検索フォーム
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード

スポンサーサイト

--.--.--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

耳をすませば

2010.11.30
 「好きな人ができました」(キャッチコピー)というよりは「痛い人ができました」という方がピンと来てしまう、話の骨子は「学生時代の初恋」というちょっと年齢層の高い映画です。(トトロや魔女の宅急便などの全年齢対象映画に比べると。)が、元々恋愛に対して夢の無い私には男側の視点で見ても女側の立場に立っても何故こんな痛い奴に魅力を感じるのか皆目見当がつかなかった(実は今もなお彼らの魅力が分からない。)のですが純情な乙女の目から見るとこの話は「甘酸っぱい恋物語」以外の何物にも映らないらしく「この話が一番好き!」という女の先輩も実際に目にした事があるので盛り上がれる人には盛り上がれる映画なのでしょう。という訳でなぜ私が盛り上がれないのか理由を列挙して終わる事にします。

 月島雫…「ヤな奴、ヤな奴、ヤな奴、ヤな奴!」

そりゃ、馬鹿にされたことで怒る気持ちは分かるけど人を悪し様に言う女ってやっぱり見ていて魅力的には映らないし、序盤から男を振っていた経緯も個人的には微妙(「俺、お前が好きだ!」「悪いけどアンタに気があったら私の友達を勧めたりしないわよ。」という展開は分かるが、真実彼とも彼女とも友達ならそんなセリフを言わせてはダメだろ(言う前に牽制しろよ)とツッコミを入れてしまったものでした。)だし15歳にもなって猫を追いかけて探検したり(中3…だろ?)傍から見ると「普通の女の子」を通り越した「痛い女」に見えて仕方なく恋愛の過程云々の前にこのヒロインに共感することができませんでした。ちなみにこの映画で彼女が書き上げた話こそ映画「猫の恩返し」だそうですがその後の代表作を全然聞かない辺り一発屋で終わったんだろうなあ(まあ一発だけでも映画化に到るまで当てたのは凄いけれど。)と察せられたものです…ゲフッ!

 天草聖司…「雫!大好きだ!俺と結婚してくれ!」

映画を通して今まで自分の周りにはいなかった夢を持った素敵な青年(最もカントリーロードの訳詞依頼から招いてもいない彼女の自宅の場所まで雫に関するあらゆる情報を何故か入手している男が本当に今まで周りをうろついていなかったのかはかなり疑わしい問題だが。)という立ち位置にいる彼ですが、元々妄想の世界に住むことを楽しみ現実の男への興味が薄い雫には普通に告白するだけではOKは貰えません。(失敗例・同級生の杉村)そんな彼女を落とす為に彼が弄した小細工の数々が恋愛感情を通り越した狂気ではないかと疑いたくなる位素晴らしい内容なのでこの場を借りて一つ一つ細かく紹介していこうと思います。

 ①サブリミナム効果…「図書カードでアンタの名前は知ってたよ。」

自分の名前を彼女に繰り返し刷り込む為に図書館の本の図書カードを一冊一冊チェックして彼女がまだ読んでいない本に自分の名前を書いては戻す地道な作業を延々と続けた彼。(続けられる辺りも狂気を感じます。まどろっこしい事しないで普通に自己紹介しろよと言いたいですが。)映画では効果があり雫も「またこの人の名前が…。」と目論見通り彼の名前をチェックしていますが、同じように図書室に通い詰めていた根暗少女の私に言わせて貰えば「本の内容」は見ても「読んだ人間の名前」なんてわざわざ確認したりしません。(それが知らない人間ならなおの事。)バーコード化して完全にコンピューター管理になった現在はできようも無い手段ですが、やった所で効果のほどは期待できない手法だと一応ツッコミを入れておきます。

 ②心を揺るがす初対面…「お前、コンクリートロードは辞めといた方が良いと思うぞ。」

実際には「初めて彼女と会った」(初対面)ではなく図書室で隣に座って観察していたり、雫の眼中に入っていなかっただけで前々から彼女の側にはいたのですが(まあそんなストーカー規制法で訴える事が出来そうな事実関係は置いといて)…ともあれ夢見る「彼女の一面」を鼻で笑って小馬鹿にしたこの態度には雫も「よくもこの私をバカにして!ヤな奴!」と怒り心頭で独り言を言っている程です。…が「始めはいがみ合う2人が次第に恋人関係に」というのが「恋愛の王道」として知られている事からも分かるとおり、これは実は有効な手段です。憎しみであろうと「存在感の大きい人間」になれればそれがふとしたきっかけで好意に変わった時、一気に関係が進むこともあり得る(最悪なのが「どうでも良い人間」となり果て告白しても何の影響も与えることができない同級生の杉村の事例である。)のですから。(実際に「冷たくした後で優しくする」のは洗脳技術としても確立されている法則でもある。つくづく中学生のやる事ではない。)

 ③さりげない(不自然な)演出…雫「カントリーロード、この道~ずっと~行けば~あの街に~続いて~る~、気がする~、カントリーロード~♪」

客(雫)を放置して製作を始めるだけでも失礼(不自然な展開)だが、自分がいる場所を伝えた上で彼女を放置した辺り後を追ってやってくることを見越しての行動であり「バイオリンなんか作れちゃう俺」と「彼女の好きな曲を披露」(カントリーロードは即興・楽譜ナシで弾けるような簡単な曲ではない。きっと雫が落とした訳詞を見て以来、必死こいて練習したのだろう。)する為に行った布石であり、計算され尽くした行動だという事が分かります。好きな曲を即興カラオケで歌えて雫は感無量の様子ですが「彼氏の家に行ったら偶然たまたまバイオリンを作っている最中で好きな曲を弾いて貰えた」思い出を持っている恋愛経験者が何人いるかという問いを挙げれば事態の不自然さは明白と言えるでしょうね。

 ④外堀を埋める…聖司「月島、いるかな?」

雨の日の昼休みは誰も外に出られない、クラス全員が確実にそこにいるという状況の中で「他のクラスの男子が女子を呼び出した」ら、それはすさまじい爆発(「オ・ト・コ!コール」)が生まれて当然です。(何故、放課後に呼び出さない!?)雫もそれまでは「ほのかな憧れ」で済ませていた自覚の無い彼との関係は「他者から見れば立派なカップル」であり「男と女」「男女交際」を認識(せざるを得ない)出来事となり、同時にクラス全員からの公認カップルとなったことで退路を断たれたことでしょうね。そのままでいれば自然消滅もしかねない「淡い関係」を「男女交際」という生の現実に引きずり降ろし土俵に上がらせた手法は「悪気が無い」という表面つらを整えながらも全部意図的だったような気がしてなりませんでした…。

 ⑤運命を感じられる言葉…「早く会いたくてさ、心の中で何度も呼んだんだ、『雫ー!』って。そしたら本当に雫が顔を出すんだもん。凄いよ、俺達。」

超常現象とまで化している(かもしれない)2人の絆を語る前に一体何故あんな時刻に彼女の家の前にいたのかというかなり嫌な疑問が残るのですが、運命的なセリフを良いタイミングで言うとストーキングの誤魔化しにもなるようです。雫が顔を出したのは本当に「偶然」でしょうが聖司がそこにいたのは映画の尺の都合でも何でもなく「待ち伏せていた」ことは明らかで恐るべきストーカー男だと恐怖を感じてしまったラストでした…。

雫も今でこそ恋は盲目(「お前しか見えない」のではなくて「お前も含めた周り全てが見えていない」)の特性で舞い上がってプロポーズまでOKしているけれど客観的に物事が見える大人になったその時に変わらずに彼を素敵だと思えるかは物凄く微妙な問題で、声優を演じた方が「続編が出たらこの2人はもう結婚していると思いますか?」と聞かれて「いえ、多分すぐに別れると思います。」と答えた夢の無い回答の方に物凄くリアリティを感じたものでした。(ちなみに、この回答は当然のことながらファンの皆さんから大ブーイングを喰らっていた。)皆は非難していたけれど中学生恋愛がそのままゴールイン(結婚)した例は私も現実に見た事は無いし(そういうカップルもいるんだろうけど絶対少数派であり現実にあまり無い展開である事は確実だろう…。)やっぱりリアリティは感じない映画だよなあ、と再認識してしまった物語です…ゲフッ!
スポンサーサイト

ガラスの仮面⑮⑯

2010.11.29
 内容はほとんど劇中劇の「二人の王女」のストーリーばかりが展開されています。(文庫本の表紙も1冊ずつアルディスとオリゲルドが描かれ対になっている。)過去にオペラで役を演じたという女性が登場したり元になる原作があるのか(昔からの作品なのか)と思いきや、なんとこの話は原作となる作品がある訳ではなく作者のオリジナルストーリー(いわばこの物語自体が短編のようなもの)という事が判明しました。映画「エリザベス」及び関連作品を読んだ事のある私としては絶対にキャラクターのモデルはこれだろと1人で勝手に盛り上がってもしまったので強引に関連させながら語っていこうと思います。

 王妃ラグネイド・ゴッドフリード(アン・ブーリン)…ラグネイド「国王陛下。あなたは国王陛下なのですよ。カタジーナ様との離婚も私との再婚も何でもできるはずではありませんか。」
ラストニア国王「だからと言って教会を無視する事はできんのだ…!」
ラグネイド「じゃあ貴方と結婚する為には『死が2人を別つよう』に画策するしかありませんわね。」

かつてのイングランド王ヘンリー8世の愛妾であったアン・ブーリンは自分と結婚しないのならもうこれ以上の(肉体)関係は続けられないと国王に新しい教会組織を作らせてまで結婚を果たし(見事、自分が2番目の王妃になった)しかしワガママな性格にあっさり飽きが来た国王は彼女の為に払った犠牲(「何で俺はこんな女の為にここまでしてしまったのだろう。」という気持ち)がそのまま憎しみに変貌し彼女の実兄・その他大勢との姦通容疑(でっちあげ)で死罪にしていました。侍女と大貴族の娘という違いはあるもののワガママな野望から正妻の座を手にした経緯(2番目の王妃ラグネイド)や犯してもいない不倫の罪で極刑にされた最期(1番目の王妃カタジーナ)など元となるエピソードは彼女の生き様から取ったのではないかな~と多少関連付けて考えてしまったものです。アン・ブーリンがエドワード一世の策略により処刑された最期といい彼女がオリゲルドの復讐という因果応報の結果から「処刑される」事は思えば始めから決まっていたんでしょうね…ゲフッ!

 ラストニア国王アードルフ1世(ヘンリー8世)…国王「オリゲルド、これから先誰が何を言おうとお前はわしの娘だ。その証拠に家宝の首飾りと宝剣を授けよう。」
ラグネイド王妃「陛下!8年前に彼女を牢に入れた当事者のくせに今になって何をコロッと態度変えてるんですか!?」
国王「何も言うな王妃!オリゲルドの事でもうつべこべ文句は言わせぬぞ!」

愛妾との恋に溺れて本妻を無実の罪で極刑に追いやり、何の関係も無い実の娘まで愛妾との新しい家庭に邪魔だからと牢につなぎ、ハーランドとの戦争でも和平直前に送られた援軍に目がくらんで隣国を滅ぼしている始末(「ビエナ、処刑されたハーランド王家の方々と一緒に私も死にたい!私は何の為に単身敵国に乗り込んで間を取り持ってきたんだか…!」byアルディス)自分がしでかした事も忘れて勢いのままに浅はかな考えで行動する姿勢は生涯を通して変わらなかったようです。(トップとしてダメダメだな、この男…ゲフッ!)最後はオリゲルドの姦計によって毒殺された国王(ヘンリー8世のように性病が原因で死んだのではなくて良かったです…ゴフッ!)ですが「息子(エドワード王子)をもうけながらも当の息子は後継ぎを残さずに早世してしまい、かつて見限っていた娘(姉のメアリ王女)が王位を引き継いだ」経緯といい、ストーリーの原型はやっぱりこのご一家の王位継承争いを元にしているのではないかな~と邪推は尽きない私でした。血筋的には確かにオリゲルドの父親だけれど父親の役割を放棄した人間は既に親ではないんですよと都合の良い解釈ばかりしている彼(だからこそ騙せたんでしょうが)にツッコミを入れてしまったものでした…ガフッ!

 オリゲルド女王(メアリ女王)…オリゲルド「なぜ私が地獄の中で生きるのです?地獄だったのは牢獄で暮らしていたあの日々です。」
ハルドラ皇太后「辛く悲しい一人ぼっちの日々…。オリゲルド、今がそうでないと言えるのですか?」

理解者が側に誰もおらず努力と執念で一人ぼっちでトップに立っている(唯一の理解者が敵対しているはずのアルディス(マヤ)だった)…なんて、まんま亜弓さんのキャラクターじゃないですかとキャスティングに納得したものです。ハルドラおばあ様が言うとおり昔から孤独な方ではありましたが、それでも「いつか玉座に昇り母親を殺した者達に復讐を果たす」という「目標」があったうちは楽しかったんだろうな、きっと…(「運命の騎士よ!お前がどんな悲運を私に授けようと負けるものですか!」byオリゲルド)と読み返して思ってしまいました。(幸せか不幸せかはともかく生き生きと生きていた時期は有ったよね、というか…。)普通はあくどく生きながらも「越後屋お主も悪よのう…。」「いえいえお代官様ほどではございませんよ。」というパートナー(越後屋)がいそうなものですが自分の弱みを知っている人間を生かしておくことはできなかった悲劇の女王である彼女は片腕であった大臣をも殺してしまい孤独に一生を終えるのでした。(本当に彼女を愛している人間は憎んでいた義妹のアルディス王女一人だけだったという事実が皮肉です…。)なんだか20才も年下の夫と上手くいかず1人で死んだメアリ女王(ブラッデイメアリの名で知られるようにプロテスタント教徒を根こそぎ処刑した事で有名なヘンリー8世の長女。亜弓さんのお気に入りの紅茶の名前もクイーンメアリ(メアリ女王)ですし思えば彼女がオリゲルドを演じる事は始めから決まっていたのかもしれない。)を思い出しますがメアリ女王にはアルディス王女のような理解者もいなかった事を考えると余計に悲しみを感じるモデルです。母と引き裂かれ義妹エリザベス王女の侍女にされたメアリ王女はオリゲルドと同じように憎しみだけを糧に育ち野心と復讐心を人生の励みとし、愛と情けに背を向けて疑惑の影の中に心を落ち着けてきたのでしょうが…自然に王位が転がり込んできたメアリ女王に比べると姦計を持ってして自分で王位を手にしたオリゲルドの方が明らかに頭が良いよなと見比べて改めて感心もしてしまったものでした。という訳で「2人の王女」私はオリゲルド派です。

 アルディス王女(エリザベス女王)…「北欧ラストニアの春の女神の娘と噂されるアルディス。神からも愛される光り輝く美少女、天使のように優しい心、そして聖母(マドンナ)のほほえみを持つ少女。」

王女という生まれの違いはともあれブリッ子という性格的な面ではマヤと同じ性質を有しているよな(落ちぶれても周りには友達がいて恋してくれる男もいて、どんな境遇になっても人には恵まれている辺りもね)…とここでもキャスティングに納得したものでした。立ち位置としてはイングランドを発展させた女王エリザベスなのでしょうが、生涯独身を通しながらも長年に渡ってレスター伯(ロバート・ダドリー)との不倫を続けていた彼女と比べると随分と清らかに仕上がっている王女様です。オリゲルド王女といいあのダメ王からどうしてこんな優秀な王女達が…?と疑問を感じてしまう位国の事を考えている(考え方の方向は正反対だが)女性達ですがエリザベス女王として素晴らしく国を発展させるはずが自分で女王の道を拒否した彼女は結局王位には登らずに終わっていました。恋人と共に他国に亡命するも働いた事もない貴族カップルがどうやってこれから生活していくんだという疑問はユリジェス自身が商才に長けた貿易商という事もあり困らなそうですし国は無くしても愛はいつも彼女の側にあり満たされて生きている様には対比も合わせて改めてオリゲルドに同情してしまったものでした。(ラストニアの後継ぎはオリゲルド×アシオ王子の夫婦生活が冷え切っていてもアシオ王子自身に恋しい女達(妾達?)が沢山いるようだから大丈夫なんでしょうね…ゲフッ!)父を毒殺され母を祖父を謀殺され弟を射殺されてもまだ姉(オリゲルド)がいる以上アルディスにはオリゲルドのような絶望感は一生味わえないのかもしれません。周り中の人からぬくぬくと愛されて育ち、牢獄でも看守達が友達になってくれた彼女の人生は思えば幸せな一生だよなと実感したものでした。(1人で国を背負い、愛する人(ロバート・ダドリー)と結婚もできなかったエリザベス女王よりも恵まれているんじゃ…?)

ガラスの仮面⑭

2010.11.28
 「役は与えられるものではなく自分でつかみ取るもの」という月影先生の言葉通りにオーデイションにねじこんで自分のずば抜けた実力を発揮して役をゲットする巻です。内気で引っ込み思案な主人公の性格は相変わらずだけれど芸能界を追放された立場から見事、再起を果たした展開で内容の濃さに面白さを感じたものでした。(それに比べて「紅天女」辺りのグダグダは何なんだろうね…。)

 江川ルリ…「観る人に楽しんでもらえると思ってですって…!?私達が審査員の前で上手くやろうと意識しているのに比べまるっきり意識が違う…!」

「役者なんだわこの人、こんな審査の場でさえ…!」とプロとしての意識の差に圧倒され(彼女もまたテレビ番組にまで出ていた「役者」ではあるのですが「審査をこなす」だけで精いっぱいで「観客を楽しませる」余裕までは持てなかった。)「毒」の一人芝居や「キッスは目にして」のペンキ塗りでも圧巻されていたものの唯一オーディションで反撃をした女性(「感動を生むレストラン」(勝手に命名)でマヤの他にただ一人「失恋レストラン」(勝手に命名)として演技を成功させた人。同じタイトルの歌を歌った女性は完全に失敗しているしマヤがいなかった場合、選ばれていたのは彼女だった事だろう。)としてここで取り上げてみました。彼女も彼女なりに頑張ってはいたのですがマヤのあまりのズバ抜けた才能に戦意すら失ってしまった様子(「敗北だわ、完全に…。」by江川さん)です。実力のほどに敬服し、おかげでオーディションのライバルだった皆さんは全員マヤの舞台を応援する人間として味方についたのですが所詮は一時しのぎの脇役、人気も今一つだった様子でこれ以降彼女達の出番は有りませんでした…ゲフッ!

 速水真澄…モブ「知ってる?最近の真澄さまの噂。あの方が恋なさってるって…。」

「忍れど色に出にけり我が恋は~物や思うと人の問うまで~」(相手が誰かは分からなくても「あなたが恋している」事はバレバレですよ)という歌が既に存在していますが、その通り真澄様の「変化」はもう既に水城秘書ばかりでなく周囲の人間まで察してしまうほど顕著なものになってしまっていたようです。不幸中の幸いというか噂の相手の「チビちゃん」(マヤ)がお相手としてあまりにも説得力の無い人間(そして真澄様と接している時はいつも悪態をついて「仲が悪い」様と見せてくれている。真澄様本人が彼女との掛け合いを楽しんでいる反面、色気とは正反対のムードしかない2人の姿に「悪友」以外の解釈を発見するのは水城秘書と紫織さん位だろう。)であるが故に誰も相手の正体に気づいていないのが救いですかね?ともあれ会社中の噂にはなっているせいもあって「下手な相手と燃え上がる前にさっさと打算的に結婚させなければ!見合いをしろ!真澄!」と義父はこの「2人の王女」の舞台終了後に見合いの話を強引に進めた(今までは「あ、興味無いの。なら別にいいよ。」と本人の意向のままにスルーしていた。今上司命令(パワーハラスメント)を持ってしてまで縁談を勧めている辺り義父もまた危険信号を感じている)ような気がします。その危機意識自体は正解ではあったのですが、本人が既に恋を自覚してその上で相手に援助している辺りもう手遅れの域まで進んじゃっている気がするんですけどね…ゲフッ!

 桜小路優…マヤ「今のあなたに会う勇気があたしには無いわ。今日はありがとう。思い出の中でいつもあなたは優しかったわ。」

あり~がとう~さようなら~桜小路くん~♪とお別れの言葉に続いてしまう辺り未だに忘れていない桜小路くん側と違ってマヤの中では完全にいい思い出の中の(終わった)人として片がついている様子です…ゲフッ!(彼氏がいながら他の男に本気になって乗り換えた勝手な恋の顛末が真実「いい思い出」と呼べる類であるかどうかは疑問ですが…ゴフッ!)会いに行かなかった(全てを無かった事にして今もなお図々しく友達面して甘ったれようとしない)辺りは立派でしたが自分が来た証拠に花束を置いて帰ってしまったせいで「僕を見にわざわざ来てくれたんだね、マヤちゃん…。」(いや、チケット送ってタダで芝居を見れるように状況を整えたのは君だから!)と今でもまだ彼女が自分を想ってくれているかのような錯覚を起こしている彼に「…。」とも思ってしまったものでした。現在既に舞ちゃんという立派な彼女がいるんだし勝手な昔の彼女の事などあなたも忘れてしまいなさいよ(これを契機にマヤの為に頑張る必要は無いから!)とツッコミを入れてしまった伏線エピソードです…ガフッ!

