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死を招いた保育

2011.08.14
 上尾保育所で幼児が死亡した事故の詳細を書いた猪熊弘子さんの著作です。勤めている保育園で「自分達の仕事がどんなに責任の重いものか実感して欲しい」と職員の間で回された事がきっかけで読んだのですが責任の重さ以上に両親が受けた対応のあまりの人間味の無さにやり切れなさを感じたので読書感想文(仕事の責任についての自覚と実感)はちゃんと提出したのですが、それだけでは語り終われない!とこの場を借りて色々感じた事を書いていく事にしました。

 事件のあらまし…夏の暑い日、榎本侑人君が友達とセミごっこと称してかくれんぼをしており空いた棚の中に入って暑さでそのまま気を失ってしまった。保育室で作業していた保育士達は保育室から出た子供達が何をして遊んでいたのかも把握しておらず、侑人君ががいないのに気づいたのさえ給食の配膳時にお皿の数が合わなかったた時。その後さらに戸外を探したり無駄に時間を費やした後に園長がふと棚の存在に気づき開けて発見した。すぐに救急車で病院に搬送したが手遅れとなり熱中症死として片付けられた。…文字通り「片付けられた」という感を受けました。この詳細も両親が刑事・民事裁判をして初めて分かった(子供達の話を総合した結果)上に保育士達や事故対策委員会からは何の連絡もなく完全に遺族置きざりの状態で終わらせられた結末には親(当事者)じゃなくても理不尽を感じるだろ!とツッコミを入れたものです。(「申し訳なかった」気持ちではなく「都合の悪い事だからなるべく触れずにさっさと終わらせよう」という縮こまりながらも腹黒い計算をしている加害者側の本音がひしひしと伝わってくるんですけど…。)現在上尾保育園では侑人君が死んだ場所に「安全の誓い」というプレートが作られ命日には黙祷されているそうですが関わった保育士が全員辞めた(1番反省すべき人達がその場に居合わせない)現状で意味があるのかも微妙な所(これで辞めた保育士達がその日は集まって一緒に黙祷しているのならまだ救われるのですが…。)で体裁や形式ばかりを丸投げにしている対応にこれではどんな保護者でもやりきれないだろうと共感したものでした。

 普段の子供の様子…クレーマーがいたことも影響してかカーテンにぶら下がる、椅子から飛び跳ねる、廊下は走るなど「自由保育」とは名ばかりの子供の「放牧」(しかもどこで何をしているかを保育士が把握していない。一緒に遊べなくてもせめて居場所を把握していれば「最悪の事故」は防げるのですが…。)が行われていたそうです。子供達の間でいじめも行われており(そして相手を見ている子供達は返り討ちに合いそうな強い子供ではなくて「弱くて優しい」子供を狙う。)こんなのはもう保育でも何でもない、ただのガキ大将の帝国だと感じたものです。この状況で可哀想なのはお山の大将になれなかった子供でしょうね。いじめを感じるたびに連絡帳で知らせるも「子供の世界って面白いですよね。」(全ては子供の感性で責任問題はどこにもありませんよ?そうですよね?)と誤魔化してお茶を濁す保育園側の対応に不誠実さを感じてしまったものでした。

 プール事件…「今日はプールで思い切り遊びました。」と連絡帳には書いてあったものの水着が濡れておらず(よもや素っ裸で入った訳ではあるまい。)侑人君本人に聞くと「友達に『お前は入るな!』と強く言われて入れなかった。」と言っていた。これは一体どういう事なのか?…考えるまでもなく子供をちゃんと見ていないまま全員の連絡帳に同じことを書いていた把握不足の体制が分かるのですが、そこで「間違えてしまいました。申し訳ありません。」でなく適当な言葉で軽い感じに誤魔化そうとしている様には不信を感じました。(問題が起きた時「ごめんなさい」ではなく「誤魔化そう」が先に出る人間って…。結局この人達が考えているのは子供の事ではなくて保身の事なのね。)タライ一杯の水があれば溺死できる事実(顔を洗面器につけて力一杯押さえつければそれで人を殺せる。)を考えると子供がプールに入ったかどうか分かっていない状況は恐ろしい事この上ないのですが(危険過ぎるから子供を見れないならいっそプールなんて辞めちまえよ。)そんな自覚すらない事に恐怖を覚えました。感覚の麻痺とは恐ろしいです。

 唇切った事件…侑人君が布団の上に乗って遊んでしまい保育士が注意したのを良い事に他の子が人君を突き飛ばして棚にぶつかった結果、唇がザックリ切れてしまった。これに対する保育士のコメントは「(痛い思いをしたから)いけない事を分かってくれたと思います。」と全ては侑人君のせいかのような答えだった。…犬を自由に遊ばせて、あるスペース内だけ電気を流して痛い思いをする事が分かると避けるようになる(学習する)という「動物実験」を私も聞いたことがありますが「子供」はパブロフの犬じゃねえよ!とツッコミを入れてしまいました。(パブロフの犬だって音楽を鳴らしたら餌が出てくることを何十回も繰り返した結果覚えた訳で1度きりで理解した訳ではないのですが…。人間なんだからまずは「理解」できるように話をしましょうよ。)他の子が突き飛ばしたことに関しても裁判官でもない人間が相手を傷つける権利は無い(それはただのリンチと言う。)訳でぺナルティを犯した子供に私刑を与える事を黙認している保育士といい親が蒼白になるのは分かる気がしました。(普通、子供の唇がザックリ切れるほどの怪我を負っただけで親はビックリです。)ここに到っても「怪我を止められずに申し訳ありません。」の言葉は無く(つまり申し訳なく思っていないのね。)不信を通り越して疑問を感じたものでした。

