてしまいました。「美也子は自分の毒舌にはもう慣れっこになっているはずだから傷ついてもいないだろう。」と好き勝手に自分の気持ちをぶつけている徳子さんですが、その後見合いの件で責められた際に涙を流している辺り美也子さんは毒舌に対して何も感じなくなったわけではなくて単に平気な振りをするのが上手になっただけというのが分かります。(「幸せになるのが上手」ではなくてダメージの誤魔化しと相手への気配りができる人間だから男にも好かれるという事なんです。)徳子さんの場合は口を開けば皮肉と自嘲の連発で(あまつさえお客さんにまで「背ばっかりヒョロヒョロ高くて出るべき所ちっとも出てないじゃない。」と女性に対して非常に失礼な事を言っている。)いちいちフォローしなければならない周りの人間はきっと疲れるだろうなとむしろ周りの人達に対して同情してしまいました。「悪気の無い無邪気な笑顔で他人を鋭い刃で傷つける人達…。」と評していますが徳子さんが事あるごとに皆にぶつけている毒舌に比べればこの人達の不可抗力的事象は可愛いものだと思います…よ?(仕事はできるけれども人としての性格は悪いですよね、徳子さんて…。)

浅黄色の風

2010.04.09
 5年ほど前に大河ドラマでもやっていた「新撰組」の沖田総司の話です。(ちなみにドラマの主人公は近藤さんでした。)ちょうどそのころ大学の創作ダンスでのテーマが「新撰組」になった(楽しいダンスでした…ゲフッ!)事もあって感慨深い思いがこの組にはあったりします。読んでる途中でその時代が好きな弟に横からかっさらわれて読まれたこともあり思い出いっぱいの本です。(本嫌いな弟にしては珍しい。コミックスまで集めていた「るろ○に剣心」の影響まであってその時代の話が好きなんだそうな。)以前よしみつさんにも新撰組関連の本(こっちはタイトルは忘れてしまったが土方さん主人公の話。彼が「やさしい」ようにはどうしても見えない、と熱く語り合いました。)を借りたこともありお返しの意味合いも込めてお貸ししました。(そういえば借りた本の続きはどういう展開になったんでしょう?まあ、とっくに土方さんには女として幻滅してるんで、あまり興味は湧きませんが…ゴフッ!)
 というわけで新撰組です。一昨年の大河ドラマ「篤姫」(彼女の夫13代将軍家定、義理の息子14代家茂死後、将軍家VS維新政府の戦い(後の戊辰戦争。)で15代将軍慶喜について「旧幕府側の賊軍」として徳川将軍家を守る為に戦っていたのが新撰組です。慶喜はそんな新撰組の皆を置いてとっとと江戸城に逃げてしまいましたが…ゴフッ!)今年の大河ドラマ「龍馬伝」(新撰組の脅威となった薩長同盟を締結させたのはこの人。)と同じ時代に生きた人々のドラマなのでリアルタイム感もあって良いなあ…と思わず貸すリストに入れてしまいました。並んで見てみると時代が良く分かって面白いです。

 沖田総司…本作品の主人公。4歳の時に父親(勝次郎)が死に、母親とも死に別れていたせいで姉夫婦(沖田家は姉・みつが林太郎という婿を取って相続している。)に育てられました。しかし苦しい家計の事情も察して9歳で試衛館の内弟子(師匠の家に住み込んで手伝いをしながら腕を磨く弟子。)になっています。作品では「美少年」として描かれていますが新撰組が1番最初に滞在していた八木家によると「ヒラメ顔の色黒男」(不細工)だったそうです。(天才剣士の腕前と早過ぎる死に様から「儚い美少年」の虚像が一人歩きしてしまったらしい。本当の美少年は「(当時としては)背が高く、色白で引き締まった顔」をした土方歳三の方だったとか。)攘夷派の蜂起を未然に防いだ池田屋事件(本来は攘夷派の捕縛が目的でしたが、逃げたり斬りかかってきたりの人があまりにも多くやむなく斬殺したそうです。)で喀血したとありますが、彼はその後も新撰組の仕事をしたり山南さんを連れ戻して介錯までしてるので(喀血するほど労咳が進行してる者が、戦ったり、山南さんを追いかけて馬で遠乗リをするのは無茶。)発覚(喀血)したのは鳥羽・伏見の戦いを行っていた辺り(彼はこの戦いに参加していない。)らしいです。最後は話の通り江戸千駄ヶ谷の植木屋の離れで療養しており、そこにいた黒猫を斬ろうとして何度も失敗し自分の衰えを痛感しながら「ああ、斬れない。ばあさん(介護者。)俺は斬れないよ。」嘆きながら死んでしまった、とあったので、そんな悲しい死に様じゃなくて少しホッとしました。彼の人生において目立った女性の姿が見られない辺り(光縁寺の過去帳に沖田家縁者の記録があり、石井秩(おちずさん)という子連れの未亡人との間に1女をもうけたとされるが決め手には欠ける。この沖田家縁者は名字だけが同じの沖田承之進ではないかとも言われている。)そっち方面では真面目で真摯…というより、周囲の人間を意識することは知ってても、まだその中から異性を選び取って意識することはできない子供のまま死んでしまったように思えます。(試衛館時代も岩田コウから「結婚して下さい。」と逆プロポーズされたのを「修業中の身ですので。」とあっさり断り、自殺未遂をされたという逸話もある。)儚い死に様、周りの人間との別れの無情さが切なく思わず胸が苦しくなった話でもありました。

 松葉(お松ちゃん)…完全なオリジナルキャラ。沖田総司は何度か(数える程度)女を買ったことはあるようですがそれは女目的というより友達に付き合ってということが大きかったようで土方や近藤のように花柳界の女性の影は見えない(いわゆる「お気に入り」はいなかったということ。)そうです。(なのでこの話のように女郎屋に足げしく通うこと自体があり得ない。)明里もそうですが客に本気になってしまう(吉原のしきたり「粋に遊ぶ。」ことには反している。)のは百歩譲って認めるとしても、自分がみじめな思いをしてるのも、恋が実らなかったのも全ては男に原因があるからという考え方はどうかと思いました。(貴女達はそれでもプロなんですか?)逃げるにしても好きでもない男を巻き添え(に、するためだけ)に利用して逃げる辺り卑怯だと感じてどうにも好きになれなかったキャラです。(むしろ純情な気持ちを利用されて死と神一重の旅に連れ出されたつね造さんの方が哀れ。お1人でお逃げ下さい。)最後に会いに来ていましたが(夫に黙って他の男の元に会いに行っていいのか?)それもお礼を言いたいというより逃げた自分の罪悪感を帳消しにしたい理由の方が大きいのではないか(金を置いていった沖田総司と、逃げる為に気持も無いのに道連れにしたつね造さんと、彼女は2人の男を体よく利用したことにもなる。)と思え相変わらず自分本位な彼女にげんなりしたものでした。(むしろ死の間際に病の苦しさを隠して彼女に気を使っていた沖田さんの方がけなげに感じる。)隣で沖田さんが死んでるのに何も気づかずに猫と遊んでる(気づけや、松葉!)彼女に思わずイラついてしまったのも記憶に新しいです。せっかくのオリジナルキャラならもっと性格のいい子を出してほしかったです…ゲフッ!

