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西洋男娼館~エキドナの掟~

2011.05.31
 先月、友達がネット上の友達が宮城の人で東日本震災以降姿を見せなくなってたことを心配していました。そこまではいいんです。それよりもネット上に姿を見せなくなったからと言って相手の履歴から住所(宮城県)を割り出した友達の執念に恐怖を感じました。…皆、親しい相手がネット上に見えなくなると1ヶ月以内に住所を調べるものなのでしょうか?
 友達曰く「色々親身になって相談にも乗ってくれた人だから、早くに住所を聞き出しておけばよかった。」(だからって調べるものなの?「相手のことが気になるからついつい家まで尾行しちゃった❤」というストーカー少女とどう異なるのか違いが分からないのですが…ゲフッ!)との事でしたが、いくらネット上で仲良くても所詮顔も本名も知らない者同士。会ったこともなく「会いたい」という話も出ておらず、それはネットでどんなに親身になっていても現実の友達認定はされていないということじゃないのかな~と友達の思い詰めぶりに疑問を感じてしまう私です。
 そしてネット上に姿が見えないのを気にしているのも「その人と話したいから。」という「自分の都合」が見えてそれは本当に「心配」なのかな?と疑わしく思えるのです。「心配」している割にはガソリンの略奪が各地で起きていた(宮城含む)ことも、福島で原発処理を頑張っている自衛隊の皆さんがJヴィレッジの客室から締め出されて雑魚寝してることも(宮城って福島の隣り。万一の事があったら一緒くたに被害を受けてしまう地域です。)分かっていなかった、というか知ろうともしていなかった彼女にむしろ調べるべきはそっちだろ!とツッコミを入れたくなってしまいました。(「心配」と言っている割に相手を気遣う心が見えない…!)
 人間関係って何でしょうね?ということでホモの話を更新です。(どんな関連だよ!)これもまた人と人との関わりについて色々考えさせてくれた話でした。

 タイトルからして物凄い名称だなと思ってしまった吸血鬼物語。ちなみにエキドナと言えば聞こえはいいですが英語でいう所のハリモグラのことです。そう考えると別にハリモグラの祝福が与えられなくてもハリモグラの掟を破ってももうどうでもいい気になってくるんですが作者さんは何を持ってエキドナの館としたんでしょうね?ちなみにエキドナはギリシャ神話に登場する上半身が美女、下半身が蛇の化物の名称でもありケルベロス、ヒュドラ、オルトロス、スピンクス等々多くの怪物を産んだ母でもあります。多分作者さんは「母なる怪物の館」という意味合いでこの名称にしたんでしょうね。それにしたっていきなり男娼館というタイトルには度肝を抜かれました。「エキドナの掟」だけじゃタイトルにならなかったのでしょうか?…ゲフッ!
 また魔女狩りについて異端審問があるのは知っていましたが断罪するには教会の承認が必要なこと、それを狙って貴族や豪商からの賄賂を受け取って私腹をを肥やすシステムは初めて知ったので吸血鬼が霧状になる能力(意外に知られてないらしい。)と共に良く調べているなあ~と感心した話でした。

 ルチカ・エリュミオン…ガジェットにさえ好かれなければ「裏切り」の為に家督の座を義理の叔父(スレアム)に奪われることもなく「秘密」の為に母親の生死を隠されることもなく、挙句の果てには執事の専属男娼に貶められることもなく(伯爵家の当主様が…!)どんだけ幸せで豊かな人生を送れたんだろうと考えると悲しい主人公です。(ガジェットも一線は越えていなかったものの既にそういう仲にはなっていたのだから「契約」にこだわらずに執事という名の恋人としてルチカを支えていけば良かったのでは…?やっぱりこの展開はガジェットの手前勝手な都合に思えます。)最終的に家督を取り戻したと思ったら本家まで差し押さえられているほどの貧乏生活が待っており(希望的観測通りスレアム叔父さんがどこかに財宝を隠していた…だといいんですけどね。それにしたって本人がアルデリアに殺されてしまった今、探し出すのは困難だろう。)ルチカじゃなくても「ガジェットが最初から余計なことをしなければ…!」と怒るのは無理もない展開だと思ってしまいました。ガジェット曰く「それが契約の規則だから。」だそうですがそこまでして契約をする必要性は別にルチカの方には無かったような気がしてならないので性格の悪い無能な主人公(復讐計画も調べ事もガジェットを頼りにするだけで的確な命令さえできていない。超有能な執事がいなかったら一緒くたに邪教徒として殺されていただろう。)ではあっても同情してしまいました。伯爵様なのに哀れな少年です…ゲフッ!

 マルクス・R・ガジェット…この話の全てはこの人の勝手(ルチカを自分の主にする為。)のせいです。ドラキュラの特性として初めて訪問した家では家人の招きが無ければ入ることができないので、あそこでルチカが「部屋においでよ!」なんて言わなければ悲劇は始まらなかったのにね…と読みながらガックリしてしまいました。「愛する者の精があれば万能にもなれる」そうですが精というのは元気・生気という意味で別に精液のことをさしているのではないのですが股間限定の元気ということでOKなのでしょうか…ゲフッ!(下品でごめんなさい…ゴフッ!)血でも有り(まあ、無いと貧血起こして確かに「元気」から遠くなるしね。)だということでミュラーなどは女(レミリア)と契約しており、つまり女とも契約はできるのに何故エキドナの館ではホモ限定なのだろう?とツッコミ所は満載でした。ともあれ契約までの過程(秘密と裏切りを設定しそれでも愛されれば本契約に移行する。それって相手を試している最低な茶番では?)も契約後の条件(側にいなければその人間の魂は抜け殻になってしまう。つまり愛が冷めても離れられない。)も吸血鬼に対して美味し過ぎ(そして主であるはずの人間の条件は厳しい。)だと思うのは私だけでしょうか?自分だったら吸血鬼との「契約」は絶対にできないなと確信を持ってしまいました。許せたルチカは凄いです。

 スレアム・エリュミオン…短期間のうちに莫大な伯爵家の財産を使い果たした男。(ある意味勇者。)この男にあのまま家督を任せた場合間違いなくエリュミオン家は破綻するので遺言状を書き変えたオズワルドおじいちゃんは(見た目だけで人を決めた最低の選び方だったとはいえ)正しい判断をしたと言えるでしょうね。本妻の子(レミリア。自分は後妻の連れ子。そしてルチカは本家の孫。)を仕込みたかったが執事(ガジェット)のガードで手を出せずじまいだったという最低発言(そして女装したルチカの股間に触れたとたん「なんだこれは!?」とドン引きしている辺り)からこの男はホモじゃないことが分かりますがそれはそれとして女を性欲処理の対象としてしか見ていない最悪の男だということも分かります。そんな自分の無能ぶりも分かっていて(そして開き直っている部分がありそう。)切り札として吸血鬼アルデリアと契約していますが、その際外法(生贄の儀式)を使っただけにサバト疑惑は余計に信憑性を増したでしょうね。ともあれ元々血縁的には縁の無い財産だったのを思う存分好き勝手できてある意味幸せな男だったと思えるのは私だけでしょうか?せっかく家督を取り戻したと思ったら別邸と執事以外全部差し押さえられていたという状況のルチカが哀れでした…ゲフッ!

 アルデリア…外法(生贄制)とはいえ「契約」している分、不完全契約の吸血鬼よりは強いようです。主が怪我しても吸血鬼には伝わらないが、吸血鬼が傷ついた時の傷はそのまま主人へと負わされる(じゃあルチカは何故無事なんだ?)…このシステム的にそこまでして吸血鬼と契約する価値があるのか疑問なのですが、霧になって移動出来る辺り情報を集めたり暗殺系のこと(鍵をかけても霧になって中に入れます。)は楽々行えるので、それを見越して契約をしたんでしょうね。(むしろ今回のように戦い中心になってしまっている事態が異常なのだ。)戦いの最中さりげなく(というより直で)ルチカに「完全契約の方法」を言っている辺りよっぽどスレアムのことが嫌いだったというのが伺えます。(そしてあの展開を招いている。)下手したら百八つにして殺されていたはずなのに血まみれのまま(手当てしなよ。)躍進し(ジャンプする必要はあるかなあ?)主人の首を切り落としている辺りに憎しみを感じました。それはともかく今まで「主従」である以上はルチカ達と同じくあの方法で回復していたのでしょうか?そうだとしたら、なるほど契約解除後ぶち殺すわけだと納得してしまいました…ゴフッ!

 ミュラー牧師…ルチカの父親。吸血鬼のくせに牧師になるなんて牧師のくせに子作りをするなんて…等々色々考えてしまったキャラです。普通、幽霊、悪魔とかの魔物って塩(清めの塩とか盛り塩とかあるし。)も水(聖水というものがあるし。)も苦手のはずなのに吸血鬼にして海(塩水)の魔物という設定は無理が無いでしょうか?と思ったのですが十字架やニンニクも含めての退魔法は吸血鬼を題材にした映画を作る際にドラキュラの個性を際立たせる為の演出に使っただけでガジェットの言うとおり効果はないそうです。真実消滅させる方法は吸血鬼の心臓に杭を打ち込む、首を切る、死体を燃やす他、死体を水かワインで洗う、葬儀をやり直すことだと読んだ覚えがあります。(元々吸血鬼は架空の存在でしたが作品ごとに表現が異なりどんどん本来の物からズレていってしまったようです。)そんな訳でこの話の吸血鬼さん達は頭から塩をかぶろうがニンニクを食べようが全然平気のようです。
 ルチカの母・レミリアとは単なる恋仲ではなくちゃんと「契約」を交わした主従となっていますが彼女に設定された「秘密」(自分が吸血鬼ということとか?)と「裏切り」(父親と本人の了承を得ずに誘拐→同棲に至ったとか?)は何だったのかちょっと気になる所です。(いや完全に推理しきってるじゃんかよ。)自分を取り戻したことで改めて自分の意志でミュラーの側にいることを選んでいるレミリアでしたが息子に対してそんなあっさり手放していいのか(嘘でも「親子三人で海辺の町で暮らしましょう。」とか考えないのだろうか?)ミュラーも父として「寂しい思いをさせてすまなかった。」と一言(だけでも)謝ろうとか思わないのか?…等々、親としては微妙な2人だなあと思ってしまいました。最後は乳母のマリーまで奪われてルチカはいい迷惑です。

 余談…ゴメン、人と人じゃなくて人と吸血鬼の話でした…ゲフッ!
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ALWAYS 3丁目の夕日

2011.05.30
 これまた「ドラえもん」や「暗殺教室」、「デスノート」、「寄生獣」同様に漫画の実写映画化作品(原作つき映画。その時点で原作ファンが見に来ることが約束された「ある程度の興行成績」が保証されている映画。)であり、それまでオリジナルSF作品でパッとしなかった山崎貴監督はこの映画の大ヒット(上映期間は延長され、年越しロングラン映画となった。)を通して脚光を浴びたそうです。そして同じく昭和を舞台に生き抜いた男の生涯を描いた名作映画「海賊と呼ばれた男」に続いて行きます…。

 星野六子(堀北真希)…六子「私が家出る時、お母ちゃん達、喜んでたです。『ああ、これで口減らしが出来る』って。手紙、書いても返事も来ねーし、私、捨てられたんです。実家に帰っても誰も喜ばねえ。迷惑がられるだけです。」
鈴木母「この手紙の束、何だか分かる?全部、あなたのお母さんからよ。送り出した時も優しくすると辛いから厳しく突き放してしまったって書いてあるわ。里心がつくから、この手紙は見せないで下さいって。子供の顔を見たくない親なんているはずないでしょ。あなたが里帰りするのを楽しみに待っているわよ。」

ちなみに原作の方では「六ちゃん」は男性キャラクター(そもそも女で車の修理工って男女雇用機会均等法が普及した現代ですら数が少なく、板前や美容師に到るまで「女のなる職業じゃない!」という偏見がバリバリに残っていたこの昭和時代、余計に有り得ない。)なのですが、堀北真紀を「主演女優」にする為(だけ)に映画「リング」の主人公のように女性に変更したそうです。特技・自転車修理→自動車修理という、まさかの一字違い勘違いで鈴木オートに採用されてしまった(そりゃ、「車」の事は何も知らないだろうねえ…。)という数奇な縁で就職するも、黒塗りのベンツとお抱え運転手に期待を持ったら、社長さんの車はその後ろにある三輪車で(当時の車は自転車のように前輪は一つ。)、会社はビルディングの一室どころか一軒家と兼用の町工場で、色々な物に夢を見たい乙女としては結構ガッカリする事が多かった様子です。でも↑のような事もあるし、現実もそれなりに捨てたもんじゃないよ、と思わず慰めを入れてしまったヒロインでした…。

 茶川竜之介(吉岡秀隆)…淳之介の手紙「おじちゃん、万年筆をありがとう。ご飯を食べさせてくれて、学校に行かせてくれてありがとう。僕はおじちゃんと暮らした時が一番楽しかったです。」
茶川「何やってんだよ!何、戻って来てんだよ、バカ!行かなきゃダメだろ!行けよ!お前がいたら迷惑なんだよ!養うの、大変なんだよ!…向こうは、お金持ちの家なんだぞ。何でも買って貰えるんだぞ。常識で考えろよ、お前とは縁もゆかりも無い、赤の他人なんだぞ。」(抱)

東大を出ておきながら、永久就職世代の、しかも「東大神話」が残っていたこのご時世に、就職もせずに売れもしない小説を書き続け、親からは勘当され、遠縁の叔母の家(駄菓子屋)に転がり込む形で何とか生活している典型的なロクデナシ男ですが、原作によると「主人公」は彼だそうです。ラストシーンでは↑のセリフを言いながらも下駄であんなにも早く走り(実際、下駄で歩く事だって足の指の間は痛くなるし、足を上げるごとに踵部分が落ちるし、技術が要る。そりゃ、走ったら転ぶだろう。)一度は家に帰っておきながら、走って「別れた現場」まで戻ってきた行動に全てが出ている彼(本気で子供を鬱陶しく思っているのなら、家に籠って2度と子供を家に入れようとはしなかっただろう。それこそ淳之介の母親のように。)のツンデレ的愛情表現にツッコミを入れながらも思わず涙してしまったものでした。そしてそれは、頭の良い淳之介にもしっかり伝わっていたらしく、最後は抱き合っていた2人。淳之介にしてみれば「出来た人間」ではなくても、傍にいて気持ちをぶつけてくれる彼の方が、今までずっと自分を厄介払いしてきた実の親よりもハートのある人間だったのでしょうね。(「無視される」よりは「怒られる」方がずっとマシ。その点で茶川さんは損得計算でしか子供を判断しない実の両親に勝ったのだろう。)

 古行淳之介(須賀健太)…父・川渕康成「この子の母親の和子にはもう未練はありません。ただ子供は別です。仮にも私の血を引いた子供をこんな暮らし…いや失敬。きちんとした暮らしをさせなければ私が世間様に笑われます。何、ちゃんと認知もし、正妻の子達と同じように育てます。預かっていた貴方にも相応のお礼はさせて貰いますよ。心配なさらないで下さい。」

えっ、そうなんだ。政治家や実業家クラスの「大物」になると愛人の子供は「養いきれない厄介者」ではなくて男の甲斐性が作った「一族の人間」の一人になるんだ。(本当に「名も無き毒」の世界ですな。妾の娘だった本来「日影者」であるはずの主人公の奥さんも、父親に庇護はされており、一般の人間に比べるとやっぱり感覚の違う「お嬢様」だったように、母子家庭に甘んじても生活のレベルや考え方自体が違う様子です。)と妾を囲った(他に女を作った)事を恥じるどころか堂々とカミングアウトしている父親(そういえば政治家で昔「アンタ影で妾を4人も囲っているそうじゃないですか!」「失敬な事を言うな!6人だ!」と堂々と放言した人がいましたっけ。←なお悪いわ!)に逆に潔さすら感じてしまった展開でした。でも上から目線で慇懃無礼な態度に、所詮「優秀な自分の成績」(将来性)を評価して引き取りに来たに過ぎない父親の姿に(同じ目線で怒って、成績なんか気にもしていなかった茶川さんとはそこが違う。)息子が選んだのは「育ての親」の方だった、という結果でしたが…。

 石崎ヒロミ(小雪)…茶川「アンタ、前に俺と一緒になっても良いようなこと言ってたよな。その、俺もアンタに家に来て貰いたいんだ!…すまん。この通りだ。金が無くて箱しか買えなかった。」
ヒロミ「つけて。その、いつか買ってくれる指輪、つけてよ。」

淳之介を茶川さんに押し付けたこの女も良い性格はしていますが、多分、淳之介に言わせれば一時的にでも置いてくれて、口先だけでなく本当にご飯を作ってくれた分だけ家にも上げずに門前払いを喰らわせた実の母親よりは、暖かい人間だった(蓮っ葉な物言いはしているけれど、本当に金が全てだと思っている女性なら、指輪をくすねる事も出来ないのに↑のプロポーズを受けたりはしないだろう。)という事なのでしょうね。残念なのは「まだ人としての情が残っている女性」だからこそ、借金を抱えて病気で倒れた父親を見殺しにする事ができずにストリップバーに身を落とした(当然、堅気の茶川さんの前からは何も言わずに姿を消した。)事ですかね。「私はもう彼にふさわしくない」と思ったからこその別れでしたが、それは貴女が1人で勝手に出した結論であって、相手は納得できていないよ(どうせ別れるのなら「自然消滅」より「キッパリ振られる」方が、むしろ諦めがつくのだが。)、というツッコミは傷つきやすい女心には厳しかった様子です…。

ALWAYS 続・3丁目の夕日

2011.05.29
 「大きな過去は歴史として尊重されるが、祖父母や父母が生きてきた近過去は否定される。おかしな話である。近過去を大事に思い出す、それは自分の足元をしっかりと固める事であり、亡き人々を追悼する事でもある。」と評論家の川本三郎氏に「単なるノスタルジー映画ではない」と論されていた反面、同じ評論家の石岡良治氏には「当時の日本に有ったはずの不衛生な臭いが表現されておらず、無菌化されている。」(昭和34年。キャッチコピーにもある通りに「日本の空は広かった」が、四日市ぜんそくにイタイイタイ病にと公害真っ盛りの時期でもあり、水路は絵の具を流したかのような有り様、工場の煙は真っ黒で、空は広くても空気と水はかなり汚なかった。)と評されており、取りあえず色々な評価を下される程に注目を浴びたシリーズ映画(アンチがいるのは人気の証拠さ!)となった様子です。そんな訳で前作から4ヶ月後の物語です。

 鈴木美香(彩夢)…美香「こんなの、すき焼きじゃない!牛肉じゃないじゃないですか!大体、何で女中と一緒なんですか?部屋は狭いし、ピアノも無いし、油みたいな臭いはするし、もう嫌!成城の家に帰りたい!」
一平「人の家の世話になってて何だよ!お前の父ちゃんが授業(事業)に失敗したのが悪いんだろ!」

ハッキリ言って性格の悪いクソガキの持論(大人だったら1作目の六ちゃんのように「文句が有るなら出て行け!」と髪を逆立たせて怒られている。)なのですが蝶よ花よと育てられたせいで一般家庭とのギャップについて行けないというか、最初に与えられ過ぎていると失った直後はきついというか、「こんなの人間の食事じゃない!その辺を歩いていた犬の肉じゃないですか!部屋ではゴキブリの大群が蠢いているし、南京虫に刺されて体中がかゆいし、もう嫌!日本に帰りたい!」という気持ちは分からんでもない(戦争が終わった昭和の日本はここまで酷くは無かったが、映画のように無菌化されてもいなかった事も確か。1作目で食中毒患者が出たように、ぎょう虫検査陽性で虫下しを飲む事はしょっちゅうだったそうだし、衛生状態は非常に悪かった。)と多少は共感が出来た時代背景でした。最も皆そんな中で文句も言わずに家の手伝いをしており、ワガママを言っているのは自分だけだと自覚もして彼女も変わった様子ですが…。