 北島マヤ…真澄「俺の納得のいく演技をしたなら俺は君に惜しみない拍手を送ろう。そしてもし君の演技が俺を感動させたなら俺は君の望むだけバラの花を贈ろう。」

大都芸能の速水真澄に花を贈られるという事は「一流の役者」として認められるという事であり劇場の宣伝の為にもむしろ自分の劇団に属している(表現力で言えばマヤよりも実力は上の)亜弓さんの方に贈るべきではあるんですけどね…。(「真澄様、それほどまでにあなたはあの少女の事を…。」by水城秘書)わざわざ憎まれ役(本人に嫌われる損な役回り)を買ってまでマヤの闘争心を煽り上達を促している辺りも彼の深い愛を感じて感慨深くなったものでしたが、対して表面つらの態度しか見ようとせずに結果自分が得をしたことも忘れて相手の事を罵倒するばかりのマヤに「…。」と思ったのも確か(そういう性格だからこそ真澄さまの手の上で転がされる、思うように動いてくれるのも分かってはいますが…。)で、この2人、やっぱり相性は悪いのでは…?という思いは大きくなるばかりでした。(マヤが速水さんの表面しか見ていないのと同様、速水さんもマヤがどんなに憎まれ口を叩いても子供のように(実際、性格は子供レベルなのだろう)次の瞬間には忘れている彼女の母親の死は彼が思っているほど尾を引いていないという事実を分かってはいない。)オーディションでのマヤの実力には感服しましたが改めてマヤの魅力って演劇以外何も無い(性格は悪い)のでは?という思いが出てしまって真澄様のお相手には向かない気がする我々姉妹でした…。

ガラスの仮面⑬

2010.11.27
 文庫版表紙は劇中劇「真夏の夜の夢」が描かれており中心となっているパックを演じるマヤがこの表紙のようにフンドシ一丁で上半身裸の衣装でなくて良かった(申し訳程度に葉っぱがついているけれど胸板ほとんど丸見えじゃないか!)と変な所でホッとしたものでした。森の奥にはロバの頭をかぶった村人に血道を上げているタイターニア女王がさりげに影として描かれていたり芸が細かいなとも感じたリアル表紙でした。

 里美茂…「電話をかけても出ない、向こうからも何の連絡も無い、俺に会いに来ようともしない。付き合いを断られたのは俺の方だ…。」

「振られたのは俺の方だ…。」(確かにな)と未だにマヤの事を引きずっている里美さんに対して当のマヤは彼の事などすっかり忘れ去っている(で、2度と思い出しもしない)状況が痛すぎて同情してしまったものでした。自然消滅として終わった恋ならば彼も彼で新しい彼女を作ったり「昔の思い出」として同じように忘れ去って元来の性格通り華やかに過ごしていてほしかった(「今は新しい彼女がいるけどあの時の俺は本気だったんだ!」「結局そういう男なのかよ、このチャラ男!」…という展開の方がよりリアルだし変な話だが胸も痛まない。)のですが「あいつ…!」と桜小路くん(マヤに想いを寄せる男)に嫉妬している辺り今でも未練たらしく想いはくすぶっている様子です。どちらかというと他に彼女(舞)を作っている桜小路くんの方こそ責める資格は無いように思えるんですが…ね。(「君は…あの子を好きだったの?」「いや今の僕には舞という立派な彼女がいますから。」「結局そういう男なのかよ、このチャラ男!」)という訳で主人公のマヤが完全に忘れている(挙句に他の男に恋している)以上本気の恋の相手だったのにその後2度と出番が無くなってしまうキャラです。合掌。

 桜小路優…「僕があなたならそんな事であきらめたりはしなかったでしょう…!」

長年の「いい人」扱いにも耐えられる君だもんな…どうせ「いい人」止まりですよ…byうちの妹)と未練たらしさに関してはピカ一で今もなお諦めていない彼を思わず遠い目で見てしまいました。そして改めて長年付き合ったこんないい彼氏を袖にしてまで里美さんと付き合ったくせにあっさり2人共を忘れているマヤが苦手に思えてしまったものです。(貴女は一体どんな気持ちで里美さんと付き合っていたんですか?あっさり別れてしまえる程いい加減な気持ちだったんですか?)公衆の面前で抱きついてカップル成立した桜小路くんに対してもこんな扱い(使い終わったボロ雑巾のようにあっさり捨て去った)同じく記者の前で初恋宣言して付き合った里美さんに対してもこんな扱い(「こんな思いは初めてなの。」と言っていた割にそんな思いが冷めるのも早かったんですね…ゲフッ!)しかできない正式に付き合った男に対してさえ無神経な女性(もはや「鈍い」とか「天然」とか「可愛い」で許される範疇は超えている気がする。)なんだから諦めて他の女性と付き合った方が幸せになれるよと真澄様と桜小路くんのどちらに対しても語りかけてしまったものです…ゴフッ!

 速水真澄…「俺の周りは本心を隠して笑顔を浮かべているようなタヌキばかりだからな。」

だから裏を読む必要の無いマヤは貴重だと彼は言いますが当の彼女が言う内容は彼への誹謗中傷ばかり(「大都芸能の冷血仕事虫!イヤミ虫!」)でそういう本心はもっと偽るべきというか覆い隠すべきではないのか(自分の本心に嘘をついて笑顔を浮かべるタヌキの方がまだ「思いやり」があると言えるだろう。そんな「無神経な正直さ」に一体何の価値があるのか私には分からない。)とツッコミを入れてしまったものでした。裏が無いから(というより裏の顔を持つだけの頭が無いから)「この人が自分を『騙す』事は無いだろう。」と「安心」はできても安らぎになっているかどうかは大いに疑問ですし(ボートに乗ってデートしてるところ悪いが里美さん騒動で色々傷つけた経緯を私は忘れた訳では無い。)カップルとしての相性はどうかというと年の差に関係無く確実に悪いよなと実感したものでした…ゲフッ!その後マヤが直球で傷つける発言をした為に速水さんが現実に妥協して紫織さんとの見合いを承知した(「ときめき」じゃなくて安らぎとなぐさめが欲しくなった)のも思えばこの本心を隠さない彼女の性格のせいで確実に「美徳」では無いよな…と色々考えてしまったものでした。

 「真夏の夜の夢」…速水さん「自分達を安っぽく見せるな。無料だと世間は君達を甘く見るぞ。誇りを持って観客からは料金を取るんだ。」

そうそう、このブログをやっていて自分も思ったけれど人間は無料だといつの間にか自分の望み通りに尽くして貰うのは「当たり前」で同等に返したことなど1度も無いくせに「もっとよこせ」と増長してアピールするようになるんですよね。(記事更新した翌日にコメントをよこして更なるサービスを期待する割に新しい記事が更新されるようになれば「何の労力も無く美味しい思いができるんだから」と放置する。結局いつも「見返り」が見込めない限り動かない。匿名といい、人間の本性って所詮こんなものなのか。)いつの間にか「見ていて楽しかった」から「見てあげている自分の存在をもっと実感して尽くしなさいよ」という無言の圧力に変わりかねない(と言ってそんな人間に尽くした所で当の本人は例えば劇団がピンチに陥った時に助力を求めても真っ先に手のひらを返すだろう。元々自分の要求を満たす為に相手の真心を利用する事しか考えていないエゴの塊でしかないので人情に期待はできない。)という危険性も真澄様は分かっていたんでしょうね。(「タダより高い物は無い」という諺の意味は本当はこういうことではなかろうか?)劇団員たちは観客に芝居を見て貰う存在でありながらも観客のお楽しみの為に利用される奴隷でも召使でもない。衣食住を面倒見てくれている主人でもない、ただの勘違い人間の為に無料で尽くしてあげる事は相手の為にも、そして自分の為にもならない(そんな人間に媚びへつらって「誇り」を捨てる必要は無い)という人間心理を多分真澄さまは分かっていたのでしょうね。(その割に紫のバラの人としてマヤに尽くし過ぎですが…ゲフッ!)その後、大成功を収めた劇の結果と合わせてアドバイスの的確さに思わず頷いてしまったものでした。(昔の私はファンってもっと純粋なものだと思っていたので…今はその薄汚い本性が透けて見えます。)

変身できない

2010.11.26
 漫画版です。先に出たのはこっちだそうで同じ登場人物は使っていても話はマルッと絵担当の香坂先生が考えたようなものらしいですが後を追うような形で小説化(もちろん篠崎先生担当)もされているし、そもそも主人公である染谷自身が第1巻から登場していた篠崎先生が生みの親のキャラクターだし、という事でカテゴリは同じにしてしまいました。スピンオフ作品まで出ているなんて本当にこのシリーズはキャラクターの一人一人に到るまで人気があったんだなあ~、と人気のほどが改めて伺えるサイドストーリーです。

 本田妹…「今日は久芳さん、来てないの?久芳さん。」
本田「バカ野郎、お前なんざ、ワイパーに挟まっているチラシほどにも相手にされてねー…。」

どうやらこの兄妹は揃って面食いらしく「ねえ、お兄ちゃん。もう一回あのオカマ連れてきてよ。今度はスッピンで。男の恰好して貰って。」と妹は妹で染谷を気に入った様子です。(そして女だけに化粧を落としても「男」としてそれなりに美形だと見抜いたのだろう…。)が、久芳さんは久芳さんで綾瀬(男)に心を奪われており、オカマの染谷は実の兄(男)とカップル成立し惚れた男を次々に男に奪われている様には家族(兄)の稼ぎにたかって生きている性格の悪い小娘という面を差し引いても多少同情はしてしまいました…ゲフッ!それがボーイズラブの鉄則とは分かっているけれどマトモな恋愛の機会もあるのにどんどんホモが増えて行っているな(…伝染するのか?)とツッコミも入れてしまったものでした…ゴフッ!

 染谷薫(父)…「いいか北。あいつは今でこそああだが、そりゃもう優秀で真面目ないい子なんだ。お前と違ってな!いや今だって約束を破ったりすることは無い!それなのに電話したらまるで息子を信用してないみたいだろうが!」

だったら信用のできない北には「弁護士になれ」というのではなく「うちの事務所に来い。お掃除おばちゃんでも書類整理の雑用係りでもお茶くみのみの社畜でも、何はともあれお情けで雇ってやるから。」と言えば良かったものをよりによった誤解を招く一言を言ってしまったが為に息子との確執が生まれてしまったのでした…。(狩納さんにしたって弁護士資格を取れるだけの頭はあっても相談者にうまく対応できるだけの対人関係能力は確実に無いと思うのだが…ゲフッ!)どうやら出来る人間には口を出す事自体が失礼という考え方らしく息子にも干渉してこなかったようですが、それで息子がオカマ(怒られる程度には干渉されるダメ人間的存在)に走る原因になってしまったのなら全てはこの父親の因果応報だったと言える辺り…切ないです。「これからは遠慮なしにどんどん踏み込むことにした」そうですが恋人ができた後で親に四六時中干渉されるのも子供としては迷惑な話(ぶっちゃけ、うざい親だろう…ゲフッ!)であるし再度、親として関わり方を間違えてるよな~とツッコミを入れてしまったものでした…ゴフッ!

 染谷忍…本田「お前に惚れてる。俺と付き合え。」
染谷「女装のせいで忘れてるかもしれないけど、僕はアンタと同じただの男なんだよ!工事(手術)の予定も無い!」

どうやら彼は「『心は女』だから女装している」(将来は手術してでも「女」になりたい)のではなく「華やかな存在に『変身』したいから女の格好を利用している」だけ本当の自分(男)は今までと何も変わり無い惨めな中身のままだ…というコンプレックスをずっと抱えていた様子です。表面つらを誤魔化して悪く言われても上手くかわす事だけは上手になったけれど、その逆に本音で付き合える人間も誰もいなかったらしくズカズカ人の生活に土足で踏み込んでくる礼儀知らずの本田さんは失礼な反面新鮮でもあったんでしょうね。最初は礼儀も何もなっていなかった本田さんも「正装」を特攻服(「うちの親をショック死させる気か!」by染谷)からスーツとネクタイに改めるまでには成長したようですし、お互いがお互いの存在で成長している話として締める事に致しましょう。

 本田宗一郎…染谷父「本田君…と言ったな。君、仕事は何を?」
本田「(暴走族の)後輩と(チンケな)整備工場で車のメンテナンスや(違法)カスタマイズをしています。良かったらお(義)父さんの車も是非。最高の(ヤンキー)車に仕上げます。」
染谷父「それは有り難い。君も何か法的に困ったことがあったらいつでも来なさい。」
染谷(地雷原を歩いてる気分だ…!)

しかし父親は(何故か)誤魔化せているし、ここは上手く踏み抜けられるかと思いきや「結婚を(勝手な)前提にお付き合いさせて頂いています。」という決定的な一言で全てをおじゃんにしてしまった漢な本田さんでした…ゲフッ!息子がオカマだけでなくゲイにまで走った事で心臓発作を起こし、車で病院に送るというポイントも仁義のペイントが描かれた炎の車でマイナスされ(「何だこの頭のおかしい車は…っ!」「父さん!ああっ余計に発作が…!」by染谷親子)今回さらに気苦労が増加されたお父さん。とはいえ学歴も無い底辺のクズ一人簡単に消せる辣腕弁護士である父親その力を発揮しない程度には認めて貰えた(忘れそうですが元々この染谷父は暴力金融屋・狩納父と本職ヤクザ・大和父と懇意にしていた「そっち方面の人間」なんだよね…。)様子で正式に「婚約者」にまで進展はしたと思って…いいのかな…ゴフッ!

お金じゃ解けないっ

2010.11.25
 お金がないっシリーズ第7弾です。元々最初の3作位ドラマCD化されており(そしてその後は「もうさんざん紹介したし区切りも良いし、まだ後日談を知りたければ原作小説を買って読んでください。」という事なのかシリーズは続いているのにCD化はならず。)挿絵担当の香坂透さんが漫画化までしており(月刊で話を描いている事よりも何よりも、企画が通ったのが、凄い。)そしてこのたび大人気が昂じてシリーズのOVA化までされた…そうです。(映像化まで…!)人気って素晴らしいんだなあ(ていうか買う人がいるんだなあ…それも多数。)とつくづく思い知らされる驚きの事情です…。

 <お金じゃ解けないっ>

 狩納北…狩納「俺が綾瀬の大学のクリスマスイルミネーションに顔出すと、都合悪い事でもあるのか?」
染谷「あるに決まってんでしょ。どこの世界にヤクザに学校へ来られて喜ぶ人間がいるのよ。スーツ着てたって堅気になんか見えないのよ。全身を覆う負のオーラが…ねえ、久芳君?」
久芳「…。」
狩納「なに目ぇ逸らしてんだ、てめえ!」

そして場違いなのを承知の上で大学祭に行ってみたら、綾瀬には逃げられるわ、ステージの鉄骨が落ちてきて大怪我をする羽目になるわ(「でも病院までは自分で来られたんだな?」「う、うん…右腕を2か所、肩と肋骨を一か所ずつ折る重傷だったんだけどね。」by綾瀬)狩納さんはつくづく報われない男です…ゲフッ!鉄骨の下敷きになってその程度の怪我で済んだのは不幸中の幸い(普通はICU直行か、悪くてご臨終である。)ではあるものの以前とまるで変わらない生活を続ける狩納の姿にいつしか綾瀬以外誰も同情しなくなった(ケガは幻だったのではないか、頑丈なギプスに見せかけてその下には折れた骨よりよほど物騒な物を仕込んでいるのではないか、等々、嫌な疑いまで持たれている。)のにも普段の行いが悪い成果とはいえ可哀想に思えてしまった顛末でした。おかげで綾瀬とは親密さが増していますが、それも怪我したことでの同情効果が強そうですし、やっぱり気持ちの面での進展は遅いお二人だと認識を新たにしたものです…。(体の関係は進展し過ぎという位、進んでいるのにね…ゴフッ!)

 木内孝則…「ずっと、言わないつもりだったんだ。友達で、いられなくなるだろうし、それに男同士でこんな話、気持ち悪いだろうから。…でも、この前の病院での事は、謝れない。キスした事と告ったことは謝れないから、ごめん。」

心を開いて一歩を踏みこんだ成果で「恋人」にはなれなくとも、より親密な関係になれた…というのは小説というフィクションならではの展開で現実ではまずありえないだろうなあ(異性間の告白すら「今まで『友達』だと思っていたのに裏では自分をオカズにしたり妄想ばかり膨らませてエロい発想で貶めて…そんな事ばかり考えてたんだ。気持ち悪いし信用ならないよ!」と翌日から便所コオロギを見るのと同じ目で存在を完全否定される事も少なくない。「お友達でいましょう。」というのは結局「友達以上の関係を勝手に見込んで目指してんじゃねえよ!」というお断りの返事でしかない。)と不自然に「純粋な仲の良さ」を深めている彼らに「…。」と思ってしまったものでした。「友達の立場」を許されても相手に恋人がいる事(つまるところ振られた事実にも見込みのない未来にも変わりはない)ことに気まずさは感じるでしょうし、まず仲良くはなれないな(むしろ確実に距離を置くだろう。)と木内の都合の良い性格にツッコミも入れたものです…ゲフッ!綾瀬が「同性から告白された事」を影で言いふらして笑い物にする性格の悪い人間でなくて本当に良かったね、木内くん(少なくとも大学でも君の立場は保証された様子だ!)と多少、慰めは入れられるのですが…ゴフッ!

 綾瀬雪弥…「お、俺…男の人とこんなことするの嫌だって思っていたのに…ど、どうしよう、狩納さん…俺、おかしくなっちゃった…。」

男女の恋愛譚を聞いて「好みの異性のタイプ」(ノーマルな男の趣味嗜好)とやらが自分の中には無い事、同性(狩納さん)との性行為にこそ快感を感じている自分に改めて悩んでいる綾瀬でしたが…読者(私)に言わせれば今まで6冊も痴態を演じて来ながら何を今さら…(むしろ今更悩むことでなく、もっと早くに考えてしかるべき問題だろう。)と思わずツッコミを入れてしまいました。(時間軸においてはまだ半年しか経っていないそうなので仕方ないのかもしれないが…その間にヤクザ崩れの金融屋に体を買われ、同級生に襲われ、実家での遺産問題が浮上した処々諸々の事件が相次いだって濃い半年間だな!)まあ、狩納さんを「借金の為に仕方なく体を捧げている債権家」でなく同級生(しかし男)の告白を断ってまで「特別な恋人」として認識したのは彼にとっては牛歩の如くゆっくりな歩みであっても大きな一歩だったかもしれない(進んで良い一歩だったのかどうかはともかく)と一応、拍手はしたものです。この分では彼が大学を卒業するまでに20冊くらい本が出そうだとも(半年で7冊分の「事件」が起きてるって…。)と再度、彼の人生の濃さに驚かされてもしまいました…ゲフッ!

 <辞められない…>
久芳「綾瀬さん。車両泥棒(窃盗団)の首謀者が知人にいて、鍵を使わずに扉を開いて車を動かせる俺の昔の仕事は…。」
綾瀬「解りました。車の整備関係の仕事だったんでしょう?車に鍵閉じ込んじゃった時とかにドア開けるお仕事とかありますもんね。何だっけ…あれ…ジャスラック?」
久芳「…え?」

どこまでも現実の人間の醜さに気づけない「天然」って恐ろしい(普通は10人中10人が車泥棒の一味だと勘付く所です。)と綾瀬の鈍さに今回ばかりは拍手したものです。自動車泥棒だった過去を想い人に知られたくないと悩む小さな男・久芳さん(だから悪徳の権化ではあってもスケール(だけ)は大きな男・狩納さんに勝てないんだよ。)にとっては救われた展開でしょうが、結局現段階では狩納の犬である事がさらに確定づけられただけで、セックスの現場を見せつけられるわ、弟の名前を名乗ったことで脅されるわ(「死ぬ気で働けよ、『操』。」「ギクッ!」by誉)脇役だから仕方ないとはいえ(禁句)あまりにも不憫な扱いには本人がそれで満足しているとはいえ同情してしまいました…。(むしろ男としてそれでいいのか…?)ピッキングの達人であり狩納と出会った当初は夜中に事務所に忍び込んで荒らすような矮小な男(「車パチる所見つかってボコられた逆恨みにコソコソ事務所荒らしに行くって滅茶苦茶だせーんですけど、兄ちゃん。」by操)だった過去を考えるとそれでも成長したのでしょうが、何でも言う事を聞く弟(あるいは今の立場は「余計な事を考えることなく自分の命令に従うよう躾ける」立場が自分から狩納さんに変わっただけかもね…ゲフッ!)と共に狩納の下で働き始める展開は現実では起こり得ないだろうな(そもそも正面切って対決する覚悟が無いから夜中に誰にも見つからないように嫌がらせする方向に走った根性の無い男なのだし50万円を手渡されたのをこれ幸いに「忠実に仕える」どころか確実に高跳びをすることだろう…ゴフッ!)6巻にて調子の良い男・祇園が突然「仲間を体張って守るいい人」に変貌した展開と合わせてツッコミを入れてしまったものです。現実ではなくドリームを描くのがボーイズラブだと言ってしまえばそれまでではあるのですがリアリティは無いよなあ、と改めて思ってしまった話でした…ガフッ!