 山南敬助…総長という新撰組ナンバー2の立場を持ちながら表舞台から遠ざかってしまった人。(芹沢鴨を皆で暗殺して以来、組の活動記録から彼の名前は消えている。有名な池田屋事件にも彼は参加していません。)元々参謀的な立場だったのを新入りの伊東さんの参入で影が薄くなってしまいました。(同じ北辰一刀流の伊東さんが参課職として参謀としては格別の待遇をされたことで山南さんは幹部としての立場を失ってしまった。)挙句の果てに西本願寺に移転する(そして迷惑を掛け通した挙句、金をふんだくって新しい建物を建ててもらう作戦。)際、反対したのを幹部の主張でありながら全く取り合われなかったのが彼にとっては辛かったようです。(勤皇の志が強い山南さんは勤皇色の強い西本願寺を利用したくなかったのです。)後はこの話にも描かれている通り行き先を記した上での脱走(この時点でもう既に死ぬ覚悟を決めていたのでしょう…。)の挙句、探しにきた沖田君に自分から声を掛けて見つかり(そこまで人生諦めなくても…!)連れ戻されて隊の規定通り切腹をさせられました。明治初期まで「親切者は山南、松原。」という歌が残っていた辺り本当にいい人だったようです。(この時代を生き抜くには優しすぎたんでしょうね…。)
 余談ですが大河ドラマで堺雅人演じる山南さんが、堺さんの人気上昇に合わせて人気が出てお墓に参拝する人が増えた挙句、死んだ話は視聴者からの熱い要望に応えて1話だけ再々放送されたのは有名な話です。

 明里…明里「見受けの金を置いて行っただけで何も言わずに行くなんて冷たい男!あんまりや!」
山南さん「甘えてくれるのが(君には)安らぎだったんだろうな…。(今まで)ありがとう。」
 ピシャリ!(格子戸を閉めた音)
明里「冷てえな、会話拒否かよ。」
…もっとも本当に冷たいのは死ぬ間際の人間にまで自分の感情をぶつけることしか考えてなかった明里の方だと私は思いましたが…ゲフッ!(今まで愛してもらうことばかり考えて相手にも色々事情があるんだという当たり前の現実を察してあげなかったのも人として冷たいと思うの…。)
明里は京都島原の天神(芸妓。)格子戸の別れで有名な山南さんの女です。(最も切腹時の記録に明里の名前は出てこないそうなのでこの女性は子母澤の創作とも言われていますが…。)大河ドラマ版では無学だが純情な子供の心を残した女性として居場所を無くした者同士山南さんと惹かれあっていった(ドラマ版明里は貧乏を理由に家族に売られた農家の娘という設定でした。本名はおすずといい明里という名前を付けたのは山南さんというほのぼのとしたエピソードもある。)のですが、この話では一転して被害者顔した嫌な女になってしまっています。身請けをされて生きているだけでもものすごい幸運(身請けされる女は100人に一人もおらず、最高級の花魁でさえすぐには買い手がつかないのが現実。そして平均年齢20位で性病その他の理由でで死ぬ。彼女達は決められた以上の客を取らないと食事さえ出ない待遇なので抵抗力も弱い。)なのに「一緒に死んでくれと言われた方が私は幸せ。」(本当にそう思っているのなら何故後を追わないのでしょう?)とその幸福を完全否定している彼女がすごく冷酷に見えました。(死んだ人間を悪く言うのも良くないと思う。「冷たいなあ。」じゃなくて「寂しいなあ。」だったらまだ共感できたのですが…。)お松ちゃんといい、本来サービスを提供する側なのに相手にしてもらうことばかり考えている彼女達(それで金をもらってるのもどうなんでしょうね…。)がどうにも好きになれませんでした。

 土方歳三…新撰組の鬼幹部。10人兄弟の末っ子としてお大臣とも言われる豪農の家系に生まれました。時計など西洋の物でも便利なものは便利と使っていた近代戦にも理解ある合理主義者にして、色男としても名高く奉公先の女性を妊娠させただの生臭い噂が1番多い人物でもあります…ゴフッ!作品中では沖田総司と仲が良いように描かれていましたが、彼とは同じ村の出身だったというだけで(歳三自身「内弟子」だったわけではなく、顔見知り程度の仲だった可能性もある。)本当に仲が良かったかは分からないままです。作品中では「人情家の癖に冷たい振りをしている」と言われ、友達に貸してもらった本では「誰よりも優しいのに…。」と謳われていましたが、新撰組の厳しい掟を作ったのは他ならぬ彼であり(実際、組での死亡原因ナンバー1は切腹である。また脱走した者を惨殺した後見せしめにしたりと非道な真似もしている。)その為には創立以来の仲間(山南さん。)でさえ掟の為に犠牲にしている所(命を犠牲にするほど大切な決まりってなんでしょう?)を見るとどうにも優しいとは思えない私だったりします。実戦でも足で砂をかけて相手がひるんだ隙に、斬り伏せたり絞殺したりと卑劣な戦法を使って勝っている事も多い(死んだ人は浮かばれなかろう…。)ので、顔が良くとも(何人の女が泣かされたんでしょうねえ…。)人としては優しいどころかかなり嫌な奴だな、と思わざるも得なかったり…します。この人は函館戦争の時分まで生き残り、孤立した味方を助ける為にわずかな兵をひきつれて出陣した所を敵に腹を撃たれて(「こいつがいるといつまでも降伏できない。」と不満を持った味方の弾とも言われていますが…。)死んでしまったそうです。

 歴史物ってその時代背景を知ることで2度楽しい読後感を味わえるのでいいですよね。

池田理代子短編集その②

2010.04.08
 最初の2話は(先行き不安だったり救いようのない終わり方だったにしても)それなりに美しい話だったのにその後の2話は「美しくない男」や「疲れ切った夫婦」などが描かれていて作風が変わったなぁ、とリアルに感じてしまった短編集です。池田先生自身も不倫したり離婚したりで色々男の嫌な面も見て男に対する捉え方が変わったのかもしれませんが、そもそも不倫するような男に美しさを期待する方が間違っている(そして「期限を過ぎてから2カ月以上も待ち続けているのよ!」と不倫相手とのやりとりを録ってテレビに流すそのやり口も怖い。)のであって人と関わる方向性を完全に誤ってしまったな、この人、と切に感じてしまいました…。

 生きててよかった!…珍しく少年が主人公の虐待物語です。不倫するのも影で2重生活するのも当人の勝手ですがその勝手ができるのはまさしく本人が生きている間だけであり大人の身勝手さに振り回される他者(子供)は哀れという話でした。(確かに康樹くんのお母さんは優しい人だったのかもしれませんが、それと同時にずるい女でもあったと思います…。)正妻の制裁(シャレじゃありません。)は苛烈を極めていましたが、それというのも10年以上も裏切り続けた挙句にしゃあしゃあと他の女との愛の証(子供)を連れてきた夫の身勝手に傷ついた気持ちの裏返しでしょうし実は話の中で1番鬼のような振る舞いをしているのはこの父親と言えるでしょうね。きちんと受け止める気が無いのなら本当に施設に入れた方が子供にとっても幸せなような気がしてしまいました…。(施設なら少なくともこの話のように死ぬほどの虐待はしないでしょうしね…。)最後に小さな救いが籠められていますがそうなる前にどうになならなかったものでしょうか?昨今の児童虐待死増加の現実とも合わせて色々考えてしまいました。

 ズライカ…ズライカとは「美しく才智溢れる女性」という意のイラン女性名です。ゲーテをハーテムとして彼が恋人マリアンネにつけた愛称でした(「西東詩集」より。ズライカ作の詩も載っています。)…が、この話のズライカは恋人が死んだ後は妄想の中に逃げ込んで挙句の果てには部屋に忍んで来た男を恋人カールに見立てて相手をした挙句に妊娠したという才媛とは程遠い女性です…ゲフッ!(むしろ果てしなく頭は悪そう。)「ズライカと僕とカール…それが運命ならもう逆らうのはやめだ。」とコンラートは結婚も実の息子との親子関係も諦めてズライカの愛の傍観者で終わる人生を享受していますが、正直そこまで人生捨てる必要は無いような気がするのですが…。コンラートの金で好き勝手に「カール」中心の生活をしておきながら彼が他の女と結婚されるのは嫌でわざわざ家の前まで子供を抱いて雨の中立っている彼女(子供が風邪をひくから巻き添えにしないで1人で立っていて下さい。)も本当に純粋に一途と言えるのか疑問の余地が多く正直ずるい女性に思えてしまいました…ゲフッ!

