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ツァラトゥストラかく語りき

2011.12.31
 やっと行事・イベント関連が終わったので私事の友人のことについて(5月以降の記事参照。)色々書き足しておこうと思います。もう何年も前になりますが(大学に通っていた頃だったから8年前位。)友人がゲームのゼミに受かって「自分の考えた企画でゲームを作る」事が最終課題として与えられたことがありました。友達は「書店の万引犯を銃(ロボ)で撃って(当たった犯人は「ごめんなさい」と魂になって消える。)ポイントを稼ぐことでエンデイングが変わるゲーム」の案を出したのですが、いかんせん思いつき100%で言った企画だったのですぐに煮詰まってしまったそうです。悩む様子があまりに可哀想だったので私も以下の案を助言しました。

 エンディング①…撃ったポイントが高く高得点の場合
万引き撃退ロボ(仮名)は高く評価され会社経営にまで発展することに。同じタイプのロボが社員として働いている会社内。秘書(やっぱりロボ)がコーヒーを持って社長室をノックして開ける。
秘書「社長、ご苦労様です。」
社長「うむ。」
社長はもちろんかつて書店で働いていた第1号の撃退ロボである。(ネクタイ等で他の社員ロボとは区別。)

主人公はどうした、という当たり前のツッコミに関して(書店の店長よりロボの方に興味があったんですよね、私…。)このエンディングにはロボに下克上を果たされ、撃ったポイントが高い(狙撃能力が高い)だけに殺られてしまったという密やかな裏設定が込められています。なので主人公は他の万引き犯同様天国に昇っています。他人にしたことはいつか自分に返ってくるという格言を表してみました。(いや、マジでね。)いや、設定聞いた時にたかが万引きで撃ち殺すなんて酷過ぎ、と思ってしまって…。友人本人がよく人の物を盗む人(後で返してるとはいえ「友達」の好意につけこんで万引きのスリルだけ味わっているずるいやり口に思えたので。)だったので設定自体に共感できなかったんですよね。

 エンディング②…撃ったポイントが低く低ポイントの場合
主人公とロボは書店をクビになり別れ別れになることに。主人公は家庭に入り(…ヒモですか?)小さくささやかな幸せを手に入れていた。その様子を窓越しに寂しく見つめる撃退ロボ。やがて背を向け哀愁をただよわせながら去っていく。

やはり私はロボの方が好きで反対方向のバッドエンドもロボ視点でした。グッドエンドとは正反対に主人公が幸せになっています。(バッドエンドなので敢えて立場を逆転させてみた。)それが「万引き犯撃ち殺し」というゲームの基本設定を完全否定した物に仕上がった辺り、いかに自分がこの設定を嫌いなのか実感…ゲフッ!

 その案を友人がちゃんと練って展開したのかそのまま盗用したのかは謎ですがともあれゲーム企画はなんとか終わらせることができたそうでホッとしていました。全てが終わってから初めて関係者の方々が完成に向けて苦労してくれていたことに対しても気づいたそうで「苦労している事を気づかせないようにするのが私達の仕事。」という関係者の方々の言葉に物凄く感動していました。

 …それはそれとして関係者でもない全くの他人の立場から無料奉仕で、浪人中とはいえ色々やることも多かった中で案を出した私に対しては何も思う所が無いのかな、この人…と自分の事しか見えていない友人の態度に「…?」とも思ってしまった私でもありました。いや、見返りを求めているわけではないのですが、完全スルーされたことで…なんというか、こう、手心というか感謝する気持ちがゼロというのに、人を何だと思っているのかな、と…ゲフッ!

 ちなみに会社の方から就職の話もあったそうですが場所が遠いこと(関西方面…だったかな?)と給料が安いこと(「おそらく20万は切っているし、それで独り暮らしはちょっと…。」だそうですが任期1年目の新人に対してそれ以上の高額を払う訳ないじゃないですか…。)を理由に断っていました。友人が自分で決めることなので反対はしませんでしたがだったら何の為に私は手伝ったんだろう…(君は就職の為に頑張っていたのではなかったの?)とそこでも違和感が残ってしまった私でした…ゴフッ!



 さて本の内容について、ドイツの哲学者ニーチェが書いた終わらない物語です。24歳で大学教授という異例の抜擢を受けただけあって頭いいなあ、と思いながら読んでました。また、これは禁句ですが「神は人間の妄想であり作品である」という序文のバックの絵として描かれていたイエス・キリストの「最後の晩餐」や「ヴィーナス誕生」などの絵が微妙に下手くそで笑ってしまった話でもあります…ゲフッ!

 ツァラトゥストラ…最初に自信たっぷりな傲慢さでアレックスを苛めていた辺りこの子が実子の方だと思っていたので捨て子の真相にはビックリしました。(で、彼の親は誰なんでしょうか?)心中してしまう養父達を思い「私は何度でもやり直しいつか必ず違う結末を迎えてみせる!」と熱意に燃えていますが今の記憶をなくして赤ちゃんからやり直すという条件から考えるに結末の変化は凄く難しいことだと思うのですが…ゲフッ!(過去の失敗を「学習」しようがないじゃないですか。)そのやり直しの為に爺さんになるまで(実はロン毛と髭を切れば青年ツァラと変わらない外見が出てきたりして…ゴフッ!)嵐の丘の上で待ち続けなければならないのもなんだか切なくて泣けてきます。この無限ループから逃れるには彼一人の力だけじゃ無理があるような気がするのですが…この後も変化はないんでしょうね。

 ザロメ…刺されて埋められても生き返り、砂になって消えることもできて、結局何者だったんでしょう、彼女は?何はともあれそういうはしたない恰好は外見相応の年齢に卒業してほしいなあ(スタイルがいいのは認めますが、おばちゃん顔の貴女がそれを着るのはどうかと…ゲフッ!)と切に願ってしまいました。(30過ぎても子供がいてもああいう格好で頑張っちゃってる女性ってたまにいます。服装は個人の自由なので何も言いませんが見るたびに度肝を抜かれてしまう私達です…ゴフッ!)何もかも忘れて同じ失敗を繰り返してしまっているツァラ(赤ちゃんからじゃねえ…。)と違ってこの人は色々知っているので、彼女が上手くツッコミを入れてくれれば物語は変えることができるのに、ともどかしい思いも抱いてしまうキャラです。ともあれツァラやアレックスなど登場人物のほとんどが長袖を着ている季節にその格好は辞めて欲しいと思ってしまいました…ガフッ!(季節は秋のようですよ、ザロメさん?)

 アレックス…そう言われてみれば確かに父親に似てる(対してツァラは父にも母にも似ていない。)と捨て子の「真相」が分かった時には意外ながらも納得してしまいました。立場が逆転したと確信した時の笑みが印象的な彼です。(そして「可哀想なツァラ」と上から目線で同情している。自分がされて1番嫌なことをやって復讐しています。)ツァラは弱虫と言ってますがこの子の弱さは優しさゆえの弱さも含んでいるので個人的には嫌いにはなれないキャラです。(むしろツァラのように言いたいことを好きに言ってる奴は社会でやっていけないでしょう。人に嫌われるから。)牧師の身で殺人鬼になってしまったのは皮肉としてもそうしないと生きていけなかったほど辛かったのはなんとなく分かる気がしました。何度も繰り返しながら決してやり直せていない話の展開は悲劇としか言いようがないですよね…。

 父(牧師)…どうやら法衣以外の服を持っていないらしくアレックスに自分の法衣をお下がりで与えた後はずっとTシャツとトランクス姿で過ごしていました。(それは買おうよ。)ツァラを家族として見ていた母と違ってこの人の頭には捨て子を育ててあげているという意識、都合が悪くなると切り捨てようという男特有の考え方(あるレベルを超えるといきなり無視しだしたり男って結構手の平返すのが早いんです。)がありますよね。それでなくても下半身丸出しにして見世物になろうとしたり、神様への考え方を否定したりしてきてしまったツァラ(男はプライド高いので自分が否定されることに結構敏感です。禁句というのがあるんです。)はとうとう逆鱗に触れてしまったのでしょうね。こうと決めたら男は切り捨てるのは早いですし性格にリアリティがあるなぁと思ってしまいました。色んな考え方を受け入れられるほど柔軟になるのはやっぱり年いってからのようです。(最も余計意固地になってしまっている爺さんも世間にはいっぱいいますが…。)

 母…薬が切れた時の禁断症状や、値段(アレックスがあれだけ稼いでる、というか強盗殺人を犯しているにも関わらずあっという間に金がなくなる程、物凄く高額らしい。)から考えるにあの薬というのは阿片らしいです。(元々阿片は痛み止めにも使われていましたし、がんに対する有効な治療法は現代でも発見されてないので痛みというか罵詈雑言を止める為に使っていたのでしょう。)「捨て子なんて状況どうだっていいわよ!」とツァラのことは家族として認めているんですが母としての本能からとっさに気にかけてしまうのは息子のアレックスの方になってしまうのはいたしかたない…でしょうか?(皆に「明日輝く」の今日子のレベルを求める方が無理でしょうしね。)「お金は必要ですけど私達だって人間です。家族を悪く言われてまで物乞いのように恵んでくださいとは言えません。」というセリフにはなるほど「同情」をテーマにしてるなあ、と納得してしまったり。お金だけでも情だけでも生きていけないということを如実に描いていますよね、この作品。
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クリスマス・キャロル

2011.12.30
 その後も企画書がうまく進んでいないのを見かねて新しいネタ(物語)にこだわるんじゃなくてセミナーでOKもらった万引き撲滅ソフト(仮名)ネタを膨らませて考えると言うのはどうか?(セミナーで作った物は実際に販売されたわけではないし、ツッコミを入れられたら「それを考えたのは私です。」と堂々と胸を張れるし。)と以下の設定と共にメールと送ったことがありました。

 主人公…本屋の雇われ店長。氾濫する万引き犯対策に銃刀法改正を機についにAIを投入した!(投入するなよ!)
 彼女…会社のOL。それでなくても自分の都合の2の次の扱いをしてきた挙句に仕事にAIを投入することでますますなおざりになってきた主人公に呆れ自然消滅のフラグが立ち始めている。
 バイト…AI投入にクビの危機を感じ秘かにAIをいじめている。
 クラブのママ…主人公行きつけの飲み屋のママ。暴力団ともつながりのあるとんでもない人。
 女子高生…店の常連客。万引き犯の一人。
 インストラクター…主人公行きつけのスポーツクラブの先生。レッスンは体育会系並みに厳しい。
と登場人物を増やしキャラクターとの関わりによりエンデイングが20種類に変化する。

送った時は「内容見たときブワッと来ました。ブワッと。(何が?)最近自分が踏み出せなくてダメダメだな…と思っていたので物凄く励みになりました。以前の企画を膨らませること…自分ではどうなんだろうと思っていたので背を押してもらって心がふわっと致しました 」と感激しているメールが届いたので私も調子に乗ってしまい、その後も以下のようなエンディング案を送ったのですが

 ①「美人局」条件・ママと知り合い。好感度が低いにも関わらず届いたラブレターに従ってホテルの1室に行った。
ママ「店長さん、私ずっとあなたのことが…。」
 選択肢1・「じ、実は僕も…。」
 選択肢2・「じ、じゃあ契約書にサイン…。」
(1を選んだ場合)
突然乱入してきたヤクザ「おうおう兄ちゃん、人の女に手を出してタダで済むと思ってねえよな!?」
店長「え?な、何これ?どういうこと!?」
ママ「ごめんなさいね、店長。そういうことなの。」
店長「そ、そういうことって、ちょっと待…ギャアァァ!」
 その後、店長の姿を見た者は誰もいないという…。

 ②「契約」条件・↑で選択肢②を選んでいる。
店長「じ、じゃあ契約書にサイン…。」
突然乱入してきたヤクザ「何?銃火器売買の独占契約書!?」
店長「ええ、AIに投入する銃火器を充実させる為です。」
ママ「ち、ちょっとアンタ達…。」
ヤクザ「44マグナムにこれは安すぎだろ。」
店長「その代わりトカレフはここまで出しますよ。」
ヤクザ「ほう…。こちらの言い値より出すと言うのか。」
店長「ええ。相手があってこそのビジネスですから。」
ママ「ねえ、アンタ達。」
2人「うっさい!ビジネスの話に口挟むな!」
 こうして本屋は世界初の対テロシステムを取り入れた店となり猛烈に売り上げを伸ばした、が、数年後に暴力団と共に捕まったという…。

 ③「5股」条件・全ての女キャラの好感度が100以上
OL「ねえ店長、最近随分色んな女の子と仲がいいみたいだけど一体どういうこと!?」
店長(既にホスト崩れしている)「仕方ないじゃないか。君一人を大切にしたら他の子がかわいそうだろ。」
OL「あなた、ずっと私と付き合っていくって約束したじゃない!」
店長「もちろん約束したよ。しかし約束を守るという約束はしていない。」
OL「酷い!私の事を愛してるって言ったのは嘘だったの!?」
店長「そんな訳ないだろ。僕は今でも君の体だけを愛しているよ。」
OL「最低だなお前!」(撲殺エンド

案を送ったのに何の返信もなく何日も無視されそこまでドン引きされるほど酷い案だったのかと思い、友人にどの辺を改善すべきかメールしてみた所「えと、ネタにはドン引きしてません!携帯を新機種にしたらこれが打 ち づ ら い!」とメールを返され、つまり返信は面倒臭いから無視するけれどネタは利用してあげるからどんどん送ってという態度に愕然としてしまいました。ちょうどその時は彼女の誕生月でそれを祝う意味も込めてブログに記事を多めに更新したのですが、そこで前述の「ブログに日記は書いてみたりはせんでしょうか?」(見てあげているんだからありがたく思ってもっと更新しろ。)と要求されたこともありこの人はどこまで見返りを求めるつもりなんだとどちらもフリーズしてしまったものでした。ネタ的には今でもいくらでも思い浮かぶのですが、もう食い物にされるのはうんざりなので続きを書くことはないでしょうね…。



 やはりクリスマスといえばこれでしょう、ということでディズニービデオでも有名なディケンズのクリスマス話です。この話からディズニーにどケチなアヒルのスクルージ叔父さんというキャラが誕生しました。(新しい飛行機が出来たとき運転したがったお抱え運転手との会話「お前ね、いくら運転したいって言ってもこれが一体いくらすると思ってるんだ?」「僕、今月のお給料要りません。」「ようし!いいだろう、運転するがいい!」のやりとりが未だに忘れられません。強烈なキャラでした。)ディズニービデオの他、劇画番で映画化もされており人気のほどがうかがえる作品です。

 エベ二ーザ・スクルージ…劇画番にて、去っていくベルを見送る過去の自分に「バカ!早く追いかけろ!あんないい子は2度と現れないぞ!」と怒鳴っている辺り彼がその後いかに女にモテない人生を歩んできてしまったのかが伺えます…ゲフッ!ケチで薄情でイヤミな男と周りでは散々の評価をされていますが、マーレイが死んでから7年たった今でも「2人で立ち上げた会社だから。」と会社名(スクルージ&マーレイ商会)からマーレイの名前を削ってないこと、結局社員のクラチットに給料の前借りも休日もOK出してくれたこと…等々、生まれ変わる前も不器用なだけでそんなに悪い人には思えないのですけどね。(おそらく彼が嫌われている要因は「死にたいやつには死なせておけばいい。」などなど言わなくていい余計なひと言の数々せいでしょうね。)生まれ変わった今、あんな寂しい死に様は迎えない事だろうと希望を持って読んでました。

 ジェイコブ・マーレイ…7年前に死んだスクルージの共同経営者。「体には幾重にも鎖が巻きついていた。」という小説の表現より鎖で服が見えないほどにぐるぐる巻きになっている姿(巻き付きすぎだろ!)を想像していたのでなんだ大した量じゃないじゃないかとツッコミを入れてしまいました。(じゃなくて想像のビジュアル方が異常だったんだよ…。)「今更善行を施そうにも死んだ自分には語りかける言葉さえ許されない。」のにスクルージと会話できたのはまさしくクリスマスの奇跡なんでしょうね。友人を救えて良かったね(善行を施せたじゃないですか。)と読んだ後に慰めの言葉をかけてしまいました。良かったね、マーレイ。

 ベル…スクルージの元妻。劇画番では結婚指輪と金貨数枚を天秤に乗せ「ほらね、あなたにとっては私との愛よりも金の方が重い存在なのよ。」と自嘲気味に別れを決意するという印象的な演出がなされていました。(実際に金貨数枚よりも重い重さの指輪があるならちょっと見てみたい気もしますが…ゴフッ!)せっかく一緒にいるのに会話もなく、自分といるより仕事の方に情熱を見出して振り返ってくれないという現実に虚しさを感じてしまったんでしょうね。(「もう嫌!二人きりなのに何でずっとDS!?」という知り合いの痴話喧嘩を思い出しました。そういう状況なのでしょう。)とはいえスクルージは鈍感で自分から気づけないだけの男なので、ちゃんと話せば相手の方に振り返ってくれる(給料の前借りも突然の休日にもOKくれたわけですし。)とは思うのですが。2人が上手くいかなかったのは頑張って意思表示してこなかったベルの方にも問題はありそうですよね。

罪と罰

2011.12.29
 以前友人のゲーム企画書(万引き撲滅AIの話。)を手伝ったことがありました。セミナーが終わり自宅近くで就職したいが為にその会社の就職話を蹴っていた彼女でしたが、その後案の定というか世の中はそうそう甘いものではなく実家付近の会社に企画書を出してもなしのつぶてでなかなか採用(内定)とまでは行かなかったそうです。悩む様子が可哀想になって「村に王様がやってきた時に村人の一人になってエンディングを目指す」という別の案にまた協力したことがありました。前回と違い全く方向性が定まっていないシチュエーションに「…。」と思いながらも以下の案を出してみました。

王様の馬車に走ってついて行き小姓となって出世を目指す。(その際、靴屋のガラスを破って運動靴を手に入れるとスピードは上がるがテンポ良く走れずに馬車に置いて行かれてしまったら村人からリンチを受けるというバッドエンドが待っている。)

食品店で働き、地位が上がったらベルーガ(キャビアの中の最高級品)を取り扱えるようにもし王様が来た事で王本人に品質の保証を貰い貴族達への出荷も可能に→金持ち街道を目指す。(貴族御用達の名店の店長というグッドエンド。)

友達も目を輝かせて「どのような『人生』を選ぶかはあなた次第なのです。」みたいなあおり文句まで付けていましたが(それよりも自分でも少しは「案」を考えなさい。)メモを取っているにも関わらず「もう1回言って!」と2度も3度も同じ案を言わせ(つまり要点だけをメモして自分でまとめるつもりは無く丸写しをしている。)終いには携帯の録音(録画)機能まで取り出して「これで大丈夫だから、もう1回言って!」と要求する辺りこの人はどこまで他人に依存するつもりなんだろう?とドン引きし(他の案まで考えたらそれを「伝える」ことだけでも何時間かかるのさ?)と協力する気が失せてしまいました。せっぱつまっている割には言われた案を1度で覚える気が無い辺り真面目に聞いているのかも微妙でこの人は人に対する誠意が根本的に欠けているな、と改めて思ってしまいました…。



 ロシア文学の国民的作家ドエトエフスキーの作品です。タイトルだけは超有名ですが内容は今まで読んだことは無かったのでこういう物語だったのかと初めて親しめました。(てっきり哲学書だと勘違いしてたので…。手を出したことはありませんでした。)斧を頭にさして顔じゅうから血を流している被害者の描写が怖くて印象的だった話です。また物語の舞台ロシアはかのエカテリーナ2世が治めた国でもある(しかも場所はまさに彼女が降り立った帝国時代のロシアの首都サンクトペテルブルク。ピョートル大帝(ラテン語でペテロ)が聖人ペテロにちなんで名付けた「聖ペテロの街」です。ソ連時代はレニングラードと呼ばれ現在もモスクワに次ぐロシア第二の都市といわれるあの街ですよ!)ので変な所で喜んでもしまったり…ゲフッ!

 ラスコリニコフ(ロージャ)…「選ばれた人間だけが住む新世界を作るんだ。」

「デスノート」の主人公を連想するセリフだと思ってしまいました。自己賛美の選良主義的考え方といい似てるなあ、と思ってしまいましたが罪の意識に悩み続けたり、手を掛けたのは一応恨みある人間だったり(月くんのように実験台として見知らぬ人を選んだ訳ではない。)本人なりの(自分の中限定の物でも)理由があった分だけこいつはまだ人間だと思ってしまいました。金の為だけに見知らぬ人の屋敷に入って相手をめった刺しにしたという事件(あまりにひどい殺され方に警察は怨恨殺人だと思ったそうです。)もあったので一撃で終わらせたのもまだ人として理性が残っている証拠だとも異常殺人が増え続けている現代日本に生きている私は思ってしまったり…ゲフッ!(私がもし何らかの理由で殺人に手を染めたとしても彼のように「勢いに任せて」やることはできても顔を何度も刺したり、すだれ状に切りつけたりは絶対に不可能だと思うので…殺される側になってしまったとしてもまだ一撃で死んだ方がマシ(しかも頭じゃなくて顔じゃ死ねないし。)だと思うので…。)
 とはいえ百歩譲ってアリョーニャ(金貸しの婆さん)を恨む理由はあったとしても(それでも殺していい理由にはならないとは思いますが!)リザベータには何の落ち度もなく二人を殺したこの主人公にはどうしても「好き」にはなれませんでした(「人間」として理解できる部分はあったとしても。)最後に自分の身の程をようやく認めることもできたので(月くんは最後まで無理でした。)同時に足元の幸せも見つけることもできたのでこれから彼も大いにやり直してほしいです。余談ですが彼のバナナの皮をむいて頭から被ったかのような髪型がうっとおしくてたまらなかったので囚人の規則で切ってくれてほっとしました。あの髪形、微妙ですよねぇ…ゲフッ!

