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マンガで知ろう天文学③~大宇宙探検~

2011.06.30
 友達が貸してくれた本です。(例の宮城の人の住所を勝手に調べた友達ね。)年齢的には30近い私に対して子供向けの本(しかもいきなり3巻。1、2巻はどうした?)とは一体どういうチョイスだとしばし絶句したものの、学習漫画は(勉強してこなかっただけに、知識がないだけに、新鮮なだけに)好きなので遠慮なく借りて読むことにしました。友達曰く「人の絵やギャグのノリが謎の日本人さんに似てる。」と言われ(最も実際は加賀谷先生の方が遙かに上手い。おかげで読みやすかった…。)ちょっと悪い気はしなかったのですが、その後友達が言い放った一言がこれです。
「この人、星や宇宙の絵は物凄く上手いのに人の絵になるとどうしてこんなに下手なのかと思うよ。」
それは私に対しても加賀谷先生に対しても失礼な一言じゃないですか?(なら君にはもう絵は送りません。)
私は漫画というのは作者の「絵」と「知識を下書きにした物語」をミックスしたエンターテイメントだと思っていたので友達の「絵」にこだわった評価も共感できず「…。」と思ってしまいました。そしてそんな否定的な評価の本を貸す辺り人(私)のことをぞんざいに扱っているのも感じられて(「いつも本を借りている「お返し」はこれで済んだでしょ。」みたいな儀礼的なものを感じる。「本の整理ができなかったから。」と本人は言っていたがつまりそれは私自身が持ち物の整理以下の存在って事ですよね…。)ますます友達の「人との付き合い方」に疑問を感じてしまう私でした。本人も自分のことを「人の気持ちに鈍い。」と自認していましたが「だから気づかなかった事は全て許されるよね。」みたいな感じに開き直っている部分があるので(それが最近とみに酷い。)人としてこれからも付き合っていくことに抵抗を感じている今日この頃です。
 悪気が無いのは知っているんですがメールの返信に対してさえ「携帯の調子が悪くて受信できなかった。」「迷惑メールのカテゴリに勝手に入っていてチェックできなかった。」(ならどうして確認メール送った時だけ速やかに返信ができるんですか?)と日常的に嘘を付ける特技があり(これでもうちょっと気を利かせた嘘が付けたら、よしみつさんは立派な詐欺師になれるのにね…。)そのせいで最近人として信用できなくなってきてしまいました…。(悪気がないだけ性質が悪いようにも感じるし。)嫌な男につきまとわれて困っている事を相談したこともあったのですが、話題が他の事に逸れたとたん「ごめん、選挙に行かなくちゃいけないから!」と速やかに席を立つ現金さも忘れられずに「…。」と思ってしまう私です。何が忘れられないほど凄いかというと選挙は来週だったんですもん…。しかも時刻は7時前(選挙、終わってます。)さらに外で応援演説してる車がバリバリに通っているのに堂々と「間違いなく選挙は今日だから!」と嘘をついて、しかもそれで言い訳として成り立つと本気で思っているらしい所が凄すぎます。(人間、舐めてるでしょ?)宮城の人の被災を確信しながら放置していることといいこの人は人の不幸にしか興味が無いのかなと認識を新たにしてしまった私でした。
 自分に対しての扱いについては諦めてきたんですけどね…。というか私には嘘を付きまくろうが、企画書を手伝わせておいて礼の一言もないような美味しい所取りの非情な付き合い方してても、他の人の為に尽くしている面があるとか思いやりを持って接している部分があったなら人として色々許せたんです…が、宮城の人のことで友達の他人に対する無関心さ、冷酷さが見えて完全に失望してしまいました…。(「住所を知らなかったのでまさか被災してるとは思わなかった。」なら分かります。でも調べた上で放置しているのはどう考えても冷酷です。)「こっちがサービスした分食い物にする人間っているから絶交した方がいいよ。」と弟にも言われたのでちょっと悩んでみます。

 正男くん…他のキャラクターの名前である星弥ちゃん(親は凄いセンスで名付けたと思う。)とセレネさん(思いっきり外人名。)を見て名前がマトモだ…と感心してしまった主人公。普通の少年という感じで無理なく追って行けるキャラ。しかし宇宙でも息ができたり人間離れした一面もあったり「…」と思うことも…ゲフッ!

 星弥ちゃん…聖闘士星矢じゃあるまいし何だこの名前は!?とネーミングセンスに度肝を抜かれた正男くんのガールフレンド。(でも昨今の子供達のキテレツネーミングを考えると現代日本では有りかもしれない。時代の先取りか?)中学進学に悩んでいる姿を見て、自分が中学校に入学してからクラスメートの冷たさに大ショック受けた(それまで1クラスの人数25人で6年間ず~っと一緒の小学校生活で絆が強かったんです。以来下の弟妹が中学に上がるごとに「中学校は覚悟が必要な場所だ。」と事前に忠告をするのが我が家の伝統になりました。)ことを思い出しリアルな話だなあ~と共感してしまいました。失敗があっても宇宙の広さに比べればちっぽけなことさと最後は悟っていますが子供にとって自分の周りの小さな世界こそが全てなのに12歳の言うセリフじゃないな(せめて50超えてから語りなさい。)と悟りぶりに老成しすぎだろ!とツッコミも入れてしまいました…ゲフッ!

 セレネさん…ギリシャ神話の月の女神の名前です。(狩猟の女神アルテミスとも同一視されておりローマ神話ではルナという。)美少年エンディミオンを愛しゼウスに頼んで不老不死と引き換えの永遠の眠りを与えた(爆睡しているだけで死んではいない。その証拠にセレネと子供を作りまくっている。…寝ながら何ということを!)という逸話で有名で、おそらく「美少女戦士セーラーム○ン」のヒロインの前世名セレニティはここから取ったのだと思われます。
 さて、この話のセレネさんは光以上の速さで移動したり、宇宙空間でも生きていたり取り合えず人間じゃないことは分かりますが、なにぶん1、2巻を読んでいないのでその正体は不明です。宇宙の構造などを教えてくれるナビゲーター的役割を果たしてくれますが、正男くんの家の屋根で本人が出てくるのをず~っと待っていたり、様子を見て木の中から登場したり(つまり木の中からずっと2人を観察していたって事ですよね。)日常的にストーカー行為を行うのはどうなのかちょっと微妙に思ってしまいました。正男くんが大きくなったらドン引きされますよ、セレネさん。
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キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン

2011.06.29
 タイトルは鬼ごっこの定例句(日本で言う所の「鬼さんこちら」に当たる。)だそうで、転じて「捕まえてごらんなさーい」という意訳にもなるんだそうです。(オーブンから飛び出したジンジャーマン・クッキーがよく口にするセリフで、大抵最後は川を渡ろうとした所を親切な下心ある動物に「じゃあ僕が連れてってあげるから口の上に乗ると良いよ。」「うん!」「パクッ」と食べられて終わる。)「タイタニック」に次いでディカプリオの主演映画ともなったこの映画は、なんとノンフィクション(実話映画)だそうで「事実は小説より奇なり」という言葉がピタリと当てはまる、キャッチコピー通りの「本物の偽者を描いた真実のドラマ」に仕上がっています。

 フランク・W・アバグネイルJr(レオナルド・ディカプリオ)…フランク「犯人は銀行の窓口係だよ。銀行では日付をいちいちスタンプで打つんだ。何度も使うのでゴムがすり減り、数字にヒビが入る。特に6と9が最初にやられるんだ。」
カール「これも見てくれないか。」
フランク「偽物だね。端にミシン目が無い。どう見ても機械じゃなくて手で切ってる。紙はボンド紙で本物の小切手紙より重いし、インクの文字が平らじゃないから指に当たる。この盛り上がった感触と臭いはマグネティックインク、文具店で簡単に買えるドラフト用のインクだ。」

餅は餅屋に…というか長年、小切手詐欺を働いてすっかり文書偽造のプロとなった彼「他人のずさんな仕事ぶり」を発見するのにも類稀なる御慧眼を発揮できるようになった様子で、その「腕」を買われてFBIの協力者→銀行詐欺と偽造の摘発の権威となり、果ては偽造防止小切手を考案した(多くの企業や銀行が使用し、その対価として年に数百万ドルが彼に送られている。)そして自伝小説「世界を騙した男」を出版→「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」としてスピルバーグ監督が映画化(コレで稼いだ金(印税)も、きっと相当なものだろうな…。)となるとは、人生、何が役に立つか本当に分からないものです。思えば「高校生の彼」の事は皆、門前払いしたけれど「パイロットの制服を着た彼」なら信用して小切手(偽物)を受け取ってくれた(その「職業に対する信用」を武器にする方法で詐欺を働いた。)事から始まった詐欺人生。中身は同じ人間なのに人は外見に騙されやすい(というか、むしろ人は外見で見て判断する。その一番が服装だが、これがどのくらい効果を発揮する事なのか!)という真理もよく出ていると感じたドラマチックな生き様でした…。

 カール・ハンラティ(トム・ハンクス)…フランク「やあ、カール、メリー・クリスマス。数時間かかって、この番号にたどり着いたよ。ロスでは悪いことしちゃったから、謝りたくてね。」
カール「電話したのは謝る為じゃないだろ。他に、かける相手がいないんだ。」
フランク「!」

厳密にはこの「カール」はオリジナルキャラクターで実在人物ではない(FBIという大勢の人数がいる組織で、やる気を持って犯人(フランク)を追っているのが彼1人だけで、外国(フランス)でとっ捕まえたのも現地人ではなく何故か彼で、逮捕後に会いに来てくれたのも下っ端の担当役人でなく将来有望視されているはずの忙しい彼で、飛行機に乗って高跳びしようと魔が差した時も超都合良く居合わせて声をかけたのが彼だった…って考えてみれば物凄く不自然な状況である。)そうで、「彼」はフランクを追った人、また更生の手を差し伸べた人と、複数の人物をモデルとした創作だったんだそうです。とはいえ金の力でどんなに人を侍らせようとフランクは孤独だった事だけは確か(本当に心を割って打ち解けて話せる仲間は1人もいなかった。)な様子で、その辺はまだ17歳の高校生だったんだな~とも感じたエピソードでした。

 ブレンダ・ストロング(エイミー・アダムス)…フランク「もう泣かないで。いいんだよ。処女なんだろう?僕は待つよ。」
ブレンダ「処女じゃないのよ。私、2年前に中絶手術を…父親のゴルフ仲間が手術してくれて、その後に父は私を追い出したの。『ふしだら娘は出てけ』って。謝っているのに、まだ許してくれないの。」

無計画なセックスをして妊娠し、その尻拭いを親にさせた挙句、次に捕まえた男が犯罪者って本当にロクな娘じゃないな、この女は(そもそも軽々しくボーイフレンドとセックスする事自体、キリスト教にも帰依している上流階級の名士(検事)の娘のする事ではない。勘当されて当然だ。)と、彼女の過去の経歴に同情するどころか、心から頷けてしまった顛末でした。(現・彼氏にしたって、こんな話を聞いて「結婚しよう!俺が可哀想な君を支えるよ!」となるどころか「さすがにそれは、引く。」と去って行っても不思議は無い位の場面なのだが…。)ともあれ、そんなこんなで婚約して、弁護士資格まで取ったフランクの愛は本物だった(本人曰く「2週間の猛勉強で受かった」そうな。つくづく愛って凄い。)のに、全てがバレたその時、彼女がした事は誰にも言わないという約束を破って警察にベラベラと待ち合わせ場所を話し、囮役まで買って出たという裏切り行為に2人の間は完全に終わった様子です。「現在のフランクは結婚26年目で息子が3人。」というラストのテロップに「もしかしてブレンダとやり直したの!?」とうちの妹は妄想を膨らませていましたが逮捕後も2度と会いには来なかったような女相手に、復縁は絶対に無いだろうと思わずツッコミを入れてしまったものでした…。