 聞かなかった言葉…先生に犯されたせいで人生が狂った…と山岸さんは恨みに思っていましたが厳しいことを言ってしまうと男と二人きりで部屋の中で過ごして何もないで済むと思う方が甘い(恋愛でも金銭でもこの世に美味しい話は存在しないというのが現実です。)と女としてツッコミを入れてしまいました。中絶→子供を産めない体になった事が原因で夫と上手くいかず離婚されたと言っていましたがそもそも子供は夫婦間のストレスを増すことはあっても減らしはしません。(好きで作った子供でも可愛くても育てるのは大変です。夫が去っていくのを防ぐ為に妊娠するのは赤ちゃんをこの世に迎えるのに最悪の理由であり子供がいても離婚する夫婦はざらにいます。)世界が狭いというか考え方が偏っているなあ、この人…と感じてしまいました。山岸さんがこうなった直接の原因は確かに先生のレイプだったでしょうが、その根本には世間や人間を軽く捕えていた彼女の甘さもあったように思えます…。結婚生活は子供さえいれば上手くいくという簡単な問題ではないし(そもそも子供がいなくても仲の良い夫婦は沢山いるし)離婚と先生(過去)とは無関係に思えてなりません。最後に彼女が立ち直ってくれたのでまだ救われましたが正直微妙な女性だなあと思ってしまいました…ゲフッ!

 風の情景…話のどの辺に風が関係あるのか分かりませんが30年も約束を果たそうと霊となって頑張っていた割に自分でその約束を書いた手紙を出し忘れていた(そもそも約束として成り立っていなかった。)というマヌケなオチにはもはや笑うしかありませんでした…ゲフッ!(これで手紙を託した使用人が握り潰していたとかだったら「仕方ないね。」で済むのですが…。)冷めきった夫婦仲であっても相手が別の誰かと幸せになる(そして自分は1人孤独な老後を過ごす。)のは許せないから別れずにしがみつく…というのは人間心理として分かる気はしますが、やはり美しくはないなあと改めて感じてしまった話です。結局夫に女はいなかったもののそれでも離婚したい(孤独な老後となっても一緒にいるのが耐えられない。)という辺り昌子さんはどれだけ性格の悪い妻だったのか夫の気持ちが分かる気がして微妙さを感じたのものでした。(むしろ女がいたという事情の方がまだ理由として良かったのでは…。)まあ60間際になって小説家デビューして成功したという話は聞いたことが無いので落ちぶれていくに違いない夫とは別れて正解だとポジティブに捕えて終わることに致しましょう…ゲッフン!

ガラスの仮面②

2010.04.07
 作中象徴的に使われる「紫のバラ」ですが本来バラは青系の色が出せない花でドラマ版でもくすんだピンクのような(頑張ったんだけどここまでが限界でした感を感じる)バラが使われていました。(いっそのこと造花を使ってしまえば良かったのに、花屋とタイアップでもしていたのだろうか?)という訳で、真澄さまの紫のバラデビューの巻です。これ以降、代理人からと素性を明かさないくせに贈り物を届けるパターンが定着し、手間がかかる割には速攻で届いている様に「金の力って凄いんだな」とも感動させて貰ったものです。

 「若草物語」…高敏「若草物語ってレズっぽい話だと思うんだよね。ジョーって絶対下級生の女の子食ってるでしょ。」
嘉瑞「食ってねーよ!そんないかがわしい目で読んでるのはお前だけだ!」

等々同じように「若草物語」を演じる事になったモチベーションの低い男子高校生達のBL物語「恋のからさわぎ」(ちなみにこの後「病気のべスの為に皆でお薬を買ったの。これを飲んで早く『元気』になってね。」とジョーによって飲まされた媚薬により話はとんでもない展開を迎える事になった。)が頭にチラついて深刻なシーンのはずなのに読みながら笑ってばかりいた記憶があります…ゲフッ!話はちょうど100年前、南北戦争中のアメリカが舞台の作者ルイーザ・メイ・オルコット(ジョー)による自伝的小説であり、ここで焦点を当てられている「べス」は地味で目立たない性格(とだけ聞くとあまり演じたがる人はいないように思える役柄)ではあるものの「若草物語」執筆中には既に病気で他界した実の妹をモデルとした「作者が最も愛した妹」と言われているキャラクターである事実を考えると「若草物語をやると聞いた時からべスをやりたかったのよ。」と言うさやかの思い入れぶり、悔しさにも納得がいったものでした。主役のジョー(ジョゼフィーン)でこそないものの「やりがいのある役」であり、それをマヤに任せる辺り月影先生の彼女への期待の入れぶりも伺える劇中劇です。(しかし、そんな素敵なべス役も「もう一つの若草物語」では「べスなんて日本では犬以外につけない名前なんだよ!」とあられもない評価しか下されてませんでした…ゴフッ!)ちなみに英語タイトルは父親が彼女達に呼び掛けている名称「Little Women」(「小さな貴婦人」。日本語訳も最初は「小婦人」というタイトルだった。)であり漢字通りに直訳してしまうと恥をかく話です。

 速水真澄…「何故だろう、この敗北感…。」

再婚してなお肩身の狭い思いをしていた母親に義父の「理想的な息子」であれと縛られて子供の頃から思うように生きられなかった真澄さん。(母親に後足で砂かけて演劇の世界に飛び込んだマヤとはいわば真逆の生き方である。)しかし送り迎えをしてくれるハイヤーは有り、広大な屋敷に住み、ファンになった女優には紫の(高価な)バラを好きに贈れたり、金の力で好き放題できる生活力は持っており、自分の生きる道で細々と生活する一般の人達に比べて自由は無かったけれど人生の上では勝ったんだ(「それでいいと思っていた」by真澄)と、そういうアイデンティティを持っていたんでしょうね。それなのに自分の人生をがむしゃらに泥にまみれながらも思うままに突き進んで、苦労も多いのに(けれどだからこそ)あんなにも充実した人生を歩んでいるマヤの前にそんな「今まで持っていた優越感」など吹き飛んでしまったのではないでしょうか。(本人、そこまでの自覚はありませんが。最もお金は有りながらも全然幸せじゃなかった自分の人生など自覚を持つだけ不幸な気分になるので気づかなくて良いですが…ゲフッ!)相手の生き様を認めても「人生で負けたこと」(マヤが自分で自分の人生を生きているのに比べ真澄は人(母)の言うなりに生きてきただけで「自分」というものが無い。いわば生き方的に負けた。)を認めるのは嫌だから紫のバラは贈っても惨めな敗者という「自分の顔」を出そうとはしなかった…そんな気がします。ちなみに彼の中身の無い人生がマヤと同じように「夢中になれるもの」(マヤ→恋)を見つけて変わり始めるのはここからの話です。この時中学3年生だったマヤが20歳近くなるまで、ここからが長~いんですけどね…ゴフッ!

 桜小路優…マヤ「いい人…。本当になんて(どうでも)いい人なんだろ、桜小路くん…。(都合のいい男だから)好き…。」
桜小路くん「僕はいつまで君の『良い男友達』でいつになったら『彼氏』に昇格できるんだろうか…?」

思わず抱きつかれたりラッキースケベ的な思いはしているものの2日間も8時間労働(公園でのバイト代行。もちろんそのお金は働いた当人の桜小路くんではなく全部マヤの懐に入っている。)をしてそれだけの対応というのは明らかに割に合っておらず、何十万もするピアノを好きに弾くわ、人の家の紅茶とお菓子をご馳走して貰って(しかもピアノの練習をしているからと食わせて貰っている。下僕扱いか?)挙句に「もっと」よこせと言うわ自分で自分の事をみそっかすみたいな女の子と言っている割には図々しい応対をしているよな(全ては「可愛い恋人のワガママ」で許して貰っているが、幼稚園のママさん同士の付き合いなどでこんな事をすれば「何様のつもりだ、この女。」と確実に村八分の憂き目に遭っている。)と好意を利用されているだけの桜小路くんのやりきれない気持ちは理解できたものでした。(ウジウジ劣等感に悩みながらも結局マヤが桜小路くんにして貰った事に「対等」に思いやりを返した事は1度も無い。)付き合っているからこそ彼女の気持ちが恋ではなく「甘え」に過ぎない(色々と助けてくれる「都合のいい男」だから喜んでくれているだけ)という事も分かってしまい「彼女も恋をすればもっと思いやりを発揮できるのかもしれないから我慢しているけど…いつの話だよ、それ!」とフラストレーションが溜まっているのも納得がいったものです。これで彼の思いが報われていたら、その後のマヤへの評価も変わっていたんですけどね…ゲフッ!