お金じゃないっ

2010.11.24
 お金がないっシリーズ第6弾です。「もしも夢が叶うなら、どんな人間関係を構築したい?」と問われて綾瀬の妄想的日常に登場した猫が何故「25万円」なのか(私はてっきり血統書付きのお値段25万円の猫で綾瀬の為に狩納が奮発して買ったのだとばかり思ってました。)ここにて明らかにもなっています。犬と違って猫なんて勝手に散歩して戻ってくるし、小屋も段ボールで良いし(しかし試しにペットショップで売っていた猫用の家を与えてみたらそこで物凄く寛いでいた。どうやら猫の方の意見は違ったらしい。)手間がかからなくて良いと思うのですが、一家の大国柱の方は手間をかけなくても順位づけの元に自分に敬意を払ってくれる犬の方がありがたみを感じる…らしいです。

<ペットじゃない>
綾瀬「社長って猫の名前、もしかして狩納さん(社長)とお揃いの社長なんですか」
トド子「当たり前じゃない!この凛々しい眼、格好いいネクタイ柄!この子を見た時直感したのよ。これは神様があたしに下さった狩納社長だって…!」
狩納「やめろ、気色悪い。」

狩納自身は猫は嫌いなのに(「やっぱり犬は楽でいいな。」「犬じゃなくて犬のようにかしづいてくれる子分(人間)の間違いでしょ。実際の犬は雨の日でも散歩に連れて行かなきゃならなかったり、そりゃもう大変なんだから。」)全ては綾瀬のご機嫌を取る為に飼い始めた拾い猫。そうしたら自分に感謝するどころか綾瀬は猫の事ばかりかまうようになってしまい、いなくなった猫をゴミ捨て場まで探しに行ったら(バケツの水を浴びせられたりのドリフ的展開まで経た後で)当の猫は自宅のゴミ箱の中で悠々と昼寝していた…(「今すぐ蓋してゴミ箱ごと捨てちまえ!」「や、辞めて下さい…!」)ぶっちゃけ狩納さんの辛抱も結構ギリギリの所まできていたのでニゴ(治療費25万円)こと社長(狩納社長)が無事に飼い主に引き取られた最後には真面目にホッとしたものでした。「可愛いペット」には(綾瀬にもニゴにも)結局、最後まで懐いて貰えてない狩納さん。(最初の頃と比べると)健気になった割には相変わらず報われていない男でした…ゲフッ!

<お金じゃないっ>
 祇園寅之介…祇園「安心して、狩納兄さんだけは裏切らへんから。ぎょんちゃんは品行方正頭脳労働専門の強い者の味方やから!」
祇園(…もう、絶対に、この男には関わるまい。今後は必ず、真っ当に生きよう。)
綾瀬「その後、同じ大学の生徒だって分かって偶然、再会したなんて凄いですよね。何か、運命っていうか。」
祇園「そうなんや。ここまで来ると、もう呪われてるとしか思えへん。おそらく前世で犯した罪の報いか何かが…。」
綾瀬「な、何を言うんですか。俺、狩納さんにとって祇園さんって特別な存在だと思うんですよ。」
祇園「…特別な下僕…?」

…という訳で出番が少なく、漫画版ではその数少ない出番まで久芳さんに取って代わられていたり余計に影が薄くなっている祇園の久しぶりの登場(禁句)…もとい過去エピソードです。しかし平然と嘘をつくわ他人を利用しようとするわ挙句の果てには綾瀬に手を出そうとするわ(「10の罪で死ぬんも9つの罪で死ぬんも結果は同じやもんな…せやったら半端な濡れ衣を着せられて死ぬんよりも、いっそ本懐を遂げてしもうた方が…。」「じゃ、掃除しちゃいますね。」「ち、ちょっと…。」)この男が人間として信用ならない人物である事は明白で(むしろ初対面時に関係ない狩納に罪を被せて自分は体良く逃げようとした卑劣な男が、自分を犠牲にしてまで綾瀬を逃がしたのには狩納さんもビックリだったろう。)粗雑な扱いを受けるのにも納得がいってしまったものでした。損得計算ばかり考える狡い男でも綾瀬という「今まさに降臨した天使」の前では皆、良い人になってしまうのか(狩納さんも随分と丸くなったもんねぇ…。)怪我を負いながらも体を張って綾瀬を逃がす展開には現実では絶対にあり得ないな(むしろこの手の人間は矛先が他に向いたのをこれ幸いと真っ先に仲間を見捨てて逃げるタイプだろう)とツッコミを入れながらも感動してしまいました。(この話はフィクションだからな…ゲフッ!)そんな感じに、ぎょんちゃんへの好感度がえらく上がってしまった話です…。

 新見…祇園「に、逃げるなんて…約束の期日までには、まだ…。」
新見「じゃあ金が出来たのに、どうして顔を出さなかったんだ!」
祇園「せっかくお会いするなら…おめかしして出かけよ思て…。」
新見「ふざけんな!」
祇園(やっぱ、騒ぎになった途端、マッハで逃げとくべきやったな。ズルズルとつき合ってしもうたんが、運の尽きや。)

美人局(慰謝料請求という名の恐喝)に引っ掛かった祇園ですがピンチに陥った時に石地蔵のように黙りこむのではなく、回答として間違っていてもユーモアを含んだ言い訳が出来る辺りは大物だと別の所で感心してしまったものでした。(同じ「人を騙す人間」でも頭の悪いワンパターンの繰り返しで「こんなのマトモに新聞読んでれば普通に詐欺(ウソ)だと看過できるだろ!」とツッコミを入れたくなるような出来の悪い人間よりは彼はまだ見所がある。そんな見所は人間としてどうなのかという基本的問題は置いといて…ゲフッ!)調子ばかりは良い男だけれど、周りに調子を合わせられるだけの頭は回るのだろうと再度、祇園を見直してしまった一譚でした。後は逃げ足の速ささえ鍛えれば彼は立派な詐欺師に成長する事でしょう…ゴフッ!

 綾瀬雪弥…祇園「本当は服の上から着るエプロンやないんやけど、そこは想像で補って…いやあ、ええもん見さしてもろたわ。文字通り冥土の土産っちゅうか…。」
綾瀬「…俺、エプロン脱いで普通に掃除しても良いですか?」

掃除することを理由に「エプロンを着用する展開」に一見自然に話が進んでいますが膝は丸見えで肩に到ってはノースリーブという汚れから本人をちっとも守ってくれないエプロンという衣装を、女性さえ持っていない人間が多いと一部で評判のエプロンを(「料理だって手際が良ければ滅多に服を汚す展開にはならないし、いちいち着用しないわよ。」by友人)それも殿方の夢と欲望が詰め込まれた逸品(フリルエプロン)を男が着用するか!?(普通は「服汚すよりはマシやと思うで。」「いいです。どんなに服が汚れてもそんなもん身につけるよりはマシです。」と確実に着る方向には進まないだろ?)と考えればこれがどんなに不自然な展開かお分かりになるかと思われます…。(そりゃ狩納の旦那も「男の自分がどれだけエプロンを着た事があるか」という経験談に照らし合わせて、あらぬ疑いを抱くわな…ゲフッ!)巻末にて綾瀬もようやくこれが掃除の為でなく男の萌えを引き出す為に装着するアイテムだと理解した様子ですが、そんなもんDVD(「幼妻・裸エプロン調教」)を見せられる前に気づけ!とツッコミを入れてしまいました…ゴフッ!

オーメン2 ダミアン

2010.11.23
 アメリカ映画で「学校」が舞台といえば、ほぼ100%私服でダラダラした男女が授業を真面目に受けずにガムを噛んでいたり、先生に嫌がらせしたり(「天使にラブ・ソングを2」)卒業パーティーのパートナー探しに汲々としていたり(「キャリー」)しているはずなのに、この映画では制服姿も凛々しい少年達が私語をする事もなく年季の入った校舎を行進したり素晴らしくストイックな男子校(陸軍幼年学校)の姿を見せてくれています。斬新だったのはアイディアだけであらすじ自体は退屈な部分もあった1作目に比べると話もドラマ性が出てきており充分に楽しめた2作目でした。

 ダミアン・ソーン(ジョナサン・スコット・テイラー)…社長「子供っぽい事は辞めて自分を見つめろ。偉大なる瞬間を感じるはずだ。男子13歳は男の旅立ちだ。成人式をやる国もある。君もそのつもりで。」

それで5歳の頃から8年間(だけ)何にも起こらず(いや、正体を知らせようとしたブーゲンハーゲンさん達は遺跡と一緒に生き埋めになったけど。)13歳になった「今」になって、また異常現象が頻発するようになったのか(続く不審死、授業で当てられれば考えなくても全問正解、嫌いな奴は睨んだだけで苦しみ悶え出す殺人能力も開眼。ぶっちゃけ5歳の頃(1作目)よりも酷くなってます。)と納得した2作目の始まりでした。自分も周りもどんどん変わっていく、その中でおそらく従兄弟のマークだけが唯一「変わらない大切な存在」だったのですが悪魔の子になりきる為にはダミアンの人間部分を断ち切る必要がどうしてもあったのか、大切な人間を失くしたことでもう人間の世界に全く未練が無くなった「完成された姿」には不条理も感じたものでした。今でもマークが彼の手を取って上手いこと操っていれば(オイ!)と考えてしまう主人公です…。

 マーク・ソーン(ルーカス・ドナット)…ダミアン「君が好きなんだ。僕には『兄』だ。それ以上だ。頼む。一緒に来てくれ。」
マーク「やめてくれ。『獣』の兄なんてごめんだ!」

小説版では↑のセリフの他「君を愛してるんだ!一緒に生きていこう!お願いだ、僕のものになってくれ!」「僕に跪かせようとするな!」という愛の告白かと誤解しそうな位の熱い言葉(「跪く」ってアメリカ男がプロポーズする時の常套姿勢じゃないですか!)を吐いてくれ、サントラ版のタイトルの一つにも「I LOVE YOU MARK」という曲がある(ラブですか…愛ですか。)辺りダミアンが最も欲しくて信頼して愛していた人間がマークだったという事が分かります。だけどマークは自分の手に入らない、だったら他の誰の手にも渡さない(自分から逃げて、いつか誰か他の人間の手を取るなんて許せない。)そんな気持ちで殺したんでしょうね。他の誰でもない自らの手で殺したことでダミアンは永遠に彼の命を手の中に握って生きていくのでしょうが「手中にある」だけで彼のものにはなっていない事だって分かってはいるでしょうし、世界を手に入れても、それを滅ぼせるだけの力を手に入れた所で得られるものは何も無いのではないか(他に何にもすべき事が見つからないのは分かるけどね。)と先行き不安にも思えた私でした…。

 リチャード・ソーン(ウィリアム・ホールデン)…アン「こんなこと信じられる?」
リチャード「一応読んだだけだ。兄のロバートがダミアンを刺そうとして撃たれたのは事実だ。」

同じ物を読んで頭から信じない義母・アンと、事実の裏付けと共に実の兄の言う事を信じ始めた義父・リチャードとここから差が出始めています。思うにリチャードにとって「自分の息子」たりえたのは血の繋がったマークだけで、ダミアンは兄死亡により「仕方なく引き取ってあげている親類」(正確には血も繋がっていない。)でしかなかったのでしょうね。(アンのように「家族」という価値観の中で「自分の子供」が影でどんなに怪しい事をしていようが全てに見て見ぬふりをして絶対的に無条件に庇う対象ではなかった。)その辺が後妻アン(2人とも等しく血の繋がらない、なさぬ仲である「自分の息子」)との違いだったのだと思います。そして兄ロバート同様、自分の子供(マーク)を殺された事でダミアンに対しては殺意と恐怖しか感じなくなってしまったの…でしょうね…ゲフッ!

 アン・ソーン(リー・グラント)…リチャード「奴には味方が沢山いるんだ。短剣をくれ。」
アン「あげたわよ!(腹に刺して!)私も味方よ!」

ダミアンの義理の「母親」には当たるけれど…寄宿舎生活のおかげで一緒に過ごした期間は夏や冬の長期休暇くらいで(「家族」としての交流はいつも一緒のマークに比べれば微々たるもの。)大好きなマークの「生みの親」という訳でもなく(生かして側においた所で「マークと繋がりを持てる人物」でもない)アンが一途に味方としての姿勢を貫き通したのに対して彼にとってのアンは所詮「義父の後妻」(どうでもいい人物)でしかなかったという所だったのでしょう…ゲフッ!せっかく味方に着いたのに義父を倒してくれたのならもう用済みとばかりに焼き殺された最後には確実に味方に着くべき人選を誤ってしまったな(悲しい話だけど他者からの「自分の評価」って思いの他、低い物よ?)とツッコミを入れてしまったものでした…。

オーメン 特別編

2010.11.22
 オーメンとは「不吉な前兆」という意味です。そしてその言葉通りに写真(前兆)のままに人が死んでいくという内容の「ヨハネの黙示録」にもヒントを得たオリジナルシナリオ映画(小説化され263万部のベストセラーとなった。)であり、「エクソシスト」以降の当時のオカルトブームの波にも乗って70年代当時大ヒットした金字塔とも言える映画です。(映画本編を見た事無かった私ですら怖い本の話(「悪魔ゲームにちなんで6月6日6時から、どっちが早くクリアできるか勝負しようぜ!」「いいよ!で、何で666なの?」)から悪魔の数時=666というのは知っていた。)低予算映画ながらアイディアで面白くした内容(シナリオが面白い訳ではない。)に映画配給会社20世紀フォックスのアラン・ド・ジュニア社長も気に入り「追加の予算を出すから続編が作れるようにラストシーンを変更しろ!」と勧められ3部作化したそうです。

 ダミアン・ソーン(ハーヴェィ・スペンサー・スティーブンス)…キャサリン「ダミアンは心も体も健康よ。問題ないわ。」
ロバート「そうなんだ、それがおかしい。麻疹も水痘もしない。咳一つも。少々異常だ。」
キャサリン「予防接種を打ったのよ。」

現代ではそれで全て説明がついてしまう(そして「犬」でも病気によっては咳きこむし嘔吐もする。)とツッコミを入れられてかリメイク版ではカットされていたシーンです。とはいえ「山犬」から生まれたから人間の病気にもかからないし、「山犬」だから同じ系統の「黒犬」が下僕なのかと事実関係に妙な信憑性が生まれたのも確かな過去回想でした。ともあれ実子が死んでも奥さんが子供を産めない体になった訳でもないのだし(事実5年後には再度自然妊娠出来ているのだし。)ダミアンを養子としたのはどう考えても早計だったなと父親と牧師の「茶番」に今更ながらにツッコミを入れてしまったものでした。(人を騙したツケはいつか巡ってくるものですよ…。)

 ベイロック夫人(ビリー・ホワイトロー)…「若い乳母ではホームシックや男出入りもありますが私には無縁のこと。早速お子様の所へ。」

何十年も乳母を続けていた割には表情は怖いし朗らかさは欠片も無いし、浮ついた所の無いしっかり者という評価はあげられるかもしれないけれど「子供好きのする明るい女性」という乳母として必須の特性が全く感じられずに、出身の不透明さ(「私も妻も依頼していないのに、誰の紹介でここに来たんです?」)もあって不信感ばかり感じてしまった女性でしたがその正体はやっぱり悪魔の使徒でした。(そりゃホームシックにも男出入りにも縁が無いわな…。)おかげでラストシーンでも彼女に襲われダミアン撲滅の大きな障害となった訳ですが怪しいことは始めから分かっていたんだからドアを塞いだ後に家具を置くなどバリケード対策位はしておけよ(そもそも乳母は信用できる筋から雇おう。)とお父さんのロバートにツッコミも入れてしまったものです…。

 キャサリン・ソーン(リー・レミック)…「私を殺させないで。殺されないようにして。」

それが息子ダミアンのせいだとは思いたくはない、けれど息子の乳母は「ダミアンの為にするのよ!」と明言して自殺を行い、ダミアンの生まれに関してブツブツ言っていた牧師は雨も降っていないのに雷が落ちたという異常現象(そして教会の屋根の棒が折れて刺さった。)で不審死、新しく来たダミアンの乳母はどこかおかしいしどう考えてもダミアンを中心に変な事が起こっている…と思っていた矢先に2階から(他ならぬ本人のオモチャ車で)転落させられ、助けても貰えなかった事で(それが息子の意志かどうかは分からないが少なくとも息子の周りにいる何かは)確実に自分を殺そうとしていると直感で理解したんでしょうね。惜しむらくは気づいた後でも病院に居れば(ダミアンがいる家にさえいなければ)安心だろうと病室に鍵もかけなかった迂闊さ…でしたかね。

 ロバート・ソーン(グレゴリー・ぺック)…「息子を殺すなんてできない。あの子に罪は無いんだ。」

しかしダミアンの手下(腹黒乳母のベイロック夫人)が手を下し続けているのなら同じ事であり、友人のカメラマン(ジェニングス)まで前兆(オーメン)通りに首チョンパとなって殺されるのを目の当たりにし、実の子供(胎児)や妻まで殺されてしまっては、もはや義理の息子への愛情も義務感も恐怖にとって代わった様子です。しかし進入禁止の所を車でかっとばして進んでは警察に追われるのも当然で、見つかった所がまさに幼子に剣を付き立てようとする場面では撃たれても仕方ないよなと納得してしまいました。死後どうしてダミアンと大統領が手をつないでいるのかというと大統領はロバートの名付け親だからだそうで特に意味はなく、ロバートの弟の家にダミアンが引き取られて8年が経ってから「オーメン2」の物語が始まって行きます…。

オーメン666

2010.11.21
 リメイク版です。獣の数字「666」にあやかって2006年6月6日に全世界同時公開したという逸話がありますが、特筆すべきはその位で「キャリー」や「ポセイドンアドベンチャー」のリメイク同様、旧作の方が断然雰囲気が出ていて面白かった(ぶっちゃけ話の上っつらをなぞっただけで深みが無くてつまらない。笑って飛び降り自殺をする乳母といい、旧作版の人達は本当に演技が上手かったのに。)と改めて旧作の評価を上げてしまった映画でした。という訳でこれを見るよりもリチャード・ドナー監督の昔の映画の方を見ることをお勧めします…。

 ダミアン・ソーン(シーマス・デイヴィー・フィッツパトリック)…「サルが怖がってる。」

旧作では「NO!」(イヤ!)以外セリフなんて無いも同然だったのに結構しゃべっているなあ、と思ったのですが相違点はその位で、他は特に目新しい所は無いというのが残念な所です…。教会へ連れて行かれてパニックを起こすのも母親に殴りかかるのは違うだろう、父親にも同等に攻撃を加えるべきだし(え?)、その場に連れてきたことを恨むのならアンタが攻撃すべきは運転手だとツッコミが入ってしまいました。あくまでも彼の周りで変な事が起こっているだけであり、彼自身の意志で行っているかは微妙(オリジナルシーンを入れようにも、そもそもあんまり動いてくれていないキャラクター)という側面から見るべき物が無い実態は仕方なかったのかもしれませんけどね…。

 ロバート・ソーン(リーヴ・シュレイバー)…神父「奥様は子宮が傷ついてしまってもう2度と…。」
ロバート「2度と…何です?」
神父「2度でも3度でも妊娠するのに問題は無いんですけどね。」
ロバート「こんな時に紛らわしい言い方をしないで下さいよ!」

「こちら亀有公園前派出所」にて「ここの広さは御記載の通りで…。」「この値段で30坪なんて安い家じゃない。」「3と0の間のこの小数点は何だ!?騙されるな!こいつは書類通りだと繰り返すだけで一度も『30坪』とは言ってないぞ!」(ウソはついていないが重大な隠し事はしている)のネタを思い出しました。おかげで目論見通りに「このまま永久に『子育て』ができない妻が哀れだ。」と打算の元に身元もハッキリしない子供を引き取って育てることにしたロバートさんでしたが、結果として妻は当の子供ダミアンを不気味がってイライラとヒステリーを飛ばすばかりだし(誰の為を考慮して引き取ったんだか…。)自分は若くして撃ち殺される羽目になるし(ていうか、乳母をひき逃げして進んだら普通に警察に追われるでしょう…。)完全に選択を誤ってしまったなと改めて実感した次第でした…ゲフッ!