 母ポーラ・アバグネイル(ナタリー・バイ)…母「無効口座を使って小切手を切った事で犯罪者扱いしてますけど、たかが千ドルでしょ?ヤク中でもなく、警察に石を投げた訳でもない。うちの子がした事なんて可愛い方じゃないですか?それ、私が弁償するわ。いくらお払いすれば良いのかしら?」
カール「今日現在で130万ドルです。」
母「(絶句)。」

その時点で、彼女はおそらく脱税に手を染めてどんどん転落していった夫と同様、手に負えなくなった息子を見限ったんでしょうね。(結婚式にも出席してくれず、逮捕後のクリスマスにも顔を見せたのはFBIの職員だけで実の母親は生きていながらも会いには来なかった。)息子・フランクとしては母親が上着を脱いでバッチを外していた男(ふ~ん、服を脱いでいたんだ。)と夫のいない家で2人で会っていても「所詮は浮気(スパイス)であって本気ではない。」とか、離婚だって「お互いを新鮮な気持ちで見つめ直して、いつかやり直す為の『別れ』だよ。」(違うから!)等々、現実を直視しない為に家出をし大金さえあればいつか家族が再生できる(たとえその金が違法行為の元に入手した金であろうとも。)と、間違った思い込みの元に暴走していった部分もあった様子です。が、自分の中での「ヒーロー」でもあった父親が階段からすっ転んで死亡し、異父妹まで生まれた(夫だけでなく、子供(自分)まで既に理想的な「身代り」を作られてしまった。)現在、自分が家族を取り戻すのはもう永久に不可能だと、ここでようやく現実が見えたようです。女って残酷なんだな、とも改めて感じた顛末でした…。

カッコーの巣の上で

2011.06.28
 精神疾患は不治の病なのか?NO!脳を切れば回復する!という論理で「脳の前頭葉を切る」名前の通りのロボトミー手術(前頭「葉」=ローブ、切る=トミーとそのまんまな安直ネーミング。)が1950年代に大流行し、これに傾倒したウォルター・フリーマンはマスコミの煽りも受けて3500人もの脳を切った(そして悪い事に1945年に第二次世界大戦が終わった後の当時、トラウマやフラッシュバックに苦しめられる「対象者」は大勢おり、ついには反抗期なだけの12歳の少年にまで手術を行うほど乱診乱療の様を呈した。)…そうですが「意欲の中枢」である前頭葉を切ってしまったら廃人になるのは当然の論理で、結果、手術を受けた患者は「徘徊する事は無くなった」ものの喋る事もトイレに行く事も出来ない寝たきり病人になる例が続出したそうです。(最も、おかげでフラフラと線路に入り込んで轢かれて遺族の自分に賠償金が求められたり、近隣の住人相手に癇癪起こして殴りかかって家族の自分が平謝りの末に治療費と慰謝料をふんだくられたりする心配が無くなり、重症の寝たきり患者の介護だけで安心して仕事に行けるようになった、とそれでも感謝する人は後を絶たなかったらしいですが。)という訳でそんなロボトミー手術も題材に、当時の精神病院の有り様を皮肉って描いた小説の映画化作品です。

 ランドル・パトリック・マクマーフィー(ジャック・ニコルソン)…院長「更生農場から何故ここへ来たか分かるかね?君は少なくとも5回の暴行で捕まって、今回は淫行罪、そうだね?」
マクマーフィー「あの娘が自分で18才だと言ったんだ。もちろん我慢すべきだった。だけど、ここだけの話だがピチピチ娘が目の前で股を開いていたら頂かない方がクレイジーだ。」

なかなかユーモアのセンスのある頭の回転の良い男じゃないか(下品なネタだけど。)と感心もした主人公です。もちろん彼の精神に異常がある(だから精神鑑定の為にこの病院に招いた。)というのは、刑務所での強制労働を逃れる為に彼が行った詐病であり、立派に「正常な人間」なのですが、普段は普通に過ごしてミーティングにまで出られちゃうビリー達(パニックさえ起こさなければ日常生活はこなせる。)レベルまで入院している、線引きの非常に曖昧な精神病院では問題行動さえ起こせば要観察の注意人物になり得たというのが、この時代の悲劇でした。そして施設というよりは収容所に近かったこの時代、あまりに問題行動が過ぎると「罰」の感覚で電気ショックやロボトミー手術が待っており(要は患者を「大人しくさせる」事しか考えていなかった。)ノーマライゼーション運動(障害者と健常者が共存する社会作り。)も普及していなかったこの時代タダのサボりでここに来たに過ぎない彼は、後に非常に大きな代償を支払わされる羽目となるのでした。(ずるい事するから…!)

 ラチェッド婦長(ルイーズ・フレッチャー)…マクマーフィー「何故、誰も教えてくれなかったんだ?逆らえば拘束が伸びると知っていながら何の忠告もしない訳を知りたい。」
婦長「拘束患者は慢性患者とあなたのごく少数です。皆、自主的に入院してて、いつでも帰宅できるんですよ。」
マクマーフィー「女の尻を追い回してる年頃のビリーまで若い盛りに自ら進んで入院だと?陰でぶつくさ文句を垂れてるくせに出て行きもしない。そんなにイカレてんのかよ!街を歩いてるバカどもと変わるもんか!信じられねえ!」

一緒に魚釣りに行って、散々楽しむだけ楽しんだら後は自分に美味しい思いをさせてくれた当の本人がどうなろうが知らない(だって知らないフリをすれば自分は責任を取らなくていいんだもん。)人間ってそういう生き物だよなと改めて人間の本性の醜さを感じたエピソードでもありました。結果、マクマーフィーは「病気」(重い障害)ではないが「危険人物」(頭(性格)のおかしい人物)として、当初の目論見通り「正常な人間」として更生農場に戻される事は無くなったものの、永遠に病院に拘束される事(「農場に送り返しても、転院させても、他人に問題を押し付けるに過ぎない。(個人的には)不本意だが、うちの病院に置くべき。」byラチェッド婦長。)となり、2ヶ月ちょっとのほほんと病院で過ごしたら娑婆に帰れると思っていた彼は「ジジイになるまで待てるか!」と女性を連れ込んでの脱走計画を立てるのでした。(奇しくも死亡退院という皮肉な形でその願いは叶うのだが…。)思えばこの時点で彼女が妙な責任感を発揮せずに転院させていたら、乱痴気騒ぎも起きず、マクマーフィーも廃人にならずに済んだんですけどね…。

 ビリー・ビビット(ブラッド・ドゥーリフ)…マチェッド婦長「乱痴気騒ぎを起こした事をお母さまが知ったらどう思うか、女性を連れ込む前に考えなかったの?」
ビリー「つ、連れ込むなんて、そんな…それに彼女が僕を誘って、それに皆も加担して…」
ラチェッド婦長「皆とは?誰なの?」
ビリー「マ、マクマーフィーが…お願いです、ラチェッド婦長、母には内緒に…!」

元々「たかが失恋」なんかで自殺を図るような気の弱い男は童貞を捨てて男を上げた(誰とでも寝るような女をモノにした所で真の意味で自慢にはならない。大体マクマーフィーのお膳立てあっての話じゃないか、というツッコミは却下。)後でもやっぱり、そんな男のままだったらしく、ママンの名前を出されたとたんに弱々しくなり、皆からの白い目(いい思いをさせて貰ったくせに仲間の事を売るのかよ。なんて男だ。本性、見たぜ?)という重圧にも耐えきれず、密告したにも関わらずに母親にもバラされる未来予想図(ラチェッド婦長はそういう女だ。)も後押しして、パニックを起こして自分を殴りだし、果ては首を切って自殺してしまったのでした。(「だから院長室に入れた後は『目を離さないで』って言ったのに!」byラチェッド婦長)彼を追い詰める状況を作ったのは、マクマーフィーだったのかラチェッド婦長だったのか(そんな状況を作った人と、そんな状況を責めた人、どっちがこんな事態を起こす原因だったのか?)は微妙な所ですが、ともあれここで「大事な仲間を自殺に追い込んだ女」を衝動的に殺しかけたマクマーフィーは問題人物として強制的ロボトミー手術の対象になってしまったようです。

 チーフ・ブロムデン(ウィル・サンプソン)…「出よう、今は俺もデカイ気分だ。残しては行かない、『こんな姿』のまま…。一緒に行こう。…行くぞ。」

一応、原作小説での「主人公」は彼です。施設にテレビはあった事からニュース位は見れた(別に施設は陸の孤島を目指してる訳じゃない。)でしょうし、ケネディ大統領の妹ローズマリーまで受けて大騒ぎになったロボトミー手術(知恵遅れで癇癪持ちの妹じゃ兄貴の政治生命を危うくさせるだろう、と父親が本人の同意も取らずに無理矢理手術を受けさせた。結果、妹は歩く事も喋る事も出来ない廃人と化し、それをこれ幸いと施設に入れられた。当然、非人道的な扱いにケネディ大統領は大バッシングを食らい、彼は批判を避ける為に各施設を援助し、ケネディ法まで設立したが、天罰が下ったのかその年の11月には暗殺される事になる。)の存在は、普通にニュースを見ていたアメリカ国民として彼も知っていた(そしてマクマーフィーが何をされたか見当もついた。)事でしょうね。そして廃人ではなく彼の魂を連れて行く(為に殺すことも無いとは思うが。)事を選んで「持ち上げた者には奇跡が起こる水飲み台」をぶん投げて脱出したのでした。おかげで脱走だけでなく殺人歴までついてしまった彼。脱出に成功したは良いけれど、これからが大変だろうなあ、としみじみ思ってしまいました…。

博士と彼女のセオリー

2011.06.27
 「ホーキング、宇宙を語る。ビック・バンからブラックホールまで」の著書はあまりにも有名なイギリスの理論物理学者スティーヴン・ホーキングと言えば誰もが知っている天才学者ですが、現在も存命の彼が実はALSで不自由な介護者という事は意外と知られておらず、映画を見て驚いた人も多いかと思われます。元妻ジェーンは病気以前に「家風になじまない嫁」として彼の両親に嫌われていた(だから「一緒に頑張る」どころか彼の両親からの手助けはゼロだった。)とか、看護師のエレインがジェーン達の再婚よりも先にホーキング博士の2番目の妻の座に乗ったとか(かゆいところまで手が届く、行き届きまくった介護の様は「単なる仕事」でなく「憧れの博士」に対する愛情もあり、「後にして下さる、ジェーン」とヒソヒソ話を2人で楽しんでいたのには正妻に対する嫉妬もあったらしい。)映画では描ききれていないネタと合わせて深く楽しめたものです。劇中で「僕達で時計の針を巻き戻すんだ!」とグルグル回っていた2人の姿に反して、ジェーン(本物)は「介護の負担は軽減されたが、時計の針を元に戻すことは出来ない。」と語っていたそうで、時間が巻き戻りながら思い出のシーンが巡っていたラストといい、皮肉も効かせた映画だったんだなあ、とも感じた作品でした…。

 スティーヴン・ホーキング博士(エディ・レッドメイン)…ブライアン「どうだった?医者は何て言ってた?まさか下の病(性病)なのか、スティーヴン?」
スティーヴン「病気が見つかったよ。運動ニューロン疾患。ALSだよ。余命は2年だって。声に出して言うと妙な感じだな。」