 「たけくらべ」…正太「竜華寺の和尚さんは生臭坊主で嫁はとるわ商売はするわおまけにかば焼きが大好物ときたもんだ。信さんも坊主のくせに女と話して嬉しそうに礼を言ってるし、おかしいじゃないか!」
信如「明治5年(1872年)に「僧侶の肉食妻帯畜髪は勝手たるべきこと」と太政官布告があって法律上は妻帯が認められています。宗派によっては解釈も異なりますが日本のお寺は世襲制が一般化している事もあって寺を守るという意味も有り結婚は合法です。」
正太「ぐっ…!」

たけくらべとは「丈比べ」要するに背比べの事です。まだ江戸情緒が残る吉原とはいえ時代は明治の始め、上記の太政官布告も立派に発令されて法律に立場を守られている当時、後ろめたさを感じる必要は本来無いんですけどね…ゲフッ!(俗物的な父親を恥ずかしがっている内気でピュアな息子じゃ、そんな応対は無理か…ゴフッ!)文庫版2巻の表紙にもなっている格子戸のシーンで「子供」時代に終わりを告げ(恋という大人の世界に踏み出せず、かといってからかったり罵ったり子供の無邪気さという地にも踏みとどまれない。)髪を島田に結い上げて「大人」になった美登利。(元来勝気な性格だった美登利がここから急に元気の無い大人しい性格になる。一説だがこの時美登利は娼枝として正式なものではないが店で秘密裏に水揚げが行われ「大人」にさせられたと言われている。)この子供から大人へと移り変わる少年少女の心理(いつまでも子供のままでいたいのに、たけくらべした昨日はもう永遠に帰ってこない)を小説化する事は当時前例のない試みであり作者の樋口一葉の名を不朽にした名作です。樋口一葉の特集番組を見たこともあって色々感慨深い思いもさせて貰った劇中劇でした。

ガラスの仮面①

2010.04.06
 高校の頃図書館に文庫版23巻までが全部揃っていた、それがこの漫画と出会った(そして借りて妹と共に読みふけった)きっかけでした。今もなお読み継がれている(そして今でもなお連載は完結していない←禁句)そして今もなおパロディによく使われる名シーン満載の大長編。某ブログをきっかけに思わず再読してしまったのでここに改めて感想を書いていこうと思います。テレビがブラウン管でダイアル式だったり時代を感じる文庫版です。

 北島マヤ…おかみさん「奇妙な客だよ。ラーメン1杯に一万円、ここから20分もかかる所に出前してくれって言うんだ。」
杉子「…お待たせしました。マヤと同じく出前担当の杉子です。」
黒夫人「…出前にかこつけずに普通に本人を呼び出せば良かったわ。」

一万円も出してくれるお家に寄り道の常習犯であるマヤの方を行かせていいのかいかにも奇妙な怪しげな客だからこそ自分達の娘ではなくて住みこみ店員を犠牲にする方を選んだのか、ともあれ無事にニアミスも無く長きに渡って演劇を指導してくれる月影先生と出会った主人公でした。演技はズブの素人(漫画表現的には「上手」に見えるので評価に意外を感じました。)ですが上達の速度は誰よりも早い主人公…だけど入団してすぐに役を与えたり、奨学金を与えたり、えこひいきの限りを尽くしては、そりゃ、妬まれるでしょうと周りからのやっかみには納得してしまったものです。紅天女を演じられる女優を育てるのが目的ならあとの劇団員たちは「その他大勢」の役の為だけに集められたのか(確かに集団で稽古をした方が経験値は積めるでしょうが…。)文庫版2巻で早くも倒産の危機に面しているし月影先生のやり方にも結構穴があるよな(「女優」と「経営者」の才能は違うという事ですかね…ゲフッ!)とせっかく入団した(演劇の道に進んだ)のに相変わらず不安定な運命にもてあそばれているマヤにエールを送ったものでした。そう、この頃まではマヤに好感を持っていたんです…よね。(今では姉妹共々恋愛→紫織さん派、女優業→亜弓さん派になり果てましたが…。)

 速水真澄…モブ「大都芸能の速水社長って芸能界の鬼と言われた人物でしょ。その鬼の息子…ハンサムだけど冷たそうな感じね。」
マヤ「冷たそうな…?バラ柄のネクタイ締めて結構面白そうな人だったけど…?」

いくら後の「紫のバラの人」だからと言ってもバラ柄ネクタイは無いだろ!(おまけに胸にもバラの花を飾って…ゲフッ!)という感想を他の多くの読者も持ったのかこれ以降、彼がこのネクタイを締める姿は見られなくなりました。(多分。読みながら随時確認していきますか。)主人公が海に飛び込んでまで拾ったチケットの舞台をきっかけに知り合った運命の人(恋人…というよりは足長おじさんというかパトロンというか貢ぐ君要素が強い気がしますが…ゲフッ!)ではあるのですが、たとえ椿姫の舞台が無くても主人公が月影先生に見出されてしまった以上(劇団つきかげの主役級の劇団員になった以上)いつかどこかで否が応にも出会っていたでしょうしこれは「運命の出会い」ではなくて「ただの偶然」(別に出会ったその時に恋に落ちた訳でもないしね…。)のような気がした私でした。(どうやっても「出会う」宿命だったのを運命と言いたければ言ってもいいですが。)この頃はまだ策略(の失敗)も何もなく知人レベル位には純粋に仲が良かったんだなあ~(最も「1番親しい男の人」の立ち位置はあっさり桜小路くんに奪われていますが。)と思わず遠い目でも見てしまった主人公の相手役。ヒロインに嫌われまくって苦労するのはこれからの話です…ゴフッ!

 北島春…母「演劇だって?お芝居の勉強したいから東京の劇団へ通わせてくれだって?…分かったわ、頑張ってね、マヤ!ときどきは母さんに手紙書いてちょうだいね。」
マヤ「ありがとう!母さん!」
月影先生「今のあの子に必要なのは過去との断絶…だっちゅーに。」

…という母親だったら、あるいは月影先生本人が気を利かせて娘さんの様子を知らせていたら、その後の悲劇は起きなかった、ような、気がします…ゲフッ!「どかないと熱湯をぶっかけるよ!」という月影先生と対立するシーン(頭に血が上ったら勢いで行動する性格の激しさはどうやら母親譲りらしいです。マヤちゃんも怒ったらよく相手(主に真澄様)をひっぱたいていますしね…ゴフッ!)では身を呈してマヤを熱湯から守った先生に対して自分は娘にも煮え湯を浴びせるのを構わずにヤカンを投げつけた点(職種に関わらず顔は女の命です。)で保護者(文字通り「保護するはずの人間」)として負けたと実感もしたのでしょうね。(設定上マヤは美少女では無いとなっていますが「普通の不細工フェイス」と「火傷(ケロイド)が残り生きたファントムと化した顔」の間には物凄く差があると思います。)マヤの初舞台を見に行かなかったのも笑い物になるであろう自分の娘を見るのが嫌だから、もっと正確にいえばそんな娘の母親だと「自分」も一緒くたに笑い物にされるのが嫌だからと自己保身に走った結果。(実際に笑い物にされた場合、唯一味方になってくれるはずの母親にさえ見捨てられて一人ぼっちという状況の方が辛いと思うが…ガフッ!)母親だって人間なんだという事は分かっていますが「母親」としてはあまりにも器の小さい幼い女性だった(娘を自分の側に置く事は考えているが当の娘の意見は聞いていない。)事が感じられて「…。」と思ってしまった親でした。マヤに対しても月影先生に対してももうちょっと説得のしようがあったというか対応にやりようがあっただろう(お詫びにしたって本来なら手紙ではなく自分で相手の家に伺って土下座するのが筋)と思えて正直微妙に感じた女性でした…。保護者としては月影先生の方が立派だったと言えるでしょうね。(山登りに例えてマヤに厳しい道を歩ませようとしたり「母の愛」というにはそのやり方は漢らし過ぎますが…。)