 妹・ドーニャ…「私は自分の為に結婚するのよ。それが兄さんの為にもなるならもっと嬉しい、それだけの事よ。」

その「自分の為」というのは昔の男スビドリガイロフから逃げる為というのも理由として入ってるんでしょうね。(少なくとも私は間違いなく二人は不倫していたと確信している。)婚約者のルージンがわざわざ挨拶に行ったのに「それ以上喋ったら階段から突き落とすぞ。」と実に失礼な態度で追い返した兄といい、スビドリガイロフとの事を黙って結婚しようとしていた妹(しかもその「過去の恋人」は彼女会いたさにこっちに来ている。「疑い」を抱くなという方が無理でしょう。イラつくのも致し方ないことでしょう。)といい性格の悪さは遺伝なんでしょうか?(挙句に些細な口論で「ゲス野郎」とまで言う。カッコ良かったけど良識ある婦女子の言う言葉じゃないですよ、それ。)1度別れたら取り付く島もない冷たさを見せるのは素晴らしいですが、じゃあ最初から手を出さないで相手に期待を持たせない方が良かったんじゃないか(基本的に男を見る目が無さすぎです。「事」に及ぶ前に相手の人格をしっかり見極めていればこんなことには…ならなかったんじゃないでしょうか?)と手際の悪さに「被害」を受けているはずの女性にしては微妙なキャラでした。3千リーブル(別に妊娠したわけでもないのに「慰謝料」としては破格すぎやしませんか?そんな額を正当な取り分だと受け取れる考え方もどうかと思いました。)もあれば家族一緒に暮らせると喜んでますが、それだって元を正せばスビドリガイロフのお金でしょ!?(君の金じゃないよ!)と現金主義ぶりが好きになれませんでした。そうやって結局金を受け取ったりしてるからまた誤解されるんですよ、貴女は。

 スビドリガイロフ…ドーニャに思いを寄せるエロジジイ。(でもジジイにしては結構ダンディなおじさまでハゲ・デブ・チビの三重苦揃ったその辺のオッサンよりはいい男のような…ゲフッ!)「君のいない人生など無意味だ。」(君の手で殺されるんなら幸福だ。)とまで思いつめている辺り、ドーニャの中ではもう完全に終わっている恋だとしてもかつて一線を越えた仲ではあったんだろうなあ(でなければ仮にも妻がいるのに殺人を犯してまで溺れる理由が分からない。片思い(プラトニック)でそこまでするほど溺れられるとも思えない。)と二人の仲を邪推してしまいました。彼女に振られて全てを諦めて自殺している(その辺の男だったらここで彼女を犯すか殺すかしてそう。そこら辺だけはいい人で良かったね、ドーニャ。)辺りは逆にストーカーであるはずの彼の方に同情してしまったり…ゲフッ!(3千リーブルもの金を貢いで貢ぎ損…ゴフッ!)罪な女ですよね、ドーニャは…ガフッ!

 ソーニャ…父親の飲み代の為に娼婦にまでなった娘。「なんて姿だ…。」と死ぬ間際の父親に幻滅されていましたが彼女がそうなった一因はお前だろ!飲み代だろ!とむしろ幻滅する権利はないとツッコミを入れてしまいました。両親が相次いで死に、弟、妹達の生活まで押しつけられてとそんな酷い人生を歩んでいるのに、他の娼婦はとても相手にしないような田舎者・鼻つまみ者を対等にお客として扱ったり、友人リザベータを殺した犯人さえ許したり、その犯人の支えになる為にシベリアまでついてきて苦しい生活に耐えたり…女神でしょうか、彼女は?(私だったらこんな状況に落とされてそれでも神のみ心を信じることは…できません、きっと。)確かに側にいてくれるだけで救われる人というか、こんな人と知り合えた辺りラスコリニコフサイドでいえばやはり神はいたのではないか(こんな女性と巡り合わせてくれたなんてありがたいですよ!)とも思える女性です。

 ポルフィーリ判事…ラスコリニコフを「デスノート」の月くんとすればさだめしこの半裸で盥の水に足を突っ込んでいた変人はLという所でしょうか?(お客さんを招いておいてあの格好って…確かに切れ者というか個性的な方だ。)しかしLのように犯人に裁きを受けさせようとしていたのとは別に彼はラスコリニコフの病んだ人生をも救いたいと考えていた(「お前が勝ったというなら罪の意識で震え続けているお前の苦しむ姿はなんなんだ!?」というセリフに優しさを感じてしまいました。もっともこれはラスコリニコフのように「罪の意識」を持てる人間にのみ有効なセリフでもし相手が月くんだったら効果ないだろうなあ、と思ってもしまいましたが…ゲフッ!)辺りお固いだけじゃなくて人として立派な方でもあります。事件が終わった後も「君はきっと立ち直れるさ。」と気にかけている辺りいい人だなあとを感じました。主人公を追い詰める人間にしてはいい漢ですよね、彼は。

洗礼④

2011.12.28
 まさか、まさかの展開の最終巻です。今までの展開を「脳移植なんてそんな、まさか。」と思いつつも信じて疑わなかった私としては最終巻でさわやかに騙された感を味わいました。「娘の体を乗っ取った母親の話」ではなくて「娘の体を乗っ取った母親を演じる娘の話」(ややこしいなあ、もう!)だったとは夢にも思っていなかったのであの終わり方には救われました。怪物など外界からの恐怖ではなく人間の内面から来る恐怖を描くのに楳図先生以上の人はそうそういないのではないでしょうか?まさに人間心理からくる恐怖を描いた第1級の作品と言えます。思わず1巻から読み返してしまいました。

 上原さくら…登場人物、読者を含んだほとんどの人間は彼女に秘密(脳移植。)があると信じてそれを暴こうと躍起になっていましたが実は秘密なんて始めから無くて全てはさくらの妄想だった(それはそれで危ないが。)というまさかの展開を盛り上げてくれた主人公です。(ということはガス事件、ゴキブリおかゆ事件、ムカデの自動車事故事件等々は全て母親でなくこの子の頭で計画した物ということになる。そう考えると許し難いキャラでもある。)その妄想に騙された者に囲まれた中で1人だけ正気の者がいたとしたらはたしてどちらが異質と見られるだろうか?と谷川先生も言っていますが(セリフを読み解いてみるとここでいう「正気の者」って妄想に浸かっているさくらじゃなくて谷川先生の事では?)その通り全てはまやかしだったのです。1巻から読み直してみると「今度こそは普通の女の幸せをつかむわ。」と言っていた母親のセリフをさくらは震えながらも聞いていたし(しかしあれで普通の生活といえるかは大いに疑問ですが。)幼い頃から女優業をやっていてプライベートの無かった母親の人生を探るのは案外簡単なことだったんでしょうね。(リバイバル映画が大スクリーンで再放映されているくらいだし人気があった分関連事項も見つけやすかったのでしょう。)ところで、谷川先生宅、良子さん、廃屋に生き埋めにした中島さん、殺害した記者(正確には前方不注意によるひき逃げという事故だが、展開を考えるとさくらが殺したも同然な気が…ゲフッ!)と水に流すには多大すぎる迷惑をかけているのですが、事後処理はどうなるんでしょう?

 上原松子(若草いずみ)…1週間以上飲まず食わずで生き埋めにされていたのに何故か無事だったさくらの母親です。(そもそもどうやって呼吸ができたのだろうか?)絶食の影響か少しスリムになっています。彼女の子供時代の写真に良子さんがハッとしている辺りさくらはやっぱり母親似のようですね。物語は彼女が美しさを失う事を恐れるあまりの強迫観念から架空の医者を捏造する所から始まりますが、改めて読み返すと当時のアパートの壁中に自分の写真を飾りまくっていた(しかも全部大判ポートレート…ゴフッ!)ナルシストぶりが分かり改めて引いてしまった女性です。さくらが成長した後も「信じられないだろうから持ってきてあげるわ。」と持って来たのはやっぱり大判ポートレートで(そんなに美しく取っておいたんなら飾っておけば?)よっぽど自分大好きだったんだなあ~と改めて認識しました。でもね、人間最後にものを言うのは見た目の美しさでなく心の美しさなのよ…と、言った所で見た目の美しさだけで十年以上も稼いできた人には響かないんでしょうね、きっと。

 谷川先生…今回の事件で1番迷惑を被ったご家庭。(特に奥様。)先生自身は知ったかぶりで物語をまとめていますが、和代さんの立場からすると「妄想だからしょうがないよ。」と軽~く流せるかどうかは大いに疑問だったりもします。(私なら「取りあえず気の済むまで殴らせろ!」と暴挙に出てしまいそうです…ゴフッ!)最後は奥様の方も熱で倒れてしまったし、おばあちゃんは交通事故で入院したままだし(さくらといい松子といい女性陣は入院してばっかりです。)本当にあれでいいのか、許せるか、と被害状況を考えるとやっぱり今一つ冷たさを感じてしまう旦那様です。(いや、男とはそういう生き物なのかもしれないけれど。でも嫉妬深い女としては納得しきれないものが残るのよ、先生。)

 良子さん…小学生であそこまで友情に殉じることができるのはすごいと思いました。(現実は厄介事に関わりたくないとばかりに遠のいていく人がほとんどなのですが。偉すぎます。)あの広大で不気味な屋敷で子供2人で過ごすだけでも怖い上に、母親の埋め立て場所から手が出てきたときにはパニックを起こさずさくらと共に逃げ出そうとした(ほとんどの人は怖さの余り1人で逃げるだろう。)勇気には感銘を受けました。地味系だけど(禁句。)とてもいい子ですよね、彼女。

 「蛇」…どう考えてもワシントン条約に反しているとしか思えない大蛇(日本の蛇があれだけ巨大になるとはとても思えない。絶対密輸物だろう。)と共に家に閉じ込められた少年の話です。義母に化けた大蛇はおそらく葉山かおりさんの顔を知ってその上で同じ顔に化けたのでしょうね。(車にはねられる前から父の隣の助手席に座っているなんて芸当は不可能なので。)ともあれ、これで少年が義母に不信感を持つのは確定的で(同じ顔じゃなあ…。)その後の家庭生活に不安を覚えた話ではありました。

 「幻の蝶」…森に迷い込んだ人間と幻の中で愛し合った蝶の話です。冬の只中に花の咲き乱れる森が果たして存在するかという疑問(禁句)は置いておくとして幻想的な話で気に入ってます。あのお兄ちゃんには命が助かる際に見た不思議な体験を忘れずにいてほしいです。それにしても口移し以外食事方法は許されないのでしょうか、ね?

洗礼③

2011.12.28
 今回お母さん主役の話が多い内容です。(アンチお母さん派の私としては彼女の自分勝手な過去など別にどうでもよかったり…ゲフッ!)実在の女優のパロディである田中絹子というキャラが登場し(田中絹代さん。最優秀女優賞まで取った本物の大物女優。今年の大河ドラマ「龍馬伝」に出てる寺島しのぶさんが35年ぶりに日本人で同じ賞を取ったことで一緒に名前が報道されてました。そんな偉大な人のパロディになんてこと言いやがる、松子!)時代を感じた話でもありました。

 谷川先生…奥さんとの離婚届を持っていましたが日本の離婚制度は用紙の記入だけで成立するほどアバウトではなく戸籍謄本を添付しないと受け付けられない事になっています。彼はおそらく区役所に用紙だけ提出した後さくらを連れてとっとと帰り「谷川さん、この用紙なんですけれども必要書類が欠けていまして…あれ?谷川さん?谷川さーん!?」という展開でさくらを騙すつもりだったのでしょう。(そもそも「愛は薄汚い。」発言をしたあの谷川先生が「好きだよ。」「愛してるよ。」などという寒い発言を連発している時点でさくらは気付くべきでした。)奥様との仲も修復し(近くの病院に来たついでにしゃあしゃあと実家の彼女に会いに来ている。)さくらを精神科にかからせようとしたり、やっと真っ向からさくらと戦う気になったようです。

 上原松子(若草いずみ)…さくらの母親。田中絹子さんへの暴言については「あの人は私みたいに不細工じゃないわ!」の間違いだろと思わずツッコミを入れてしまいました。(事実その後の彼女の醜い変貌ぶりは田中さんの比ではない。)いつまでも美しくいたい気持は同じ女として分かりますがそれはそれとして性格の美しさも大切ではないのかと今一つ(一つどころか十個くらい。)共感できなかった女性です。養われているからと言って親が常に彼女に媚びへつらっていたのも性格が歪んだ要因でもあるのでしょうね。(「地下鉄に乗って」のアムールは毎日電車で通う距離を歩いて働きに出て親を養う日銭を稼いでいたし、昔なら子が親を養っているのもそう珍しいことではありません。そして当たり前のことですが金銭関係と親子関係は別の関係なんです。)手術計画については何故男の子じゃいけないのか?という当たり前の疑問が今更ながら引っかかりました。美形の男の子になってまるで違う人生を歩むのも1つの手だと思うのですけど、ね。(そんなにスカートがはきたいんですか?)

 良子さん…さくらの親友。「中身はお母さんでも体はさくらちゃんなのだから。」と彼女の為に奔走してますが中身はどうでもいいのかい!と私は逆にツッコミを入れてしまいました。記者にさくらの秘密を漏らしたくないあまりに貰った一万円札を破いていましたがそんなことをしたら返しようがなくなるという当たり前の現実はまだまだ見えていないようです。さくらの為に狂言に参加したり奥さんを騙す手はずを整えたり底抜けのいい人でもあります。そんな流されやすい性格だからいいように利用されてしまうんですよ、良子さん。

 上原さくら…人気絶頂の女優だったにしては三百万円の貯金は少なすぎやしないか?(日本ではほぼあり得ない広大な洋館をバブルの絶頂で買ってしまったのと今まで無職で金が出ていくままにさくらと9年間過ごしたのが原因で貯金を食いつぶしてしまったのだろうか?)と預金通帳の額に疑問を持ってしまいました。「大切に使う。」と言っておきながらタクシーの運転手に1万円丸ごとあげていたり(チップにしてもあげ過ぎです!)金銭感覚のきっちりしていない母子だったようです。土地税も考えると物語終了後あの母子が路頭に迷うのもそう遠い未来ではないのかもしれません…ゴフッ!

オルフェウスの窓④⑤

2011.12.28
 「歴史という物は時としてもっとも平凡な人物にその歯車を回す役目を与えるという悪戯をやるものだよ。」というモーリッツの言葉に象徴されるかのようにサラエボ事件(セルビア人の1青年によるオーストリア皇太子夫妻暗殺事件inオーストリア領地ボスニアの首都サラエボ)→第1次世界大戦が起こっている巻です。4年も続いた戦争なのにわずか7ページで終了しておりいくらなんでも省略しすぎだろ!とツッコミを入れてしまいました…ゲフッ!
 という訳で物語はイザーク編に突入します。七三分けだった髪形も変わってやっと主人公の一人として美化されたイザークの女性にフラフラしたどうしようもない青春が描かれています…ゴフッ!(聖者、清廉潔白居士と言われたあの頃の純情さはどこへ…?)

 ハインツ・フレンスドルフ校長先生…実はヘルマン・ヴィルクリヒ先生(エルンスト・フォン・ベーリンガー)の実祖父。復讐の為に育てた子供二人が揃って仇のアーレンスマイヤ家の女に惚れてしまうとは何とも皮肉な話でした。ヤーコプも自分の身元引受人だった彼が最愛の女性アネロッテ(の、どの辺が魅力なのかは疑問なのですが…。)を殺そうとした張本人だった事を知って衝撃を受け上着を残して失踪してしまっています。(実は自殺していません。)最後の娘の首飾りを使ったアネロッテ殺害計画他アーレンスマイヤ家全滅計画をヤーコプの為にも、ユリウス達を愛する人々の為にも実行しなくて良かったと安堵しながら死んで行きましたが、その後アネロッテはユリウス自身の復讐の毒薬によって倒れ、ユリウスも当のヤーコプによって殺される最後を知っている身としては微妙な死に方だと思えてなりませんでした…ゲフッ!愛は憎しみに勝るどころか完全に憎しみの方が勝ってしまっているような気がするのですが…ゴフッ!

 アネロッテ・クリスティアーネ・フォン・アーレンスマイヤ…ユリウス「召使の皆に睡眠薬を…そうか、毎晩皆が寝る前に飲む葡萄酒に入れたのか…。」

ワインは紀元前8000年前から存在しグラスで飲む習慣は2000年前のローマ時代からあった(歴史文献に始めて記されているのは紀元前3000年エジプトの象形文字でのワインの作り方。ワインはヨーロッパから広まったと言われており、その起源は猿が木に隠したブドウを放置して腐った物だったそうなのでこれよりかなり前から既にあったと思われる。)とはいえ、キリストが「これは私の血」と言って愛飲したとはいえ、ワインは宗教上も「儀礼的に飲む物」でむしろむやみに飲んで酩酊するのは罪とされていたのに毎晩欠かさず酒を飲んでいるなんて随分酒好きの召使が集まった館だったんだなあ~と驚いてしまいました。(モンゴルの高原地帯やロシアなどの極寒の地だったらまだ納得できますが、いかんせん物語の舞台はドイツです。)そして確かに「寝る前」とはいえほとんどの人がメイド服…という事は深夜といっても彼らはまだ業務中であり仕事中に何飲んでるのさ!(仕事を何だと思っているの!?)ともツッコミを入れてしまいました。アネロッテ姉様の作戦の成功はそんな召使達の堕落ぶりも背景にあった事をひしひしと感じてしまいました…ゲフッ!

 ラインハルト・フォン・エンマーリッヒ…かのナンネル・モーツァルト(モーツァルトの実姉の名)の再来と謳われ弟がヴォルフガングという辺りこの兄弟の名は他ならぬモーツァルト(ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト)姉弟から取ったと思われます。その為とはいえ10歳にもなって女装して舞台でピアノを弾く羽目になっているラインハルトが哀れでした…ゲフッ!そんな義理の母とアハハンな大人の恋愛を繰り広げている天才ピアニストです。おかげで連れ子(弟)のヴォルフィに恨まれ、ピアニスト生命を絶たれた男の恋人・エルヴィラの復讐心が歯車を回し若くして射殺される羽目になってしまっています。好き勝手をして他人の人生を弄ぶと報いを受けるという好例です…ゲフッ!フローラ母さんの方はこの恋には未来が無いと2人の年の差を指して諦めていますが、まさか実の息子に殺されて素早く終わる恋になるとは予想だにしていなかったでしょうね…。この事件をきっかけに夫婦は離婚し恋人を殺した息子の顔を見るのは辛かったのかヴォルフィは血の繋がらない父親に預けられたまま、母親は男から男へ渡り歩く事となったそうです…ゲフッ!(ヴォルフィ哀れ。)

 イングリッド・ザイデルホーヴァー…「トーマス…愛しています。本当です、今はあなただけです…。」

あるいはそうやってアントンからトーマス(夫)に心変わりしてしまった(そして今は「あ~、あんなこと言うんじゃなかった。」という気まずさしか感じない。女心とは本当にコロッと変わってしまうものなのだ。)からこそ目の前で他の男とラブラブしている挙句に子供まで作ったイングリッドが許せなくなった(最もその道を勧めたのは他ならぬアントン本人なのですが…。)結果アントンは「キース坊や誘拐事件」という復讐に走ったのかもしれません…。そこまで愛していたのなら結婚前に駆け落ちでもすれば良かった話で、世間に波風を立てることなくずっと自分とイングリッドの仲は続いていくと夢を見ていたアントンが甘過ぎた(そんなに甘いものではないのが現実。)と言えるでしょうね。ここでこの話は放置されてユリウス達のメインストーリーが展開されていきます(それでいいのか、この話…。)が、番外編によるとこの後イングリッドは息子を失った精神的ショックから錯乱が進み誰が誰かも分からないほどの認知症になったそうなので、どうにもアントンは許せませんでした。本当に愛しているのなら相手の幸せを考えてあげて下さい。

 マルヴィーダ・ザイデルホーヴァー…「許して、フランツ…!!私はあなたを待てなかったの!」

と変わらない愛情でマルヴィータを想い続けていたフランツに対して、妻子持ちの男と不倫していた自分を責める彼女でしたがオリンピックでさえ4年経てば次が来るのに別の女と婚約したまま5年以上も放置していたら普通に待ち切れないだろと(不倫の是非は置いといて)フランツの単純ぶりにもツッコミを入れてしまいました。誤解が解けた後、今も変わらず両想いだということに安心して呑気に野外でお昼寝に入っているのかと思いきや、あのシーンは世をはかなんだ2人が心中している所だったのだそうです…。(そこまで絶望的な状況どころか、いくらでもやり直しがきく場面だと思えるのですが…。)という訳で「窓で出会ったからには死んでもらいます!」というオルフェウスの伝説(作者の強引なこだわり)通りにまた一つのカップルが亡くなったのでした…ゲフッ!悲劇のカップルというより連絡ミスと確認不足から自滅したマヌケなカップルに思えたりもするんですけどね…ゴフッ!