実際には2年で済まずに何十年も生きた(おかげで彼は数々の論文の他に、著書「宇宙を語る」を出版し全世界で千万部以上売れた=一躍、大金持ちになった。)訳ですが死ななくても病気が進行する事だけは止められず、歩く事も話す事も出来なくなった状態の患者を介護し続ける家族の方は「苦労はしても、それは『短い期間』で終わると思っていたのに、話が違う!」と理不尽を感じる事も多いんだそうです。しかもホーキング博士の場合は、それでも頭脳は天才(ただ肉体が思うように動かせないだけで、脳や思考力に影響は出ない病気。)だから見所があるものの、他の同じ病気の人は全員「ただの凡人」(「奥様は幸運ね。足元にひれ伏す位に尽くさないと!」byエレイン)なのだから、たまったものじゃないだろうなと改めてこの病気の大変さを感じたものでした。ガンなどでも彼氏にそうと伝えたとたん「大丈夫だよ、俺がついてるから。」と言いながら翌日には部屋の電話も携帯も不通になった(口先では綺麗事を言いながら、相手の病気に尻尾を巻いて逃げて行った。)なんて話は本当によく聞くので、結婚まで果たした2人のセオリーは本当に本物だったんだなあ、と感じた愛の物語です。

 ジェーン・ワイルド(フェリシテイ・ジョーンズ)…父「君は事態の深刻さを分かっていないようだ。息子に残された時間は短い。現実は君の味方にはなってくれない。戦って勝てる相手ではないんだよ、ジェーン。我々は耐えがたい敗北へ向かうだけなんだ。」
ジェーン「おっしゃりたい事は分かります。私に耐える強さが無いと思っておられる。でも彼を愛しています。彼も私を愛してくれています。力を合わせてこの病気と闘わなくては…私達、皆で。」

私の知人にも病気の彼氏(それはALSではなく心臓病だったが。)の存在が重苦しくなって別れた、彼の体がどんどん変わって来て耐えられなくなった(どうも彼女は「余命は短く」ても、出会った時のまだ普通の生活が行えていた状態のままピンピンコロリでお亡くなりになると想像していた様子で、頻繁に発作を起こして、手術をして、体に醜い傷痕もできた恋人の姿に、イメージと違う(もしも末期症状の普通の人から程遠い「今のあの人」に最初から出会っていたら、そもそも自分は恋をしなかっただろう。)とついて行けなくなったらしい。)という人がいるので、結婚に大反対した彼の親の心配が理解できたものでした。(「普通の人はいくらでもいるのに何でこんな人を選んじゃったんだろう。」と後悔される位なら、妙な期待を持たせずにダメージの少ない段階で別れてくれ。ただでさえ辛い病気を抱えた息子に、辛い気持ちまで味あわせないでくれ、という親心でしょうね。)なので病人相手(既に歩行にまで支障が出ている)に結婚を決めたジェーンの熱意は本物だったと感心すると同時に、現実はそれほど甘くなかったその後の展開(結婚は甘やかな幸せで終わらず、子供を抱えながら、ますます重くなる病気の夫の介護に彼女の負担はどんどん増えていった。)が痛かったものでした…。

 ジョナサン・ジョーンズ(チャーリー・コックス)…ジョナサン「皆が噂してる。僕は手伝ってるだけなのに誤解されたくない。」
ジェーン「それが何なの?放っておけばいいわ。お願い、ジョナサン、あなたが必要なの、子供達も、ステイーブンも、私も。」
ジョナサン「他にも理由が…ジェーン、僕はあなたが好きだ。」
ジェーン「それは私も同じよ。私もあなたが好きよ、ジョナサン。」

体が動かなくても↑の一連のやりとりを遠くから見ていたスティーヴン(オマケに彼はお人好しな性格の上に、頭は破格に良い。「2人の深刻な雰囲気」に「周りの噂」と合わせて確実に状況を察していた事だろう。)には、話が聞こえなくてもどういう状況なのか理解して、自分の立場と合わせて、身を引きかけていたジョナサンに自ら「ジェーンを助けてあげてくれ。」(自分の代わりに子供達とも一緒にサマーキャンプに行って「父親」の役割を果たしてあげてほしい。←スティーヴン、プライド捨ててんじゃん!)と頼むという暴挙に出た様子です。ジェーンも夫が「病気」でなかったら自分はこんな普通の生活が味わえたんだと思った矢先に当の夫が倒れて生死の淵をさまよった(人工呼吸器を外した後、気管切開せずにそのまま死なせるか、妻の自分が生殺与奪の権利を握った。)にも関わらず、より病状が重くなる(=さらに介護が大変になる。)事を分かっていて、彼女はジョナサンを捨てて夫と生きることを選んだ辺りは、それが愛ではなく妻としての責任感(罪悪感)だったとしても立派すぎる(実際「せっかく合法的に死んでくれて、誰からも責められずに自由になるチャンスなのに、この上の長い年月、介護を背負わされるのはゴメンだ。」と夫を見殺しにする事を選ぶ人も多いだろうに。)と、感動もした経緯でした。でも「彼は私がいなくても大丈夫」ともなれば自然とジョナサンとそういう展開になっちゃったようです…。(それでも「保身の為に殺人計画に乗った」のではなく「普通に離婚した」のは偉かったと私は思います。)

 エレイン・マッソン(マキシン・ピーク)…エレイン「教授、ペントハウス(エロ雑誌)の最新号が届いてますけど。」
スティーヴン「友達の、だよ。」
エレイン「ですよね~。皆そう言うの。…私への気遣いはいりませんよ。男性のお楽しみには詳しいの。どうぞ、見ましょう。」

妻の自分こそ彼の一番の理解者で、彼は私がいないと何もできない(と思ったからこそジョナサンに心惹かれながらも、裏切ることは出来なかった。)はずだったのにまさか介護で疎外感を味わうとは思ってもみなかっただろう肉声会話も不可能になって、より病状が悪化したにも関わらず、同じ病気の患者を数多く見てきたエレインには「病気の症状」は苦にもならずに大歓迎されている(「ご主人ほど頭の良い方に会った事がありません!最高の患者です!ユーモラスでおっしゃる事も…」「そう上手く折り合えると良いんですけど!」byジェーン)、自分は周りの皆が普通のイクメン(育児男。子育てまで手伝ってくれる夫。)と結婚している中で、育児を手伝って貰うどころか病気の夫まで介護しなくちゃいけない日々に理不尽を感じていたのに、向こうは余裕で笑って応対できている様(お互いスペリングボード抜きでスラスラと目の動きだけで「会話」をしている辺り、プロはさすがである。)に、逆に心はすれ違っていった様子です。それでも何年も「一般人」の彼女は自分に尽くしてくれたし、2人の間には確かに愛があった(それがたとえ過去形になってしまっても。)それは真実だったという終わり方で話は締められています…。

 余談…「運動ダメダメ疾患」でもアソコは仕組みが別(アレは充血で固くなる訳で、そこに筋肉は無い。)で子供を作ることはできた、アレが反応するのは無意識の領域(ほとんど反射)でオートマチックだという話に、先日読んだBL小説「恋のからさわぎ」の一節「元気が有り余る青年男子、授業中とか放課後とか「待て、今は勘弁してくれ。」と己を説得したくなる状況で不意に勃起してしまう事だってある。特に衆人監視の中で勃起してしまったなんて、人前でしてしまいがち(?)な失敗としては脱糞とか失禁に次いで上位3位くらいに食い込めるだろう。同窓会には出られない(招待状は来るだろうが恥ずかしくて行けない。クラスメイト達はきっと少しは大人になって、その事には触れないかもしれないが、誰に言われなくとも自分自身が嫌だ。そんな生き恥を晒す位なら、いっそあてどない旅に出る。)」も思い出して男って大変なんだな(「女はいいよな。ついうっかり勃起しちゃっても、ふっくらとしたシャーリングの豊かなフレアスカート履いてれば絶対にバレないもんな。」by嘉瑞。←どんな羨ましがり方ですか?)と逆に「男性機能の有り様」に同情したものでした…。

イミテーション・ゲーム

2011.06.26
 実際にはエニグマは第二次世界大戦開戦時に既に「時代遅れの技術」(情報量に対応しきれなくなった。)となり、エニグマより遙かに複雑なタ二ーと呼ばれる暗号方式に変えられています。そしてそれを解読した人間もビル・タットとトミー・フラワーズの2人なのですが、そんな訳で↑に比べると機密の度合い的には低いエニグマは公開されるのも早く(それでも50年もだんまりを通されたのですが、タニーに関しては、まだ全貌が明らかになっていない。)、こうして映画化もされるほど当時の状況が公開された事で作ることが可能になった作品です。という訳で、裏事情の数々も踏まえながら見ると、より深みが味わえる、そんな映画です。

 アラン・チューリング(ベネディクト・カンバーバッチ)…アラン「同僚は皆、バカです。クビにして浮いた費用を僕のマシンに!たった10万ポンドです!」
チャールズ「地獄に堕ちろ。」
キース「それでも人間か?呆れたよ。」

16歳でアインシュタインの一般相対性理論に文句をつけられるほどの彼は確かに天才なのですが、その前に天才であっても1人でできる事なんてたかが知れてる(IPS細胞を発見した山中先生のように、まとめ役となって皆の力を上手く借りていく事が大切。)そして周りの助力を請うにはIQより愛嬌があった方が良い、という真理にの方には長いこと気づけなかったのが彼が嫌われ者になっている要因でした。ジョーンの助言でようやくリンゴを差し入れたり(簡単な人間関係の作り方①物を貰って怒る人間はいない。)ジョークを言ったり(2人の男が森の中でクマに遭遇した。1人は祈り、2人目は靴紐を結び直した。「無駄だ!そんな事をしたって熊には追いつかれる!」「君より速く走れれば、それで助かる!」「…!!」←男の友情って儚い、という話。)周りの人間に好かれるように努力し始めた結果、不器用ながらも彼の気持ちは伝わったらしく、あれほど嫌っていた同僚がピンチの時に庇ってくれたというのが印象的な物語でした。「愛でドイツ軍は戦争に負けたぞ!」と走り出した時に唯1人門番をふっ切って建物の中に入るほど速く走れると思ったら、なんと彼はマラソンのオリンピック選手でもあったそうです…。(そりゃ、速い訳だわ。ホルモン剤投与で体がガタガタになってからは断念したそうですが。)

 ジョーン・クラーク(キーラ・ナイトレイ)…アラン「僕達の婚約は解消だ。君に話さなくちゃいけない事がある。僕は…同性愛者なんだ。男が好きなんだ。女性ではなく。」
ジョーン「分かった。それが何?だから何?私達は普通と違う。でも私達なりに愛し合って生きていければいい。私もあなたも完璧な夫や妻じゃない。でも心を通わせて一緒に暮らせるなら『普通の結婚』より素晴らしいわ。…私はあなたが好きなの。あなたもでしょ?」

実際は彼が同性愛者だという事は知らされないまま婚約後に振られており(下手したら失恋で逆上した彼女に密告されて、同性愛者という事でそのまま刑務所行きになりかねないのに、まだ戦争中のこんな時に、たかが婚約破棄でそんな下手は打てない。)チューリングに関した特番を作る為に彼女にインタビューするまで本人は「別れの理由」を何十年も知らないままだったそうです。(「何かあるな、とは思っていたけれど、結局最後までちゃんとした理由は話してくれなかったわ。」byジョーン)映画では振られたにも関わらず彼が裁判所に突き出された時には駆けつけ、夫がいるにも関わらず彼を忘れずに支えようとした聖女ぶりが描かれていますが、実際には婚約破棄以来(というより「仕事」が終わって以来)2人が会う事は二度と無かったそうです。(まあ「別れた後は良いお友達をやれる」って現実には絵空事で終わる事の方が多い…よね。)