 古行淳之介(須賀健太)…父・川渕康成「私も鬼じゃない。泣きながら車から飛び出して行った淳之介を見て、その時はこの子の意志を尊重しようと思ったんです。しかし、聞けば学校の成績は一番だそうじゃないですか。作文も何度も表彰されてる。優秀な子には、それにふさわしい教育を受けさせなければならない。それは大人の義務です。茶川さん、貴方にそれができますか?」

「何も出来ないみそっかす」だったら、別に正妻の息子でもないし失っても惜しくは無い。けれど将来有望な優秀株となれば妾の子であっても「自分の息子」として手元に置いた方が「さすが『あの方の息子さん』はレベルが違う。」と自分の株も上がる(そして子供1人養う位のはした金など自分は充分に持ち合わせている。)と「手離すには惜しい逸材」だから再度、親の権利を振りかざして引き取りに来た父親でしたが、それよりも「(養)父や友達と一緒にいたい」からその場に留まりたい淳之介は頑として首を縦に振らないので、養父の方から責めることにした様子です。(置いて貰って養って貰っている分、実父として生活費と学費だけは送るとか、妾にホイホイとそうしたようにいっそ家一軒建ててあげるとか、彼が「自分の息子」にならない以上は、親としての義務を果たすつもりは無かったらしい。)最も、賭けには勝ったのに「引き裂かれた家族が集うという感動的なラストシーン」の前に引き下がった辺り、この人も鬼ではなかったのでしょうが…。(残念ながらもはや理屈の問題ではない。子育ては「手離しちゃった方」が負けなのである。)

 中山武雄(浅利陽介)…武雄「立派な小説家の先生だったら、少し位ふんだくったって罰は当たらないと思って…。」
六子「アンタがコック辞めて、見つけた仕事って詐欺の事か!こったら事して手に入れたプレゼントでオラが喜ぶと思うか!武雄が新しい仕事見つけて、オラがどんなに嬉しかったか分かるか?そいが何だべ、これ!何して、そったら酷い事が出来るんだ!?」

という訳で、惚れた相手を含めた周り中の皆に詐欺行為がバレて軽蔑された事から金回りは良くても、真っ当な友達は失う仕事だと彼もようやく自覚した様子で、兄貴との付き合いも絶ち、再度コック見習いとして堅気の仕事に戻った様子です。が、それでも一度やらかしてしまったのと、一度もそんな犯罪は犯していないのとは雲泥の差が有るというのか、六ちゃんとはその後も上手くいく訳でもなく3作目でも「武雄は弟みてーなもんです。」(どうしようもない男だから「面倒を見る」感覚で友達として付き合ってはいるが、「彼氏」の対象からは外れる。)と公言された上で他の男とデートされていたのが…自業自得とはいえ痛い展開でした。思うに六ちゃんが彼に抱いていたほのかな想い(「野球部のキャプテンで、カッコ良がったんですよ~。」by六子)は彼が↑の犯罪をしでかしてしまった時に「終わった」のでしょうね。(「男からの評価は加点方式だけど、女からの評価は減点方式」とはよく言うように、女心は理屈ではない。一度ダメだと思ったら、その後何が起ころうと、もう絶対にダメだったりするのだ。)

 茶川竜之介(吉岡秀隆)…小説「周りがたとえどんな目で見ようが僕は知っている。蓮っ葉な物言いばかりするくせに他人の子の為に作ったライスカレー。ありもしない指輪を見つめて綺麗と囁いた君の涙。日を追うごと、時を追うごと、あの時の涙が僕の胸を締めつける。ただ不器用な者同士、肩を寄せ合って生きて行けたなら…それが僕の心からの願いなんだ。」
川渕康成「願望だな。ハッキリ言って甘い。実に君らしい作品だが現実はこうはいかんよ。」

この作品は僕が君に捧げる為に書いたんだ…という茶川さんの熱い想いは残念ながら芥川賞選考委員の方々、並びに淳之介の父親には今一つ伝わりきらなかった様子で、落選ついでに選考委員を名乗る詐欺師に金を巻き上げられた事もバレて(「滑稽だな。君の人生は実に喜劇だ。人間が低級だから、そんな低級な詐欺にも引っ掛かるんだ。」by川渕さん)どん底の状態にはなったものの、彼の「心からの願い」はご近所の方々、実家の父親、そして御本人にと、他の色々な人には伝わっていた様子で、賞こそ取れなかったものの、愛しの彼女は彼の元に帰ってくるという救いのある終わり方を迎えていました。だってフィクションですから。(そこは裏切ってはいけない所です。)川渕さんとの約束は果たせなかったものの「淳之介との約束」は守った(「約束したじゃないですか!おじちゃんと、お姉ちゃんと3人で暮らすって!僕は絶対にこんな終わり方は嫌です!」by淳之介)事で実父の方も認めるに到った、そういう事なのでしょうね。(稼ぎ手が「2人」に増えれば給食費位は払えるようになるだろうしね…。)

 余談…慇懃無礼な実父・川渕康成役が、実はドラマ「ラストコップ」の署長役(いつも絵を描いている、どこか読めないトップの男。)小日向文世である事に気づいて「そういえば、この味のあるしゃべり方は同じだ!」と父共々大騒ぎしたものでした。

ALWAYS 3丁目の夕日 64

2011.05.28
 映画「3丁目の夕日」シリーズ最終作にして、2作目から6年後、子供達も高校生になっている3作目です。時代を感じる「TOHOSCOPE」のロゴに始まり、ラジオ放送を聞いた後、序番の紙飛行機の移動に合わせて背景を店→空→道路(本当は映画のようにつながった場所には無く、野外のロケ地。一度「家々を画面から外す」(青空で誤魔化す)事で、「昭和の町並みの全景」を自然に演出して見せた。)という1作目同様のCG合成の手法がここでも使われており、オープニングからシリーズ物ならではの醍醐味を感じたものでした。

 父・茶川林太郎(米倉斉加年)…林太郎「誰だ、お前は!?わしに息子はおらん!ここは儂の家だ!失せろ!」
茶川「…一言だけ言っておきます。僕は小説家になりましたよ。アンタが絶対に無理だって保証してくれた小説家にね。」
林太郎「くだらん!子供を騙しよる雑文だ!あんなもん、小説とは呼ばん!」

毎月欠かさず読み込んで、雑誌まで大切に保管している人間の言うセリフではないのですが、どうやら素直に愛情表現が出来ないツンデレ的性格は茶川家の家風の様子です。(↑の場面でも「えっ?何で僕の小説の内容を知ってるって言うか、読んでるんですか?」と気づけない辺りが茶川さん(息子)らしいというか、すれ違いの悲しさです。)終盤では「失速気味。がんばれ」「読者が離れてしまうのでは。心配。」と辛口になりながらも毎回欠かさずファンレターを書き続けていた(出してないけど。)このお父さんは、言ってみれば長期連載にありがちなグダグダ展開になってからも「ファンレターを書きながら応援してくれた読者」(出してないけど。)であり、確かに一番の大ファンだったんだろうなあ、と頷けてしまったものでした。惜しむらくは、叔母さん(林太郎の姉。妻はとうに死去している。)のおかげで全ての真相は知れたものの、その前に最後くらい素直になっておけば良かったのに(相手が淳之介のように気持ちの裏まで読める人間でないのなら特に。)という点ですかね…。

 茶川竜之介(吉岡秀隆)…茶川「もし、一平が物凄く出来が良くて、東大でもどこへでも行ける頭を持っていて、なのにわざわざ苦労する仕事…たとえば鈴木オートを継ぎたいとか言ったらどうする?」
鈴木「大歓迎じゃねえか!子供なんてのは何だかんだ言って、親の背中を見て育つもんだ。それが親の跡を継ぎたいって言ってくれてるんだろ?嬉しい事じゃねえか!」
茶川「あ~、これだから嫌なんだよ、庶民は!志が低くて!」

「可愛い子には楽をさせよ」(正しくは「旅(苦労)をさせよ」。)という諺があるけれど、でも「我が子に自分と同じような苦しい思いをさせたくはない」というのが率直な親の本音であり、「苦労は買ってでもしろ」と言うけれど、余計な苦労など無いに越した事は無い(「俺を見てみろ。どこに載せて貰えるかも分からない物を書き続けて、嫁さんに食わせて貰って、ヒモがどんなに情けない事かお前に分かるか?東大に行ける頭が有るのにそれを捨てて、俺はお前に俺のような『苦労』をしてほしくないんだよ!」by茶川)それが今まで曲りなりとも一家を守ってきた「父親」の願いだったのでしょうね。「好きな事を続けてる」から充実しているのと、「それで生活していけるのか」は別の問題であることを身にしみて感じてきた(淳之介を引き取ってから、実父との騒動を通して特に。)からこその言葉でもあったのですが、「好きだからこそ条件が恵まれていなくても幸せ」(だからアンタと結婚したんだ。)と嫁さんにまで言われては、立つ瀬も無くなってしまった様子です…。

 医師・菊池孝太郎(森山未夾)…宅間先生「孝太郎くんは無料診療の活動を行っているんです。多くの病院ではこれを禁じていて有志の医師のみで秘かに活動しています。孤児や浮浪者、時には娼婦のような人まで診ており、この活動が知られた為に前の病院をクビになったんです。」
孝太郎「悪い噂を広められているみたいで、何とか距離を縮めようと女性(看護婦達)に声をかけてはいるんですが…。」

話を聞いてみたら、真面目に働いているのは大嘘で詐欺の片棒を担いで身近な友人まで手にかけた武雄(「悪い噂」通りの男だった。)と、噂は全て誤解で聖人君子のような出来過ぎた人間だった菊池先生と、ここで差が出てしまったのか、話は一気に結婚まで進んでしまっていました。(「オイオイ待て待て、何でそういう流れになるんだ!」by鈴木オート)しかし、個人的に言わせて貰うと、武雄に比べると良い人過ぎて物足りないというか、私はこういう慈善を売り物にしている人間が苦手です。(こういう人がレベルアップするとランボー最終作に登場するような傍迷惑ボランティア御一行様になる。)そんなにも正規の治療が受けられない人を助けたいと言うのなら、コソコソ美味しい所取りをする形ではなく、きちんとNPO法人を作ればいい話であり、もし病院が彼を認めてしまったら普通に働いている他の医者は「きちんと仕事をこなしている」にも関わらず「何でアンタは菊池先生みたいに無料奉仕で過剰なサービスをしてくれないんですか!?」と責められる立場にもなりかねませんし、クビにされるのは理不尽どころか当然の流れの気がしてしまった私でした。「立派な若者」ではあるんでしょうが、それはもう「独善」の域に入っていやしないか(よくは知らない「その場限りの恵まれない人達」からこれ以上なく感謝される事に溺れて、何気に身近な人達のことを考えていないでしょ?)と思えて「いい人」な反面、多少、引いてしまった新キャラでした…。

 古行淳之介(須賀健太)…茶川「勘違いすんなよ。俺は全力でお前を叩きのめす。俺の言う事を聞かなかった事を心の底から後悔させてやるからな。」
淳之介「僕、おじちゃんの気持ち、全部、分かってますから!僕はどこに行っても茶川竜之介の一番弟子です!おじちゃんとお姉ちゃんの家族です!今日まで本当にありがとうございました!」
茶川「…こっちこそ、ありがとうだよ。お前が俺を、どん底から引き上げてくれたんだ。」(小声)

確かに淳之介がいなかったら、茶川さんはヒロミとのフラグが立つ事も無く、一生、独り寂しく「駄菓子屋のケチオヤジ」で終わっていた(もちろん芥川賞最終選考にまで残る傑作を書く事も、それが元で甲斐性MAXの出来た嫁が来る事も、父に孫を作ってやれる事も無かった。)事を考えると、まさか当の淳之介が「ヴィールス」の作者であり、よりにもよって茶川さんを雑誌連載から追い出す張本人になってしまう事と合わせて本当に人の縁とは分からない(ていうか、世間って意外と狭いんだなあ…。)と感じてしまった展開でした。結局、茶川家から「2代続けて家から追い出される形」で小説家になった淳之介ですが、茶川さんのように本心からの憎み合いにならなかったのは、その出来た性格ゆえでしょうね。結果として「東大に行く道を諦めて小説家になる」事態が作られた事をちゃんと分かっている様子です…。

 余談…それまでは(そういう「演出」を頼まれたとはいえ)「いや、茶川先生は酷い人ですな。あんな所は出て正解ですよ。」と無神経に罵倒していたのに、万年筆での別れを終えた後になると「茶川先生は来ますよ。必ず追い上げてくる。作家があの目をした時は怖い。」と急にしたり顔で理解者ぶる編集者の富岡さん(そのくせ読み切りを乗せる機会を授けたり、チャンスを与えるような事はしない。)に、少年Aの原稿を下請け会社の一つに(キックバックと引き換えに)丸投げした幻冬舎の社長といい、るろ剣の担当編集者(「人気の連載を辞めるって言うんなら、2度と剣心は描くなよ!」→「映画化もしたし、こりゃワッキーも誌上で剣心を描かなきゃな!」「何、そのカオスな発言!?」by和月先生)といい、雑誌の編集者ってリアルでもフィクションでもこういう人間なんだな(そりゃ茶川先生も「息子」が同じ道に進むのを嫌がる訳だ。書く事が好きだとか以前の問題で、こんな人と一緒に仕事したくないわ。)と妙な納得がいったものでした…。

ダイ・ハード

2011.05.27
 ダイ・ハードとは「頑固者」「保守主義者」「最後まで抵抗する者」「不死身の人間」等々の意味があるそうで、不運にもトラブルに巻き込まれながらも「簡単には死なない男」である主人公を形容するのにピッタリの言葉だな、と改めて納得してしまったタイトルでした。それまではアーノルド・シュワルツネッガーやシルベスター・スタローンなどの「肉体派」が正面から巨大な悪と戦う大味なイメージがあったアクション映画が、この「普通の主人公」が頭脳で挑んでいく新タイプの展開に大ヒットを呼び、以来「隔絶された空間で1人で大勢と戦う主人公の物語」が定番となり「スピード」(別名・バスでのダイ・ハード)や「ザ・ロック」(別名・島でのダイ・ハード)にも通じていったという歴史ある映画です。

 ジョン・マクレーン刑事(ブルース・ウィリス)…①通話中に電話線切られ→運転手「番号は知ってんだ。かけ直してくるだろ。」
②ジョン「銃声が聞こえただろ!?警察に電話してくれよ!」→運転手・カーステレオ大音量で聞いておらず。
③部下「火災報知機が鳴ってる。」→ボス「すぐに911に電話して誤報だと言え。そして警報装置を切れ。」
④無線「こちらは緊急事態専用です。イタズラは困ります。」「緊急じゃなかったら連絡するか!」→銃撃戦
⑤パウエル巡査部長「バカらしい。異常なしじゃないか。」→スルー

…という長~い経緯を経て(パトカーにテロリストの死体を落っことして、機関銃を乱射した事で)ようやっと「異常事態」だと認識して貰えた(そして警官隊(SWAT)が駆けつけるも全く役に立たず、結局ジョン1人で何とかする羽目になった。←ダメじゃん!)、そんな展開からも分かる通り最も不運なタイミングで、最も不運な場所に居合わせる、最も不運な男である主人公です。よりにもよってクリスマスに、勤めてもいない会社でテロリストが騒動を起こした時と場所に居合わせた挙句に、運悪く裸足だった(しかも退治したテロリスト達はどいつもこいつも「妹より足の小さい奴」ばかりで靴の補充が出来なかった。)為に無駄に怪我を負った経緯からも、彼の不運ぶりが推し量れるかと思います。最後はその孤軍奮闘ぶりが認められて奥様とも仲直りしていましたが、本来なら仲直りの為にテロ騒動を鎮圧する必要など無い(仕事と家庭は別であり、妻は「仕事をこなす彼の姿」を見直した訳ではなく、「自分の為に奔走してくれた夫」を評価して仲直りしたのである。そこを勘違いしたのが後の離婚に繋がってしまったのかもしれない。)事を思うと、無駄に騒動に巻き込まれた彼の不運には涙ばかりが流れました…。で、彼の不運はこれに留まらずに2に続いて行きます…。

 ホリー・ジェネロ(ボニー・ベデリア)…ジョン「俺は悪い亭主だったと、やっと分かった。だから俺は彼女に仕事のチャンスが来た時に応援してやらなかった。俺は彼女にアイラブユーは何千回も言ったが、ただの一度も謝った事が無い。だから、アル、君から彼女に伝えてくれ、『すまなかった』と。」
アル「分かったよ、ジョン。だが、そういう事は自分で言え。君なら無事に出てこれるさ。」

実際、たかが一刑事(巡査部長止まりで、奥様と違って出世の見込みがない人。)に過ぎない夫・ジョンが転職(異動)する事くらい訳の無い話だったでしょうに「どうせ、すぐに仕事でコケてニューヨーク(自分が住む貧乏アパート)に逃げ帰って来るさ。」と、たかを括っていたら、奥様はそのまんまロサンゼルス(西海岸。エーゲ海や新宿歌舞伎町同様のホモのメッカでもあり、パーティー会場で男にキスされたジョンが「さすが本場だ。」と引きながらも納得しているのは、そういう訳。)に一軒家を建てるほどの業績(給料)を上げてしまい(「うちに泊まっていったら?『部屋なら余ってる』のよ。」「どーせ、俺の家はお前と違ってワンルームマンションだよ!」byジョン)さらに、そんな自分のいじけた気持ちは見透かされていて「彼の妻の立場」ではなく「旧姓」を名乗りながら仕事されていた(気持ちはもう独身。おかげで当初、テロリストどもにも正体がバレずに済んだのだが…。)という夫の立場台無しの様にクリスマスでの再会を果たしながらも、しょっぱなから痴話喧嘩に突入してしまった2人でした。最も痴話喧嘩をしなくてもテロ騒動は起きていた「現場」の事を考えると、夫・ジョンの不運(何故よりにもよって、こんなタイミングでロクでもない騒動に巻き込まれるんだ?)には余計に同情してしまいたくなる顛末です…。

 ハリー・エリス(ハート・ボックナー)…エリス「忘れたのか?僕は朝飯前に大取り引きをする男だ。あんなクズ(テロリスト)なら手玉に取れる。『友達』のジョンを引き渡してみせるさ。」
ジョン「俺は、そのバカとは友達でも何でもない!今夜、会ったばっかりだ!エリス、お前も俺と友達だなんて言ってると殺されるぞ!」

理解の無い警察上層部(「奴のせいで『人質』が1人殺されたぞ!」「って、ジョンが出て行っていたら人質と合わせて人2人が死んだだけですよ、絶対!」byアル巡査部長)といい、そうやってちょいちょい「味方」にまで後ろから刺される羽目になるからジョンも大変です。おかげでジョンは「パーティ会場の誰かのお友達」ではあっても、その相手は絶対にエリスではない(そしてジョンは、そんな品性下劣な他人(エリス)の為に無駄に命を捨てて投降してくれるほど、天使でも聖者でもバカでもない。)事も知れて、テロリストにもジョンにも見限られる形で射殺されてしまった彼。(「役に立たない男は3秒ルールで殺される」ことを序盤の高木社長の死亡シーンで学んでおけば良かったのに…。)ラストシーンでは彼がホリーに送ったロレックスの時計(おかげで序盤、「他の男からのプレゼント」の事も一因となりマクレーン夫婦の痴話喧嘩は激化。)を掴んだテロのボスのおかげでホリーまで転落しそうになるし、どこまでも傍迷惑な男でした…。

 ハンス・グルーバー(アラン・リックマン)…ハンス「警察のヘリが屋上に着くと同時に、吹っ飛ばせ。奴らが1ヶ月もかけて事故の原因を究明している頃には、我々はリゾート地で豪遊さ。」
ホリー「偉そうに気取って、演説までしてみせたけれど、貴方はただの泥棒じゃない!」