 キャサリン・ソーン(ジュリア・スタイルズ)…「困ったことになったわ。妊娠したの。中絶するわ。もう子供は欲しくないの。堕ろすわ。」

これでヒステリー発作が耐えなくて改めて「母親」になるには今の彼女ではちょっと無理があると第3者である誰もが納得して然るべき状況だとか、鬱状態が酷くて毎日泣いてばかりの情緒不安定な弱い女性だとかなら、彼女と医者の「中絶したい」という選択肢にも説得力が生まれたと思います。しかし、自分で子育てしなくてもいくらでも乳母を雇える外交官夫人(子育てなんて乳母に押し付け放題)である人間が子供をいらないというのは…精神的に限界というよりただ子供を育てる僅かな手間すら面倒臭がっているだけなんじゃないの?アンタの中に欠片も母性が無いというだけでは?)としか思えず共感できなかった母親でした。最後は輸血の中に空気を入れられてエアーボンベリズムによって殺されていましたが、窓から放り出されないのか…(もしかして激突して壊れる救急車代をケチりました?)と地味になった死に様と合わせて残念に思えてしまったものです…。

 キース・ジェニングス(デヴィット・シューリス)…ジェニングス「あなたにカメラを壊された者です。」
ロバート「どこで私の電話番号を?神父が死んだ画像も送ってきてくれたけれど私のメルアドもどうやって入手したんです!?」

全ては取材活動で済んでしまうのか(それでもこれってパパラッチって言うんじゃ…?)個人の電話番号やメールアドレスまで本人の預かり知らぬ所で入手し連絡を取ってくる彼の卓越した情報収集能力(に名を借りたストーキング能力)には舌を巻いてしまいました。(しかしこれは普通に個人保護法に違反しているのではないでしょうか?)最後は天罰が下ったのか屋根修理のオッサンがハンマー落下→看板の支柱に当たり看板一回転→首だけチョンパというどこのファイナルデスティネーションだ!?(もしかして突っ込んできて壊れるトラック代をケチりました?)とツッコミを入れたくなるくらいマヌケな人災でお亡くなりになった彼。しょっちゅうガムを噛んでいる態度の悪い様も災いして死んでもあんまり悲しみが湧かなかったものでした…。

欲情螺旋

2010.11.20
 舞台は2101年(22世紀)という近未来。日本の基幹産業は遺伝子工学となり遺伝子をいじっての美容整形が盛んになったのみならず細胞を強化して銃で撃たれても平気な人間まで登場するというSF小説…だったのに後半は完全に官能小説になっている物凄い内容の話です。遺伝子の優良化によって外見は実年齢より10も20も若々しくできるが中身が幼い人間(妙に前向きで夢見がちで落ち着きが無い男)はどうやっても「気持ち悪い」という表記にはなるほどと頷けたものでした。(もしこれが若くても美形でもこの「中身」では関わり合いにはなりたくないなという男は私も何人か知っているので…。)人間を形成するのはDNA(螺旋)でも人を変えるのは科学ではなく人の情念であるという含蓄深いメインテーマがある(ような気がする)だけに納得の表記だと感じたものでした。

 波代喬一…「凄いだろ、この皮膚。摂氏500度までの熱にも耐えられる。切り傷も銃創も6時間以内に完治する。心臓と脳だけ守れれば俺は不死身だ。」

そこまで行ったらそれはもう人間ではないような…それにしてもこの人は市街戦が日常茶飯事だったのか「そんな体が必要な毎日」ってどんな日常ですか?(既に非日常だろ、そんな生活は!)とツッコミを入れてしまったものです…ゲフッ!そこまで丈夫な体なのに「不老だけじゃ、まだ足りない」と不死の方の研究にまで手を伸ばした喬一さん。実際問題、体は若々しく保てても脳は経年と共に劣化する=元気に行動できても認知症はどんどん進んでいく=頭がパーになっているのに体は丈夫で乱暴の働き放題、遺伝子を優良化した為に薬も効きません(一服盛って大人しくさせる事もできません)では未来の病院職員達はとても大変だろうなあと現代日本の病院事情を知っている人間としてはツッコミを入れざるを得ないので、彼がそういう方向に考えを発展させるのは頷けたものでしたが、それで出した結論がクローンを作って体を乗り換える(古い体はそのまま放置する)というのは大いに間違っている気がしたものでした…ゴフッ!(官憲が彼を飛び降り自殺するまで追い詰める訳です…ガフッ!)結果として彼の遺伝子はこの世に残ってはいるものの当のクローンである亨は彼とは別の人間ですし、慎治の中に思い出として生きているとは言ってもその慎治が新しい恋人(?)の亨と宜しくやっている現状を考えるとかなり無意味に感じますし色々な意味で死んでしまった男(終わっている男)だと解釈して正しい気がしました…ゲッフン!

 波代亨…「強化細胞だからね。股間も、特別仕様。自分でもういいやって思わない限り何度でも出来るの。」

サイエンスフューチャー(現代では不可能だけど科学が発達した未来ではこんな事も可能★)という設定がそこ(股間)に働くの!?というツッコミはさておいて筋力は他の遺伝子優良化を受けている個体の実に700倍という強化遺伝子の申し子、亨くんです。そんな筋力を使う機会が日常生活のどこにあるのか(何と戦うんだ?)というツッコミはもちろんスルーされて話は進んでいきます…ゲフッ!後半では主人公への恋情も含めて暴走しまくりの彼でしたが考えてみれば不審過ぎるその生い立ち(本当は血縁でも何でもない慎治が遠縁を名乗って自分を引き取り育てている。実の両親については記憶すら無く何故ここで彼に育てられているのか、自分は何者なのか全ては謎のまま。そのまま21歳になるまで何の不思議も感じずに暮らしているという状態自体があり得ないだろう。)に本人が疑問を抱かないはずは無く、よりによった人物(実は亨はある男のクローンに過ぎず慎治はそのオリジナルである喬一とアハハンな関係だったんだという「複雑な事情」を慎治に恋する亨に対して何の配慮もなく話してしまいそうなベーネル教授)に相談してしまったが為の暴走でもあった事は後に判明しましたが精神年齢は子供でも肉体は大人という嫌過ぎる仕様の亨相手では慎治も大変だったろうなあと濡れ場のシーンを読みながら実感してしまいました。結局、最後は「喬一」ではなく「亨」が選ばれた訳ですが当て馬役の為だけに造られて放置されている「キョウイチ」への扱いと合わせてあんまり共感は出来ないヒーロー(男役)だなと思ってしまったものです…ゴフッ!

 キョウイチ…「亨は、神様だから。」

いくら自分を「造った」存在とはいえそこまで絶対の人間だと意識するものだろうか?(もう一人のクローンである亨は「親」であるはずの慎治に服従をすっ飛ばして狼藉を働いているというのに。)という疑問は遺伝子優良化を受けてながらマトモに動けなくなるほど衰弱させられた初対面の状態(知的な教育はおろか最低限度の生活習慣さえ教えられずに非人道的な環境で監禁されていた。挙句に頭から油を浴びせられ顔が焼け爛れている。)を考えると自動的に氷解しました…ゲフッ!(そこまでした「親」相手には恐怖を感じて隷属もする訳です…ゴフッ!)亨と同じく慎治に想いを寄せるも(今までの環境(を設定した人間)を考えると優しくしてくれて庇ってくれた慎治に対して恋してしまうのは納得です…ガフッ!)亨の監視下に置いてのみ3Pができるという肉体だけの付き合いで、現在亨が刑務所に入れられている今は2人きりで過ごすのは許さないとマンションで1人放置プレイをされている状態(おかげで同棲しているのに慎治との繋がりは現在メールのみあくまでも亨の「お余り」を少し分けて貰っているだけに過ぎないお付き合い)には不遇過ぎて思わず涙してしまいました。同じ「喬一のDNAを持つ人間」の中では慎治を独り占めできた訳(慎治を1人で監禁・強姦した喬一)でもなく本命になれた訳(喬一以上に愛している亨)でもなく出生の状況も含めて一番可哀想な人間だなと同情してしまった登場人物です…ゲッフン!

 永瀬慎治…「大人を舐めるなよ!小僧が!」

彼の言うとおり亨がベーネル教授(大人)を舐めて易々と自分の遺伝子情報をリークしてしまった為に「神に背いた男が作った最高傑作」である喬一のクローンが大量生産・兵士として転用されテロ決起→事の発端を作った亨は国家転覆罪で拘束される事になるのでした。おかげで側について目を光らせてさえいれば反社会的な事はしないからと一緒に隔離室で暮らす羽目になっている慎治は(独房でないだけマシとはいえ)良い迷惑です…ゲフッ!子供の頃はArt派の両親に「手のかかるハンデにしかならない存在」として厄介者扱いされ、大人になってからはArt派の喬一にレイプされ、その後Artな体の亨に無体な扱いをされ、Art派のベーネル教授に殺されかけ…彼はArt派に呪われでもしているのではないかと疑いたくなる状況の連続(そりゃ対立するNatur派に傾倒するわな…ゴフッ!)には濡れ場の激しさと合わせて同情してしまった主人公でした。得をした点といえば好みのルックスの子供を自分の手元で育て上げて大人になってからモノにするという逆光源氏計画を結果的に果たした(と、思いきや「食われた」のは慎治の方でしたが…ガフッ!)事位で彼の人生にはいい事なんて何一つ無かったかのような薄幸ぶりに改めて哀れに感じた苦労症の中心人物でした…。慎治にとって喬一は「悪魔」でしたが子供である亨もまた「天使」ではなく猫を被っていただけの「悪魔」だったように思えます…ゲッフン!

性別が、ない!③

2010.11.19
 フランス旅行にちなんで今回の表紙は胸丸出しの自由の女神が人々を導く革命を描いたドラクロワの絵のオマージュになっていました。(着ている者は着物でも上半身丸見えという部分は同じなんですね、先生…。)祥先生の子供時代は家庭用ゲーム機の無い世代でトランプ、ベーゴマ、どろけい、ケンカとアナログな遊びしかなかった(ファミコンが出たのも高校受験時)などなど時代を感じる懐古感あふれるネタもあって楽しめた巻でした。

 仲良し優先の法則…「恋愛のルートが友達→親友→恋人なら、恋が無くなっても親友になるんじゃないのか?」

新井先生に言わせれば「別れたら嫌いになる女の子達の方が不思議」(それでも浮気の果てに他の女と結婚して子供を作った元夫(ハッキリ言って物凄く勝手な男にしか見えない)と離婚後も仲良くやれる独身女性は少数派だと思いますが…。)だそうですが恋愛の中には「今まで物陰からずっと見ていたんです。付き合って下さい!」「別にいいよ。」と友達の経緯をすっ飛ばして恋人になる例も少なくないですし、クリスマスを一緒に過ごす為にだけ付き合って速攻で別れる(つまり始めから打算しかない)な例だってあるし恋愛以外の中身が何も無いカップルの方が多い中その理屈は通用し辛いだろうなあ~(恋人に対して友達と同じように接する事のできる人間も少数派でしょうし。)と色々考えてしまいました。お互い様だったにしても浮気は浮気(ご本人が裏切った事実に変わりは無い)な訳ですし「えー!自分を裏切った相手とよく平気で付き合えるね!」がやっぱり一般的(大多数)な感覚だと思います…ゲフッ!

 男脳・女脳…「女脳で描くヒロイン像は『こんな風になれたらいいな』という姿。男脳で描くヒロイン像は『こんな娘がいたらいいな』という姿。」

だから女性作家の描く女の子達は凄く活発で、なおかつ女の子らしい部分もあるタイプが多い。けれど男性作家の描く女の子は時によりご都合主義になり作者の趣味いかんで女が嫌う共感できない女になる場合も有り得る。という持論にだから大場つぐみ先生(男。デスノートの原作者)の描くメインヒロインはどいつもこいつも「都合のいい女」なのか(絵柄担当の小畑先生(男)にまで「好きな人の為に何でもするという行動原理が理解できず苦手だった。」と言われてしまっている。)と妙に合点が行ったものでした。そういう事だったんですね。

 パリに行ってきました…新井先生「この国でなら女性として暮らせる気がする、俺。」
こうくん「俺もです。」

体格が良くて食事もモリモリ食べる「強そうでカッコイイ女性」が多いパリ。ルーブル美術館にフレンチカンカン(ダンス)で有名なムーランルージュ…の近くのエロチシズム博物館(いわゆる秘宝館。1巻の「祭り」や2巻の「寺」といい、この本って1冊に必ず1回はこういう建造物が出てくるシリーズなのだろうか…ゲフッ!)カタゴンベ(フランスの納骨堂。誰だよ髑髏の頭にZとか書いた奴は!)などなど色々な所に行ったそうですが中にはまんま日本のBOOK・OFFもあって驚かされたものでした。別の作家の本で日本語学校に来たフランス人男性が実は凄いオタクだった(で普通の漫画本はネットでも取り寄せられるけど同人誌は日本でないと思うように手に入らないとありがたがって買っていたんだとか…ゴフッ!)という話も聞いたことがあったのでなんだか変に納得した旅行記でした…ガフッ!

 ポシンタン…地元大学生「ソウルオリンピックの時に犬料理屋は一気に影を潜めたんだ。海外の動物愛護団体を避けるように…。」

それを食べようなんてアンタ本気か、と地元・韓国の大学生にまでドン引きされるマイナー料理となってしまった「犬鍋」ことポシンタン。一見すると普通のチゲ鍋ではあるもののフワフワした犬の産毛付きの肉の状態、そして店中に張られた犬の惨殺写真に一気に食欲はゼロになったそうです…ゲフッ!(犬の首を切られた写真や千切れた手足の写真、断面写真に囲まれてよく韓国の人は食えるもんだ…ゴフッ!←そりゃ動物愛護団体からバッシングを浴びてしかりの店だよな…。)私もどんなに美味であろうとこれは食えないなと痛感したものでした…ガフッ!

性別が、ない!②

2010.11.18
 この巻はヴィーナス誕生のパロディです。全裸姿+ケロヨンというインパクトの強い絵に惹かれて思わず買ってしまったという読者も多くまた1巻とも内容が交差している(1巻と読み比べるとたまに時間が吹っ飛んでいたり戻っていたりする)為に昔のネタ一挙大公開のこの本だけでも大体の今までの経歴は理解できてお得気分を味わえたものでした。(とはいえ気になって1巻も買って読んでしまいましたが。)そんな訳で誕生編の第2巻です。お名前が本名で父・祥景(よしかげ)の名前から一字取った改名だという経緯も分かって色々感慨深い(30秒で決まった名前というのにはビックリしたが)巻でした。

 乳腺除去手術…祥「男も女も胸丸出しで構わない世界だったら手術しなかったな、俺…。」

男でも男性ホルモンが出ないとオッパイが出てくる(女性ホルモンさえ与えられれば乳腺が発達して男でも胸が発育する。)けれど乳腺を除去してしまえば女性ホルモンを与えても2度と胸は育たないいわば2度と女として生きられない覚悟の手術…ですがそれよりも海や銭湯で裸になると大騒ぎになる(心と顔は男でも体が女だという事実に…もっとハッキリ言ってしまえば公共の場でオッパイ丸出しにするのに大抵の日本人女性はドン引きする。オッサンが胸丸出しにしてもだらしない人としか見られないのに女性は損である。)日本の現実の前に手術はやっぱり必要だったみたいです。(そりゃ、そうか。)それはそれとしてデニーズの爽やかなモーニングで討論する話題ではないのではとツッコミを入れてしまった経緯でした…ゲフッ!

 新井祥…「辛かったことをペラペラ話すのはカッコ悪いし超ダサい。男でも女でもカッコ良く生きたい。そう思いませんか?」

その通り。何故辛いことを話すのかというと可哀想な自分に同情して特別扱いして貰いたいというアピールに過ぎないしそんなものだけが唯一のアイデンティティで他に何の人間性も無いなんてあまりにもしょうもない生き方だ(会ったばかりでほとんど面識もないのにそういう話をする人間を見るたびに思うのだが、そもそも当の事件に関わっていない私がママンの代わりになってこんな人間を甘やかしてあげる義理も義務もどこにも無いのにっていつも疲れるんだよね…。)と本当の男よりも漢らしい新井先生に思わず拍手したものでした。(現実の男のしょうもなさは本当に見ていられない)浮気された果てに離婚という経緯も表面をサラッとなぞっただけで相手の悪口祭りになっていない描写に別の意味で感動したものです。

 SMパーティ…女「ちょっとぶたせなさいよ。キャハハハハ!」
祥「痛みを知れ。」

祥先生が自分にとってのセックスとはズバリSM(つまりSMとセックスは同義語)だと言っている事からも分かるとおり彼らは「この人」になら何されたってかまわないからプレイをしている訳で見知らぬ図に乗った女に好き放題されたい訳ではない…んですよね、きっと。(まあ不特定多数とプレイをなさりたい人もごくたまにいますけど…ゲフッ!)男だろうが女だろうが図に乗った人間にはきっちり制裁を与える(こういう時に戸籍上は女で女性相手に乱暴をしても「婦女暴行」にはならないという特性は便利だ。)新井先生がカッコイイと思えた一端でした。

 2006年のお正月…住職「聞きたい事があったらどんどん聞けよ!」
祥「何かこの寺、色モノの匂いがする…!」

1巻で紹介された「お祭り」でも驚愕したけど…何だこの寺は!?(ち●こ祭りの寺バージョン!?)と入って早々とリンガ(インドにある性器をかたどった像。仏教自体がインドで発生しインドで全然流行しないまま中国→日本に伝来したものだから「寺」にあるのはまあ納得できるが。)があり御本尊は千手観音もどきの結合像、メインのご神体は駅弁スタイルと結合像フルスロットルの様に度肝を抜かれた寺でした。やっぱり年末年始のイベントは初詣でだけでいいやと怪しげ極まりない寺に引いてしまった(何かもう、本当にもう、どこからツッコミ入れていいのか分からない…!)ものです…ゲフッ!

性別が、ない!①

2010.11.17
 表紙はレオナルド・ダヴィンチの「最後の晩餐」のパロディです。場所がコミケ会場(?)で全員現代日本風私服というシュールな状況のおかげで最初何のオマージュなのか分かりませんでした。(名画シリーズと分かったその時面白かったです。)第1巻発行に当たって「自分の最善の画力を尽くそう」と絵を全部描き直し(自画像も現在と同じ姿に統一し)タイトルも「男性ホルモン頂きます!」→「性別がない!~両性具有の物語~」と分かりやすく変更したそうで努力の跡が伺える一冊目です…。(だから2巻と内容が交差しているのね…。)

 IKKAN…「セックスなんかしなくても関係は壊れない!しかし女とはエッチする!」
「あー、俺だってそうするさ!」(←!?)

子供を産み終えて数年したらセックスレスになるのが大多数なのでセックスしなくても人間関係は壊れないという持論には納得できます。しかし奥さんがいるにも関わらず他の女と不倫したら確実に関係は壊れるだろ!と夫の方にツッコミを入れてしまったものです。自分だって浮気するさと新井先生自身も女遊びをしていたそうですが(うわお、百合の世界。)実際問題いざ離婚という段取りになった時に自分の浮気を棚に上げて相手に200%非があるとする女性は多い養育費を絞り取ってもその後も仲良くお友達するなんてもちろん論外)なのでこれは本当に希有な事例でしょうね…。別れても相手と仲良くできる新井先生が心底人間の出来た人に思えてなりませんでした…。

 オネエ(男)の女言葉…祥「女になりたい訳じゃないんでしょ?男として生きているのに何でわざわざ真似するの?」

「恋愛する対象が男」という事と「自分が男として生きる」という事は別のはずなのに、本人も性転換する気は皆無なのに、何故一人称や口調を真似るんだろう?という違和感は私も弟も感じています。(身近に自分を「ボク」と言う癖に女が好きな訳でも性転換を考えている訳でもない元友人が一人いたので…アレは何なんでしょうね?いいとこ取り?)「性の世界は自由なんだからどんな言葉使ったって自由」なら違和感を覚えるのも自由では!?(何でもかんでも理解して受け入れろと開き直られても!)と私もツッコミを入れてしまいました。外国なら一人称が男女共に「I」で済むのでこういう問題は少なそうなんですけどね。(日本は一人称が豊富・多様な世界でも珍しい国と言われている。)日本に生きている以上「性別」と合っていない言葉使いをしている人間はやはり不可思議に感じてしまいます。

 メイド喫茶…「いつも気になってたんです…私だけの旦那様になって。」

なんて言うご都合の良いメイドはこの世のどこにもいませんので念の為。しかし自分の手は汚さずアプローチするのも失敗して恥をかくのも全て相手の役割、そして文句一つ言わずに喜んで自分に尽くしてくれる女性というのにモテない男はいつまでも夢を見たいのかこの手の店にお客様は後を絶たないそうです。(夢ばかり見て現実を見ていないからアンタには彼女が出来ないんだよとツッコミ入れたいですが。)絶対言わないだろうけど↑と言わせたがっているオーラがムンムン…そんなさりげない(つもりで)ギンギラギンの男って、嫌だよなあ…と↑の実例を未だかつて見聞きしたことが無い現実に納得したものでした…ゲフッ!ちなみに新井先生の実家はここに似てるそうです。(どんな実家だったんですか、先生!?)

 小牧のチ●コ祭り…「漫画で図にして大丈夫かなあ、このネタ…。」

実際に祭りがあった頃、このFC2ブログでも「注目記事」の一つとして掲載されていたけれど…伝統があれば何でもいいって訳ではないのでは!?(何だこの破廉恥な祭り!?)と度肝を抜かれたものでした。神輿にドーンとのっている1メートル以上の木彫りのアレといい(嫌だ、こんなの担ぐの…。)巫女さん達が一人一本の割合で持っている木彫りのアレ(小)といい(恥ずかしくないのかなあ?)ネットで見た時も度肝を抜かれたものですが土産物やお菓子までアレの形というのは知らずビックリしたものです。(「アレ」が何をさしているのかは察して下さい…ゲフッ!)並の精神じゃ取材に行けない祭りだなともしみじみ思った、そんな日本の伝統行事でした…ゴフッ!