 ピーター・ヒルトン(マシュー・ビアード)…アラン「もしもイギリス船団がいきなり進路を変えた上に、爆撃機がドイツ軍のUボートを攻撃するなんて『奇跡』が起こったら?ドイツ軍はそれを見て我々がエニグマを解読したと知る。無線通信は昼までに全て中止、週末にはエニグマの構造が変更されて、僕達の2年間の積み重ねは全て無駄になる。」
ピーター「カーライル…この船団に僕の兄さんが乗ってる。砲手なんだ。」
アラン「ピーター…気の毒だが、船団には沈んで貰おう。」
ピーター「何様のつもりだよ!神じゃないのに人の生き死にを決めるなんて間違ってる!僕の兄さんだぞ!」

その1回でドイツ軍の全てが殲滅できれば良い。けれど、事はノルマンディー上陸作戦でもスターリングラードの戦いでもなく、たかが「端っこの小競り合い」という瑣末な事情でありそんな小さな話の為に切り札を晒す事は出来ないという当然の判断を下した(実際、当のノルマンディー上陸作戦ですら崖を上がってみたら目当てのドイツ軍砲台がとっくに移動されてたとか、現場の人間にまだ情報が行き届いていなかった位「暗号をとうに解読した事」は伏せられていた。)おかげでアランは戦争終結に大きく貢献するも、功績をたたえられない事はもちろん、かつての仲間達ともそれっきりで終わったのでした。(機密だから話すな、とは言われたが「仲間とは2度と会うな」とまで厳命された訳ではなく、仲間の一人のジョーンとは婚約まで許されていたほど。単純に人望が無いから、彼を訪ねてくる友達は1人もいなかったと、そういう話でした…。)

 クリストファー・モルコム(ジャック・バノン)…クリストファー「暗号は誰でも読む事ができる。けれど鍵を使わなければ意味を知ることは出来ないんだ。アラン、君はこれに向いているような気がするよ。」
校長「彼は亡くなった。結核でね。死を覚悟していたが、誰にも言わずに1人で耐えていたとは天晴な少年だよ。」

知能は高いものの、高慢で不器用な性格が災いして友達がいなかった(むしろ周り中から嫌われていじめられていた)アランの唯一の理解者であり、他ならぬアランの初恋の人です。たった18才の若さでそこまで出来た性格のクリストファー(むしろ聖人過ぎ。アレじゃ確かに「その辺の女」なんて、もう愛せないだろう。)に恋をしたものの、告白しようとした矢先に↑の事情でお亡くなりになってしまい、彼の死後アランが無神論者になった(履歴書に宗教を書く欄がある海外で、これはかなり異端。)辺り、彼を失ったアランの絶望がどれほどだったのかは想像に難くありません。映画では語られていませんが、アランは生涯クリストファーの母親に手紙を書き続けていたそうで、それを受けて映画ではコンピューターに彼の名前を付けた(チューリングマシン。この時点では「理論上の存在」であり、「世界初のパソコン」のコロッサスを作ったのはトミー・フラワーズ、チューリングマシンを完成させたのも万能の科学者フォン・ノイマンなので念の為。)という形でアランの愛が示されています。(現実では「脅迫の法律」とも呼ばれた同性愛者への処罰がまかり通っていたこの時代のイギリスで、そんな「あからさまな真似」をするほどアランはバカではなかったのですが、そこは映画というフィクション作品の肉付けという事でご愛嬌を。)という訳でイミテーション(模造品)でなく、単なる肉欲(男娼)でもなく、彼の真実の愛は常にクリストファーにあったというオチで話は絞められています。

仮面の男

2011.06.25
 「ダルタニャン物語」というアレクサンドル・デュマ(「椿姫」を書いた同名の息子作家の父親。著作「巌窟王」(モンテ・クリスト伯)で有名。)の小説が原作となっているのですが、もう完全に「レオナルド・ディカプリオが2役分も出張っている美味しさ大爆発な映画」(彼のファンの為(だけ?)の映画)になり果てている、有名な実在人物は数多く出てくるものの歴史物でも何でもない作品です。最も映画というのはドキュメンタリー番組ではないし「単純な娯楽物」として楽しむ分には充分に合格点をあげられる一作なので一見の価値はある映画です。

 ルイ14世(レオナルド・ディカプリオ)…ナレーター「『鉄の仮面の男』の消息はそれっきり。王の恩赦を受け、皇太后だけを客人に田舎でひっそり暮らしたという噂もある。『ルイ14世』として知られる王は民に食糧と繁栄と平和をもたらした。彼はフランスの歴史上、最高の名君主として謳われている。」

在位期間72年という史上最高の長さを誇る「太陽王」(そりゃ4歳で即位してればね。)は晩年はスペイン継承戦争などで民を疲弊させたものの、彼の時代がブルボン朝最盛期だった(たとえ孫のルイ16世時代に赤字夫人のマリー・アントワネットなんかを妃に迎えた事も後押ししてフランス革命の露に消えようとも。)事も有り、フランス史上最も偉大な名君という評価が与えられている彼です。が、映画中でも脇役の女(クリスティーン)に手を出している(実際、その辺の洗濯女ふぜいと行きずりの関係を持つ事もしばしばだったらしい。)事からも分かる通り、結構な女好きで、しかしポケットマネーで邸宅を建てる事はあっても色恋沙汰は宮廷内に留め、公の場には持ち込まなかった(普通は愛人一族の不当な出世を願い出て楊貴妃よろしく国を傾けそうな所だが、彼はそうはしなかった。)事からサン・シモン公をして「多情だが偉大な魂の持ち主だった証拠」(多情だが…な!)と言わしめており、映画では身勝手な暴君に過ぎない彼でしたが、少なくともその程度は物の分かった君主様だったらしいです。

 弟王子フィリップ(レオナルド・ディカプリオ)…アラミス「王家の骨肉の争いを見てきた国王は双子の一人を手離す事に決めた。それが死産したと伝えられたあなたです。先王は今わの際にあなたの存在を皇太后とルイ14世に伝え、王家の血が流れる事を恐れたルイの手によってあなたは殺されはせずに牢の中に葬り去られたのです。」

ルイ14世にフィリップという2つ年下の弟王子がいた(双子ではない。)のは確かですが、抗生物質も無く壊疽や天然痘で成人してからもバンバン人が死んでいたこの時代に、愛人と何十人男の子を作ろうが「王妃の子」しか王位継承者として認められないこのご時世に貴重な正当継承者の一人をそんな理由で隠遁させる訳も無く(そもそも当の長男(当時2歳)であるルイ14世が子供を作る前に死んじゃった場合、代わりの跡継ぎがいなくて大変な事になる。)彼は初代オルレアン公として普通に貴族としての生涯を送っています。(牢につながれてなんかいません!)という訳で、この映画の話は全くのフィクションです。↑のようにもっともらしい説明を持って、いかにも事実らしく語られていますが(プロットが長けりゃ説得力が生まれると思うなよ!)信じてはいけない、実在人物の名前を借りただけの創作物語です。

 クリスティーン・ベルフォート(ジュディット・ゴドレーシュ)…手紙「愛しいクリスティーン、名誉ある軍人として君に愛を捧げたい。天国へ行こうと地獄へ落ちようと君への愛は変わらない。それを忘れず、決して自分を責めるな。永遠の愛をこめて、ラウル。」
クリスティーン「ラウルからの手紙が『宮廷宛て』に届きました。自分は死に、私は王の愛人となってここにいるだろうと…先を読んでた。何故でしょうか?」

ラウルとクリスティーンって絶対に名作「オペラ座の怪人」から取ったでしょ!(いくら「仮面の男」だからって!)とオリジナルキャラクターのネーミングに納得すると同時に、婚約者が死んだ直後、いくら永久就職(結婚)の道が絶たれたからと言ってもノコノコと王の部屋までついて行って(そんな状況の中に自分で入って「いけません!」なんて言っても説得力は無いですな。)体まで許してしまうのだから完全に尻軽女だな(こうなると絶対に彼女はこんな事をすると分かっていて、そんな女を愛していたラウルが哀れである。)と思わず涙したものでした。ルイ14世の方も珍しく「俺とは芝居だったのかよ…。」とちょっと傷ついた程度には彼女を想っていた様子(そもそも王冠につられて彼に身を投げ出す女が何十人といるのに「面倒臭い策略」を弄してまで彼女を手に入れるように仕組んだのだから、汚ない手を使った事はともかく、それなりに彼は本気だったのだろう。)で、肉体関係を結びまくった後で首を吊っても、彼女はもはや悲恋という美しい言葉では語れないな(犠牲者は絶対に男2人の方だろう。)としみじみ感じた、そんなサブエピソードでした…。

 アンヌ皇太后(アンヌ・パリロー)…ダルタニアン「アン、貴女を愛する事は祖国への裏切りです。けれど愛を捨てる事は自分への裏切りです。」
アンヌ皇太后「では祖国を裏切ったまま死にましょう。死よりキスを選ぶわ。」

アンヌ皇太后、アンタまで…と夫以外の男と子供まで作った王母の姿に思わずツッコミを入れてしまったものでした。(この映画、尻軽女しかいないのか?)とはいえ美人と名高い彼女が先王ルイ13世との間に23年間(!)も子供ができず30代も後半になってから2人の王子をもうけた事実(14歳で結婚してから完全に冷え切っていて王の訪れも無かった2人の関係だったが、狩りに出たルイ13世が、天候が崩れた為に「仕方なく」近くにあったアンヌ王妃の棟に一夜の宿を求めた結果、ドンピシャリで見事に懐妊したと伝えられている。)からルイ14世は先王の子ではないのではないかという疑惑は実際にもヒソヒソ噂されていたそうです。とはいえ、そのお相手は父王ルイ12世時代の宰相リシュリューか、秘密結婚をしたとさえ噂された宰相マゼラン(最も彼はルイ14世懐妊当時はイタリアにおり、彼の父親ではあり得ないのだが。)と言われており、ダルタニアンのダの字も出てはいないので信じてはいけない話です…。

少林サッカー

2011.06.24
 「君はまだ究極のサッカーを知らない」とキャッチコピーにあり、かの「キャプテン翼」でも、風(嵐)をまとったシュートが表現として使われてもいたけれど(にしたって、ボールがライオンに変わったり、ファイヤーシュートを繰り出したりするのはやり過ぎだと思うけれど。)、サッカー映画と言うにはあまりにも破天荒な展開(普通のサッカーの域も拳法の域も超えているバカ映画。)に爆笑すると同時に、この作品が香港映画として当時、歴代最高の興行収入をあげた事実に頷けた映画でした。深い映画とは言い難いですが、充分に笑える映画です。

 シン(周・星馳 チャウ・シンチー)…「あの女を見ろ、少林拳の軽功を学んでいればバナナの皮があっても転ぶことは無かった。それにあそこの車、少林拳の鉄沙掌なら縦列駐車も楽勝だ。植木屋も独孤九剣の技を知っていれば良かったのに…この通り、少林拳こそ最高だろ?」