トラの子の装甲車が「走る棺桶」にされた後も、「護送用ヘリじゃなくて武装ヘリを送ったから、次に会う時は死体袋の中さ!」と手玉に取られている事も知らずに、ほくそ笑んでいる警察の皆さんが物凄くマヌケに思えた顛末でした。(結局「現実」を分かっているのは歴戦の下士官であるマクレーン刑事とアル・パウエル巡査部長だけか…。)ちなみにボスだけあって頭は良いのか、ジョンと初のご対面をした時は、仲間内では癖のあるイギリス英語で喋っていたのに突然、流暢なアメリカ英語で話し始めた様に主人公も一瞬騙された(それでも念の為にピストルの弾を抜いて渡す事は忘れなかったけれど。)そうで、相手が裸足なのを見て取って「銃弾を当てる」のではなく「ガラスを撒いて逃走ルート上で怪我をさせる」手を取ったり、臨機応変な対応が効く厄介な相手だったらしいです。最も最後は騙し合いにも負けて(マクレーンが背中にガムテープで銃を貼り付けているとは予想せず)乱闘→ビルから落とされる形で終わった(「人質でなけりゃいいがな。」by呑気な警察上層部)訳ですが…。

ダイ・ハード2

2011.05.26
 「最高のクリスマス映画」にも選ばれた事のある1、2作目ですが、再び別居(ダイ・ハード3)→離婚(ダイ・ハード4)→息子への代替わり失敗(ダイ・ハード ラストデイ。次期主人公登場以前に「ブルース・ウィリスの代役」なんぞ簡単に見つかるもんじゃない、という基本的な問題が抜けていた。)という転落の模様(不器用なだけで誠実なお父ちゃんなのに妻にも娘にもそっぽを向かれているって一体どこの「96時間」だ?とツッコミを入れたくなるほどの家庭崩壊の様である。)に3作目以降は偉く不評だったそうで、私も「そこまで可哀想なジョンの様」はファンとしても観たくないので、私のダイ・ハード記はこれにて終了とする事にします…。

 ジョン・マクレーン刑事(ブルース・ウィリス)…「参ったな~、1年前と同じだ。また地下室にエレベーター。何だって俺ばかりこんな目に遭うんだよ。」

2度もテロ騒動に巻き込まれたら、それはもう「偶然」ではない、「運命」だ(なお悪いわ。)と半分開き直り気味にグラント少佐に語っていた場違いな場所に、間違った時に来た、間違った男である主人公(byグラント少佐の言)です。そんな不運な彼ですが、銃撃戦で足場の下敷きになった時に何故か良いタイミングで敵の銃が動作不良を起こしたり(ちなみに当の敵は同じ状況に遭った時、動作不良を起こさずに普通に作動したマクレーンの銃により、ご臨終している。)輸送機に手榴弾を投げ込まれた時に輸送機(ロッキードC130。映画のような射出座席は装備されていないので念の為。)に何故かあった射出座席のおかげで、本来の時間よりはるかに短い所要時間で爆発した手榴弾(あれでは座席がちょうど落ち終わった頃に爆発し、マクレーンは既に死んでいる。)の効果もあり、しぶとく生き残っている(「現実」なら何度死んだか分からない)様には、あながち「不運」でもないかもしれない(「きっと、テロに巻き込まれた時点で不運要素を全部使い切っちゃったんだよ。」byうちの弟)とすら思えてしまった不死身の主人公の様でした…。

 リチャード・ソーンバーグ記者(ウィリアム・アザードン)…ディック「ファーストクラスのチケットを予約したんだぞ!それが何でこんな家畜小屋に?俺を誰だか知らないのか!?」
スチュワーデスA「存じてます、テレビで拝見を。『空飛ぶクズ鉄』という特集で飛行機の安全性をこき下ろしてらっしゃいました。」
スチュワーデスB「スチュワーデスの間でも評判でしたのよ。なんて無知なんだろうってね。」
ディック「…その仕返しか?セコイ根性だ。」

大体、飛行機の安全性を全否定しておきながら、何でアンタは当の飛行機に乗ってるんだ?と私もツッコミを入れてしまったものです。「大衆には真実を知る権利がある」というイエロージャーナリズム(「あなた、自分が何をしたか分かっているの?売名の為に私の子供を盾にしたのよ。大衆の権利を守るとか言って、大衆を踏み台にしてるんじゃない!」byホリー)の元に状況をどんどん悪化させていくのが得意なジャーナリストですが、「いつもそんな姿勢」だからこそネタに使われる側はたまらないし、真実を知った大衆もパニックを起こすだけで事態は却って悪化している(だから「真相を伏せていた」んだってば…。)様に、皆から嫌われる理由が透けて見えたものでした。今作ではスタンガンを撃たれた挙句に老夫人にも蹴りを入れられていましたし(どんどん女性に嫌われていってるな…。)セコイ復讐に悩む前に、そろそろ性格を改めた方が良いと思うのですが…ね。

 スチュアート大佐(ウィリアム・サドラー)…大佐「かつてフランスの宰相がこう言った。『反逆者とは数日間の呼び名に過ぎぬ』と。エスぺランザ将軍を失脚させたのは間違いと気付くべきだ。共産主義者(コミュニスト)の侵略に勇敢に戦った英雄だぞ。」
ジョン「だから警官を殺しても良いと言うのか?次は何だ?原子爆弾か?」
大佐「その中間だ。すぐに分かる。」

そして管制塔のフリをして飛行機一台を墜落させた展開には「燃料が切れかかっている飛行機」のはずなのに何故、機体いっぱいにガソリンが詰まっているかのような「大爆発」が起こるんだ?(大体、ジェット燃料の引火点は摂氏38度とガソリンなどに比べて高いので、外で雪がちらつく「冬の低温状態」では余計に引火しにくいはずなのですが…ついでに言えば火を近づけても引火しにくい環境なので、ラストシーンで導火線のように火が伝わっていく展開もあり得ないのですが…。)とツッコミを入れながらも悲惨な展開に思わず目を覆ったものでした。裏切り者のグラント少佐は倒せても、軍隊格闘の達人であった彼は倒せなかったマクレーンですが、それでも機転を利かせて(ジェット燃料の蓋を開けて燃料を漏れ出させて)全員、爆死させている辺り、これ(1作目で西ドイツ民族解放組織の一員だったハンスの一味を全滅させ、2作目で麻薬密輸の黒幕一味を一網打尽にした。)が本当だったらマクレーンの戦闘能力は海軍特殊部隊SEALSを軽く超えるなと実感もしてしまった敵(主人公の引き立て役)でした…。

 グラント少佐(ジョン・エイモス)…ロレンゾ「いい加減にしろ、マクレーン!ジョン・ウェインにでもなったつもりか!?」
少佐「黙れ、ロレンゾ!お前も少しは働いたらどうだ、この鉛頭!軍曹、この分からず屋を排除しろ!今すぐにだ!」
ジョン「…話せるね。アンタを誤解してたよ。ロレンゾ並みのクソかと思ってた。」

おお、初めてジョンを正当に評価してくれる人間が!…と思ったら、彼は実は元部下・スチュアート大佐とツーカーの仲にある裏切り者で、SWATチームが全滅している中で何故か1人だけ生き残り(思えばその状況だけで不自然過ぎ。)、教会での銃撃戦で使ったマガジンは空砲(実弾と空砲は射撃時の反動が全く異なるそうで、そりゃ1発撃っただけで気づくよな、と見破ったジョンに納得したものでした。)、そしてスノーモービルで追いかけていったまま帰って来なかった(ていうか一緒について行った。)という状況に、ジョンもようやく「正体」が分かった様子です。(奴が自分で言っていたように「ロレンゾ以上のクソ」でした。)やっと理解者が現れたと思ったら、これかよ!と残念な展開に溜め息が出るも、おかげでジョンが見事に拳で打倒し、送風口に落ちて死んだ様には心から拍手が出来た最期でした…。

 余談…「グロッグ拳銃は空港のX線検査にも映らない優れ物」とジョンが語っていますが、確かにプラスチック素材の部品が「多用」されてはいるものの、銃身や遊底(スライド)、フレームの骨格や弾丸などは立派に金属で作られており、X線検査時には「拳銃と認識される形」でバッチリ映し出されるので↑の言は真っ赤な偽りです。信じて持ち込まないで下さい、とここにツッコミを入れておきます。(何やってたんだ、この空港の荷物検査係は…?)

MIB(メン・イン・ブラック)

2011.05.25
 MIT(マサチューセッツ工科大学)ではなく、MBA(master ob bussines administration。経営学修士)でもなく、MIB(management information base。管理情報ベース)とも違い、MIB(SF映画メン・イン・ブラック。エイリアンを取り締まる、全人類の「黒」幕。)の話です。この映画とタイアップしてマルちゃんから「麺イン・ブラック」という全く美味しくない「イカ墨カップヌードル」も期間限定で発売されたという、世代としては懐かしいネタも思い出せる映画です…。

 Jことジェームズ・エドワーズ(ウィル・スミス)…ローゼンバーグ「戦争を阻止しろ。銀河系の場所はオリオンのベルトだ。」

それが有名な星座であるオリオン座(「銀河っていうのは『星の集まり』の事だ。オリオン座付近にはそんなもん無いぞ!」byZ)ではなく猫(オリオン)の首輪(ベルト)だったという、まさかのオチに振り回され、敵(バグ)の手に銀河が落ちた以上は宇宙時間で一週間以内に解決しないと銀河のある場所(地球)ごと破壊する、とアルキリアン王族には脅迫され、オマケに当の「宇宙時間の一週間」は地球時間の一時間(!)に当たる(「参るよな。」byZ←「もう笑うしかないよね。」byうちの弟)というトンデモ展開の連発には、東奔西走しているJには悪いものの、色々と笑ってしまったものでした。天涯孤独な家庭事情が幸いして「彼の過去の痕跡を消す」のは非常に簡単だったそうですが、それはそれとして、警察(一般社会)を辞めてまでこういう組織に入るのに、そんな軽いノリで良いのか…と思わずツッコミも入れてしまった主人公でした。(ノリで地球を救う話ですから…。)

 Kことケビン・ブラウン(トミー・リー・ジョーンズ)…K「お前は相棒じゃなく、後継者だ。…また会おう。」
J「いや、これっきりだ。…35年間の昏睡から覚めた男が恋人の胸へ、か。」

しかしオースティン・パワーズよろしく35年間のジェネレーションギャップは現実には重すぎた様子で、2では「感動の再会」を経て結ばれたはずの奥様(恋人)は、とうに出て行ってしまったそうです。(ダメじゃん!)本人もMIBに馴染みまくっていた35年間はいかんともしがたく、車の運転も乱暴(実際にF1でも条件さえ揃えば理論上は映画のようにトンネルの壁(天井)を走る事が可能だそうですが、実際にそれをしでかしてしまうかは別問題であって…まあ、恋人は「そんな彼の姿」に引いた事でしょうね。)色々と一般人との感覚の違いにはついて行けなかった様子で、普通は「これっきり」になるはずのMIB退職(ニューラライザーでの記憶消去)後、珍しく「また会う」(復職する)事になった登場人物でした。

 Lこと検死官ローレル・ウィーバー(リンダ・フォレンティーノ)…ローレル「あなたにイイモノ見せたいのよ。」
J「あれじゃ分からねえよ!随分『露骨なお誘い』だと…」
ローレル「このスケベ男!男っていつも、そうよね!自立した女性が意見を言うと欲求不満の表れと思って!」

と、犯人(バグ)を無視して言い争う姿に思わずツッコミを入れてしまった2人でした。ちなみに、この後ローレルさんは「長旅での機内食」にされかかった所を自力で逃げ出したのが評価されてか、K亡き後(死んでません。)のJの新しいパートナーとしてMIBに入った…のですが、やはり年中エイリアンを取り締まる不気味な職は肌に合わなかった(同じ「生きた人間」を扱わない職でも、「何も知らない検死官」として仕事していた頃の方が幸せだった。命の危険も無いし。)ようで、最初は好奇心(だけ)から楽しんでいたものの、続編が始まる頃にはJに記憶を消して貰いパートナーを解消、Jの彼女への淡い恋心もそのまま消滅という事になっていたそうです。という訳で仲良くやれても「相棒」以上にはなれなかった、そんなヒロインでした…。(まあJ自身も「恋を知らないよりは、失恋する方が良い」って自分で言っていたから…。)

 バグことエドガー(ヴィンセント・ドノフリオ)…「一日中、汗水たらして働いて、帰ってみりゃ、飯は豚の餌か!?…下げるな!まだ食ってんだよ!おっ死ね、ベアトリクス!殴られた犬みたいにビクビクしやがって!本当に殴ってやろうか?全く、この家で役に立つのはトラックだけだな!」

ゲスの謗り食いかい…とエイリアンに食われる前からロクでもない奴だった亭主の様に、思わずMIBの2人の言葉(「始めは寂しくても、そのうちにいない方がいいって事に気づくさ。」「そうそう、あんな恩知らずの亭主、くれてやった方がずっとマシ。」byK&J)に深く頷きながら、全く同情する事なく見れたラスボスでした。ラストでエドガーの皮を脱いで巨大なゴキブリのような正体を現した時には明らかにエドガー(の皮)と大きさが合っていない(どうやって入っていたの!?)様にツッコミを入れながらも、笑いながら見てしまったものです。丸飲みにしたKが中から銃で撃ってくれた為にダウンした様には、だから、ご飯を食べる時にはよく噛んで食べなきゃダメなんだよ(ガブッとすれば、こんな事にもならなかったのに。)と自分(保育士)の立場からも合わせて、思わず語りかけてしまったものでした…。

MIB2(メン・イン・ブラック2)

2011.05.24
 「彼らはノリで地球を救う」そんな1作目に続いた2作目です。この映画のおかげで登場人物が身につけているレイバンのサングラスは売り上げが3倍に伸びた(ちなみに、かの「マトリックス」が映画化した時もサングラスが異様に売れたらしい。こういう事があるから、どのスポンサーも「1場面だけで良いから、うちの商品を出して下さい!」とタイアップに必死になるんだろうな。)そうで、1作目よりは落ちる(下品ネタが多くて、公開当時まだ純情中学生だった私(当時はね…。)はあまり笑えなかった。)ものの、軽いおバカ映画として単純に楽しめた2作目でした。(でも、3作目までは行かなくていいな。タイムスリップを経ての過去編になって、若い頃のKは別の人が演じているそうだし…。)

 Jことジェームズ・エドワーズ(ウィル・スミス)…Z[寂しいだろうが失恋は誰にもある事だ。私も昔、グッとくるギャルとカーマスートラ風に絡み合った事が…。」
F「J、女の事、教えてやる。優しく撫でてって言うが、本心は…」
J「辞めろ!アドバイスもお話も絶対よせ!何なんだよ、アンタらは!」

「事件の目撃者」(「仕事」で知り合ってしまった中心人物)とイイ感じになって「終わった」が為に、事件解決後、職場中に彼の失恋の話が振れ回り、相棒や同僚や上司に至るまで傷口に触れてくる形で恋話を振って来るようになった…って、ある意味「ただの失恋」以上に痛い状況だな(だから職場恋愛って、一般的に「指に婚約指輪をつける日までは内緒にしておく」のが通例なんだろうな。)と思わず同情してしまった本作の顛末でした。Kの退職後、彼以上の相棒に恵まれず、淡い恋心を抱いていた新パートナー・Lにも振られた後、Jは実力がまだ無い役に立たないエージェントを次々にクビにする(ニューラライズして強制的に一般社会に帰らせる。)ようになり「Jと組んだが最後、クビ街道まっしぐら」という定評が立っていた現在、有能なエージェントKの復帰は組織にとっても願ってもない話だったでしょうね。という訳で恋人は失っても相棒は手にした彼は今日も仕事を頑張っている様子です。

 Kことケビン・ブラウン(トミー・りー・ジョーンズ)…J「下界はどうだった?戦いも無くて…こんなの毎日やんないだろ。」
K「楽しかったぞ。週末は寝坊してお天気チャンネル見てた。…やっとこの街に戻ったよ。」

奥さんに逃げられて、理解者(相棒)もいない中で独り寂しく仕事に生きて、好きには過ごせたとはいえ下界での生活も色々と思う所が有ったんだろうなあ、と平和でも充実感の無い生活を送っていた(挙句に当の仕事もエイリアン達に囲まれた「今まで」の延長上の職場でしかなかった。)Kに多少、同情してしまったものでした。最も35年ぶりに結ばれたドラマチックな経緯により結婚した奥さんにまで捨てられても、既に別の女性(ロラーナ王女)と子供まで作っており、「男」として振られるばかりでも無かった辺りは救いですが、逆にそんなロラーナ王女との秘密の関係→MIBにも内緒で他国のエネルギー体(娘)を地球で隠蔽・育成→今になってから真相が発覚し、組織を挙げての大迷惑をかけている様にはやっぱり既成事実は決して正義ではないと認識を新たにしてしまったものでした。そんな訳でMIB史上・伝説の男(ポイントゲッター)による、まさかの下半身スキャンダルから物語は膨れ上がっていきます…。

 Fことパグ型エイリアン・フランク(ティム・ブラウニー)…F「やっぱ正常位が一番だな。そんでよ、この前バーに行ったらセントバーナードに会ってよ。ちょっとおデブだったけど顔は超美人でさ~。」
J「フランク、そんな話そそられねーよ、マジで。」

さすがケダモノ、下品な犬だ(「男は皆ケダモノよ。涎を垂らして鼻を鳴らして求めまわる犬のような生き物なのよ。」by映画「キャリー」の母親。)と純情中学生だった昔の私(過去形)はドン引きするばかりでしたが、色々と物の分かる大人となった今では、彼が車から顔を出して歌っている「ストーカーと化した元彼が、ある日、合鍵を使って部屋で待ち伏せていたのを嘆く歌」(「鍵を~変えれば良かった~、鍵を~渡すんじゃなかった、もう~行ってよ、出て~行ってよ!」byフランク)にまで大笑いさせて貰った次第でした。(下品犬であることは確かだが、それなりに「修羅場」を踏んでいる事は認めるに到った。)行く先々で「ねえ、彼女!俺とお茶しない?」とそこら中のメス犬に声をかけている様にはどんなに振られても、めげないたくましささえ感じて(誰彼構わずって最低だが、宇宙人である障壁を乗り越えて、その道をそこまで突っ走れるのは、それはそれで見上げたものでもある、ような…少なくとも私には絶対に真似のできない凄さだな、と。)苦笑するしかありませんでした…。

 ローラ・ヴァスケス(ロザリオ・ドーソン)…K「君には君の正体がある。ローラ、君が光なんだ。ザルタンの民衆の指導者。人々の希望だ。君の星を救う力は君しか持ってない。」
ローラ「(せっかくJとイイ感じになったのに)、酷いわ。こんなのない。」
K「自分は自分。忘れる事もあるがね。」

という訳で「ローラとJとの悲恋物語」に友達以上・恋人未満の1作目パートナーL(検死官ローレル)は邪魔でしかないだろう(「ローレルがこの作品で果たす役割は無いだろう。」byスピルバーグ監督)という事で、せっかくコンビを組んでいたエージェントLは本作が始まる前に退場し、始めから実らない愛だと決まっていたシナリオの元に新ヒロイン・ローラとも「目撃者」以上にはなれず主人公Jは2作目でも独り寂しく失恋する事になるのでした…。(虫(ワーム)型宇宙人に預ける際に彼女からキスされたりと、かなりイイ感じだっただけに、「見込みの無かった」Lより上手く行っていただけに、立ち直りは早いけれど、ガッカリ感は半端無かっただろうなあ、Jさん…。)ザルタン星人である彼女(バルタン星人じゃなくて良かったです。)はこの上、地球にいると自己崩壊を起こして消滅してしまうそうなので、いきなりの2度と会えないお別れ展開には理不尽を感じながらも頷けたものでした…。(恋愛する事は素晴らしいけれど、やっぱり命あっての物種ですから…。)