 アマーリエ・シェーンベルク…カタリーナ「そうやってあの人の人生を閉じ込めておしまいになるのですか?それが本当の愛でしょうか?責任や義務とかいったしがらみで縛られて、そんな状況(だけ)に選ばれて妻になることが本当に幸せでしょうか?」

そしてまたそんな状況に追い詰められて夫になるイザーク先生も幸せになれようはずもなく一言で要約して「プライドないのか、アンタ?」というカタリーナのツッコミに気の強いアマーリエもたじたじとなっていました。そんなイザークの初めてのお相手である彼女は妾の子であるが故に人1倍気位が高くこの言葉はかなり痛かったようです。親はイザーク×ロベルタのように駆け落ち(同棲)までして愛し合ったものの性格が合わなくて破綻していました。それを「母親の生まれ育ちが卑しいから。」(母親の性格の非ではない。)と解釈した彼女は誰にも蔑まれない本物の貴族になろうと教養を身につけましたが貴族というのは本来騎士道に基づいて民の為に真っ先に自分の命を犠牲にする誉れ高い存在であり(その本来の生き方を貴族全員が本当に体得してるかは別問題として。)自分は上から目線でただ相手を利用しているだけの賤しい人間だったと火事の際の自分とカタリーナの行動の違いに衝撃を受けイザークからは手を引いていました。自分が「立派な人間」と自覚できるだけの自負(勘違い)があるからこそ「だからこれくらいは許される。」と周りの人間を利用していたのでしょうが、本当はそんな生き方自体が卑劣だとカタリーナを見ていて打ちのめされてしまったのでしょうね。相手を利用して幸せになろうとしている人間は得てして自分の中身に価値が無い事に目を瞑っていることが多いものです。自覚が出た分この人はまだ成長が期待できるでしょうね。(現実は見込みがないと分かるや自分が傷つくのが嫌でさっさと蓋をして無かった事にする人が多いので。)

 ロベルタ・ブラウン…「男の人はダメね。やっぱり整理が下手で…。」

と勝手にイザークの本を捨てて整理した自分にご満悦なロベルタ奥様。そんな感じで漫画コレクション(本)を捨てられたことから離婚した役者がいたなあとチラッと現実の離婚話を思い出してしまいました…ゲフッ!イザーク×アマーリエの時はあれだけ拒絶反応を見せていたカタリーナもロベルタに対しては自分と同じ自己犠牲心を持ち合わせた女性として「彼女なら許せる。」と2人の結婚を認めていましたがそれ以前の問題として結婚とは性格と生活の問題だという事を3人共分かっていらっしゃいませんでした…。いくら一途で忍耐強く困難に立ち向かえる女性でも趣味が合わないと世界が共有できない(「絆」につながらない。)という現実が見えていなかった故の転落ぶりです。「ありのままの相手でいい。」というのは「だから自分もありのままでいい。」と相手の為に変わる気も相手と向き合う気も無いという気持ちの裏返しであり、これでロベルタが上流社交界のマナーや社会常識を身につけた大人しい女性だったらそれでも上手く行ったのでしょうが、いかんせん彼女はどこまでも派手好きで品の無い女性でした。最後は貧乏生活に産後の肥立ちの悪さが重なった形で早々に亡くなっていましたが生きていてもイザークと上手く生活を育む事は不可能だったでしょうね…。イザークが自分で言っている通り問題は愛情の大きさでなくいかに相手を愛するかなのです。

オルフェウスの窓⑥~⑧

2011.12.27
 舞台はロシアのサンクト・ぺテルスブルク(現レニングラード)に移りアレクセイの(兄貴の)過去が語られた後に、イザークが女達の間をフラフラしながら青春している間ユリウスは何をしていたのか主役が移って物語が展開します。ロシアでは親しい間柄であればある程愛称で呼ぶ物(例アレクセイ→アリョーシャ。ミハイル→ミーシャ。アレクサンドラ→サーシャ、シューラ。ドミトリー→ミーチャ、ジーマ。ピョートル→ペーチャ。などなど。)ですがこの作品では混乱を避けるために全員正式名称で呼ばれています。なのにシューラ(正式名アレクサンドラ)だけ愛称呼びで差別だろと思ってしまいました…ゲフッ!
 物語はロシア革命を背景に展開されるので同じ時代を史実に忠実に描いた「アナスタシア倶楽部」(さいとうちほ)と読み合わせて見ると面白いかもです。(この話は史実上の登場人物を激変させたり歪曲部分が多いので基本的に信じてはいけない話です…ゴフッ!)

 ドミートリィ・ミハイロフ…野次馬「貴族達の動揺を考えたら見せしめの為にも死刑は逃れられないだろうな。」

当時のロシアでは死刑なんて皇帝の命を狙うなどの大罪を犯さない限り適応されないはずなのに、たかが囚人奪回失敗位で、ぺテルスブルク管弦楽団でも活躍している貴族のお坊ちゃんに対して凄すぎる刑罰が下されたなと驚いてしまいました。(悪くてもシベリア送り位で片が付きそうなものですが。)ヴァシリーサおばあ様が卒倒する訳です。(ちなみにこのヴァシリーサは古代ギリシャ語のバシリス(王妃、女王)から取られた語源は高貴なのに実際にはむしろ上流階級では使われてこなかった名前です。老い先短い人生で孫息子2人が騒ぎを起こして侯爵の称号を剥奪された上に最後は暴徒に殺される人生で名前までそんな命名だったなんて悲しいおばあちゃんです…ゲフッ!)最後は弟を立派な革命の志士に鍛え上げてやってくれと恋人アルラウネに託して亡くなっていますがその弟は長じてビラ配りやお使い程度の仕事しかできない(しかもそれすら失敗して仲間が捕まっている。)ダメ男にしかなっていない辺り、見事な悲劇だなあと思ってしまいました…ゲフッ!お兄さんの方は偉大だったんですけどね…ゴフッ!

 ユリウス・レオンハルト・フォン・アーレンスマイヤ…「そのような名は存じません。第一私は先ほどもお確かめのように女性ですし。」

それでも偽旅券で入国してきた性別詐称の不審過ぎる外国人であることには違いなく精神病院に送ってもらえたら破格の待遇普通だったら拘置所に送られてしかるべきという所なのですが…何故か貴族のレオニード侯の元で預らせるという異例の待遇を受けています。(それにしたって皇帝の姪が妻として住まう家は安全の為にも選ばれないと思うのですが…。)挙句に都合よく記憶喪失になって6年も悠々自適に生活を送るユリウス。(長過ぎです。)レオニードとも情を通じている様(レオニードの方に理性が無かったら確実に2人は出来上がっていた。相手は妻帯者なんですが、アデール姫の事は2人とも気にしないんですね…ゲフッ!)にそんな展開でいいのか!?等々色々ツッコミを入れてしまいました…ゲフッ!(アレクセイファンにユリウス嫌いな人がいるのはこの辺の理由もあるんでしょうね。)

 アレクセイ・ミハイロフ…「あばよ!お前と一緒にここで捕まるわけにはいかないんだ。」

つまりユリウス1人で捕まっていろと言いたいのでしょうか…?憲兵達が追っている人間及びその関係者にどんな扱いをするのかは犯し殺されたガリーナの例(正確には流産によるショック死。)を見ても分かるというのに…。(女として大ピンチです。ユリウスの記憶喪失は雪の上に落ちたショックではなく心因性の物だったのかと納得しました。)そうやって自分の都合で2度に渡ってユリウスを放置したくせに3度目の正直で(しかも故郷に帰る直前に)受け入れた様にはユリウスファンも色々思う所があるようです。(記憶がないくせに出会ったらスイッチが入ったように燃え上がれる部分も凄い。)そこでもし記憶がないのをいいことに黙ってドイツに送り返していれば2人の運命は変わっていたでしょうに、ね…。

 ミハイル・カルナコフ(憲兵隊大尉パーヴェル・ラザレフ)…「よく俺の顔を覚えていたもんだぜ。驚きだね!」

子供の頃に罠にかけた鳥を横取りした程度の事を7年間もず~っと覚えていて、いきなり殴りかかるなんて確かに驚きだ(顔だって体格だって変わっているでしょうに。)とアレクセイ達の記憶力の良さにビックリしてしまいました。馬車を起こしてもらったアントニーナが馬鹿にされたことをず~っと覚えていたようにこの話は異常に記憶力が発達した人間が多いなあと思わず感心してしまう名場面です…ゲフッ!(恨みつらみは忘れ難いと言うけれど、それにしても皆さんしつこすぎです。)アレクセイの仕事が主にビラ配り(だけ?)なのに対してこの人は憲兵隊大尉の立場を利用して仲間の脱獄に一役買ったり、素晴らしい革命家として活躍していました。が、最後に恋人アントニーナとの別れ方がまずかった(「仲間とあたしとどっちが大事なの!?」と縋る彼女を押しどけて仲間を選んでしまった。)というヘマをした為に暴走した彼女に仲間を売られてしまうという悲劇を引き起こしてしまいました。(ここで「お前の為にも妹のアナスタシアは必ず救ってやる。」とヨイショしていたら展開は変わっていたのでは…。彼女を常に仲間の二の次としてしか扱ってこなかったことがしっぺ返しを食らった原因でしょうね。)最後の自殺はもはや心中ではなく自滅に見え、女を甘く見ると見返りが来るといういい見本に思えてしまいました…ゴフッ!

 アントニーナ・クリコフスカヤ…ミハイル「贈収賄、文書偽造、でっちあげ裁判、嘘の密告…俺が一言訴えればお前のご亭主は罪人だ。」

あるいはだからこそご亭主は短気な妻とこの男を引き合わせて破滅するよう仕組んだのかもしれません…。(プライドの高い妻の逆鱗に触れて毒殺されても、憲兵隊長夫人(最も危険な女)と不倫して人生の道を踏み外しても、遠からずいなくなる立場になってくれれば良し、と…。(だから黙って見守っている。)アントニーナが自分で言っている通り意地で飛び込んだ愛情の無い結婚という内容に嘘は無かったようです…ゲフッ!(結婚は立場重視の保身で相手を選び実際に愛しているのは別の男という辺りアントニーナとアナスタシアはやはり姉妹だなあと思ってしまいました…ゴフッ!)ミハイルに対しては自分を侮辱したことで何年間も怒っていましたが憎しみは愛情の裏返しだったのか、旦那や取り巻きと比べて非常に顔が良かったせいか(違うだろ。)一気に恋人関係に進展していました。…が互いに自分の気持ちをぶつけるだけで相手の理念や立場を理解しようとは微塵も考えていなかった辺り終わりの見えていた恋ではあったように思えます。最終的に1番得をしたのは弱みを握っていた部下も口うるさい細君も自滅してくれた挙句に革命家達を一網打尽で捕らえることのできたご亭主と言えるでしょうね…。

 アナスタシア・クリコフスカヤ(ストラホーヴァ夫人)…「私は…あなたを一度も愛したことはありませんでした。」

そんなことをカミングアウトして余計に夫婦の溝を深めてどうするんですか、アナスタシアさん。(「じゃあ貴女は何だ!?私が金を稼いで建てた屋敷で別の男の為の救出活動に精を出しているじゃないか!どんだけ卑劣なんだよ!」と夫も意地になってしまっています。)描かれ方としては卑劣な密告者である夫に征服された被害者…のようですが有り余る暇と財産を利用して革命家活動をするわ、夫に買ってもらったストラディバリウスを弾き回すわ(愛していないくせに買ってもらった物はしっかり利用するんですね。)この人もこの人で立派にしたたかに見えるのは私だけでしょうか…?(そして革命活動と分かっても「いやきっとアナスタシアは奴らに利用されていただけだ。」と現実を見ようとしない夫君。おっさん純情だねぇ、と思わず呆れてしまいました。)夫が刺殺された時には悲鳴をあげて倒れてましたが、その後の演奏家デビューでは夫の姓を無視して旧姓で活動している辺り(よっぽど旦那がお嫌いだったんですね。)アレは「死体」を怖がっていただけで夫への愛情は最後まで持ちえなかった事が分かります。事実だけを見ると1番の被害者は財産を利用されつくした夫の方で、アナスタシアは卑劣な男と相手を蔑みながらも金ヅルとして利用していた酷い女に見えなくもないのですが…ゲフッ!

 ユーリィ・プレシコフ…ドミートリィとの友情に関して、のび太君と出来杉君が親友になったらきっとこんな感じなんだろうなあ(そしてしずかちゃん(アルラウネ)も奪われてしまった、と。)とドラえもんを連想しながら読んでいました。(何を連想してるのさ!)しかしのび太君だったら相手を罠にはめて殺そうとはしないだろう(「どうせ僕なんて…。」と1人で拗ねるがそこで終わる。そこでドラえもんが余計な手出しをするからダメ人間への道をズンズン歩む羽目になっているのだ、のび太君は。)と非情且つご都合主義な考え方に「…。」と思ってしまいました。最後に親友の弟アレクセイを守り逃がした事で「自分はよくやった…から、こんな所でもう僕を許してくれよ。」と2人に対して念を送っていますが、この人の裏切りのせいで巻き添え食って死んだ人間はドミートリィの他にも沢山おり(その後アルラウネが死んだ要因もこの人。)それを考えるとたった一人の人間の死亡位で許される程度の軽い罪じゃないだろ(自分の事をどれだけVIPだと思い込んでるんですか?)ともツッコミを入れてしまいました。本人が自分で言っている通り確かに天国には行けない人間でしょうね。

オルフェウスの窓⑥~⑧その2

2011.12.26
 登場人物が多すぎて書き切れなかったので「その2」としてロシア編の続きです。(何だ「その2」って。)同じ本のレビューが2つというややこしい事して本当すいません…。(でも書きたかったんです、ユスポフ候に関して。)という訳で内容は色々前後していますが取りあえずロシア編終了までです。
 革命後のソ連体制への批判が凄まじく「革命は無意味だった。」という論調まであったのを聞いた池田先生が「革命が無意味だったのではない。その後の指導者が道を誤ったのであって革命を起こしていた人達はこんな気持ちだったのですよ。革命を行った人々の思いを無にはしたくない。」という気持ちからこの話を描いたんだそうです。私も革命の為に心血を注いだ人々の行動が無駄だったとは思いたくありません。でもね…世間という物は結果論で物事を判断するものですから…。どんなに素晴らしい理想を掲げていても社会を動かす力が無いと評価はされないんですよね…ゲフッ!またせっかく革命を描いた作品なのに滅ぼされる王家の方々の出番がほとんどなくて(恋情だけで妻となった事もあり皇后としての資質に欠けていた母親アリックス、待望の男の子が生まれたと思ったら血友病だったアレクセイ殿下、その後何人も偽物が出てくるアナスタシア皇女など、ドラマはいっぱいあるのにね。)正直歴史を背景にしている割には史実が少ない残念な作品になってしまったなあ(ベルサイユのばらではちゃんとマリー・アントワネットが主要キャラ扱いされていたのにね…。)とガッカリしてしまった覚えもあります…ゴフッ!

 レオニード・ユスーポフ侯…アデール「あなたは状況の判断もお出来にならないの!?」

と奥様にツッコミを入れられてしまう程おつむの方はあんまり良くないと思われる軍人。ラスプーチンに公然と喧嘩を吹っ掛ける他にも皇帝の姪っ子である妻に信じられない乱暴を働いている(顔を掴んで首飾りを引きちぎった挙句に床に倒したり、腕をひっつかんで床に倒したり…皇族に対して失礼でしょ、この扱い。)辺り、頭は確かに悪そうです。(下手したら皇族に対する反逆罪その他で疑われます。)一応ロシアには歴史上ラスプーチンを殺したユスポフ候(フェリックス・フェリクソヴィッチ・ユスポフ)という人物が存在はするのですが彼は美男子ではあったものの女装癖のある同性愛者だった(共にラスプーチンを討ったドミトリー・パヴロヴィチ大公は親友にしておホモだち。)事から池田先生に存在を抹消されて別人にされてしまったようです。(名前からして違うしね…ユスポフ候哀れ。)ちなみにラスプーチンの暗殺後は皇帝に領地追放にされたものの革命後それが幸いしてボリシェビキの暗殺を逃れて亡命に成功している(パリに移住しました。)事から、取りあえず状況の判断はできる人間だった事が分かり、性格は全然別の人間だという事が伺えます…。

 アデール姫…「いずれ、こんな風に終わってしまう夫婦だったわ…。」

皇帝の姪で名門貴族に嫁いだ(ユスポフ家はロシア屈指の名門でありロマノフ家より金持ちだったとも言われている。)という設定から彼女はユスポフ候の妻のイリナ・アレクサンドロヴナ皇女…が池田先生に存在を抹消されて別人にされたなれの果ての姿だという事が伺えます。この漫画では夫とも離婚し革命後はどうなったんだか分からない(下手したらロマノフ王家に出戻った事から他の皇女同様殺されている。)その後が心配なキャラですが、現実では夫との間に娘イリーナも儲け(ユスポフ候は男も女もOKだったのか…ゲフッ!)革命後は一緒にパリに逃げている辺り…別に夫婦関係が上手くいってなかったという訳ではないようです。(現実にも男との浮気なら萌え許すという女性は少なからずいるからね…ゴフッ!)「ポーランド秘史」を読んだ時も感じたことですが歴史物を描くなら史実は捻じ曲げないで下さいと切に思ってしまいました…ガフッ!

 ヴェーラ・ユスーポフ…ユスポフ候「自殺などさせぬぞ!撃て!」
ヴェーラ「結局殺すんかい!何がしたいの、兄様!?」

と、彼女の恋人・エフレムの死に様に関して疑問を持ってしまいました…ゲフッ!(兄に対して言う事というかツッコミを入れるべき部分は沢山あるような…ゴフッ!)ヴェーラとはロシア語で「信」という意味を持つ単語から取られた名前…なのですが恋人エフレムの愛は全く信じることができていない彼女でした。挙句の果てに「反逆者アレクセイへの愛を貫いてシベリアに送られたアナスタシアが羨ましい。」とまで言っていました…が、他に愛している男がいながら金持ちのオッサン(ストラーホフ先生)と結婚して金と暇を利用していたのは「愛を貫いた」と言うには汚れ切った手段で羨ましがるのは間違っているとも思ってしまったり…ゲフッ!(女として言わせて貰えば確かに非常に羨ましい状況とは言えますが…ゴフッ!)愛に関してこの人は色々と誤解してらっしゃるご様子です…ゴフッ!

 アルラウネ・フォン・エーゲノルフ…ユリウスが嫉妬していた通り本当にアレクセイの恋のお相手(初恋の人)だったと知った時には驚いてしまいました。(どうやらアレクセイはおばあ様といいアルラウネといい強い女性がお好きなようで地味系のアナスタシアやシューラが全く眼中に入らないのに力強く納得してしまいました。)アレクセイをたくましい革命の闘士に育て上げることを使命として生きており、自分の使命はようやく果たせた、と彼が危険と知りながら自分の足で羽ばたいていくのを見て納得していますが、現実にはアレクセイはビラ配り以外目立った働きのできない(しかもそれすら失敗して仲間が捕まっている。)ダメ男であり到底使命が果たせたとは思えないのですが…ゲフッ!本人が満足しているならそれで良しとしましょうか…?

 ガリーナ…登場のたびに男に犯されている哀れなキャラクター。挙句の果てにはそれが原因で流産のショックからお亡くなりになってしまいました。(同じ犯されるなら被害者は一人でいい…!と抵抗・大声を最後まで上げなかった辺りが漢です。)超都合よく夫のフョードルが帰って来た(死に際を看取ってもらえた。)のが救いですがどうせなら事が起こる前に帰ってきてほしかったなあ(後30分位早く来てくれていれば…。)とニアミスぶりに泣きたくなってしまったのもいい思い出です。それもあってユリウス達は結ばれる訳ですが、それがさらなる悲劇に繋がった以上、手放しで喜べないのが現実です…ゲフッ!

 シューラ…「私は愛し合う二人の運命の糸の端を握っているヘラだという訳じゃない。」

父親曰く侯爵家の高貴な血が自分の家に交じるのを望んでいるそうですが、この時既にミハイロフ侯爵家は称号を剥奪されて断絶しておりそんな家と関わりを持っても得することは何もないような気がするのですが…ゲフッ!ユリウスを追い詰めた張本人という事で読者の皆には嫌われているようですが、事の原因は彼女から逃げる為に「不滅の恋人」であるユリウスの特徴をペラペラ話してしまったアレクセイ本人にもあったような気がします。(女の特徴として矛先を好きな男には向けないものです。)いっそのこと「実は俺はホモだから女に興味はないんだ。」とでも言ってごまかしておけば良かったんですけどね…ゲフッ!(それでも男装少女のユリウスの存在はいずれ明るみに出るか…?)

 グレゴリー・ラスプーチン…「2人だけの聖なる儀式に堅苦しい衣服などはいらぬ。私の足元にひざまずく貴婦人達は皆このように裸体で喜びを分かち合うのじゃ。」

貴族の女はそれで良くても皇族の女性に襲いかかるのは問題あるだろ!とツッコミを入れてしまいました。33センチの巨根を持つ自称・修行僧です。(現在でもそこはサンクトペテルブルクの博物館に保存されてるんだとか…ゲフッ!)3度殺された男としても有名で話の通りに青酸カリ入りのお菓子を食べても死なず(青酸カリが変質して別の物質になっていたとの説がある。そもそも青酸カリとは味が強烈で口内に激痛が走るので吐かずにはいられない、すぐにバレる毒物です。)飾台で頭を殴っても銃弾を4発くらわして殴る蹴るの暴行をしても死なず、最後には絨毯に簾巻きにしてネヴァ川に(氷を割って)投げ入れられてやっと死んだそうです。(死体の肺に水が入っていた事から川に投入された後も息があり最終的な死因は溺死という事が分かった。)ある程度の超能力を持っていたのは本当だったのか死ぬ前にロシア皇帝に「私は殺されます。そのいとまごいに来ました。私を殺す者が農民であればロシアは安泰でしょう。しかし、もし私を殺す者の中に陛下のご一族がおられれば陛下と家族は悲惨な最期を遂げることとなりましょう。」と遺言を残しており、その言葉通りにニコライ2世&その家族は銃殺されたのでした…。

オルフェウスの窓⑨

2011.12.25
 第3部までの熱意は完全に燃焼し切ってしまったようで、そんな描く気の失せた作品でもちゃんと完結させた作者は偉いと思いますが正直読み手としては微妙極まりない終わり方でした…。池田先生も「これで自分の仕事は終わった。」と完全に漫画家としては引退していらっしゃいますがイザークとその息子ユーベルのその後とかユリウスの娘のその後とか描くべきだった物はいっぱい残っていたような気がしてなりません。(外伝はキース坊やのその後よりもむしろそっちの方を…。)終わった後も消化不良すぎて色々妄想を働かさずにはいられない名作です…ゲフッ!

 アレクセイ・ミハイロフ(クラウス・ゾンマーシュミット)…「シチューよりお前が食べたい。」

という大問題発言から察せられるように2人が愛し合っていたことは間違いないのですが、最期、ユリウスのうっかりな叫びがこの人が射殺されるきっかけを作ってしまった…という事でアレクセイファンの中にはユリウスが嫌いな人も少なからずいるようです。ともあれ彼の最後の願いは「自分達が命をかけてきた革命の行く末を見届けてくれ。」=お前は生き残ってくれという事であり皆の願いを踏みつけにする形で物語を終わらせた作者を殴りたくなってしまいました…ゲフッ!死体が上がらなかった事でケレンスキーさん辺りは「実はまだ生きているんじゃないか?」と懸念を持っていましたが、あれだけ銃弾ぶちこまれた上で冬の川に落っこちたのでは、まず助かりようがありませんから心配ないですよ…ゴフッ!