 姫川亜弓…「私は母のような女優にはなりません。私は母をしのぐ女優になるつもりです!」

魅力的な主人公のライバル…ですが敵対関係にある事もあってか(読者にマヤの方を共感させようという作者の意図か)この頃は4つのセリフ(「はい」「いいえ」「ありがとう」「すみません」)劇でもわざと答えられないような質問をしたりこの頃は半分悪役のような立ち位置です。(即興のアドリブを通してセリフの分からない主人公を助けたり厳しさの中に友情を感じるようになるのはその後の話である。)最初は出来過ぎた優等生みたいに感じた彼女でしたが思えば当時より彼女は努力して実力を身につけた「秀才」であって実は「天才」ではなかったんですよね。現在実力が特化しているだけに(我々と同じ「普通の少女」と言うにはあまりにも華やか過ぎるだけに)好意には結びつき辛い彼女ですが存在感はピカイチで光っているキャラだなあと感じる登場人物です。

 余談…「はい」「いいえ」「ありがとう」「すみません」の劇は読者も印象強かったようで某アンソロジーでも
男A「じゃあ今からハイしかダメよゲーム!Bさんは俺と2人で熱く濃厚な夜を過ごしたいと思っている。」
男B「…。(首振り)」
ギャラリーC「上手い、返事になっているわ。」
ギャラリーD「み、見て。報告書よ。あの人報告書を書き始めたわ!」
男B「ハイ!(会話終了!)」
男A「…っ!」
というネタが載っていました。今の若い(同人誌描いているお姉さん)世代にも読み継がれてるんだなあ~と感慨深くもなった名シーンでした。

1番湯のカナタ

2010.04.05
 この作品の連載終了後(打ち切り後)椎名先生は3年間も連載企画が通らず少年誌や青年誌にまで漫画を描いてかなり御苦労なさったそうです。とはいえアクションが売りのエイリアン漫画に風呂というしなびた要素は無いだろと私も思ってしまったので打ち切りになってしまった理由は理解できてしまったり…ゲフッ!デニーズ→ジョ二ーズなどの小ネタは面白いんですけどね。(この漫画を読んでターミネートが「抹殺」でかの有名映画ターミネーターが「抹殺者」という意味だと初めて知ったしね。椎名先生、色々な知識はあるんですけどね…。)

 星野涼…どうやら顎のちょび髭は憧れの人のドイルさんの真似のようです。(似合ってないんですけど…ゲフッ!)家の仕事を続ける為に苦労している主人公でしたが話の中盤で約束の人(ドイルさん)との再会を果たしたせいかどんどん仕事も学業もそっちのけになってしまっている主人公。(将来どうするの!?)親父さんに確かに「まだ夢を追ってもいい年頃だ。」と言われはしましたが高校生にもなって本気で宇宙ヒーローを目指している辺りはやはり行き過ぎを感じ、本当に彼の行く末が心配です。体(遺体)も敵の本拠地に送られたまま物語は終わってしまい色々な意味で未来が闇に包まれているキャラクターです…ゴフッ!

 カナタ…星龍刀曰く「王とは民の運命をその手に握る絶対権力者であり、贅沢と安逸をただ貪ったり無条件にあがめられ君臨することは許されない。」とありましたが性格的には彼は無条件に生まれだけであがめられる日本の天皇のような王にしかなれないような気がするのですが…ゲフッ!(日本の天皇も政治は自分でできない割に多大な行事には出なければならずアレはアレで大変なのは分かっているんですけどね…。)ガード・ロイヤルも涼やブラッド達が頑張っているだけでカナタ自身は特に何もしていないし、頼れる友達を作れる事(あるいは本人の無力ぶりを見かねた部下達が却って効率良く仕事をしてくれるという点で王の器と言えるのかもしれないが…。)以外、何のセールスポイントも無いような気がするのですが…ゴフッ!むしろ上に立つ者がこんなんでいいんでしょうか…ガフッ!(トップに立ってはいけない人間の3大特徴は無能、気の弱さ、内情を知らないことであり、その全てを満たしてしまっているような…ゲッフン!)

 ドイルさん…連載打ち切りによりとうとう最後まで素顔が明らかにならなかったクーデター実行犯カローの元友人。奴と戦って負けたドイルさんは力(エーテル震動波)を大幅に失って、そのショックがもとで牛乳中毒に走ってしまったようです。(キッチンドランカーとなって現実から逃げている主婦のようです…ゲフッ!)とはいえ牛乳とカルピス、乳児用粉ミルクは大きく違うものだと思うのですが…。(乳脂肪分さえ入っていればオーケーでウイスキーとカクテルとビール程度の違いに過ぎないのだろうか?)ちなみに物語終盤間近で彼の世話をしている(憑り付いて生命維持に努めている。)アニーザキスは寄生虫のアニサキスから名前を取ったらしいです。(依存症を治そうとしているのは立派だけど、おかげで終盤は全くの役立たずに…ゴフッ!)

 宇宙海賊ブラッド…名前はかの有名男優ブラット・ピットから取ったらしいですが(ピット人って!)似てねえよ!とツッコミを入れてしまったのは私だけではないでしょうね…ゲフッ!(相棒の「チャカ」は銃の別称。そのまんまじゃないですか。)1巻と3巻では極悪人→3枚目と物凄く人相が変わっており恋をすれば人は変わるという真理(それは中身の問題ではなかったか?)を文字通り体現してくれているキャラです。最も宇宙船本体に欲情するのは行き過ぎだとは思いますが…ゴフッ!(地球でも船は女性として扱うらしいですが、それは大切に扱うという意図であって劣情の対象にするという意味ではないかと…ガフッ!)

 ワネット…宇宙船の名前「マリーアント」、地位と権力だけを目当てに親の決めた通りの結婚をしようとしている点、不倫願望などなど、どうやらキャラの由来はかの有名な赤字夫人マリー・アントワネット王妃から取ったようです。「華やかで激しいバラの運命に生まれた女」というのは言いえて妙だと思ってしまいました。(で、フランス革命でパーッと散っちゃったんですよね、アントワネット王妃は。)カナタの方は彼女を憎からず思っているようですが彼女はひたすら現実主義者でありカナタが甲斐性の無いつまらない男という事実に違いは無い(おこちゃまとはそういうものです。)ので改めて恋心が復活するかは難しい問題でしょうね…ゲフッ!(1度冷めきってしまった気持ちが復活することってまず無いんですよね。特に女は潔い生き物だから…ゴフッ!)彼女といいサヤカといいユウリといいやたら女にモテテいる辺りこの話の主人公はカナタでなく涼だという事が分かり普通に主人公にするべき人物が逆だとも感じてしまいました…ガフッ!

まんが残酷日本昔ばなし下

2010.04.04
 寒すぎる季節に何故こんな凍えそうな話を貸すのか(今までのパターンだと夏に貸してた。)と聞かれると置き場に困っていたからという身勝手な理由が出てくるのですが(大きい本ですから…。)それを置いといても内容が濃い話なので友達に読ませてみたかったという純粋な理由があります。(純粋か?)童話系は子供の頃よく読んでて知ってる話も多かったのですが新たに新解釈を加えた所が新鮮で良くも悪くも面白く読んでました。(悪い話は…言わずともどれか分かるでしょう…ゲフッ!)結構な面白さに上巻も読んでみたい今日この頃です。(むしろ上下巻で終わってるのが残念。「桃太郎」「お月お星」「3枚のお札」など昔話は色々あるのだからシリーズ化希望だったり…ゲフッ!)