いや、あんな縦列駐車のやり方をしたら、車がへこむから!(入れれば良いってもんじゃないぞ!)と差し出した名刺(ではなく手書きメモ)と同時にツッコミを入れてしまった、少林拳の事しか頭に無い(もうちょっと現実が見えてれば、自分が植木屋になるとか「実力を生かせる職業」に就けただろうに…。)本作品の主人公です。兄弟子全員が現実を見て全く関係無い職業に就職している(あるいは目下求職中で無職生活を送っている。それでも主人公のようにいつまでも少林拳を世界に広げようと叶いそうもない夢は追っていない。)というのに、未だに清掃の仕事をサボってまで普及に勤める彼の姿(「清掃員は仮の姿!俺には聖なる使命がある!」「偉そうな事を言って仕事をサボるな!」by上司)にはだからアンタは万年フリーターなんだよ!と思わずツッコミも入れてしまったものでした…。

 ムイ(趙・薇 ヴィッキー・チャオ)…シン「皆に紹介するよ。俺の友達のムイ。」
二兄「何じゃそりゃ、化け物?その肩、ハンガーでも入ってんの?」
三兄「夜は出かけちゃダメよ。会った人がショック死するから。」
四兄「お経を唱えて、素巻きにして海に放り込んだら…魚が迷惑だ!」
シン「…怒った?ほんの冗談だよ。」

ロシア語通訳であった故・米原万里がまさしく、この時のムイのようなコーディネートをしており(「目を閉じて聞いているとネイティブが話しているようにしか聞こえない。」と評され、大統領にまで気に入られた超優秀な同時通訳者ではあったが、本人は平面顔・なで肩な日本人容姿に物凄くコンプレックスを持っていたらしく、劣等感ゼロの妹に「万理、頑張ってるのは分かるけど、どう見ても似合ってないよ。」と現実的評価を下されながらも、そのスタイルだけは貫き通したらしい。)「ハンガーのような肩」「彫りを深くして見せる為にやり過ぎた厚化粧」に、ああ、現物はこういう感じだったのか、と別の所で感心してしまったものでした。…に、したって直でそこまで言っちゃう事は無いだろう!とデリカシーゼロな男達の発言にはツッコミを入れてしまったものです。(そのまんま年を取ってしまうと、もっと痛い女になるのでいつか誰かが気づかせるべき、とはいえ…。)その後自分の気持ちにも鈍いシンに振られても前向きに仲間と飲み交わした辺りは強い女性だと感心しましたが…。

 ファン(呉・孟達 ン・マンタ)…ハン「ズバリ言おう。決勝戦は負けてくれ。チームは引き取る。未来に目を向けて過去の恨みは忘れようじゃないか。今度は不渡り小切手じゃないぞ。」
ファン「恨んでなんかいませんよ。あの時、小切手を受け取って八百長試合をやった自分が悪いと思っています。それでも小切手は受け取れません。少林チームの望みは金ではなく、優勝杯です。」

頭を足蹴にしていたのが足蹴にされる側になり、元「黄金の足」と呼ばれた名選手であったかつての栄光はどこへやら、現在では雑用係からもリストラされたしょうもない障害者のオッサンになり果てた彼ですが、少林拳の実力だけはスバ抜けているシン(その代わり、常識や加減は知らない、空気の読めない男である。)との出会いをきっかけに、彼もまた夢を持って今度は真っ当に突き進む事を決めた模様です。肉体的素質は良い物を持っているのにボールの扱いも知らない男達(蹴ったが最後、ボールはお星様になるまで飛んでいく。)相手に一から基礎を教え、強豪チームにまで育て上げた(「何い!40対0!?」「頼むから普通の試合をさせてくれ!」by敵チーム)後になってから、美味しい部分だけかっさらう形で頂くというのは、深く考えなくても狡い話で、「名誉は金で買えない」ことを前半生で身を持って学んだ彼は今度は同じパターンに乗らなかった模様です。

 ハン(謝・賢 パトリック・ツェー)…ハン「さすがアメリカの新薬(禁止薬物)だ。さらに主審や副審、大会関係者も買収済みだ。これで、どうやって勝つ?」
ファン「スローイン?顔面を狙ってボールを当てた今のはどう見ても反則行為だ!審判は何を見ている!ハン、これが貴様のサッカーか!」
ハン「ああ、そうとも!喜べ!少林チームの選手は全員、お前のような体にしてやる!」

そしてシュート(の域を超えたファイヤーボール)を止めただけで両腕を火傷し、回転しながら看板にぶち当たったキーパーの姿に↑の会話を聞いてなくても一般人の選手達は「事情」を察して恐れ慄いたらしく「ゴメンなさい、急に体調が…」「すいません、母が早産で…」(母ちゃんいくつだよ?)と、それでなくとも怪我人が続出していたのに、更に選手が減っていくという悪循環に陥ったのでした。鉄の肌を持つ兄弟子が代理でゴールキーパーを務めるもゴール前にズラリと並んだ選手達からの連続シュート(ディフェンスはどうした!?)にとうとう力尽きて、ルールのルの字も知らないムイが代理選手として登場→試合会場に文字通りの「嵐」を呼び(「どうなってるんだ、これは!?」byハン監督)相手キーパーを丸裸にして1点ゲット→優勝という王道展開を迎えたのでした。個人的には完全に普通の試合を逸脱している少林チームの方にこそ、異常を感じるんですけどね…。(ファン!これが貴様のサッカーか!?)

映画・八日目の蝉

2011.06.15
 たまたまこの日が私の休日に当たり、映画公開最後の日にも当たり、しかもレディースデイにも当たり…これは神が私にくれた映画を見るチャンスに違いない!といさんで映画館に行ってきました。
 ドラマが好評だとは聞き及んではいたものの設定を聞いたとたん「何だ牡丹と薔薇のパクリみたいなものか。」とリアルタイム放映を全部スルーしてしまった私。再放送も前半(1~3話連続)は見逃してしまい、たまたま後半だけチラッと見てみたら…チラ見では収まりませんでした。血の繋がらない母子の絆に毎話ボロボロ泣いてしまい、何で前半チェックしなかったんだ、自分!と後悔しても後の祭り。そんな気になる前半の内容を見る為にも映画館に足を運んだ次第でした。
 さて「八日目の蝉」1番の見所と言えば小豆島の漁師、文治さんです。(違う!母と子の情愛だろ!)ドラマで酔っ払ってよろけ、希和子に「大丈夫ですか?」と支えてもらった姿に「絶対わざとだろ、お前。」と家族全員でツッコミを入れ、すかさず彼女を抱きしめた様に「チャンスを逃さず、押す時は押す辺りはさすが秀吉だよねぇ。」(この頃、大河ドラマ「江」での岸谷五郎こと秀吉はちょうど難攻不落の茶々を口説き落とした辺りだったのです。)と語り合った程に実にいい味出してた文治さん。岸谷五郎さんほどの好演は不可能にしても一体誰がどんな文治さんを魅せてくれるのか…本当に楽しみにして見に行ったものです。そうしたらビックリ。
文治さんがいないじゃないですか!
 ああ、映画版だから恵理菜の妹と同じく存在をカットされてしまったのか、仕方ない、小説版で我慢しますよ(お前、中央公論文芸賞まで取った傑作長編に対して何という失礼な…。)と小説を買って読んでみて再度ビックリ。
文治さんがいないじゃないですか!
 ネットで調べてみた所文治さんはドラマ版オリジナルキャラであり、彼を見るにはDVDを買うしかないようです。そんなDVDの発売は今年の9月24日。それまで忘れっぽい自分が果たして覚えていられるのか、見逃した前半には確実に出てこなそうな文治さんの為に買う気になれるかどうか非常に微妙な所ですが、それは未来の自分の判断に任せることに致してひとまず映画版の感想です。

 薫こと秋山恵理菜(井上真央)…連続テレビ小説「おひさま」の清純派ヒロイン陽子を演じる井上真央さんに不倫する女の役なんてやってほしくなかった…とキャスティングに大ショックを受けてしまいました。(やはり私生活も肉食系の北乃きいさんの方がイメージ的にしっくりきたり。私的に。)しかしドラマ版の「希和子とは血は繋がっていないのにどうして似ちゃうんだろうね?」と妊娠(命を宿している重さ)を全く実感していない感じの薫よりも「私は『がらんどう』になりたくないの。だからこの子は産むつもり。」と両親に真っ向から対決した強さを魅せてくれた映画版の薫の方がカッコ良くて好感は持ててしまったり…ゲフッ!(映画版キャスティング否定派なのか肯定派なのかどっちなんだ、自分!?)「一人暮らしをしているたくましい女の子」の味が出ていて小説のイメージでいえばこちらの方が近いかな…と人格的には好きでした。(ドラマ版は「未だ母親の影から抜け出せていない大人ぶった、しかし中身はあの頃から歪んでしまったままの子供」というイメージがあるので。それはそれで味があるのですが。)ラストの希和子との邂逅が描かれなかったのが心底残念です。(尺の問題もあったとは思いますが…終わり方が尻切れトンボ過ぎて個人的には不満。)我が子への愛情を実感したのはいいのですが「…え?ここで終わりなの!?」とエンディングテーマの間中そっちで唖然としてしまい席を立てませんでした。あと30分猶予(続き)が欲しかった話です、映画版は。

 野々宮希和子(永作博美)…誘拐犯。ドラマ版で檀れいさんの濃く深い母の情愛を見てきた私としては泣いている赤ちゃん薫に対してオロオロして終いには一緒に泣きだしてしまう(誘拐という大罪を犯してまで子供をゲットした女がそれ位でくじけちゃダメです!)彼女の姿に「…アレ?」と思ってしまいました。パンフレット(買っちゃいましたよ。)のインタビューによると「薫と一緒にいたい気持ちを持ちながら心のどこかで「誰か早く私を捕まえて。」とも思っている、それでも彼女は続けたんです。」との本人コメントを読んで納得、つまりドラマ版の薫と一緒にいられれば奈落の底に落ちたって構わないという(ように感じた)壇れいさんの悪人街道上等!な希和子とは解釈が違っていたんですね。個人的にはドラマ版1番の見せ場「その子はまだご飯食べていないんです!」が「母の切なる叫び」ではなくて警官達への事務的挨拶になってしまったことが物凄く不満でした。最期、フェリー乗り場で薫を一人で行かせた(諦めて手放した)のも奪い取ったくせに手を放したら負けでしょうとエゴを貫き通せなかった弱さ(エゴから始まったのなら思い切りが悪いまま最後まであがいてほしい…個人的に。)に幻滅してしまったり…希和子を演じるにはいい人すぎたのかもしれません、永作博美さんは…。

 秋山恵津子(森口瑤子)…恵理菜の実母。「あんたなんか死ねばいいのよ!死ね!死んでしまえ!」と希和子に向かって罵声を浴びせたり(鞄を握りしめるだけじゃ気が治まらなかったようです。)恵理菜の妊娠を知るや「堕ろしなさい!」と包丁突きつけて迫ったり(平手打ちだけという平和的解決はできなかったようです。)という激しい1面に圧倒されたはいいものの子育てというものが忍耐を下地にして行っていくものだということを職業的にも知っている私としてはあまり共感できる母の姿とは思えなかったり…ゲフッ!家族そろって板屋由夏さんの「気持ちを抑えてきた故に娘とすれ違ってしまった母親」(一生懸命我慢してきたのに、頑張ってきたのにどうしてこうなってしまったの?)の姿が好きだった身としては、全く我慢していない(どころか思う様感情をぶつけている。愛人に対してはそれで全然OKですが子供にそれをぶつけるのはNGです。)母の姿に「…。」と思ってしまいました。映画版は希和子も恵津子もどっちも「新米ママ」だなあと感じてしまう所以です…。

 マロンこと安藤千草(小池栄子)…恵理菜の事件で本の出版を目論むルポライター。ドラマ版のマロンさんが「他人の不幸を出版して脚光を浴びようとしている嫌な女」という印象を受けたのと反対に本を出したいというのは口実で「薫ちゃん」と再度友達になるきっかけが欲しかったという純なイメージを受けて好感が持てました。映画版ではご飯作ってあげたり飲み物を買いに行ってあげたり完全にパシリ状態でした。むしろ友達としてそんな関係でいいんでしょうか?
 男禁制のエンジェルホームで育ったが為に生理的に男を受け付けられなくなってしまったマロンさん。彼女にもそんな悩みがあったんですね…親のすねをかじっておいしい所取りしてるだけのムカつく女のイメージが強かった私にとっては新しい発見をした気分でした。マロンさんだけに至っては映画版設定の方がいいなあ、と思ってしまったり…ゲフッ!