 他の保護者達…「あの事故は不幸な『偶然』だったのだから、いつまでも騒ぎ立てるのを辞めて早く元の園生活ができるよう戻してほしい。」…特別な子供(クレーマー親子)に腫れ物に触るように接してきた経験もあって(面倒な事に関わり合いになると後が大変になることを学習してきたから)「自分さえ厄介事に巻き込まれなければいい」という考え方が浸透してしまったのか誰も共感せず翌日からも普通に子供を預けさせていたそうです。(私だったら人一人死んだ保育園なんて怖くて翌日から無断欠席しますが。)不妊治療の末にやっと授かった子供を喪っただけでなく誰も味方になってくれない(同じ子供を持つ立場の保護者達まで早く「片付いて」欲しいとしか思っていない。)酷い状況に思わず涙してしまいました。一般的に見て時間的に終わったことでもそれで当事者が納得できるかはまた別の問題で現実に自分の身の上にさえ起きなければ何が起こっても関心(共感)を持たないのかと愕然としてしまいました。ちなみに看護士の友人曰く(これは病院の話ですが)死亡事故が起きる所は「たまたま偶然が重なって」起きるのではなく似たような事故を過去何度も繰り返しそのたびに幸運に救われてきたのがとうとう幸運にも見放された結果の起きるべきして起きる事故(「いつか必ず事故を起こすのではないか。」と心ある人間に確信を持たれている、そういう場所になり果てている所。)だそうで、その点を踏まえても真実を分かっていない保護者達に理不尽を感じてしまったものでした。

 謝罪…「責められるだけなのに何で私が行かなきゃいけないの!?」とその日、保育士の皆は結局誰も行っておらず、その後園長が顔を見せた時に「あんた達の顔なんか見たくない!」と両親に面会を拒絶されたことを良い事に以来誰も会いに来なかった(正式な償いの言葉一つ遺族には届けていない。)そうです。…「顔も見たくない」というのは顔を見るのも嫌がられるほど嫌悪される行為を貴方達はしたのだという意味で「=面会や謝罪に行かなくて良い。(顔を見せなくて良い。)」と自分達の都合の良いようにに拡大解釈するのは間違っていると思うのですが…。(むしろこれだけ嫌悪感を持たせる程の事をしでかしたのならちゃんと謝るべきなのでは…?)という訳で謝罪の言葉もなされておらず挙句に子供が死んだ事実まで「安全の誓い」と称してシンボル扱いに利用したあんまりな対応に遺族である両親も(当たり前の話ですが)理不尽を感じたそうです。そして訴訟に繋がっていきます。他にやり切れない思いの持って行き場が無かったのでしょう…ね。

 刑事訴訟・民事訴訟…とある弁護士の訴訟解決のノウハウに「まず最初にやり直す気は無いのかと問う」というものがあるそうです。実際に話を聞いてみると「機会があればやり直したい」「一言謝罪があればいいだけ」という依頼者は多く(未練が無ければこれ以上の接触を避けたいと思うのが自然。)裁判をするバイタリティーは自然消滅する…のですがやり直す「機会」(子供)も無く「謝罪」も無いままでは2度に渡って訴えられるのは当然の結果でした。普段からささいな事で役所に駆け込むことをしなかった至極真っ当で大人しい親が何故訴訟まで起こしたのかその事実だけで事の異常さが分かるのですが上尾保育所の園長以下当事者達はどこまでも人の心を踏みにじった現実を直視しようとはしなかったようです。ご両親がそこまでしたのは「子供があればやり直したい」「ちゃんと謝罪をしてほしい」という思いからですよね…?子供を返すことが不可能ならせめて納得のいくまで色々な形で謝罪(償い)をきちんとするべきだろと当事者(被害者)なのに蚊帳の外にした園側の対応に再度ツッコミを入れてしまったものでした。

 余談…あなた達は何も悪くないよ…と部外者の私でさえ理不尽を感じてしまう対応を受けたご両親にこの場を借りて語りかけてしまいました。謝罪の早さ遅さで重みはまるで違ってきてしまうけれど園側の人達が少しでも自分達の罪を自覚して償うことを考えてくれればと切に願っています。
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ここは酷い絵本棚ですね

死を招いた保育―ルポルタージュ上尾保育所事件の真相ひとなる書房 猪熊 弘子 Amazonアソシエイト by 両親の側から保育園の運営の実態に迫った一冊 早生まれで同じ学年の子からは発育は遅い 最初は小規模な保育園でそういうのも個性と大事にされていたが 公営の保育園に入るとそういう対応もなく 保育園側からは発育が遅い子としてしか対応されない しかもモンペのせいで組織は疲弊をしてい...

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