破戒

2010.11.16
 島崎藤村の傑作。破壊ではなくて破戒です。言葉的には聖職者がその属する宗教の戒律を破ることという意味ですがこの話では漢字の通り単純に親の願いである戒めを破るという悲しくも勇ましい思想という解釈をされています。文明への鋭い評論と穢多・非人という日本の身分制度からくる悲劇をえぐった胸に迫る作品です。
 ちなみに舞台は信州。(現在の長野県、昔の信濃国。)丑松が蓮華寺で「あっ…この味噌汁おいしい。」と言っているシーンではさすが信州味噌だと勝手に納得してしまいました。(長野の名物と言えば信州味噌と信州そば。浅間山とかで高原野菜も栽培しているのできっと具の野菜もおいしい…はず。)風間先生が「酒がやめられない。」と言っている場面ではそういえば日本酒やワインの醸造でも有名な所だったよなぁ、長野って…と別の意味でも納得してしまったり…ゲフッ!

 瀬川丑松…こうして彼はアメリカのテキサスへ旅立っていくこととなったのでした。(本当。ていうか国まで追われてしまったのか…ゲフッ!)話中でも印象的なシーンとなっている「教壇に跪いて生徒に詫びている」場面ではこれはむしろ差別的表現ではないかと話題にもなったそうですが作品の趣旨は決して差別の助長ではなく漫画版でも原典通りに仕上がっていました。卑怯者になりきれなかったが為に苦しみ戦う道を選んだ悲しき青年です。話はここで終わっていますが個人的にはその後が気になったりもします…。

 風間志保(お志保さん)…父親の風間先生が妻子に捨てられた(逃げられた)こともあって蓮華寺から家に帰ることができていました。丑松とは事情は違えど生まれ育ちによる苦しい境遇と戦っている人間として互いに魅かれるものがあったようです。彼女の凛とした姿勢に丑松の親友の土屋先生も「俺は今まで穢多への差別と一緒に丑松まで傷つけていたんだ…!」と人種差別を考えさせるきっかけも作っておりカッコイイ女性だなあ、と私も好感が持てました。最後丑松からは「待っていて下さい。」とまるで将来迎えに来るようなことを言っていますが…いつの間にそこまで進展したんですか、貴女達は?とちょっとビックリしてしまったり…新しいスタートに向けて恋愛どころじゃないような気もするのですが…ゲフッ!

 勝野先生…穢多を差別する嫌な先生。ですが蝶ネクタイという微妙なファッションセンスや(せめてテニス中は外しましょうよ…。)お志保さん登場時にかぶり物として登場するハートマークや(失恋時にはちゃんと割れている。)テニスで打ったボールが星になっていたり(瀬川先生もビックリです。)との小技に何度となく笑わせては貰いました。嫉妬や怒りに燃えた醜い表情が印象的でそりゃ女にも振られるでしょと納得もしてしまったり…ゲフッ!人としては最低ですが「役者」としては最高ではないか(彼を振った時のお志保さんの凛とした姿勢、差別に激昂した丑松の悲しみなど他のキャラの引き立て役として、とてもいい味を出している。)とそれなりに評価はしてしまったり…。(あくまでもそれなりレベルで。)いいキャラですよね、悪役として。

神曲

2010.11.15
 イタリア文学最高の詩人ダンテ・アリギエーリの地獄行きの旅を書いた小説。…なのですが永井豪先生の漫画文庫版を読んだ身としては、私の大好きなギリシャ神話要素はすべて排除されているし、解釈は単純そのもの(パオロとフランチェスカの悲恋を単純にただの邪淫のカテゴリにくくって終わらせた辺りも…読み込み浅すぎです、アートワークスの皆さま。)でエピソードを削除しまくった挙句にオリジナリティ要素も無いなと思ってしまったり…。(永井先生は「異教というだけで地獄に落とされる程の罪なのか?」とダンテ自身に疑問符を持たせていたのに…。)本当にサラサラと原作を追っただけという感じで、終わり間近のハートまみれの神の愛の表現にも微妙さを感じ正直不満いっぱいの1冊でした…ゲフッ!

 ダンテ・アリギエーリ…想い人の死に万年寝不足にでもなったのかデスノートの探偵のようなクマが印象的な本作品の主人公。(肖像画と全然似てないんですが…。)彼が「罪の森」に迷い込んだのは(豹は色欲、無節操。ライオンは暴力、権力。狼は物欲、陰謀を。そして暗く深い森は罪の深さを表している。でなきゃヨーロッパに広く分布していた狼はともかくアフリカ密林に住む豹やアフリカ草原地帯に住むライオンが何故ここにいるのかが分からない。どこまでさまよっていたんですか、ダンテさん!?)別に想い人の死が原因でなく政治的抗争に敗れて花の都フィレンツェを永久追放になったことが大きく、女一人のことで道を見失う軟弱野郎ではないと思うのですが…。(彼女の死後むしろ彼の創作活動は活発化した。ベアトリーチェへの愛に色取られた最初の作品「新生」を出したのは彼女が死んで2年後の話。そして物語の舞台である現在はその後のフィレンツェ追放中の出来事である。)こんなひ弱な性格じゃそもそも地獄を巡る旅自体不可能だろとツッコミを入れてしまいました…ゲフッ!

 ベアトリーチェ…「正直がっかりしました…。でも私はあなたを見捨てることができなかった。」

正直こんなに恩着せがましい天使は初めて見ました…。(むしろこんな性格で天使が務まるのかと別の意味でビックリしました。どちらかというと高慢の罪で真っ先に地獄に落ちそうな気がするのですが…。)というのがこの漫画版ベアトリーチェの感想でした。ベアトリーチェはダンテと確かに18歳で再会したものの、その時は会釈のみで会話もせず、しかし一目で熱病に浮かされたように恋に落ちてしまったダンテはその恋心を悟られないようにと他の女性2人にとりとめのない詩を送っていました。が当人がどんなに隠している(つもり)でも冷静な目で見ている第3者からはバレバレという現実真理から周囲には色々な風説が流れ、ダンテの想いにドン引きしたベアトリーチェは挨拶すら拒むようになった挙句にとっとと銀行家に嫁いでしまったそうです。…というわけでダンテの想いはともかくベアトリーチェが彼を嫌っていたことだけは確かなので「神曲」での彼女は現実の彼女ではなくダンテの理想化したベアトリーチェの姿なのでしょうね。…なればこそ「ガッカリした」なんて主人公を否定するような言葉は絶対に言わなそうな気がするのですが…。こんな何様な女性が理想だったんですか、ダンテさん?

 パオロ&フランチェスカ…死亡時、情事の真っ最中であったパオロとフランチェスカがすっぽんぽんだったのは分かりますが夫のジェンチオットが素っ裸なのは何故なのか疑問が残る死に様でした…ゲフッ!(弟が「速攻で風呂に入って返り血を洗い流す為の計画的犯行。」説を唱えてくれました。)この漫画ではジェンチオットが2人を殺した後、家族の死に涙を流しており(じゃあ殺すなよ。)まるで彼こそが被害者のように描かれていますが不貞行為を働かれたとはいえ、それは殺人を正当化する理由にはならない訳で(2人を愛していたが故に裏切りを許せないというのならとっとと離婚して2人共追放すればいいような話だ。)客観的に罪だけを見れば、見合いの時にイケメン(弟のパオロ)を身代わりに立てて美女フランチェスカを騙して結婚に持ち込んだ詐欺罪、人2人を殺した連続殺人罪を犯したジェンチオットの方が遙かに罪が重いように見えてならないのですが…。「愛は今でも私達を見捨てていない。」と言っている割に地獄には堕とされているし(天国に行けなかった辺り立派に見捨てられたと思いますが…。)この漫画は解釈の仕方がズレているような気がしてなりません…ゲフッ!

 ウゴリーノ・デッラ・ゲラルデスカ伯爵…パオロ&フランチェスカの悲劇と同じくダンテの時代に本当にあった実在人物の悲劇。2002年のDNA鑑定により彼の遺体の肋骨からはマグネシウムの痕跡はあったものの亜鉛は無く死ぬ前に何の肉も貪り食っていないことが証明されているのでそれから6年後に作ったマンガでこんなデタラメ描いちゃダメでしょと思わずツッコミを入れてしまいました。(いくら原典に沿ったとはいえ実在人物の話なんですから…。)裏切り者の汚名を着せられて投獄された時、彼は既に70代。(息子2人は40代、孫2人は20代。)飢餓地獄に落ちた時に真っ先に死ぬであろう人物はむしろこのおじいちゃんであろうことは容易に想像がつき、しかも死体の頭蓋骨は陥没していた事から「父上、私を食べて下さい!」という美談どころか「てめえのせいで俺達まで投獄される羽目になったじゃねえか!」と内部崩壊を起こした可能性すらあり、原典だけを追って現実を全然追っていないことが分かる、そんな描写内容でした。

風ごよみ

2010.11.14
 字体のせいでひたすら読みづらくなってしまっている話です。(文庫化に当たって直そうとは思わなかったのでしょうか?)不倫話ではないのに雰囲気が疲れ切っていて(疲れ切っていてってお前…。)まるで「愛人たち」(不倫物)のようでした…ゲフッ!里中先生の文庫が書店で見かけなくなっている今でも探せばあるもんだと見つけた時には思わず嬉しくなった本でしたが、それなのにあんな3角関係の男だけがいい思いしている話だったなんて…ゲフッ!一緒に収録されていた読み切り短編「離陸まで」からも男って勝手という話ばかりを選んだのかと疑問に思ってしまいました…ゴフッ!

 梶美穂子…手相、トランプ占い、水晶占い、タロット占い等々ありとあらゆる占いに手を出して(出し過ぎです!)その全てにおいて「彼とはうまくいく。」と言われたことでまた迷っていますが占いなんてリップサービスを生業とする人達が「この恋は上手くいきません。」なんて悪いことを言うはずがないでしょうとツッコミを入れてしまいました。子供のことに関しても「ハイ、分かりました。」とあっさり中絶するのではなく手術にあたって男性の手術同意書が必要(厳密に言えば相手が意思を示せない場合は女性本人の同意だけでできますが、手術する医者は不特定多数と関係した女だと察してしまいます。)だとか妊娠22週を超えると法的に中絶はできない(あと2週間後に電話するべきでしたね…。ちなみに22週が過ぎてもも死産という形で法の穴をくぐって中絶しているのが現実です…ガフッ!)などいくらでも言い訳のしようがあったじゃないですかと男に流されるままに生きている生き様にあまり共感できませんでした。別れるのも遅すぎです。

 小坂さん…婚約者。どうやら彼がロスに行くまでは清らかな付き合いで一線を守っていたようです。(充が美穂子に手を出したのはその背景もあるのでしょうね…ってそんな付き合いただのセックスフレンドじゃないですか!)彼女といい美穂子といいあの男は女が初めてを奉げるにふさわしい男じゃないとは思うのですが…ガフッ!ともあれ彼女もまた妊娠してしまい(それがなければいつまでも婚約状態のままだったでしょうね。妊娠したにも関わらず式の日取りを決めるのさえ億劫がっていたそうですし。)その関連もあって仕事も辞めたことによりこの人もまた後戻りできない立場に追い込まれてしまいました。(ていうか避妊しろや、充!)婚約者の愛人が目の前にいるにも関わらず「ロスに恋人が?」と疑っている辺りは破滅的に鈍いと言えるでしょうが、そんな彼女でも彼が自分に対してあまり気のりがしてないのは察しています。どんだけ女を不幸にしてるんだとますます充を嫌いになってしまったものでした…ゲフッ!

 滝本充…「君は僕のことを愛してはいないんだ。愛されたがっているだけなんだ。」(訳・愛しているんなら我慢してついてこれるはずだろ。)というセリフよりおそらくは「いいえ、私はちゃんと愛しているから信じて不倫していくわ。」(オイ!)という言葉を彼女の口から引き出そうとしたんでしょうが、そうそう思い通りにいかないのが人間というものです。(知り合いにこの手のパターンで彼氏にプロポーズさせようとして失敗した人有り。「あなたが言いだしたことでしょ。」といざ非常時になった時に相手に責任を取らせようというずるい考え方は往々にして上手くいかないようです。)小坂さんが言っている通り彼は美穂子を愛している…わけではなくて多分どっちの女にもあまり興味がないというのが正解でしょうね。だから両方とも体よく付き合っていくという考え方(だから妻にするのは周り中に知れ渡っている婚約者の方を選ぶ。打算です。)には同じ女として殴りたくなりました。こんな男、別れて正解ですよ、美穂子。

栄光のナポレオン~エロイカ~①~⑤

2010.11.13
 「ベルサイユのばら」が終わった後のフランスの話です。(だからアラン、ロザリー、ベルナールという生き残ったオリジナルキャラが登場している。主役はあくまでナポレオンであり、それゆえに影が薄く登場の意味もまた薄くなってしまっているのが難点だが…ゲフッ!)本当はベルばらを書き終えた後そのまま休みなく「続編」として描き始める予定だったそうですが資料を読めば読む程ナポレオンというコントラヴァーシャルな人物が捕え難く結局この続編開始までに12年かかってしまったそうです。(それで旧作の主役のオスカルならともかく脇役のロザリー達を覚えていらっしゃる人達がいるのだろうか…ゴフッ!)あの時起こったフランス革命の理想がいかに裏切られていったかを体現した皮肉的な作品でもありまた「女帝エカテリーナ」の登場人物達も登場する(ちょうどエカテリーナ様の晩年時代に当たる。)ので3部作完結編として楽しめるかと思います。

 ナポレオン・ボナパルト…革命騒ぎの宝くじを最後に引き当てた男。(by当時のイギリス首相ウィリアム・ピット)風采の上がらない小男(とはいえ当時のフランス人の平均身長は160センチ以下なので167センチの彼はむしろ「長身」の部類に入る。)として有名ですがこの漫画上では美形にしか見えません。(何故!?)1巻の前書きにあるとおりこの物語はあくまでフィクションなんだなあ、とまざまざと感じた私でした…ゲフッ!そんなフィクション全開の物語はナポレオンの陸軍士官学校時代(通常4年の在籍期間をわずか11か月で必要課程を全部修了したという開校以来の最短記録を樹立。)その後少尉まで昇格するもロベスピエールの弟とつながりがあったことで逮捕→降格等々をすっとばしてヴァンディミエールの戦い(市街地で大砲を、それも被害の多い散弾を使った大作戦。)以降の栄光の道を駆け上がる過程から描かれています。エジプトでジョゼフィーヌの浮気を知った話には後日談があり、そのことを嘆く手紙を乗せた船がイギリスに拿捕されてしまいイギリス新聞という全国ネット上に奥様の浮気に悩んでいることが掲載されてしまったことから離婚を決意した…そうです。また癇癪持ちでもあり「天才と狂人は紙一重」という言葉は彼から生まれたとも言われています。

 ジョゼフィーヌ・ド・ボアルネ…結婚前の名前はマリー・ジョゼフ・ローズ・タシェ・ド・パジェリといいジョゼフィーヌというのはナポレオンが恋人名として初めて呼び始めた名前でした。(それまではローズと呼ばれていた。)状況、考え方がかのマリー・アントワネットと酷似している(結婚した夫に対しての愛はなく贅沢好きで不倫に溺れている。)にも関わらず彼女からやたらと毒を感じるのは作者の悪意でしょうか?「男好きで派手好きの酷い女」としてしか描かれていませんが実際、彼女の社交の手腕は素晴らしく(この後ナポレオンが起こしたブリュメールのクーデターでは要人対策に広い人脈のあったジョゼフィーヌが一役買っている。)飾らない朗らかな人柄で国民、将兵達からの人気も高かったようです。贅沢三昧もしていましたが(実際彼女が使った金額はかの赤字夫人の上をいく。)それというのも「あなた、この服似合うわよ。」とポンポン自分の服をプレゼントしていたからもあった(つまり贅沢をたった一人で独り占めしてたわけでなく大盤振る舞いの癖があったから。「お気に入り」の一族だけえこひいきしていたのではなく万人に振るまった点がアントワネットと違って好かれた理由である。)そうで分け隔てないいい人だったようです。ちなみに結婚式ではナポレオンが2歳上、ジョゼフィーヌが4歳下の28歳同士にサバを読んでの結婚であり神の前で「死が二人を別つまで」と誓う結婚ではなかった(離婚可能。)ものから後に足をすくわれることになりました。2回結婚して2回とも夫に浮気→離婚される結果になったというのは何とも皮肉な結末です。

 ベルナルディーヌ・ウジェニー・デジレ・クラリー…「ナポレオンの永遠の恋人」と言われる元・婚約者。婚約するも姉・マリーとナポレオンの兄・ジョゼフとの結婚より当時コルシカから無一文同然で逃げてきたボナパルト一家の為に裕福な商家・クラリー家からの持ち出しがかなり多く「これ以上ボナパルト家にくれてやるものはない!」と父親が大反対し、結婚には至らなかったそうです。(またデジレ自身にも父親の反対を押し切る性格の強さは無かった。)話上ではパリにナポレオンに会いに行ったとされてますが本当の所は温和な彼女にそのような意志の強さはなくナポレオンから全く何の報告も受けないままジョゼフィーヌと結婚されてしまったという泣き寝入りの形でした。ベルナドット将軍との出会いは不明ですが(少なくともナポレオンに振られた時に出くわしたわけではない。)2人の結婚はは有能で民衆の人気もあった将軍を味方に引き入れようとボナパルト家の皆様が2人が惹かれあうように画策した結果とも言われています。生涯ナポレオンを慕い続け彼女の死後枕の下から彼にあてた恋文の下書きがたくさん出てきた(夫の立場って…。)そうですが、彼女は貞淑で純真無垢な反面ジョゼフィーヌのような華やかさ(あるいはそれに代わる意志の強さ)が欠けておりもし彼女と結婚していたらナポレオンは小城の主で終わっていただろうと言われてもいます。

 ムーラッド・ベイ…エジプト遠征時に登場した勇敢さと美貌で知られるマムルークの首領、ということで褐色の肌のかなり美形のおじ様として描かれていますが肖像画では美形とは程遠い容貌をしていらっしゃいます。(アラブ系ですから。)ナポレオンといいこの話は美形にしか見えない不細工(のはずの)男が多いなあと思ってしまいました。ちなみに話上では恐るべき強敵として双方に甚大な被害をもたらしたとされてますが実際はフランス軍の圧勝でした。「世界最強の騎兵」というキャッチフレーズには申し訳ないですがこんなに苦戦はしてないです

 アラン・ド・ソワソン…オリジナルキャラ。「ベルサイユのばら」の主人公オスカルに思いを寄せるも全く相手にされずアンドレと共に革命で死なれてしまったという悲劇を目の当たりにした元・部下。アニメ版ベルばらでは軍を離れて農夫となって平和~に暮らしていたそうですが作者曰く「アランはオスカルへの思いを抱きながら軍人として生きていくのがふさわしい。」(訳・自分に振り向いてもくれなかった女に一生を捧げ、軍人として早死にするのがふさわしい…というのは人生としてあまりに酷い生き様だと思うのですが…ゲフッ!)そうでフランス革命より8年後の今(エロイカにて)再登場に至ったようです。ナポレオンに対しては自分達が革命で築いた「共和制」の守護者として認めている気持ちが強く「皇帝」(王族のような独裁者)になってからは見切りをつけ暗殺→失敗→銃殺になってしまいました。活躍に関しては実在人物ジョアシャン・ミュラ(ナポレオンの妹カロリーヌの夫。)の活躍をほとんど持って行っておりヘマばかり強調されてダメ男扱いの憂き目を見ているミュラ本人が哀れになってくるキャラです。ロザリー夫妻といい無理して登場させても存在感は薄いし正直登場させない方が良かったのではと思ってしまうのは私だけでしょうか?実在人物だけで充分話は進むと思…ゴフッ!