 ユリウス・レオンハルト・フォン・アーレンスマイヤ…後付けですが死産とされていた女の子は実は生きていてイングリッドの子供を誘拐したアントンよろしくユスーポフが取り上げていたのだそうです。(医者、ばあや共々演技上手すぎです…。)とはいえ再会することなく終わってしまい(しかもあの殺され方…アレクセイに、ユスーポフに、ヴェーラに生きて欲しいと尽くされた意味を無にされたような悔しい最期でしたよ…。)もしアレクセイ(ロシア関連)さえいなければユリウスは最後に1人で遠出する(そしてヤーコプに殺される)事もなく、あそこまで精神的に病むこともなく確実に幸せになれたろうという事でアレクセイを微妙に思うファンも少なからずいらっしゃるご様子です。川に落とされ死体が上がらなかったこと(生死不明)から彼女はまだ生きている可能性も(無理に考えれば)少なからずあるのですが彼女が落ちたベルリン川は流れが急で落ちた人はほぼ助からないと言われておりタイトルも「さようならユリウス」とファンが思わずページを破りたくなるような題がつけられていたのでやはり可能性は低いんでしょうね…。主人公がこんな扱いでいいのかとツッコミを入れようとした所、池田先生曰く「主人公はイザーク」との事でした…ゲフッ!(ロシア編でラジオ以外の出番が無かった男が主人公なのか…ゴフッ!)

 イザーク・ゴットヒルフ・ヴァイスハウト…「幸薄かった君の母様の事を語ってやろう。思慮浅く愚かな女ではあったけれど…。」

死んだ後もそんな評価ですかイザークさんと思わずロベルタに対して同情してしまいました。(これでイザークが「聖イサク」「神のご加護のある」「全知全能の神」という聖なる名前が連なった人間かと思うと悲しい。)モーリッツと援助交際のようなことをしていたフリデリーケを殴り、自分を弄んだアマーリエをビンタし、勝手に家に帰ったユーベルまで殴っている辺り…どうやら彼には折檻癖があるようです。が、それはまさしく愛情からくる怒りであってロベルタに対しては「君を殴りたくないんだ!」と家から追い出していた(むしろビンタで終わった方がまだ幸せ。)辺り彼女に対しては気の毒に思っていただけで恋情は欠片も無かったことが分かります…ゲフッ!(体をかたに金を用意した点も面子を潰されたから怒っているのであって愛情ゆえではない。)彼の失敗は愛してもいない女と同情と妥協で結婚してしまったことと言えるでしょうね。純粋にロベルタの事を思い遣れるようになったのは皮肉にも彼女が死んで何の手出しも口出しもできなくなってからでした。結局偽物の愛情では誰も幸せになれないといういい見本です…ゴフッ!「どうせなら 貴族の娘に しておけよ」と川柳にまで唄われていました…ガフッ!

 ヤーコプ・シュネーバーディンゲン…普通はここでヒロインの相手役であるクラウスが登場するものなのですがね…。(読者のため息が聞こえます…。)せめてユリウスが鍵をくわえて川からはいずり出てくれれば物語は幸せに続いていたのですが、そんな甘い終わり方をさせないのが池田先生でした。ともあれユリウス同様この人だって立派な殺人者なのだからとっとと捕まえて死刑にして下さい、警察の皆さんと警察の無能ぶりにもツッコミを入れてしまいました…ゲフッ!(隠し財産や過去の殺人事件の不明な点を調べる前に、まず現在起こり得る殺人事件を防いで下さい。)

 ダーヴィト・ラッセン…「おい…素晴らしい少年時代だったな。」
イザーク「ああ…。素晴らしく最悪な少年時代だったよ!」

かつて恋焦がれた従姉弟の後追い自殺をしようと崖から馬車ごと落っこちて失敗した挙句に手の筋を切ってピアニスト生命を絶たれたダーヴィト、ユリウスに振られた挙句にアマーリエに弄ばれロベルタとどん底の結婚生活をする羽目になったイザーク、守っていた民衆に実家を襲撃され革命の中で虚しく死んでいったクラウス、10代で殺人を2件も犯し最愛の人を目の前で失った挙句に子供まで死産したユリウス(彼女は少女ですが。)…彼の言うとおりそれぞれ素晴らしく最悪な少年時代だったと再認識しました。(おかげで後味悪いです。)新しい恋も始めて(同棲先というか居候先も決まって)人生バラ色の彼の主観はともかく物語を読み終えた私としては到底前向きに解釈することができない迷セリフです…ゲフッ!

 マリア・バルバラ・フォン・アーレンスマイヤ…ダーヴィト「一緒に…養ってもらえませんか?」
マリア「ばっ…馬鹿にしてるのね!?」

第4部時35歳を迎えたユリウスの年の離れた姉(第1部時既に30近かった嫁き遅れの女性。)という事でもう既に50歳近いお年でしょうに全く老けていない不可思議な女性です。しかし外見的には奇跡の若さを保てていても中身でいえば立派に閉経しているお年でありロシアのどこかにいるであろうユリウスの娘を探し出せなければ(ダーヴィトとどんなに上手くいっても)結局この家の血統は絶えてしまうのですが…ゲフッ!最も結婚して親族になったことを利用してダーヴィト側の親戚(子供)を養子にして後を継がせることは可能なので家としては続いて行けるでしょうけどね…。

 余談…イザーク達ドイツ人が世界で一番優秀なアーリア人であったのに対してアレクセイ(クラウス)達ロシア人は奴隷民族にして亜人間のスラブ人です。なのに何故誰一人外国人だと気づけない!?とクラスメート全員に対してツッコミを入れてしまいました。(もはや男子クラスに女子が一人交じっているというレベルではない。)ロシアの上流階級は家でもロシア語ではなくフランス語を使うので言葉で疑問を持たれないのには納得できますが、それにしたって一目見れば分かるような気がしますが…ゲフッ!「嫁」の息子であるドミトリー兄貴の方ならともかく(ロシアでも貴族はドイツやフランスから嫁を迎えるのが当たり前だった。)アレクセイの母親は下賤な田舎娘(生粋のロシア人。)なので、やはり無理のある設定だと思うのですが…ゴフッ!

オルフェウスの窓・総評

2011.12.24
 第1部、2部、3部、4部と部ごとに語ってロシア編に到っては「その2」まで使って語り尽くしておきながら…まだ語るのか、この話を…いや、良いんだよ、好きなんだから!(記事全部に拍手貰ってテンションが上がってしまったんだから仕方ないんだ!←オイ!)と最後に改めて主要キャラについて語って終わりにしようと思います。どなたか存じませんが拙い記事を評価してくれた事への感謝の気持ちを込めてのほんのお礼のオマケ記事です。

 ユリウス・レオンハルト・フォン・アーレンスマイヤ…「心配したんだ…。心臓が痛くなるほど…体がちぎれそうなほど…。」

涙ながらのその言葉は「告白」以外の何物とも受け取れず、雪の中を何時間もクレウスの事を待ち続けていた事といいこの子は本当に女だという事実を隠して生きているつもりがあるのか(あるいは男として生活しながらもホモだという噂は隠す気は無かったのか)恋を前にした大胆な行動に色々大焦りさせて貰った主人公です。(その後クレウスに会う為だけに革命中の危険なロシアにまで身一つで入国するしね。あの広大な国で首尾よく再会を果たす出来過ぎた展開には北極に置き去りにされたタローとジローもビックリです…ゲフッ!)そこまでのアプローチを仕掛けられながらも「俺の人生に恋の為の時間は無い」と拒絶の限りを尽くしたクレウス(抱き返してキスまでしておいてこの男は…。)を微妙だと感じるファンも多いようで(くっつくまで文庫本にして8巻もかかっているしね…。)公認カップルである反面ユリウスファン、アレクセイファンにはそれぞれお相手を毛嫌いしている読者もいるようです。くっついた後レオニードの言う通り平和優先で2人でドイツに亡命でもしていれば話は幸せに終わっていたんですけどね…。(頑張っている割にはアレクセイは大した働きは見られず「偉大なドミートリィの弟」という看板役割(だけ?)の側面が高いのだから別にいなくても良かったのに…。←禁句)窓で出会ってしまった以上悲劇で終わりなさいという池田先生の理念の元に救いがたい最期を迎えてしまったのが凄く残念でした…。

 レナーテ・フォン・アーレンスマイヤ…「今の私にとって本当に確かだったのは過ぎ去った恋の思い出ではなくて、たとえ束の間であっても夫だった人の巨額の遺産です。」

つまりはそういうことだったのでしょうね。目的の為に性別も生き方も偽らせられている子供のユリウスも、打算の為に切り捨てられてた恋人のヴィルクリヒ先生も両方とも可哀想だと我が身の悲劇に自己陶酔している彼女にツッコミを入れてしまったものでした。過去で終わらず現在もず~っと恋人だった自分を想い続けているヴィルクリヒ先生(17年も経っていれば忘れ切って他の女の手を取っているのが普通なんですが…。)には「自分の事を忘れて前だけを見つめて欲しい」とマリア・バルバラ姉様にも自分の正体(現・アーレンスマイヤ夫人)を口止めしていますが、そもそもこの人がサッサと正体を明かしていればヴィルクリヒ先生がうっかり間違えて窓から突き落とし一緒に落ちて心中する事態にもならなかったし、都合の悪い事を隠蔽しながら生きてきたせいで最期には一気にツケを払わされる羽目になった(それにしたって彼女の都合に振り回された周りの人間が哀れだ。)因果応報の死に様には全然同情できませんでした…。「この愛に一点の汚点も残したくなかったからこそ姿を消した」(むしろ自分の汚い本当の姿を見せて恋にしっかりとピリオドを打ってあげるのが貴女の務めだったのでは…?)と彼女は言いますが美しい綺麗事を言う前にそもそも彼女の思考回路自体がシミだらけだった(要するに学生だった彼が他の男の子供を抱えた自分を受け入れてくれるか信用できずに取りあえず安定した愛人の道を選んだだけにしか見えない。)ような気がして女としても母親としても全く共感できなかった女性でした…ゲフッ!

 クレウス・ゾンマーシュミット(アレクセイ・ミハイロフ)…「お前を抱きとめてやる熱い胸は既に祖国に捧げた。その涙をぬぐってやる手は指の先一本まで祖国の人民のものだ。お前に約束してやれるのはこの言葉だけだ『さらば、わが不滅の恋人よ』!」

口先だけかい!と思わずツッコミを入れてしまったものの、その後フョードルとガリーナの絆に感化もされ仕事(使命)と私生活(恋愛)は別だという真理に彼が気づいて成長したのがレオニードとの違いと言えましょうね。あれだけ拒絶されておいて記憶まで失ってもやはりクレウスはどこまでも「ユリウスの好みのタイプ」だったのか再会したとたんそれまでの経緯も放置プレイ(6年間はいくらなんでも長過ぎだと思うの…。)も一切を流されて(流すな。)燃え上がれる2人に拍手を送ってしまったものです。彼が死んでしまったのはあの時ユリウスがうっかり「危ないよアレクセイ!」と本名で呼んでしまったせいだと責める声も多く公認カップルである反面アンチ派も多いそうですが、元はと言えば敵陣の真っただ中に「偉大なるドミートリィの弟」という御大自ら潜入したのがそもそも間違っていた訳で(君が命をかけるべきは革命活動であって奥さんの為じゃなかっただろ、同志の皆はガッカリだ!ともツッコミを入れてしまいました…ゲフッ!)ユリウスのせいでは無く自業自得のうっかり自滅でもあったよな~と最後に改めてため息が出てしまったものでした…ゴフッ!

 イザーク・ゴットルフ・ヴァイスハイト…(最終巻のセリフより)
ダーヴィト「おい…うらやましい青春時代だったな。」
イザーク「ああ…!」

「君が女の子だったら僕達は宿命の悲劇の恋人同士だ。」=ユリウスは自分の「運命の恋人」なんだと熱を上げていますが、両想いになれても自滅してしまうカップルになんて正直なりたくもないし(どんなに運命的でも所詮「悲劇の恋人」ですよ…?)クレウスを愛している以上、他の男からの好意なんて迷惑なだけなのに勝手に決定事項として相手の気持ちも無視して妄想を働かせている辺りはドン引きしてしまったもう一人の相手役です。七三分けだったダサ過ぎる髪形が変わるに従って義妹フリデリーケだけでなくカタリーナ、ロベルタ、アマーリエと彼の周りには女性の姿も見せ始めるのですが、その中で彼が選んでいくのは家の重みを背に隠し事(男装、殺人、etc)を抱え込んでいるユリウス、他の男に振られたアマーリエ、落ちぶれたロベルタ…といつも「同情に値する女性」(自分でも自覚が無いけれど相手を哀れんでいる反面、上から見下してもいる。)ばかり選んでいて折檻癖と合わせて綺麗事を言いながらも実は自分に酔っているだけというその本性が垣間見えるだけに好きにはなれなかったキャラクターでした。奥さんにするんなら博愛の精神を持つカタリーナさんが1番マシだったろうにね(おまけに逆玉だしね…。)と彼の選択眼の無さにガッカリもしてしまった色々残念な男です。結婚は慈善事業ではないけれど、恋愛感情ではなくて性格の相性で続いていくもの(日常を一緒にこなせれば激しい恋愛感情など結婚には必要ない。そんな激しい感情に揺さぶられるまま突っ走ってしまったからイザークは結婚に失敗したんだと改めて実感してしまいました。)だから相手の「重い境遇」ではなく「性格」で選ぶべきだったんだよともツッコミを入れてしまったものです…ゲフッ!(5人もの女性から思いを寄せられた希代のモテ男なのに何で選択を誤ってしまったのかな…ゴフッ!)

 レオニード・ユスーポフ…「私はバカな男だ。ヴェーラに言われるまで自分の気持ちにも気づかなかった呆れたでくのぼうだ。」

いや自分のユリウスへの恋情に気づいた所でアンタは妻帯者だし…というツッコミはお2人には届きませんでした…ゲフッ!(「迎えてくれる人もいないかもしれない故郷に帰るより、このままあなたの側で暮らしてはいけないの?」とユリウスの方も奥様の存在を忘れています。←忘れんなよ!)ちなみに何気にカップルとしての人気も(イザーク以上には)あるようで読者の皆にも「燃え上がった所で所詮は不倫に過ぎないじゃないか!」というツッコミは届いていなかったご様子でした…ゴフッ!時代の移り変わりを肌で感じてはいながらそれに順応できず不器用に自分の美学を貫く事しかできなかったのは非常に男臭い生き方だった(「寡黙な軍人」としてはカッコ良かったが「有能」だったかと問われると答えに窮する男でした。国のトップの皇帝ゆかりの血族の妻に乱暴をするわ皇后に取り入っているラスプーチンに喧嘩を吹っ掛けてわざわざ睨まれてしまうわ、やっぱり頭は悪かったんでしょうね。)のかもしれませんが奥様と終わっていながらズルズルと離婚もせずにそのまま放置していたのも、心惹かれながらユリウスに対して走りきれなかったのも男としては情けない(結局この人は女性に対してはいつも皇帝陛下に命じられるままで自分で決定的な決断は出来ない人だったんだな。)と思えてあんまり魅力は感じなかった人です。(個人的にはね。)アレクセイが6年間もシベリアで過ごしていた間いくらでも心を通わせるチャンスはあったでしょうに長~い間ずっとそれを棒に振ってしまった辺りあの2人はあと100年時間があってもカップルになれる事は無いだろうなと確信してしまった、そんなダメ男でした…ゴフッ!

 ダーヴィト・ラッセン…「チャーミングな女性にちょっかいをかけるのは礼儀だよ、聖イサク君。」

チャーミングであれば50間近の女性であっても年齢で躊躇する事無くちょっかいを出す彼に漢を感じました…ゲフッ!愛していた従兄妹の少女とは死に別れ(「愛し合っていた」とは書かれていなかった辺り片想いだったのだろうか…?)ユリウスとは所詮癒し系の友達止まりで終わってしまい(「君の心が誰にあるかはバレバレでよく知っているよ…。」)もしかしたらマリア・バルバラ姉様は初めて上手く行った恋人だったのかもしれません。(いやチャーミングな女性には必ず声をかけるデカダン男性なら女性と付き合った事は絶対にありそうだ…ゴフッ!)ともあれ彼の品の良い強引ぶりにツンデレで扱い辛いマリア・バルバラ姉様も(押し流される形で)同棲を開始し、脇役のラブコメという2人の幸せに誤魔化される形で話は終了するのでした…。心が広くて態度も優しい理想的な男ではありますが現実にはそんな「傷ついた女性を両手を広げて受け止めてくれる(都合の良い)男」なんて存在しないでしょうし(そもそも50にもなろうという女性に本気で惚れてくれる年下の男なんて設定自体が有り得ない。)マンガでしかありえない幸せの形だろうなと多少冷ややかな目でも見てもしまったものです。「素晴らしい少年時代」発言と合わせて話を強引に終わらせないで下さいとも思わずツッコミを入れてしまいました…ガフッ!

 マリア・バルバラ・フォン・アーレンスマイヤ…「ちょっと!その手をどけなさい!」

口先で言いつつも決してはたき落としたりはしない辺りに彼女の真意(好意)が読み取れます。(本当に怒った彼女は怒鳴るだけで済まさずに猟銃を持ち出して相手に自殺を迫りますから。)ユリウス達が絶望的な最期を遂げたのと対照的に彼女は遅い春を経て少しだけ幸せになった(母に死なれ父に死なれ異母妹と異父妹とはいえ血を分けた妹も二人共殺されてしまい、ご近所では「あの家は呪われている」と評判の女主人になってしまった彼女も立派に不幸。子供が産めない年になった後の今更の恋ではあったけれど夫(という名の居候)が出来て少しは救われたねと涙してしまったものでした。)様にはこの「救いようのない話」も少しは明るい雰囲気で終われた…ような気がします。(脇役キャラの幸せを最後に持ってきて主役級のキャラの不幸な死に様を無視してお茶を濁された「ごまかし」手法ではあるけれど…ゲフッ!)「天の果てまで~ポーランド秘史~」といい池田先生は本当に「逆・年の差カップル」が好きだよなあ~(「天の果てまで」では父親の愛人が文字通り親子ほど年の離れた息子に手を出すという恐るべき恋愛の形が描かれていました…ゴフッ!)と実感した終わり方でもありました…ガフッ!

池田理代子短編集①

2011.12.23
 オルフェウスの窓の登場人物の一人ヴォルフィのその後(の不幸)も載っている短編集です。「番外編」と銘打ってあった割には問題の「窓」は出てこないし、主役級の人々も登場しないし、一体どの辺が関連してるんだ!?と慌てて読み返してみて、わずか10歳で殺人罪を犯していた割に目立たずに終わっていたヴォルフィの存在を発見しました。(オイ!)ザイデルホーヴァー3姉妹のその後といい「オルフェウスの窓」はよく番外編が作られますが、イザークの息子であるユーベルといい、生きていることが分かったユリウスの娘といい肝心の人々が全くスルーされていて番外編の作り方として完全に間違っていることを切に感じてしまう私でした…。(「ベルサイユのばら」はちゃんと主役達が出てくるのにね…。)

 ゆれる早春…江崎氏「志望校を決めるのは苦労したのだよ。君のクラスの進学調査票こっそりひっくり返してね、急いで僕のを君のと同じに書き替えた…と、こういう次第。」
まこと「ばか…ね。ストーカー規制法とプライバシーの侵害で訴えてやるから。」

ありのままを見ているからこそ相手を信じられなくなる原因の1シーンです…ゲフッ!そんな訳で江崎氏の事は信じられずに咲岡さんとの友情(で、終わらなかった気持ち)を深めているまこちゃんでしたが、その実お互いがお互いの事を罠に嵌めて幸せから遠ざけていたという何とも裏側の黒い友情を育んでおられました…ゴフッ!(しかしそれもお互い様。人間関係というのは得てしてこういう物なのかも知れません。)最後は5年も経ってから江崎氏を信用する気持ちになってやり直しが始まるという希望の持てる終わり方ではありましたが5年も経っていたらどんな出来た男でも相手にしないのが(それか他に女を作っているのが)普通なのに随分と都合のいい男だなあ(当日突然の電話にも関わらず自分からすぐに飛び出して来てくれるそうです…ガフッ!)と女性至上主義を元に作られた性格設定に言葉を失ってもしまいました。一般的には春は蘇らずにそのまま終わっている場面なのであんまり信じないようにしましょう、女性読者の皆さん。

 秋の華…「痛々しい時の跡をせめて見なかったことにしてやるしかできることはない。」

と、昔の彼女から離れる為に車を飛ばしているやっちゃんでしたが、お呼び出しがかかったせいで見られていたのも今の姿に幻滅してスピーディーに去られたのも彼女にはバレてしまったご様子でした…ゲフッ!年上の彼女の方は(相手が既に結婚しているにも関わらず)復活愛を希望していたようですが、そもそも別れてから8年も経った後で「自分ならいくらでもやり直しがきくはずだ。」と虫のいいことを考える方が間違っている訳で(そもそも「身の置き場がなくなる。」と老いを異常に気にしていたのはそちらの方ではありませんでしたか?)相手の奥さんの立場も鼻から気にもしていない失礼さも合いなってあんまり共感できない女性でした。(そういえば8年前も自分に夫がいながらの不倫恋愛だった訳でこの人にとっての結婚とは全くブレーキの役目を果たさないものなんですね…ゴフッ!)やり直しをきかせるおつもりがあるのならアンチエイジングは大切に考えていきましょうという教訓話です。(違うだろ!)

 コラージュ…記憶を失くしてしまったせいでそうとは知らずに実の妹(マラベル)とヤッてしまった挙句にそのことで妻(ドリィ)に裏切られて不義の子を育てる羽目になったというウルフ(ヴォルフィ)のその後の悲劇を描いた話です(挙句にヴォルフィは早死にしたらしい。)…ゲフッ!子孫がハッピーに結ばれる(…に至るまで10年以上の長~い時はかかったわけですが。)のがまだ救いですが話のモノローグを引っ張るのはマラベル→クレア&クリストファー→ドリィと「ヴォルフィのその後」を描いた話の割にヴォルフィは完全に脇役扱いをされている様(普通、こういう番外編でこそ「本編の登場人物」が主役を張るものじゃないんですか…?)に改めて同情してしまいました。最後も「マラベルとドリィの友情物語」として幕を閉じられておりヴォルフィは思い出しもされない様子に「こんな扱いでいいのか…?」と思わずツッコミを入れてしまった、そんな番外編です…ゴフッ!まあ、いいか。珍しくハッピーエンドで終わっているお話ですし。(オイ!)