「安寿と厨子王」…厨子王には握り飯を払ったくせに安寿にはノーギャラですか、オッサン!(怒るポイントが違います。)本式の話ではこの後厨子王は「良識ある人々」に助けられ真人間になる為に一念発起したらしいですが、人買いが横行している程人権思想の無いこの時代にそんな都合よく物語が進むか疑問(この時代、子供を拾うのは人買いか盗賊など、とにもかくにも人手が欲しい所だけでしょうね。仮に善人が厨子王の前に現れた所で1度騙されて酷い目に合った厨子王が「損得計算の無い人間」を無条件に信じるかは謎です。)な私にはむしろこっちの転落人生の方があり得そうな気がしました。(やるせない終わり方でしたが…。)どんな結末を迎えるにしろ物語上、拷問をされた上で非業の死を遂げる運命から流れられない安寿姉さんがひたすら哀れでした…。

「雪女」…一般的ものとしては小泉八雲の小説で知られる、奥様本人に雪女の話をしてしまい妻に逃げられた美濃吉の話(単純に「しゃべっちゃいけない。」と言ってるので妖怪や動物に話すのも、穴を掘って「王様の耳はロバの耳」作戦を実行するのもアウトなのでしょう。)が有名です。(むしろその話のリバイバルしか見たことがない。)ですが赤子を預けられて重みに耐えきれず取り殺されるか、重みに耐えきって力持ちになるか(なんじゃそりゃ。)という話も伝わっているのでそっちの要素をメインに持って来たようで、あまり馴染みの無い新鮮な話に仕上がってます。
お菊さまの様に「カップルを別れさせる(もしくは相手を奪い取る。)」事に異常に喜びを感じる女性は時々いるようです。小作人達が炎天下で農作業してる間も日陰で遊んでいたのだからそりゃ美人でしょうが(でも父親似に育っていたら即答で断られていたろう…ゲフッ!)説明もきちんとせずにお菊様を悪者にして(いや、悪者ではあるんですが。)元カノを殺す辺り(そこまでしなくても、あのお菊様ならたとえお文が子供を産んでも式を決行する位の意地の悪さを発揮しそうな気が…ゴフッ!)長吉の誠意の無さを感じました。(また、泣き落としが本当は効果の無いもの…どころか逆効果になるものだということを証明している話でもあります。)ラストシーンでお文の死体が発見された時(まだ死んでからそう月も経っておらず動物も冬眠してるこの季節に白骨化するのは早過ぎな気がするんですが…ガフッ!)泣いていた彼女の両親が妙にリアルで胸を打った話でもありました。

「鉢かつぎ姫」…まさか玉虫の素顔があんな不細工だったなんて…ゲッフン!(子供向けの昔話では素顔は美女ということになっていたので…驚きました。子供の頃疱瘡にでもかかったのでしょうか?)京四郎様が自ら両眼を潰し玉虫一筋を貫いたのは立派ですが、ある意味「玉虫のビジュアルが不合格だった。」と言われてもいるようで(見た目を気にしないのなら、別に見えたままでも問題ないの…では?)それはそれで悲しかったです。ところであの鉢は全然身を守る役には立ってない(むしろそれが原因で慰み者にされるきっかけにもなってしまっているし、無い方が「ただの不細工な女」としてあそこまで苛められることも無かった…のでは?)ように思えるのは私だけでしょうか…?

「一寸法師」…たまにいますよね、彼のように異常に背が低いオッサンって。一寸法師はおそらく未熟児で生まれたそういう奇形児だったのでしょうね。(それにしても、もう少しマトモな話に仕上がらなかったものでしょうか?)原典のお伽草子に描かれる本当の一寸法師はこの話にあるようにチマキ泥棒の罪を姫になすりつけて出世する小賢しい男なのですが、個人的には(無実の罪で)泥棒呼ばわりされて城から追い出されようと、その元凶である男と(男の保身の為だけに)結婚するはめになろうともウンともスンとも言わない感情の無い姫がずっと気になっていたので白痴美の姫として描かれていた解釈に新鮮さを感じました。(褒める所はそこだけですけどね。)気違いとしてはベルセルクのキャスカとどっちが上かな、と考えたりもしましたが(考えるなよ。)日本語が話せたり、知的水準が低いもののある程度の受け答えができている辺り、キャスカの方が重傷だと結論を出さざるを得ませんでした。ともあれ、全体を通してのギャグに走りすぎた(割に描写がエグくて笑えない。)要素や、エロス(というより下品で低級なだけ。)に重点を置きすぎた所がネックになって今一つ面白くなかった話(取りあえず心の琴線には触れない。)でした。他の作品が良かっただけに残念です。

「手無し娘」…全く同じタイトル、展開のグリム童話を読んだことがある(娘に異常な執着を持った父親が娘を閉じ込める為に手を切り落とし、それでも逃げた娘は助けてくれた若者と結ばれる。その後の偽の手紙や神力による両手の復活という展開まで全く同じである。)と思ったらどうやら話自体が西洋物ののパクリのようです。(神様を観音様に置き換えただけで。)でも結局この話の親父さんは最後まで手を出さなかったのだから(「本当は怖いグリム童話」では犯した挙句に手を切るという最低野郎だった。)まあ合格ラインとは言えるでしょうか?(ただ妻に騙されただけの愚かな男にすぎなかっただけですし。)それよりも手紙を信じてあっさり身を引いたり、両腕を切った父親さえ何事もなかったかのように許す(父親を憐れむ度量の広ささえある。)ヒロインのサラサラっぷりが凄いと思いました。(天女ですか?何故そこまで悟りを開けるんです?)一般人には到底真似できない心の持ちようが逆にウソ臭く感じた話でもありましたが…人間誰でも暗黒の部分を持っていると信じてる私には遠い世界の話です。

ドグラ・マグラ

2010.04.03
 小栗虫太郎の「黒死館殺人事件」中井英史の「虚無への供物」と並んで日本の3大奇書の一つとされている探偵小説です。(殺人事件ですしジャンルは一応そこに入るらしいです。)内容が非常に突飛でマトモに要約することが到底不可能なことから伝説の奇書とも呼ばれています。また「この本を読破した者は必ず1度は精神に異常をきたす」とも言われており、結論も「主人公がそう解釈した」だけで他の解釈も十二分にありうるらしいです。(また「今度目を覚ました時」は再度記憶を失い物語のスタート地点に戻っているのではないかという堂々巡りの物語りでもあるらしい。)そんなわけで漫画版では多義的解釈ができませんが小説版では読んだ人それぞれのドグラ・マグラ論ができる深い物語になっているようです。
 物語の舞台は九州の福岡です。とっさに豚骨ラーメンやあまおう(苺)やちゃんぽんを連想してしまいましたがそんな物は物語に出てきません。「嫌われ松子の一生」や「サザエさん」の舞台とも同じですがそれも全く関係ありません。じゃあ何で福岡なんだろう?と考えた所で福岡は中国大陸や朝鮮に近いという地理的条件(金印にあった「奴国」は福岡市の博多区辺りらしい。弥生時代に日本で初めて稲作が伝来し、1274・81年の文永・弘安の役こと元寇の舞台もここであり…と古代から多くの交易・侵略の歴史に富んでいる。)を思い出し、中国から渡った芬がまずたどり着いたのは日本の福岡以外ないと納得しました。そんな感じに地理的にも考えられた物語…とも言えるでしょうかね?