 秋山丈博(田中哲司)…恵理奈の父親にして希和子の不倫相手。「僕が離婚してちゃんと身辺を整えてからじゃないと子供を産むべきじゃないだろう。僕はそこまで君との結婚を真剣に考えてるんだ。」(「考えている」だけで実行するとは言っていない)みたいな中絶へ向けての説得に男の身勝手さが見えて、でも「この人と別れたくないからあえてそのへ理屈を信じたい。」という自分を捻じ曲げた希和子の切なさも見えて印象深いシーンだと思ったのは私だけではないでしょうね。(あれは「自分と切れたくないなら思い通りに振る舞え。」という持ってまわった脅迫にしか見えない。)希和子を「世界で1番悪い女」に仕上げたのは間違いなくこの男です。不倫するのはもちろん悪いことですが(だから愛人の方にも妻は慰謝料を要求することができる。)それはそんなことをした男も女も両方悪いんだよ、と社会的制裁を受けた彼の姿には思わず快哉を挙げたくなってしまいました。家庭が崩壊したのも仕事を追われ続けているのも全部貴方の不倫のせいです。逃げてばかりいないで思い知って下さい。

 岸田孝史(劇団ひとり)…恵理菜の不倫相手。不倫相手は劇団ひとりだったのか!とまずそのキャスティングにビックリしました。マロンさんに「彼氏?それとも…ストーカー?」と言われているように男特有の粘着質さ、嫌らしさを見事に再現していて「不倫って嫌だなあ。」という当たり前の現実をまざまざと実感させてくれました。(ヤルことの代償というか手土産がたったケーキ1個でそのケーキも落っことして食べられなくなってるし…あのケーキ掃除するのも恵理奈ちゃんなんだろうなあ…ゲフッ!)男のしつこさを個人的にも知っている私としてはむしろサラッと「もう会わないよ。」発言をされただけで手を引く潔さが意外で逆に好感が持てたり…。(離れようとしたとたん被害者顔して「善人の自分を捨てるなんて酷い。」と言わんばかりにしつこく説得しようとする男って多くないですか?その女々しさが心底嫌になったから顔も見たくなくなったんだよ、という逆効果を招いていることにも相手は気づいていませんし…ゴフッ!)あるいは奥様に感づかれてきて「そろそろ手は切らなくちゃいけないな。でも、もうちょっと…。」と考えていた矢先の「ラッキー」だったという説も考えられますが、もしそうだったら恵理奈哀れ…ガフッ!

 結論…1時間半という時間枠に収めるには無理のある話だったんですよ、これ。

ひみつの比嘉先生

2011.06.06
 5月の連休中に福島の方に1日600人以上がボランティアに駆けつけたそうです。希望者は13万以上にものぼりあまりに大量すぎてストップをかけることにまでなったのだとか…日本人もまだまだ捨てたもんじゃないなあ、と感動してしまいました。
 そこで私事。友達が宮城方面にいることを(調べてまで)知った私の友達もそこまで「心配している」と言うんなら行くつもり(だけでも)あるのかな(フリーターで仕事に縛られていない分「自由に動ける」という利点があるので。またコールセンターなど電子系のバイトは地震以降大量にクビになっているので時間はあるはず。)と思っていたら行くことさえ考えていないとの友達のセリフにまたも唖然としてしまった私でした。
 顔も合わせたこともない人間を友達と言うのかは私的にはかなり微妙ではあるのですが…いくら友達が「本当に仲が良くてもう少しで会いそうな勢いだった。」と言っても結局会うことも本人から住所を教えてもらうこともなかった事実(勝手に調べたわけですから。)しか私には見えないし、宮城から関東くんだりまで本当に会いに来る気が起きるのか、かなり疑問ではあるのですが…。たとえ100歩譲って宮城の人が「友達」だと思ってくれていたとしても相手の不幸(おそらくは8割以上の確率で被災している。)を調べてまで知りながら黙って見ていられるのは神経を疑います。(じゃあ何の為に住所を調べたのか…?)それがこの人の「友達への対応」というのなら、なんて冷酷な人間だろうとドン引きしてしまいました。
 本人は「自分は偽善者だから。」(だから悪気はないし、住所を調べたのも、相手にまったく尽くさないのも許される…わけでもないと思いますけどね。)と言い訳していましたが「偽善者」とは心が無いのにうわべだけは良く見せようと見せかけの善行をする人間のことを言うのであって行動さえしていない友達は偽善者という「善人のカテゴリ」にさえ入らないのでは…?と本人の過大評価ぶりにも「…。」となってしまった私です。(行動だけ見るとむしろ非情なひとでなしに思えますよ。)なんか「友達」について色々悩んでしまいましたよ…。

 ホモでもこんなに相手のことを考えている人はいるのにね…という訳でホモの話を更新です。(無理くり関連づけるのにも程があるだろ!)この話に登場する比嘉先生と辰己くんのモデルはゲームキャラだそうです。一時期ほんの一瞬だけはメジャーなゲームでモデルどころか性格はモロそのまんまだそうですが…いかんせんゲーム事情に疎い私には「正体」が分かりませんでした。ご多分にもれずBL本ではあり「そういうシーン」ももちろんあるんですが挿絵でいわゆる「局部」がリアルに描かれていなくて(下半身だけカットされていたり「影」になっていてよく分からなくなっていたりと描写がソフト。)非常に読みやすかった本でもあります。ちなみにこの本で水戸先生単行本20冊目にも当たるそうです。(凄いなあ。)

 比嘉陸人…斎藤「いくら子供が好きでも犯罪者にはなるなよ。」
比嘉「旧知の友をそこまで疑いますか。」

でも結局「犯罪者」にはなってしまった男。(で、でも辰己くんは学校はもう卒業してるし、比嘉先生だって教師は辞めてるんだし、気にすることはないのでは…?)その後アメリカに渡るも(最も飛行機には乗り遅れたらしいが。)半月後には辰己くんを迎えに来る算段になっており斎藤のからかいの種にされつつも一応は八ッピーエンドになったようです。両親の仲直りの為に媚薬を作った辺りでは貴方の両親は下半身の行為以外で「仲直り」はできないんですか?ともツッコミを入れてしまいました。辰己くんも親に恵まれてはいませんでしたが、この人の親も個性的な方々のようです。そりゃしこりもできるだろうなあ、と変に納得もしてしまいました…ゲフッ!

 宮崎辰己…父親が国会議員の場合普通その息子は父親の後を継いで国会議員になるはず(あるいは小泉元首相の息子のように俳優になる。)なのですが、何故だかサラリーマン止まり(しかも会社には父親のコネでようやく入れた。22歳の若さでもう天下りですか?)のふがいない元不良少年です。議員の父親が家庭を顧みないのはよくある話ですが、その分嫁いできた良家の子女(母親)がゴッドマザーとなり息子を立派に育て上げるもの(そしていい家の者同士互いに東大だの「いい所の大学」を出た2人の間に生まれた息子なのでDNA的に頭は良く、結果として「出来は良く」育つ。)なのですが彼の母親に全くそういう自覚がなかった(ほったらかしにした。)辺り、母は「良家の子女」ではないようです。(おそらく鳩山元首相兄弟のようにモデルだの、バーのママのような女と不倫しただの「見かけの美しさ」だけに魅かれて結婚相手を選んでしまったのでしょう。彼らの息子達も鳩山家で初めて東大を落ちたというあの一族にしては物凄い出来の悪さを見せたのでやっぱり頭の良し悪しというのは遺伝の要素が強いようです。)それでも父親は国会議員。息子が家出して男と同棲してるだの、挙句にその男とデキテしまっているだのという現在の状況は大変なスキャンダルになると思うのですが…放っておいていいんでしょうか、お父さん?22歳という実年齢からは外見も中身も幼い息子ですがその辺も災いして色々いじられたりからかわれたり(特に斎藤から)酷い目にあってはいます。そして会社を辞めてしまったのなら一刻も早く次の就職先を見つけるべきだと思うのですが、このまま比嘉先生の主婦になってしまうつもりなんでしょうか、ね?

 斎藤一也…斎藤「ウエディングドレス姿では比嘉の前には行けないなんてお前の気持ちはその程度か!?」
辰己「程度の問題じゃねえ、常識の問題だ!」

何故、男の彼がウエディングドレスを持っていたのでしょう?(昔、婚約者に逃げられたとか?)という疑問はさておいて(さておくな。)明らかに選び間違えられた比嘉先生の友人です。辰己くん達カップルのことは本気で「からかっている」に過ぎないんでしょうがそれでも冗談の延長上で「手を出され」たらたまらないと比嘉先生の心配は尽きないご様子です。(事実、辰己くんのファーストキスは先生でなく彼に奪われ、Bまでの話なら先を越されてはいる。)そんなこんなで二人ともわたわたしてしまうから余計に斎藤が面白がってしまうということに彼らはまだ気づいていません。と、とはいえ見合いをぶち壊してくれたり一応2人を応援する気持ちはあるんでしょうね。(ホモに走ることが幸せなのかどうかは個人の判断に任せるとしても。)性格が最悪に悪いだけでちゃんと比嘉の本当の気持ちを分かっている(だからこそ辰己を拉致した。)と強引に善意に解釈してもいいでしょうか?取りあえずウエディングドレス1着(これが結構高いらしい。)がダメになっても構わないくらいの思いやりは持っていると、し、信じることにいたします…ゲフッ!