 パラノイア…パラノイアとは偏執病のことです。自らを特殊な人間だと信じたり隣人に攻撃を受けているなど行った異常な妄想に捕らわれていますが強い妄想を抱いているという点以外では人格や職業能力面において常人と変わらないのがこの病気の特徴です。(これが仕事や日常生活にまで支障をきたすレベルにまで達したのが妄想パーソナリティ障害という。)
 どうやら登場人物の皆さんが話をしている相手は精神科のお医者様のようです。とみ子は親に捨てられた事、養父母と美しい姉(実娘)の傍らで肩を竦めて生きていくうちに「自分はもっと注目されるべき人間なのに。」という考えが一人歩きしてしまったようでした。(悲惨な生まれの人間程「だからこそ自分は特別な人間だ。」と自分に酔いしれる人は多い。たとえその悲惨さが探せば転がっているような大したレベルの問題ではなくとも。)そしてその偏執のシフトは恋愛に移行してしまい「自分を否定する現実は認めない」と殺人を犯すのも厭わない程、年事に病は重くなったようです。(この自己中心的・独善的な考えこそこの病の特徴である。)無事入院したのはいいものの今度は当のお医者様をターゲットにしている(病気は落ち着いたわけでも快方に向かっているわけでもなく今もどっぷり進行中。)ようで正直これからも先行きは悪そうです…。悲劇を起こされる前に逃げて下さい、担当医のお方と思わず手を合わせてしまいました…ゲフッ!

オルフェウスの窓外伝

2011.12.22
 イザーク編で誘拐されたキース坊やのその後の話です。後書きでは声楽家・池田理代子のピアノ伴奏をしたHIROSHIさんが池田先生とのなれ染めを書いており「岡村先生のコンサートのリハーサルで雲の上にいてしかるべき憧れの劇画家先生が、しがない無名のピアニストに伴奏して欲しいと突然頭を下げられたのでビックリした。」とひたすら池田先生をヨイショした初対面の情景を書いていましたが、正直私には他人のリハーサルで他人のピアニストを自分の都合で使おうという神経の方にビックリしました。(しかも課題曲の譜面を持参している辺り計画的な陰謀だという事が分かる。)漫画家として成功していても音楽の世界では実績ゼロの受験生で経験値から言ってもHIROSHIさんの方が明らかに上の立場だったでしょうに、そんな人間を褒めまくる辺りこの人はさすがだなあと感心したものです。(池田先生の方は「その時居合わせた伴走者」であれば誰でも良かったでしょうからね。)ジョイントの場を持ちながら「目指せ紅白!」とありましたが、どんなに池田先生の作品がブレイクしてもそれと歌唱力は無関係なのだし紅白歌合戦に出るのは難しいだろうなと思う次第でした…ゲフッ!

 キーゼル・イエーガー(キース・フォン・キンスキー)…唯一「オルフェウスの窓」で運命の出会い(と、ご都合のいい再会)を果たしておきながら死なずに済んだ珍例。(レナーテ、マルヴィーダ、ユリウスと過去この窓で出会ったカップルは全員男女共に死んでいる。)クララの執念もありとうとう「キース坊や」を見つけるに到りましたが見つかるまで12年もかかったのはいくら何でも長すぎましたよね…。(「8日目の蝉」でさえ小学校に上がる直前に見つかったというのに。)実の両親との再会を果たすも「父親」を死ぬほど追い詰めたキンスキー家に行く道は選ばずに貴族令嬢ヴィオレッタのヒモになる道(婿養子と言って下さい。)を選んでウイーンに帰らなかった辺り結局クララ達が取り戻せたものなど何もなかったという結末が痛過ぎました…。一応生まれた赤ちゃんを見せに行ったりと表向きの交流はあるようですが初恋のフーリエが実の妹だったという事実もあり気まずさばかりを感じている様子で到底本来の家族関係からは程遠いその有様に悲しみを感じてしまいました。周りに満ち溢れた悲しみを感じ取って赤子が泣く訳です…ゲフッ!

 マチアス・イエーガー(アントン・シュライバー)…「キーゼルを生まれにふさわしい教養の持ち主に育て上げなければイングリッド様に申し訳が立たない…!」

勝手に誘拐した時点で既に申し訳のしようもない状況だと思うのですが…ゲフッ!キーゼル曰く「大切に愛し慈しんでくれた素晴らしい父親」だったそうですが、冷静に見て友達一人満足に作らせずに自分の都合であちこち連れ回して貧乏生活を送らせた最低親父であることは確かで彼が子供にとって本当に素晴らしい父親なのかは疑問の余地が多いです…ゲフッ!(彼にベタ惚れのヘルガさえ「自分の悩み事にばかり気を取られていないで、ちゃんと子供に気を付けてあげて。」とツッコミを入れている。)最後も息子の悲しみを無視して自殺している辺り(そんなに責任感じてるんなら死ぬ前にイングリッド様の前で土下座して謝るべきではないのでしょうか?)やはりこの人は自分の事しか考えていないことが分かり本当に池田先生はえげつない人間を美しく描くのが上手いなあ(本編の例・ユリウスの母親のレナーテ。)と感心してしまいました。こういう自分に酔いしれて相手の女に多大に迷惑をかける男は現実にもよくいます。自分の満足感が相手の為になると1人で思いこんで勝手に突っ走っているんですよね…ゴフッ!

 イングリッド・フォン・ザイデルホーファー…キーゼルの実母。末っ子のクララ曰く「正気を失ってしまって今では誰の事も分からない。」そうで夫や娘に話しかけられても上の空の状態なのですがそこまで分からない状態で12歳にまで成長してしまったキース坊やを判別できるのか病状は好転するのか(そもそもこの話はめでたしめでたしで終わっているのか)凄く疑問でその後が気になる女性です。娘には復讐の女神(フーリエ)とロクでもない名前を付けられるし(いくら音楽界で成功した実力者とはいえ酷いセンスで名付けてくれましたね、クララさん…。)外伝中1番不幸なのは他ならぬこの人なのかも知れません…。

 ヘルムート・フォン・ヘフリッヒ…執事「あなたの父親である家庭教師はユダヤ人でございました…。」

「アーリア人にあらずんば人にあらず。」とは言われてはいませんでしたが(言われていなかっただけでしたが。)当時ドイツではヒトラーによるユダヤ人迫害が酷くユダヤ人というだけで財産を奪われ強制収容所で殺されるというもはや人間扱いとは到底言えないクズのような扱いをされていました。義父の「お前は人間のクズなんだ!」という言葉は実は家庭教師と遊んだ挙句に妊娠した母親の方でなく真実自分に対して向けられていた言葉だったという事に気づき、自分(ドイツ人)が軽蔑すべきユダヤ人の血を引いていたという残酷な真実とも合わせて生きていくことに絶望してしまったようです。とはいえこの家の悲劇は実のお母さんがもっとしっかり周りに気を配っていれば避けられたはずではあるんですよね。(そもそも子供が毎晩鞭で打たれているのに気づくどころか関心すら持っていなかった時点で母親として終わっている。)あの母親の元に生まれてしまったこと自体が彼の最大の不幸だったのかもしれません…ゲフッ!

 ヴィオレッタ・フォン・ヘフリッヒ…「私の傍からいなくなってしまわなくても、でも、あなたには付き合っている女の子がいるわ…。」

しかし兄妹で結ばれない仲なら問題ナシとあっさりキーゼルとくっついたヘフリッヒ家御令嬢。(それでいいのか、女として。)婚約者を殺されたり、父親を骨格標本にされたり、兄貴に自殺されたりと気苦労の多い展開(可哀想なヴィオレッタ…。)の連続で本人も寝込む羽目になっていましたが、ハイパーインフレの最中でヒトラーも台頭してきている時代背景を考えると水準以上の随分と余裕のある暮らしをしていて、あんまり同情はできなかったりします…ゲフッ!大人になってからも悠々と自動車に乗って赤子を見せに出かけるほどのゆとりぶりに、恵まれた人達だなあ~(すぐそこに第2次世界大戦が迫っているというのに。)と共感に繋がりませんでした…ゴフッ!せっかくのドイツの激動の時代だったのに時代背景が完全に背景状態になっていて(物語の要素として使う気が無いのならわざわざ会話の中で薄っぺらく説明を入れなくても…。)残念な話になってしまったなあ、と全体を通して思ってしまった、そんな哀しい物語です…ゲッフン!

おススメ映画3選

2011.12.14
 映画の記事も大分多くなってきたので…という事で個人的な独断と偏見に基づいて中でもこれは特に面白かった!と自信を持って勧められる映画(しかし人様もそう思ってくれるのかは不明。)ベスト3をジャンル別に下記にまとめてみました。映画感想を読んでくれている数少ない貴重な読者(基本、本の感想がメインのブログだからな…いいよ!分かってるんだよ!ここで「映画」のチェックしてる人間なんてほとんどいないって事は!いいんだよ!好きなんだから!)に向けてのちょっとしたオマケです。

 <ホラー映画>
要するにお化けの怖い話。
 1位 スペル
「因果応報」「自業自得」という言葉の意味をダジャレを元にして、とてもよく描いている映画です。

 2位 死霊館
恐怖の度合いが「流血の量」や「映像の派手さ」で決まるものではない事を見事に示した映画だから。

 3位 死霊のはらわた リメイク版
ダメ人間達が招いた墓穴を掘る行動にもツッコミ所満載です。

「1回死んだ」癖にゴキブリ並の生命力で蘇る人形シリーズ(おかげで毎回フルボッコの目に遭っている。)「チャイルドプレイ」1~3もお勧めです。3作目は来月辺りを目安に更新します…。

 <スリラー映画>
お化けよりも、おバカな人間の方が怖いんだよって話。
 1位 ミザリー
本当に怖いのは幽霊ではなく、生きている頭のイカれたファンだという事をまざまざと感じさせてくれる映画だから。

 2位 エスター
ロリコンとか、略奪愛とかの問題以前に、もっとマトモな形での恋愛は出来なかったものでしょうか、本作のヒロインは…?

 3位 レッドドラゴン(リメイク版)
アンソニー・ホプキンス主演の新作限定での評価です。小説版では家庭崩壊した様を綺麗に流した出来栄えが素晴らしい。

 <アクション映画>
 1位 96時間
開始5分で主人公への同情の涙が溢れ出る映画。バカ娘を持ったお父さんはシリーズ3作に渡って「暴走」しています。

 2位 カリフォルニア・ダウン
どうにも私はこういう「報われないお父さん」が好きらしい。妻子のガラが悪くなければもう少し幸せな気持ちになれるのだけど…。

 3位 ポセイドン・アドベンチャー
やっぱり「報われていない」体育会系神父様の話。ジーン・ハックマン主演の旧作版限定の評価ですのでお間違えの無いようお願いします。

「王道」で行くのならやはり「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の1、2がお勧めです(3は舞台がSFの夢である「未来」じゃなくて「過去」になってしまったので多少落ちますが。)が、敢えて個人的趣味に走ってみました。

 <コメディ映画>
 1位 天使にラブ・ソングを…
その歌声にはローマ法王も感動(?)したという名作。いや、「笑い」も感動(人の心を動かす)うちには入るから…という事で。

 2位 ナッティ・プロフェッサー
前代未聞のダイエット・コメディ。太っている人ってやっぱり「よく食べる」からデブなんだという事が改めて認識できる映画です。

 3位 フィリップ、君を愛してる!
まさかのホモップル(ホモ+カップル)コメディ。どんでん返しも最高でした。

腐女子でなくとも、デブでなくとも、アバズレ女が生理的に受け付けない人でも楽しめる王道コメディという選び方では「ホーム・アローン」の1、2がお勧めです。ちなみに3作目以降は主演が変わったので見ていません。(オイ!)

 <ミュージカル映画>
 1位 レ・ミゼラブル
そこまで歌わなくても…というツッコミは置いといて、素晴らしい表現力!

 2位 シカゴ
善人なんか、どこにもいなかった実話映画。

 3位 サウンド オブ ミュージック
第二次世界大戦を背景とした実話…に見せかけた映画。

軽いコメディタッチのミュージカルとしてはディズニーが悲願のアカデミー作品賞を受賞した(本人が存命中に最初で最後にゲットした)作品である「メリー・ポピンズ」がお勧めです。来月辺りに感想記事も書ければ…いいなあ。

 <恋愛映画>
 1位 風と共に去りぬ
南北戦争を背景にした傑作長編映画。アメリカの「過去50年の間に作られた映画ベストテン」で見事1位に選ばれたという物凄い映画。

 2位 タイタニック
海難事故映画という「実話アクション映画」を背景にしてしまい「フィクション悲恋映画」に昇華させた傑作。

 3位 プライドと偏見
1シーン1シーンが美しい絵画のよう…画像だけでも見る価値あります。

古典的名作として「プライドと偏見」と同監督・同ヒロインの「アンナ・カレーニナ」もお勧めですが、舞台のような演出、不倫する女の姿に私の家族(男性視聴者)は受け付けなかったので、敢えて欄外です。

 <アニメ映画>
 1位 もののけ姫
素晴らしい内容なのだが「子供向け」というアニメ暗黙のお約束は見事に逸脱してしまった映画。

 2位 ノートルダムの鐘
ディズニー映画には珍しく主人公の恋が実らない(恋愛がメインテーマではない)映画。

 3位 天空の城ラピュタ
ラピュタが滅んだ原因はきっと「がんバルッス!」という、うっかりな一言。

個人的には恋愛<価値観の違い(それぞれの文化を大切にする。)を描いた「ポカホンタス」が気に入っているのですが、服や顔などネイティブアメリカンに即していない部分が多々有る(史実とも違う部分が多い。)ので敢えてランクからは外しました。

レ・ミゼラブル

2011.12.13
 フランス最大の詩人にしてロマン派を代表する作家ユゴーのベストセラー「悲惨な人々」です。(という直訳はあんまりにもあんまりなので無難に「ああ、無常」「ジャン・バルジャン物語」と改題されていたり「レ・ミゼラブル」とそのまんまカタカナ変換されている場合が多いですが。)昨今ミュージカル映画として映画化もされた作品なので読む感慨もひとしおだったものでした。惜しむらくは登場人物の一人エポニーヌの存在も省略せずに、ジャベールが自殺した所で尻切れトンボで終わらせずに、(カラマーゾフの兄弟並のページ数で)長編でじっくり描いて欲しかったなという所ですが…毎月2冊刊行という締切の厳しさではそれも難しかったんでしょうかね…。(まあこのシリーズの存在自体が名作との「橋渡し」であって作品を最後まで描くことではないらしいから…ね。)

 ジャン・バルジャン(マドレーヌ市長)…「罪人の烙印は罪を償っても一生消えないらしい…。」

「嫌われ松子の一生」でも刑務所を出された主人公が「あなたは罪を償いました。」と言われていましたが、ここでポイントなのは「罪を償った」だけで「罪が帳消しになった」とは誰も言っていない点です。江戸時代の日本にも罪人の2の腕に入れ墨を刻む風習がありましたが要するにそれは刑期を終えて出て来てもやってしまった事は「消せない事実」であり、だからこそ貴方はそれを踏まえて悔い改めてマイナスからのスタートを頑張りなさい、やってしまったことの重みを背負いながら後の人生を生きていきなさい(「これからの人生をどう生きるかが重要なのです。正直な人間になるのですよ。」byミリエル司教)という意味で「他の一般人と同じ扱い」(マイナス点を帳消しにしたゼロからのスタート)を期待する方が間違っているとは言えるんですよね、厳しいこと言ってしまうと…。パン一つを盗んだ為に(というより脱獄を繰り返したせいで)19年もの長きに渡って牢に繋がれた彼。人助けをしたおかげで次の町では「旅券?いいよ、恩人にそんな細かいこと言わないよ!」とあっさり受け入れて貰え富を築けましたが男の子相手に窃盗の「再犯」を犯してしまった為に、いつ警察に捕まるかと内心安心できない日々は続いていたようです。唯一心の慰めになった家族のコゼット(「私には…君しかいないんだ…。」byジャン)も結婚して別居してしまうし考えてみると一番悲惨な人生を歩んでいるのはこの人なのではと思えてならない主人公です…ゲフッ!

 ファンティーヌ…「私をクビにしたアンタが全部悪いのよ!工場をクビになったからこんな生活になったのよ!」

誰のせいかというと法外な養育費を要求するテナルディエ夫妻のせいであり元を正せばそんな人間に娘を預けた自業自得であり、娘がいるのだって結婚もしていないのに男と遊んだ因果応報(本気で恋していたのに捨てられた事とは別に捨てられるまで男の金で美味しい物を食べたり贅沢はしていた)であって、そもそも全部自分の招いた結果、それを無視して市長(他人)のせいにするのは間違っているでしょうと何度読んでも思うのですが、それでもこの人はこの人なりにギリギリの生活で辛かったのかな…と初めて多少は共感できたファンティーヌでした。(それでも彼女を弄んだ訳でもない市長に唾を吐くのはいただけないが。)最後に手厚い看護を受けることもできて、娘も大金持ち(マドレーヌ市長)に養子として引き取って貰え、若くして亡くなった儚い最後とは別に当時の時代背景を考えると幸せな女性だな(若い頃は男の金で贅沢をして、他人の金で治療を受けられ、子供も路頭に迷わず引き取って貰える。こんな恵まれた扱いを受けた娼婦なんて他に知らない。)と読んで再度思ってしまったものです。(周りにいる他の娼婦達は誰も子供を引き取ってなんて貰ってませんよ…ゴフッ!)文句は沢山言っているけれど恵まれた部類にはいる女性だよなとツッコミを入れてしまいました…ガフッ!

 コゼット(ユーフラジー)…コゼット「私、尼僧になんてなりたくないわ。お買物だってしたいし、おしゃれもしたいわ。」
ジャン・バルジャン「贅沢する事前提ですかい…(苦笑)。」

その金は誰が出すと思っているんだ…と「純粋」にワガママを言っている彼女を微妙に思ってしまったものでした…ゲフッ!(「純粋な子供」である事実は認めますが…。)子供時代は養父にいじめられ栄養失調になりながらも何とか生きてきた、苦労してきた時代があったのは確かですがジャン・バルジャンに助けられて以降は何の苦労もしておらず当時、路上に溢れていた浮浪児や娼婦達に比べるとはるかに恵まれた人生を送っている(マリユスと結婚した後、貧乏生活を送ったけれども、それでも母親のように身を売る程の苦労はしていない)事は知れ、国王さえ入れない安全な修道院を出た為にジャン・バルジャンがまた逮捕の危険にさらされた事実を考えても世話の焼ける子供だなあ~(アンタのワガママのせいでジャンがどんだけ苦労する羽目になっているんだか…。)と共感はしきれなかった女性でした。最も涙ながらに「(好きな人と結婚して離れることになっても)私ずっと『親子』に戻れるのを待っているからね!」と切々と訴える辺り「もうパパって呼ばないのにも慣れちゃったわよ。」とのたまった「アロエッテの歌」版コゼットよりは琴線に触れる終わり方をしてくれたかな、とは思いますが…ゴフッ!

 マリユス・ポンメルシー…ガブローシュ「オイラがあの人の住所調べてくるよ。そんでマリユスがハンカチを届けてあげなよ。」
マリユス「ええっ!?これは彼女の連れの爺さん(ジャン・バルジャン)のハンカチであってお前は根本から何か勘違いを…って、あ!オイ!行くな!」

以上、原作(ハンカチの真の持ち主)に忠実に再現してみました。本当だったら「愛しい彼女の居場所を探し出してくれたら僕は君に何でもしてあげるよ。」「それをアンタに恋しているあたしに頼むワケ…?」というエポニーヌの切ない場面はこうして弟のガブローシュに取って代わられエポニーヌの存在自体が抹消されマリユス×コゼットの一目惚れバカップルのお手軽な恋愛譚になり果てたのが個人的に非常に残念に感じてしまったものです。(昔、周りからの愛情を一身に受けて苦労の無かったエポニーヌと、愛されずに辛い扱いを受けていたコゼット、2人の立場が現在「逆転」したことも話のテーマの一つだったと思うのですが…。)ページ数という尺の問題も有ったのでしょうが…その後ジャベールがいなくなってくれたのにマリユスがジャン・バルジャンを犯罪者と決めつけて遠ざけたおかげでジャンの心労はそれからも続いた後日譚を考えてもあんまり共感はできなかったキャラクターでした。

レ・ミゼラブル

2011.12.12
 日本語版タイトル「ああ、無情」「ジャン・ヴァルジャン物語」として知られる(正確な和訳は「悲惨な人々」「哀れな人々」。さすがにそのまんまタイトルにするわけにはいかなかったようです。)ユゴーの名作のミュージカル映画です。ミュージカルだというのに動きが少ないと映画評論では評価は真っ二つに割れている(でも今までのミュージカルだって踊りまくっているのは「ウエストサイドストーリー」位で「サウンドオブミュージック」も「マイフェアレディ」もそんなに動いてないよ?)そうですが素晴らしい音楽と表現力で2時間半の長い時間が全く気にならない感動を与えてくれる名作でした。(普通の映画では登場人物がベラベラ自分の心の内を話すのは「独り言を言っている根暗な奴」として興ざめしてしまうのですが歌に昇華されるとそれが全く気にならない。素敵です。)敢えて、強いて難点をあげるなら「そこは普通に喋ってもいいんじゃないか?」という位歌で溢れ過ぎている点位ですかね…。(それこそが良いんだがミュージカル慣れしていない今の若い世代は微妙かもしれません。)公開されているのは2013年1月ですが日付のズレは気にせず感想を書いて行きます。

 ジャン・ヴァルジャン(ヒュー・ジャックマン)…マドレーヌ市長「ジャン・ヴァルジャンは私だ!」
傍聴人「裁判所。市長はおかしくなってしまった。病院へ連れて行ってあげて下さい。」

原作では証言した元同僚(監獄仲間)達の刺青などの身体的特徴を言い当てて自分がジャン・ヴァルジャンだと証明するのですが映画の一言言っただけでさっさと去ってしまうのには「じゃあ疲れてる様子の市長の言葉は放っておいて被告人ジャン・ヴァルジャンの判決だが…。」「だから俺はそっくりさんだって言ってるだろ!」と何事も無かったように話が進みそうで、それで終わりなの!?と驚いてしまったものでした。パン一つ盗んだだけで(というより主に脱走の罪で)19年も監獄暮らしをする羽目になった主人公でしたが監獄がそれほど嫌だったのなら脱獄して無駄に刑期を長くしないで大人しく出所を待てば良かったのに…(元々のパン一つ盗んだだけの軽い窃盗罪は5年分、後の14年は脱獄の罪でした。)ともツッコミを入れざるを得ず結果として長過ぎた刑期には役人たちの非情さと同時に頭の悪いジャンの判断ミスも感じてしまったものでした…ゲフッ!