栄光のナポレオン~エロイカ~⑥~⑫

2010.11.12
 本のタイトル「エロイカ」(Eroica)というのは「英雄的」という意味のイタリア語だそうです。ベートーヴェンの英雄交響曲(シンフォニア・エロイカ)を差す言葉として有名(この英雄交響曲が最初は「ボナパルト」というタイトルの予定だったというのはあくまでも説の一つに過ぎない。)で作品中にもそんなシーンが出ています。というわけでタイトルの由来は分かるのですが「そんなの8巻読むまで分からないじゃないですか!」というツッコミがあったのか文庫化に当たって「エロイカ」のみから「栄光のナポレオン~エロイカ~」に改題されました。(でもね「英雄」はシーザーとかアレクサンダー大王とかいっぱいいるからこの改題は良かったと思うの。)そんなわけで「死んだ翌日から」伝記が書かれたと言われるほど書籍が多いナポレオンの後半生です。セント・ヘレナ島(イギリス領)からフランスに遺骸が返ってきた(ナポレオン存命中にフランスとイギリスを対立させた民族的憎悪の最後の痕跡をまで消したいとのイギリスの回答)様子も描かれていてよく調べられているなあ~と改めて感心した話でした。

 ナポレオン・ボナパルト…「余の辞書に不可能の文字はない!」(「不可能という文字は愚か者の辞書にのみ存在する。」「不可能という言葉はフランス的ではない。」との説もあり実際に口にしたかは不明。)
「ごらん、歴史(ピラミッド)が我々を見降ろしている。」

とのセリフで有名な軍事的英雄。(法王を呼びながら自分で王冠をかぶったという話でも有名。)天才的な軍事的才能がありながら(エルバ島脱出も見れば分かるとおり「チャンスをものにする」事に関して特に長けている。)それゆえに戦争でしか価値が見いだせなかった(というより他の王朝が「戦争の勝利」に屈伏する形でしか外交しようとしなかった。だから「戦争に勝ち続ける」ことでしか政治ができなかったのです。)悲劇の男です。おまけに「トップの地位」(フランス皇帝の座)には誰でも登りたいらしく血を分けた兄弟でさえナポレオンを裏切っている様(挙句エルバ島へ流された時、心配して尋ねて来たのは母親とポーリーヌだけだった。他の6人の兄弟達はナポレオンを放置している。)にどこまで孤独なんだこの人は…と悲しくなりました。(そりゃ人間不信にもなるでしょうね。)ルイ18世(プロヴァンス伯)がナポレオン以前の状態に戻すことしか考えず一向に世の中が良くならないと「ナポレオンの方が良かった。」と「復活」(百日天下)を喜んだくせに皇太子回収(戦争)の為徴兵をすると、さらに戦争に負けるとあっさり手の平を返す民衆のしたたかさ(所詮、人間は現金なのだ。)も悲しみに箔を添えています。トップに立つ(軍事的独裁者になる。)という野心を持ったせいだとはいえ人間としては凄く悲しい人だな、と読んでいて同情してしまいました。(しかも元帥達がナポレオンの命令に忠実に動いていたら、せめてグルーシー元帥が主戦場に駆けつけてたら、勝っていたはずなんですよね、カトル・ブラ→ワーテルローの戦い…。)ナポレオン戦争で二百万人が死に「食人鬼」「コルシカの悪魔」「人命の浪費者」と言う遺族の方々の気持ちは分かるものの周りに味方がいなかった彼はやはり不遇と言えるでしょうね。せめてエルバ島でのんびり過ごしていたらセント・ヘレナ島に幽閉される(多くの歩哨に行動を監視され乗馬や散歩さえ制限された実質的な監禁生活。)ことは無かったのにねと保守的な私としては残念に思ってしまいました。(そんなチャンスを逃さないからこそナポレオンたりうるのですが…。)

 ジョゼフィーヌ・ド・ボーアルネ…人脈の豊富さという強みと、浪費癖と男癖の悪さという弱み(…。)を兼ね備えたナポレオンの皇后。飾らない朗らかな人柄で国民や将兵達の人気も高く(そして浪費癖より商人の人気も高かった。)離婚時には「何であのばあさんと別れちまうんだ。ばあさんは皇帝も俺達も幸せにしてくれたのに。」と惜しまれたそうです。(前皇后マリー・アントワネットと違って国民に好かれていたんですね。)別れた後もナポレオンの良き話し相手として交流は続いておりその睦まじさは後妻のマリー・ルイーズ姫が嫉妬するほどだったとか。ナポレオンが退位してからは気落ちしがちになってしまい「百日天下(正確には95日)」で帰ってくるのを待たずして肺炎で急死してしまいました。最期の言葉は「ボナパルト、ローマ王、エルバ島。」(ちなみにナポレオンの方の最後の言葉は「フランス、陸軍、陸軍総帥、ジョゼフィーヌ。」と言われている。)であり後半生は彼女なりに一生懸命ナポレオンを愛していたことが察しられます。離婚はしてもナヴァル女公皇后殿下という「皇后」の称号の保持は死ぬまで許されており多額の年金を支給されながらパリ郊外のマルメゾン城で余生を過ごしていました。ナポレオンとしては若い頃浮気もされて心中複雑だったようですが「女というものはああいうものをいうのだろう。」と終生彼女の存在は大きかったようです。

 アレクサンドル・パヴロヴィチ・ロマノフ…ロシア皇帝アレクサンドル1世。描かれ方的にかのエカテリーナ女帝の孫にしては随分と出来が悪い坊ちゃんだなあ~と感じてしまいがちですが戦争で勝つ才能と政治で勝つ才能は違うという話です。元々祖母エカテリーナ様と父パーヴェルが不仲の所を上手く立ち回っていた彼は偽善的かつ狡猾な性格が花開き、美男子で社交性と愛嬌に富んでいることからもウィーン会議では目立つ存在となっていました。それにしたってビジュアル変わり過ぎだとナポレオンの義理息子ウジェーヌの変貌共々度肝を抜かれてしまいましたが、これはフィクション、色々な事に目を瞑っていかなくてはならないようです。父親のパーヴェル1世の暗殺については事前に知っていたとも決行の日取りを決めたとも言われていますが実際に父の死を目の当たりにしてショックを受け、また非業の死を遂げた祖父ピョートル3世(公式では痔の激痛による発作死として暗殺された男。まさしく非業な死に様である。)のことも思い出し、より慎重になったらしいです。ナポレオンに対しては始めは敬意を示していたもののフランスを訪問したラ・アルプの酷評(ナポレオンに軍事独裁者の片鱗を鋭く見てとり全否定の報告書を提出した。)ブルボン王族アンギャン公の処刑を契機に露仏関係は冷却化→国交断絶にまでなってしまいました。ナポレオンが皇帝になった暁には彼を「ヨーロッパの圧政者、世界の平和の妨害者」としてオーストリア、イギリスと対仏大同盟と組んでおり、その後のフランスとの講和は「戦争に負けて仕方なく」でしかなかったようです。ナポレオンの方も彼を「知性、優雅さ、教養を備えた魅力的な人物だが信頼できない。彼には真心が無い。」と評しており一筋縄ではいかない人物であったようです。

 マリー・ルイーズ・ドートリッシュ…ナポレオンの皇后その2。オーストリアを侵攻され2度に渡ってウィーンを追われたことによりナポレオンを恨む気持ちが強く「ナポレオン」と名付けた人形を苛めながら育ったそうです。(性格悪~。)ジョゼフィーヌとの離婚を知った時には「次に妃に迎えられる女性に心から同情すると共にそれが自分でないことを願っている。」と手紙に書いておりその「まさか」が的中してしまった時には話のように泣き続けていました。しかし彼女の機嫌を損ねないように必死だったナポレオンに次第に心を許し愛するようになったそうです。(パリ脱出の時には「パリを明け渡すことはブルボン王家復活の絶好の機会を与えること。パリに留まる事こそ皇帝の不在に摂政を任されたフランス皇后の務めです。」と大反対した。)とはいえローマ王(子供)に対しての関心は薄く女官達が彼女には母性愛が欠けているのではないかと本気で心配するほど養育係のモンテスキュ夫人に任せきりにしていました。帰国後あっさりナイぺルク伯とデキてしまった(「死が二人を別つまで」と神の前で誓った結婚であったのにナポレオンの存命中に秘密裏に子供を2人も産んでいる。これは神を欺く大罪にもあたる。)後はパルマでの新生活に夢中で監禁同然の生活をしていた息子・ローマ王との面会の約束をも何度も破っておりローマ王は嘆き悲しんだそうです。(酷い母親だ。)独学で父(ナポレオン)のことを学び父親への尊敬をもったライヒシュタット公(ローマ王)はただ一人の親である母親の手前、不義の子2人に関しては知らない振りをしてましたが、あまりの軽率ぶりに幻滅し母は父にふさわしくなかったと書き残してたそうです。

 ジャン・バティスト・ジュール・ベルナドット…「ナポレオンの永遠の恋人」デジレの夫。彼女と結婚したおかげでこれといった軍功は無いのに陸軍元帥、ポンテコルヴォ大公になれました。(オイ!)妻のデジレがスウェーデン王妃の地位まで上り詰めたにも関わらず「私はパリに帰りたいの!」と夫と子供を置いて一人パリに戻ってしまったのに(別居です。)ロシアのアレクサンドル陛下から「男やもめで大変だろうしうちの妹を妻にどうだ?」と勧められてもやんわり断ったといういい男です。なのにデジレは終世ナポレオンを想い続けていた(だからこそスウェーデン王妃の地位を敬遠していたらしい。話のように「王妃の地位」への対抗心は無かったんだとか。)のは夫として男として哀れといえます…ゲフッ!とはいえ後年特に疑心暗鬼に駆られていたナポレオンの部下の立場にありながら「つかず離れず」の付き合い方をして無事でいられた(部下でありながらクーデターに協力しないなんてこの裏切り者!と普通だったら政界から追われそうなもの。そもそもナポレオンの権力志向に対してあからさまに嫌悪していたので目障りな男だったでしょうし。)のは一重に一方的に婚約破棄して負い目のあった女デジレが彼の妻だったからでした。(イエナ・アウエルシュタット戦時の決定的な大失態で軍法会議=死刑になりそうだった所を救われたのもデジレがプライド捨ててナポレオンに懇願したおかげである。おかげで執行寸前だった命令文書は破り捨てられました。)というわけで妻にするだけの価値はあった女だったということで、矛を収めておきましょうか。長~く別居は続いたものの息子のオスカルがジョゼフィーヌの孫娘のジョゼフィーヌと結婚する時には帰国→移住してくれたんですし。

 カトリーヌ・ルノーダン…王党派。史実上のタレイラン夫人とは名前だけ同じのオリジナルキャラです。それにしたって外務大臣ともあろう男が貴族でも何でもない平民の娘、しかも表だって王党派の活動をしている危険な女を正妻に迎えるはず無かろうよ(愛人の立場でも「援助」はして貰えるのはジョゼフィーヌを見れば分かることですし「日陰の女」としてつかず離れずの関係に留めた方が互いに利用できる賢い付き合い方だと思うのですが…。)と展開に不自然なものを感じてしまうのは私だけではないでしょうね。処刑される時もいくら本人が「自分は天涯孤児だ!」(しかし結婚してないとはいっていない。)と主張したって仮にも外務大臣夫人を正規の裁判もなしに死刑にするのは大問題でしょうし、夫の方も一緒くたに王党派(裏切り者)として政界から追放した方がフーシェにとっては得なのに(あの狡猾なフーシェが)それをしないということも考え難いので「やっぱりおかしいよ、この展開。」と疑問符が離れませんでした。この物語はあくまでもフィクションであることを踏まえて(特にオリジナルキャラの行く末については)すべてに目を瞑らないとダメなんでしょうね。とはいえ「いつかきっとフーシェに復讐してね、あなた。」と願いながら死んでいったにも関わらずその夫はその後フーシェと(表面上は)和解し親密にパーティにまで呼んで抱き合って親愛の情を示している…これを悲劇と言わずして何を悲劇と言えましょう。これでは何のために死んだのか分からないじゃないですか!…ゲフッ!

 ロザリー・ラ・モリエール…ジャコバン派。ベルばら→エロイカという激動の時代をただ一人生き抜いた物凄く運のいい女性。(オリジナルキャラで生き残ったのは彼女だけ。)夫のベルナールがアラン将軍と運命を共にしてしまった様は女として哀れでしたが、息子のフランソワがスウェーデン皇太子のオスカル1世の教育係になっているなどのあり得ない出世(フィッピングボーイの間違いじゃないでしょうね?)を果たしているおかげで悠々自適にナポレオンの破滅を見守っている様がいい御身分だなあ~と登場の意味合いは分かるものの人として共感が出来ないキャラに成り果ててしまったことが悲しかったです。夫と同じジャコバン(共和国主義)として独裁がいけないと盲目的に信じていますがそのジャコバンで成り立った政府に身内をギロチンに送られた人間(カトリーヌ)にとっては「あんた達の理想とやらが何人殺したと思ってるの!?独裁王政の方がまだマシだったわ!」と反発されるのは仕方ないでしょうね。「無駄なことを言いに来て悪かったわね!」と逆ギレしてる様にはもうちょっと自分の事情だけでな人の気持ちというのも考えてあげたら?とむしろカトリーヌの方に共感してしまいました。他のキャラと比べて守られてばかりの恵まれ過ぎた立場にちょっとえこひいきされ過ぎでは?とあんまり好きになれなかったキャラです。

絶対束縛

2010.11.11
 前作「絶対服従」の続編ですが前作が(BLとはいえ)ごく「普通」の内容だったのに対して続編は何故ここまで濃い話になってしまったのかと思わず絶句してしまうほどのトンデモ話になっている様には度肝を抜かれたものでした。新しい登場人物と不穏な空気が出てきた割には話はここで止まっており(現在に至るも「続き」は書かれておらず…まさかこれで最終巻なんでしょうか、この話?)個人的にはわだかまりが残った話です。ちなみに前作、今作共にドラマCD化されているそうで、吐いたり刀で戦ったり気が狂ったりの凄い話の展開の再現はきっと大変だったろうなあ~と遠い目で見てしまったものでした。

 春日佑一…「俺は神崎さんの『女』です。俺は神崎さんの雌犬です。」

以下、自粛な内容の(思わず声優さんに同情してしまいそうな)過激なセリフにはいつの間に2人はこんなとんでもない関係になってしまったのか(Hのマンネリ化を防ぐ為にアブノーマル…なのは元々だけど、ともあれ過激なプレイに足を踏み入れるカップルがいるのは知っているけれど前作では一応「普通」に大切にされていたのにね…。)始まったとたんに濃い展開が繰り広げられたのには驚きました。前作から時が経ってはいますが神崎さんと「進展」した以外はパーティーでは相変わらず壁の花(明らかに代議士失格。)物欲も名誉欲も何もない無能政治家ぶり(父親が遺した地盤と人脈だけで当選したのを良い事にやる気が無いダメ議員。)という成長の無さに改めて「…。」と思ってしまった男でした。身を呈して暴漢から神崎を守ろうとするも(それは議員の仕事でなく警備員の仕事だし)退治したのは神崎さん本人ですし、そもそも彼が不用心に怪しげな宅配者をマンションに上げなければこんな事にはならなかったし相変わらずの役立たず…どころか状況を悪化させている足手纏い(それは男としてどうなのか?)だなとしんみり思ってしまったダメ男でした…ゲフッ!代議士なんてどんなに偉くなっても選挙の時はペコペコ頭下げなきゃいけないし常に世間に監視されて責任重いし金のかかる選挙のせいで貯金は無いし遊べないし…という不自由(辛い事)は確かにあるでしょうが面倒臭い事は嫌だという程度のポリシーしか持っていない人間が赤絨毯を踏んでいるという事実の方が私的にはやりきれないですし、無体を受けている割にはあまり好感度は上がらなかった主人公でした…。

 神崎洸…神崎「正当防衛だ。」
佑一「先に攻撃を仕掛けてきたのは暴漢の方でも過剰防衛の上に殺人未遂ですよ!」

と、まずは両手、次に両足と急所だけは外しながらも猫が鼠をいたぶるように全身を刺していった様(決して殺さないように気をつけていたそうですが、そんな「気配り」は辞めていっそひと思いに殺してくれた方が暴漢の側としては楽なような気がしました…ゲフッ!)には相変わらず嫌な性格だな(だから物語開始早々狙撃されるんだよ!)とげんなり思ってしまったものです。有能で弁も立ちカリスマ性も備えている彼は弁護士より余程政治家に向いている(「国の未来が危険な方向に向かってしまいそうな物凄い独裁者が生まれそうだ…。」by佑一。)そうですが、いかんせん彼もまた面倒事はゴメンのやる気の無い男でした…。(彼曰く「代議士なんてよくそんな面倒な仕事を引き受けたな。」との事で…この話、こんな男ばっかりだ…ゴフッ!)話の中では「イケてる」と評価されていたもののゼニアのスーツ(実際に着ている人、いますか?私、見た事ありません。)という服の趣味も微妙で主人公は何故(あのお人好しの阿宗先輩を振ってまで)こんな男が好きなのか改めて疑問に思ったものです…ガフッ!

 東条喬志…阿宗「あ~良かった。男同士の痴情の縺れからの殺人事件の公判なんて俺、超出たくねーよ。」

トドメを刺されなかった(息の根は止められなかった)のは「良かった」としても弟への過剰な執着と敗北の結果からとうとう発狂してしまった様にはあれ、放っておいていいのか?と阿宗先輩同様ツッコミを入れてしまいました。(時間が経てば笑い止んで正気を取り戻してくれると…良いんですが。)どうやら同じように片親で父親から虐待を受けてきた異母弟の事を自分の半身のように思っていたのか「あいつの一番大事な物を壊すのは本当に気分が良い。」と佑一が飽きられるように滅茶苦茶にしようとしていました(「股間を潰して使い物にならなくする事も考えていた」そうです…ゲフッ!)が本人との勝負に負けて2度と自分が彼の人生の中で重い存在になれないという現実(洸の側には佑一という大事な人間ができて自分はもう2の次以上の存在にはなれない。)を突き付けられ受け止めきれずに狂ってしまったようでした。狂った笑いを続けても一顧だにされずに皆帰って行った終わり方には「…可哀想にな。」(もしかしてブラックギャグとして笑うシーンでしたか?)と思わず同情もしてしまったものです。早い所、気を取り直して立ち直ってくれるといいのですが…ね。

 阿宗真琴…「お前に優しくするの、俺もう疲れたよ。」

本命は神崎さんで彼と上手くいかない時ばかり「都合良く優しくしてくれる人間」を求めて自分の所に来る佑一さん(想い人)に阿宗先輩も色々思う所があったらしく(いくら優しくしても全く見返りが見込めずに気配りやフォローを利用されるだけで終わってしまう。無意識に自分の気持ちの尻拭いを先輩に求めている「動機」も泥酔して夜中に連絡も無く勝手に上がりこむのもかなり失礼であり2度に渡るゲロの後始末も大変だった事でしょう…ゲフッ!)ようで「いっそのこと『先輩』の関係なんてぶち壊してしまっていいんじゃないか。」と改めて手を出していましたがムード台無しの情事中の嘔吐によって今回も未遂で終わってしまっていました。これだけの「都合のいい男」扱いをされても「お前は罰として俺に膝枕とかすると良い!」(膝枕だけで許すんですか!しかも結局膝枕もして貰ってませんよ!)で全てを許している彼は…本当にいい人です。主人公も神崎さんなんて辞めてこの人に鞍替えしてしまえば良いのに(というか少しは先輩の想いが報われるといいのに)とお気楽気ままな極楽蜻蛉として生きることを演じながらも実は本当の気持ちを隠している不器用な彼の生き様によけい好感度が上がってしまったものでした。相変わらず相手(佑一)を慮って優しく接している彼ですが、もういい加減「地雷」を踏んじゃっても(そうやって「利用」されることを辞めても、気持ちを洗いざらい言ってしまっても、手を出してしまっても←オイ!)いいんじゃないですか?とツッコミを入れてしまいました…ゴフッ!

絶対服従

2010.11.10
 主人公は代議士と弁護士…とはいえ逆転裁判のように裁判論争にはならずとても小さい輪の中で話は進んでいきます。駆け出し政治家にとって「有能」とは一つでも多くの議席を取れる派閥に属して「数の力」で法案を押し通す事や、大人な手段を用いて部下に汚い真似をさせても労いや説明もせずひたすら無関係を装う(でないといざという時に一緒くたに糾弾されてしまうから。部下はいつでも切り捨てられる形態を取ってます。)様などがリアルで色々調べたんだろうなあ~と一部感心もした話でした。

 春日佑一…(どうせ俺は…父さんの後釜だよ…!)

父親死亡後、親族と選挙民に期待されるまま議員になり、派閥に「人身御供」として差し出されるまま神崎弁護士の玩具になり(そこは男としてツッコミを入れるべきというかせめて上司に説明を求めるべきなのでは…?)と周囲に望まれるままに流されっぱなしの人生を送るダメダメなエリートです。議員になった所で別にやり遂げたい政策や信念がある訳でもなく、(こんな主体性のない甘えた24歳に歳費として血税が支払われているのかと思うと泣けてきます…ゲフッ!)結局最後はタイトルにちなんで絶対に服従してしまう者という事で話が終わっていますが鈍さが昂じて阿宗先輩の気持ちを踏みにじってしまっている事といい恋人(?)の神崎さんの気持ちに全然気づかず被害者顔している事といい服従するまで皆に多大な迷惑をかけている男だなとも感じてしまったものでした…ゴフッ!

 神崎洸…佑一「お金ってある所にはあるんだな。火を点けたい気分だよ。」

辣腕を振るう傲慢な弁護士という大人な設定の割には、高い食事をおごったり(しかも1番高いワインを頼まれている。)時間外にも関わらず一元さんお断りの店で高級スーツを身立ててあげたりしている事は援助交際に近く(確かにある意味での大人な行動ではあるのだが…。)出ていった妻の佑一(「俺は奴隷だけど妻じゃない!」by佑一。)を有無を言わさず強引に連れ帰ろうとしたり(取りあえず体で言う事を聞かせようとしないでちゃんと言葉のキャッチボールをして下さい…ゲフッ!)大人の雰囲気を漂わせている割にはやっている事が子供で「…。」と思ってしまったものでした。お相手が佑一という「阿宗先輩(ライバル派閥の人間)の想い人」でなかったらとっくにスキャンダルを暴かれて失脚しているなともツッコミを入れてしまったものです…ゴフッ!