 呉一郎(主人公)…若林教授「この写真の人物に見覚えはありませんか?」
一郎「見覚え以前の問題として、前髪が長すぎて顔が見えないんですけど…。」

判別できようもない写真だよね、と納得してしまいました。正気を取り戻した一郎はさすがに前髪をうざく感じたのかピッチリと七三分けにしていましたが七三分けなんて悪あがきしてないでとっとと切ってしまえ!とツッコミを入れてしまったのは私だけではないでしょうね。そんな訳で漫画版ドグラ・マグラの1番の被害者、一郎君です。父親(正木教授)がマッドサイエンティスト(言葉通り正に「狂った科学者」である。)だった為に人生を狂わせられてしまいました。父親のことは「本当に昔からよく知っている人。」という本人の言葉や、記憶をなくしても父の写真の前で足を止めている(最もあんな不気味な表情の写真じゃ関係者でなくとも足を止めそうな気もするが…ゲフッ!)事から父親が誰かということは教えてもらっていたようですがその父が息子を自分の研究の為の犠牲者に利用しようとしている事は伝えられていなかったらしく(最も母として子供に伝えたくないことではあるが…。)今回の悲劇が起きてしまったというのが話の内容になっています。が、実はこの話の最初と最後に鳴っている時計の音は本当は同一の物で、一郎が目覚めて真実を知ってショックを受けてまた昏睡…というのではなくて全ては精神病患者・一郎が見た一瞬の夢でしかない(つまり話の中に現実世界はない。一郎と「青年」が同一人物なのかも不明。)という解釈もできるんだそうです。漫画化するに当たって解釈の一つを選んだというだけで一郎が本当に科学の為に翻弄させられて発狂した悲劇の実験体なのか、自分が被害者と思い込んでいるだけの精神病患者なのか意見は別れるらしいです。

 呉八代子…呉一郎の叔母さん。一郎の母親の千世子の双子の姉。(じゃあモヨ子×一郎のカップルはDNA的には異父兄妹も同じでマズイのでは…ゲフッ!二卵生の姉妹だったら問題ないのですが…。)娘のネーミングについて正直「モヨ子」というのはどうかと思いました。(昔風なんだか今風なんだか…せめて茂与子とか藻世子とか漢字を与えてあげましょうよ。)ともあれそのモヨ子の生存の事実を隠されてしまったこともあって「こんな呪われた血筋、屋敷ごと燃えてしまえばいいのよ。」という言葉通り邸宅を自ら放火・全焼させてしまったらしいです。(エピローグの新聞記事より。)じゃあ一郎とモヨ子は正気を取り戻した所で帰る家が無いのか…と再度暗澹たる気持ちになってしまったり…。思えばこの人も心理遺伝説の立派な被害者ですよね…ゲフッ!余談ですがこのモヨ子というのも壁から声が聞こえてくるだけでそれが一郎の幻聴(妄想)なのか実在の人物なのかも分からず「男が苦労せずに美女と結ばれたいという願望を具現化しただけの存在」とも言われているそうです。

 正木教授…ここでは千世子殺しの真犯人とされていますが前述の通り「一郎の夢の中」だとすると勝手に「父親が殺した」ことにして自分で殺したことを忘れている可能性もあるらしいです。小説「黒い家」によると絞殺(首の周りに均等に縄の跡が残り、顔面はチアノーゼにより赤紫色、何故か死体の真下以外に尿の跡がある。)と吊り下げ死体(縄の後は首の下部分のみで顔面蒼白、死体の真下に尿の跡がある。)では同じ首が締まって死んだ死体でも大きな違いが出るそうなので見る人が見れば他殺か自殺かは一目瞭然なのだそうです。なので仮にも教授の父親がそんな「お粗末な殺害方法」を実行するだろうか、と考えると一郎犯人説もあながち間違っているとは言えないかもしれません…。漫画版ではこうして母親の千世子(ちせこ)を「排除」した後は父親として一郎に「接触」することが可能になり、まさか父親本人が母親殺しの犯人だとは夢にも思わない一郎は容易にいわくつきの巻物を読んで発狂してしまったとなっています。モヨ子が生きており実は殺人者ではなかったとして真っ当な人生をやり直せるはずの一郎が、収容した当の治療所で本当の大量殺人犯になってしまったという結末を迎えてしまったんは彼にとっては全くの誤算でした。ここでは既に自殺していたとなっていますが小説版では息子に面と向かって糾弾されたことで自責の念に堪えかねて自殺したとなっており両親ともに殺してしまった一郎の昏睡の1因になってしまったという悲しい父の姿を解釈することもできるらしいです。(つまり母親とは真実愛し合っており罪を犯したのは一郎1人だけだった…とのこと。)最も彼が臨んでいた心理遺伝の研究は個人的にはかなり微妙に感じるのですが…。(すべては遺伝のせいって、人間はそんな単純な生き物ではないと思うよ…。)

 呉青秀…呉家の先祖にして大量殺人者。彼が新聞さえ読んでいたら(というか世情をちゃんとチェックしていたら)こんなことにはならなかったのにね…と毎日新聞を読むことの大切さを改めて実感できるエピソードだと感じてしまいました。(注目すべきはそこじゃないから。)逃亡生活に憔悴し切っていても子供を作ることはできたのか(ヤルことヤってる場合じゃないでしょう、君達!?)と2人のちゃっかりぶりにも驚いてしまったり…ゲフッ!こうして呉家の先祖が因縁の血を持つことは分かったものの個人的には海を渡った芬が日本という外国でどうやって女手一つで後世まで伝えられるほどの財産(呉家)を築けたのか不思議で仕方がないのですが…話をそこで終わらせないで下さいよ、八代子叔母さん。
 ちなみにこの玄宗皇帝以降、皇帝が女に溺れすぎないようにと中国の後宮に入る女性はとんでもないブスも選ばないものの、とんでもない美女も選ばないようになったそうです。

黒死館殺人事件

2010.04.02
 小栗虫太郎の書いたアンチミステリーにして日本三大奇書の一つ。かつて黒死病(ペスト)死者を詰め込んだプロヴァンヌ城壁を模して造られた(模して作るなよ、そんないわくつきの城壁!)ことから黒死館と呼ばれるようになった広大な館でのトリック・トリビア満載な殺人事件の話です。あれだけ何重にも部屋が有り、演奏会場までついている広大~な館を日本で建てることが可能なのかというツッコミは取りあえず却下して読みましょう。

 紙谷伸子…養子達から馬具屋の賤民(チゴイネル。上代社会では良民に対してその最下層にあった身分の賤しい人間。馬具の細工など職能集団の多くは賤民とされた。)だの、寄生木(榎(えのき)ブナなどに寄生し他の木の養分を吸って生きる植物。つまり既に「人間」扱いされていない。)だのと馬鹿にされ続けてきただけに血筋的に行けばこの館の当主であり養子4人は逆に自分の顔色を伺って然るべき立場だったと知った時には…そりゃ父ちゃんを恨んだでしょうね。(「アンタそれでも父親ですか!?」と誤認埋葬防止装置という父親の命綱も切っちゃうわけです。)レヴェズの求婚を受けた背景には恨みある人間は全部殺したし被害者の一人として殺害現場を離れようという打算もあったのでは、などなど深読みもしてしまいました。そんなこの事件の犯人です。

 オットカール・レヴェズ…彼が紙谷伸子に渡したアレキサンドライト(1830年にロシアのウラル山脈東側のエメラルド鉱山から発見。時の皇帝ニコライ1世に献上された日が皇太子アレクサンドル2世の誕生日だったことからこの名がつけられた。黄色系スペクトルを吸収するクロムを含有し、石が反射する光には赤要素と緑要素が平均存在する為に太陽光や蛍光灯の下では暗緑色に、白熱灯や蠟燭の光の下では鮮やかな赤に変わるというカラーチェンジ効果を有する。)は産出量が少なく非常に高価な点から、はるか古代から貴石として扱われた4大宝石(ダイヤ、ルビー、サファイア、エメラルド)に加えて5大宝石となった代物でそれを(4大宝石の!)ルビーと一緒にあげてしまう辺り、伸子さんが玉の輿OKの返事をした理由が分かる気がしました。という訳で蛍光灯の下でも電灯の下でも「親愛の黄色」にはなりえない宝石のはずなのですが…。作者さんはその辺はよく調べていなかったご様子です…ゲフッ!