 ファンティーヌ(アン・ハサウェイ)…「夢見ていた私の人生はこんな地獄とは違ったのに、今や人生は私の見ていた夢を台無しにしてしまったの。」(サントラ盤訳詞より。)

原作小説では羽子板2枚(上前歯2本)を抜かれるはず(警察に連行された際のトラブルも一目了然のこの歯をからかわれた事が要因。)が役者さんの歯を抜いてしまう訳にもいかないので「奥歯にしときな。」と場所はサラリと変更されていました。隠し子がバレた時「あなたも浮気してる。誰だって小さな秘密を抱えているでしょ。」と他の人間の悪事をバラして自分から目を背けさせようとしたり(指摘した女性に非難する資格が無い以前の問題で性格悪いですよ、ファンティーヌさん。)「クビになったのは市長が庇ってくれなかったからだ!」(いえいえ隠し子を作ったあなたのふしだらな過去が原因で市長は関係ありません。)と助けてくれたマドレーヌ市長に唾を吐きかけたり同情しようにも性格が悪過ぎて好感が持てなかった女性でした。隠し子を作ったのも宿屋の夫婦の元に手放したのも歯や髪や肉体を売ったのも全部自分で選んだ道であり全ては自分でまいた種なのに「こんなはずじゃなかった。」と嘆かれても…自業自得という言葉しか浮かばないんですけど…ゲフッ!

 コゼット(アマンダ・セイフライト)…彼女の本名はユーフラジーという植物の名前で(「後は雑草のままに。」と妊娠を知らされた父親に名付けられたと同時に捨てられた。)それにかこつけて「小さなさや」(コゼット)→農園で植物を育てているかのように誤魔化していたのですが度重なる病気(を理由にした金せびり)の手紙からコゼットが植物でなく隠し子の名前だとバレてしまい映画の話は始まるのでした。ジャンに保護された当時8歳だったのに6歳位にしか見えないほどの酷い栄養失調で虐待も受けていた…のですがシンデレラの階段を駆け上がってから(ジャンに引き取られた後)は苦労知らずのお嬢様でしかなくなってしまいあんまり魅力も感じなくなってしまったものでした。(あの時代コゼットのように虐待を受けて死んでいった子が何人もいるのでリアルな反面、救われたコゼットはその子達に比べてはるかに恵まれている訳で…。)

 マリユス・ポンメルシー(エディ・レッドメイン)…「この気持ち(恋)をどう伝えたらいいのだろう。」

エポニーヌの目の前で辞めてやれよ、お前らと客席から何度ツッコミを入れたでしょうか?(横で「あたしゃ、もうお終いだ。」と泣いているエポニーヌがどうしようもなく哀れに思えました。)ともあれ革命(にもならずに暴動止まりで終わった事件でしたが。)の真っただ中だというのに信念を忘れて恋に浮かれ他人(ジャン)の力で1人だけ生き残って幸せに暮らしている様には真面目に革命に取り組んでいる他のABCの会の皆に凄く失礼な男に思えて正直微妙なキャラクターでした。コゼットとは一目惚れ同士だったとはいえ人を使ってまで住所を調べたり落としたハンカチのイニシャル(U)からユルシュールと勝手に名前を妄想して胸の内で呼んでいたり(そのハンカチはコゼットを見かけるたびに胸に押し当ててアピールしていたのですが実はジャンのハンカチでユルヴァンという偽名のイニシャルだったというオチがありました…ゲフッ!)恋情が過ぎて立派なストーカーになり果てていた様子には女としてドン引きした思い出があります。コゼットもエポニーヌもこんな男のどこに惚れたんでしょうね…?やっぱり顔(だけ)でしょうか?

 エポニーヌ(サマンサ・バークス)…「彼を愛しているの。でもそれは、あたしの独りよがり。」(サントラ盤訳詞より。)

「あたしが欲しいのはお金なんかじゃないわ。」とマリユスに金で気持ちを替えられた(で、生活に困っているのに貰った金貨は地面に捨てた。)名シーンは「お金なんかいらないわ。」と軽~い感じに変えられていて個人的には不満でした。子供の頃は大切な人(両親)からの愛情も(稼ぎ方に問題があったとはいえ)安定した生活も全てが彼女の物だったのに大人になったら立場が逆転して彼女の欲しいもの全てはコゼットが手にしていたというのは何とも皮肉な展開です。最後は自分を愛してもくれない男(が「火薬に火をつけるぞ!」と馬鹿をやり始めた。)のを守る為に銃弾の盾となって亡くなってしまい文字通り命を懸けてまで行った暴動が1日足らずで鎮圧されたことも含めて哀愁を感じる女性です…。

 ガヴェローシュ(ダニエル・ハトルストーン)…「平等って奴は死ななきゃ与えられない。」

実はこの子正真正銘エポニーヌの弟です。原作によると女性なのに髭が生え(それは剃って下さいよ…。)怪力でならしたティナルディエ奥さんの母性は女の子にしか向かなかったそうで男の子として生まれた為に彼は親の愛情を受けられなかったそうです。悪事に加担しつつも取りあえず家族と共に暮らせている(一応、親の愛情には恵まれた。)エポニーヌと違い浮浪児として往来で仲間達と暮らしている彼は世には貧富の差別があり家族である自分達の間でさえ与えられる愛情に差があるという世の中の不平等を誰よりも感じていたのかもしれません。エポニーヌとガヴェローシュ、同じ姉弟であるはずの2人に「平等に」与えられたものは歌われている通り6月暴動のさ中に「死ぬこと」だけでした。原作既読済みでその後の運命を知っているだけに歌を聞いた時には思わず涙してしまったものです。

 ティナルディエ夫妻(サシャ・バロン・コーエン&ヘレナ・ボナム・カーター)…客「この旦那は抜け目ない。誰とでも気が合う。でもご用心。骨までしゃぶりつくす。」

実は彼が宿屋を始めたのもワーテルローの戦いで死体から盗んだ金や貴重品を元手にしたという逸話があります。主人公がパン一つ盗んだだけで19年も牢屋暮らしをしたのに盗みまくっているこの夫婦は何故捕まらないのか?という当たり前の疑問はこの2人には通用しません。(何事にも要領というのがあるようです。)客からはセコく搾り取りファンティーヌにも「コゼットが病気だ。」と嘘をついて金をせびる根っからの小悪党だったこの夫妻に子供を預けたのはファンティーヌの完全なる判断ミスだったと言えるでしょうね。(エポニーヌ達と遊ぶ姿を見て「3姉妹になれると思った。」そうですが、そもそも肝心のこの夫妻がコゼットにどう接するかを見てないでしょアナタ。隠し子がいるのが恥ずかしいという自分の都合で子供を手放さないで下さい、お母さん。)この品性下劣でしたたかな夫婦は世の中がどう変わってもしぶとく生き抜いて行く事でしょう。正直この悪人夫婦からどうしてエポニーヌやガヴェローシュのようなピュアな子供達が生まれたのか不思議で仕方ありません…ゲフッ!

 余談…ファンティーヌが肉体を売るシーンについて、さして重要なシーンでなく濃厚に描く必要は全く無いと分かってはいるのですが買った客が事を終えるまでゆうに1分もかかっておらず、えらく早くないか?(「早いお客も大歓迎♪」と歌ってはいたけれども、あくまでも「お仕事」でありさっさと終わった方が女としては楽かもしれないけれども。)とツッコミを入れてしまったものでした。

アロエッテの歌⑤

2011.12.11
 第7章「夜に泣く夜鳴鳥(ナイチンゲール)」というサブタイトルの通り最後はエポニーヌが涙する展開で終わっています。オリジナルストーリーとはいえ栄功の階段を駆け上がっただけに目の前でコゼットとマリユスが仲良く並んで座っている姿を見せつけられる(それでも気持ちを抑えて舞台をこなさなければならない。そのまんま道化じゃないですか…。)という終わり方には同情したのを覚えています。という訳で記憶を頼りに5巻の感想です。

 コゼット(アロエッテ)…「そうすれば少しでも多くの貧しい子が救われる。」

と徹夜で刺繍をし、それを売ったお金でパンに替えて出血大サービスの施しをしているコゼットでしたが今日はともかくその人達の明日の食事はどうなるのか、その後寝る間も惜しんで刺繍する姿が見られなくなった事からもこの子の博愛精神は結局自己満足の域を出ないのか(社会が変わらない限り問題の根本は解決しない事項ではあるのだけれども…。)と微妙に思えたものです。どんどん「ただ守られるだけのお姫様」化してきたと同時に頭のボリュームが凄いな!(あれにストレートパーマをかければ普通のロン毛になるのではないだろうか?)と実感した主人公でした…ゲフッ!

 アデル…「私達の刺繍がパンに変わるなんて…あまりの事に何が何だか分かりません。」

アデルというのは原作者ユゴーの娘の名前でオリジナルキャラです。修道院生活を終えた彼女は激しい恋に落ち、それがきっかけで精神を病み一生を精神病院で過ごしたのだそうです。彼女の激しさを目覚めさせたのは一体どんな出来事だったのか?と犬木先生なりにアデルの「理解を超えた現実」との触れ合いを描いていますが精神を病むほど弱い心の持ち主が激しい気性だとは私には到底思えず(ヤワだからこそ病んでしまったのではないでしょうか?)カバーコメントを読んで「…?」と思ってしまったものでした。あまりのショックに寝込んでしまったのか、これ以降出番も無く別れもちゃんとできないままコゼットが去ってしまった展開も急で色々驚いてしまったものです…ゲフッ!

 ジノルマン…ジノルマン「お前の執心の夜鳴鳥をわしにとられて悔しいか?」
マリユス「夜鳴鳥なんて僕は知りませんよ。どうぞおじい様のお好きなように。」

「我が家の恥を紹介しよう。」と人前(サロン)で晒し物にし彼に関わるものを横取りすること(見せびらかしの復讐)でしか愛情を表現できない、例えて言うなら牛乳をしみこませた雑巾を投げつけるような真似をすることでしか相手を振り向かせられないような好意の示し方(相手にとってはいい迷惑)にさすがのマリユスもそれがこの人の愛情表現だと理解しながらも呆れと軽蔑を抱くようになってきたようです。私に言わせれば文句を言いながらもすねをかじって生活させて貰っているマリユスもいい性格でどっちもどっちに見えるのですが自分で自分の姿が見えていないのが当事者の現実のようでした。という訳でマリユスが自分を自覚して成長するのはもう少し先です。

 エポニーヌ…ティナルディエ「お前がこんな思いができるのもパパとママがお前をこさえて産んでやったおかげだろうが!」

そういう理屈ですか…と13にしかならない子供に養って貰っている肩身の狭さはどこへやら却って増長しているティナルディエ夫妻に呆れるのを通り越して感心してしまったものです。(さすが強欲夫妻。)歌姫として成功したものの人々は「見世物としての彼女」を笑っているだけで愛しいマリユスの視線さえもコゼットに奪われます。注目されている反面、誰も本当に彼女を必要とはしていない(親でさえ彼女が稼ぐ金を食い物にしているだけで大事に扱うようになったわけではない。)という現実にエポニーヌがイライラする理由が分かる気がしました。(それで真面目に練習しろと言われてもねえ…。ピエールだって言ってみればエポニーヌのおかげで歌を上演できている利用している人間の一人な訳で…。)巻の最期、笑い物になりながら本当に見て欲しい人間にさえマトモに見て貰えない彼女の独り舞台が可哀想で仕方なく同情からますます好きになってしまったものでした。

 余談…リアルタイムにコミックスを買っていた私は何の苦労もしなかったのですが後からこの作品を知った人は絶版の上にネット販売でも品薄の為に高値がついた(特に6、7巻は売れなかったのかより品薄で高額なのだとか。)この本を集めるのに相当苦労したそうです。買い手の側にさえ無情を与える(ああ…無情。)凄い作品だなと改めて感じ入ったものでした…ゲフッ!

アロエッテの歌④

2011.12.10
 個人的にはこの「アロエッテの歌」は大好きなのですが絵を見ただけで拒絶反応を示す読者は多数いるようで…(個性的で私は全然「有り」なんですが。)カテゴリ的にはホラーでもない(連載誌はホラーだったけれども。)この作品は犬木先生作品の中でもかなり「異質」になってしまうらしく現在は絶版・古本屋にも置いていない稀少な本となり果ててしまっているようです。それでも懲りずに感想は書いて行きます。という訳で第4巻です。第6章「新しい鳥の巣」というサブタイトルから察せられる通り舞台は修道院に移りコゼット達は平和~な生活に入ります。

 コゼット(アロエッテ)…「いつの間に私の手もこんなに白くなっていたんだろう?」

無事ティナルディエ夫妻の家から逃れた後は生活も安定し恋も叶い幸せの階段を昇るだけの彼女。幸福になって良かった反面今後の彼女からは見所が無くなってしまうのも確かで(修道院で大人しく暮らすだけ、6月暴動中も安全な家の中で祈っているだけで全く行動しない女性なので…それが当時の理想のレディではあったのでしょうがあまりに男に都合の良すぎる女性のような…。)修道院を抜け出して行動している犬木版は行動力がある(一生懸命主人公として動かしている)反面どこかズレているとも感じてしまったものでした。来て早々に沈黙の業(罰)を与えられているし、このコゼットが立派なレディになる日は遠そうです…ゲフッ!

 マリユス…「この人形を譲って貰えませんか?」

関係の無い赤の他人であっても所詮この世は金だという事でお金で話はついていましたが…。(つけるなよ見知らぬ人形の為に!)男のくせに人形を愛でて挙句にキスまでする姿は真面目なだけに一層不気味で読みながらドン引きしてしまったものです。映画版でも描かれていた「運命の一目惚れ」(出会い)まで全く接点のない2人を何とかこじつけようという犬木先生の努力は買いますが、こんな男の不気味な言動をクローズアップするよりはいっそ出会いまで関わりの無い方がまだ幸せではないかとまで感じてしまったほどです。小説版でもストーカー気質のある男なだけにハマりすぎて納得したものの、大人編で登場するまでいっそ出てこなくても良かったキャラクターだと改めて思ってしまったものでした…ゲフッ!

 ジュリエット・ドルーエ…「どうせ私は金持ちの男達の慰み者よ。」

ジュリエット・ドルーエはコゼットのモデルとなった女性と言われており、この作品では現在人気を博している歌姫というオリジナルキャラクターとして登場しています。(それにしたって男の慰み者として金を得ているという設定は酷いと思いますが…。)オリキャラ・ジュリエットはコゼットが拾った赤子の母親に職を斡旋した(母子が充分に暮らせるように金を工面した。)という後日談もあり彼女の付き人として仕事を与えて貰った事に感謝した母親は火事の際子供を放って衣装を守ったというエピソードも描かれていました。「美談」のように描かれていましたが私にはさすが1度は子供を捨てた母親だ(子供の命よりも仕事の方を守るんですか!)とあんまり感動はできなかったり…ゲフッ!ジュリエットはそこまで自分の為に尽くしてくれたと歌姫辞めて田舎に行く決意までしていますが、そんなに美しい行動には正直見えないんですが…ゴフッ!(衣装も子供も同時に抱えて守るという選択はしないのね、お母さん…という感じで…。)

 エポニーヌ…ピエール「劇場は広いのよ。もっとお腹から出る声を使う事ね。」

だからといって腹を1発殴ればそれで腹筋がつくほど人体は単純ではなかったと思うのですが…。(生卵食べた後にお腹を殴られたら普通は吐くだろう。)歌謡作家(シャンソニエ)のピエールに歌の上手さを見出されるも観客から相手にされない様に「とんだ見込み違いだったかな?」「私の歌姫はそんな醜い顔で泣いたりはしなかった。」とイヤミの連発を喰らいながら(それにしても何故おネエ言葉なのか、ピエール?)成長していくエポニーヌ。13にもならない小娘を「大人の歌姫」のように人気を博そうという計画自体に無理があるだろうという常識的なツッコミは2人には届きません。しかし5巻では見事彼女の資質は花開き歌姫として本当に成功してしまうという意外な展開が拝めます。エポニーヌ好きの私としては嬉しいオリジナル展開でした。

アロエッテの歌③

2011.12.09
 第4章「一かけらのパン」第5章「クリスマスの精霊」というサブタイトルからファンティーヌのご臨終~コゼットがクリスマスの夜にジャン・ヴァルジャンに迎えられるまでの内容だろうと推測しておぼろげな記憶を頼りに感想を書いて行こうと思います。ファンティーヌに対してえらい辛口になってしまったものですが時代背景を考えても「恵まれていた状況全てを自分でおじゃんにしてしまった(頭の)可哀想な女性」(手切れ金も貰い最初はちゃんとした所に就職もできていたのに倹約のできないこの人の生活態度からコゼットの悲劇は始まった。)というイメージがどうしてもぬぐえなかったので…何をどう解釈しても褒め言葉は浮かびませんでした…ゲフッ!

 ファンティーヌ…トロミエス「ねぇブロンド。お前には金色に輝く髪も珊瑚の歯もあるから花嫁衣装はいらないね。」

かつてそう言って恋人が愛でてくれたもの全てを引き換えにしてお金を作った彼女ですが(それにしてもこのセリフ「お前に花嫁衣装を贈って結婚する気は無いからそこの所よろしくね。」という三行半に聞こえるのは私だけ?)「こうなったのも全ては私から仕事(高額の給料)を奪ったマドレーヌのせい。」と逆恨みするのは間違っていると思うのですが…。この人が苦労しているのはティナルディエ夫妻が無理な金せびりをしているせいでありそもそもはそんな人達に娘を預けた自業自得であって「給料(金)をくれるはずのマドレーヌ氏が仕事(金)をくれないせい。」というのは逆恨みを通り越した責任逃れのような気がして苦労の割には同情できない女性でした…ゲフッ!

 ジャン・ヴァルジャン…ファンティーヌ「市長なのに私から仕事を奪った!」

トラブルから助けてくれたのに(そのトラブルも自分の歯の無い口を見せ物にしてお金をせびった挙句の自業自得であって…楽して金儲けはできないっていい加減に学んで下さいよ、ファンティーヌさん。)助けてくれた相手を罵倒して唾を吐きかけたファンティーヌに性格の悪さを感じて一気に嫌悪感が募ったものでした。やむにやまれず売春婦に身を落とした女性だって今まさに彼女の周りに沢山いる(生活の為に身をやつしたというのは別に彼女だけに起こった特別な悲劇ではない。)訳で「自分ばかり酷い目に合うのはマドレーヌのせい!」と何もかもを他人のせいにするのはいくら精神が錯乱していたとはいえ酷い思考回路だと思えてこんな女性を助けるジャンに心の広さを感じたものでした。本当に酷い目に合っていたのは娘のコゼットの方だったでしょうに…ね。

 コゼット(アロエッテ)…ファンティーヌ「泣かないでね、コゼット。泣かないでね。」

これだけの虐待を受けて「泣くな。」というのは酷過ぎると思いますが…。(せめて泣くこと位は許してあげて下さいよ…。)彼女に振りかかる虐待に他人の顔をして「これも子供を置き捨てた罪深い母親(ファンティーヌ)のせいなのです。」としたり顔で説教していた牧師様に最初は嫌悪感を抱いていたうちの妹が「この人は嫌いだけど言っている事は『その通り』だよね…。」(そもそもファンティーヌがティナルディエ家に子供を押し付けなければコゼットの悲劇は起きなかった。)と納得していたのが懐かしく思い出されます。子供にとって1番の幸せは自分を思ってくれる親と暮らせることで生活の質ではないことにファンティーヌが最後まで気づけなかったことが本当に残念でした。親なら子供にとって何が幸福なのかもっとちゃんと考えて欲しかったです…。(そして何よりもまず浪費癖を治しておくべきでしたよ、ファンティーヌさん!)

 エポニーヌ…良家の子女「何よ、あの子。服装も下品だけれど歌い方も下品じゃない。」

単純に「歌が上手い」だけでは聖歌隊には入れない名誉ある場所なだけに生まれ育ちが物を言う(所詮この世はコネなのだ。)という事を村の牧師様はご存じなかったようです。(確かに聖歌隊にいるのは良家の子女ばかりで村娘や浮浪児にも門戸が開かれていたという話は聞かないしね…。)おかげで大金をかけてパリに行ってまで恥をかいたエポニーヌも引きずられて徒歩で行く羽目になったコゼットもいい迷惑を被ってしまいました。適当な事を言わないで下さい、牧師様。

アロエッテの歌②

2011.12.08
 第3章「なかないひばり」第4章「一かけらのパン」というサブタイトルからして多分話はこの辺りだろうという推測(たしかファンティーヌのロマンス回想は早目に描かれたはずで、2巻にまで本来の主人公であるジャン・ヴァルジャンが出てこないという悲劇も無いだろう…多分。)の中での感想です。間違っていたらごめんなさい(大丈夫だよ、このブログの訪問者は極端に少ないから…ゲフッ!)という事で今回も昔読んだ記憶頼りに語っていきます。

 トロミエス…ファンティーヌ「シンデレラを夢見てたわけじゃない…。」

つまり良家の子息であるトロミエス(コゼットの父親)の家のお嫁さんとして迎えられなくても、彼といられれば貧乏暮らしでもかまわなかったと言っていますがトロミエスが家も親も捨てて字も読めない無学な娘の為に人生を投げ出してくれるなんてそれこそあり得ない話でそれはそれで図々しい願いだと感じてしまった私でした…。小説版曰くファンティーヌは「妻が夫にするように身を任せていた」そうですが本当の夫婦であっても教会によってセックスをしていい日は限られているはずで(それが厳密に守られていたかどうかはともかくバレた時に問題にはなったでしょうね。ましてや未婚の女性の性交渉など言語道断という時代背景も伺えます。)結婚もしていないのに肉体関係があるからと夫婦気取りしていたのもやっぱりあつかましいように思えてあんまり共感はできなかったものです。コゼットの事に関してもちゃんと手切れ金はくれたのだから高価な服の数々なんて買わずにちゃんと倹約していたらもっと一緒にいられたのではと思えてならなかったり…ゲフッ!ともあれコゼットが父親似でなくて良かったとビジュアルを見て安心したものでした…ゴフッ!