 阿宗真琴…「実は俺、不治の病なんだ。」

その後「俺の病気の名前…それは恋だ。」というセリフにこそ続かなかったものの内容的には同じ佑一への「告白」に続いていくのですが肝心の佑一に拒絶されたこともあり結局「ごまかし」で終わってしまっていました。彼曰く潔癖のきらいのある佑一が自分とイイ仲になることは気持ち悪くて出来るわけがない(友情止まりで見込みのない恋だったからこそ彼に会わなくてすむアメリカに行った。)事も佑一が否定しながらも神崎にベタ惚れになっている(「嫌いな奴に食わせる飯を作る割には妙に愉しそうだった。」)事も始めから分かっていたそうで、最後の一線までは越えてなかった2人の後押しをする形で協力して失恋している様にはさすがに人として同情してしまったものでした。いい奴なんです。悪い人になりきれなかったのが敗因と言えましょうか…ね。

女帝エカテリーナ③

2010.11.09
 晩年編です。ちょうど「ベルサイユのばら」の物語が始まって終わった時代(この1冊で何十年の時が過ぎ去ったことでしょう…ゲフッ!)でもありルイ15世やマリー・アントワネットの母親であるオーストリア女帝マリア・テレジアなど懐かしい有名な人々の顔ぶれも見られます。またスタニスワフを主人公(違います!主人公は彼の甥っ子です!)とした当時のポーランドを舞台にした物語もあるので時代はつながっているんだなあ~と実感し、おかげで読んでて楽しかった本でした。そんな訳で引き続き「ポーランド秘史」の方も楽しみにしていて下さい。

 エカテリーナ2世…数々の戦争よりの領土拡大、航海権ゲットに至りとうとう女だてらにピョートル大帝の夢を果たしてしまわれました。やはりこの人中身は漢としか思えません。とはいえポーランド侵攻に関してはオーストリアやプロシアと一緒にやったこと(赤信号、みんなで渡れば怖くないという考え方なのでしょう。)としても許されるべき1線を超えているとして後世の評価はそこで非難を浴びてしまっているそうです。晩年に至り、能なしの愛人(プラトン・ズーボフ)に入れ上げてしまったり、フランス革命をきっかけに焚書をし自分に都合の悪い歴史を無かったことにしようとしたり、老いをきっかけにすっかり頑なな支配者に成り果ててしまいましたが、それまでエネルギッシュな働きぶりで男でもなしえない程ロシアを力強く治めてきたことへの尊敬の念から私はどうにも彼女を責める気にはなれなかったりします。個人的には大公妃ナターリアが死んだ時「仇を討ってやる!」とパーヴェルが突き付けてきた剣をかわし、すかさず平手打ちをくらわせた彼女の反射神経の良さに達人か!?と驚いてしまいました…ゲフッ!

 グリゴリー・グリゴリエヴィッチ・オルローフ…エカテリーナの愛人。ポチョムキンとの決闘の場面では5人がかりで卑怯だろお前ら!とツッコミを入れてしまいました。クーデターの立役者としてはひとかどの人物だったのですが政治家、政略家の資質は欠いており、フォクシャーニでのトルコ講和会議失敗よりエカテリーナ様には完全に幻滅されてしまい、慌てて(宮廷の許可も得ずに)大理石宮殿に戻ると彼女の寵愛は若いヴァシリチコフに移っており(ポチョムキンじゃなかったんです…ゲフッ!)愛人としても失脚することになってしまっていました。なんとか彼女の気持ちを取り戻そうと世界最大級のダイヤモンド(この凄いダイヤモンドはそのまんまオルローフと言われるようになりました。)を贈るも物で釣られるようなエカテリーナ様ではなく、ヨリは戻せませんでした。(さらにポチョムキン再登場がダメ押しに…ガフッ!)プガチョフの乱に加わっていたというのは創作でしょうが、ともあれこれで完全にエカテリーナ様とは切れてしまったようです。

 エメライン・プガチョフ…プガチョフの乱で有名な偽ピョートル3世です。エカテリーナ様曰く偽物が出てくるのはこれで5人目だそうですが被害・人数の規模的に今までで最大級の反乱となったようです。(最もトルコ戦役で正規軍が動かせなかった部分もあるでしょうが。)貴族の館という館を片っぱしから略奪し領主を八つ裂きにした上で生皮を剥ぎ女子供に至るまでなぶり殺しにしたとあり、絵でも馬に引きずらされて遊び殺されている領主や火あぶりにされた女性、無残に殺された子供の姿が描かれ当時の残虐さが伺えました。しかし所詮は寄せ集めのごろつきの集団にすぎず、規律の整った正規軍の前には手も足も出なかったそうです。また勝っている間は良かったものの退却を始めて後彼に疑問を持つ仲間も多くなり、最後には味方に捕縛され敵に差し出されてしまいました。本人はかつぎ上げられただけと言っていますが、彼のやってきたことを考えるとどうにも特赦は認められないと思います。市中引き回しの上で公開処刑にしたのは正しい判断と言えるでしょうね。

 パーヴェル・ペトローヴィチ・ロマノフ…エカテリーナの息子。「本当ですわ、あなた。」「あんまりですわ、あなた。」と妻達が深刻な話を始めている時に何故かいつもごきげんで銃の手入れをしている人です。(笑うシーンなのかと思いました。)最初の妻ナターリア死亡のシーンではいくら奥様が浮気していたからって変わり身早過ぎるだろ、お前!とツッコミを入れてしまいました。ちなみに2番目の妻マリアとの間には10人もの子供を作り(作りすぎです!)エカテリーナ様がお亡くなりになった後に帝位についたものの、母の政治を全否定してその反対を行おうとしただけで計画性もなく、その後クーデターによって殺害されてしまう運命にあります。(そしてクーデターに一枚かんでいた息子のアレクサンドルが帝位に就きました。)なお、母を憎んでいた彼は自分の戴冠式の日に帝位継承法を定め女が帝位につくのを禁じてしまった為、ここでロシア女帝の時代には終止符が打たれ、後のロマノフ王家崩壊につながる結果を招いてしまいました。そんな未来を知ってるとやはりエカテリーナ様の思惑通り始めからアレクサンドルが帝位に着いた方が良かったのではと思ってしまう私です…ゲフッ!

 グリゴリー・アレクサンドロヴィチ・ポチョムキン…エカテリーナ様との間に交わしたラブレターの数は1000通を超えるそうです。あの男たらしの女帝をそこまでトリコにさせるとは違う意味でもすごい男です…ゴフッ!彼女の愛人サーシャが死んだ後のクリミア視察(という名の大旅行)では豊かな村の絵を川岸に設けエカテリーナ様が通過した後大急ぎで下流に流すという(いかにも開発が進んでいるかのような見せかけの)裏ワザを使い、おかげでポチョムキン村(見せかけ)という言葉まで出来てしまったそうです。晩年はすっかりプラトンに心変わり(…色ボケ?)してしまったエカテリーナ様にクリミアで花火を打ち上げてのレセプションを行い恋に終止符を打った(自分は既に彼女の愛人でも相談相手でもなくなったことを知りながら最後に何かの形で思い出をしるしたいと思った。)というエピソードが美しいです。最後はエカテリーナ様の心が離れたことにすっかり絶望しての死に様でしたが彼の死の知らせを聞いた彼女は「これからは1人でロシアを治めなければいけないんだ…。」と、大いにショックを受けていたそうで、決して愛想が尽きたわけじゃないのねとちょっと嬉しかった私でした。年を重ねて倦怠期を迎えてしまっただけでやはり彼女の運命の人はポチョムキンだったのだと信じています。

桜狩り・中

2010.11.08
 後書きより、この話はふしぎ遊戯のような「なんちゃって大正時代」ではなくてちゃんと時代物に入る為、何冊も文学を読んで、いくつもの古い洋館や町並みを探索し、明治村などのテーマパークを巡り、写真を現像し…調査費用だけで何万円もかかったんだそうです。また「男色」も真面目に研鑽しゲイ、BL、衆道、男色が全部違うことに気づいたり勉強、勉強の果てに書き上げた作品だったそうです。(私なんてホモが「男として男を愛する人」でゲイが「性別は男だけど心は女で男を愛する人」…という程度の違いしか知りません。)なるほど深い作品になっているわけです。そんな訳でジャンル、内容はアレにも関わらず下巻が楽しみだったりします…ゲフッ!

 田神正崇…てっきりそんなシーンは上巻の最後だけで終わりだろう(そう何度も少女漫画作家があんなシーン描かないだろう。)と思っていたので中巻でむしろ回数が増えたことにビックリしました。モテル男を恋人に持ってしまうと(違うだろ!)後が大変というかおかげで櫻子、葛城医師など周りの人々にいじめられるわ、蒼磨にはいいようにヤラれるわ元々がノーマルで純情な人間だけにすっかり精神的に追い詰められてしまいました。葛城先生とのあのシーンは田神君が哀れというのはもちろんありましたが今までそんなプレイされてきたの蒼磨様!?(そりゃ性格も歪むわ!)とそっちの方も気になってしまったり…ゴフッ!ともあれ数々のいじめもあって櫻子へのほのかな恋心はもう見る影もなくなってしまったようです。また1歩、ノーマルの道から縁遠く…ガフッ!

 松下孝文…田神君の兄ちゃん。背中に掘った入れ墨は竜だとこの巻で判明しました。上巻では正直ろくでなしの兄貴でしたが(大多数の人間は田神君の立場にあったら体をタテに金をこしらえる真似なんてせずに、兄貴を見捨てて逃げてるでしょう。)幼い頃のハーモニカのエピソードといい彼なりに苦労してきたこと(あの人生以外、選べなかったのでしょう。)が伺えて今回かなり見直しました。しかし、せっかく田神君が体張ってまで金を作ったのに当の本人が獄中死してしまっては田神君、ヤラれ損じゃないですか!と無情な展開に悲しくなってしまいました。で、これでもう田神君が体張る意味はどこにも無くなってしまったのですが(それでも借金は借金なのだろうか?)下巻では蒼磨×田神君のそんなシーンはあるんでしょうか?…ゲフッ!

 斎木蒼磨…ガラスの怪我にて、いくら小さな傷だからと言って口で唇の傷を消毒しようというのはどうかと思いました。(しかも櫻子以下、人前なんですけど…ゴフッ!)川遊びをして自分には見せない朗らかな表情で笑っている田神君を見つけたときの切なそうな表情や、最後のページの「葛城か…!」(俺の恋人をこんなにしやがって…!←違うだろ。)と怒っているときの表情が印象的な彼です。(コマ割りもですが本当に見せ方が上手いですよね、渡瀬先生って。)どうやら亡くなった「奥様」とも関係があったらしくそんな異常な家が嫌で葛城の協力の元に殺害したのに彼の生活の乱れはその後もなんの変わりも無かった(むしろ酷くなった?)ようで切ない人生送ってきたんだなあ、と感じました。さて、これから葛城をどうするつもりなのか楽しみです…ゲフッ!

 葛城知彦…医者としては結構儲かっているようで、広大な屋敷には趣味で茶室までこしらえてありました。彼の奥様にまで縛った後や殴られた後にできた痣があることを見受けるに、彼はああいうセックスしかできないようです。(ということはやっぱり蒼磨との行為もそういう内容だったんでしょうね…ゴフッ!)蒼磨との付き合いはおそらく登場人物の中で1番長いんでしょうが問題は長さよりも内容だよねという人間関係の真理にあてはまり蒼磨にとっては(少なくとも気持ち上は)その他大勢の愛人の一人に過ぎないようです。(まあ、あの性格じゃあねえ…。)その八つ当たりもあって今回は思う存分田神君をいたぶっていますがおそらくはそれでさらに蒼磨に嫌われる結果になっていることに彼はまだ気づいていません。上巻で死んだ愛人達のように勝手に自滅して下さい。(オイ!)

 斎木櫻子…ガラスの欠片事件の時、蒼磨が真っ先に彼女をにらんでいる辺り犯人はバレバレの状況だったようです。どうやら蔵に閉じ込めた父親への恨みも相当あるらしく葛城医師と共謀して毒薬を持っている様子です。そんな風に身内でも容赦なく殺す計画を立てるほど執念深い性格なのに蒼磨殺人計画は立ててない辺り「ずっと恨んできた。」という言葉とは裏腹にやっぱり兄貴のことだけは愛しているんでしょうね。(…いや、兄妹だろ、お前達。)しかしその執念というか嫉妬深さが災いして、愛人の一人だった女中は流産する羽目になり、田神君は泥御飯を食わされたり、周りの人間の被害は増大する結果になっています。ともあれあのビジュアルが災いしてどうしても16歳には見えない私です。これから成長というか身長とかは伸びないんでしょうかね?

女帝エカテリーナ②

2010.11.07
 女帝即位編です。後書き(文庫版裏表紙の対談抜粋)より池田先生が司会を担当した座談会で「エカテリーナは愛する男と正式な結婚もできなかった不幸でみじめな女」と取られていたのに対して池田先生は「彼女はそんなみじめったらしい考え方をしない、ちゃんと人としての幸せをつかんだ人間だ!」みたいな反論をし意見が分かれてしまったそうです。私も読んでてエカテリーナが色々大変だったのは分かりますが、だから不幸だ…とは決めきれないとは思います。大変な分充実もしていたと思いますし、女は結婚できなければ不幸だという一般論でくくるのもどうかと思いますし(そしてこの人、体は女でも中身は「漢」に思えてならないのです…ゲフッ!)やっぱりそれは固定観念から来る偏見じゃないのかなあ~と思えてなりませんでした。大変な人生でしたが…幸せもあったと思いますよ、私は。

 エカテリーナ2世(エカテリーナ・アレクセーエヴナ)…そうやって前髪ひっつめにしていた方がマトモな髪形に見えてお似合いですよ、と相変わらず熊の毛皮のような凄い髪の量に圧倒されている私はそう思ってしまいました。スタニスワフと別れ、即位後ようやく運命の夫ポチョムキン登場…と思いきや2ページで終わってしまっている邂逅に「運命のパートナーのやりとりがそれだけかい!」とツッコミを入れてしまいました。(後にオルロフ兄弟が納得できない理由が分かります。)赤ん坊が生まれるまで騒ぎを起こさずに隠しとおさなきゃいけない(大きいお腹でいらっしゃるのに出産までバレずにいられるのも凄い。)とピョートルの数々の侮辱に耐えてきたエカテリーナでしたが出産が終わると「さて、攻撃準備は整った!」とあっさり気持ちを切り替えられる辺りやっぱりこの人、中身は漢だなあ…と思ってしまいました。(そもそも毎夜愛人をとっかえひっかえ、とか異性関係激しい辺りも本来男の発想じゃないですか?)実際に皇帝(ピョートル)にまで勝っているし、不幸でみじめな人生…とは言い切れないと思いますよ、皆さん?

 スタニスワフ・アウグスト・ポニャホトスキ…純情なエカテリーナの愛人。恋人としては申し分のない殿方だったようですが、立派なロシア女帝になることを自分の使命と課したエカテリーナにはパートナー(戦友)としては物足りない相手だったようです。(ピョートルの所に監禁された時も自力での脱出はできずにエカテリーナが頭を下げる結果になってるしね…。勇猛果敢な手段は性格的に不可能な人なんですよね。そこが彼のいい所でもあるのですが。)二人がおじゃんになるのはまつざき先生の読み切りでのその他大勢ぶりでもネットでも知っていて一体どんな別れのシーンになるかと戦々恐々としていたのですが…いやはやドイツ名(ゾフィー)で呼ぶのは勘弁してほしかったです。3巻でも相変わらずの一途ぶり(出番到来、万歳!)にやっぱり好感度の高いキャラです。いい人ですよね、この人。

 ピョートル3世(ピョートル・フョードロヴィチ)…即位後のワイン片手に机の上で踊りながらカメラ目線で二カッと笑っていた表情が緒印象的でした。数々の狼藉にプライドの高いエカテリーナが彼を恨む気持ちは分かりますがそれにしたって死因を痔の激痛による発作死とすることはないでしょうよ!とツッコミを入れてしまいました。(どんな死に様ですか!)エカテリーナに比べれば目を覆いたくなる程のダメ政治家というのは分かりますがプロシア派としての方針はしっかり構えていますし最近は彼を見直す動きも出ているようです。(とはいえ「ロシア皇帝」としてふさわしくない人物だったというのは確かなようですが…。)寵姫エリザヴェータ・ヴォロンツォーヴァ嬢(ブスというかデブというか女装版ジャイ○ンというか…。)を気に入った理由として無礼だから(仮にも皇帝様に、取り巻きは大勢いても酒を浴びせたり暴言を吐いたりする人間は1人もおらず、皆一線引いていたのでしょう。最もそれが普通の反応ですが。)というのが入っていると思われます。とはいえ最後一人寂しく殺されてしまう様はさすがに哀れでした。(その死に様がどう捏造されて発表されるかを知っていると余計に。)馬鹿っぷりが逆に好きだったんですけどね、この人。

 エリザヴェータ女帝(エリザヴェータ・ペトロヴナ)…聖エカテリーナ勲章は皇后と皇位継承者の妻だけに与えられるもの…それを初対面でエカテリーナに授けていた(1巻参照。)ということはエリザヴェータ様は始めからゾフィー(後のエカテリーナ)を大公后にすることに決めていたんでしょうね。自分の婚約者の血縁だからという理由で大公后を決めエカテリーナの涙の訴えに思わずホロっと流されそうになっている彼女はきっと相当なロマンチストなんでしょうね。(騙されないで下さい、女帝陛下!)7年戦争ではせっかくベルリン陥落寸前まで追い詰めた(為にプロシア皇帝フリードリヒ2世は自殺・退位まで考えることに…。)のに間抜けなピョートルが後釜に座ってしまった為に彼女が頑張ってきた戦争の勝利がおじゃんになってしまった…というのはエリザヴェータ派の人間にしては許せかったでしょうね。ピョートルが退位に追い込まれる理由が分かるエピソードでもあります。

 パーヴェル・ペトローヴィチ・ロマノフ…エカテリーナの長男。エリザヴェータ様の溺愛の元で育てられてしまったせいですっかり無分別で無遠慮な少年に育ってしまったようです。「太陽のように」美形レベルの高いセルゲイと、可もなく不可もなくレベルのエカテリーナ女帝の間の子にしては不細工だなあ~と思っていましたがそれもそのはずチフスに罹ったことがきっかけで人相が変わってしまったそうです。(ピョートルが天然痘にかかって顔が変わったのと同じパターンで…変わっちゃったらしい。)本当は血はつながっていないものの父への憧れ、母親への反発もあって父親の真似をしているんでしょうね。そんな父親派の彼に、2巻のラストで「僕の父上はどうして死んだの…?」といぶかっている彼に、痔の痛みによるショック死だよとはとても言えませんでした…ガフッ!せめてもうちょっとマトモな死因を捏造してあげて下さいよ、エカテリーナ様!