 余談…「僕をエージェントMにして。」と本部に電話をかけてくるエイリアンが実はマイケル・ジャクソンその人(本当はJ達のように主役とまではいかなくとも正式なエージェント役で出演したいと再三、連絡を入れていたが、犬しか新役(他のエージェントの出番)が無く、ねじ込むような形での出演になった。ちなみに自主映画を除くと、これが彼の遺作でもある。)で、何気に吹いたものでした。

ボルケーノ

2011.05.23
 普通に面白い「珍しい火山もの大作」(自然災害パニック映画)でありながら、「誰もが知る有名映画」になり損ねてしまったのは、やはり津波やハリケーンに比べて人の死に方がエグ過ぎる(「助けてくれ!熱いぃ!ギャアァァァ!」と阿鼻叫喚の中で死んでいく地獄絵図。映画「スーパーマンリターンズ」で竜巻の中に爽やかに散っていった主人公の父親の死に様と比べても雲泥の差である。)とか、とてもじゃないが「娯楽映画」として爽快感を持って見られる内容ではないという点がネックになってしまったんだろうなあ、と見返して改めて納得してしまった名作です。内容は有る映画なんですけどね…。

 緊急事態管理局局長マイク・ローク(トミー・リー・ジョーンズ)…部下「本部長から伝言が。彼はまだ高速で渋滞に捕まって動けないそうだ。局長にこう伝えてくれと言ってる。『デスクに戻れ!そこが仕事場だ!絶対にその辺をウロウロするな!』」
マイク「当てにするなと言っとけ!以上!」

自分の椅子を温める事しか考えない本部長と違って、ヤバい事態には即行動する彼は序盤から自分の足で調べ(「どうせ報告書が上がってくるのに、わざわざ足を突っ込んで責任を被る真似をしないでくれ!」「報告書ごときに3日も待てるか!」byマイク)、娘と一緒に事態に巻き込まれた後は、怪我人(娘)1人抱えて車から決死のジャンプをしたり(これが電車だったら飛距離が足りずに両足からマグマの中にダイブし、怪我人は助けられても自分は「溶けて」死んでいる。)、溶岩が迫っているのにバスを倒して流れを変える為に奮闘したり、献身の精神を持っている彼です。が、「思い通りに動いてくれない」(実力がある反面、何でもヘコヘコと言う事を聞くイエスマンタイプではない。)事から目先の損得計算しか考えていない上司や奥さんには嫌われてしまっている様子で一番頑張っているのに一番認めて貰えていない様には思わず涙が出たものでした。最も「そんな人間」に媚びへつらわない所が大好きだったのですが、群れてつるむことしか考えない骨の無い人間が大多数である現実の前には、理解者が少ない点が悲しい所です…。

 娘ケリー・ローク(ギャビー・ホフマン)…マイク「カルダー先生と病院へ行きなさい。後で電話する。パパには責任があるから一緒には行けないんだ。」
ケリー「酷いわ!私の事は?私を1人にするの!?」

出た!「仕事と私と、どっちが大事なの!?」という男が突きつけられると困る永遠の命題が!(どっち…がって次元の問題じゃないだろう。「他の女と私とどっちが大事なの!?」なら比較の仕様があるけれど、学校の授業のように予定通りにはいかないのが仕事なのだし、ましてや彼の職種は緊急事態に即したものなのである。)と、あまりにもお約束な展開に思わず含み笑いが出てしまったものでした。(多分、パパが離婚したのも、その辺が原因だったのだろう。)しかしカルダー先生の手伝いも通して「自分の事ばかり考えている場合ではない」と母親と違って成長した彼女(「この人の足から血がドクドク出てるんだけど、車を止めて先生が手当てしてよ。」「今アンタ達を助ける為に必死で運転してる人間に、これ以上の使用人命令!?助かりたかったら自分でやりなさいよ!」byカルダー先生)は同じく「苦労を経験した人間」として父親との絆は逆に深まったらしいです。

 火山学者エイミー・バーンズ(アン・へッシュ)…エイミー「こんなバカな事をして!傲慢な事をするから天罰が下ったのよ!火山帯のある所に地下鉄を掘るなんて!」
マイク「『砂の上に家を建てる愚か者』って訳だな。」
エイミー「マタイ伝7章ね。地質学者への教訓よ。」

現実ではロサンゼルスのど真ん中で地面の下からニョキニョキと火山が現れる事態は科学考証的にはかなりアレだそうですが(そりゃメキシコのパーラクティーンでは畑の中から火山が出てきて一週間後に噴火した事例もあった(1943年)でしょうけれど「どんな事態も起きるまでは分からない。」と彼女が自分で言っている通りに、だから「全く同じ現象が起きる」とは限らない。)、ともあれ「ハッキリした証拠がなければ無理強いは出来ない」「『証拠が無い』だけで容疑真っ黒よ!」byエイミー)という現場主任(マイク)のゆるい対応から、結局、現場の人間が動いてくれたのは「事故」が起きた後の深刻な事態になってからだった、というお約束のパターンです。(警察もそうだが、散々、危険性を訴えてきても「事前」には何も動いてくれない。保身大事のお役人組織は所詮そんなもんである。)しかし、事後とはいえ「この人」は一緒に梯子車に宙づりになったり(それだけの事態が起きた後で「よーし、休んでないで行こう!。」って…。)、頑張ってくれた事でラストでは車で送っちゃうほど評価は上がったらしいです。これが「デスクにかじりつく事が全て」の本部長だったら、こうはいかなかったでしょうね。

 女医ジェイ・カルダー(ジャクリーン・キム)…夫「もう君の役目は済んだろう、帰ろう!関係無い他人の世話をして、自分が死んでもいいのか!?ジェイ、答えろよ!」
ジェイ「これが答えよ。」
夫「そうか!クソッタレ!俺は帰る!」

裕福な夫と我先に逃げる方でなく、最後まで被災者を助ける方を選んだ彼女は偉かったかれど、おかげで夫婦間には完全に溝が入ってしまった様子で、溶岩の向きを変える為に夫が建設を進めたビル(近い将来、2人で甘い生活を過ごすはずだったペントハウス)を文字通り木っ端微塵にした現在これから関係を修復していくのは大変だろうなあ(あるいは、もうやり直しが効かないかもね…。)と心密かに暗澹たる思いを抱いてしまったものでした。夫の方も身勝手な想いからワガママを言っているのではなく、彼女を助けようとして進言しているのに、そんな自分の気持ちは完全に無視された(実際溶岩はその時まさにシーダース病院に向かっていたのだし、上手く流れを変えてくれたのは結果論であって本当に危ない状況だった。)という正当な主張もあるでしょうし、既に結婚はしているけれど、これからぎこちなくなりそうな2人だなあと心配にもなってしまった立派なお医者様でした…。

ラン・オールナイト

2011.05.22
 映画「96時間」のバカ娘が「マトモな息子」に変換されたら、こんな感じだろうか…という感想を持ってしまった、とてもよくある話…もとい「魅力的な王道物語」である(おかげで意外性は無いが「それなりに楽しめる良作」には仕上がっている。)映画です。96時間」シリーズと比べると「同じ系統の主人公」を描きながらも話としては落ちるせいで、今一つ物足りない感は否めないのですが、ほどほどに満足は出来た作品でした。

 墓掘人ジェームズ・コンロン(リーアム・ニーソン)…ジミー「マイケル、聞いてくれ。今夜だけ、一晩で良い。俺に『父親』をやらせてくれ。朝までに決着がつかなきゃ、俺が警官殺しで出頭する。一晩だ。後は二度と会わない。」
マイク「…一晩だぞ。」

そして息子の無実を証明する人物(スマホで自撮り→偶然そのまま殺人現場まで撮ってしまった教え子)を探し出す為に大々的に指名手配されている親子が団地のドアをドンドン叩きながら聞きこみをする姿には、そりゃ、通報もされるし警察も駆けつけるわ!(普通に居場所がバレますって!)と思わず当然のツッコミを入れてしまったものでした。サンタの扮装をしてもセクハラを行い、普段は酒浸り、妻子の元に身を寄せた時でさえ「家のあちこちに銃を隠していた」という典型的なロクデナシ親父(性格的には「96時間」よりも酷いかもね。息子がマトモな人間なのに嫌われてしまう訳だ。)の姿には親子の確執も納得できたものですが「お家には常に銃装備」という伏線が別荘でも健在で(暖房云々で金を借りる割に別荘をお持ちなんですか…というツッコミは入れてはいけない様子です。)「一度きりのチャンス」で息子を助ける素敵なラストに繋がっていった様には、知らず爽快感も味わえたものでした。という訳でこの映画でも「子供への愛情で暴走する父親の姿」はやっぱり、そのまんまなリーアム・ニーソン節です。

 マイケル・コンロン(ジョエル・キナマン)…エディ叔父さん「いざとなりゃ、ジミーはお前を救うどころか、ショーンにお前を引き渡す。身内のビリーまで、ショーンに言われるままに手にかけた男だぞ!」
マイク「俺は彼の『息子』だよ。そんな事するはずない。従兄弟のビリーもロブ・デミオが殺したって、皆、知ってる。」
エディ叔父さん「ビリーは確かに問題があった。どうしても麻薬が辞められず、ある晩、逮捕されて脅された。ショーンの犯罪について情報提供をしなけりゃ10年、刑務所行きだとな。ガキのあいつはビビってしまい、全てをぶちまけようとした。だから口を塞いだ…そうだよな、ジミー。息子はお前がどんな人間か知るべきだ。」

血を分けた「身内」まで手にかけた…以前の問題としてどうしようもない奴じゃないか、従兄弟のビリーは!と、ヤク中でビビって仲間を売ろうとしたから抹殺を命じられ、ショーン(ボス)ではなくジミー(クズ)の身内だから誰も庇いようが無かったという当然の展開にとても納得がいった過去でした。けれど、マイクの方はそこで「じゃあ息子(身内)の俺だって危ないじゃないか!」と不信感を募らせる結果を招いた様子で(いや、物凄く筋の通った話だと思うよ、↑は。)繋がりかけたかに見えた親子の絆はここで再度、破綻する事となったのでした。それまでに父親に対して行っていた「冷たい態度」(「壁の中で罪の償いをしているべきなのに、よくのうのうと『この家』に入ることができたな!前回、来たのもいつの話だと思ってるんだ!?」「あ~、母さんの葬式の時だっけ?」「笑い事か?アンタがそんなクズだから家族に近づけたくないんだ!」byマイク)は全てツンデレの表れであり本心ではなかったというのに、つい逆走してしまうのは血筋の様子です。本当は「父との思い出の写真」を毛嫌いしながらも捨てきれなかった辺りに彼の真実が出ていると感じた、そんな人情深い息子でした…。

 ショーン・マグワイア(エド・ハリス)…ショーン「息子の死に、妻はショックで寝込んでいる。もう2度と幸せになることは無い。」
ジミー「俺はマイケルを守る為なら何でもする。アンタの事を刑事に話すかも。」
ショーン「お前はクソだ。相手にもされないだろう。気にかけていたのは俺だけだ。それも1時間前に息子の死で終わった。」

そんなに息子を愛していたのなら、座敷牢にでも閉じ込めておくべきだったな(もはやアンタの子供は親の顔に泥を塗りながら犯罪行為を繰り返す事も辞さないロクデナシと化してるよ。)と、他人には迷惑をかけるばかりのダメ息子の姿(今回の事が無くとも、いつか誰かに刺されていただろう。)に、その熱い親バカ心に反して冷めた目でしか見れなかったバカ親父でした。おかげで同じく親バカの気持ちの元に、共に「一線を越えた」ジミー(今まで必死で正気を保ってきたのに、割とくだらない理由(親バカ)で「何人殺しても辞さない」という一線を越えたのね…。)の息子をつけ狙った結果、「窮鼠、猫を噛む」の原理で組織は店ごと壊滅、結果として自分も殺される羽目になった結末には溜め息しか出なかったものです。結果、息子ばかりでなく夫まで亡くしてしまった妻の悲哀は想像して余りある有り様でした…。(夫も息子もバカなせいで、もう…。)

 ダニー・マグワイア(ボイド・ホルブルック)…ショーン「どんな大金を積まれようとゴメンだ。麻薬とは永遠に手を切った。」
ダニー「でも、親父、あいつらと約束したんだ。今さら取り消せない。このままサヨナラなんて無理だ。」
ショーン「お前が招いた事だ。自分で尻を拭うすべを学べ。」

真面目な息子・マイクとは対照的に不真面目でどうしようもないバカ息子となり果てているキーパーソンです。そして↑の後、ダニーがした事は仲介料はそのまま着服して約束した奴らを問答無用で撃ち殺し、そんな奴らをリムジンで送ってしまった運転手のマイク(目撃者)をも消そうとしたという品性下劣で最低な行為であり、親父に止められたにも関わらず、彼の家までストーカーのようにつけ狙い、よりによった奴(「墓掘人」の異名すら持つ腕利きの殺し屋ジミー)の息子・マイクを殺そうとした為に返り討ちに遭って自分が殺された(「どこで息子の育て方を間違えた?」byショーン)という、どこまでも自業自得な短い人生でした。が、どんだけバカな子でも可愛いという、どうしようもない親心(だったら、ちゃんと息子を躾けて下さい!)から、父親のショーンはトチ狂ってしまい、正当防衛を果たしただけのコンロン親子は要らん苦労の元に逃亡を余儀なくされるという物語の始まりでした…。

 余談…「お前達は包囲されている!すぐに出てきなさい!」という刑事ドラマお約束の呼びかけをこの映画でも行っていましたが、それは事件を起こすほどイカレた人間に「追い詰められている状況」を突きつける事になる(結果、トチ狂った犯人は何をしでかすか分からない。)ので、現実ではほとんど言わないんだそうです。じゃあ何て言うんだ?(包囲している意味は?)とも思うのですが…。

マン オブ スティール

2011.05.21
 すべてのヒーローの原点であり、誰もが知るアクション主人公・スーパーマン(ドクタースランプアラレちゃんに登場する、すっぱマンではない。)こと「鋼の男」の生誕秘話にもあたる実写映画です。所用で家族で成田に行った際、「田舎のイメージしかなかった成田に3D映画館が!地元駅以上の発展具合ではありませんか!」「どうせなら、ついでに映画も見るか!」「…アンタら、成田は田舎じゃないって、俺(成田高校生だった弟)の話を全然聞いてなかったんかい!」というノリで見た、アバターに次ぐ「飛び出る映画」であり、内容が暗いながらもツッコミ所は満載で、それなりに楽しめた映画でした。

 クラーク・ケントことカル・エル(ヘンリー・カゼル)…「トルネードに襲われた時、何もできずに(養)父を死なせてしまった。正体を明かすのは、まだ早いという父の言葉を信じて…僕のせいだ。」

いや、それは「津波は転々個」(避難する時は他人をかまって二重遭難に陥ってないで、1人でサッサと逃げろ。)という自然災害時の鉄則を無視して犬の為に戻った親父さんの判断が甘過ぎたせい(子供はともかく、犬は見捨てて下さい。働いてくれる訳でもない、3食昼寝付きの惰性的な生活をむさぼるしか能の無いペットの為に命を捨てないで!)であって、息子が正体を明かす(「特別な力」を使って父親を助ける。)のを止められたせいではないと思うのですが…ともあれ、責任を感じた息子は以来「正体をバラさずに生きていく」為に臨時の肉体仕事で食いつなぎながら放浪し(スクールバス事件のせいで地元では既に「ヒソヒソ噂される怪しい存在」となっており、正体に感づかれるのは時間の問題だったので故郷を出た。)実の父親(自分のルーツ)を探し求めた結果、北極で例の宇宙船(と、実父の意識)を見つけたという次第になったそうです。そして話は進んでいきます…。

 ジョー・エル(ラッセル・クロウ)…「地球人は我々と違う。だが、そこが良いのだ。我々と同じ過ちを犯さずに済む。…お前が導き、希望を与えればな。それを表すシンボルが、このエル家の紋章『希望』だ。」

ちなみにパンフレットによるとスーパーマンのトレードマークとも言える、あのピッチリ青スーツ+赤パンツはクリプトン星での正装だそうで冠婚葬祭をその服で行うんか、アンタら!(結婚式やお葬式には、あのピッチリ青スーツの人の群れが集まるのか…。)とツッコミを入れると同時に、オープニングでも元老院の皆さんやゾッド将軍達は公の場であることを意識して、鎧やガウンなどの「付属品」の下にしっかり同じタイプの正装(ピッチリスーツ)を着用していた(家紋を表すグリフ(シンボル)は別物だそうだが。)と分かって思わず吹いたものでした。過去編にて、科学者である割には、動物(翼竜)に乗ったり、泳いだり、軍人相手に平気で殴り合いのケンカをしたり、随分と肉体派なお父さんだなあ(しかし宇宙船があるのに動物に乗ってるって、車があるのに馬に乗って移動している位、時代錯誤な生活だと思うぞ。)という感想を持ちましたが、聞く所によると机に向かってガリガリと研究しかしない「青瓢箪タイプの学者」は日本だけだそうなので、これはこれで普通なんでしょうね、欧米では。

 ロイス・レイン(エイミー・アダムス)…ロイス「ファーストキスの後は冷めるばかりって聞くでしょ?」
クラーク「それは地球人の男の話だと思うよ。」

何ですか、その「宇宙人ジョーク」は?と微笑ましい気持ちになった後で、ちょっと待て、クラークは33才にもなってファーストキスも、まだだったの!?(普通は親にキスしたり、担任の保育士に捧げたり、上の兄姉に奪われたり、3才位までに「初体験」なんて散らされているものなんだが…。)と、どこまでも貞淑に生きてきたクラークの生き様に度肝を抜かれると同時に、前作「スーパーマン リターンズ」では既に子供まで作っている進展ぶり(不思議な事に、キスから先のステップに進むのは早かったらしい。)に感嘆したものでした。原作漫画(パンフレット内インタビュー)によると、一応クラークの上司には当たるものの、危機に瀕して助けを求めるだけの女性(「HELP!」と叫ぶだけの、足を引っ張るばかりの役立たずな存在)だったキャラクターを変えて、自ら行動して事態解決を図る女性となったおかげで、「唯一の女性キャラクター」(原作では嫌味な女上司で終わっている登場人物。)はいつの間にか公式でヒロインにまで格上げされた模様です。という訳で今作でもラブラブな2人でした…。

 ドルゥ・ゾッド将軍(マイケル・シャノン)…「私はクリプトンを守る為に存在する。ただ、それだけの為に生まれた。いかに暴力的で残酷に振る舞おうと、それは全て同胞を守る為だった。だが、今や守るべき民はいない。我が魂、それをお前は私から奪ったのだ!」

親友のジョー・エルと方向性は違えど、この人はこの人なりに滅びゆく故国の民の為に信念を持って行動していたんだな(だから邪魔な先住民は全滅して下さいなんて、地球人にとっては偉く迷惑な考え方だが。)と感じると同時に、こんなトラブルメーカーの為に名乗り出て、バカにされて(「礼儀を知らないのも無理はない。躾られてないのだからな。」byゾッド将軍)、建物を多大に破壊しながらタイマン勝負を張る羽目になって、被った迷惑は計り知れないのに、それでも首をコキャッと折ってブチ殺した時には「うわあああー!」と「同胞の死」を嘆いているスーパーマンが本当にいい奴に見えました。(実父の仇でもある、こんな逆ギレ男が死んだ所で「ざまあみろ。」とは思えても「もったいない。」とは、もう思えない。それを「嘆く」事が出来るなんて、クラークの性格はおそらく、人間出来過ぎな養父の育て方が良過ぎたんだろうな。)という訳で、仇討ちがめでたく終了した所で、主人公の再就職と共に物語も終了してます…。

 余談…ちなみにこの映画で派手にぶっ壊したビルの数々がバットマンが経営する会社だったそうで、社長・バットマンが「よくも『内輪揉め』でウチの建築物と社員を!」と怒りにかられた結果、次作は「バットマンVSスーパーマン」になったらしいです。(どっちの作品も同じマーベルコミックスという系列会社だったから、なりえた夢の共演映画だそうです。見てないけど。←オイ!)