 ファンティーヌ…「コゼットを引き取ろうとお金を貯めようとしているのだけれど…。」

家具とかつい良い物を買っちゃって中々お金が貯まらないのよね~(「お給料はマドレーヌ工場の半分でいいんです。」=「半分の金で充分生活は成り立つんです。」)とパリのお針子時代の浪費癖が抜け切れずにいつになってもコゼットを引き取れないダメ母親でした。(ちなみにその家具は家賃代わりに真っ先に差し押さえられました。)コゼットを思って同じ名前の花(ユーフラジー)を買っていたという「美談」も草花なんかを身代わりにしないで本物のコゼットの為に1円でも多く金をためるのが先だろ!?と思えて全く感動できなかったものです。(「病気の子供」に寝巻きでなく健康な子供が着る普段着であるスカートを送るのもどうなのか…ズレた母親だよなあ…。)クビになったことをきっかけに「ここを出て新しい町でやり直そう。」と再度、家賃を踏み倒して(またか。)出ていこうとしていますが何度違う場所に行こうが生活態度や考え方を改めない限り彼女が娘と再会できる日は永遠に来ないだろうなあ、と改めて性格の悪さにげんなりしてしまったものでした…ゲフッ!

 ジャン・ヴァルジャン…「こんな所もう1日だって我慢できるものか!」

刑期がもうすぐ終わるという時になってわざわざ脱獄しなくても…と小説版ではげんなりしただけでしたがこの作品を読んでそれでも姉の子供の不幸を目の当たりにして刑務所で何もできずに唯々諾々と生活しているのが耐えられなくなったのだと初めてジャンの脱獄の理由に共感できたものでした。(結局何回やっても捕まって大人しく出所を待つ方が早かったというオチは待っていたけれどね…ゲフッ!)その後人助けをした事で身分不明でもあの街で暮らす事を許されついには市長にまで出世した彼の人生はファンティーヌとの出会いをきっかけに少しずつ狂い始めることになります…。

 エポニーヌ…「私の心はみんな私の眼の中に。ほんに可愛いお前のあんよが見えるから。」

と、まるで母親が幼いわが子をいとおしむかのように様に訳されているこの歌は小説版によると正確には「スカートの裾から女の形のいい脚が見えるので俺の目はもうギンギンです。」というニュアンスの身も蓋も無い内容だったので犬木先生の超訳の素晴らしさに思わず拍手したものでした。池に落ちたのを助けて貰ったのに自分は見捨てて逃げてしまったというのはオリジナルエピソードでエポニーヌの性格が悪いというよりそこまでしてエポニーヌを悪役にしたいか!?という作者の強引な方向性が見えて「…。」と思ったものです。歌のように親に可愛がられるエポニーヌと虐待されるコゼットと違いは母親が子供を手放すか手放さなかったかにあったのであってそもそもの要因は親にあった(虐待の要因は子供にあったのではない)と思うのですが…。

アロエッテの歌①

2011.12.07
 表紙は小説版でもおなじみの箒で掃除するコゼットの絵です。服はボロボロでやせ細り大人用の箒はその体には大き過ぎる…彼女がいかに酷い仕打ちを受けているかを物語っている有名な絵です。2013年のレ・ミゼラブル映画化で思わずテンションが上がってしまい本格長編漫画であるこの作品を思い返して…現在手元にないので記憶とネット情報(あらすじ)頼りに感想を書いてみました。という訳で第1章「やむを得ずと戦士は言いぬ」編です。(映画の少し前コゼットとファンティーヌが別れた時のシーンです。)

 ファンティーヌ…「娘を裸で置いて行く母親なんているものですか!」

そう言う割には高価な服の数々を抱きしめて手放すまでにえらく時間が掛かっていましたが…ゲフッ!(ティナルディエ夫婦がツッコミを入れなかったらそのまま持って行くつもりだったでしょ、あなた?)「夫はパリで死んだのです。」(でも父親がいない以上、私は結婚もせずにふしだらな事をして子供を産んだ女と誤解されて就職先が限られてしまう。)と娘を手離す理由を正当化している彼女ですが、これは完全なるウソ。相手の男が元気に生きている以上隠し子(コゼット)という自分の不貞の生きた証拠を連れ歩くのは都合が悪いという自分の勝手が理由です。預かったティナルディエ夫妻も強欲な人間ですが物語の開始1ページ目から家賃を踏み倒し子供を手離す(そして預かってくれる人にさえ本当のことを言わずに嘘をつく)この人もこの人で小狡い生き方をしているよな~と共感できなかったものでした。そんな理由で手放される子供が哀れと言えるでしょうね。

 マルグリッド…「ファンティーヌはあたしの友達なんです。雇って下さいますわよね。」

この作品ではファンティーヌの幼馴染にして友人として登場していますが映画版(2013年度版)で彼女がクビになる際誰も庇おうとしなかった(本来庇うべき「友人」が一人も現れない…どころか全員が一致団結して「こんな人と一緒に仕事するなんて嫌!今すぐクビにして!」と迫っている。)事からも分かるとおりファンティーヌには友達なんて存在しませんマルグリッドはファンティーヌが住んでいる宿屋の女主人(おばあさん)であり「こんなに貧乏なのに、この上ティナルディエさんにお金なんて払えないわ。」とグチ要員として使われた女性でした。そんなこと言われたっておばあちゃんは困ったでしょうに…ね。

 コゼット(アロエッテ)…「こんな私の話こそ、いつか物語になるのではないかと思うのです。」

いや主人公はジャン・ヴァルジャンだから…(犬木先生、主人公認識を間違えてますよ~。)と完全に主人公になりきって話を進めていくコゼットにツッコミを入れてしまったものです。という訳で(少なくとも原典では)主人公はジャン・ヴァルジャンなのに記念すべき第1巻で1ページも出てこないというまさかの展開で話は進んでいきます。「虐待された子供達の『現実』から目を逸らさない。」という犬木先生のスタンスは理解出来ましたがそれと主人公を置き替えてしまうことはまた別物だと思うのですが…。

 エポニーヌ…「このバカにゃんにゃん!お仕置き!お仕置き!」

…と、漫画版では完全なる悪役に染まってしまった彼女。でもこれは両親のコゼットへの仕打ちを真似しているだけで幼子である彼女にはそもそも事の善悪や物の道理なんて分かっていない差別を教えてしまっている親が悪いと言えそうです。(言ってしまえばそもそも他人の家族の元に勢いでコゼットを預けてしまったファンティーヌの判断がそもそも間違っていたというか原因はそこにあったというか…。)最初の1日は仲良く遊べた事からこの子だって教えれば他の子を仲間に入れる優しさも慈しみも発揮できるのですが…(幼児教育って本当に大切ですよね…。)色々な意味で親に問題がありました。自分の都合の為に子供を他人の元に置き捨てるファンティーヌと他人は金ヅルとしてしか扱わないティナルディエ夫妻とこの作品は問題のある大人が多いなあと感じ入ったものです。

THE GREY~凍える太陽~

2011.12.06
 GREYとはご存じ英語で「灰色」(アメリカ→gray、イギリス→grey)の事です。何が灰色かというとGrey Wolvesつまり狼達の事で極寒の地に投げ出された主人公達の1番の敵は寒さでも雪崩でも飢えでもありませんでした。(アンデスの聖餐など普通こういう作品では気候と食料だけが問題なんですけどね。)作中吹き荒れる吹雪など天候に関してCGは一切使っておらず(風も雪も全部本物。)寒さに慣れるまでの数日間、俳優の皆さんは演技どころではなかったそうです。結末に関しては賛否両論ありそうですが怪物ではない「普通の自然動物」のあまりの怖さに上映中ビクビクし通しになってしまうほど目が離せない傑作になっていることは請け合いで1見の価値のある映画です。自然が恐ろしいこと、その怖さを乗り越える為にも人間は文明を作ってきたという事も感じた映画でした。

 アラスカのツンドラ地帯…ツンドラとは1年中ほとんど凍結し夏わずかに溶けて湿地となる荒野の事です。(凍土帯、凍原ともいう。)アラスカ州北部のノーススロープ群は大半がツンドラ地帯であり巨大な原油埋蔵地でもあるので主人公達が製油所で働いていたことを考えると落ちた場所はもしかしたら職場からそんなに遠くないのかもしれません。(そもそも製油所の周りにも狼がいたしね。)が人里に出るのにも飛行機を使わなければならないほど辺鄙な場所であり、飛行機でしばらく飛んでから墜落してしまった辺り(嵐の中を飛ぶんじゃねえよ!by全員)徒歩で進むにはキツイ距離が有ることは確実で、全員全滅してしまった結末には悲しみを感じながらも納得してしまいました。-20度の気温に雪交じりの横風が吹きつける過酷な環境の中での撮影には俳優の皆さんも本当に苦労したそうで(「脚本についての準備、飛行機事故や狼についてのリサーチが全部完全に吹き飛んだ。セリフを言おうにも唇が凍りつき、考えられることはどうやって暖を取れるかだけ。そこにいるだけで必死。」だそうです。)撮影を通して本当に指とつま先が部分的に凍傷になったそうです。(オットウェイなんて、そういう気候の中でラストシーンはノー手袋だし…。)…皆さん、お疲れ様でした!

 狼(Grey Wolves)…オットウェイ「雪原だと逃げ場がない。たどり着くまでが危険だが森まで行った方が安全だ。」

そう森なら木の上という逃げ場がありますから…。(ヒグマなどネコ科の肉食獣と違って狼はイヌ科の哺乳動物。木には登れません。)主人公達に猿並の木登り能力があればきっと無事に人里まで辿りつけていた事でしょう…ゲフッ!この作品では獰猛・残虐な狼達ですが本来、狼は基本的には人間を襲わないはず(賢い故に人間が他の動物に比べても結構大型で凶暴だという事実を分かっているそうです。分かっていなくても仲間を串刺し・丸焼きにして食べていたのを見た時点で「人間って怖え!」と身に染みて学習した事でしょう。)で執拗に主人公達に攻撃を仕掛けてきたのは彼らがズンズン自分達の巣穴に向かって近づいていったからでした。(アレは人肉を狙っての行動でなくテリトリーを侵す侵入者達を排除する為の決死の攻撃だったんだとか…ゴフッ!)そもそもあれだけ殺してしまっては普通に食べきれない(極寒の地で冷凍庫効果が望めるにしても電子レンジも炎も使えない狼達ではマトモに食べれるようになるのは夏を待たなければいけなくなる。)でしょうし、賢い狼達には人殺しをしたら銃を持った遺族達が遠からず襲いかかってくることも理解しているはずです。(多分。)主人公達がその辺の事情に最後まで気づけなかったのがこの作品の悲劇と言えましょうね…ガフッ!

 バーク(ノンソー・アノジー)…全員が演技どころじゃなかった中、彼が突然素晴らしいバリトン声でシェイクスピアの「オセロ」のセリフを朗読した事から「そうだ、僕らは何があっても俳優で、たとえ氷点下20度の中でも演技しなければならないのだ。」と思い起こしたそうです。作中では低酸素症が原因でかなり早い段階から衰弱し、幼い頃病死した妹の夢にうなされ(迎えに来たんじゃないでしょうね、妹さん。)その翌日には凍死してしまった黒人青年でした。が、狼に食いちぎられることなく普通に凍死できたのはこの状況下ではかなり幸せな死に方だとも言えます。(多分遺体の損傷は7人中1番少ない。)苦痛も恐怖も無く眠るように死ねたのはある意味大往生と同じで、他のメンバーの無残な死に方を比べるとまだマシと言えます…かね?

 タルゲット(ダーモット・マローニー)…「実は高所恐怖症なんだ。先に行ってくれ。」

彼の靴の金具が崖⇔木を結んでいた紐の結び目をほどいてしまった展開を考えると彼が先に行ってしまった場合、残ったメンバーは紐という移動手段を失い崖の上に置いてきぼりになってしまうので最後に渡ったのはある意味正しい選択でした。(崖→木へのロープ無しバンジージャンプはそのまんまタルゲットの死に様につながります。)娘の髪の毛触りは実は狼の毛触りで幻影に過ぎなかったのですが幸せな幻を見ながら死んだのがせめてもの救いでしょうか?あれだけの酷い怪我を負っていれば多少狼に食いちぎられても怪我の痛みだと誤解できる事でしょう…ゲフッ!

 ジョン・ディアス(フランク・グリロ)…オットウェイ「狼は動物で唯一復讐をする生き物だ。」
全員「仲間の生首を投げつけて恨みを買う前に言ってくれよ、それ!」

そんなトラブルメーカーの彼でしたが狼に対しては「これでもか!ざまあみろ!」と不屈の嗜虐趣味(気持ちは分かるがやってることは結構エグイ。)を見せており、てっきり最後までジタバタするのかと思いきや意外な所でリタイアしてしまったのには驚きました。「人生の大切な思い出は生きる為、戦うための力になる。」(byオットウェイ)のですが家族も恋人もいないディアス(生きて帰った所で彼には「会いたい人」という心の拠り所が無い。)は怪我にも飢えにも狼の襲撃にも屈しなかったものの、いわば「孤独」に殺されて諦めてしまったわけです。(「帰っても昼は穴掘り(石油採掘)夜は泥酔、そんな生活だ。」byディアス。確かにふと虚しさを感じてしまう人生ではある…ゲフッ!)妻を亡くし自分だけ生きている「悪運」を呪っていたオットウェイが自分と似た者同士のディアス(2人共「大切な人」はおらず人生に絶望している。)に「幸運を」を言われるのはこの上ない皮肉と言えましょうね。最期に「恐くないぞ。」と自分を奮い立たせていた(言い聞かせていた)姿もある意味主人公とダブって印象深いキャラクターでした。

 ピート・ヘンリック(ダラス・ロバーツ)…実際に川底の石の隙間に足やロープ、ザックなどが引っかかって溺れてしまうのは沢登りでよくある事故なんだそうです。人の身長より水位が低くても水圧に耐えきれずに体が沈むので(水は予想外に重いものです。ドアの外に50センチの水位があると、いくらドアノブを押してもそのドアはもう開きません。…特別な開け方をしない限りは。)1人だったら命も危ない場面もあるそうで、山登りは複数で行いましょうと認識を新たにしました。映画でもオットウェイが人工呼吸をして存命に努めていましたが、どうせ人工呼吸をするのなら数回で諦めずに、100回でも200回でもしてあげればいいのに(そうすればヘンリックもそのうちパニック状態から冷静さを取り戻して自分で足を引き抜けたかもしれない…かな?)とあまりの諦めの早さにツッコミを入れてしまいました。川に落ちる前に2人を追いかけていた狼も都合良くどこに行ってしまったんでしょうね?(禁句)

 ジョン・オットウェイ(リーアム・二ーソン)…「ここが巣穴だったのか。」

アンタ、狼に詳しいはずじゃなかったのか?と思わずツッコミを入れてしまう程の悲劇的大どんでん返しな結末でした。「もう1度闘って最強の敵を倒せたらその日に死んで悔いは無い。」という父親の遺した言葉を昇華し、妻を失った喪失感を乗り越え(甘い夢に浸っていられるような余裕ある状況じゃありません。)狼のボスに戦いを挑む主人公でしたが人間が素手で戦った場合勝てるのは小型犬レベルまでだそうで勝敗の行方にはかなり不安なものを感じてしまいました…ゲフッ!エンドロール後に力尽きた狼のボス(倒したんですか!)とオットウェイの後頭部が映し出されていましたが彼の生死は定かではなく、生きていた所でその他大勢の狼達は黙っていないでしょうし…何ともやりきれない気持ちになりました。個人的には妻に先立たれも自分だけは生き残り飛行機が墜落しても無事で(1人飛行機から離れた所に投げ出されたというのに、よく体が引き千切れず擦り傷程度で済んだものです。)狼達との攻防でも最後まで生き残った彼の超人的な「悪運」に期待してみたい所なのですが…運だけで何とかなる程人生は甘くないでしょうし(この作品は自然の、そして人生の「厳しさ」を描いた話ですし。)やっぱりお亡くなりになってしまったん…でしょうね…。

 余談…事故死者の遺品代わりに、と財布を持っていったオットウェイ達でしたが結果として誰も生き残れず、しかも事故現場からかなり離れた所に置いてしまったので逆に発見が難しいだろうなあ(むしろ遺体と一緒にそのまま置いておいた方が良かったのでは…。)と暗澹たる気持ちにもなってしまいました…ゲフッ!

江~姫達の戦国~

2011.12.05
 小和田先生があれだけの事を調べ上げて本にまとめたことですし(ドラマ放映は終わってしまったが)本編のドラマに対しても語っておこう…と強引にカテゴリは一緒くたにしてしまいました。巷では「妄想電波系の新感覚大河ドラマ」「噴飯もののあり得ない話展開」などなどの酷評に晒され視聴率もどんどん右下がりになってしまったという悲しき大河ドラマです。(龍馬伝や篤姫の後に放送されたタイミングも痛かったかもね…。)読売新聞にさえ「あったかもしれない可能性と絶対にあり得ない絵空事は違う。登場人物描写も主人公を引き立たせる為に描かれていることが多くご都合主義としか言いようが無い。」と誌上初の酷評が載せられており我々もプッシュしていた秀吉(岸谷五郎)が死んで以来見るのを辞めてしまっていたりもします…ゲフッ!

 江(上野樹里24歳)…果てしなく受け身に生きてきた姫(野心の無い文化系の女)とはかけ離れたキャラクター性格に家族一同絶句してしまいました。(コメディチックで行動派な言動に父からはあんみつ姫と呼ばれていました。)信長との絡みではいくら身内だからって天下人間近な時の将軍様にそんな簡単に会えるわけないだろ(そしていくら信長だって6歳の姪っ子の言うことは笑って聞き流すというか相手にしないと思う…ゲフッ!)とツッコミの連発でした。おかげで上野樹里は「役に合っていない。」とか「他のもっと適切な女優がいくらでもいる。」とか女優として最も言われたくない意見のオンパレードを頂いたそうですが、これは役柄というより信長と絡ませるというダメシナリオを書いた脚本家のせいではないかと思うのですが…ゴフッ!

 初(水川あさみ27歳)…江にも当てはまることですが「だって」「すごーい」「やったー」などのセリフに時代考証的にも言葉遣いがおかしいだろ!とツッコミを多々入れてしまったものです。江にぐちぐち嫌味を言う3姉妹1の品の無い言動には(いくら子供時代だからといっても)とうてい姫君の言動には思えず「頼むからもっと落ち着いてちょうだい…!」とここでも脚本家の腕の無さを痛感しました。初は実力の無い夫(…ゲフッ!)の出世を盛り立てる為東奔西走した相手に尽くす女性なのでこの性格設定も大いに間違っていると思うのですが…ゴフッ!(江を「引き立てる為」にこんな性格に変えたんなら酷すぎます…。)

 茶々(宮沢りえ37歳)…3姉妹全員に言えることですが子供時代は子役を使って欲しかったです。6歳の江、9歳の初、10歳の茶々に大人を当てはめた無理過ぎるキャストはこの作品の1番の失敗だった(子供だと強調する為に丈の短い衣装を着ていますが天才バカボンの服みたいでむしろ見てて痛かったです…ゲフッ!)と強く感じてしまいました…ゴフッ!(江生誕時には子役を使っていたのに…何故?)おかげで10歳の茶々が母のお市様(鈴木保奈美)より老けて見えるという悲劇まで見られています…ゴフッ!(特に子供用布団に入った宮沢りえを鈴木保奈美が寝かしつけるシーンに凄い違和感が…ガフッ!)大人役とキャストの年齢が合っていないのは許せるとしてもこれは許容範囲外だなあと実感してしまいました…。

 お市様(鈴木保奈美)…雑誌で(着衣でですが)彼女のグラビアが載っておりとても40代に見えないその体つきに驚いた覚えがあります。ドラマでは陣中見舞いの小豆をねずみ型の袋(訳・袋の鼠)に入れて信長に送ってはどうかとばあやに言われていますが市はこれを拒否。そんなあからさまな袋じゃ浅井側に気づかれて当然じゃないですか!(脚本家さん、もうちょっと考えて下さい!)と私もツッコミを入れてしまいました。挙句の果てには何の報告もしなかったこと(織田家への裏切り)を後悔していないと信長に堂々という始末で、本当にこんなことを言っていたら間違いなく彼女はその場で斬られていたなと実感してしまいました。展開的に「?」と思ってしまったお市様です。

 織田信長(豊川悦司)…「そなた男に生まれていたら面白き武将になったかもしれん。」

アンタ、江が男に生まれていたら殺すか寺に入れるかのどちらかしかしないはずでしょうが!お市様に対して言っていた評価を抹消して江に持っていった無理具合にツッコミを入れてしまいました。本能寺の変での最期では自身のピンチに、一緒にいる愛人(蘭丸)を差し置いてたかが姪っ子に過ぎない江の事を思っていたというあり得ない展開以上に幽体となって江と馬の2人乗りを果たすという話の広がりぶりに異常さを感じてしまいました。(ガンダムのニュータイプですか、信長は!?)徒歩で一生懸命馬を追いかけている部下達の悲壮さも見えて1番爆笑してしまった回です…ゲフッ!

 明智光秀(市村正親)…信長から受けた屈辱に手が震える演技では異常な震えぶりに麻痺か痙攣の発作かと思ってしまったほどです。(やり過ぎは禁物です、市村さん。)ドラマでは江は山族に光秀の元まで連れ攫われた挙句に(噛みつかないで下さい、お姫様…。)家康に清州城まで送ってもらったと言う絶対にあり得ない展開が繰り広げられています。(そして6歳ちょっとの子供に真剣に人生論を語る光秀。他に友達いないんですか?)そして光秀が最後に思い浮かべたのも何故かやっぱり江です。実の娘(ガラシャ)はその頃離縁された挙句に幽閉されたというのに他人の子供より他に思う所がいっぱいあったはずではないのかとツッコミを入れてしまいました。

 豊臣秀吉(岸谷五郎)…6歳の子供(江)にボコボコ殴られる扱いはやり過ぎではないかと…(ピエロじゃないんだからさ…。)と、ここでも秀吉の位置づけ(というか全てのキャラが江中心に動くと言う人物設定)に疑問が出てしまいました。とはいえ岸谷五郎さんの演技力もあって物語中では1番のいい味を出していたキャラクターです。(我々的に。)茶々ゲット時の押して押して押して引く(それで女は「あれだけ自分に尽くしていたのに、ちょっと待て!」と焦る。)という絶妙なやりとりに家族1同日本の男が何故モテないかを大いに語り合う(今の男は「尽くす努力」を何一つしないまま「最後」の女が自分に気を向けて尽くされる美味しい部分しか味わおうとしていない。秀吉と逆なのだ。)と共にその後は見どころが無くなってしまい徐々にテレビから離れてしまったのでした…。(秀吉死亡で決定打。)
 ちなみに秀吉×茶々のカップルについて、茶々の実年齢を知った弟(子役を使わなかったせいで柴田勝家死亡時には10歳でなく37歳だと本気で誤解していたらしい。)が「何十歳年下の女を狙ってんの!?」とドン引きしていました…ゲフッ!