金のがちょう

2011.06.05
 昨日、轢き逃げ事件でまた会社員Aさんが捕まっていました。その前の本名がバリバリに出た「自称医師」さんとは違い報道情報公開の違いぶりによっぽど「自称医師」さんは態度が悪かったんだろうなあ~と憶測してしまいました。
 「自称医師」さんの方は本当のお医者さんで、しかも病院長とのことですが…考えてみてください。普通の人間でも人を轢いてしまった時には通報する義務があるのに仮にも医者が「病人や怪我人の可能性」を見捨ててスルーしてしまうっておかしくないですか?(だからこそ警察は「他のどんな職業であってもまさか医者ではあるまい。」と信じられなかったんですよ、きっと。)「隣に座っていた孫が騒いでいたので異感触には気づいていたがまさか人だとは思わず(それは既に現実逃避です。確認してから行って下さい。)そのまま行ってしまった。」そうですが人一人死んでいて「気がつかなかったから悪気はないの。」で遺族は納得してくれると思いますか?(その発言自体、遺族の人達に無神経なのでは…?)言い訳するにもちょっと配慮が足りな過ぎじゃないかと唖然としてしまいました。
 結局簡易裁判に落ちて実刑はくらわない方向で落ち着いていましたがもし私が遺族だったら民事裁判に持ち込んでせめて誠意(という名の金)を見せてもらいます。医師免許剥奪よりはマシでしょう(「実刑」をくらった医者の医師免許は剥奪される。)たとえ事故でも人一人殺した責任はしっかり見せるべきです。という訳でまだまだ長引きそうなこの事件、今後一体どういう展開を見せてくれるか興味津々です。ていうか皆さん、事故を起こしてしまった時は逃げずにその場で警察に電話しましょう。そこで実名まで出てしまうか警察にも「運が悪かったね。」と情報が最小限に留まるかが別れます。悪いことはしてはいけないという話です。

 それとは別に違う意味での「悪いこと」がいっぱい詰まっている話を更新です。(どこがどう関連してるっていうのさ、今度は!?)本当は怖いグリム童話で眠り姫の話を描いていた人の本です。現在は金併梅という話を連載しており話のまとめぶりの見事さ、ヒロインの持つ黒い魅力(黒いんです。でも人間らしくて引き込まれるんです。)に大ハマりして追いかけている最中です。(最も内容が大人向けなので友達に貸すのは見合わせている。)この本の話にもその片鱗が見えてやっぱりあの話を描いている人の本だなあ~と納得してしまった私でした。

 金のがちょう…ドラえもん映画シリーズでも題材として取り上げられていた(最も10作を超えた辺りから大長編シリーズは微妙だと思うけれども。不二子F藤尾先生もお亡くなりになってしまったし。)「お姫様を笑わせたらお婿さんにしてあげる」話です。原典でもお姫様を笑わせたはいいものの身分も無い村のバカ息子を婿にするのが気にくわずあれこれ難題を出して破談にしようとしていました。(だったら初めからそんな御触れ出すなよ。)
 そんな「あれこれと難題を出した」点をメインにした男女逆転ストーリーでした。話の中では唯一女体とか裸とか濡れ場とかが出てこなかった話でエロス要素を入れない話でも雑誌掲載式のグリム童話として成り立ったんだ、とかなりビックリしてしまいました。(初めて読みましたよ、グリム童話文庫シリーズでエロくない話を…。)話としては普通のシンデレラストーリーとして読みやすい話でした。最も最後にがちょうを飼う意味がよく分からない話でもありましたが…。

 カエルの王様…王様「姫よ、お前はそのような約束をしたのじゃな。」
姫「確かに約束はしたけれど約束を守るという約束はしていないわ!」

そう言って主張すれば良かったのに…ともあれそんな「約束」の為に娘の貞操を売り渡した王様がクズだと思ってしまいました。(今まで誰も「約束」を守ってくれなかった辺り、それまでの娘達の父親は全員親として真っ当な人間だったのでしょう。)それまでは「来ないで!醜いあなたを愛することなんてできないわ!」と泣きながら拒んでいたのに素顔(美形)が分かったとたん(隣国の王子様への憧れはどこへやら)180度態度が変わったお姫様の変わりように所詮男は顔なんですかとげんなりした部分もあったり…ゲフッ!(そういえば始めから面食いの気があったお姫様だったよね…。)カエルは原典でも壁に叩きつけられて内臓が破裂して死んだりロクな目にあっていない(それに気づいたお姫様は「どうしよう、お父様に叱られる!」と自分の身しか心配していない。そんな姫と結婚するのは本当にOKだったんですか?)のでそれに比べるとまだ性格のいい姫で良かったねと拍手してしまいました。人間は顔より中身だよねということをちゃんと…言っているかなあ、この話は?(むしろ男は顔説を思いっきり肯定してるようにも…ゴフッ!)

 クリスマス・キャロル…3人の精霊はどこ行った!?というクリスマスを題材(きっかけ)にしただけの全然別の話になり果てています。不器用な母親の分かり辛い愛情を描いた話で、娘のメアリの親の高慢顔をズタズタにしてやる(裏を返せば親の大事なものをぶち壊した人間として、親の中で存在を大きくしたいという愛情の裏返しでもあるのですが。)という暗い想いに引き込まれて一気に読み終えました。母親のアガサはおそらく「娘と同じ名前だから。」という理由で彼女を雇ったのでしょうが、それが本当に娘当人だったというのはまさしく奇跡でしょうね。(娘に与えた人形が超都合よく出てきた時には恐怖に駆られたが、後から冷静に考えれば第3者が取り出したのだろう→何故メアリは同じ人形を持っていたのか?という事実に気づいたことでしょう。)幻覚を通して自分の人生を振り返った後、他人からの恨みに一時は怯えたもののこれが自分が望んで招いた人生だと納得(覚悟)したようです。最後まで娘にまで媚を売らずに死んでいった様はいっそ潔いと感動してしまいました。(ぶっちゃけ自分から子供捨てて蒸発したくせに孤独な老後を迎えたとたん苦労した母親顔して子供の同情を買おうとする勝手な母親は多い。本当に可哀想なのは親の勝手な都合で振り回された子供当人でしょうに。)最後は口先だけのごまかしじゃなくて相手にどれだけのことを残せたかという誠意が物を言うんですよね。

 タニシ女房…中国の民話です。元の話は身寄りのない男を哀れに思ったタニシが女に変身してこっそり身の回りの世話をしていた所、男に殻を隠されて「もう元には戻れないだろう。俺の女房になってくれ。」とそれまで世話した恩はどこへやら人間として生きるように脅迫されたという物です。最初は我慢して従っていたタニシも子供が大きくなり「タニシ女房の子供。」と苛められるようになると「私もう耐えられません!殻を返して下さい!」と夫に強く迫り、タニシに戻ったそのとたんに消えてしまったという「天女の羽衣」のような話でした。
 話について「情があるなら与えてもらうのは当然」(むしろ「ドン引きなんかしてないのに何故与えてくれないの?」と情の名の元に他人が自分に無償奉仕するのは当たり前だと考えている。)いう自分にとって都合のいい所だけ持っていこうとするおいしい所取りの考え方は、義母の仕打ちはあんまりにしても側にいたらムカつく女だろうなあと思ってしまいました。義母とのやりとりを見れば分かるとおり、こういう鈍い人って1度人間関係が崩れるとそれまでの恨み(ギブアンドテイクが成り立ってない一方的奉仕関係。)がブワッと出てきてこじれる所までこじれるんですよね…。桂々が彼女に嫌気がさして逃げて行ったように、義母が彼女を叩き出したように、そういう人間は最後には誰も手を差し伸べません。本当の人との絆が欲しいのなら後半の美雨のようにちゃんと苦労もしなきゃダメという話です。

 コッペリア…18世紀のポーランド(それも18世紀中頃。18世紀後半には歴史にナポレオンが登場しているのでその頃にはポーランドは分割され切って地上から消滅している。)南部を舞台にしたバレエ名作です。窓辺に佇む美女・コッペリアを気にするフランツにやきもきした婚約者のスワニルダはある日コッペリウス老人の屋敷に忍び込みコッペリアに「ちょっと話があるんだけど?」と牽制をかけようとします。(…それ以外に「話」なんてあるまい。)しかしコッペリアは実は人形でした。コッペリウス老人の人間の魂を人形に移す研究の為の罠だったのです。(どんだけピノキオな研究ですか?)時同じくして見事に罠にかかり捕まってしまったフランツ。(バカか、お前は!?)それを見ていたスワニルダはとっさにコッペリアに化け部屋を滅茶苦茶にした後唖然とする爺さんを残してどさくさに紛れてフランツと逃げだしました。そして2人はめでたく結婚式を挙げるのでした。
 以上が原典のあらすじです。そんな男と結婚して本当にいいんですか?という感想を竹崎先生も持ったのか、話の中のスワニルダ(ニワヒルダ)はフランツとの結婚に対して滅茶苦茶悩んでいます。普段から恋愛小説(最も彼女の妄想から考えるに官能小説に思えてならないが…ゲフッ!)をふんだんに読んでいるだけあって恋愛にいらん夢(誇大妄想)を抱いているようです。しかし少女漫画に登場するような男性キャラは実際には存在しないのが現実です。一目惚れと言えば情熱的に聞こえがちですが所詮相手の外見だけにのぼせ上がっているふしだらな思いです。コッペリウス爺さん(老いてますます盛んな最低ジジイ。)の言うとおり恋愛にいらん夢を見るからバカを見る羽目になるんです。実際の男というのは汚い生き物なんですよ、ニワヒルダ。

 夜叉ヶ池…美濃(岐阜県南部濃州)の昔話です。民話では揖斐川に沈められ竜神に捧げられたのは安八太夫の娘である夜叉姫でした。(だから夜叉ヶ池なわけね。)この話のように「雨を降らせたので娘を嫁に貰いたい。」という「代償に奥さんを下さい。」という民話はとてもよく聞きますが…神様達は皆そんなにも(簡単に神通力使っちゃうほど。)嫁不足に悩んでいたのでしょうか?太夫は嫁に出した後も娘を訪ねて何度も池を訪れある日「どうか一目姿を見せて欲しい。」と頼んだところ大蛇が表れ「これが今の私の姿です。よく見て下さい。」と言って消えていったそうです。
そんな訳でお小夜の悲しい運命も太助の生涯独り身を通した清らかな生き様も全てはフィクションです。お小夜が龍神に捧げられたのは彼女の母親を忘れられない龍神の希望(そんなにまで嫁が欲しかったのか、龍神よ!)だったそうですがそんなに好きなら母親を襲ってくれ全く関係ない娘の被害に悲しみを感じてしまう私です。18年前一緒に逃げた父親の方は一体どうしてしまったのか(少なくとも村に来た時は母親一人で行き倒れていた。まさかあんなにドラマチックに愛の逃避行をしていたのに子供が出来たとたん重荷になって捨てられたのだろうか?)色々ツッコミ所は多い話ですが、、ともあれお小夜がどんな姿(半人半蛇)になっても変わらぬ太助の愛情に感動した話です。救いようのない結末ですが2人の絆が美しいなあとそこだけは感動してしまいました。

あさきゆめみし①

2011.06.02
 偶然ですがこのFC2のPR(100円で2億円当たるという馬券のCM。実際に世の中にそんな上手い話があったら怖い。)に作者の大和和紀さんの漫画が使われていてビックリしました。「あさきゆめみし」以外の大和先生の絵を見たのは初めてでカラーが違うな~と感じてしまいました。
 おそらく最も原典に近いであろう紫式部の「源氏物語」の漫画化作品です。作中に男達が集まって女談義をするシーンがありますが、そこで(紫式部と同じ身分の)中流こそが素晴らしいとしている辺り作者の自己賛美ぶりが分かります。(自分は17も年上の夫とさえ上手くいかなかったくせにね。)物語としては素晴らしい作品ですが作者の性格は最悪だなと初めて習った時に感じてしまったのを思い出してしまいました…ゲフッ!

 桐壺の更衣…源氏の君の母親。身分が低すぎて帝を独り占めするのには不十分な立場ということで正妻の弘徽殿の女御以下高貴な女性達から恨まれ、渡り廊下にウンチをまかれたり(結構下品な嫌がらせを…撒いた人は誰だ?)毒薬を勧められたり数々のいじめにあうことになってしまいました。(なのに桐壺帝の屋敷に移されたりと破格の待遇を受けたことでよけい苛め心に油が注がれてしまいました…ゲフッ!)源氏の君を生む時に悪霊と「自分の命と引き換え」に産むことを約束してた辺り難産でその場で死ぬ(葵の上なんかはその場で死んでいた。)と思っていたのに子供が3歳くらい(ペラペラしゃべれる年頃)まで生きていたのも意外でした。儚い死に様でしたが、予想していたよりも長く生きられて、帝の永遠の女性にもなれて、立場的にいえば十分恵まれた人生とは言えたのではないでしょうか?個人的には彼女よりも彼女が残した源氏の君がこれから巻き起こす数多の女性の悲劇の数々の方が気にかかってしまったり…ゴフッ!