スーパーマン リターンズ

2011.05.20
 マン・オブ・スティール(スーパーマン生誕編)よりも前に作られた映画ではありますが(おかげで「画質」のほうは3D対応していただけ有り、断然向こうの方が上だと認識した。画質の方はね…。)、話の流れとしては、それよりも後の話、スーパーマンが数々の活躍を見せた後に何故か突然姿を消し、そしてまた帰還(リターンズ)した、という内容に上記のタイトルが決まった模様です。という訳で養母も老け、息子まで生まれている(!)というトンデモ後日談映画です。

 クラーク・ケント(ブランドン・ラウス)…クラーク「皆、変わったな。もちろん変わって当然だけど、絶対に変わらないと思っていた物まで変わってしまったりするんだな。例えばロイス。ああいう女性が家庭を持つとはね。」
ジミー「ここだけの話だよ。本人は絶対に認めないと思うけど、まだ『誰かさん』の事を愛してる。」

透視能力に異常聴力を持つ常人離れした能力の持ち主である彼ですが、家を透視して夫婦の会話を盗み聞き、超都合良いタイミングで空中デートに誘ったり、その力、ストーキングには非常に便利な能力なんだな(ロイスの方もそこまで盗視・盗聴されていると知ったら100年の恋も冷めていただろうな。)と今作で改めて認識してしまった主人公です。そして今更ながらテレビにアップで映るほどガン見せ状態なのに、何で正体がバレないんだ!?(普段メガネかけてるだけで同じ顔だろ?)と今さらなツッコミも入れてしまいました。(「ねえロイス、クラークって身長、スーパーマンと同じ190センチ位だよな?体重は同じく100キロ無い位?」「そうだけど、まさか~。」「そ、そうだよね~。HAHAHA!」by本職記者との会話。そろそろ気づこう、プロの人達。)ぶつかって眼鏡が落ちても、彼女は落とした荷物に夢中で目の前の男の顔を見ていない(オイ!)という運の良さも幸いし、今作でも誰にも正体は(何故か)分からずじまいで終わっている様子です…。

 ロイス・レイン(ケイト・ボスワース)…ロイス「全く違う世界の人に出会って、何故か運命的な絆が芽生えたことはある?でも『彼』は消えちゃうの!理由もさよならも言わずに!…安っぽい話よね。バカみたいね。」
クラーク「もしかしたら、さよならを言えなかったんじゃないかな。…言うのが難し過ぎて。」
ロイス「どこが難しいの?さよならの一言よ。どうして言えないの?」

自然消滅(だから自分は「相手を振って傷つける」なんて酷いことはしてません。)と言えば聞こえは良いけれど、彼氏・彼女が何も言わずに離れていくのは大抵「無言の愛想尽かし」である事が多く、ましてや「スーパーマンとの一夜」を過ごした直後に消えられたら、何を言われなくとも「ヤルだけヤリ尽くしたから、はいサヨナラよ。」という男の勝手な行動原理だと「誤解」されても仕方ないよ(大体、息子が5歳位=それだけの年月ほっぽらかしにしたら、どんな出来た女でも意固地になるだろう。それか他に男を作るか。)と感動の再会に反して頑なな態度の彼女に頷けたものでした。ロイスとしてはどうせ別れるにしても最後まで「恋人」として扱ってほしかった(それなら、どんな理不尽な理由で捨てられるにしてもキャッツファイトを通して「蹴りをつける」事だけはできたのに!←え?)と納得いかない思いが残っていた様子です…。

 婚約者リチャード・ホワイト(ジェームズ・マースデン)…「どんなに近くにいても、彼女(ロイス)は謎のままだよ。」

付き合って早々に、身に覚えがあるとはいえ(というかロイスの方がきっかけを作ったのだろうが。)「彼女」が妊娠し、「じゃあ結婚しようか。」「待って。いきなりの話だし、現在妊娠中だし、式場を予約しても実際に式を挙げられるのは1年近く後の話になるし、いっそ式は子供が産まれた後に落ち着いてから…。」という流れで結婚延期→出産後「じゃあ結婚しようか。」「ええ~。ピューリッツァ賞にも選ばれて、これからっていう時に私の苗字が変わるの?あなたってキャリアを積んで頑張る彼女を全否定する亭主関白なの?」「結婚いつだよ!?」という「謎の婚約状態」が現在でも続いている哀れな恋人ていうか、騙されてるから、アンタ!)です。息子ジェイソンの苗字がホワイト(彼の姓)である辺り認知だけはしている様子ですが、ピアノを投げつけ、鉄製ドアノブをへしゃげられる怪力の持ち主である息子が地球人(彼)の子供である訳が無く、どこまでも都合のいい男扱いされている様には、知らず、涙が流れたものでした…。

 レックス・ルーサー(ケヴィン・スペイシー)…ガートルード「あなたは約束した。刑務所から出してあげたら私と結婚すると。その言葉を守り、あなたは私に初めて女の喜びをくれた。だからあなたに私の財産を全部あげるわ。愛してるわ、レックス・ルーサー。」
親族A「叔母さん、そいつは詐欺師だ!愛なんて無い!」
親族B「その男は悪魔よ!ここを開けて話を聞いて!」

高級布団を買わされるご老人って、こういうパターンなんだろうな(結果として代わりに金を支払う羽目になる親族の方はいい迷惑だ。)と実感すると同時に、それでもこの場合「本人に払う金が無いから親戚のアンタが払ってね。」という負の遺産を押し付けられた訳ではなく、映画「グラン・トリノ」のように「本当だったら貰えたはずの遺産が他人に横流しされた」だけで、嘆く必要は無い話だよな(結婚詐欺に遭ったのは叔母さん1人。アンタらではない。そして、そもそもアンタらが詐欺師以上に暖かく家族として接していれば、こんな事にもならなかった。)と、自分達個人の財産がマイナスになった訳でもないのに悲鳴を上げて愕然としている遺族にツッコミも入れてしまったものでした。確かにレックスはガートルード叔母さんの言うような「良い人間」ではあり得ないけれど、「死ぬまで夢を見せてくれた」点だけは「死に際まで会いに来ようともしなかった親族」より評価に値するかな(要するに「金で愛を買った」訳で「金だけ持ち逃げされて捨てられた」訳ではない分、叔母さんも夢に浸って死ねた事だろう。)と思えてしまった「資金調達」の様でした…。

 余談…ニュースキャスターが「彼の活躍はメトロポリス、ヒューストン、ゴッサム…」とスーパーマンの活動範囲を説明する中に、しっかりバットマンが居住するゴッサムシティが入っていた辺りに、「やっぱり生誕編でブチ壊した、あのビルの数々は…。」と、その後の対決(怨恨)に発展する要因が垣間見えたものでした…。

アダムス・ファミリー2

2011.05.19
 車のCMにも出ていたことが懐かしく思い出される一家(もちろん当の車は大人数が乗れるワゴンタイプだった。)ですが、主演ラウル・ジュリアの急死により続編が作られなかった(CM程度の短い時間ならともかく、あの印象的な映画の大役を代わりに演じられる逸材はそうそう見つからないだろう。)のが非常に残念でした。今、見てもなお味があって面白いと感じるブラック・コメディの名作であり、大人になってからでないと言葉の意味を楽しめない部分も出てきた秀作2作目です。

 ゴメズ・アダムス(ラウル・ジュリア)…フランプ婆ちゃん「金色の巻き毛にバラ色の頬…ピューバート(発情期)はこのまま育つと、将来は弁護士か歯医者、果ては…大統領に!」
ゴメズ「お願いだ。いっその事、あの子の代わりに、私を…!」

代わりになれたら得な職業ばかりじゃないか!という「常識」はこの一家には通じない様子(1作目でも「尊敬する人間」で大統領や有名女優を選んでいた子供達に「保護者とはもうお話をされましたか!?」と心配している。)で、ショックのあまりに寝込んでしまった父親と、「万一の事があっても喪服なら、もうあるじゃないか。」とまるで心配していない嫁・姑の姿が見られる事になりました。(0歳児相手にウォッカ+卵+醤油の迎え酒(不味そう。)を与えている辺り、ゴメズ本人も母親の命令で5歳の頃から葉巻(タバコ)を吸っていた辺り、この家の教育方針は代々イカレている様子です。)ともあれ、元々が寂しがり屋の彼は上の子供達もサマーキャンプに追いやってしまい、兄のフェスターには絶縁され、可愛い末っ子が病気(ではなく「正常」になったようにしか見えないのだが…。)という状況に耐えきれなかったらしく、愛する妻が同じ状況下で平然と生活している(同じようにガッカリはしているけれど、この辺は男よりも女の方が強い。)中で倒れてしまった様子です…。

 フェスター・アダムス(クリストファー・ロイド)…ゴメズ「私は本当に幸せ者だよ。兄さんにも早く味あわせてあげたいな。子供を持つ喜びと、他人に世話させる楽しみを。」
フェスター「でも、その前にまず結婚しなくちゃな。」
ゴメズ「何、兄さんはまだ若いんだ。焦る事は無いさ。そのうちきっと兄さんを起訴しない女に巡り会えるよ。」

どうやら一作目で彼を手駒にしていた養母といい、今回の結婚相手といい、フェスターは破滅的に女運が無い様子です。(本人曰く「追いかけてきた女性」は婦警(職務質問)と宗教の勧誘だけだったそうな…。)おかげで経験値ゼロ(童貞で処女)という有り様から、弟夫婦が既に3人も子供を作っているにも関わらず、女性に対して不適切な発言の連発から彼女の1人もおらず承知の上で引っかかってくれたのは殺人妻だったという有り様にはコメディのはずなのに、秘やかに涙してしまったものでした。(冷静に考えれば悲し過ぎる運命というか、笑えない状況である。)立ち直った現在では、懲りもせずにカズンイットの子供・ナニ(毛むくじゃらの人外生物に、取り上げた医者が一番に叫んだ言葉らしい。そんな言葉を命名すんなよ!とツッコミを入れたいが。)の乳母ディメンシア(「イカレ女」。名前の意味からして…。)新しい恋をしていますし、彼はそもそも女性を見る目が名前通りに「腐って」いたのかもしれません…。

 デビー・ジェリンスキー(ジョーン・キューサック)…キャスター「殺人妻は金持ちで孤独な独身男を探し出し、言葉巧みに心を奪い、婚礼の夜、夫を殺すのです。巧みに事故死を装い、財産を手に入れ、葬式の後に姿を消す。そして金が無くなると再び動き出す。見事な変装で捜査の手を逃れ続けている謎の女の正体は?そして次のターゲットは一体、誰なのでしょうか?今、言える事は、これだけ。独身男性諸君、ご用心!」

おかげで「超リッチな変人」という特集で雑誌に取り上げられたフェスターは見事にターゲットにされてしまい、初夜こそ無事に済んだ(風呂にカセットデッキを投げ込まれて感電死する所だったが、帯電体質である彼の特異な肉体のおかげで生きており、セックスまで出来た。←「ただ、ベッドの上でお話するのをセックスって言うのよ。」「違うよ!ゴメズとモーティシアの『手本』をちゃんと覗いたんだ!」「サイテー!」と、さすがにそこは童貞(未経験)であっても誤魔化す事は出来なかった。)ものの、結局、態度を豹変させて弟一家まで殺そうとした彼女に、いくら女性に免疫の無いフェスターでも100年の恋(というより肉欲に溺れていただけの想い)は冷めた様子です。フェスターの外見はともかく、性格は操縦しやすい良い夫なのだから、大人しく奥さんやっていればデビーも彼女の希望通りにお金や宝石に囲まれて一生リッチに暮らせたでしょうに…ね。(なのに犯罪者って我慢が苦手で、そういう「簡単な計算」もできないんですよね…。)

 ウェンズデー・アダムス(クリスティーナ・リッチ)…ウェンズデー「運命が私達を引き裂く。チペワキャンプ、乳母のデビー、それに偏差値。」
ジョエル「君の事は忘れないよ。…強烈に不気味だもの。」
ウェンズデー「私も一生、忘れないわ。今日の勝利は2人のものね。」

ゲイリー達大人が大人気も無く子供達と一緒になって散々、同調圧力をかけた(「ねえ、皆、チペワ精神ってものを理解してないこの子達が悲しいし、嫌だし、死んじゃえば良いって思わない?でも手本を見せて分からせれば、変な女でも、ずんぐりむっくりでも、生っ白い男でもやればできるって事が分かると思うのよ。…どんなに抵抗してもね。」byベッキー)にも関わらずウェンズデーの精神の強さと演技力はその上を行ったらしく、可愛い笑顔(「嫌よ、怖いわ!」byアマンダ)で大人しく悪役を引き受けたと思ったら引き立て役を押し付けられた子供達と既に共謀済みで、本番になってから劇を台無しにしたという展開が待っていました。元々は乳母のデビーの策略でサマーキャンプに入れられた彼女でしたが、名前の意味(マザーグースの「水曜日の子は不幸」より。)に反して、もしかしたら貧乏くじを押し付けられたチペワキャンプの皆さんの方が「不幸」だったのかもしれません…。(ウェンズデー達姉弟が来なければ、一応「普通のキャンプ」として無事に幕を閉じていたろうしね…。)

アダムス・ファミリー

2011.05.18
 これ、ホラーじゃないじゃん!と驚き笑わせて貰った不気味一家のホラー・コメディ映画です。CMで既にビビりながらも映画館で公開されている2を見てみたら大笑いし、金曜ロードショーで放映していた1をビデオ視聴したという思い出があるシリーズです。随分と面白いと思ったらこの話はアニメ化・ドラマ化で人気を呼んだ原作漫画付きの逸品だそうで、これはファン待望の初の実写映画化作品でもあったそうです…。

 ゴメズ・アダムス(ラウル・ジュリア)…ゴメズ「また命中しましたか、判事さん!ボールはあげます、沢山ありますから!」
判事「アダムスのバッキャロー!」

最低だよねと、うちの弟にも言われていた通り、よその家にゴルフボールをかっ飛ばして「笑い話」で済むのは映画というフィクションの中だけ(割れた窓ガラスの下に人がいたり、スープの中で済まずに頭にでも当たっていたら、シャレにならない大怪我を負うことだってある。食事の中にゴルフボールを投入されるだけでも衛生面上悪いし(しかもボールが滅茶苦茶汚いし!)こんなお隣、いい迷惑だ。)とツッコミを入れると同時に、裁判沙汰になった時に判事が味方してくれない訳だ(他にも夜中にお別れパーティと称した大騒ぎを繰り広げたりの近所迷惑な一家だったからね…。もう判事という審判員が買収されているようなものである、それも普段の恨みで。)と納得がいったものでした。という訳で家族の中では唯一縁起の悪い単語が由来ではない名前(実在するラテン系男性名。)ですが、一番常識的思考からは外れている現・家長です…。

 モーティシア・アダムス(アンジェリカ・ヒューストン)…モーティシア「私達が出会ったのも、こんな夜だった。掘りたてのお墓…初めてのお葬式だった。」
ゴメズ「君はあまりにも不気味で神秘的で…誰も遺体など見ちゃいなかった。」
モーティシア「皆が疑ってたわね、あなたが従兄弟を殺したと。だけど私の目はあなたに釘付けだった。」
ゴメズ「君の毒気に誘われて…その夜プロポーズしたんだった。」

普通は結婚式で出会って、幸せな背景(花嫁)の姿に将来の自分の姿を夢見る物なんですけどね…と名前の由来にふさわしい出会い方(morticion=葬儀屋)で彼と結婚し、将来の姿をうっとりと夢見る彼女(「私達もいつか墓地に眠るのね、Wの棺桶で。遺体は腐っていくわ、2人一緒に…。」byモーティシア)を微妙に感じてしまったものでした。(普通は心霊現象に直面したカップルのように「彼といると嫌でもその光景が思い出される」からロマンスがスタートするどころか、恋が始まった後でもその場で終わる所なんですけどね…。)自分達でオークションに出品した物を自分達で釣り上げて落札しながら盛り上がり、公衆の面前でも堂々と愛し合う2人の激しい愛(「よくやるよ。」by司会)は本物らしく、2では3人目誕生という様を見せるのでした。(ちなみに「次の子の名前は聖書から選びたい。」と言っていたが、その命名候補は「最初の殺人者」ことカインだったそうです。)

 フェスター・アダムス(クリストファー・ロイド)…フェスター「やめて、ママ!焼きゴテはまずいよ!そんなの残酷すぎる!」
モーティシア「愛するフェスター、本当のあなたはどっち?陰険で残酷な今のあなたか、私達が愛した陰険で残酷なあなたか?」
フェスター「頼む、聞かないで…!」

同じやん!と思わずツッコミを入れてしまった質問でした。という訳で一家の中では唯一「普通」の性格をしている(記憶喪失だった頃は特に。)のに、ハゲで歯が一本も無く(2によると兄弟喧嘩の果てにゴメズに木に括りつけられて永久歯を抜かれたらしい。)目の周りにはクマが有り、季節・場所を問わず大外套を着こんでいる為に見た目は一番怪しい人物となっている伯父さんです。(まあ、甥っ子・姪っ子に人殺しの仕方を教えたり、一緒に道路を爆破したりしてる辺り、ママに拾われて「普通の一般社会」の中で暮らしている間もマトモな人生は歩んでこなかった様子ですが…。)ラストでは雷に打たれて失っていた記憶もよみがえったそうですが、それなら尚更、当てつけだけで惚れた女(双子のフローラとフォーナ)を奪い取り、日常的に酷い虐待をしていた弟一家と暮らす気には普通なれないと思うのですが…。

 Dr.グレタ・ピンダーシュロフ(エリザベス・ウィルソン)…パグズリー「ちゃんと死んでた?」
ウェンズデー「関係無いわ。」

「風と共に去りぬ」(ではなく「ハリケーン・イレーヌ」)で飛ばされて落っこちた先は棺桶の中でした…という訳で共犯者の顧問弁護士タリー共々墓に埋められてしまった黒幕の女性です。(義理の息子の「ゴードン」(フェスター)に最後に暴言を吐かなければ、こんな事にもならなかったのにね…。)しかし一番悲しいのは、そんな展開になっても残された家族は誰も悲しんでいない…どころか、いなくなってくれたことを喜んでいる節すらある、という事でしょうね。ママが死んで晴れて血の繋がった家族と暮らし始めたフェスター、夫(タリー)がいなくなったのを良い事にサッサとカズンイット(毛の長いアレ)と再婚し2では子供まで産んでいるマーガレットと、それぞれ新しい家族とよろしくやり始めた様には、これこそ一番の悲劇かもしれない、多少同情もしてしまったものでした…。(最も2人とも自分の家族を大切にしてこなかった自業自得ではあるんだけどね。)

グリーン・マイル

2011.05.17
 映画「ショーシャンクの空に」と並んで「スティーブン・キング原作映画」(は、ミザリーとかキャリーとか沢山あるけれど、中でも特に大ヒットした映画として)の代名詞的作品であり、原作小説を忠実に再現している辺りに、キングのファンであるダラボン監督の熱意が伺える映画です。ちなみに準主役に抜擢されて一躍名が売れたマイケル・クラーク・ダンカンは映画「アルマゲドン」で共演したブルース・ウィリスが監督に紹介してくれたのが縁(「監督~、ジョン・コーフィーを見つけたよ~。」byウィリス)だっただそうで、人生どこで何が役に立つか分からない(それで彼はボディガードとの二足のわらじ生活から、有名スターの仲間入りをしたんだもんな。)としみじみ思ってしまったものでした…。

 ポール・エッジコム(トム・ハンクス)…「人は皆それぞれの歩調で自分のグリーンマイルを歩いている。だが小さなネズミにこれほどの長寿を与えた彼は私をいつまで生かすつもりだろう。命ある者に死は必ず訪れる。だが神よ、私が歩んでいる、このグリーンマイルがあまりにも長く思えるのです。」