魔女の宅急便

2010.11.04
 「となりのトトロ」が不発に終わってしまった為に赤字補填…もとい、資金回収の為にもお仕事しなくっちゃ!と作られたのがこの「魔女の宅急便」だそうです。宅急便というのがヤマト運輸の登録商標であり、真っ先にスポンサーを要請したおかげで(「スポンサーとして金を出せ?勝手にそんな話作って何だお前ら!?」「でも社長、この映画、うちのトレードマークの黒猫が(全くの偶然で)頻繁に登場しますよ?」「そ、そこまでうちとタイアップを!?」という流れを経て)大手スポンサーの元に充分な宣伝が行えた結果、トトロの3倍以上の観客を動員し、アニメ映画の日本興行記録を更新したというジブリ初の大ヒットを記録し、ここから大手として活躍が始まった歴史があるそうです。という訳で白黒テレビが普及しているのに何故かボンネットバスや飛行船が使われている(そこは普通のバスや飛行機でしょう。現代なんだか過去なんだか。)時代設定不明のファンタジー映画です。

 キキ…キキ「今夜に決めたわ!決行よ!」
母コキリ「いつも笑顔を忘れずにね。大切なのは心よ。」
父オキノ「いつの間にこんなに大きくなって…帰って来ても良いんだよ。」

旅立つ娘にせがまれるままラジオをあげたり、高い高いしてあげたり、いいお父さんだなあ~と感心すると同時に、空を飛ぶという魔法しか覚えておらず、その「空を飛ぶ」事すら下手(旅立ちの時には、あちこちの木にぶつかりながら盛大に鈴を鳴らして出発している。「相変わらず下手ねぇ。」by母)という娘の有り様に「13歳の満月の夜に魔女のいない町に定住し修業を積む」というしきたりとは別に母親が不安がる理由(こいつのどこが一人前だ?)が凄く分かる気がした主人公でした。根拠の無い自信を元に身の程を弁えずに大都会に出てきて、その一歩目でつまづいた(歓迎される事を夢見ていたが都会の人達は思っていたよりも冷たかった)だけで落ち込んでいる様も「当たり前だろ…。」としか思えず、それまで「となりのトトロ」(親の代わりに朝御飯まで作ってしまう甲斐性MAXのしっかり者ヒロイン・サツキ)を見てきたギャップもあって何じゃこいつは…?と個人的にはあんまり共感できなかったヒロインでした。(それが13歳思春期であり厨ニ病であると言われてしまえばそれまでなのだが、これであのサツキより1歳年上ね…。)一時期、魔法の力を失くした(スランプに陥った)所から、あがいて復帰したり「成長した」様は好感持てたのですが、残念な事に「第一印象」って後々まで尾を引くものであって…。(もうこの辺で話すの辞めとこう。純粋なファンの為にも。)

 トンボ(コポリ)…トンボ「さっき『ドロボー』って言ったの(警官から助けたの)僕なんだぜ?」
キキ「助けてくれてありがとう!でも『助けて』って言った覚えは無いわ!」

道交法を守らずに道路に飛び出して交通渋滞を招いたのはキキ自身(自転車だって車道の真ん中は走らない。それを考えると箒だってアウトだろう。)であり、警官に捕まるのは当然の展開(未成年者だって万引き現行犯は立派に警察に捕まる。子供であることを言い訳に許して貰える範疇は間違いなく超えているだろう。)であり、下手をすればそのまんま故郷に強制送還される所だったのを、とっさにドロボー騒ぎで誤魔化して貰えた(のを良い事に「君はここにいなさい!職務質問の続きがまだだから!」と言われていたにも関わらず、その場から逃げ去った。)という有り難い状況なのに恩人に対して何を逆ギレしてるんだ、こいつは!?とますますキキに対して引いてしまった出会いのシーンでした。いくら「空を飛べる」少女に無条件の憧れを抱いたからってトンボの方もよくめげずに話しかけ続けたな、と初対面から怒鳴られ、パーティーをすっぽかされ、仲良く話している所を急に不機嫌になって帰られたりと八つ当たりに次ぐ八つ当たりで割を食い続けた扱いにも関わらず彼女に親しく接する根性に感心もした登場人物です…。(小説版では彼女と結婚までしていたがそれまでに5巻もかかったり、夏休みも帰って来なかったりする理由はちょっと分かるな…。)

 おソノさん…「大きな町だから色んな人がいるさ。でも私はアンタが気に入ったよ。」

空を飛べる魔女という珍しい少女が「気に入った」、それだけの理由で素性も知れない女の子を居候させ、電話まで使わせて商売(宅急便)の後押しをしてあげたなんて、自身は一銭の得にもならないのに(多分、間違いなく宅急便で稼いだ金は全てキキのおこずかい。)そこまでしれくれるなんて、なんていい人なんだ!身重の体(これから子供が生まれて、ますます金がかさむ身)で居候を抱え込んだ彼女の博愛ぶりに思わず拍手したものでした。(むしろ主人公よりもイイ女ではなかろうか、この女性。)夫も夫で「ハァ!?これから子供が生まれるってのに、親類でもない子供を引き取るなんてお前は何考えてるんだよ!?」と常識の元に反対する事もせず黙ってキキパン(「宅急便やってます」と書いた魔女の形の特製パン。)を焼いている具合ですし、どうやら底抜けにお人好しの夫婦だった様子です…。

 孫娘…「私、このパイ嫌いなのよね。」

雨に濡れながら、服でパイを庇いながら、風邪をひきながら配達してきたのに「お前はもう用済みだ。」とばかりに感謝されるでもなくドアをバタンと閉められた(せっかく苦労して運んできたのに冷たい仕打ちで応えられた。)事から良い印象を持たず、一緒に遊びに誘われても、せっかく仲良くなれたトンボを振ってまで「私は仕事があるから帰る。」(お前は飛べなくなって休職中だろ。)と大嘘ついて断っていた(こんな嫌な女と一緒に遊ぶのはプライドが許さない…のは分かるが、その為に袖にされたトンボは八つ当たりされていい迷惑である。)けれど…仕事ってそういうものじゃないか?(苦労したからと言っていつでも大歓迎されるとは限らない。過程を褒めて貰えるのは「子供のお遣い」までで、それが仕事で、それで金を貰っている以上、文句を言う筋合いも無い。)と現実を知っている私としては、ただの逆恨みにしか見えずに共感できなかったキキの態度でもありました。ともあれ、この孫娘の祖母(「このチョコケーキをキキという人に届けてほしいの。」と遠回しにプレゼントしてくれた善人。この婆ちゃんから、どうしてあんなすれっからしの孫娘が、と考えた所で善人であるが故に娘と孫に優しく接し過ぎて増長させたのだろうと納得した。)とキキ視点で見ている視聴者の皆さんは当然の事ながら共感できなかったらしく、一部視聴者の間では「私、この体位、嫌いなのよね。」等々、下ネタを中心にいじられているらしいです…ゲフッ!

火垂るの墓

2010.11.03
 公開当時は「となりのトトロ」とセットで公開された為に、トトロや猫バスに夢中になった「楽しいアニメ」を見た後に、全身包帯でグルグル巻きになって蛆の湧いた母親の姿や、そんな母の遺体を他の死体の山に放り込んで焼く光景を見て、衝撃を受ける、涙が止まらない、茫然自失で席から立ち上がれない観客が続出したそうです。(ていうか絶対、抱き合わせ公開にする組み合わせを間違えているぞ、この2セット!)イギリスの映画雑誌「エンパイア」でも「落ち込む映画ベスト10」で6位に輝き、韓国では「日本は戦争加害国なのに戦争被害者を装っている映画だ!」と2014年まで上映されなかったという逸話の数々を誇る問題作です。

 清太…子供A「カエルの干物?けったいな物、食っとるな~。」
子供B「オエッ!鍋の中、ひきわり大豆ばっか!うちの雑炊より酷いわ!」

西宮のおばさんが自分の娘や下宿人には米大盛りの雑炊、自分達には汁ばっかりとえこひいきしていじめるから(ではなく「働かざる者、食うべからず」を実践されていただけなのでは…?)母親が銀行に7千円もの貯金(現在のレートで1328万円!)を預けていてくれたし、金さえ有ればきっと何とでもなる!と横穴で暮らし始めた清太達でしたが…八百屋も肉屋も焼けて頼みの綱は配給だけ、闇米を手に入れるつても無い彼らの食生活は↑のように、むしろ西宮の叔母さんの家にいた頃よりも悪化したのでした。そこで「イヤミぐらい我慢します!ていうか働きます!やっぱりここに置いて下さい!」と土下座して頼めば、まだ可愛げがあるものを彼が始めたのは畑泥棒に、空襲で皆が逃げている隙に食べ物や衣類を盗む火事場泥棒…(アンタ、1千万以上の貯金が有るよな?)子供の頃は「貧乏にあえいで死んでいった可哀想な子供達」という目で見ていたけれど、本当はこいつ下げるべき頭を下げなかったせいで自滅したバカな子(下げたくない頭を下げてこそ男だろ!)なのでは…と思ってしまった主人公でした。

 節子…「兄ちゃん、おおきに…。」

肌は汗疹と虱でまだらに色どられ、衰弱して死んでいく妹の姿に昔は単純に涙するばかりでしたが…今では、どんどん弱っていく妹の姿を目の当たりにしながら、「滋養なんて、どこにあるんですか!」(あったらとっくに与えているわ!)と医者に吠えながら、何故、妹を助ける為に西宮の叔母さんに土下座するという簡単な事が出来ないんだ?(彼女は優しい聖女とはとても言えないけれど、むしろチクチク嫌味を言う現金主義なおばさんだけど、いくらなんでも子供を飢え死にさせるほどの鬼じゃないだろう。汁と菜っ葉だけの雑炊とえこひいきしながらも3度の食事はちゃんと出してくれていたし、おばさんの元に戻っていれば節子は死ななかったと思うぞ。)と、逆に甲斐性の無い兄貴にイライラしてばっかりの有り様でした。最も兄貴に看取って惜しんで貰えただけ、節子は原作者の妹よりは幸せな死に様を迎えたらしいですが…。(「僕はあんなに優しくはなかった。せめて小説の兄ほどに妹を可愛がってやれば良かった。今になってあの無残な骨と皮の死に様を悔やむ気持ちが強く小説中の清太にその思いを託した。」by野坂昭如。)

 お母さん…「ほな、一足先に防空壕に行かして貰うからね。アンタらも気いつけて、早おいでよ。」

そうして一足先に逃げた防空壕に爆弾が直撃してお母さんは全身火傷で翌日に死亡、逃げ遅れて防空壕にも入れずに狙い撃ちしやすい海に出た清太達の方が助かったとは人生分からないものです。そしてまた、妹と何の嫌味も言われずに幸せに暮らす為に家を出たはずなのに、その直後に戦争が終結して、むしろ町の皆の方が綺麗な洋服着て蓄音機で音楽聴いてと裕福に暮らし始めたのだから皮肉なものです。挙句にこの時、蓄音機から流れる曲が「はにゅうの宿」(Home sweet home)で、その横で節子は飢死、そして今までの元気だった頃の走馬灯が繰り広げられている(これが自分達が望んだ「幸せな家」の結末だった。)のだから思わず皮肉を効かせ過ぎ!と思ってしまいました。海での回想にあった通り、ほんの1年前は両親も生きていて幸せな一家団欒を築いていたんですけどね…。

 西宮の叔母さん…清太「見てみ、節子。昼はおむすびやから。朝は雑炊、我慢して食べ。」
おばさん「ええ加減にしとき!ニートは昼かて雑炊や!お国の為に働いてる人らの弁当と、一日中ダラダラしとるアンタらと、何で同じや思うの?清太さんな、アンタも大きいんやから助け合いいうこと考えてくれな!」

この人は清太のお父さんの従兄弟の嫁さん(未亡人。巡洋艦に乗っていた大尉であった清太の親父と違って下っ端兵士に過ぎない夫は戦争の始めにとっとと死んだ。)という遠い親戚であり、私も子供の頃は清太達をネチネチいじめて追い出した鬼婆みたいに思っていたのですが、改めて見てみると叔母さんの言っている事の方が正しい(清太は14歳。今で言えば「子供」だが、昔は学徒動員で「働いている」はずの立派な労働力であり、同じ年頃の叔母さんの娘が勤労工場で働いている以上、子供であることを言い訳に毎日、学校にも行かずに妹と遊び暮らしている事を正当化する事は出来ないだろう。)と納得してしまいました。自分達は働いていて、食糧事情だって悪いギリギリの状況なのに、横にニートがいたら確かにムカつくだろうと、むしろ叔母さんの気持ちが物凄くよく分かったものです。そもそも自分とはまったく血の繋がりの無い無駄飯食らいを10日以上も置いてあげただけでもこの人は優しいと思ってしまったり…ゲフッ!

となりのトトロ

2010.11.02
 舞台は昭和30年代の片田舎、既に戦争の終った時代とはいえ「地味」だろう、と公開当時は興行的には振るわず(注目は集められなかった。それが作品賞他様々な賞を総舐めにし、金曜ロードショーでは「イチロー級のアベレージヒッター」と重宝されるほどの高視聴率を毎回記録し、ぬいぐるみに到っては「一番の稼ぎ頭」となったのだから、世の中分からない物である。)公開されるまでも、単独公開は難しい→「火垂るの墓」と抱き合わせにする事で何とか企画樹立→「お化けと…墓?」という組み合わせに顰蹙を買い頓挫しかける→小説「火垂るの墓」を出版した新潮社&徳間書店が「その企画、うちが買った!」と出資→製作実現という色々な経緯があったそうで、生き残るって大変なんだなあ~という事情も察せられた経緯でした…。

 大トトロ…ミミンズク「ドゥオ、ドゥオ、ヴォロー。(眠いよー。)」
メイ…「トトロ?あなたトトロって言うのね!?」

実際は寝ている所を腹の上に乗っかられて、大声出されて起こされたのを「起こすんじゃねえよ~!」と言っただけなのに、自己紹介をされたと解釈したメイの勘違いから本名のミミンズクは綺麗に流されてチビ達まで中トトロ、小トトロと命名されてしまった(本当の名前はミンとズク。だがその名を気にしている人間はもう誰もいないだろう。)そんな生き物です。(まるで「あの生き物は何て名前なんですか?」「キャンガルー。(分かんな~い。)」「カンガルー?あれはカンガルーって言うのね!?」と命名されたオーストラリアに生息する某生き物のようだ。)独楽で空を飛んで移動し、ドングリに芽を出させ、猫バスに乗る(ちなみにバスの形を取ったのは、この妖怪(猫又?)が時代の流行を取り入れただけで元々は籠屋の姿をしていたらしい。)この変な生き物はまだ日本に居るそうです…多分

 まっくろくろすけ…おばあちゃん「そりゃススワタリだね。人のいなくなった家に住み着いて煤だらけにする妖怪なんだよ。」

本当にカンタのお婆ちゃんの言う通りの「妖怪」だったら良いんですが、サツキとメイの見間違いでゴキブリの大群でなければ良いのですが…(どうしよう、メイちゃん、両手で力いっぱい潰してしまったよ…。)と古い家+結核患者が死んだ曰くつきの物件+未掃除という条件の元に不安を感じてしまったものでした。(折しも私は高校の時の古典の教師からの小話で、ボロアパート時代に家に帰るたびにまさしくあのような形でゴキブリが散って行った、柱の中をねぐらにしていたらしく映画のような(メイちゃんが指をつっこんだような)亀裂から触手が飛び出して蠢いていたという嫌な話を聞いた覚えが…。)一応、家じゅうを綺麗に片づけられた事で、夜の間にトトロの家に移住した様子ですが、その後にメイとサツキがトトロの元に通うようになった展開を考えると「…。」とも思えてしまった経緯でした。(草壁家があの家に引っ越してきたのは昭和30年代当時、既に治療法が確立していた結核の母親の療養の為という理由も有ったらしい。)

 草壁メイ…サツキ「メイのバカ!すぐに迷子になるくせに!」

おかげで村では「神池に浮かんでいた幼児用サンダル+消えた女の子」という符合から最悪の事態(メイが遊んでて池に落ちて亡くなられた。)が想定され、男衆が総出で池さらいをするわ、お婆ちゃんに到っては必至で念仏を唱えている始末(死んでないから!)だわ、大変な騒ぎになってしまった迷子騒動。やはりどこかに出かける時には他の家族に行き先をしっかりと告げてから行くべきだ(1人での行き先も告げないぶらり旅ほど危険な事は無い。)と改めて実感してしまった1場面でした。ちなみに彼女の名前は姉のサツキ(皐月。旧暦の五月。)同様、May(英語の五月。この作品に影響を受けてか里中満知子先生の作品「愛人たち」では「五月」と書いて「めい」と読ませるDQNネームのヒロインがいた。辞めてよ。)から取った他に宮崎監督の姪っ子をモデルにしたそうで、彼女に恋していた「トイ・ストーリー」の日本人スタッフは初恋の人を聞かれるたびに「トトロに出てくるメイちゃんです!」と答えていたそうです。

 草壁サツキ…母「今そこでサツキとメイが笑ったような気がしたの。」
父「案外そうかもしれないよ。ホラ。」

窓枠には「お母さんへ」と書かれたトウモロコシ(証拠品)、気のせいではなく間違いなくそこに娘達がいたはずなのに数階建ての建物の窓から娘達は一体どこへ消えたのか?(個人的には病院の個室から松の木までも距離があるのに、どうやってトウモロコシを窓枠の上に置いたのかも疑問。)そこはファンシーに終わる場面ではなく、親として大焦りする所だと思うのですが、元来のほほんとし(過ぎ)た御両親なのかアッサリ異常現象をスルーして終わってしまっていました。(オイ!)ちなみに、一時期行方不明になったメイ同様、姉のサツキだって母親には会いたいはず(あまりにしっかりし過ぎている為に10歳から12歳へと年齢を引き上げられた裏事情はあるが、サツキだってまだ子供。)なのに何故わざわざ病院に連れて行って貰いながら会わずに帰ってきたのかという疑問は、母親が元気ならどうやってここまで来たのか等々、妖怪絡みの事情をネタばれして心配をかける必要は無い(母親に甘えてばかりの幼い姉妹がちょっとだけ成長した。)という彼女達なりの配慮だったそうです。

天空の城ラピュタ

2010.11.01
 時代は19世紀後半、産業革命期のヨーロッパを舞台にした作品で(ファンタジーとはいえ剣と魔法の世界ではなく、飛行船とか拳銃とかが出てくる近代が舞台。)宮崎監督が小学校の頃考えていた架空の作品を骨子とした、ジブリとしては初の原作無しオリジナル映画…だったのですが、時代はアニメブーム全盛期(1980年中期)だった事も有り、レトロフューチャー色の強いこの作品は「古臭いアニメ」として当時の波には乗れず(金曜ロードショーでも他のアニメが当然のように視聴率20%越えをしている中で初放映時12.2%という成績の悪さを記録した。)客の満足度は97.7%と非常に高い反面、興行成績はジブリ作品中ワーストを記録している名作映画です。「本当に良い作品」と「売れる作品」って別なんだなあ(この作品が受け入れられ始めたのは1990年代近くになってから。)という事を改めて感じた時代背景でした…。

 パズー…パズー「親方!空から女の子が!」
親方「5秒で受け止めろ!」

いや、つっこめよ、親方!(大体、空から落ちてきた人間(20キロ以上の物体)なんか受け止めたら怪我じゃ済まないだろ!)と冒頭から大焦りすると共に、当の女の子を誰も気に留めずに結局「拾った」パズー(孤児)がなし崩しに家に連れ帰って面倒見ている辺りに、この町の大人達って…と別の意味でも色々度肝を抜かれた展開でした。(大体、男1人の家に女の子お持ち帰りって…間違いが起きたらどうするんだ!?)ちなみに映画中でチラッと触れられている通りパズーの父親はラピュタを見た(一応、証拠写真も撮った。)と公言した為に詐欺師呼ばわりされて「じゃあラピュタに降り立って証明してやるよ!」と飛行船を作るスポンサー探しに出た所で事故死したそうで(現在でも父の言を信じているのは息子のパズーのみ。)パズー本人には逃げる手助けをしてくれたり善良な人達だったけれど、人間、良い所だけでもなかったのだろうと妙に現実味を感じたものでした…。

 リュシータ・トエル・ウル・ラピュタ(シータ)…パズー「シータ、滅びの言葉を教えて。2人で一緒に唱えよう。」
シータ「でも飛行石が反応するのは私だけだから、実行犯は私って事よね…。」

ちなみにこの後唱えた「バルス」という言葉はラピュタ語で「閉じよ」という意味の王国を滅ぼす言葉(ムスカの目を見えなくする為の閃光呪文ではない。)だそうでそんな重大な言葉がこんな短い簡単な言葉で良いのか?と不安を感じると同時に、帝国が滅びたのは「今日も一日頑張ろうな!」「ハイ、がんバルッス!」と誰かがうっかり呟いてしまったせいなのではないかと、いらない疑問も湧いたものでした。(実際はラピュタ全土に疫病蔓延→「大変だ!早くウイルスの届かない地上に逃げなくては!」と冒頭のシータのように地上着陸→「地上の方が広いじゃん!」と帰る気喪失したのがトエル家の実態らしい。)ちなみに公式小説によるとエンデイング後2人はしばらくパズーの家で同棲していたものの、こりゃ違うと感じたのか、シータは1人で故郷のゴンドアの谷に帰りパズーとは文通友達になった(かなり仲良くしていたが、その気持ちは仲間意識であり恋ではなかった。)との事でした…。

 ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ(ムスカ大佐)…「最高のショーだと思わんかね?人がゴミのようだ!」

その後、正に自分自身がゴミのように散っていくのを知らずに…と思わず含み笑いも出てしまう、行き過ぎた言動のせいで悪役でありながらネタキャラとして高い人気を誇る名登場人物です。何の変哲も無い(細工もインチキもしていない)拳銃で数百メートル離れたシータの三つ編みのみを撃ち抜いたり(ちょっとズレて、うっかり顔の真ん中を撃ち抜かれなくて本当に良かったです。)パズーに向けて撃った弾も木の穴ごしという条件下で見事に航空用メガネに当たっている(メガネが無かったら死んでいる。)辺り、軍人としては優秀だったらしいですが、人間としては「かつて世界を支配したラピュタを復興させ自分がその王になる!」という誇大妄想癖にとりつかれたダメ人間で、↑の言葉からも分かる通り、部下達を不必要に殺しながら楽しむ性格異常者である様には、王になれた所でいつか誰かに刺されていただろうな(ていうか早速シータ達に滅ぼされたな。)と頷く事しかできなかった、そんな男でした…。

 女海賊ドーラ…ドーラ「40秒で仕度しな!」
パズー「分かった!」

それで本当に40秒で仕度を終えたパズーに、ラストで3分間も猶予を与えてしまった(「3分間だけ待ってやる!」byムスカ。3分以上は待ってられない辺りはこらえ性の無い大人だったらしい。)事がムスカの敗因だったのではないかと一部で囁かれているそうです。ちなみに、バリバリに現役で自分で飛行船を飛ばしながら行動しているこの女船長は実はもう50歳になるそうで(胸筋でシャツを裂いた長男のシャルも、もう30歳。次男三男もそれぞれ成人している。)元気な事は良い事だと実感すると同時に、息子の誰も彼女の跡は継げないな(「部下の一人」としては使える存在となっているが、上に立って指示したり決定する度量はどの子も無さそう。最も海賊(ドロボー)なんて所詮は犯罪者であり代々続けずにマトモな職に就いた方が身の為なのだが。)と実感もしたものでした。政府の役人であるムスカ大佐が人でなしであり、海賊のおばさんの方がまだ人間としての情があったとは思えば皮肉な内容だとも感じた展開です…。

 余談…シータ奪還時、空中を飛んでいて視界が不安定な状態にありながら、数百メートル離れているであろう位置から炎上した塔の上に居るシータを一瞬で判別できた辺りパズーは驚異的に良い視力を持っていたのだろうな(50年海賊やっていたドーラでさえ分からなかったんですけど!)と改めて驚愕した1シーンでした…。(マサイの戦士並みの視力だな、パズー君は。)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。