 藤壺の女御…源氏の君の永遠の女性。桐壺帝の妃ですが寵愛を独り占めしつつも、身分が高いので苛められることが無くても、所詮「桐壺の更衣の身代り」でしかないことを本人も分かっており(実は源氏の君にとっての紫の上と同じ立場。)人として女性として満たされることは無かったようです。それでも義理の息子と関係してしまうのはルール違反だと思うのですが…ゲフッ!(せめて避妊しなよ、お二人さん!)女性としては哀れな立場といえるのかもしれませんが、同じく「身代わり」として育てられた紫の上の不幸はその上を行っている(しかも彼女の不幸の一因でもある。)のであんまり同情はできないような…ゴフッ!(むしろ他の男と不倫できて、子宝にも恵まれている辺り藤壺はまだ恵まれている。)本心から彼女を見ていないとはいえピエロにされた桐壺帝(しかも相手は実の息子ですよ…!)だって可哀想ですし微妙な恋だなあ(少なくとも応援はできない。不倫とは往々にしてそういうものかもしれないが。)と思ってしまいました…ガフッ!

 六条御息所…源氏の正妻・葵の上に子供が出来たことで(それまで妻と不仲という彼の言葉を信じていただけに)大ショックを受けてますがこれは不倫相手に奥様の悪口を言ってしまうという基本的なルール違反をしてしまった源氏の君が悪いと言えるでしょうね。(そこまで奥様が不満なら自分が取って替われる、勝てると期待してしまうのです。)美しくたしなみ深く才気があるが妻とするには気疲れする重苦しい女性(「奥様の方にも顔を出すんでしょ?」(自分の所に来るかしら?)等々常々行動を試されてばかりで安らげない。恋人という「別個の人間」として付き合うのならともかく「妻」として毎日のように顔を合わせるのは苦痛になるのでしょう。)と源氏に思われている通り自分から尽くそうとはしないのに嫉妬深さは物語中一番の女性です。(この人よりはまだツンデレの葵の上との方が上手くやれそう…あぐらかいて尽くされことだけ待ってはいないから。)自分がこんなに(生き霊となる程)思っているのに、とはいえ相手は奥様持ち、自分だって未亡人とはいえ子供がいるんだしもうちょっと落ち着けないものですかね、お母さん?嫉妬に狂うのはともかく薔薇(「そうび」と読むのは初めて知った。)を食べてもおいしくないよ!とツッコミの絶えない女性でした。

 夕顔…頭の中将の元恋人。(彼女の娘が玉鬘。)執拗な六条御息所に疲れた源氏は彼女の相手の気持ちを「何も要求しない所」に惹かれたようです。(それって相手の事がどうでもいいってことでもあるんですけどね…ゲフッ!)おそらく彼女は今でも頭の中将を愛していながら正妻の制裁(シャレじゃないです。)が怖くてこの先会うことを諦めており、人生を捨てたが故、自分の体はどうでもいいので源氏に求められるままに関係したんでしょうね。源氏にしたって本命はあくまで藤壺の宮であり恋に溺れてるとはいえ浮気相手に過ぎない(つまりお互いに「本気の相手」ではない。)のでそこを踏まえると六条御息所にとり殺されてしまったのは哀れといえるでしょうね。(どうでもいい相手の為に殺されてしまったわけですし。)こうして彼女が若くして亡くなってしまったが為に後に娘の玉鬘の悲劇(源氏との同棲)が始まります。人生がどうでもよくてもヤッていいこと(カタカナ変換)と悪いことがあるという話です。

 末摘花…後ろ姿は美人な人。(限定形。)源氏の君の恋人の中ではもっとも醜い女性にして唯一他のキャラと確実に混同せずにハッキリ見分けられるキャラです。(禁句。)浮気男・源氏の(唯一の)いい所は1度関係した女性にはきっちり生活の援助をしてあげる所で(だから姫の肩には侍女・下僕達の食費・衣料費・火桶代がかかっていた。)ヤッてさえしまえばこっちの物という命婦の計算は実は理にかなっていました。(頭の中将辺りだと飽きたが最後、ほっぽらかすので。)見た感じは「妖変源氏物語」の花散里に似てますが中身は世間知らずのアホ女のようで(源氏のどうしようもない内面を見越してそれでも憎みきれないからと悟っているわけではなく初恋に浮かれた少女独特の考え方でひたすら「いい面」しか見ようとせずにのぼせ上がっている。)源氏の君を微妙に感じる私としてはあまり好きにはなれなかったり…ゲフッ!見た目だけはコミカルで好きなんですけどね。

 源の典侍…色ボケばあちゃん。とはいえこういう元気なおばあちゃんは結構好きだったりします。(たとえ熱烈勘違い女でもベタベタしてなくてオープンな所が可愛いなあと思ってしまったり…。)源氏の君に言わせれば殿上人らしい駆け引きにも長けた風流人でこれであと30年若くて色好みでなければ最高の女性なのに…だそうです。(源氏の君は末摘花を例外として教養のない女人には興味無いそうです。)籐の立ったおばあちゃんとはいえ結果としては源氏の君と頭の中将を2人とも(一応は)ものにして夫の修理の大夫にも認められていて一時でも美味しい思いを出来て良かったねと思ってしまいました。シャレにならない暗い恋ばかりの話なので、このおばあちゃんカップルの明るさには内容的に救われてしまったり…ゲフッ!

 葵の上…ツンツンした性格が裏目に出てしまい正妻でありながら寵愛を逃してしまった人。おそらく源氏の君がせめて親王レベルまでに位の高い人だったら尊敬(納得)もしたんでしょうが幼い頃から「将来の皇后様」として育てられてしまっただけにたかが「臣下の妻」にまでレベルを下げられてしまったのには我慢ならなかったようです。挙句にその冷たさが災いして源氏の君の足が遠のき六条、夕顔その他に浮気し始めると「高貴な私を差し置いてこれは私への侮辱だわ!」と余計意地になってしまっていました。(結果、旦那の足はさらに遠のくという悪循環に陥り、むしろこの状況下でよくピンポイントに妊娠できたもんだと思ってしまいました。)元々源氏は(一応)真面目な性格ではある(真面目すぎていつまでも藤壺のことを忘れようとしないという最悪の欠点がある。)のでこの人がしっかり心を掴んでいればここまで浮気癖は開花しなかったのではないか(おかげで正妻を怒らせても「違う所」で息抜きをすればいいこと放っておけば衝突しないですむことを学んでしまっているような…ゲフッ!)と思うと微妙な女性です。愛しているのなら素直に相手に頼ることでしたね、葵さん。

キャッツ&ドッグズ

2011.06.01
 前半まあまあ、後半くだらん展開の極みとなった、同じく「猫の姿」目当てに見に行った父親にまで「こんな映画、作っちゃダメだろ!」(全否定)と最低の評価を下されてしまった映画です。まあ、色々な種類の犬猫は拝めるので一度位は癒しを求めて見ても良いけれど、2度はいいし、続編にも興味は湧かないかな(ネット情報によると主人公のルーが組織のトップになったんだとか…終わってるだろ、犬組織!)と感じてしまった作品でした…。

 ルーザー(いっこく堂)…ブロディ夫人「最高に可愛いビーグル犬だって、電話で伺った話じゃ良さそうな感じだったんだけど…。」
老人「…ずい分、大きさが変わったな。色も、種類も。」

色も種類も変わるかよ!とうちの弟にまでツッコミを入れられた、まさかの展開(手違い)によって「唯一のビーグル犬」としてブロディ家に引き取られた本映画の主人公です。(本部の方も何故、同じ犬種を代役として用意しておかなかったのだろうか?)負け犬ルーザーという嫌な名前をつけられた(いやいや「るろうに剣心」の齊藤一が「負け犬の由縁は負けたからではない。『戦って』負けたから、戦わなかった傍観者に負け犬とそう呼ばれる。戦わなければ男は『負け犬』にすらなれやしない。」と素敵な説を唱えてくれているし、そう悪い名前でもない、かも、よ?)事で腐って、せっかく家出をしようとしていたのに、その前にエージェントとしての生活にすっかり魅せられて、やる気になってしまった彼。本部もこれ以上、自然(?)に他の犬を飼わせる時間が無いと経験不問で行く事にした様子です…。

 ブッチ(菅生隆之)…ルー「見て見て、これ得意!シッポと鬼ごっこだよーん。」
ブッチ「どーゆー事なんだ!?ド素人の子犬を送りこみおって!まだ去勢前のチビ犬に、この任務が果たせると思っているのか!?」

ブっちゃん、ブッチ切れないでとチワワも真っ青なまさかの展開(最新の技術を身に付けた有望な新人どころか、ズブの素人がやってきて、前任者からの引き継ぎだけでなく常識まで一から教える羽目になった。)には、さすがの彼も激昂した模様です。彼のフォローのおかげで一応そつなく任務もこなせていたルーでしたが、訓練学校も出ていない子犬ちゃんは所詮心構えが成っておらず、おかげでせっかく満場一致でアレルギー治療薬の為にブロディ一家は犠牲にしようと決が出たにも関わらず、治療薬を持ってノコノコ待ち合わせ場所に行ってしまい、バカな後輩(ルー)の為に、治療薬は奪われ損、責任押し付けられ損(「僕達、これからどうすれば良いの?」「僕達?お前一人のミスが招いた結果だろ。俺まで同列にしないでくれ!」byブッチ)と、どこまでも苦労する羽目になるのでした。ご愁傷様です、ブっちゃん。

 スコット少年(アレクサンダー・ポロック)…スコット「ルー、起きて、死なないで。負け犬ルーザーなんかじゃないよ。お前は僕の最高の友達だ。」
ルー「…君も僕の最高の友達。」

この子、人間の友達が1人もいないんだろうか?と映画中でも「他の友達」の姿が全く見られない(犬が一番の友達…ね。)様に一抹の不安は覚えるものの、お約束ベタ展開により「主人公」のルーが死ぬはずもなく、うっかり人間語で答えてしまった事実も綺麗にスルーされて(…いいのか?)、ラストでは良い犬と飼い主をやっていました。結局、ルーザー(負け犬)という、前任者バディ(相棒)に比べるとあんまりな名前は正式にカレーの元みたいな名前(ルー)に改名されたらしく、蔑んだ呼ばれ方はいつの頃からか、されなくなるのでした…。

 Mr.ティンクルズ(いっこく堂)…メイド「Mr.ティンクルズちゃん!本当に悪い子ね!お行儀を叩き込んであげるわ!これからは私達姉妹と一緒に暮らすんでちゅよ!」
Mr.ティンクルズ「…ニャんてこった。」

極悪な本性がバレても許して貰え、人語が話せる不気味な猫であることを承知の上で飼って貰えるなんて、大嫌いなファッションショー三昧の日々とはいえ恵まれているじゃないか(普通だったら問答無用で保健所送り(死刑)になっている所を、全て無かった事として可愛がって貰えるなんて、可愛がり方はアレにしても物凄くラッキーな部類だと思うぞ。)と大した事の無い結末に呆れながら見てしまったものでした。世界征服を企むのは別に良い(良くも無いが)、だがその為に車を運転(暴走)させたり、従業員をクビにして反アレルギー薬を作らせたり(そもそも、そんな薬がそう簡単に作れるはずもないと思うが。)している様には、人間にまで目立つ行動を取らずに、あくまでも「水面下の戦い」を続けてほしかった(それがこの手の映画のミソでしょうに…。)と、とても残念に感じてしまった敵役です。トップからしてダメダメだった事を切に感じてしまった猫組織のボスでした…。
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