いっそ108歳という年齢相応に呆けて何も分からなくなっていれば、苦しむ事も無かったのですが、映画「サウンドオブミュージック」のトラップファミリーのお婆ちゃん(映画時は子供)並みに老年の今でも冴えた頭が立派に保たれている辺りがこの話の悲劇です。一応、小さなネズミのMr.ジングルスも映画のラストシーンでようやくご臨終していた(それでもネズミの分際で60年も生きた。それは人に換算すると何百年の歳月になるのだろうか?)のですが、お友達のマーガレットにも先立たれ、息子はいても孫はいない様子(いたら面会に位は来るだろう。)で、今も一人孤独に生き続けている彼の姿に思わず涙した映画でした。「神の奇跡を行う者を見殺しにしてしまった」その罰だ(その前に州知事の甥っ子であるパーシーならともかく、弁護士でもない主人公に死刑を覆す力は無いだろうし、どうしようもなかった事例だと思うが…。)と受け入れてはいますが、せつない物語でした…。

 ジョン・コーフィー(マイケル・クラーク・ダンカン)…「俺はこれ以上、生きていたくないんだ。…俺は疲れた。旅を共にする友達も無く、どこからどこへ彷徨うのかも分からない一人旅にもう疲れた。互いに醜い事をし合う人間達にも疲れた。毎日、世の中の苦しみを感じ、聞く事にも疲れた。もう、これ以上、耐えられない。…分かってくれるか?」

死ぬのは怖い、けれど生きる事はもっと辛い。それが無実でありながら控訴する事もせずに死刑を受け入れた理由なようで、弁護士ですら彼の経歴を割り出す事が出来なかった事から、勘の良い人はもう気づいていると思いますが、この時点で既にジョンも「とても長い人生」を生きてきたそうです。(「前科だけでなく経歴も分からないって?あれだけの大男で黒人なら目立つだろ?」「こんな大恐慌の時代じゃ、子供でも殺さない限りは目立たんよ。奴は『空から降ってきた』んだ。」by弁護士)おかげで看守全員に認められる中(成功率120%)で脱獄を勧められるも「この上、生きてて何になる。」と全てを諦めてしまっていたジョンでした。でも、一応「死ぬことができた」分だけ、彼はまだ幸運ではあったんでしょうね…。(一応、電気椅子に座るという方法で「死ぬ」事は出来るのね。問題は罪人でもない主人公に座れる理由など無いという部分だが…。)

 パーシー・ウェットモア(ダグ・ハッチソン)…パーシー「スポンジを濡らすなんて知らなかったんだ。聞いてなくて。」
所長「小便の時に便座のシートを上げる事も誰かに『聞いて』知ったのか?」

それだってきちんと説明されていたのに「話を聞いていなかった」という「聞いていない」の意味で、連続強姦魔(性別不問)にモーションをかけられて思わずちびったのを見られた上に笑われた(「ウェットモアって苗字だったか!『もっと濡らせ』って意味だろ?ズボンがびしょびしょになるまで!」byデル←これの復讐。)という、つまらない恨みからロクでもない行動に走ったダメ男でした。個人的にパーシーと聞いて思い浮かぶのは「機関車ト○マス」に出てくる緑色の列車なのですが「愉快な仲間」という表現からは程遠い男の姿(むしろ絶対に一緒に仕事をしたくないタイプ。小説版でも「冷血漢で不注意でバカと3拍子揃った男」とポールに評されている。)には溜め息が出るばかりでした。同じバカなら死んだデル(少女(未成年者)を強姦し、死体をアパートの裏で焼いたら、建物に燃えうつっちゃって6人が死亡するという顛末を招いたアホ死刑囚。)の方が笑えるネタに入れる分、まだ好感が持てるなとすら思ってしまったり…。

 ウィリアム・ウォートン(サム・ロックウェル)…ウォートン「妹が好きか?もしお前が騒ぐとどうなると思う?代わりに妹を殺すからな。姉さんが好きか?もしお前が騒いだら姉さんを殺すからな。分かったな!」
ジョン「奴は姉妹の愛を利用して殺した。心の中は誰も隠せない。腕を掴まれた時、ウォートンが何をしてきたか俺にはハッキリと『見えた』んだ。」

犯罪者は捕まったその時にはもう初犯ではなくなっている(そんな人間なので今までも似たような事(前科)を繰り返しており、とうとう運にも見放されて、たまたま今回の件では捕まってしまった、それだけの話。)という定説はどうやら本当なようですが、こんなに身近に真犯人がいたとは世間は狭いものです。(ていうか、こいつが正直に全ての罪を自供してればジョンは死なずに済んだのでは…?)そんな訳で「昼食もご馳走してあげたペンキ塗りの兄ちゃん」(家に上げて貰った事で当然、家の間取りも女の子達の部屋の場所も知っている。)が真犯人だったのですが、DNA検査が無かったこの時代、体液が残っていながら鑑定する事が出来なかった、ヤルことをヤったらさっさとトンズラされた事もあって、死体を抱えた目立つ黒人の大男(ジョン)が代わりに捕まってしまったのでした。そりゃ、無実の罪を着せられた人間としてはぶち殺したくもなるよな、と毎度、唾だの小便だのチョコパイだのを看守に引っかけては懲罰房に入れられている反省の欠片も無い彼の姿(めげないというか、学ばないというか、頭悪いというか…。)に心から頷けてしまったものでした…。

アルマゲドン

2011.05.16
 日本で公開されたのは1998年版だけですが、実は毎年「○○年度版アルマゲドン」が作られているそうで、検索すると色々と出てきたものでした。(おかげで探すのに迷いました…。)中でもこのブルース・ウィリス主演の映画はCMでも流れていたエアロスミスの「ミス・ア・シング」(I DON’T MISS A THING。アカデミー賞の歌曲賞とゴールデンラズベリー賞の最低主題歌賞を同時ノミネートした珍事でも有名。)の歌も相まって有名なヒット作…ではあるものの、興行的には成功しているけれど映画としての評価は散々という口コミに違わずツッコミ所の多かった映画でした…。

 ハリー・スタンパー(ブルース・ウィリス)…「引き受けるがいくつか条件がある。オスカーは7つの州で合計56件の駐車違反の罰金(未払い)を帳消しに、ヌーナンは女友達2人にアメリカの市民権を取らせたい。ベアーは一夏、ホワイトハウスのリンカーンの間に滞在希望…こんな感じだ。あともう一つ。皆、税金を払いたくないそうだ…一生。」

ハリーのセリフではないけれど本当に「地上では一緒に仕事したくない連中」だな(地球の危機に立ち上がるカッコイイ男達かと思いきや、立場のある権力者から頼まれたのを良い事に、足元を見て恐喝を始めるって最低な連中だな。)と思わず幻滅してしまったシーンでした。(もちろんギャグのつもりで言ってるんだろうけれど、でも本気で言ってるんだろうし、この非常時に人の弱みを突いて言う事を聞かせることしか考えてないって性格悪いですよ。)結局、天罰が当たったのか、作業中に2人死亡。主人公のハリーまでA・Jの身代りになって尊い犠牲となった様には溜め息しか出なかったものです。軽薄なA・Jより、むしろ主人公の彼にこそ生き残っていてほしかった(くじ引きで運に見放された結果、平等な条件で彼に決められたんだ。何もハリーが代わりを務める事は無い。)身としては感動を通り越して残念に思えてしまった結末でした…。

 A・J・フロスト(ベン・アフレック)…ロックハンド「あいつの親父さんが死ぬ時に『あの子を頼む』と言われたんだろ?撃ち殺しちまっていいのか?」
ハリー「一時的な精神錯乱って奴だ。…巻き込まれたいか?」
ロックハンド「いいや、ちょっと助けようかなーって思っただけ。(巻き込まれるのはゴメンだ。)」

南北戦争勃発前、一昔前のアメリカでは本当にこのように父親がショットガンを構えて娘に近づく不埒な男を追い払っていた(恋人と最後までしようと思ったら、まず父親に許可(結婚の許し)を得るのが先だった。)という時代は確かにアメリカに存在したものの、それも今は昔の話。周りにはガールフレンドが2人(以上)もいる男(ヌーナン)や、ストリッパーに貢いで帰国後は出迎えに来た彼女と早速、子供を作ろうとする男(ロックハウンド)ばかりで、そんな荒くれ男達の中で育ったのだから、自分もそんな男達のうちの一人と、そんな恋に落ちて何が悪い(「ハリー!今(映画公開時)はもう1998年なのよ!」「うるさい!お前はサッサと服を着ろ!」byグレース親子)と開き直っている性格の悪いこの養子×実子カップルは、そのまんまゴールデンラズベリー賞(その年の最低映画賞)の「最低スクリーン・カップル賞」を受賞してしまったそうです。(時代が変わっても「守るべき一線」というのは有ると思うの…。)という訳で私もあんまり好きになれない恋人同士です…。

 娘グレース・スタンパー(リヴ・タイラー)…ハリー「俺はお前を、あちこちの採掘現場に連れ回すばかりで…酷い父親だった。」
グレース「そんなこと無い。私は楽しかったわ。今までの生活は大好きよ。ママが出て行ったのもハリーのせいじゃない。『ママは私達を捨てた』のよ。ハリーが大好きよ。だから戻って来ないみたいな言い方しないで。そしてもし面倒じゃなかったら私の婚約者も連れて帰ってね。」

ふ~ん、ついこないだまで言っていた持論(自分がこんな風に育ったのはハリーが父親だったせいだし、こんな男だからママも男と出て行ってしまったんだし、自分はいい女だから精神が未熟なハリーを責めないであげているけれど、パパと呼ぶ価値も無い。)から180度手の平を返して随分と意見が変わっているけど?(でもって、もしかしたら生き別れるかもしれない出発直前の最後の逢瀬の時に到っても「パパ」とは呼んでやらないのか。)と、どう考えても本音は最後の一行だけ(婚約者の生存率を上げる為のポイント稼ぎ)としか思えない態度の豹変ぶりには、感動的な「親子の和解のシーン」のはずなのに「勝手な理屈で仲良く情を利用しようとする娘の下心」(そうやって簡単に手の平を返す人間は、状況が変われば、また簡単に態度を変えるだろう。)が感じられて、全然、共感できなかったものでした。本人曰く「自分の良い所は全部パパ似」だそうですが、そもそもアンタの性格は、あの男らしい人間の出来たパパに全然似てないよ!と思わずツッコミを入れてしまいました…。

 アメリカ合衆国大統領(スタンリー・アンダーソン)…「我々は今、重大な危機に直面しています。これは聖書で言う所のアルマゲドン、世界の終焉です。しかし人類は史上初めて滅亡を回避する技術を持つに至りました。人の技術と想像力の全て、戦争さえもが今回の試練と戦う武器となったのです。」

ヘブライ語でいう「ハルマゲドン」(英語読みでアルマゲドン。元々は「メギドの丘」という意味で、そこで世界最終決戦が行われた→世界終末の決戦→この世の終わり…と、どんどん意訳に傾いていってしまったらしい。)それが今回の隕石による「地球滅亡」の様を意味するタイトルとなった訳ですが、見てみると、質量がせいぜい地球の千分の一程度の大きさに過ぎない惑星上で人々は何故か地球と同じような重力下で歩行しているわ(所詮「テキサス州程度の大きさ」で月よりも小さいはずなんですけど…。)、テキサス州レベルの大きさの割には人が持ち運べる程度の小さな核爆弾で分裂破壊ができているし(爆撃機でしか運べない大きさの原爆を落とされた広島も長崎も地面はしっかり残っているんですけど!)、スペースシャトルから炎は出るわ(宇宙って真空だよね…。)リアリズムの無さはさすがベイ監督だ(科学考証を2の次にするのにも程があるだろ!)と「パールハーバー」の時と同じくツッコミを入れてしまったものでした。という訳で真面目に見てはいけない映画です。

日出処の天子④

2011.05.08
 一昔前には一万円札の絵にもなった聖徳太子…ですが奈良時代の人間で冠位十二階や十七条憲法を制定し小野妹子を隋に派遣したという「教科書上の事」以外、父親が天皇(用明天皇)で自分も天皇になる資格があったのに非常に優れた方でありながら何故1度も天皇にはならなかったのか、有名な「日出処の天子…」で始まる書に関して中国側の記録では「王タシリヒコ(男王の名称)使いを遣わして朝貢す」となっているのに対して当時の天皇は女帝・推古天皇だったはず…等々、有名な割には謎の多い人物です。話では彼が超能力者という新解釈を持って毒々しい魅力を放ちながら物語が進んでいます。

 河上娘…雄麻呂「見ろよ、河上娘の奴。以前は俺やお前に媚を売っていた低俗な娘が大王の妻になったとたん有頂天だぜ。」
泊瀬部大王「蘇我と天下を二分した名門・物部氏の血をも汲んだ高貴な美人が妻になると思ったのに…詐欺だ!」

考えてもみれば蘇我馬子の正室の娘であり跡取り(毛人)の同母妹である刀自古娘の方が妾腹の娘である河上娘よりも「身分」は上(母方の出自を比べても「天下を2分した」物部氏に比べれば「有力」止まりの豪族である河上氏はやはり格下とは言える。)で同じ一族の娘とはいえ身分が低い妹の方を差し出すのは大王に対して確かに失礼(花嫁を差し替える何かの事情があってもおかしくは無い)と展開に納得もできたものでした。大王も侮辱を感じてか2人の間に子は出来ず夫婦仲は極めて悪かったらしく、その後大王は物部布都姫と、河上娘は駒とそれぞれ新しい相手を見つけてよろしくやる事になります。次期大后候補という女達の垂涎の的の立場であり「降ってわいた幸運」であってもそれで幸福になれるかどうかは分からないんだなと後に悲劇的な最期を迎える彼女の運命(大后候補の立場も、大王の夫も、愛人の駒も全て失ってしまう。)も思って性格の悪さとは別に同情もした女性でした…。

 刀自古娘…毛人「もしやお前に好きな男でもいてそれで大王への入内を嫌がっていたのかと思ったが取り越し苦労でホッとしたよ。私も苦しい恋には胸に覚えがあるからどんなに辛いかと…。」
刀自古「…。」

実の兄(毛人)を恋い慕う刀自古娘にとって、この毛人の言葉は全部当たっている挙句に他の女への恋情まで語られて色々な意味で思わず死にたい気分になったのでしょうね。(で、入水自殺を図ったと…。)この巻にて実は彼女は戦の間に何人もの男に狼藉を働かれ中絶したという壮絶な過去が明らかになり別の男に恋している云々の子供のたわごと以前に他の男の手垢がついた娘を大王に嫁がせる訳にはいかないという入内取り消しの事情に説得力を感じたものでした。過去のせいで性格に影が差したとはいえ嫉妬深い(毛人は「地獄耳」と解釈してくれていますが…。)のは元々の性格ですし兄や母の気持ちも考えずに自殺しようとするのも考えてみれば身勝手(そんなに嫌なら泣いて頼めば良い物を表面つらは良い子ちゃんぶって「実は私はこんなに追い詰められていたんです」(それは全部追い詰めたアンタ達に原因があるのよ)と結果的には責任放棄する辺りが…。どうせ責任放棄するのなら人を悲しませない方法で実行なさいよと言いたいです。)ですし同情部分とは別に性格はあまりよろしくない女性だなと感じてしまったものでした…。

 物部布都姫…親類「いくつも年下の男にそのような切なげな声を上げるとは、気持ちの上で姦淫したも同じこと!今の一言でそなたは斎宮としての資格を自分から捨てたのじゃ!」

自殺未遂にまで追い込まれた刀自古といい、恋心がバレて神を盾に結婚を断る事ができなくなった布都姫といい、布都姫を還俗させる為にも雨乞いをする羽目になった厩戸皇子といい毛人には彼に惚れている人間を窮地に陥らせる特技がある様子です…ゲフッ!厩戸皇子からの精神攻撃に、泊瀬部大王からの色目(から来る悪感)に、毛人への恋情に雨乞いにも全然集中できない彼女。神が見つけられない以前にこの状況下では本領が発揮できないだろうと多少同情もしてしまったものです。泊瀬部大王と蘇我毛人の2人もの男に思われるも大王の妻になっても嫌いな男の性奴隷、毛人の妻になっても日陰者の妾がせいぜいという彼女の立場には(両手に花状態ではあるのにどっちに転んでもロクな扱いにはならないだろうという現実を含めて)悲哀も感じてしまいました。3巻での「最悪の初対面」以来(贈り物はしていたけれども)1度もマトモに会った事が無いのにここまで燃え上がれるのも凄い話ですが悲恋に終わりそうな展開には今後が気になる所です…。

 泊瀬部大王…「これほどの美女が神に身を奉じて埋もれるなどもってのほかだ。わしの目に止まったは天の配剤よ。」

世は飢饉に疫病にと乱れに乱れているこの時に新しい妾探しに夢中になっている場合でもあるまいに状況を全然分かっていないダメ大王でした。(「放っておけばいつまでも何もせず策を立てると出過ぎたことをと腹を立てる。このように暗愚な大王を持ってこれからどうなるというのだ。」と馬子に引導も渡されてしまう訳です。)彼×布都姫の縁談は元々は厩戸が火をつけた話とはいえ高貴な美人と聞くと立場も自制も忘れてしまう彼の性格に根差した問題でもあったな(厩戸は高貴な美女の居場所を突き止めやすくしただけで元々泊瀬部大王は新しい女を探していた。)とツッコミも入れざるを得ず、布都姫の不幸は別に厩戸のせいではないのではないか(厩戸が自分より身分が下の毛人の恋の為に労力を割いてあげる必要など始めから無い。)とも感じたものです。ともあれトップとしてダメダメな男であることは確かで早々に引きずり降ろされるこれからの展開にも納得できたものでした…ゲフッ!

 厩戸皇子…「それで手を貸したのか。」

泣きながら喜んでしまった自分の愚かさを笑っている彼の姿が目に痛かったです。自分の為に力を貸してくれた(ほとんどダメだと思っていたのに彼は心変わりして自分の方を選んでくれたのか。)と思いきや、何の事は無い、彼は始めから布都姫のことしか頭に無く彼女と結ばれたいが為に皇子の権力に縋っただけだった、という悲しいオチには、よりにもよって恋敵にそんな事を頼むなんて無神経にも程がありますよ、毛人さん!最終巻に至るまで皇子の気持ちに気づけない鈍~い毛人にツッコミを入れてしまったものでした。(もっと早くに気づこうよ、それ…。)おかげで、2人のキューピットを果たしてくれなかった意地悪な皇子(「やらぬ。そなたに布都姫はやらぬ!」by皇子)として、またしても毛人との間に溝が出来てしまった様には涙するしかありませんでした…。

日出処の天子③

2011.05.07
 この話を始めるに当たって物凄い影響力を受けた「隠された十字架」の作者・梅原猛先生との対談が載っている巻です。聖徳太子があまりにも「伝説化された偉い人」だと読者がついてこれないから人間的な欠点や傷を負った存在(美少年で超能力者で同性愛者)にした事や、歴史家にとっては盲点になっている蘇我毛人(入鹿や蝦夷はよく取り上げられるが毛人はちょうどその中間に隠れてあまり出てこない。)に焦点を当てた点、何人も「太子の子供を産んだ事実」だけは通さねばと男から男へ転々として生まれた子供達を太子の席に入れさせる女にされた刀自古郎女(酷い結末だな。)、などなど色々な登場人物の出生譚が拝めて個人的には楽しめたものでした。「歴史上の事実は変えられない」中からどれだけ魅力的な人間ドラマが描かれていくか、独断と偏見の元でもどれだけ紙の上の人物に血と肉を吹き込めるか、その辺が作者の力量だよなと改めて感じ入る次第です。

 菟道貝蛸皇女(大姫)…「酷い!酷い!お母様はこの私を大后にしては下さりませぬのね!私、大王以外のお方は嫌でございます!」

…と言ってはいたものの見目麗しい厩戸王子の姿に実はすっかり気に入ったのか次に会う時にはしっかりおめかしをしており、ツンデレが昂じての口の悪さ・偉そうな態度は相変わらずなものの王子の出来た受け答え(「なるほど、あなたはお怒りになられた方がよりお美しいのですね。」「…王子の方が役者が一枚上手だわ。」by女官)にあっさり縁談には納得した様子でした。(まだ口先では文句を言っているけれど。)しかし当の王子は自宅での宴を蹴る為(母親への当てつけの為)だけに伯母の宴に出席しただけ(母ではなく伯母の「息子」として役者のように出来た演技を見せていただけ)で大姫の事は全くどうでも良かった(むしろ女は大嫌い)のですが…世の中、知らない方が幸せという事実は往々にしてあるので口先はどうあれ本気で恋してしまった大姫の為にも余計な事は語らずにおく事に致しましょう…ゲフッ!