 余談…まとめとして、所詮はフィクションなのは分かっているのですが、もうちょっと世界観と話の展開に説得力を持たせてほしかったです…。上野樹里を無理に使う為だけに整合性を欠いてしまったような…ゲフッ!

プロメテウス

2011.12.03
 人類はどこから来たのか?その永遠なる疑問の答えは宇宙の果てに眠っていた…という頑なに正体を隠した姑息な予告編のせいでうちの弟は最後までこれがエイリアンシリーズのスピンオフ作品だという事に気づいていませんでした。(挙句に「リドリー・スコット監督の映画だからか最後にエイリアンっぽい物が出てきたね。」と映画を見終わってからも気づかなかったご様子…ゲフッ!)そんな「エイリアン・ゼロ」とも言えるシリーズの前日譚を描いた映画であり、あまりにも面白かったので見終わった後思わずゲオでエイリアン1を借りて見直してしまうほど熱狂してしまいました。

 序章…飲み物に入れられた毒物のせいで体組織が崩壊→滝つぼに落下という火曜サスペンス劇場から人類誕生という驚きの展開が拝めます。鈴木浩二の「ループ」曰く地球上に生命が自然発生する確率はサイコロが同じ目を連続100回出すのと同じくらい奇跡的に小さい(つまりそれは何らかのインチキであり何者かの細工によるものだと考えるのが妥当という事。)そうで手塚治虫の火の鳥でも主人公が川に水素・炭素等の元素を流して生命誕生の元を作った(人類誕生はとっても作為的。)というシーンが描かれていました。それを考えるとまあ納得もできる生誕論ですが賛否両論はキッパリ別れるだろうなあと不安も感じてしまうシーンでした…ゲフッ!

 エリザベス・ショウ(ノオミ・ラパス)…「I choose to believe.」

劇中2度繰り返される、この作品の肝とも言えるフレーズの通り彼女は「そう信じることを選んだ」為に安全な地球に帰ることではなくエンジニア達の住む星へ探索を続けることを選びます。これは我々への「招待状」→招かれるほどに歓迎されているはず→だから本来自分が襲われることなどあり得ないという盲信ぶりにデヴィットが「(わざわざ危険地帯に行こうとする行動の)理由が分からないんですけど?」とツッコミを入れている程でした。エリザベス曰く「それは私が人間であなたがロボットだからよ。」との事で確かに状況が冷静に見えているロボットの彼には勢いで後先をよく考えずに行動してしまうダメ人間の浪漫心理は分からないでしょうね…と私も納得してしまいました。ブラックジャックのように己で開腹手術をした直後ですし、取りあえず問答無用で人に殴りかかる体育会系星人の星には怪我が治ってから行くべきだと思うのですが…ゲフッ!

 チャーリー・ホロウェイ(ローガン・マーシャル・グリーン)…デヴィット「神が人間が作られたようにあなた方は何故アンドロイドを造ったのでしょうか?」
チャーリー「作れたからさ。」
デヴィット「そんな理由で作られたとしたら…傷つきませんか?」

実際にはそんな理由どころか意図さえなかったうっかりの結果が人類の起源だった訳ですが(むしろ「作っちゃうか、技術もあるし。」とノリで作られてしまったアンドロイド達の起源の方がまだマシかもしれません…ゲフッ!)そんなことを言って傷つけてしまった為に「研究の為にどこまで賭けることができますか?」「何もかもを。」「じゃあその言葉通りアンタの命も賭けたらどうです?乾杯!」と同じような言葉の引っ掛けで毒物を飲まされてしまいました。被害が彼一人に留まっていればいい物を性交渉をきっかけに異物を孕む羽目になったエリザベスはいい迷惑です。胎児が愛する人の形見ではないことは不妊症である自分の体質を省みなくても分かる話(わずか10時間で3か月の大きさにまでなっていれば「エイリアン1」を観てなくても普通に計算して腹が破裂するのは時間の問題だと分かる。)で勢いで開腹手術をした彼女に漢気を感じてしまいました。そんな漢気判定では女性に劣ってしまっている、パンフレットの紹介ではスペースが恋人の半分にまで縮こまってしまっている、儚いヒロインの相手役でございました…。

 ピーター・ウェイランド(ガイ・ピアーズ)…メレディス「王は1代限り。それが自然の摂理なのよ。」

演じたガイ・ピアーズとしては80歳代位のつもりだったそうですがどう見ても100歳を超えているようにしか見えないおじいちゃん社長です。ついでに言ってしまえば娘のメレディスが偉く若い辺り下半身の方も大分長く「現役」だった事が伺えます。そんな巨万の富を築き遊び歩いた(かもしれない)人間でも死だけは平等に訪れてしまいます。男70、女73という健康寿命(それが大体「頭がボケずに介護ナシで生活できる」平均寿命だそうです。)を考えると彼は平均以上の時間を十二分に生きてきたとは言えるのですが人はいつまでも生にしがみつきたい生き物のようで癌治療の為に抗がん剤を投与して副作用で却って寿命を縮めてしまう患者のようにエンジニア達の高度な科学力に縋った為に結果的には寿命よりも先に撲殺される羽目になってしまっていました。だから娘が自然の摂理に任せた方が穏やかに死ねると諭していたんですが…ね。

 女性監督官メレディス・ヴィッカーズ(シャーリーズ・セロン)…本当はこの方にヒロイン役のオファーがあったのに他の仕事のせいで主演断念→その仕事が延期に→エリザベス役は決まってしまったけど他にやってほしい役がある、と再オファー→の流れでこの役を演じることになったそうです。あまりに綺麗で怜悧な美しさを備えている為、巷では彼女は人間なのか?ロボットなのか?という疑問が残ってしまっているそうですが、決死の早さで(40秒以内に)脱出ポットに乗り込み、落ちてくるジャガーノート号から必死で逃げている程(間に合っていませんでしたが。)生きることに対して執着を見せている辺り間違いなく人間だろう(アンドロイドなら首をもがれても生きていられるのでここまで死に物狂いでジタバタするとは思えない。)と結論を出しています。(そして全力を尽くして生にしがみつこうとする辺りはやっぱり親子だな~と得心しました。)父親と名字が違う辺りは離婚後は母親が親権を取ったんでしょうね。最後の死に様には宇宙船が落ちてくる延長上に走るんじゃなくて横に逃げればいいのに(叫んでないでエリザベスのように芋虫ゴロゴロで横移動を…。)と家族全員が同時にツッコミを入れてしまいました…ゲフッ!

 デヴィット8(マイケル・ファスベンダー)…エイリアン1のアンドロイド・オッサンのアッシュと比べると見た目は若く麗しく、首チョンパ後も綺麗なままという美麗ぶり(アッシュは顔面白濁液まみれになっていたというのに…。)に差別だろ、これとツッコミを入れてしまいました。ロボットは本来感情は持たないはずなのですが自分を人間以下の存在と上から見下している(人格を持った相手でなく「物」扱いしている)ホロウェイに苛烈な報復(毒物入り酒での乾杯。)をしたり、ホログラフの発見をカメラを切って独り占めしたり(時に「人」は無性に秘密を持ちたがるものなのです。)本人も自覚していませんが彼はだんだん人間臭く成長しています。考える頭があり他者に共感したり傷つく心も持っている彼はもう人間と変わらないと言えるのではないでしょうか?(傷つくことに関しては自分でも無自覚のようですが。)プロメテウス2があるのなら話が始まる前に修理が終わっているといいなあ(なにとぞ首と胴体をくっつけた完全体で…。)と願いを掛けながら見終わっていました。

 エンジニア…あまりにも美尻かつマッチョないい体をしているので(何故あれだけ高度な文明をもちながらフンドシ一丁のような格好なのか…冬眠覚醒直後はともかく、その後は服を着ようよ…。)我々からはスケキヨ族と呼ばれています。(スケキヨとは金田一耕輔の事件簿に出てくる犬神家の犠牲者。フンドシ一丁以外何も纏わない姿で池から下半身を出して死んでいた人。)エリザベス達はエンジニア(技術者)と呼んでいましたが生物兵器(エイリアン)を開発したら飼い犬に手を噛まれる形で(ほぼ)全滅してしまったり、うち一人はドアに頭を挟まれる間抜けな死に様を晒しているし、人類を作ってしまったのもうっかりの結果だったりと開発者としてはかなりお粗末な内容(この、うっかり星人め!)で優れた肉体的攻撃力からもこの人達は頭の中まで筋肉だったのではないかとまで思えてしまう程です。そんな訳で最後はエイリアン1のケインと同じく腹から化け物を出してめでたく滅んでしまいました。生まれたはいいものの食べ物が無いのであのエイリアンはすぐに死んでしまうでしょうしリプリー達が着く頃には問題は無くなっていた…ようです。

エイリアン

2011.12.02
 映画「プロメテウス」のその後に当たるエイリアンシリーズ1作目です。探索を続けるエリザベスの最後の報告書より「この星にはエンジニア達が作った究極の生物兵器がいる。」ことが分かりその生物を回収しようとケチ臭く貨物船を利用したことから事情を知らないリプリー達の悲劇が始まります。結果として会社は生物兵器を回収できなかっただけでなく貨物船も一つ失い、全ての事情を知ったリプリーに地球に向かわれているという非常にマズイ事態に追いこまれており続編を見るのにも期待が高まる、そんな秀作に仕上がっています。(オイ!)

 スペースジョッキー…映画「プロメテウス」にてエリザベス達が撃墜(特攻)した死を運ぶ宇宙船・ジャガーノート号です。(ジャガーノートとは「絶対的な力」という意味なんだそうです。)クロワッサン型の船体といい、作りが同じ運転席といい、これは続編なんだなあ~とファンとしては嬉しくなってしまう共通項が拝めます。プロメテウスではエリザベス達が環境を変えてしまった為に卵の封印が解けてダラダラ液体が出てきていましたが、そのまんま流出し続けた結果かより卵に近いグロテスクな形状に変質していました。(表面に霧まで出ています。)開けてビックリですぐに人に襲いかかって卵を産みつける様はプロメテウス時以上に悪化しており旅立つ前にしっかり事態を収拾させてくれ(卵を全部焼き捨ててから行って下さい。)とエリザベスに対してツッコミを入れてしまいました…ゲフッ!

 ノストロモ号…リプリー達が乗る貨物船。頭部だけを外して着陸したと思ったら着地の衝撃(だけ)で火が出るわ故障するわと、かなり脆い作りになっておりパーカー達修理工は必須のようです。(製作段階から船を頑丈に作っといて下さい。)マザーと呼ばれるコンピューターが搭載されているものの質問には「データ不足で答えられない」事がほとんどで自爆装置の解除にも鈍いという体たらくには「何がマザーよ!」とリプリーに嘆かれる程でした。機械に関してもキーボードはやたら重いわ、表示は緑文字で1文字ずつだわ(1昔前のゲーム画面のようだ。)画面はブラウン管テレビだわとこれは本当にプロメテウス号の後に造られた船なのかと疑いたくなる程古臭い作りですが、この船は貨物船。探索の為に大金を積んで作られたプロメテウス号とはそもそもスケールが違うと自分を納得させて観ていきましょう。思えばこんな船で「未知の生物が確認できたら調査せよ。でないと契約違反で給料はゼロだ。」と一般人を利用しようというその計画自体に無理があるんですよね…。こんな詐欺に遭わないためにも契約書はよく読んでおきましょう、という教訓話でした…ゲフッ!

 ケイン(ジョン・ハート)…不用心にエッグチェンパーに近づいた為に素早くフェイスハガーに寄生され胸からチェストバスターが出てきた為にお亡くなりになった第1の犠牲者。腹から何が飛び出してくるかは意図的にキャスト達に知らされていなかったそうで皆の驚きは演技でなく本物だったそうです。(そりゃあんな物が腹から飛び出してくれば皆さんビックリです。)ちなみに彼はスターウォーズを元にしたパロディ映画でも芸名(ジョン・ハート)で出演しており、同じくご飯食べている時に腹からエイリアンが飛び出すシーンでは「またか!」と嘆いている上にhimself(本人)というクレジットが入ったそうです。

 アッシュ(イアン・ホルム)…「君達は生き残れまい(同情)。」

怒ったパーカーに燃やされてしまう訳です。その正体は感情に左右されること無く敵を全滅させることのできる究極の生物兵器(エイリアン)を持ち帰る密命を受けたアンドロイドであり、その生態を絶賛していました。(むしろこんな奴を送りこんだ会社の上層部が怖い。)確かに敵陣に放り込むだけで勝手に増殖・殺戮をしてくれるエイリアンは喉から手が出る程欲しい究極の生物兵器でしょうが敵を全滅させた後どう収拾をつけるのかという根本的な問題を全くスルーしている辺り会社の将来に不安も覚えてしまったものです。力が強い割に脊髄は弱いらしく殴られただけであっさりショートしている上、電気攻撃にも弱いらしく1撃で動けなくなっていた辺りはかなり繊細な作りにできているようで(正直こんなチャチな作りのアンドロイドで本気で危険生物を回収する気があったんですか!?と会社にツッコミを入れたい。)回線さえ繋げば首だけでも話せる辺りはプロメテウスのデヴィットにも通じる所がありますが、首オンリーの状態でも話せる辺りデヴィットの方が高度であることが察せられ、どこまで費用をケチったんだウェイランド社!とそこでもツッコミを入れてしまいました…ゲフッ!

 エレン・リプリー(シガ二ー・ウィーバー)…「私のお星様…♪」

エイリアンを貨物船ごと爆破したからと安心しきって歌いたくなる気持ちは分かるのですが当のエイリアンはリプリーと一緒に避難船の中にまでついて来ており、歌っている場合でもない事態が判明するのはその後の話でした…ゲフッ!(あるいは気づかないまま冷凍睡眠に入って殺されてしまった方が無駄に怖い思いをしながらシリーズの主人公を張らずに済んでいたという点では幸せだったのかもしれないが…ゴフッ!)せっかく地球にたどり着いても爆破した貨物船の代金という請求書を叩きつけられ2では借金返済の為に再度あの惑星に逆戻りする羽目になる彼女。エイリアンという敵は退治したのに結局その後も平和には暮らせなかったんだよな~とハッピーエンド(無事に生き残った事実)に反して続編を知っている人間としては溜め息が出てしまったものでした…。

 ジョーンズ…何かの役に立つとも思えないのに何故か舟に乗っている猫。(いくら「猫の手を借りたいほど忙しい」ということわざがあるにしたって…何の役に立つんだ!?)序盤なんて、この猫を探す為に単独行動をしていた男が真っ先にエイリアンに食われてしまったり役に立つどころか被害を招いている生物ですが、弟曰く「愛玩動物は必要でしょ。(癒し系要員として。)」と可愛さは全てを凌駕するという理屈で納得させられてしまいました。なのに2以降は船に猫は乗らなくなった様子でちょっとガッカリしてしまったものです…。

 余談…結構巨大な貨物船(宇宙船)なのに乗組員がたった7人しかいない(大型タンカーだってもう少し乗っているというのに…これではエイリアンを発見するのにも一苦労です。)のに改めてビックリすると共にこれで無事に危険生物を連れ帰るというのは無理があるだろ!と再度ツッコミを入れてしまいました…ゲフッ!(調査船プロメテウスでさえ17人乗っていたのにね…。)

エイリアン2(完全版)

2011.12.01
 主人公・リプリーの家庭事情、住民によるエイリアン発見(そして1のように寄生された人間をそのまま家の中に連れ帰ってしまった為に1と全く同じ悲劇が…。)、新しい仲間との仄かな恋心…という色々な展開を盛り込んだ所、おかげで2時間以上の超大作になってしまい、「風と共に去りぬ」や「サウンドオブミュージック」(歴史を背景とした大作)でもないのに、いくら何でも上映時間が長過ぎだろ!アクション映画なのに何でこんな尺の長さなんだ!カットしろ、カット!…と短くされてしまったのが映画館及び金曜ロードショーで放映されたものだそうです。完全版(ノーカット版)のこの話こそが本来の「エイリアン2」の姿だそうで、英語版タイトルが「エイリアンズ」(複数形)になっている通りに、1体だけでも充分厄介なのに、何十匹ものエイリアン相手に戦うという悪夢のような話の展開を魅せてくれています…。

 エレン・リプリー(シガニー・ウィーバー)…バーク「娘さんの消息が分かった。アマンダ・リプリー・マクラレン、結婚後の姓だ。2年前に66歳で死亡。子供は無かった。…ご愁傷様。」
リプリー「エミー…。約束してたの、誕生日までには帰るって。11歳の誕生日…。」

完全版にて復活されたシーンです。1作目において「地球に向かった」(方向としては合っていた)もののニアミスで通り過ぎてしまい、通りがかりの船に拾われて帰ってきた時には57年が過ぎ去っていた…という運の悪い浦島太郎効果の中で、実の娘はとっくに成人→ご臨終しており再会した時には遺影になっていた(ちなみに「娘の写真」として使われたお婆ちゃんの写真は他ならぬシガニー・ウィーバーのお母様の写真なんだとか。)というのが…切ないオープニングです。映画ではすっきりとカットされており、ニュートとの会話の中でも「自分の赤ちゃん(娘)は遠い所にいる。」とサラッと流されていた(正直「一人きりで怯えていたニュートを慰める為の世間話」に過ぎないと思っていた。)ので…え?娘がいたの!?(で「夫」の行方は気にもしないの?)と別の所で驚かされた裏事情でした。そんな経緯がある故に唯一の生き残りの娘・ニュートを守ろうと必死になったそうですが「メインはエイリアンズとの対決なんだからそんな暗い個人的な家庭事情はカットして良いだろ!」と長い間「上映時間」という都合の元に封印されてしまっていた彼女の過去でした…。

 カーター・バーク(ポール・ライザー)…カーター「あのエイリアンは生物兵器部にとっては貴重な標本だ。コッソリ持ち帰れば英雄になれる。それから一生安泰だよ。」
リプリー「あなたは怪物(エイリアン)より悪質だわ。金の為に同胞を殺すんだから。」

そんなにもお持ち帰りなさりたいのなら自分の体に寄生させてくれ(それなら誰も何も言わないし、身体検査にも引っかからないだろう。新作映画「プロメテウス」によるとこの時代より「昔の時代」の外科手術で取り出し可能だそうですし。)とツッコミを入れると同時に、発覚したその時も開き直るだけ、挙句に海兵隊が戦って足止めをしてくれている間に自分1人だけしゃあしゃあと逃げて、あまつさえ「都合の悪い事を知った人間」が全員死ぬようにと扉に鍵をかけた(結局部屋に潜んでいたエイリアンに襲われて、鍵をかけた事が仇になる形で死んでしまったが。)様には、そんな男でも一つの命だなんて妙な仏心を出さずに男の本性が分かった時に殺しておくか、縛り上げてエイリアン食料用(足止めの材料)に使うかしておくべきだったな、と物凄く残念に感じてしまった展開でした。リプリーもリプリーで最初から↑の本心を知っていれば、こんな危険な星に再度来る羽目にもならなかったでしょうにね…。

 ビショップ(ランス・ヘンリクセン)…「私だって行きたくはない。合成人間(ヒューマノイド)はバカじゃないからな。」

「プロメテウス」での見目麗しいヒューマノイド・デヴィット8(金髪碧眼の若い男。同じようにヒューマノイドかどうか正体が微妙なメレディス女性監督官(シャーリーズ・セロン)もこれまた美形で、合成人間=いくらでも綺麗に造れる存在だという間違った認識が芽生えた。)を見てしまったせいで1に登場する合成人間・アッシュ(ジジイ)といい、髪の生え際が後退し始めた彼といいヒューマノイドってこんなにオッサンばっかりだったっけ…?と見直してみて別の意味で衝撃を受けてしまった見た目でした。(オイ!)ちなみにラストでエイリアン・クイーンに真っ二つにされた際(どうもヒューマノイドは「何をやっても死なないから。」と首チョンパにされたり、体をバラバラにされる運命にあるらしい。)彼が口から吐いている白い液体は牛乳とヨーグルトを混ぜたものだったそうですが、どうも、この牛乳が腐っていたらしく撮影中にランス・ヘンリクセンの体調がどんどん悪くなっていったのですが「じゃ、新しい牛乳を用意したから、もう1テイク行ってみようか!」「鬼かよ、お前ら!」と、撮影は順調に続け(させ)られたそうです…ゲフッ!

 ドウェイン・ヒックス伍長(マイケル・ビーン)…リプリー「ニュートはまだ生きてるのよ!出発は待たせておいて、ヒックス!」
ヒックス「ドウェインだ。…ドウェインだよ。」
リプリー「…私はエレンよ。」
ヒックス「待ってるからな、エレン。」

無数のエイリアンに襲われるというあまりの展開にラブロマンスなんて感じている余裕は無かったけれど苗字→そろそろ下の名前で呼んでも良いかい?という戦友関係から一歩前進した↑のシーンも普通の劇場版ではあっさりカットされてしまったおかげで色気も何も思わなかったけれど、実はヒロイン・リプリー(子持ちでバツ一のオバサンであっても誰がヒロインかと聞かれたら、どう考えても彼女だろう。子持ちでもイイ女さ!)の前にはこんな状況下にも関わらず新しい春が来ていたのか…と感慨深い思いを感じると共に次作では彼は序盤でアッサリと死んでいて、挙句にリプリーは他の男とデキ上がってしまうという、あんまりな展開に思わず泣きそうになってしまいました。銃(パルスライフル)の使い方を教えてくれたり、ニュートと共にエイリアンに襲われた時も助けてくれたり、物凄く良い男だったんですけど…ね。

 余談…序盤でビショップが行った海兵隊員の手を押さえつけてのナイフ芸(高速移動突き)に関して、たとえ失敗した所でビショップの手に刺さるだけ(自分が怪我する訳じゃない)なのにビビり過ぎではないか?と思わずツッコミを入れてしまったものでした。(「貫通したら、どうするんだよ!?」by隊員)
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