 降矢木算哲…本作では先祖がカテリーナ・ディ・メディチの隠し子カペルロ・ビアンカで、その2人は恐ろしい猟奇殺人者だったとされています。カテリーナ・ディ・メディチと言えば有名なフランス王妃(息子アンリ3世の摂政。フランス宗教戦争(ユグノー戦争)ではフランス、パリの各地で起こったプロテスタントの虐殺(1572年のサン・バルテルミの虐殺)を防げなかったとして悪名を残している。次に帝位についた4男のアンリ3世はカトリック陣営のギーズ公アンリを謀殺したことで修道士に暗殺され、以後ヴァロワ朝は断絶した。)ですがカテリーナ本人は別に猟奇殺人者ではありません。(統治している最中に大量の死者が出たというだけで。)またビアンカ・カペッロとはトスカーナ大公フランチェスコ1世・ディ・メディチの愛人の名前(彼女の夫のピエトロが他の女達との痴話ゲンカの果てに路上で刺殺されると正式に愛人として召し上げられ、正妻ジョヴァンナ没後に再婚し正妃となった。夫が死んで自分の立場が無くなる前に邪魔者のフェルディナンド枢機卿を亡き者にしようと画策していたが、別荘で夫と共に相次いで急死してしまう。死因は毒殺ともマラリアとも言われている。)ですがビアンカも別に東の果ての隋や日本に行ったという記録は無いですし(行かなければ日本に子孫は残せない。)歴史的には完全なるフィクションです。という訳で信じてはなりません。

 法水麟太郎…多岐に渡る西洋知識を駆使した名探偵の役所を担っていますが犯人が自殺するまで殺人を一つも止められなかったダメ男でもあります。(挙句に虹のトリックでは伸子のアリバイを信用して警察署行きを制止している。誤認逮捕でも何でもそのまま刑務所に入れておけばクリヴォフ夫人は助かっていたことでしょう…ゲフッ!)伸子の自殺のきっかけを作ったのもこの人(「色は黄なる秋、夜の灯を過ぎれば赤き春の花とならん。」というケルネルの詩でロマンチックに飾ってないで一言「一件落着!」で済ませていれば彼女は何も気づかず、また死ぬ程の自責の念に駆られることもなかった物を…。)であり仮にも警察に務める人間がこんなに死人を出してしまっていいのかとツッコミを入れてしまいました。最も現実の警察の無能ぶり(刃物を持った男でなく丸腰の人間の方を二人がかりで抑えて被害者刺殺に至ったり、駅で包囲網を広げていたらその中をあっさり突破されて誰もいない警察署から「自分を捕まえて。」と犯人に電話されたり、最近の日本警察のお粗末ぶりは見るに堪えません…ゲフッ!)を見るとこの人はまだかなりマシな方だと納得はいってしまいます…ゴフッ!

崖の上のポニョ

2010.04.01
 まず間違いなく大人が一人で見ない映画なのに当時これほど口ずさまれたテーマソングが他にあろうか(他にも一回も見たことが無いのにテーマソングを聞いたことがあり過ぎて知っているアニメ作品は「キューティーハニー」位です。←古!)という位子供達が熱狂していた、内容の出来具合はともかく大多数の大人にも知名度が高かった、まさしく「絵本みたいな映画」(逆に言ってしまうと絵本程度に内容は薄い)ポニョです。大人が楽しめるほどのメッセージ性は無い、けれどあの絵にふさわしいまさしく子供向けの内容だなあ~(少なくとも「もののけ姫」のように腕や首が引き千切れる映画や「千と千尋の神隠し」のように風俗業が裏テーマの映画よりは遙かに健全で子供向けな内容)とフィルムブックを立ち読みしてしみじみ思ってしまったものでした。(…って結局映画は見てないんかい、自分!)

 ポニョ(ブリュンヒルデ)…「そうすけ、好き!」

その好きな男に会う為に「人間になりたい」…話を聞くとそのまんま人魚姫の展開(古い魔法に正式に人間になる方法があるが失敗すると「泡になって消えてしまう」というのも設定が同じ。)でありその為に生命の水を盗んで大津波と大混乱を招いた顛末には傍迷惑なカップルだなあ~と思ったものですが、そんなアクシデント(水没)も「悲劇」でなく「非日常的なワクワク感を伴う冒険譚」として描かれている所がジブリクオリティです…ゲフッ!内容として随分と人魚姫に設定が似てると思ったらこの話は元々宮崎監督が子供の頃アンデルセン童話の人魚姫を読んで「人間には魂があるが人魚は『物』であり魂を持たない」という価値観に納得がいかなかった事が起点となったそうで、魂を持って人間になって幸せになるラストにも納得がいったものでした。本名のブリュンヒルデは北欧神話に登場する半神ワルキューレの長女の名前であり英雄ジークフリートと結ばれて人間になる女性なので思えばこのラストは始めから決まっていたのでしょうね。(当のブリュンヒルデがその後ジークフリートに忘れられて捨てられたという後日譚を知っている私としては多少の不安も感じますが…ゴフッ!)

 宗介…「僕が守ってあげるからね。」

ポニョを守るのもいいけれど地元も守って下さいよ…(そもそもこの水没事件はアンタらが原因じゃないか。)水没事件を誰も深刻な悲劇として受け止めていない内容に反してツッコミを入れてしまいました。ポニョ同様この子の名前にも由来があり夏目漱石の前期三部作「門」(後の2作は「三四郎」と「それから」)の主人公・崖の下の家に住む野中宗助から取られたそうで由来通りに崖の下に住んでいたら真っ先に津波の被害で飲まれていたなと変な所で頷いてもしまったものでした。助→介の字に変更というのは「助平」と同じ字で他の同級生にからかわれたら可哀想だからという一般的大多数の親の思いやりと同じだろうなと秘かに確信も持っているネーミングです。(それを考えると可哀想な名前だな、野中宗助は…ゲフッ!)

 フジモト…「お前達はお姉ちゃんが大好きなんだね。」

でも父親である彼の事はうっとおしく思っているのね…という現実にもありそうな父子関係の様(100匹近くいながら誰一人父親の味方をしてくれない娘達…)に秘かに同情してしまったものでした…ゲフッ!設定によるとジュール・ベルヌのSF小説「海底200マイル」の潜水艦ノーチラス号に乗っていた唯一のアジア人少年だそうで海でグランマンマーレと出会って恋に落ちたのが運の尽き(オイ!)人間を辞めるのにも苦労して、そこまでして妻にした女神の彼女には頭が上がらず独占も許されず別居中、男手一つで娘達(それも一人や二人という数ではない)を育てている挙句の果てにはカンブリア紀に戻るのを夢見て作り続けていた生命の水をポニョにばら撒かれ津波勃発→事態の収拾に奔走する事になった彼の苦労の連発には別の意味で感動してしまったというか涙を禁じえませんでした…ゴフッ!いつかは報われるといいというか何か良いことあるといいね、と一番思ってしまう登場人物です…ガフッ!

 グランマンマーレ…「ポニョ。良い名前をつけて貰ったのね。」

夫がつけてあげた名前は完全否定か…?とここでもまた、妻にまで味方して貰えないフジモトに同情したものです。彼女のモデルは「ハムレット」に登場するオフィーリア(理想的な婚約者の壊れぶりに耐えきれず精神を病み、うっかり川に落ちて死んでしまった女性。だから死後は妥協して「神聖視するほどカッコイイ男」ではないけれどヘンぺー顔でも「尻に敷けるお人好しの男」(フジモト)を夫に選んだのかと納得しました。←オイ!)であり宮崎監督がロンドンのテート・ブリテンで画家ジョン・エヴェット・ミレイの代表作「オフィーリア」を見て「もう一度、手描きにこだわろう」と心機一転するきっかけにもなった(津波の描写も「大変だから」と敬遠していたのに敢えて取り組んだ。おかげで映画制作は順調に遅れたらしい。)そうで色々な意味でキーパーソンとなった登場人物であることが伺えます。とはいえ子供を産んだら育てるのは旦那に押し付け家事もやらずに別居中、女神業(仕事)をやっているけれど別にそれで家に金を入れている訳でもないという彼女の様子には女としてそれでいいのか…?(女神様って家庭を顧みないでも許されるのね。)と微妙に思えてもしまった立ち位置でした。海なる母(海の女神)なら津波や水没などの事態の収拾に奔走するのは本来フジモトでなくアンタでしょともツッコミを入れてしまったものです…ゲフッ!
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