 蘇我毛人…「あのように心騒ぐ女性に初めて会ったと思ったら、またも厩戸王子だったとは…(ホモにならない為には)どうしたらいいのだ。」

と、じいに頼んで阿部の女と関係を持つに到った彼。しかし肉体関係だけ持っても相手に恋ができる訳でもないし心は全然騒がない(「女の為の装飾品や衣装を持ち帰る段取りすら思い浮かばないなんて、そりゃお前、惚れてないからだよ。」by雄麻呂)という様に多少拍子抜けしているようです。(対して厩戸王子の方は女連れで仲良く遠乗りしている彼の姿に思わず地震を起こしてしまうほどショックを受け、他の女ととうとう一線を超えた事実に泣くほど心が騒ぎまくっている訳ですが…ゲフッ!)結局どうでもいい女よりも家族よりも「あなたに捨てられる位なら私は死にます。」と言わんばかりに冬の湖に飛び込んだ厩戸王子のほうが断然心配になってしまう毛人。冬の寒空に着ていた服まで差し出して馬に乗って一生懸命自分を救おうとする下半身の方はどうあれ心はまだ厩戸王子の元にある毛人の姿に厩戸王子も妥協するに到ったご様子です。毛人が美人の布都姫に出会い厩戸王子の縁談にさえ何も感じなくなってしまうほど熱烈な恋に落ちてしまう(とうとう「女」に心まで奪われてしまう)のはこれからの話ではあるのですが…ゴフッ!ごく近い未来に待ち受けている修羅場にはツッコミを入れずに今はただ仲の良い2人の姿を読んでいく事に致しましょう…ガフッ!

 善信尼(嶋)…嶋「……。」
調子麻呂「……。」
毛人(な、なんて長い沈黙だ…。2人の溢れる想いが伝わってくるのが分かるが、何とか言え!じれったい!)

当時まだ安全を保障されていない船旅でもしかしたらこれが永遠の別れになってしまう(かもしれない)その時にする事は愛の告白でしょうに(その為に仕事まで休みを貰ったんじゃないのか?)今更になって自己紹介で終わっている様にはどんだけピュアな2人なんだ!?(「じれったいほど清い関係なんだから…。」by毛人)と思わず含み笑いが出てしまったものです。ちなみに善心尼が出立する時に彼女に惚れた男が見送りに来たとも帰国時にも会いに来たとも史実(日本書紀)上では何も書かれておらずこれは厩戸王子の一番の味方である舎人の彼すら他の女に恋する普通の人間で異端な王子の本当の理解者にはなりえないという伏線も含んだ捏造エピソードだったのだろうなあと思うと切ないです…。

 物部布都姫(石上斎宮)…布都姫「蘇我の馬を借りる位ならば舌を噛み切った方がましじゃ!」
毛人「私だとて半分物部の血が流れているのだが…親兄弟、一族郎党全てを滅ぼされた者にしてみれば、あれほど罵るのも当然のことだろうな。」

2人共、物部氏の血を汲む者(後に泊瀬部大王の妃として入内する布都姫は毛人の母親の異母妹)として関連があること根底にを面白く料理したこの新しい一目惚れエピソード。(それにつけても毛人は面食いなのだなあ…。)「せっかく親切に馬を貸そうとしたのにあんまりだ!」と出会って早々に消滅しかけた恋愛フラグも彼女が狼藉者の魔手に掛かろうとしたその時に王子様のように駆けつけて救った事もあり(現実の王子様(男)達が女を置いて逃げる事が多いこの世の中「そのお方に乱暴を働くと承知せぬぞ!」と登場したのはかなりポイントが高いだろう。古典的だが。)長~い間斎宮で過ごして男への免疫なんてゼロだった布都姫はその後しげしげと届けられた贈り物のおかげもあってあっさり陥落してしまった様子でした。(最悪の初対面がすっかりときめきメモリアルに…ゲフッ!)とはいえ真面目な彼が女への贈り物を届けまくっている(既に「お世話」になった阿部の女にさえ放置プレイをしているあの毛人様が!)様に毛人の新しい恋は秘めているつもりが周り中にバレバレで速やかに厩戸皇子(よりによった人物)にまで伝わってしまい、邪神の使い(嫉妬の権化?)と化した王子が早速2人を引き裂くよう手を打ち始められたおかげで、毛人の恋が実るのはまだまだ先の話になりそうです…ゴフッ!

 余談…男×男の同性愛に対して、少女達は作品に自己投影をしており出てくる素敵な男性と結ばれたいのは「理想的な女性登場人物」ではなくて「本当の自分自身」なので自分の好きなその作中の男性が彼女と結ばれてしまうとある種の嫉妬が出てしまう、だから男同士の方がいっそ楽だと書かれていて(その辺で男性編集者を説き伏せるのに苦心されたそうです…。)なるほど、そういう心理なのかと思わされたものでした。(そんな事言っても現実に自分が話の中に登場できる訳もナシ、当の男登場人物が幸せになるには作中で「別の女」を見つけるしかないと思うのだが…。)浮気の中でも「男が相手なら許す」という女性がいるのはそういう事なのでしょうね…ゲフッ!

日出処の天子②

2011.05.06
 蘇我氏と物部氏の争い、泊瀬部大王弑逆、と話の中の歴史上「戦い」は山とあるのですが、後書きで「歴史をホームドラマにしましたね。」と言われている通り、戦場で大立ち回りをするアクションシーンでなく「食卓があって皆、周りに集まって向かい合って喋ってる図」(まさしくホームドラマ)が多い、なのに緊迫感を感じるという内容の濃いシリーズです。しかし作者に言わせれば「歴史はホームドラマの積み重ね」であり、男達の「進むも地獄、退くも地獄、なれば進みて我死なん。月よ、わが屍を照らせ。」なんて考え方(それが「戦い」だと思っている。)だからこそ食料の事とか全然考えないでガダルカナルで無駄死にしたんだという発言に力強く頷けてしまった、そんな後書き対談の言葉でした…。

 穴穂部王子…宅部「少数派になった神道派より馬子の側に着く方が得策ではないのか?」
穴穂部「守屋を裏切るのか!あの馬子に頭を下げろというのか!?」
宅部「要は大王になるための手段だ。大王になって、それから蘇我とゆっくりやり合うのが順当ではないか。そなただとて、それほど神道に固執している訳でも無し…。」
穴穂部「そんな事をしなくても俺は大王になれる!」

せっかく頭の良い友達の忠告を受けても本人がバカ過ぎて聞き入れないとあってはどうしようもない…という歴史的事例でした。仏教(蘇我派)に寝返って保身を図る案を蹴った挙句に、美女(守屋の娘・豊女)につられて物部側にフラフラ食いついた(またか!)結果、穴穂部王子は史実通りに「蘇我側の刺客に殺された」(この話では厩戸王子本人が出向いたという面白いフィクションが肉付けされている。が、王子様が自ら手を汚すなんて、本人が言っているように「それは夢です。」と断言できる有り得ない展開でもある。)様には彼らしいマヌケさと合わせて思わず失笑してしまったものでした。(「穴穂部…だから廃仏派の守屋と組むのは辞めろと、あれほど止めたのに。玉座を目の前にして、お前の前途は洋々たるものだったのに。」by宅部王子)しかし、そんなバカな男にも家族(姉・穴穂部間人媛)がいて、友人(宅部王子)がいた訳で「邪魔者が1人消えた」だけで事態は収まらずに修羅場になっていきます…。

 泊瀬部王子…厩戸「年齢から言っても妥当ではありませんか。彼は崇仏派でも廃仏派でもありませんよ。何か問題がありますか?」
馬子「いや、別に…ただ、考えてもおりませなんだので…。」
厩戸「誰もが考えてもみなかった人物…それが肝心。毒にも薬にもならぬ…そうではないか?」

要するに「無能」だから御輿の上に乗せておくには最適な人物だろうやり手で自分で政治を始めちゃう大王より、身の程を知っているバカ王の方が大臣達の好きに政治が出来る。)という事で誕生した泊瀬部大王(別名・宗峻天皇)ですが、問題は御輿の上に乗っけたとたんに増長して、俺様ワガママし放題な大迷惑大王になっちゃった展開でした。無能な小者らしく、一生縮こまって身の程をわきまえていれば良かったものの、大王にして貰えた恩も忘れて威張り散らすようになってしまった。「人の影に隠れて与しやすい小心者」だから大臣達も彼を推しただけで、大王の立場になったとたんに「自分なら何をやっても許されるんだから!」と後足で砂をかけるような真似をし始めた彼に馬子も白い目を向け始めた(「これはマズイ…このお方は派手好きの見栄っ張りときた。しゃしゃり出てこない小者だと読んでいたのだが…。」by馬子)様には後の展開が透けて見えたものでした…。

 物部守屋…「ここで退けば後が無い。この湿地帯を出れば我々に勝ち目は無いのだ。わしはあの木に登るぞ。あそこからなら蘇我の動きが丸見えだわ。」

地の利(泥土)を活用し、さらに全景を見る事で効率良く正確な攻撃が仕掛けられるようになった訳ですが、裏を返せば指揮する人間(総大将)が全体を見渡せる場所(木の上)から指示をしている事は良く考えればバレバレ(そして携帯の無いこの時代、必ずその木の真下で指示を聞く人間がいる。)で、冷静に状況を見れば彼がどこにいるのかは予測がついた事でしょうね。(「まさかわしがここにいようとは誰も思うまいて。」「そうかな?」by厩戸王子)おかげで史実でもこの話でも舎人の淡水(とみのいちい)に射殺されるという結末を迎えてしまった彼。大将を亡くした動揺で物部側は総崩れとなり、息子の梯麻呂は討ち死に、弟の贄子は囚われの身となり、ここに廃仏派・物部氏は大和朝廷から姿を消したのでした…。(それで栄えた勝者の蘇我氏が孫の入鹿の代には大化の改新で滅ぶのだから、本当に歴史とはオセロである。)

 竹田王子…額田部女王「私の竹田を返してくりゃれ!申し訳ないで済むものか!私の竹田は戻らぬ!」
厩戸「竹田王子は仏になられるのです。このまま静かに見送ってやりましょう。」

戦に出してしまったおかげで、当の王子達は「箔付け」の為の参戦で「まさか朝廷を敵に回してまで『王子』である自分達を攻撃したりはしないだろう。」とやる気ゼロの有り様(自分で戦う気なんか始めからありゃしない。)だったというのに、額田部女王(後の推古天皇)の息子という、よりにもよった人物が死んでしまったのでした。「蘇我氏側の王子なんて全滅してしまえ!」と、次期大王候補の穴穂部王子を失い、家臣・中臣勝海を殺され、唯一・錦の御旗になりそうな彦人王子にも見限られたトリプルパンチで自棄も起こしていた守屋達(オマケに守屋達は八十物部氏と謳われるほど同姓氏族が多い一族な上に、歴代の軍事力を誇る軍事のベテランであった。)は、もう勝手も外聞も構っていられなかった結果です。(そして数でこそ3倍近く勝っていた蘇我氏側は政務担当で軍事に関しては素人だった。)戦場に命の保証なんてどこにもありはしないという常識論でした…。

日出処の天子①

2011.05.05
 「今はっきりと見えている恐るべきライバル」「馬子を潰すせっかくのチャンス」などなど当時の人間が絶対に使わない外来語は出てきてしまっているものの恋愛沙汰だけでなく個々の利益の為に動く、腹に一物ある一癖も二癖もある登場人物(そして綺麗事を言う裏で腹の探り合いをする)や魑魅魍魎が跋扈する霊的な世界観、そして何より主人公・厩戸王子を中心とした作品を通しての毒々しい魅力にそんな細かい事は全然気にならなかったものでした。(要するに池田理代子先生の「聖徳太子」がつまらなかったのは恋愛描写ばかりで政治的駆け引きも無くフラストレーションも無い単純な人間しか描かれていないからだと認識できました。)という訳で「聖徳太子」ではなく内面的な妄執に苦しむ「祟り神」とも言える「厩戸皇子」の物語です。

 穴穂部王子…穴穂部「小僧っ子のお前に年上の色香が分かるか!」
泊瀬部「だからと言って、相手は大后だろう!」

額田部大后に対して「魔が差した」のは厩戸王子の超能力(透視能力)が働きかけたのがきっかけだったとはいえ問題の根源は一瞬裸の姿が見えただけで速攻で理性を忘れてしまう彼の軽率さにこそあったように思います…ゲフッ!(母親は笑う厩戸を不気味がっていましたが、これは間違いなく笑うシーンだろうとツッコミを入れてしまいました…ゴフッ!)「腹に一物持つのは好かない」とはいえあまりにも考え無し・勢い任せの行き当たりばったりの行動の数々(「彼の長所も短所もこの軽率さの中にある」とはいえ…。)にはやはり大王にふさわしい人物とは思えず彼がトップ(大王の位)に立たなかったのは正解だったと改めて感じたものでした。(池田先生も山岸先生も彼の性格に対する描写は同じなのね…。)という訳で次の大王は豊日大兄王子(用明天皇。聖徳太子の父。)に決定し話は続いて行きます。

 三輪君逆…額田部女王「確かにこれには忠義を尽くして貰った。だが彼の思惑が彦人王子にある限り将来必ず私の子、竹田王子の大王への道への大きな壁になる。今は心を鬼にしてこの者を…。」

三輪君を破滅の道(彼を殺したがっている穴穂部王子ご一行とはち合わせの文字通り滅亡の道)に導いたのは女孺に扮した厩戸王子ではありましたが王子は破滅への最後のダメ押しを手伝っただけで元々、人々の思惑はそこにあった事を思うとむしろ彼よりも周りにいる人間の方が余程怖い(厩戸は「先を読んだ」だけ。彼が手伝う事が無くとも遠からず同じ結末を迎えるしかなかった。)とも感じてしまったものでした。忠義を尽くし貰っても都合が悪くなるとサッサと手の平を反す、人間とはそういう物であり、お涙頂戴の感動ドラマ(池田理代子先生版)に仕立て上がっていない分リアリティを感じた最期でした…。

 穴穂部間人媛…厩戸王子「私以外で苦界奥底の魑魅魍魎の流れを見たのはそなたと母上だけだ。最も母上は気配を感じただけだが、それで母上は私を恐ろしく感じているのだ。」

どうやら厩戸王子の才能(霊能力・超能力)は母親から受け継いでより強く開花したものらしいですが本来「同じ世界」を感じる事ができて一番の理解者になるはずの母親自分よりもなお強力に異質に生まれついてしまった息子を全否定する方向に走ってしまい日常生活はもちろん人前でも厩戸を「いないもの」として扱うようになってしまったようでした。それもあって「同じ世界」をよりハッキリと感じながら自分に対して恐怖を抱かない(良い意味で育ちの良い)毛人は厩戸にとっても意外な存在であると同時に「この人なら信じても良いのではないか」という淡い期待も抱いてしまったのでしょうね…。そのまま上手く関係を築いて行けたら良かったんですけどね…。

 用明天皇…厩戸王子「父上、あなたが今ここで死ねば私の手はこれから先、血に染まるのです。貴方はご自分の息子にそのような事をさせたいとお思いですか。そうお思いでなければ力を振り絞って下さい。」

人前でも憚らず弟(普通の子供)の来目王子をえこひいきする母親とは違い一応体面上は息子として接してくれていた(家族としての関わりは母親と同じく薄かったが人前では父親としての義務的立場は果たしてくれていた)からこそ、そのわずかばかりの縁に縋って黄泉の国の使者から父親を守り声をかけたのに父親は息子に応える事なく(息子の事など気にせず)黄泉の国に旅立ってしまったのは文字通りの悲劇だったでしょうね。(「そなたは泣かぬのですね。」以前にもう泣けないほど絶望が深かったのかと…。)誰も厩戸の本当の悲しみを理解してくれていない様が哀れで思わず同情してしまったものでした…。

エンバーミング①~⑤

2011.05.02
 世界3大モンスターであるドラキュラ、狼男、フランケンシュタイン(怪物くんの登場人物としても有名。)のうち「地獄先生ぬ~べ~」でも取り上げて貰えなかったフランケンシュタイン(ドラキュラ→女の精気を吸う元気功師、狼男→狼に育てられたとされた少年、とアレンジを加えられながらも2つは取り上げて貰えたんですけどね…。似た系統でゴーレム(ベースは土と水)は取り上げて貰えたんですけどね…。)の話です。妖怪としては最も神秘性から遠く人間性に近い存在である事から話を作ることが難しいと思われるだけに新境地を感じたものでした。

 ヒューリー・フラットライナー…「この復讐は俺のモノだ。それで親父やお袋、ここで殺された人達が生き返る訳じゃないけど、それでもやらなきゃ俺はこの先一歩も進めやしない。人造人間(フランケンシュタイン)は殺す!全て殺す!」

言う事が怖いレイス曰く、ヒューリーの怖い部分は「顔だけ」で性格の方はエーデルやシェイド以下屋敷の皆とも仲良しの「人好きのするお兄ちゃん」だったらしいですが復讐街道一辺倒の話の展開に「この主人公、怖いですよ…。」と引いてしまったファンもいたらしく(特にライトポップな「武装錬金」(明るく前向きな主人公)以降からのファンはギャップに苦しんだらしい。「るろうに剣心」から読んでいる私は多少グロイ・怖い・暗い展開もこの作者は描くことを知っているから許容範囲というか心の準備は出来ていましたが…。)彼の人間味(優しさも思いやりも人一倍あるいい奴)を描ききれなかったのが反省点だと作者もキャラクターファイルに書いていました。その後もエルムちゃん(赤の他人)の面倒を見たり、根が良い奴(でなければ既に死んで何も言えない人間の為に、何の得にもならない復讐なんてしないだろう。)であることは確からしいですが、だとしたらビジュアル(見た目)でかなり損をしているよな、この人…と変な所で同情もしてしまったメインキャラクターでした。

 シェイド・ジェイソン…ワイス卿「一文無しだったお前の子供が流行り病で苦しんでいるのを看たのは誰だ?私だ!高値な薬を使って痛みを和らげてやったのは誰だ?もちろん私だ!キチンと埋葬して墓を立てて弔ってやったのは誰だ?やっぱり私だ!一身一生を捧げてでもこの恩に報いると誓ったのは誰だ?お前だ!!」

彼がワイス卿に傾倒して「育ての子」であるヒューリー達を殺そうとしてまで「エーデルを取り戻すこと」に協力したのは同じ「本当の我が子を失った痛み」を知っているから(そして悲しい話だが所詮「偽物」は本物の代わりにはなれなかった。誰だって誰の代わりにはなれないというのは真理だが、その「本物1人」の為に他の人間を犠牲にするのはもっと間違っていると思うぞ。)という理由があっての行動だったそうです。が、その為に邪魔者として殺されかける羽目になった育ての子にしてみれば、いい迷惑な話(そもそもヒューリー達が孤児になったのも「実験素材の調達」の為に彼らに親を殺されたせいで、運命を狂わせたのは全部こいつら。)で、ちょっと共感はしきれなかった今までの経緯でした。挙句に、その育ての子らの扱いに関しても差があった(ヒューリーに対しては期待をかけて強い男に育て上げたが、レイスに関しては最初から見込み無しとして期待(試すこと)すらしなかった。)様を考えるとやはり「親」としては間違っていたな(そもそも育てた子(血の繋がりの無くとも我が子)でも邪魔するなら殺すってどうなんだ?)と思えて、改めてヒューリーとレイスの2人に同情してしまったものでした…。

 エーデル・ワイス…「どうしたの、ヒューリー?何で泣いてるの?ひょっとして初めての都会がちょっと怖い?…どう?こうやってギュッとすると少しだけ怖い気持ち、和らがない?」

本来、顎で使う(つまり口は使わない)はずの使用人と平気で口をきくわ、深夜の回廊を1人でふらつくわ(そんなはしたない真似、淑女はしない。)レディ(誉れ高き子爵令嬢)というよりは、おきゃんな町娘と言った方がピンとくる女性になり果てている様に(そりゃ社交界デビュー前から深刻に嫁き遅れの心配もするだろう。こんなお子ちゃまを「妻」にしたら上流階級で恥をかく事は必至です。)それを放置して好き放題させている父親(普通は鞭で打ってでも礼儀を叩き込もうとする所。娘は必ず泣く羽目になるが、礼儀作法を知らない事で嫁いだ先で血の涙を流すのも、また娘自身なのだ。)に疑問を持っていたのですが、それは人造人間(フランケンシュタイン)化した時に記憶も人格もどうせ飛ぶから、本格的な教育は「理想の姿」(黒い瞳のエーデル)になった時からで構わないとわざと放任されていたという恐るべきオチに思わず背筋が寒くなったものでした。1人「お嬢様」として恵まれていたけれど、それは代償を期待しての意図だっただったと分かり、ちょっと同情もした女の子でした…。

 アザレア・ミレー…「そうよ。資産階級(ブルジョワ)の御曹司も、訳有りの金持ちそうなお嬢ちゃんも、一回10ペンス(千円)で尻を触ってくる酒場のオッサン達も、小金持ちはみーんな私のカモ。アザレア・ミレーはセコイ人よ。」

まあ、確かに聖女とは言い難い女性だけれども、悪ぶっているのは「自分を下げて相手に嫌われる」為(それで「自分が手に入れられるもの」はせいぜい小金くらいで、彼の幸せの為に愛も住む場所も全てを失いながら身を引いている。)という物腰とは正反対の隠れた優しさに、だから成金息子のフィリップも惚れたのだろうと納得がいった女性でした。元々、婚約者のフィリップの家も「衣食足りて家名を欲す」というくだらない理由で、貧乏でも「貴族」の娘を彼に娶らせようとしていただけ(正しくは「衣食足りて礼節を知る」。人間は物質的に満たされて初めて相手への思いやりが持てる余裕が出るという意味だが、彼の父親はそれで満足せずに息子の人生を利用してまで地位を得ようとした。)ですし「人情的に」考えれば間違っていると同時に馬鹿げている話に長男フィリップは辟易していた事から今回の駆け落ち騒動に到ったそうです。が、逃げてばかりでは根本的な問題は解決しない。2人できちんと立ち向かった展開に好感を持った話でした。(ていうか次男もいるんだしイギリス元皇太子のエドワードとウォリス夫人のように廃嫡して弟に任せる選択肢もあると思うのですが…。)

 メアリ・ジェーン・ケリー…ヴァイオレット「私、知っているのよ!離婚された腹いせに父さんから攫うように屋敷から私を連れ出した事も!そのくせロンドンでは育児を面倒臭がってゴミと埃だらけの部屋に私を置き去りにしてロクに帰ってこなかった事も!娼館の女主人に私を担保にして借金をした事も!自分がどんな母親だったか忘れたの?今さら何しに出てきたの!?」
ヒューリー「そうだ。確かに生前のメアリはエーデルの言う通りの悪女で、だからこの人造人間メアリは…狂っているんだ。」

確かに恥があったら今さら娘の前に顔など見せられないはずですが、気が狂ってその辺の「常識」を忘れた今の母親(その死に様が室内で2時間かけてのバラバラ殺人だったという内容を考えれば、気が狂うのも無理はない痛い結末だったでしょうね。←他の犠牲者は野外での短時間犯行という事もあり切り裂かれたのは喉だけでミンチにはされなかった。700年も続く伝統行事・シティ市長の就任パレードの時期に合わせて「目立った事件を起こす」為だけにこんな目に遭わされたのだから思えばメアリも浮かばれない女性である。)には「最後に娘に会いたかった」(最後に娘に何かしてやれば良かった。)という思いしか残らなかった様子でした。(生きている頃は見舞い一つ来なかったくせに「死んだ」とたんに喚き出す↑のような人間は本当によくいる。「じゃあ普段からもっと大切にしてれば良かっただろう。」という常識的ツッコミはそこには届かないらしい。)「検死審問」によると生前は「自称25歳で炭鉱夫の夫はガス爆発でなくなり、父親は鉄工場の職工長、兄は近衛歩兵連隊所属」という経歴を吹聴していたそうですが、どれ一つ裏付けが取れず(最も真実であっても「売春婦なんて恥ずかしい娘は家族にいません!苗字がたまたま同じだけの他人です!」と家族は否定するだろうが。)メアリの経歴は「全部デタラメかもしれない」という解釈からこのようなドラマを成り立たせた展開には思わず舌を巻いたものでした…。

 切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)…ピーベリー「こいつは下水道を住み家にしていて逃げ道に精通していた。その上。元々の身体能力も高く警察に一度も捕まる事は無かった。結局の所こいつの最後は周辺住民の手による私刑(リンチ)…」
リッパー・ホッパー「何だ?俺は生き返ったのか?頭がボーッとして良く分からねえ。けど、ただ一つハッキリ分かる。名も無く誰にも知られること無く惨めに死ぬのはゴメンだ。あんな『終わり』は2度とゴメンだ!」

自分の娘(売春婦)を生きたまま解体された人間は職業貴賤を問わず犯人を許さない。下水道どころか地獄の果てまで追いかけて復讐を果たすだろうし、ましてやイーストエンドという英国一安全と程遠い地域では長生き出来るはずも無いだろう(そして、この手の犯人は捕まるか殺されるかして物理的に犯行が不可能な状況に陥らない限り辞めはしない。羊達の沈黙風に言えば「犯罪を犯す事が犯人にとって既に『趣味』になってしまっている」からである。)と犯人が実は人造人間だったというフィクションが加えられたとはいえ、結末にはかなりのリアリズムを感じたものでした。切り裂きジャックが英国中に知れ渡った後に突然「消えた」のは、有名になり過ぎて自粛したというより、事件を知った皆が「証拠は無い」けれど物理的に「奴」以外には犯行が不可能だとしか思えない人間に秘かに私刑を下したから(で、人造人間になるなんて現実には無理だから漫画のように蘇りはしなかった。)と考えると全てに納得がいって、史実とちゃんと辻褄を合せた事と合わせて唸らせて貰った展開でした…。

 レイス・アレン…死体卿「聞けば寒冷地で死んですぐ人造人間になり、調べれば余計余分な機能は一切備わっていない。これまで数多の人造人間を観て来たが、これほど新鮮(フレッシュ)で単純(プレーン)な死体は初めて。失われたエグゾスケルトンの精神を再構築する、その寄り代(生贄)として最高最適故に、彼は特別なのだよ。」

まさか「何の取り柄も無い」という特徴がそんな風に活用できるなんて…と思わぬパワーアップ(と、その代償として死体同然に動けなくなってしまった結末。)に驚かされた展開でした。実の親には虐待されて育った為に復讐に生きるヒューリーみたいに家族を殺されても何の感慨も湧かず(育ての親であるシェイドには育てては貰ったものの「こいつ、ヒューリーに比べらたら出来の悪い男だなあ。」と幻滅されていたので信頼関係は芽生えなかった。子供は虐待されなくても差別されると分かるものなのだ。)「ヒューリーに期待していいのは僕ただ一人!僕の期待に応えてくれるのもヒューリーただ一人!」(なんか、すっごく寂しい人間だな…。)と自分を助けてくれたヒューリーに余計に執着するようになった様子です。が…親に虐待(ネグレクト)されて育って、人造人間に殺されかけて、ヒューリーが一生懸命助けようとしているって、正に今のヴァイオレット(エーデル)の事じゃないか(「エーデル」を殺す事は自分自身を殺すも同然だった。)と自分の「間違い」にここに置いてようやく気付いた模様でした。その結果が自分が殺される事を受け入れる事だとは悲しい話でしたが…。

 余談…「ノック2回はトイレ、3回は知人・友人・恋人など親愛なる間柄、4回が仕事先など礼儀を必要とする場所」でありそれ以上は絶対の殺意だと書いてありましたが、トイレでも「ちょっと!早く出てよ!ドンドコドンドンドン!」と5回以上叩く事はあるし(この場合、微妙に殺意もこもっていますが。)「これはあくまでも一説に過ぎない」という但し書きに納得したものでした。

 追記…ヒューリー(怒り)、レイス(死霊)、アシュヒト(アッシュ(灰)になった人)、エルム(楡の木。花言葉は信頼。)、エーデルワイス(大切な思い出)、アザレア(あなたに愛される喜び)、ヴァイオレット(小さな幸せ)、タイガーリリイ・コフィン(賢者)という花言葉を中心とした名前に、コフィンは「棺」という意味、エルム(楡の木)が棺桶にするのに最も高級な木である事実と合わせて(どうやらポーラールートでは不吉極まりない名前ばかりが流行していた事が分かる。)意味を持たせてある様になるほど!と思えたネーミングの由来でした。

エンバーミング⑥~⑩

2011.05.01
 何故、俺はこんな事をしてしまうのだろう、どうして俺は「普通」に出来ないのだろうと思いながら奴らはそれをする。奴らは動きを止めると溺死する鮫と同じだ。奴らは自分がしている事を分かっている。その結果どうなるのかも含めてな。だが辞められないのだ。何故なら奴らは自分の預かり知らぬ手の届かない所でそうするように仕組まれてしまっているからだ。理由を知っているのは奴らを作り上げた者達だけだろう。「フランケンシュタイン」は架空の話ではない。あれは現実を単に書いただけなのだ…という風に頭のおかしい殺人者を語っている小説「ダイナー」(著・平山夢明)の一説に、同じようにやたらめったら人を殺すイカレた人造人間(元人間)が多く出てくるこの話とシンパシーを感じて色々考えてしまったものでした。(話のヤバさ、救いようの無さは「ダイナー」の方が断然上ですが。)という訳でこっちの話は「死んだ人間にやり直しはきかない」事は同じでも、ある種の救いを持った終わり方で終了です。

 ジョン・ドゥ(正体不明の死体)…アシュヒト「お前達、結婚するんだって?こいつはプータローだぞ!なのに奥さんの方まで仕事辞めちゃうって、アンタら、これからどうやって生活していく気なんだよ!?」

仕事を辞めるのは個人の自由だが、それは新しい就職先が決まってからの話にした方が良いぞ(特に草刈りや土木作業などの汚れ仕事を全部、人造人間に押し付けて、人間の手間が無くなっているこの町では肉体しか取り柄の無い夫・ジョンは半永久的に無職(プータロー)から脱出できないだろう…適した仕事が無くて。)と思わず奥さん(ヒルダ)にもツッコミも入れてしまった2人のロマンスでした。グロイ描写にも暗い展開にも「るろうに剣心」で耐性はついていたけれども、まさか「事後」とはいえ思いっきり「思わせぶりな描写」(素っ裸での起床。ジョンの方も真っ裸で風呂から出てきたし、もはや「誤解」のしようは無い。)を、あの和月先生が描かれたのに驚きながらも、この「人好きのするお兄ちゃん」の幸せに素直に拍手したものでした。おかげでエルムちゃんをぶち殺して蘇った非情な殺人鬼と化した「現在のジョン」は対比と合わせて、あんまり好きになれなかったりしています…。(それにしても、ジョンが法廷に立っている時といい、ヒルダが印つきとして牢獄に入れられている時といい、パンツくらい与えてやれよ、ポーラールート!と別の所でツッコミも入ってしまった過去編でした…。)

 トロイマン・ワーグナー…ワーグナー「ポーラールート崩壊、その原因は色々あろう。だが、その一つが職務を全うできなかった私の非力。もはや誇りなど欠片も無い。だが親の代から受け継いだ理想郷を次の代に引き継げなかった身として、せめて生き残った市民だけは無事、外の世界に…。」
ジョン「アンタ、真面目だねぇ。そんなんで人生楽しいか?」
ワーグナー「…そうだな。楽しくはない。だが、充実している。」

10年前のその時は、日本の警察と同じく自分の立場を守る(職場の椅子を温める)事を優先して、本来の使命である弱者(女子供)を守る事さえ仕事を言い訳にしてなおざりにしてきたけれど、バカ男時代のジョンの単純明快な行動(自分はバカですら行う「男として当たり前の行動」すらやっていないという現実。)、そして保身大事に行動した結果、結局、理想郷崩壊時に何もできなかった責任を感じた事も有り、彼も変わった様子です。(犯人探しは興信所、罰をあたえるならヤクザという定説まであるように、最早、民間企業にすら劣っている「日本警察の皆さん=正義の立場にいながらデスクワークを言い訳にして交通違反のノルマ以外は何もしない寄生虫」にも見習ってほしい位だ。)もう故郷も職場も立場も無くなっているのに、使命(弱者を守る)の為に命をかけて散った最後には、知らず、感動してしまったものでした。おかげで「かつてのジョン」も一瞬だけ目を覚ました様子(そのまま一瞬で消えなきゃ良かったのに。)ですし、変わり果てた「現在のジョン」にも感じる物が有ったのでしょうね。

 タイガーリリイ・コフィン…ヒルダ「どうせ最期だ。自分の記憶も自身の存在も自分自身で選べばいい。」
タイガーリリィ「そうだな。私は人造人間タイガーリリィ・コフィン。統率のナンバー2だ。…さあ、約束を果たせ、先生。」

起動した後の思い出は全部、嘘偽りで、あれほど慕っていた死体卿からも「便利な手駒」として扱う為に騙されていただけだった…それでも騙されていても楽しかったというか「統率のナンバー2」として頑張ってきた自分の気持ちには嘘偽りはなかった(「嘘がどうした!偽りが何だ!幻だってかまわない!それでもあの時感じた夢のような心地こそが私が始めて感じた幸せだったんだ!」byリリィ)それが胸を張って言える彼女だけの真実だったのでしょうね。そして戦った結果、ジョンに半殺しにされ、アバーラインにも情けをかけられた(プライドが高いだけに「自分はもう、こんなコミカル系の雑魚にまで同情されるレベルに成り下がってしまったのか。」という状況は辛いだろうな。)という展開に、何だか可哀想になってしまった女戦士でした。最後は信頼していた先生に看取って貰えたのが救いでしたが、生前の彼女が言っていた通りに「たとえ下等でも人間として生きた方がマシ」だったと思うと切ないです…。

 ヒューリー・フラットライナー…「どうやら終わりが来たようだ。もう思い残すことは無い。もう安らかに死なせてくれ…。」

御大登場…とはいえそもそもポーラールートとは全く関わりの無い人間で、本人の話(レイスとの愛憎劇)も既に終わっているし、後半に置いてあんまり重要性を感じられなかった3主役のうちの1人でした。(それでも「全く関係の無い他人の事情」の為に魂を使い果たしてまで戦ってくれる辺り、この人はやっぱりいい人なんだろうな。)仇を撃つ事も出来ず、友人(レイス)も救えずに殺されて驚愕と絶望の表情で死んでいた生首ヒューリーが、やれる事は全部やれたと心から満足して笑って死ねた(奇しくもエーデルを殺した人造人間に復讐を果たす事もできたし、ヴァイオレット(本物エーデル)の命も救う事が出来た。)様には、同じ生首の姿とはいえ拍手した終わり方でした。最終ページではエーデル、レイスの墓と3基微妙に離れた距離(何故あんな斜めの向きに…。)で同じ土地に眠っている様子ですし、彼の人生が幕を閉じた後ジョンが残り僅かな人造人間を倒して世界は元通りになった…という事なのでしょうね。

 エルム・L・レネゲイド…アシュヒト「エルム…このまま本当に君を黄泉返らせる事が出来ても、ボク(12歳の私)がもう此処にいない。あの日からの続きは、同じ歳月を歩む事はもう出来ない。過ちはそのままに…僕達はもう2度と、会うことはできない。」

共に歩む歳月が記憶と人格を作り、魂や心を育むのならば、あの日、喪ったエルムとは共に歩めなくなった時点でとっくに終わっていたんだ…というどうしようもない真理に10年も経った今更になって悟ったというのは思えば痛い展開です。(いっそ本物エルムの方も人造人間化して両手に花の展開にしてしまう、というのはやっぱり無しなのか。)とはいえ、それまでずっと人造人間エルム=人間エルムのなれの果て(肉体は同一)と思っていただけに、まさか死体卿の言う通りに本当に「2人いた」とは思わず、アホの子の方が選ばれた展開(まあ、あれだけアシュヒトの事を想ってきた子が利用価値が無くなったからという理由だけで捨てられるのは読者も許さないだろうが。)と合わせて驚かされたものでした。惜しむらくは人造人間の方が選ばれたにも関わらず彼女の方も余命いくばくも無いという点でしょうか?眠るように苦しまずに死ねるし、死後も友達(人間エルム)が待っていてくれているのが救いですが、色々切なく感じてしまった終わり方でした…。(それにしても、まさかの「女の友情エンド」とはね…。)

 大創造主ゲバルト・リヒター…「家族が欠けた…もう2度と元には戻らない。私の楽園が失われてしまった…。今度こそ私は揺らいでしまうのか…?否!しからば心機一転!新たな家族を作って、新たなる私の楽園を目指せば良いのだ!」

うわ、立ち直り、早っ!と、その百面相と合わせて思わず吹いてしまったアシュヒトのお父さんでした。病気(寿命)で亡くなった妻を10年も忘れずに想い続けた(普通だったら死後1年位で周りの友人も「そろそろ次の人の手を取ってもいいんじゃない?」と勧め出し、とっくの昔に再婚している。)辺りの一途さは息子に通じる所があるのでしょうが、本当に相手の事を思うのなら生前の彼女(母)の遺志通りに「年月を重ねる事も、成長する事も出来ない死体」として生きるのは「幸せ」ではないだろう(だからって亡骸を傷つけるのはやり過ぎだと思うが。)と意見が別れた父子の相違です。才能がありながらも好きにはなれなかった創造の仕事(「お前、つまらなさそうだな。」「つまらんよ。こんなの粗大ゴミを組み立てているようなものだ。」とトートと会話している通りのただの器用貧乏。)から察しても彼にとって妻のダリアが全てだった(妻と一緒に過ごした日々が「楽園」(エデン)だったって…。)が伺え、10年以上追い求めた夢が息子同様に叶えられずに終わった様には、思えば悲しい人でもあったなと同情もした大創造主でした…。

 死体卿トート・シャッテン…トート「人間に興味は無いんだ。僕と仲良くしたいのなら、一緒に暮らしたいなら、死体にならなきゃ。…分かっている。僕は死体に生まれたかった。」
ジョン「じゃあ死ねよ。死ねば、てめえの周りに生きてる奴は一人もいねえ。死んだ奴しかいない、お望み通りの死体の楽園だ。」

ジョンの言うとおり「死体になりたい」のなら今すぐにでも首を括れば願いは叶うでしょうに、周り中の人間を巻きこんで、その為に大量の死者も出した様(死ぬなら1人で死ね!)には、結局こいつが願っていた事は「自分を王様とした、何の文句も言わない人達(死体)にかしずかれる国」を作る事だけ(それは妄想だけで済ませて下さい。)で、本気で死にたいとも、自分の異常性を改善しようとも考えていなかったんだ、というゲスな本音が垣間見えたものでした。大創造主ももっと助手にする人間は選んでほしかったというか、律儀に彼との約束なんか守らずに死なせてやればその後の犠牲者は出なかったでしょうに(そして素体の誤魔化しも「死人に口無し」でバレる心配は無くなったでしょうに。)気違いが2人して選択を誤りまくったせいで起きた悲劇には、もう涙するしかありませんでした。おかげで駆け足で死んでくれた最後がとても小気味良かったです。
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